「リンク・スタート!」
その後ログインを終えると少しの間暗転する。ユウキは剣の世界を今か、今かと待ち望んでいた。時にして数秒かけ、世界がその形をフラッシュとともに姿をあらわす。
「……うわっ、眩し!」
ユウキはその眩しさに思わず目を細める。少しずつ明るさに目が慣れてくる。ともにその光景が鮮明となっていく。ユウキの目に一番最初に入ってきたのは
これから起こるであろう
"
も知っている彼女としては何かを思ったのだろう。しばしの間、黒鉄宮を食い入る様に眺めていた。
ふと我に返ったユウキは辺りの探索を開始した。メインというべき場所は探索し終えて、裏道に差し掛かったところで1人の走っていた少年とぶつかってしまう。
「あわわわわわっ! 大丈夫ですか?」
とユウキが先に声をかける。
「あ、ああ……」
と少年はいった。そして、いかにも勇者顔の少年は素っ気ない返事をして去ってしまった。
お互いに倒れなかったのは幸運だったな。とユウキは思った。
しかし、それと同時に
「なんだ! あいつ!」
という怒りに似た感情もユウキの中に込み上げてきた。その気持ちを行動に移したかったユウキは彼をストーキング……いや、尾行することに決めたのだった。
やはりというべきか、迷いなく路地を疾走する彼の行動はいろんな人の目に止まったらしく、その中でも物怖じせず勇敢に彼と話した男性がいた。
「ちょい………………テスターだろ?…………レクチャーしてくれよ!」
木箱の裏に隠れ、聞き耳をたてていたユウキにはそう聞こえた。(一部は聞き取れなかった)その図々しさといい堂々たる行動といいそれには彼も屈服したらしく
「……はぁ。じゃあ…………行く?」
その少年は半分諦め、半分尊敬の気持ちが入り混じった返答をした。(こちらも同じく一部は聞き取れなかった)
聞き耳をたてるのに必死になっていたユウキは木箱の陰から体がはみ出しているのに少年が呆れ声でこう言うまでは気付いていなかった。
「隠れてるつもりなのか、何なのかわからないけど、そこ! バレバレだぞ」
「そこ!」と振り返った上で強く指摘されてびっくりしたユウキは
「ひゅい!?」
と素っ頓狂な声をあげてしまった。バレてしまったからにはしょうがない。と観念したユウキは渋々、彼の前に立った。
「で、なんだ……お前もレクチャーしてほしいのか?」
相変わらず無愛想な声で少年はそう言う。
まあ、ストーカー……じゃなくて尾行してた理由としては妥当かな?と思ったユウキは
「うん……そうなんだ。ぼく、コツを掴めば早いんだけど、それまでが……」
目の前の少年と横に立っている男性は「ぼく」と言ったところに違和感を感じたらしいが、気にしないでくれただけありがたかった。
「そうだ、自己紹介しないと!」
自ら名前を名乗らずに助力を求めるなど図々しいにも程がある。そう思うとユウキは頬をほんのり赤く染めて自己紹介をした。
「ぼくはユウキ(Yuuki)。言っておくけど女だよ!」
男としてみられるのも困るので女であることを強調しておく。
この世界にはいるのだ。ネカマという人種が。現実では男、二次元にいる間は(VRは二次元といえるかどうかは微妙だが)女風に接する不愉快な連中が。
VRなのでそれはなおさらだ。SAOでの着替えの際、モーションがどうなるかは試してないが、他のゲームでは女性の着替えを堂々と覗く変質者が続出したそうだ。
彼らもその辺りはわきまえているらしく
「ああ、わかった」
と了解してくれた。そして少年は
「俺の名前はキリト(Kirito)だ。気付いてると思うがβテスターだ」
「俺はクライン(Klein)だ。
クラインの自己紹介を無視してユウキは考えていた。βテスターは応募者100000分の1000人、つまり100分の1に選ばれたすごい幸運の持ち主である。しかも正式版購入の優先券まで付いてくるのだから妬まれるのも無理はない。
キリトがあまり人と接したがっていなかったのはβテスター故の恐れからか、彼個人の人見知り故か。あるいは両方か。ユウキはそこまで考えて詮索をやめた。
そう考えている間にクラインの挨拶兼自己紹介はユウキにとって半分聞き流し状態で終了した。
「じゃあ自己紹介も終わったし、武器屋行きますか」
現在の進行権はキリトに委ねられているのでユウキは大人しくキリトについていった。それはクラインも同様である。
「へい、いらっしゃい!兄ちゃん達、物好きだねぇ〜こんなへんぴなところまで。安くしとくよ!」
彼が急いでいたのはそういうことだったのかとユウキは納得していた。
情報が流通するのは早い。この店が混んでしまったらそのぶんスタートが遅れてしまう。彼も根っからのゲーマーだなという仲間意識をユウキは持った。
それをいったらこのゲームにいる9割強の人がゲーマーだ。とユウキは確信していた。(10000個しかない初回生産版を持っていること自体がゲーマーであるということだ)
そんな人たちがこの店を知らないわけがない。じきにこの店は人で溢れかえるだろう。
キリトとユウキは初期装備で片手剣のスモールソードを1本ずつ買い足して、クラインは曲刀のシミターを買いその場で武器を変えた。そのままなしくずし的に一時的なパーティーを結成した。
--フィールド--
「ぬおっ……とりゃ……うひええっ!」
クラインの奇妙な掛け声とともに滅茶苦茶に振り回された剣先が、スカッ、スカッと爽快感のある音を放って空を切っている。
直後、巨体に対しいささか俊敏な動きで剣を回避してのけた青いイノシシ《フレンジーボア》は攻撃者に向かって猛烈な突進を見舞った。平らな鼻面に吹っ飛ばされ、草原をコロコロと転がる有様を見て、俺とユウキは思わず笑い声をあげた。
「ははは……、そうじゃないよ。重要なのは初動のモーションだ。」
優しく説明する俺に対し、一方のユウキといえば、途中まで笑っていたが、今は暇そうにぷくっと頬を膨らめながら俺を見ている。ちょっと機嫌を損ねてきたなと思った俺は
「わかった、わかった。クライン、早めに片付けられるか?」
ユウキを宥めつつ、クラインに俺の危機を伝えるが……それに対しクラインは情けない声を返してきた。
「ンなこと言ったってよぉ……キリト、アイツ動きやがるしよぉ」
少し悪戯心をくすぐられた俺は、
「……だってよ。ユウキ、クラインと交代するか?」
と言った。すると悪趣味な柄のバンダナを頭に巻いた剣士(野武士)はユウキが反応するよりも早く、
「ま、待った! わかった! わかったから! こいつだけはやらせてくれ!」
と言うと、クラインは既に突進を終え、己に振り返ったイノシシに正対した。
「大事なのはモーション……モーション……っと」
暗記のように繰り返し呟きながら、クラインは腰を落とし、右肩に担ぐように剣を持ち上げる。ようやく規定モーションが認識され、ゆるく弧を描いた刃が出番を待っていたかのようにギラリとオレンジ色に輝く。
「りゃあっ!」
と太い掛け声と同時に、今までが嘘のような滑らかな動きで左足が地面を蹴った。 しゅぎーん! と心地良い効果音が響き渡り、刃が炎の色の軌跡を宙に描いた。片手用曲刀基本技《リーバー》が突進に入りかけていた青イノシシの首元に見事に命中し、半減していたHPを残すことなく削りとった。プギーという哀れな断末魔とともに表示された加算経験値の紫色のフォントには目もくれず、俺は
「初勝利おめでとう」
とだけいうと俺は明らかに機嫌を悪くしているユウキのレクチャーを開始した、のだが。彼女の剣技は完成形に限りなく近かった。βテスターでもこのレベルの領域に至ったのは俺を含めても両手の指で数えきれるほどしかいないのではないだろうか。
その鮮やかな剣技を見たクラインと俺の口から
「おおっ……!」
という驚嘆の声が漏れる。ユウキはそれで満足したらしく機嫌を直した。ただ、至らない点といえば意図的ブーストをまだ使いこなせてない点だろうか。βテスターの俺でも使いこなせてないのだから当然ではあるが。
「さて、俺はもう少しこの場に残って狩り続けるけど皆はどうする?」
「ぼくはこのまま残るよ」
とユウキ。
「俺も残るわ。……と言いてぇとこだけど……」
クラインの目元がちらっと右方向に動いた。視界の端に表示されている現在時刻を見たのだ。
「そろそろ一度落ちて、メシ食わねえとなんだよな。ピザの宅配、五時半に指定してっからよ」
「準備万端だな」
と呆れ声でそう言うと、おうよ! 胸を張ったので、いよいよ本格的にゲーマーに近づいたな。と思う俺だった。
「……でだ。」
ふと思いついたようにクラインが口を開く。その趣旨は「俺のフレンドとも登録しとかないか?」と言うものだった。俺とユウキは悩んだ。多分ユウキも同じことを思っているのだろう。「クラインとは仲良くやっていけてるけどそのフレンドとはうまくできなくて、クラインと気まずい感じになってしまわないか」と。
「そうだなあ……」「うーん……」
という2人の歯切れの悪い返事からそれを察したのかクラインはすぐに首を振った。
「いや、もちろん無理にとは言わねえよ。そのうち、紹介する機会もあるだろうしな」
「……ああ、悪いな、ありがとう」「すいません……ありがとうございます」
俺たちがそう謝ると、クラインはもう一度ぶんぶんと派手にかぶりを振った。
「おいおい、礼言うのはこっちのほうだぜ!おめぇのおかげですっげえ助かったよ、この礼はそのうちちゃんとするからな、精神的に」
キリトにはそう言い
「あと、お嬢ちゃん。いい剣技を見せてもらったぜ。なかなかあのレベルの人はいないんじゃないかな、十分誇ってもいいと思うぜ!」
ユウキにそう言って
クラインはにかっと笑い、もう一度時計を見る。
「……ほんじゃ、おりゃここで一度落ちるわ。マジ、サンキューな。これからもよろしく頼むぜ。」
と言いユウキには左手を、俺には右手を差し出した。いろんな思いを込めて握った手はデータとは思えないほど温かく感じた。それは全員同意見だったらしく再び顔を見つめ合わすと笑いあった。
クラインは一歩しりぞき、右手の人差し指と中指をまっすぐ揃えて掲げ、真下に振った。ゲームの《メインメニュー・ウインドウ》を呼び出すアクションだ。たちまち、鈴を鳴らすような効果音とともに紫色に発光する半透明の
と、ほぼ同時だった。あれっ? と頓狂な声が後ろから聞こえてきたのは。
「おいおい、まだログアウトしてなかったのかよ」
それに対してのクラインの返答はとんでもない、普通ならありえないものだった。
ログアウトボタンがねえんだよ
と。俺たちは沈黙した。