今回推奨BGM、『みんながみんな英雄』。あるいは『青空になる』。
マクギリスの乱。その最終決戦にて行われた決闘は、バルバトス――反逆軍の勝利に終わった。
その直後、あるいはアリアンロッド艦隊の中には報復行動に出ようとしたものがいたかもしれない。しかしそれは他ならぬ当事者の一方、『ガエリオ・ボードウィン本人の敗北宣言』にて押さえ込まれる。
歴史に残る戦い。それは予想以上に早く、少ない被害と死傷者で幕を閉じる。
そして――
『アリアンロッドを下した反逆軍は、そのままGHを掌握。セブンスターズの権限を凍結すると同時に、全軍に指揮下へ入るよう要請。一部を除いて従う事となった兵たちに引き続き治安維持に努めるよう指示し、その一方で各経済圏の介入を承諾。組織の改革に乗り出した。
その際臨時の総司令代理として推挙されたのはアンダーセン元一佐。彼を暫定的な代表として新体制はスタートを切った』
「貴官ら、最初からこうする予定だったな?」
総司令の席で書類の山やタブレットの壁と格闘しているアンダーセンが、恨みがましい声を出す。同室で同じように仕事を成敗しながらライザは済まして答えた。
「当然でしょう。我々はまだ経験不足の若造に過ぎない。この困難を乗り越えるためには経験豊富な人材が必須。何のためにご老体を引きずり出したと思っておられるのですか」
「いいよるわこの野郎馬鹿野郎。折角悠々自適に隠居生活としゃれ込んでおったのに」
「あと10年は引き延ばしていただきたい。彼が来る前の標的艦隊でサボっていた分、きっちりと仕事をしていただきますよ」
「あのイカレ小僧に影響受けすぎだろう貴官ら」
渋面になるアンダーセンだが、強く拒否しないところを見るとなんだかんだでやる気のようだ。元々現体制に不満があって腐っていた人物である。それを自らの手で覆せるともなれば、それなりに思うところもあっただろう。トップに据えられるとまでは思っていなかっただろうが。
「ともかくやるべき事は多い。儂ばかり働かせず貴官らもきりきり働けい」
「言われるまでもなく。一つ一つこなしていきますよ。……今まで通りにね」
『セブンスターズを筆頭に、多くのGH幹部たちはその立場を追われる事となろう。しかし中には例外もあった。
カルタ・イシュー。反逆軍に協力的であった彼女は、セブンスターズとしての権限こそ失ったものの、オブサーバーとして改革に参加することとなる』
「こちらの資料のまとめは終わった。司令部と、そしてコピーを経済圏の監察に。詳細はクラウドのデータバンクに上げておいたので、そちらを確認するようにと伝えろ」
「はっ!」
別室にて、アンダーセンたちと同じように、資料の山相手に奮戦しているカルタ。彼らと違うのは警務部の監視(実質的には護衛)がついており、行動が制限されているところだろう。それに対し彼女は何をいうでもなく、統制統合艦隊が解散してからも従う配下たちと共に、GH内で秘匿されていた資料を引っ張り出し整理。提出を繰り返していた。
反逆軍との軋轢などがあるかと思われたが、秘匿されていたものの中に、セブンスターズであった彼女の協力がなければ引き出せない物もあったため、オブサーバー参加はむしろ歓迎されている。
「事前に手をつけていてこれか。まったく、どれだけ後ろ暗いことがあるのやら」
一区切りつけたカルタはコーヒーのマグカップを傾けつつ眉を寄せる。
己が持つ権限を維持するため、GHがどれだけのことを行ってきたか。そして裏でどのように動いてきたか。300年の間によくもまあこれだけと呆れ返るような内容のものが、際限なく掘り出されていた。
「貴女のおかげでGHの暗部が多くを表沙汰にすることが出来そうです。ありがとうございました」
カルタの元を訪れた石動が深々と頭を下げる。カルタはふ、と笑みをこぼした。
「立つ鳥跡を濁さず、というでしょう? やり残しのないようにしておきたいだけよ」
「……やはり、残ってはいただけませんか」
心なしか残念そうな様子で石動が言う。新体制が整えば、カルタはオブサーバーの立場からも身を引き、GHから離れることを決めていた。
「元よりセブンスターズのメンバーはGHから離す予定。私だけを残すのも筋が通らない話でしょう」
「残念です。貴女が希望するならば我らの幹部を説き伏せる心づもりでしたが」
「気持ちだけ受け取っておくわ。過去の遺物に頼らなくとも、自力で未来を切り開く気概を見せてご覧なさい」
「金言、ありがたく」
後ろ髪引かれる思いがないわけではなかった。しかし個人としても組織としてもけじめはつけておくべきだろう。過去と決別し、未来に向かって歩く。足踏みばかりしているわけにはいかない。
(そうね、これが終わったら、本格的に身の振り方を考えなければ、ね)
幸いにして個人資産までは没収されていないし、職を辞するとなれば時間は腐るほどある。
秘めたる想い――かつてマクギリスに抱いた思慕は、全てが昇華されたわけではない。奥底に、残り火のように疼き続けている。それとどう折り合いをつけるにしても、時間は必要だった。
じっくりと考えよう。色々と思うところはあるけれど、そうやって想いを持て余し巡らすこと。それはきっと、GHで肩肘張って生きてきたときに比べれば、贅沢な時間の使い方だろうから。カルタは前向きに未来へ思いをはせていた。
カルタの配下たちも、多くが職を辞して彼女について行くつもりのようであった。
しかし中には例外もある。
「貴官も残るとはな。意外だったよ」
「こちらの台詞だ。お互い物好きなことさ」
コーリスとイッヒ。彼らは実働部隊としてGHに残留することとなった。反逆軍に協力した実績と、ガエリオの言葉に便乗しアリアンロッドが報復行動に出ようとするのを抑えた機転を買われたのだ。
もちろんからら全員がそっくりそのまま、というわけではない。部隊は細かく分けられ、それぞれが別々の部署に配置されたり、指揮官級は階級を下げられたりしている。コーリスたち自身も階級を下げられ一士官として再編成されていた。
「反逆軍、いや今ではGH改革勢力か。彼らはよく頑張っていると思うが、人手不足は否めまい。我々は猫の手といったところだな」
事実多くの人間が強制的、あるいは自主的にGHを辞することとなったため、人手は不足しつつある。元々改革で規模を縮小し人員も整理する予定ではあったが、経済圏からの介入は想像以上に厳しいもので、身動きのとれない部分も多かった。GHが横暴のしっぺ返しといったところであるが、ともかく実働できる人間を一人でも多く欲していたため、首脳部が問題ないと判断した人間は積極的に再編成に組み込まれている。
とはいえ、二人も望めばカルタについて行くことは出来ただろうが。
「人手不足につけ込んで、誰か不埒な輩がいらぬ事を企むやも知れん。そのようなものがはびこるのは我慢ならんしな」
「そして実績を作っておけば、万一の時に『カルタ様がお帰りになりやすい』、か」
もし万が一、改革されたGHが再び権力に取り付かれ暴走を始めたりすれば、いかなる立場にあろうともカルタは必ず戻ってくる。そのときに受け入れやすい体制を作っておくことは、決して無駄ではないと彼らは思っていた。
側にいることだけが忠義ではない。彼らは実地でそれを示さんとする本物の忠臣と言えた。
「折角拾った命だ。有意義に使ってみるさ」
「そうだな。……いずれあの男に、借りを返すためにも」
地球外縁軌道統制統合艦隊は解体されたが、『終わったわけではない』。形を変え、その意思は生き続ける。
男たちはそう信じて歩み続けた。
『その他のセブンスターズは早々にその立場を失い、権力者の立場から墜とされた。しかし立場を失ったものの、資産などまで没収されたわけではない。その先の人生をどう生きるかはそれぞれの手に委ねられた。その中の一人、アリアンロッドの中核を一時的にもになったガエリオ・ボードウィンもまた、己の人生を歩んでいかねばならない。
生き残ってしまったのだから』
某国にある保養地。その総合病院の中庭で、車椅子に座したガエリオは傍らの人物に話しかけていた。
「中々に難しい物だよリハビリというものは。カルタはよくぞあそこまで回復して見せたものさ」
車椅子に備えられた杖を軽く持ち上げ苦笑する。阿頼耶識の恩恵にて常人と変わらぬ身体能力を保持していた彼であるが、戦いが終わった後システムの除去手術を受け、そして改めて再生とナノマシンを組み合わせた新たなる治療を受けていた。リハビリを受ければ常人並の身体能力を取り戻せるというその治療を、一度は辞退しようとしたが。
「あなたには義務がある。代表が命を賭け、築こうとしていた未来を見守る義務が」
そのような発破を石動にかけられたのだ。そもそも敗者たる自分が生きながらえただけでも儲けものだ。複雑な思いはあったが、結局は申し入れを受け入れた。
とにもかくにもまずは動けるようになるところから始めよう。戦いを終え、目的を失っていたガエリオは、少しずつ気力を取り戻しつつある。
そんなガエリオの元を訪れたのは。
「それで、わざわざ見舞いに訪れたわけでもないだろう? 君は」
「……お見通しですか」
私服姿のジュリエッタ。バルバトスに敗北し意識を失っていた彼女は、偶然接近した内火艇に救助されたのだ。その内火艇がヤマジンの乗ったものだったことがまたよかった。ひしゃげた機体からジュリエッタを引きずり出すのは、結構な技術を要したのだから。
彼女はラスタルの直属であったことから危険視され、GHから追われた。一応退職金と失業保険はもらっているので即座に飢え死にするようなことはないが……彼女は生きる目的そのものを失っていた。
あの戦いの中にあった滾るような復讐心はもうない。なりふり構わぬ全力を出し、それでも届かず路傍の石のように蹴散らされた事により、心が折れたのだ。彼女がその気になれば、野に下ったGH残党を集め、反抗勢力を作れたかも知れないが……そのような気力など持ち得ない喪失感が、心を支配している。
何も、出来なかった。己は弱く、無力だったと後悔ばかりが押し寄せる。行く当てもなく、やるべき事も分からない。GHという箱庭から放り出された彼女は、何の力もない一人の女に過ぎなかった。
「あなたもGHを辞したと聞きました。その体では仕方がないことではありますが、これからどうするつもりなのか、参考までに伺いたいと思いまして」
藁にもすがる思い、なのかも知れなかった。ガエリオとて不自由な体で、己のことで手一杯であろう。それでも何か言って欲しくて、わざわざ出向いてきたのだ。
ガエリオも、八つ当たりじみた復讐心は失せている。その対象がいなくなったと言うこともあるが、全ての力を出し切った戦いの結果を、彼は自分でも驚くほどすんなりと受け入れていた。
結果的に自分が望んだとおり、事態を軟着陸させることが出来たから。とも思えるし、力を出し切って燃え尽きたからとも思える。いずれにせよ改革勢力に対し何らかのアクションを起こそうという気はない。
『今のところは』。
「そうだな……もうセブンスターズも何もない。財産を没収されなかっただけありがたい話さ。父は落ち込んでいるけどな」
ヴィーンゴールヴから中立国に用意された邸宅に移ったガルスだが、すっかりと意気消沈して引きこもっているようだ。これまで何もしてこなかった男は、これから何をすればいいのか分からず途方に暮れているのだろう。あるいは全てに裏切られたかのような失望感に囚われているのかも知れない。
他のメンバー――ネモやエレクも似たような状況に追いやられている。監視もつけられ早々派手な動きは出来ないが、彼らはそもそも事なかれ主義で日和った人間だ。資産が保証され多少不自由であろうとも身の危険がないのであれば、それなりに妥協も出来る。いずれにせよ、今は何か事を起こす気力もあるまい。
「多分セブンスターズ関連で一番前向きなのは、カルタと『うちの妹』だろうなあ……」
そうこぼしたガエリオは、遠い目で虚空を見上げた。
「アルミリア・『モンターク』と言います。右も左も分かりませんが、皆さんよろしくお願いします!」
ぺこんと頭を下げるアルミリア。彼女は今、地球から遠く離れた火星の地で、一学生として学び始めようとしていた。
GHの改革を見越していたマクギリスは、抱き込んだファリド家の家令にアルミリアの身元保証人となるよう頼み、モンターク商会を利用して個人的に蓄えた莫大な資産を、彼女に譲り渡したのだ。
「マクギリス様からはギャラルホルン、ボードウィン家からも離れ、自由に生きるようにと。そのように言付けを預かっております」
アルミリアには新たな戸籍すら用意されていた。篭から解き放たれ、己で学び、己で道を選択すること。それが本当の、自分自身の幸せにつながると、マクギリスはそのようなメッセージを残していた。その力になるようにと頼まれた家令や使用人たちは、どこか誇らしげな様子だった。
「あの方は誰も信じぬと嘯いておられましたが……貴女を託しても良いと思うくらいには我々に信を置いていただけた。それがうれしいと、年甲斐もなく思ってしまうのですよ」
やはり彼は悪い人間ではないと、アルミリアは改めて思う。でなければここまで慕われはしまい。その彼が用意した道は、やもすれば勝手に生きろと放り出されたようにも見える。しかし彼女はこう思うのだ。『私ならばきっと自力で立ち歩いて行けると見込んだのではないか』と。そう、信じたかった。
ならば行こう。見も知らぬ世界で、知らなければ学び、分からなければ聞き、少しずつ己を高めていく。そして――
(いつか……あなたに誇れる私になれるように)
顔を上げて、前を向いて歩こう。篭から解き放たれた少女は、未来へと進み始めた。
「結局、家族であるはずの俺は何も出来なかったよ。……まあ、あの戦いを『生かされた』俺は、無力なものなのだろうがね」
「生かされた……?」
ガエリオの言葉に眉を顰めるジュリエッタ。あの戦い、生き残ったのは実力のおかげでも三日月が手加減したからでもないと、ガエリオは言う。
最後の一瞬、覚悟を決めたガエリオの意思に反して、『機体は僅かに身をよじった』。
そのおかげでコクピットは直撃を免れ、阿頼耶識TypeEの完全破壊と引き換えにガエリオは九死に一生を得たのだが、生じた結果に何らかの意図を感じずにはいられない。
生きてくれという望みなのか、それとも生きて苦しめという呪いなのか。システムの破壊と共にその意図は失われた。もっとも全ては偶然で、システムは単に条件反射的な作動を行っただけなのかも知れない。
「だが俺は、自分が生き残ってしまったことには意味があると、そう思いたい。善意か悪意かは分からないが生きろと、そう願われたのだと」
そして敗北を宣言した彼を、三日月は、鉄華団と反逆軍は生かした。もちろんそれはアリアンロッドに降伏を促すためであっただろう。その後、大した処分もなく放逐されたのも結局は向こうの都合だ。その都合が、生かしておくという選択につながったに過ぎない。
何よりも……己を宿敵とまで言い放ったマクギリスが、最後の最後で生かそうとしてくれた。そのおかげで今、ここにある。
色々な要因が重なって、生きている。その生に意味を見いだそうと、ガエリオは前を向き始めたところだ。
「君も生き延びた。どういう事情があるにせよ、死んでるよりは何かが出来る。幸いと言うべきか、時間はあるんだ。ゆっくり考えたらいいんじゃないか?」
「私にできるのでしょうか……何かが」
自信を喪失しているジュリエッタの顔は暗い。それを元気づけるつもりか、ガエリオはことさら明るい調子で言う。
「とりあえずは、俺に雇われてみないか?」
「……え?」
「こんな有様だからね。リハビリを手伝ってくれたらありがたい。それに一応こんななりでも元セブンスターズの一角だ。気心の知れた人間が身辺を警護してくれたら助かるんだけど、どうだい?」
しばらく考え込む。ジュリエッタ。やがて彼女はおずおずと答えを返した。
「お役に立てるかどうか分かりませんが、私で良ければ……」
「そうか! うん、良かった」
相好を崩すガエリオ。自信を失い目的を見失ったジュリエッタは非常に不安定に見えた。下手をすれば良からぬ方向へ足が向きかねない。手の届くところにいて何か役目を与えておけば、落ち着くだろうという目論見があった。それを抜きにしても今の彼女を放っておくという選択は出来なかったのだが。
「とりあえずはそうだな、飯でも食うか。無論驕るよ、何がいい?」
ガエリオの言葉に、僅かな懐かしさを感じた。鼻の奥につん、と感じたものを誤魔化すかのように、ジュリエッタはぶっきらぼうな様子で告げる。
「肉を。肉を所望します」
「そうか、そいつはいい。君も少し肉をつけた方がいいだろうしな」
笑いながら言うガエリオの言葉に僅かばかりむっとした表情を見せたジュリエッタは、彼の背後に回ると、乱暴に車椅子を押し始めた。
青空の下にひゃあ、という悲鳴が響く。
ジュリエッタには言っていないことがある。
決戦の際機能停止したキマリスは、武装を取り除かれ阿頼耶識システムを外された後、ガエリオの元に返却されていた。
「我々とて人間。完全な正義の執行者ではない。もしかしたら道を違えるときがあるかも知れません。……その意味が分かりますね?」
石動に問うたときの答えだ。つまりは自分に『監視者になれ』と、そう望まれているようだった。前任者たちのように権力に取り付かれたりした際には起てと、そのようなことを期待しているらしい。
今のガエリオにはまだその覚悟はない。果たしてそのときが来たときには自分は起てるのか。マクギリスのように。
まだ分からないが……いまは事態を見守ろう。そしてじっくりと考えよう。
それもまた、生きる意味となるのだろうから。
『反逆者マクギリスであるが、決戦終結の後、彼が駆ったガンダム・バエルの残骸は発見された。しかし損傷が激しく、特にコクピット周辺はえぐられたかのように完全損失していた。捜索もむなしくマクギリス本人の存在、遺体もその一部すらも確認されず、彼はMIAと断定された。
しかしながら遺体が発見されなかったことにより、彼の生存説はまことしやかにささやかれ続けられている』
月軌道上のコロニー群に向かう航路。その上を漂う一隻の輸送船があった。
そのゲストシートに座している男は、苦笑を浮かべて言葉をこぼす。
「生き延びることは想定していたが……こういうのは予想外だったな」
目元を覆うサングラス、そして顔半分に残った痛々しい火傷の跡によって様相は変わっているが……男は確かにマクギリス・ファリドと呼ばれていた人物であった。
あのあと爆発に飲み込まれたバエルは、高熱の奔流と瓦礫の雪崩に翻弄された。
いかにガンダムフレームと言えどもそれには耐えきれず、機能停止に追い込まれるダメージを受け、そしてマクギリス本人は瀕死の重傷を負った。それを救ったのは。
「へへ、さしものの旦那も、こういう風に『恩返し』されるたあ思ってやせんでしたか」
にたりと笑いながら言うのは、トド。そして船のブリッジに詰めているのはスカーフェイス――『元』スカーフェイスの面々だ。
彼らは重傷にて意識を失ったマクギリスをコクピットブロックごと回収し、密かに匿っていた。実際に生死の境を彷徨い、一時は本当に危険なところまでいってから何とか回復したマクギリスが意識を取り戻したときには、すでにMIAとされており事実上の死亡扱いであった。
ともあれ生き残れば諸々の責任を被るつもりであったマクギリスは、GHに戻る気であったのだが、それは救出した面々と、一枚噛んでいたらしい石動から止められる。
「誰かをスケープゴートにして万々歳、などという真似は、我々からしても『恥』なのですよ」
石動の言葉は、反逆軍の総意と言っても良かった。確かに自分たちはマクギリスの言葉に乗って事を起こした。しかしそれは自分自身の目的があっての上でだ。そして加担した以上、マクギリスだけに責任を押しつけ知らぬ顔をするのは無責任という物だ。なによりそのようなことをすれば『かつてのGHと大した差はない』。戒めるためにも自分が背負える物は背負っていく。皆がそのように考えたらしい。
一人の誰かによって導かれるものではない、新たな組織の形を見せる。そのためにマクギリスというカリスマが戻ってくるのは、ある意味都合が悪いとも言える。かといって秘密裏に『処分』などするのは論外だ。そのような真似がいやで起ったのに本末転倒という物だろう。
こういった事情でマクギリスは逃された。要するにどいつもこいつもお人好しであったわけだが、本人たちに聞いたらば「代表も似たような物でしょう」と返されるに違いない。ある意味人望を集めまくったマクギリスの自業自得だ。
とにもかくにも、マクギリスが再び表に出ることはかなわない。不承不承であるが、本人もそれを認めざるを得なかった。反逆者マクギリスは全ての罪を背負い、死んだのだ。『そういうこと』にしておくことで、改革がスムーズに進んでいるという部分が、確かにあるのだから。
後ろ髪引かれる思いがないではない。
ガエリオ、カルタ、アルミリア。あるいは今からでも彼らと理解し合うことは出来たかも知れないが……それをすれば、『彼ら自身の可能性を阻害する』ようにも思えた。自分という存在に関わり続けることで、彼らの行く先を狭めてしまうのではないかという懸念がある。
石動たちの気遣いに甘え、姿を隠すのは、自分自身の臆病さから来る卑怯な選択だとも思う。だが同時に、自分に拘らずそれぞれの道を歩んで欲しいという真摯な想いが胸の奥にあるのも確かだった。
「それで旦那、これからどうしやす? モンターク商会は解体しちまったが、財はたんまりある。改めて一旗揚げることも容易くできますぜ」
トドの言葉に、思考を改める。
改革と共にモンタークを含むGHの裏を司る組織は解体される手はずであった。その際様々な物を処分して生じた利益の一部は、退職金的な名目でマクギリスに『押しつけられて』いる。莫大な財であるそれを使えば、悠々自適に暮らすことも、新たに勢力を築き上げる事も出来るだろう。
マクギリスはしばらく考えて、応える。
「……そうだな、表に戻りにくいのであれば、いっそ闇に潜み、『逃げた魚』を追うのも悪くない」
改革でGHを離れた、あるいは離された者はセブンスターズを含めかなりの数である。多くは素直に市井に下ったり、半軟禁生活に甘んじているようだが、一部は行方をくらまし、恐らくは地下に潜った。
そして、裏を司っていた者たちの中にも、同様に姿を消した連中がいた。元々裏の者たちはGHから独立した位置で、どっぷり裏社会に浸っていたのも多い。どさくさに紛れて逐電するのは難しくないだろう。
そのような連中が再起を期して、または私怨で新たに築き上げようとしている秩序を乱す可能性は十分にあった。そのような者たちの痕跡をたどり、監視し、場合によっては相手取る。マクギリスはそういった役目を請け負おうと考えていた。
日の目を見ない、あるいは終わりの見えぬ長い戦いになるかも知れない。しかしどのみち表には戻れぬのだ。そして出自などから裏には顔が利く自分に取っ手はうってつけな役目だろう。加えて折角新たな時代を切り開けるよう尽力したのに、邪魔をされるのも業腹だし、築き上げた物を密かに護るというのは、一種の責任の取り方ではないかと、そのようにも思う。
何よりも……かつての友と、己を慕ってくれた女性たちに累が及ぶのは赦せるはずがない。それは多分に――
「――自己満足、という自覚はあるがね。……君たちまで付き合う必要はないぞ?」
その言葉に返す答えは決まっている。
「何言ってやすか。そんな面白そうなこと、一人で楽しませるはずがねえでしょ」
トドが言えば、ブリッジに詰めた連中もそうだそうだと同意する。
「俺たちゃあんたについて行くって決めたんだ。地獄の底までお付き合いいたしますぜ」
スカーフェイス1を名乗っていた男が、不敵に笑みを浮かべながら言う。まったく物好きばかりだとかぶりを振るマクギリス。そんな彼も確かに笑みを浮かべていた。
どうやらまだまだ面白いことになりそうだ。トドはほくそ笑む。
腐った生き方から一転、随分とやりがいのある人生になった。そのような生き方を与えてくれたこの御仁には感謝している。決して言葉には出さないが。
「ところで旦那、『新しい名前』はどうしやすか? 今までの名前は使えねえでしょ」
確かに。最早マクギリスと名乗るわけにはいかなくなった。それは同時に今までの自分との決別を意味する。
待ち望んでいたことだ。とうの昔に忘れ去った生まれたときの名、人身売買組織で与えられたマクギリスと言う名、商会を運営するために使ったモンタークという名。そのどれとも違う新たな、『本当の名前となる名』。それをやっと名乗ることが出来ると気づかされた。
「そうだな……4番目の名前と言うことで、クワトロとでも名乗るか?」
男は闇に潜んで生きることを決めた。二度と日の当たる場所には現れない覚悟で。
しかしその表情は、晴れやかな物だった。
『マクギリスだけではない。ラスタル・エリオンを筆頭に多くの兵が命を落とした。
それは予想されていたより大幅に少ない数ではあったが、それでもこれまでにない規模の『内乱』であったことには違いがない。それによって人員を失い、加えて規模を縮小されていくGHは、驕れる者久しからずと言う言葉通りに衰退していくのだろう』
ヴィーンゴールヴ内技術開発施設。秘匿されていたそれは開示され、各勢力から監察と技術者が送り込まれていた。
そんな中でヤマジン・トーカは目まぐるしく働いている。
「ここも随分寂しくなったねえ」
施設の最奥、セブンスターズのガンダムとバエルが置かれていた封印区画。そこは最早がらんどうであった。
回収されたバエル。そして封印されていたガンダムフレームの全ては、技術研究の名目で持ち出され、各勢力の技術者によって解体。調査、研究されていた。各勢力に平等にMS技術をもたらすためという建前だが、その実情は『偶像』となるものをGHに持たせないためだ。
バエルとアグニカ・カイエルに対する信仰。そのあり方がGHの存在を歪めた部分がある。その間違いを繰り返さないため、そして信仰に依らない組織改革を行うため。この処置は改革勢力の強い要望もあって行われたことだった。
ヤマジンはキマリスの改修、そして新型阿頼耶識の開発に深く関わった人間である。その責任を問うという話もなかったではないが、それよりも優秀な技術者であることに目をつけられ、技術の開示、研究に協力させた方が利があると判断された。ゆえにこき使われている。
「ここで持ち出せる物はもうないようだね。施設の閉鎖を。ただしロックはいつでも開けられるようにとの要望だ」
配下の技術者たちに告げ、作業を始める。
ガンダムフレームが持ち出されたこの区画は、最早用をなさない。いずれは何らかの施設に取って代わられるかも知れないが、しばらくは閉鎖するしかなかった。
作業を指示しながら、ヤマジンは思う。
(結局、技術は人を超えられなかったって事か……)
彼女が手がけた機体は、全て敗れ去った。レギンレイズ・モルガンブライドに至っては性能面で完全に凌駕していたにもかかわらず、である。
レギンレイズ・ハイムーバーの残骸は全て回収されたが、ジュリエッタ以外のパイロットは死亡。サンドバルは骨も残さず焼き尽くされた。そしてマリィは何とか死体は残った、と言う状態であったが、その死に顔は満足げな物であったらしい。
ともかくジュリア以外に使われた強化阿頼耶識技術は全て破棄された。ただの阿頼耶識ではなく外法の産物であるそれらを残しておくのは危険だと判断されたためだ。一人の技術者としては惜しいと思わないでもなかったが、それの完全消失と引き換えに処罰を受けなかったようなものだ。文句を言える立場ではない。
そしてダインスレイブやエクスカリバー施設なども接収され、多くが解体、処分される流れとなった。万が一のため対MA用として最小限のダインスレイブは残されるが、今後はそれらの武器を新たに製造、所持されることに関して罪に問われる事になるかも知れない。これは反逆軍に協力した鉄華団にも適応され、流星号のダインスレイブやストーンヘンジレールガンも解体処分するよう要請、受諾されている。
加えてGHが保持している全ての技術。武器、艦船とエイハブリアクターの技術は順次各勢力へと開示されていく予定だ。これによりGH の優位点は失われ、以前のような権力を保持するのは難しくなっていく。いずれはただの国際警察的な機関となり、衰えていくのだろう。力任せに叩き潰されるよりはマシな展開ではある。
(マリィ、あんたはあのとき死んで良かったのかもね。……これから先はきっと生きづらいだろうから)
彼女のような人間は、縮小していくGHだとこれから先どんどん肩身が狭くなっていくだろう。市井に下り、裏社会ででも生きればその限りではないだろうが、いずれにせよ長生きできそうにはない。誰かに排除されるか、野垂れ死ぬか。あるいはそんな刹那的な生き方の方が彼女には合っているのかも知れないが。
かぶりを振る。いつまでも死者に囚われているわけにはいかない。ヤマジンは生きている。どのような道を歩むにしても、生きていかなければならない。
「……どっかの経済圏で、技術オブサーバーでもやるかねえ……」
生きていけるだけのタネはある。まあ何とかなるさと、あえて気楽に彼女は前を向いていた。
『GHの衰退は、当然ながら各経済圏にも大きな影響を与える。彼らはGHに頼らない、独自の治安維持の手段を模索していかなければならなくなったのだ。それは同時に経済圏同士の緊張を高め、際限のない軍事力拡大につながっていく恐れがある。際限なくそれが進めば、いずれ武力衝突へと発展する可能性もある。
これまで存在したGHという枷が外れ、各勢力は互いに様子を窺いながら、力を蓄えていくだろう。それが『良き競争』となることを、願うばかりである』
機上の人となった蒔苗は、シートに深々と身を預け、息を吐く。
「やれやれ、まだしばらくはゆっくり出来んのお」
蒔苗が向かうのは、四大経済圏の代表が集う会議。GH改革勢力が組織の再編成を始めた事を受け、各経済圏がこれからの方針を語り合い、意見をすりあわせるための物である。
GHを追い込むために、四大経済圏は一時的に手を結んだが、本来は競争相手同士。頭を押さえるGHが弱体化し、経済圏の監視下に入ったことによって競争と対立は激しくなるだろう。
だからと言っていがみ合い続け、溝を深める訳にはいかない。衝突など起こそう物なら折角GHを改革した意味がなくなる。互いに妥協するべきところは妥協して、対立をほどほどに押さえる必要があった。共存共栄とまでは行かないが、いがみ合った末に共倒れなどもってのほかだ。ゆえに言葉を尽くし、それなりに理解し合うことは必要であった。
(儂が生きている間に、ある程度の地ならしはしておかねばなるまいて)
経済圏同士の事だけではない。世界の治安維持。火星やその他地球外圏勢力との関係の見直し。ヒューマンデブリなど、不景気と貧困が招く諸問題の解決。やらねばならないことは山とある。己が生きている間にどれだけのことが出来るか。時間との勝負だが焦るわけにはいかない。人生の終盤に来てやたらと忙しくなってしもうたわと、蒔苗は苦笑を浮かべる。
後は自分の意思を、仕事を、しっかりと継いでくれる者が育てば良いのだが。
(ラスカーの娘はすっかり火星が気に入ったようだからのう。しばらくは戻ってくるまい。となると他に候補が必要となるな)
ひげをしごきながら思案していた蒔苗は、不意ににやりとした笑みを浮かべる。
「そうさの……めぼしい人間を一から育てる、というのも面白いかも知れん」
「へぃっくしょいっ!」
「なんだ? 風邪か?」
「いや、なんか背筋に妙な悪寒が……」
ぶるりと軽く身を震わせて、タカキがキョロキョロと周囲を見回し、アストンが眉を寄せて心配げに声をかけていた。
彼ら地球支部は決戦の後も地球に残留し、アーヴラウ防衛組織の再編成と規模拡大に協力することとなった。
アーブラウの、いや地球の秩序を護ることは、火星の秩序を護ることにつながる。それでなくともアーヴラウとの繋がりは切っても切れないほどの物となった。積極的に協力するのは当然の流れと言える。
とは言ってもアーヴラウだけが突出して軍事力を上げるのも都合が悪い。主な目的は治安を維持するためとは言え、やり過ぎれば他の経済圏から見れば危機感を煽る物になるだろう。そして他の経済圏も、危険と思われない程度に軍事力を向上させる必要があった。
「ブラウンさんたちゃ、今頃オセアニアか」
「僕らよりこなれてるとは言え、少人数だからねえ。苦労してるんんだろうなあ……」
各経済圏と、GH改革勢力が協議を重ねた結果、それぞれの経済圏が独自に正式な防衛機構を設立し、アーヴラウと同じように教練を受け形にしていこうという方針が、暫定的ではあるが決定された。
そして教練に必要な人材をGH側から提供、あるいは推薦するという形で送り込むこととなる。その中にはガルーダ隊も含まれていた。癒着などを防ぐため、彼らはある程度のサイクルを持って経済圏を渡り歩き、教練を施していく。時間はかかるだろうが、各経済圏の戦力はある程度足並みをそろえて成長していくはずだ。
まあそれもこれも上手くいったらの話である。何をするにしても初めてのこと。トラブルはついて回るだろうし、しばらくは治安も安定しないだろう。しかしながらアーヴラウは先んじて防衛組織を整備したことで多少の余裕はある。タカキたちもすぐさま忙しくなることはあるまい。
「今のうちに体勢を整えておかないと。シナプス長官やラスカー先生とも話を詰めておきたいよ」
「ラスカーさんやたらと俺らに目をかけてくれてるからなあ。なんか自分の子供みたいに扱ってるような……」
「はは、そんな感じだよね」
まさか自分が後継者的な意味で狙われているとはつゆ知らず、タカキは朗らかに笑う。
鉄華団は、自分たちは一つ大きな波を乗り越えた。世界はまだ落ち着きを見せないが、大きな戦いは早々起きない、いや、『起こさないようにしていく』。団長であるオルガが言ったように、止まらず、歩いて行くのだ。この世界がもっと良い物になっていくように。
「しばらくは火星の方も忙しいから、交代要員の都合がつくようになるまで僕らが頑張らないとね」
「まずはシフトの整備だな。気を張りすぎて誰かが倒れたなんて事のないように……」
「あ、おにーちゃーん! アストンさーん!」
「フウカ! 今帰りか?」
制服姿のフウカが手を振りながら駆け寄ってくる。二人は笑顔で彼女を迎えた。
世界の戦機はまだ不透明である。しかしながら、少年たちは未来に向かって確かに一歩を踏み出していた。
『そして地球圏の外、火星や圏外圏では、大きく事態が動き出している。その中心にいるのは当然鉄華団。彼らを軸として、様々な物が巡り始めた――』
すみませぬ……話が延びたので前後編なりもうした。
次こそは……次こそは必ずや……っ!(悪の組織感)