イントルード・デイモン   作:捻れ骨子

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45・誰にだって理由はある

 

 マクギリスの声明は、世界に激震を招いた。

 混乱するGH内部。GHを、セブンスターズを非難する方向に傾く世論。そんな中、各経済圏の首脳陣は冷静を保って行動していた。

 経済圏は共同で声明を発表。公表された情報の真偽を確かめるよう要求を出し、マクギリス派――【反逆軍】に対して外部からの監察を受け入れるよう迫った。マクギリスはこれを受け入れると同時に、経済圏へ今後のGHの方針についての意見書を提出した。

 GHの規模と権限の縮小を主軸にした意見書。その中には一部権限の委託――火星支部の権限を民間組織(鉄華団)に事実上譲渡するという項目も記されていた。

 

「なるほどのう。彼らへの報酬をこのような形で盛り込んできたか」

 

 意見書に目を通した蒔苗は、ふむふむと頷く。

 

「あのような暴露、ちと驚いたが考えなしというわけではなかったようじゃの。大胆ではあるが妥当でもある」

 

 事前の根回しによって経済圏の対応は決定されていた。しかしGHの不正と腐敗を公表するとは聞いていたが、あそこまでさらけ出すとは流石の蒔苗も思っていなかった。そこまでする必要があるのかと考えもしたが。

 

「GH内部の志気を低下させると同時に世論を味方に付ける。現状の体制をひっくり返す妙手。ただの数分で自分に有利な状況を作り上げよった。自身の進退を考えなければこれ以上ない王手よ」

 

 マクギリスは権力を握る気はないと、蒔苗は結論づける。現体制を破壊し新たな秩序を作り上げるために己の全てをかける気のようだ。でなければ己の出自や禁忌の技術に手を出したこと、セブンスターズの後継を謀殺しようとしたことを公表などすまい。事が終われば身を引くどころか裁かれるのも覚悟だと見た。

 

「ですが、ここまですればGHは解体せざるを得ないのでは。そうなると治安の悪化が懸念されますが」

 

 同じく意見書に目を通していたラスカーが言う。蒔苗は片眉を上げて応えた。

 

「GHのような組織は必要じゃ。少なくとも今暫くはな。わがアーヴラウを含め経済圏は独自に戦力を整えつつあり、自力で治安を維持しようとしておるが、それにはもう少し時間もかかろう。意見書にもあるとおり規模と権限を縮小することは考えているが、GHの解体そのものは考慮に入れておらん。ただ闇雲に旧体制を破壊しようとしておるのではないようじゃ」

「クーデターはあくまで内部粛正のため。組織そのものの解体を行うためではない、と」

「『儂らが突きつけた取引』を非公式ながら呑んだ時点で、マクギリスはGHの優位点を残しておくつもりはないと知れる。現状での解体ではなく勢力を弱まらせ、時間をかけてと望んでいるのだろう。とはいえある程度治安が悪化するのは避けらんな」

 

 仕方のないことであるがと息を吐く。混乱が生じるのは望むところではないが、それ以上にGHの横暴を見逃すことは出来ない。特に蒔苗は一時的とはいえその立場を追われ、命すら狙われた。国家元首としても個人的にも許すつもりはなかった。

 

「さて、ラスタル・エリオンはどのように反応するかな? マクギリスの主張、一切合切認められぬと思うが」

 

 ほどなくアリアンロッド艦隊司令ラスタル・エリオンが声明を発表する。

 彼はまずマクギリスの行動を非難。いかなる理由があろうと武力によって権力を簒奪するなど以ての外と断言する。そしてアリアンロッドが行ってきた非合法は、治安を維持するためのやむを得ない超法的な活動であると宣った。

 あくまで自分達は己の役目を果たしただけであり、そのためには法を犯すことも躊躇しないと言い放つ。開き直ったと言うよりは、そうとでも主張しなければアリアンロッド自体が崩壊する可能性があるからだろう。

 各経済圏はアリアンロッドに対しても反逆軍と同様の要求を突きつけた。それに対してラスタルは「まずはマクギリスを討伐するのが先決である。監察については討伐の後、GH内部の混乱を収めてから検討したい」と返答した。詰まるところ要求を突っぱねると言っているのだ。

 あくまで強気な態度を崩さない。崖っぷちに立っている自覚があるからこそなのか、それとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「言うほど余裕があるわけではないのだがな」

 

 会見を終え自室に戻ったラスタルは、深々と席に身を沈める。

 正直マクギリスがあのような手に打って出るとは思わなかった。おかげでGH内部は大分揺るがされたことだろう。アリアンロッドは『分かってやっている』者も多く、またラスタルのカリスマで統率されていることもあって、表面上は落ち着いているように見える。

 しかし内心は動揺している者もいるだろう。士気は確実に落ちているはずだ。

 

「ヘイムダルという名。『ギャラルホルンの所有者である』と主張しているのかと思えば、『終末の角笛を鳴らす者』という意向だったとはな。戦意をくじくと言う意味では確かに効果的だ。……しかし分かっているのか。GHを解体に向かわせると言うことは、治安の悪化だけでなく『経済的にも大きく打撃を与える』と言うことに」

 

 GHの資金源はセブンスターズを始めとする名家の事業。とりわけエイハブリアクター関連を始めとする技術の独占が大きい。GHが縮小化するだけでもそれらの事業に打撃が与えられ、世界経済にも少なくない影響が出る。それは混乱に拍車をかけるだろう。下手をすれば厄祭戦と同等の戦乱が起こりかねない。

 

「改革は必要だった。だがそれは世界に与える影響を最小限とした、緩やかな物でなければならない。……奴には出来たはずだ。なぜこのような手段を取ったと思う?」

 

 問うた先は、傍らの壁に背中を預けたガエリオ。彼は厳しい眼差しで応える。

 

「『痛みを伴う必要がある』。そんなところではないかな。GH(我々)も世界も、ずっと目を背けていた事実を目の当たりにし、罪を精算する必要があると。アリアンロッドはスケープゴートと言ったところか。分かりやすく『悪を成してきた勢力を討伐する』。そういったものを世界に見せ、その後を誘導しやすくするなどと考えているのだろう」

「一概に二面性で語れる物ではない所を、そう見せかけると言うことか。愚かな……とは言えんな。確かに大衆には分かりやすい。その上で混乱による負担を世界に背負わせるつもりか」

 

 逆に考えると、GHの衰退は新たな事業を展開するチャンスとも言える。GH事業の後釜を巡って企業や経済圏の国家は激しく鎬を削るだろう。

 そこまで考えて、ラスタルは気付く。

 

「まさか……マクギリスは、『エイハブリアクター関連技術を公開する事を考えている』のか!?」

 

 GHにとって生命線とも言えるエイハブリアクターの技術。それを流布させるつもりではないかと危惧したのだ。良く考えればその可能性は高いと思えた。

 ガエリオが意見を述べる。

 

「あり得ない話ではないな。奴の目的はGHの力を弱め、最終的には解体することだ。リアクター関連技術の解放は、それを加速させる」

「……だとすれば絶対奴に屈する訳にはいかん。あれが広まれば下手をすると厄祭戦の焼き直しだ。なにがなんでも阻止せねばなるまい。どのような手を使ってでもな」

 

 思考にふけるラスタルを見やって、ガエリオは思う。

 

(そう判断するだろう。あなたはマクギリスと同じく、『根本的に他人を信じない』)

 

 危険な技術は自分達が管理しなければならない。そう言う思いに囚われている。それは責任感もあるが、『流布すれば悪用する者が必ず現れる』という前提で物を考えているからこそだ。間違いではないだろうが、その考えに囚われているがゆえにラスタルは『自分の意に物申すものをそばに置けない』。組織の思考を統一し、場合によってはイリーガルな手段を用いてでも異端を排除して己の意を行き渡らせる。そうしなければ平穏は保てないという理念があるのだ。

 合わせ鏡の裏表。ラスタルとマクギリスはそのような物だったのだろう。状況が違えばあるいは意見をすりあわせることが出来たのかも知れない。しかしマクギリスが『少しだけずれた』。だからこの衝突は起こってしまった。そのように感じる。

 

(いずれにせよ俺は今一度マクギリスと相対しなければならない。そのためにあなたを利用させて貰うぞ)

 

 鋭い目のガエリオが見つめているのを知ってか知らずか、ラスタルはさらに策を巡らせる。

 

「奴らの一翼を担う鉄華団、その動きを押さえることが出来れば。……であれば銃後に狙いを定めてみるか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クーデリア・藍那・バーンスタインの行方が掴めない?」

 

 秘書からの報告を聞いたノブリスは眉を顰める。

 彼は伝手を頼って密かにラスタルとコンタクトを取り内通していた。いざというときがあればラスタル派の有利になるよう動くという密約も交わしていた。

 そしていざというときは来たのだが。

 

「はい。鉄華団本部、桜農場など関連施設は残存する団員とテイワズからの増援により警備されていますが、そのどこにもクーデリア・藍那・バーンスタインの姿は確認できません」 

 

 ラスタルからクーデリア、あるいは鉄華団関係者の身柄を押さえるよう要請されたのであるが、関係各所はきっちりと警戒され、なおかつテイワズも出張ってきている。迂闊に手を出すわけにはいかなくなった。

 それにしてもクーデリアの所在が知れないと言うのはどういう事だ。彼女には――

 

「間諜はどうした? 彼女の行動を逐一連絡させていたろうが」

 

 その問いに対し、秘書は何か言いにくそうな感じで応える。

 

「それがその……先程このような物が郵送されてきまして」

 

 差し出されたのは封筒。それにはこう書かれてあった。

 『退職願』と。

 受け取ったノブリスは暫く唖然としていたが、やがてぷるぷると身を震わせ、そして。

 

「ワシを謀ったかあの女あああああああ!」

 

 咆吼しながら封筒を床にたたきつけ、げしげしと踏み始めた。

 その様子を見ながら秘書は思う。そろそろ転職の準備を考えていた方が良さそうだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、肝心のクーデリアはどこにいるのかと言えば。

 

「今頃ノブリス氏は大あわてでしょうね」

 

 優雅にコーヒーカップを傾けるクーデリア。その向かいの席で、イアンナはくすりと笑みを零した。

 

「『このような場所』というのは盲点でしょう。私も度肝を抜かれました」

 

 そんな二人の様子を見るフミタンは複雑な表情だ。

 

(あの男の影響を受けすぎではないでしょうか)

 

 かく言う彼女も一方的に退職願を送りつけてノブリスを煽ってる時点で五十歩百歩である。

 そんな彼女らが居座っているのは。

 

「私も驚きました。ですがあなた方の身を護るのはマクギリス代表の意に叶う事。事が終わるまでの安全は保証しましょう」

 

 苦笑しながら言うのは新江・プロト。そう、クーデリアはマクギリスが事を起こすと同時に、GH火星支部本拠地である静止軌道基地アーレスに身を寄せていた。

 ラスタルのやらかしそうな行動を予測し、先手を打ったのだ。ここであればノブリスには考えつきもしないだろうし、察したとしても手出しは出来ないだろう。盲点と言えば盲点であるが。

 

(やれやれ、このお嬢さん本当に末恐ろしい)

 

 新江は内心驚嘆している。実の所彼はラスタルから密かにマクギリスを裏切り自分につくよう要請されている。誠実なように見えてその本性は損得勘定で動いている新江は、双方を天秤にかけ、どちらかの優位が確定したところで方針を定めようと考えていた。

 しかしクーデリアの行動で楔を打たれた。彼女は新江に保護を依頼するとき、にっこり笑ってこう宣ったのだ。

 

「いざというときは、『私のこの身が取引材料として使える』でしょう」

 

 ラスタルが勝利した場合、火星や鉄華団に累が及ばないよう、自身を人身御供として差し出す覚悟だと、そう言ってのけたのである。これには度肝を抜かれた。

 一見新江にとっては有利な取引材料となるように思える。だが彼女は火星独立派のシンボルであり、現在は商会の活動を通じて各所からノブリスよりも多くの信頼を寄せられている。かてて加えてバックについているのは鉄華団とテイワズだ。目先の利益に目が眩んでラスタルに差し出せば、火星全土と圏外圏が敵に回る。そのような愚行を犯せるはずがない。

 かといって彼女の申し出を断れるはずもなかった。表向きはマクギリス派に属している人間だ。彼らの意向からしてもクーデリアの安全は保証しておかなければならない。受け入れざるを得ないのだ。

 まあ、何のかんの言って新江に不満はなかったのだが。

 

(マクギリス代表が勝てば済むこと。彼らの勝率は高い。……それにこれほどの人物、人身御供にするには惜しい)

 

 別段情にほだされたわけではない。総合的に考えて、彼女らについた方が利を得ると判断したのだ。

 例えラスタルが勝利したとしても、彼を取り巻く状況は厳しい物となる。その隙を突いて火星と圏外圏の勢力を動かすくらいはやってのけるだろう。乗るだけの価値は十二分にある。

 密かにそのような算段を巡らしている新江の思惑は、当然のようにクーデリアにも読まれていた。と言うか前もってマクギリスから忠告されていたりする。

 新江が腹に一物あると知っていて重用するマクギリスもマクギリスだが、その懐に飛び込むような真似をするクーデリアも大した度胸だ。イアンナは社交辞令でなく本心で舌を巻いていた。

 

(まあ『あんな発想』をするくらいだから、この程度やってのけて当然と言った感はあるけれど)

 

 少し前に行われた『会合』のことを、イアンナは思い返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アイゼン・ブルーメ商会の社長室。フミタンとイアンナが控える中、クーデリアは通信回線を開いている。

 

「通信回線越しとはいえ、こうやって言葉を交わすのは初めてになりますな。蒔苗先生」

「そうさの。一度話をしてみたいと思うておったよ。マクマード・バリストン会長」

 

 クーデリアの端末を中継点とした三元通信。その相手は蒔苗とマクマードであった。

 以前よりクーデリアは二人に対して『ある提案』をしていた。GHの諍いがいよいよ本格的になろうとしているのを機に、彼女は本格的に話を詰めるべく場を設けたのであった。

 

「お時間を頂きありがとうございます。早速ですが例の話を。蒔苗先生、ファリド准将に話を持ち込んでいかがだったでしょうか」

「うむ、あっさりと受け入れよった。条件も何も無しでな。不気味なほどじゃよ」

「そいつはまた妙な話ですな。GHが優位を保てる最大の要因でしょうに。そう簡単に手放すとは思えませんが」

 

 クーデリアの提案。それはマクギリスにエイハブリアクターの情報を公開するように迫る、というものだった。まずはこの提案にどう反応するかで、マクギリスの思惑を読みとろうという考えがあったが、驚くことに彼は事が終われば条件なしで技術情報を公開する用意があると返したのだ。これはさすがのクーデリアも予想外である。

 

「一部、あるいは段階的な解放であればまだしも条件なしとは……彼は本気でGHの解体を目論んでいるのですか」

「恐らくは。どうやら自分が頂点となって権力を握ることなど考えてはおらぬようじゃ。あるいはラスタルと差し違える覚悟なのかも知れん」

「となると……『例の話』、現実味を帯びてきましたな」

 

 マクマードが顎をしごきながら言う。マクギリスの思惑はさておき、技術情報が解放された先のことをクーデリアは考えていた。それは『各経済圏とテイワズを中心とした企業の共同でリアクターの技術を研究、開発を行う』というものだ。

 前提条件からして無茶な話である。クーデリアとてGHがエイハブリアクターの技術を容易く開示するとは思っていなかった。そもそもが『各経済圏を抱き込むための策』であったのだ。

 リアクター技術は莫大な資金源となる。それが全ての経済圏に行き渡ればその恩恵は計り知れない。それが分かっている経済圏は乗ってくるだろうし、共同してGHに圧力をかけることも出来るだろうと踏んだのだ。実際ある程度の圧力と取引があれば一部なりとも技術情報を引き出すことも不可能ではない。そう考えていたのだが、マクギリスの反応で状況は一変した。『ある計画』が実現可能となるかも知れないのだ。

 元々経済圏に説得力を与えるため、クーデリアたちは技術開示後の事をかなり細かく考えていた。その一つに『火星の再開発にエイハブリアクターを利用する』というものがある。

 発電所クラスのリアクターを極冠に設置、発熱によって氷を溶かすと同時に、重力波によって水蒸気を広範囲に散布する。これにより運河などの労力を使わずに火星全土へ水を行き渡らせることが出来るのではと考えたのだ。さらに軌道上にエイハブリアクターを備えたオービタルリングを建造。疑似電磁帯の替わりにし大気の損失を防ぐ。これで火星の天候は大幅に改善することができ、なおかつ将来的な問題のほとんどが解決する……という計画であった。

 専門家の見立てても『技術的には』可能であると太鼓判を押されたこの計画。実はフミタンがランディより聞き出した物がベースとなっている。だが実現させるには最低でも艦船級のリアクターが数十基必要となる計算だ。船舶の奪い合いすら生じている現状では、どこにもそんな余裕はない。地道にデブリベルトから回収しレストアしたリアクターを集められれば何とかなるかも知れないというレベルだ。それも何十年かかるか分からない。

 しかし新たにリアクターを造る事が出来るのならば、この計画は現実味を帯びてくる。テイワズなどの企業にとっては大規模な公共事業や投資を行うチャンスとなるし、将来的なことを考えれば経済圏にも恩恵がある。

 現在火星の主幹産業はハーフメタルの採掘くらいしかないが、火星の環境が変化し大規模な食料生産が可能となればその価値は大きく跳ね上がる。よしんば独立したとしても、いや、植民地として管理するために地球からの『持ち出し』が無くなる分、独立させた方が得になるかも知れない。これに乗らない経済圏はあるまい。

 生涯をかけて成し遂げたい夢が形を取り始めた。しかしそれに逸るクーデリアではない。彼女は冷静に状況の推移を見定めていた。

 

「あくまでファリド准将が勝ち残れば、の話です。彼が亡くなった場合に約束が果たされるのか。そしてラスタル・エリオンが勝った場合にはどう動くべきか。まだまだ詰めなければならないことは多いでしょう」

「そうじゃの。ラスタルは十中八九リアクターの情報公開を拒否するであろうよ。彼に対しては圧力をかける札の一つにしかならん」

「だが弱体化した状態でどこまで拒否できるのか、ですな。彼は確かに傑物でしょうが、『同様の政治力を持つ者は、マクギリス・ファリド以外に存在しない』。彼一人で四面楚歌を乗り切るのは難しいと思いますがね」

 

 マクギリスを失えば、考える頭はラスタル一人となる。一枚岩となったと言うことも出来るだろうが、恐らくは低下する戦力。そして世界中から疑念と敵視の視線を向けられ圧力をかけられる状況で、どこまで持ちこたえられる物か。

 そこまで考えているとすれば、マクギリスも相当の狸であろう。それはともかく今は、先のことを考え話を詰めていこうと、三人は『悪巧み』を続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(最低でもアーヴラウとテイワズ、クリュセ自治区を含めた火星の主な勢力は協調して事に当たる。ラスタルを手こずらせるくらいは出来るわね)

 

 内心でくすりと笑うイアンナ。彼女もまたいざというときにはクリュセの自治区で蒔苗の代理として権限を振るうよう命じられている。テイワズの方も鉄華団をフォローするためコロニーや地上で色々と用意を調えているようだ。

 誰もが己の役目を果たし全力を尽くしている。砲火を交えない静かな戦いがそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴィーンゴールヴでは、反逆軍の戦力を宇宙に上げるための準備が着々と進んでいた。

 

「俺達で最後か。……しかしもっと騒ぎがあるモンだと思っていたが、大人しくしてんな」

 

 シャトルに積み込む最後の荷物を確認して、オルガは鼻を鳴らす。マクギリスの演説後、ヴィーンゴールヴは一時騒然とした物だったが、それもすぐに収まった。別に武力で脅しているわけでもなさそうだし、聞き分けが良すぎると訝しんでいたのだが。

 

「ああ、そりゃカルタ・イシューが言い聞かせてるんだろ」

 

 さくりと疑問に応えるのはランディ。実際混乱していた内部を沈静化させたのは彼女とその配下である。他の首脳陣が右往左往している中、カルタは一人冷静さを保ち各所へと働きかけていた。次々とショッキングな事実を叩き付けられた隊員たちは、存外に大人しく彼女の指示に従う。ある種の依存的な心理なのかも知れなかった。

 

「無闇に騒動を広げるつもりもなかろうさあの女は。最低でも今回のケリがつくまでは大人しくしているだろ」

「むしろ隙を見て何をやらかすか分からない相手のような気がするんだが」

 

 以前してやられたことを思い出してオルガは顔を顰める。油断のならない人物の復帰に懸念を覚えたのだ。

 と、そこに三日月が姿を現す。

 

「準備できたよオルガ。後はチョコの人待ち」

「そうか。……しかし妙な心持ちだぜ。あの男も孤児だったとか」

 

 マクギリスの演説には、オルガも少なからず衝撃を受けていた。生まれついての上流階級にしては妙な気配が所々にあったような気はしていたが、ああいった出生だったとは。これからどう接するべきか、少し構えてしまいそうだった。

 などと考えているうちに、当の本人が姿を現す。

 

「すまない、待たせた。時間的にはまだ余裕はあるだろうが、準備が出来ているのなら早速発とう」

 

 いつものように石動を従えたマクギリスだ。その仕官服の襟元には、本来あるべき階級章が存在しない。

 すこし躊躇いつつも、オルガは彼に語りかけた。

 

「あ、ああ、それはいいんだが……MSを全部引き上げて良いのか? ここが手薄になるが」

「構わないさ。カルタ・イシューは漁夫の利をかすめ取るような、姑息な人間ではないよ」

「……随分と信用しているんだな」

「彼女の誇りはね。それにここに残るものたちも、相応に出来る者ばかりさ。……例え『俺』がいなくとも、事を成せる人間を集めたつもりだ」

「あんた……」

 

 自称が変わっていることに気付いているのかいないのか、マクギリスは続ける。

 

「俺達は様々な思いを抱いた人間の集まりだ。立身出世を願う者、己の才を世に知らしめたい者。GHの在り方に不満を持つ者。一人一人がそれぞれの目的の元動いている。俺はそれを束ねているだけにすぎない。だから『代表』なのさ」

 

 自身の出自など気にせず、己の目的を持ち、轡を並べて戦ってくれる人間。マクギリスはそう言う人材を集めてきた。勿論策を巡らせたり思考を誘導したりと色々やってきたが、基本は自分がいなくなっても事を成す覚悟を持ったものたちばかりだ。最後の一兵までとは言わないが、己の死くらいでは留まるまいという自信はある。

 それは同時に、己の死も覚悟した不退転の構えと言うことでもあった。

 口調は軽いが、込められた覚悟は思った以上の重さがある。オルガは気圧されたように感じた。

 と、三日月がぽつりと言葉を零す。

 

「チョコの人、なんかすっきりしたって顔してるね」

「……そう見えるかい?」

「うん、話し方とか表情とか変わった。なんかその方が『らしい』や」

 

 その言葉にきょとんと目を丸くするマクギリス。そうしてから彼は笑みを浮かべた。

 

「……ああ。これが『俺』だ」

 

 自分に言い聞かせるように言う。その表情は今までになく晴れやかな物だった。

 くく、と笑うランディ。肩をすくめる石動。オルガは片目を瞑って頭を掻いた。

 

(確かにこう……取っつきやすくなった感はあるな)

 

 色々とぶっちゃけた上で、被っていた猫を脱いだのか。そうするとこれが本性と言うことになるのだろう。

 まあいい。肩を並べて戦うのに文句はない。今のマクギリスならばそれくらいの信用は出来るだろう。オルガは気持ちを改める。

 

「何も問題がないんならいいさ。……そろそろ行こう。上で最後の仕上げだ」

「そうだな。よろしく頼むよ」

 

 シャトルに乗り込む一同。ようやくここまで来たと、席に着きながらマクギリスは思い返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どことも知れぬ貧民街。マクギリスはそこで生まれた。

 親は誰とも知れぬ。物心ついたときにはすでに弱肉強食の世界に放り込まれ、ただ生き残るために必死で足掻いた。食うために殺し、殺されかけ、ぼろ布を纏っただけの獣としてはいずり回る。

 その日もいつものように見知らぬ誰かに錆びたナイフを突き入れ、奪った腐りかけの林檎をむさぼり食っていた。背後に誰かが近づいていることにも気付かずに。

 後頭部に衝撃。意識を刈り取られたその時を境に、彼の生活は一変する。

 孤児院を装った人身売買組織。所謂『人狩り(マンハント)』に攫われたのであった。そこから即座に意識を切り替えられたのは、やはり才覚があったからなのだろう。自身が『商品』になる価値があると悟り、その価値を高めるため貪欲に学び、肩を並べそうな者を蹴落としていく。

 マクギリスと言う名を与えられたのもそこだった。頭角を現し高価な商品と目された彼は、イズナリオに買われる事となる。

 金髪の美少年を痛めつけ蹂躙する性癖のあるイズナリオの元で、マクギリスは陵辱される日々を送りながらも虎視眈々と牙を磨く。そんななかで見つけたのはアグニカ・カイエルの伝記。

 その内容に、マクギリスは心引かれた。伝記に記されたアグニカの圧倒的な強さ。それを手に入れることが出来れば……。少年らしい憧憬と、憎悪によって鍛え上げられた野心は、やがてバエルを手中にしGHを我が物にするという目的へと昇華する。

 己の野心をひた隠しにし、少しずつファリド家とモンターク商会の実権を掌握。そして表向きには穏やかな好人物を装いガエリオやカルタと友誼を結び、イズナリオの野心に便乗する形でボードウィン家やイシュー家とも繋がりを築いていく。

 魅力、知力、腕力、財力……。力と名をつく物を貪欲に求め、ガエリオやカルタに絆されそうになりながらも、マクギリスは邁進し続け、士官学校にまで至る。

 

 

 そして、出会った。出会ってしまった。

 ランディール・マーカスに。

 

 

 優秀な成績を修めながらも破天荒。自身の家柄や地位に増長するものたちを敵に回してそれを蹴散らしていく有り様は、四角四面なものたちを渋面にさせた。カルタなどはことあるごとに突っかかり、ガエリオは時折それに巻き込まれ、マクギリスはその様子を苦笑して眺めつつ……ランディを注意深く観察していた。

 その強さ。そしてカリスマとは違う人を引きつける何か。何よりも『自由』である。アグニカとは違うが英傑の質であると、マクギリスは見て取った。

 己の力としたい。マクギリスがそう考えるのは自然な流れだった。彼と接触し繋がりを深めようとする中で、このように問う。

「アグニカ・カイエルをどう思うのか」と。

 答えは予想外であった。

 

「めんどくせえ立場にされちまったよなあ。まあ本人死んでるんだから文句のいいようもないが」

 

 思わず眉を顰めた。力を振るい頂点に立ち、伝説となったことが面倒などと。表情に出た不服を読みとったのか、ランディはからかうような調子で続ける。

 

「だってお前、厄祭戦の生きるか死ぬかって状況で、後のことなんて考えていられるかってんだ。それこそ死に物狂いだったろうよ。結果最大の戦績を叩き出しただけで、後世に名を残したかったとか考えてる余裕なんかあると思うか?」

 

 確かに残されている伝承は戦績と『他者から見た視点』ばかりで、アグニカ自身が残した記録など何もない。言われて始めてそれに気付いた。

 

「実際アグニカが何を考えていたか分かりゃしねえよ。義憤に燃えていたかも知れねえ、金に釣られたかも知れねえ、強要されて泣きながら戦っていたのかも知れねえ。……あるいは、『俺やお前みたいな人間だったかも』知れねえ」

 

 向けられた視線に全てを見透かされたかのような感覚を覚える。微かにびくりと身を震わせたマクギリスを余所に、ランディは言う。

 

「いずれにせよアグニカは結果を残した。それを評価し記録に残し、後々まで伝えたのは他の人間だろうさ。別段『伝説になりたくてなったわけじゃない』……んじゃねえかな。まあ俺だったら伝説にされるなんぞ面倒くさくて御免被るってだけだが」

 

 くかかと笑うランディ。

 

「やりたいことか成すべき事か、死力を尽くした結果がああなった。本人の意志にかかわらずな。伝説なんてのはそういうモンなんじゃねえの?」

 

 彼としては後輩の言葉に対し適当に応えただけなのだろう。しかしその言葉は、マクギリスに衝撃を与える。

 『英雄にはなりたくてなるものではない』。自分を否定されたという思いと同時に、なにかがすとんと腑に落ちる感覚を覚えた。だれもがアグニカを英雄視し崇拝する中、フラットな視線で意見を述べられるのはランディしかいない。自分自身も視野狭窄に陥っていたと、マクギリスは目が覚める思いだった。

 そこからランディール・マーカスという人間をより深く知ろうとした。生い立ち、思考、望み。その出生や幼少期などにも驚かされたが、彼の思考に驚嘆させられた。

 ランディはGHに『職場以上の価値を見出していない』。闘争の狂気を孕んだ己が堂々と生活できるからという理由だけでGHに入隊し、出世や権力闘争などに興味を示さない。もし己に不必要だと思えたなら、『GH自体をあっさりと見限る』だろう。(事実彼は後にバックレ感覚でGHから逐電している)

 世界の支配者とも言えるGHを己が本性の隠れ蓑程度にしか思っていない。自分とは全く違う価値観。だがマクギリスはそれを快なりと、そう思ってしまうのだ。

 権威を蹴り飛ばし、どこまでも自由。だがただの悪漢ではない。それは多くの人間がなんだかんだ言いながらも彼を慕っていることから分かる。下層から入隊した隊員たちなどは、その破天荒な行動に喝采を上げ英雄視すら始めていたりする。

 

(英雄など面倒くさい、どの口で言うものか)

 

 マクギリスは笑う。その笑顔が本物になりつつある事に気付かず。彼自身も少しずつ変わり始めた。野心はそのままに、その行く先を、己が本当に何をしたいか、何をするべきかを。そういうものを改めて考えていく。

 そうして得た結論は、『このまま成り上がっただけでは何も変わらない』。ということだ。

 例え己が頂点に立ちGHを改革せしめたとしても、全てを思うとおりに動かせるものではない。それに将来己が死んだ後、いつまで改革後の体制を保っていられるものか。喉元過ぎれば熱さは忘れ去られ、いずれは元の木阿弥になるだろう。

 『痛み』が必要だ。過去の暗部をさらけ出し、罪は罪として罰せられ、未来にそれを残していかなければ同じ事が繰り返されるだろう。GHも、世界も。

 そして……『自分ならばそれができる』。その存在そのものがGHの暗部とも言える、マクギリス・ファリドであれば。

 世界は混乱の渦に陥れられるだろう。己自身も無事では済むまい。だが――

 痛快ではないか。かつて己を蹂躙した権威を破壊し尽くし、新たな世界の礎となって後々の世まで語り継がれるのは。それはきっと、アグニカと同等かそれ以上の偉業となる。そう思いついたとき、背筋をぞくぞくと振るわせる何かを感じた。

 

(ああそうか、俺はあの男が羨ましく、そして焦がれたのだな)

 

 いつしかランディの背中を見ていた。彼に追いつき越えたいと。

 彼が標的艦隊に配属され、カルタらを蹴散らしラスタルから引き抜かれ、逐電するまでの間、マクギリスは密かに賛同者を集め戦力を整えていった。実の所幹部たちの目星を付けるのはそうたいした苦労ではなかった。ランディの話を振って、忌避や拒絶の反応を示さず話に乗ってくるものは大概『当たり』であったから。石動やライザなどもそうやって引き抜きをかけたのだ。

 集めた賛同者の幹部には、折を見て己が出生の秘密を明かし、それ以外のものたちにもそれとなく匂わせる。同情心を煽る算段であったが、思ったよりあっさりと皆に受け入れられ拍子抜けしたものだ。己の出自など大したことではないと、笑い飛ばせるようになったのもこのあたりだった。信頼関係ではなくあくまで互いを利用し合う損得勘定のみの繋がりとマクギリス自身は考えているが、存外人望はあるのかも知れない。

 順調に人材は集められる。だがしかし……友であるガエリオやカルタとは、袂を分かつしかなかった。ガエリオは純粋で真っ直ぐで、自分自身以外の『悪』を認められず、カルタは己の責と立場を捨てることが出来なかったのだから。

 内心後ろ髪引かれる思いであったのを無理矢理押し殺し、準備を整え邁進を続ける。そしてついにこの時を迎えた。最早自分が倒れてもこの流れは止まらない。後は命を賭けて決着を付けるだけだ。

 

(ここまでこられたのはあなたのおかげだ。礼は『最高の舞台』というところだな)

 

 シート越しにランディの後頭部を見据え、マクギリスは密かに笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後のシャトルが天に向かう。

 それを見送るカルタは何も語らない。車椅子に座したまま、いつ果てるともなく噴射炎の跡を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※今回のえぬじい

 

「ハッタリ企画がガチ採用されそうなんだが……」

「特定されそうなスレ立てはお止め下さいお嬢様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 お盆休み? 知らない子でしたね。
 その代わり別口で休みを取ってくれたわ有給だけどな! 捻れ骨子です。

 決戦突入、と思わせておいてぐだぐだ言う話。クーさんのハッタリ&マッキーがはっちゃけちゃった理由が明かされました。全部ランディのせいじゃねえか。クーさんの所はともかくランディ謀殺しようとした時点で手遅れだったのですよラスタルさんという。
 まあ屁理屈だらけですが原作よりマシだと思うんですよどうでしょうかダメですか。
 とにもかくにも次回から最終決戦……前にまだぐだぐだすると思う。果てさて完結はいつになるやら。

 つーことで今回はこの辺で。
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