Fate/EXTRA 虚ろなる少年少女   作:裸エプロン閣下

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夏休み最後の一日にしてようやく完成! だけどまたネタ系なんだ。
遅筆ですいません……

この作成は「紅蓮獄華」と「Lunatic delusion」と「HOLY WORLD」と「jihad」をBGMに作成しました。うん、あってませんねw
まあ無垢心理領域はBAD ENDでしたが。

あ、あと今回風景描写っていうか全体的にやや雑気味です。
今話は量で質を補っている感じになります。


番外――セミラミスCCC

 終わりのない落下に身を委ねる。元より自分にこの闇の中でできることなど一つもないのだから。

 

 何も目に見えない。

 何も耳に響かない。

 何も熱が届かない。

 何も鼻に臭わない。

 何も舌で感じない。

 荷物が溶けていく。

 記憶が薄れていく。

 骨肉が朽ちていく。

 

 それは緩やかな死であった。もはや自分は歯車が止まるのを待つだけの絡繰人形――いや、何もできないのならそれ以下だろう。

 

 一瞬か、あるいは永遠か。指標のない空間ではそんな二極でですら判断できない。果てのない落下はまるで無重力空間を思わせる。案外その通りでただふわふわと浮いているだけで、どこにも向かっていないのかもしれない。

 

 活動を停止して久しい自分の腕はもはや残っているかも判別できず、大地を踏むことを忘れた足の感覚も忘れ、どのような形をしていたかすら思い出せない。

 そして心も鈍化していき、瞼を下すように閉じていく。

 身体が言っている。もう眠りたい、と。

 心が言っている。もう眠ろう、と。

 内から囁かれる甘美な響きは、徐々に自分の理性を蕩かしていく。

 

 

 にも関わらず、何故自分はそれを拒んでいるのだろうか。

 飽きただろう。疲れただろう。苦しいだろう。寂しいだろう。眠いだろう。

 他ならぬ心身(じぶん)がそれを認めているにも関わらず、(じぶん)だけがそれを拒む。

 

 

 可笑しなことだ。希望など見つからないのに何に期待しているのだろうか。もはや救いはない。最後の一線もとうに通り過ぎたというのに。これ以上、自分に何があるのか。

 

 

 ない。何もない、はずだ。だが、もしまだ何かあるのなら――

 

 

「ほう。まさかこんなところに人が居たとはな。しかもマスターの資格を有していると来た。もはや朽ちるのを待つだけと思っていたが、運がいい」

 

 ――不意に声が聞こえた。

 小さな小さな、それこそ蚊が泣くようなものであったが確かに聞こえた。

 僅かな希望を見つけ、再び全身に熱が灯る。

 

「このままでは我もそなたも消えるのみ。今の我にこの状況を打開するには癪ではあるが、そなたが必要だ。故に契約を結ぶ必要がある。ただし、タダでとはいかん」

 

 説明も何もなく、本題のみを切り出してくる声の主。未だに声は小さくかろうじて聞き取れる程度の声量で自分に取引を持ちかけてくる。

 

「我と契約を結ぶ代わりに、そなたには全ての令呪を差し出してもらう。それを代価に我はそなたをこの永久(とわ)の虚無から救い、黒幕を倒すまでの間はそなたのサーヴァントとなってやろう」

 

 今度ははっきりと聞こえた。大人の色香を漂わせた、艶やかな声だった。しかしその声もどこか切羽詰っているように聞こえる。どうやらあちらもこちらも余裕はない様だ。

 

「どうした。呑むのか? それとも嫌か?」

 

 返答を急かすような言葉。令呪やサーヴァントという言葉がどこか引っかかっているが、その正体を探っている暇はない。

 

 ――わかった。結ぼう、その契約!

 

 故に即断即決。どのみち結ばなければ自分は消えるのみ。ならば一縷の望みにかけて了承し、何も見えない前方へ向かって無我夢中に手を伸ばす。

 

「――ではこれより、そなたは我のマスターだ」

 

 そして手が掴まれ、瞬間世界から闇が消え去る。代わりに星と(そら)の蒼い光が周囲を照らす。そんな世界に現れた一人の女性――自分の手を掴んだ声の主は全身を黒色で包んだ退廃的な雰囲気を纏う、絶世と付けても過言ではない美女だった。

 

「ほう――中々に肝が据わった男だと思っていたが、まだ青いではないか。しかし顔立ちはよい。一集団の中で三番目、といったところだな」

 

 良い物を見つけたといわんばかりの笑みでこちらを見つめ、片腕の膂力のみで自分を持ち上げる。華奢な見た目に反したその力強さに驚きながらも彼女よりやや下の位置に足をつく。自分の感覚では、長らく使っていなかったこともあってよろけてしまうが一先ず立つことに成功した。

 そんな自分の何が良かったのか、眼前の彼女は笑みをより一層深くした。

 

「ではこんなところにいるのも退屈であるし、さっそく戻るとするとしよう。とはいえど、この時点で最早我がやることなどもないのだがな」

 ――……? それはどういう……?

「そなたは最早マスターであり、資格を持つ者だ。であるならもはやこのような虚数の檻に囚われ続けている必要もあるまい。一度目を瞑り、再び開けば正しき道へ戻れるだろう」

 

 本当にその程度でいいのだろうかと気になったが、この場で嘘をつく意味はない。

 言葉に従い目を瞑ると、驚いたことにそれだけで身体に纏わりついてた虚無感が消えていき、その代わりに暖かな温もりが身体を包んでいった。

 

 

 ※※※

 

 

 二〇〇〇サクラメントを使用して弱体化させたエネミーが、アサシンの魔術一発で消滅する。確かに簡単に倒せるようになったものの、こうも呆気ないとお金を無駄にしてしまった気になるのは何故なのだろうか。

 

『しかし課金でアイテムを手に入れるってのはあっても敵が弱くなるってのは珍しっすねえ。斬新な発想っす』

『ゲーマーからすれば敵の弱体化なんてつまらないだけじゃないか。ただレベルを上げて物理で殴るだけで勝てるんだからテクニックの競いようがないし』

「確かにそうだな。さすがにこれでは叩きのめす楽しみもない。しかし、ハーウェイ・トイチシステムに遠坂パワーイズマネーシステム……中々に画期的なシステムだ。今度試してみるとしようか」

 ――その矛先がこちらに無かなければどうぞ好きにしてくれ。できることならそれで自活してくれるとありがたいのだが。

「何をいう。民草が王に税を納めるのは当然のことであろう」

 ――おかしいな。マスターとサーヴァントの関係って強いて言うとマスターのほうが立場は上じゃなかったかな?

「それは令呪があって初めて言えるセリフだ。そしてそなたの令呪は我の手に。こちらのほうが力がある分、我のほうが立場は上だぞ」

 

 そうだ、令呪はサーヴァントに対するブースト効果であると同時にサーヴァントを律する鎖でもあったのだ。とはいえど、マスターが倒れれば同時にサーヴァントも倒れるので、通常であれば如何に関係が悪くとも反逆の心配だけはないはずだが……このアサシンは違う。彼女は自分を見限ればすぐにでも殺しに来る。短い付き合いであるが、それだけは判断できる。

 

 それなら自分は行動で示そう。自分がアサシンのマスターに相応しい男か否かを。

 そう思い、先へ進むべくして再び歩み始める。

 

「お待ちください」

 

 しかし止められる。その声の主はアサシンでも凛でも、そのサーヴァントであるランサーでもなく、ここにいるはずのないガウェインだった。一瞬、校舎で何か異常が起きたのかと思ったがそれなら通信で知らせてくるか、強制退出をさせているはずだろう。

 

 何より、本当に異常事態が起きたとすればガウェインをこちらに向かわせている余裕などあるはずがない。ということは、何か別件なのだろうか?

 

「察しの通りです。借金の徴収に来ました」

 

 ――は?

「……いま、なんと?」

 

「ですから、借金の徴収です。十万サクラメント、キッチリ耳を揃えて返してもらいます」

 

 あくまで爽やかな顔で告げるガウェイン。あまりにも唐突な事態に、自分はもちろんアサシンまでも呆けてしまった。

 

 ――い、いやいくらなんでも早すぎるだろ! まだ碌に時間経っていないぞ!

「それに期限など定めていなかったくせに、そなた一体何の真似だ!」

『その疑問には僕自身が答えます』

 

 レオの声が響く。その声はしぶしぶといった感じであり、レオ自身もここで徴収する気はなかったのだろう。しかし大金を持つレオが急ぐ理由とは一体何なのだろうか。

 

『この校舎、時間が流れないじゃないですか。それじゃあハーウェイ・トイチシステムの意味がないじゃないですか! 面白くないなら待つだけ無駄ですし、目的も果たした以上即刻取り立てるべきだと思いましたのでガウェインをそちらに送りました』

 ――面白くならないとかいいやがったなこの野郎。仲間とはいったい何だったのだろうか。

 

「というわけで返済をお願いします」

 

 このような限りなくブラックに近いグレーゾーンな行いをしているにも関わらず、ガウェインの顔に陰りはない。どうやら良心に訴えかけるという作戦も通じそうにないだろう。

 

 だが理由が理由なので素直に返す気など全くと言っていいほどない。というか――。

 

 ――レオ、お金はしっかり返すといったな。

『ええ、確かにそういっていましたね』

 ――あれは嘘だ。

『ガウェイン』『はっ』

 ――ステイステイ。ちょっと待て。今のはネタに走った自分が悪かった。せめて事情だけでも聴いてくれ。だから一先ずその聖剣は鞘に収めてほしい。踏み倒す気はないからそこは安心してくれ。今のところは……。

『いま最後に不穏なセリフがありましたが……では説明してください』

 

 必死の説得が通じたのか、剣の柄に手を添えたガウェインの動きが止まる。

 

「悪あがきは見苦しいだけだぞ。マスター」

 ――うるさいこの堕落サーヴァント。それでサクラメントだけど今使った二〇〇〇サクラメント以外のお金は値切った桜の制服とアサシンの借金で溶けました。ちなみに比率は4:6です。

『この制服そんなにしたんですか!?』

「女子に服を買うくらいなら我に貢ぐべきだろうに」

 ――人のサクラメントで嗜好品とか装飾品買い漁ってるくせにまだ欲しいというのか……。時代はもはや民主制なのだ、自活しろ自活。

『借金はともかくとして……制服に関する件は桜の処理性能も上がったのだから無駄な買い物ではないな。桜の性能の上昇は我々は勿論、岸波の生存確率も比例して上昇する。レオにとってははした金、別段問題はないだろう』

『そうですね。あの程度、僕の資産の1%にも満たないですし……』

 

 十万が1%にも満たないって……レオの資産の桁はいったいどれほどなのだろうか。というかそんなに大量のサクラメント、いったいどこで手に入れたのだろうか。まさかブラックな……。

 

『深入りすることは勧めませんよ』

 ――イ、イエッサー……。まあ、羨ましくはあるがそんな大金があってもアサシンが消費していくだけだし、自分は身の丈に合った金額があればいい。

「失礼なマスターだな、まったく……。それよりも、ガウェインをそろそろ戻したほうがいいのでは? 旧校舎が安全だとしても絶対というわけではないのだから、最低でも一人はつけておくべきだろう」

『それもそうですね。ではガウェイン……』

 ――それじゃあ、自分たちもそろそろ迷宮の攻略の再開を……。

『手短に借金取りの恐ろしさを味あわせてあげてください』「御意に」

『ちょ、おま――』

 

 驚愕を浮かべる自分たちを、太陽の光が包み込んだ。

 

 

 ※※※

 

 

「ほれ、どうした。早く脱がんか。土壇場で臆する男など女も萎えるぞ」

『そうですよ白野さん。迷宮を攻略するためにはこれしかないんです。安心してください。録画の準備はばっちりです』

『別に脱ぐっていっても裸になるわけじゃないだからいいじゃない。それに所詮はアバターなんだし、恥ずかしがることないでしょ』

『安心して開帳してください。撮影機材には生徒会のリソースの30%を回しておりますのでばっちり高画質で取れます』

『私はあなたにもこの開放感を感じてほしいのです』

『ちょ、ちょっとみなさん。もう少し冷静になってくださいよ! それと録画は切らせていただきますからね!』

 

 何てことだ。仲間が桜を除いてとして存在しない。これぞまさしく四面楚歌。ていうかレオは何録画しようとしているんだ。そしてガウェイン、誰も動画映りなんか気にしてない。そんなことに30%もリソースを回すんじゃない。ユリウスひとりいないだけでこの様とは……今更だがこの面子で回して大丈夫なのか、生徒会。

 

『大丈夫ですよ。やるべきことはしっかりやっていますし。それにこちらは日々校舎の安全管理にサクラ迷宮の解析ばかりで娯楽がないので、偶にはこう、はっちゃけてもいいじゃないですか』

「いつも似たような振る舞いだと思うがな……」

 ――表にいたときは何というか、凄味があったんだけどねえ。レオくらいの年の子って大体こんな振る舞いなのか?

『もしそうだとすればシンジさんも七年後にはこうなるんすねー。そう考えると……ブハッ! めっちゃ笑えるっスね!』

『僕がこんな風になるわけないだろ! これは単に西欧財閥の教育が可笑しいだけだ!』

『いえ、僕は知識のほとんどを記憶野に焼き付けられたので教育機関にはいってませんよ。ただまあ、十歳にも満たない子供に性知識まで焼き付けるのはどうかと思いましたけどね。たぶんシンジさんも僕と同じくらいの年になった後にR18な物を見せてあげれば同じになると思いますよ』

『なるほど、男子校的なノリか。まあ小生は仏門ゆえにそういうのご法度であったが』

『だから今になって煩悩丸出しだったのね……』

 

 どうやらみんな自分たちのことそっちのけで談笑に興じている様子。よし、今のうちに校舎へ戻ると――。

 

「駄目だ。我が許さんぞ」

『退出は認めません』

『先ほど言ったじゃありませんか。やるべきことはしっかりやってる、と』

 

 ――ちくしょう。

 

 

 ※※※

 

 

 ――カレーライスか……。そういえば、最近はめっきり食事を取っていないな。

「そうだったのか? 何とも惨めな生活をしているな」

 ――誰のせいでその惨めな生活をしていると思っているんだ。言っておくが、アサシンのツケは全部自分が払っているんだからな。

「ふむ……それは悪かったな。ならば今度貧相なそなたのために何か作ってやるとしよう。感謝するがよい」

 ――どうせまた毒入りだろうからいい。今度桜に何か作ってもらうよ。というか……できるの、料理。

「そなた……まさか我が料理ひとつ満足にできない女だと思っていたのか?」

 ――いつも毒入ってるから、料理に自分なりの独特……いや毒特(どくとく)なアレンジをしちゃう料理ベタなキャラとは思ってるよ。

「失敬な……。ならば今度我の腕を見せてやろう。たかだか料理のひとつ、我の手にかかれば容易いことよ」

 ――ドーピングコンソメスープとか、そういうオチは勘弁だよ?

『お二人とも、仲がいいのはわかりましたから早く攻略を進めてください。先ほどから二人だけで話しているせいでパッションリップがすごい不安がっていますよ』

 

 

 ※※※

 

 

 暗い闇の中から転移した先は深い青の空間だった。最初に思い浮かんだのは海の底。しかし先ほどまでの息苦しさや身体に纏わりつくような不快感、そして危険も感じることもない。生徒会の援護もない状態でもしっかりと活動できることから、ここは似ているがアリーナではないのだろう。

 

 随分と長く四つん這いを強いられていた気がするが、膝や肘といった間接に大した痛みはなくしっかりと立つことができる。

 

 とにかく、今は先に進んでみよう。道は正面のみで、空間の割にフィールドは広いわけではなさそうだ。

 

 それにユリウスが旧校舎ではなくあえてここに転移してくれたということは、ここには自分にとって不可欠なものがあり、またその為には自分という存在が必要だということに違いない。単純に魔術師(ウィザード)としての腕を問われるようなことならば、凛やラニが選ばれるだろう。そしてその辺りの判断をユリウスが間違うとは思えない。

 

 そう思案に耽りしばらく歩いていると、人影が見えてきた。凛かラニだろうか、と思い近づき――その後ろ姿に走り出す。

 

 見間違うはずがない。首回りを囲う羽のような飾りに床に着くほど長い流れるような黒髪、そして特徴的な耳。あれは自分がここまでの道程を共にしてきたサーヴァントだ。BBによって虚数空間に落とされたと思っていたが……。

 

 ――アサシン、無事だったのか!

 

 逸る気持ちを抑えられず叫ぶ。その言葉にアサシンは気だるげにこちらを振り向き、

 

「止まれ下郎。何処の誰かは知らぬが気軽に我に近寄るな。そも、誰の許しを得て我に声をかけているつもりだ、無礼者め。我は今、そなたごときにかかずらっている暇はないのだ。疾く失せよ」

 

 今までにないほど冷淡なセリフと視線をこちらへと向けた。

 

 ……どうも様子がおかしい。もう一度、落ち着いて話しかけてみる。

 

「岸波白野? 知らぬ、聞き覚えのない名前だ」

 

「は? マスター? そなたが? 我の?」

 

「クッククク……ハハハハハ! 妄言もここまでくれば笑えるものだな! 本来ならば八つ裂きであるが、その度を過ぎた愚かさと愉快さに免じて許そう。ただし、二度はないぞ」

 

 ――アサシンの言葉で、思考が完全に停止する。今まで感じてきた様々な衝撃とは別方向からの衝撃(ショック)だった。

 

 アサシンはこちらの事を覚えていない。

 あの星空で出会い、契約を結んだこと。

 第2層でガラティーンを食らったこと。

 第5層で人に脱げ脱げと急かしたこと。

 毒入りクッキーで人の腹を壊したこと。

 人に借金を押し付けて豪遊してたこと。

 

 ……何故だろう。思い返すと怒りがふつふつと湧いてきた。

 ああ、なるほど。先ほど自分が抱いていた衝撃とは、詐欺師に騙されたような怒りの念だったようだ。何しろ令呪三つ渡してこの始末だからな。

 しかしその怒りは自分を激情に駆らせることはなく、むしろ逆に思考が澄み渡っていく。

 まあこんなことで怒っていては彼女とは付き合えないし、今更というものだろう。

 

 とにかく、今はアサシンの記憶を取り戻すことに集中しよう。まずは小手調べとして……そうだな。

 

 ――思い出してくれ、アサシン!

 

「――二度はない、といったはずだがな」

 

 アサシンの顔が冷めたものに変わる。

 うん、見事なまでに予想通りな反応をありがとう。まあこの程度で思い出すような親切さ、あるいは素直さを持ち合わせているのなら自分は今まで苦労していない。

 そして口では凄んでいるが、少なくても現時点で手を出すことはないだろう。もしその気ならば口と同時に手も出してくる。それが自分が知るアサシンだ。

 

「……その平静な態度、気にくわぬな。我を前にして余裕のつもりか? それとも……」

 

 考え込むように若干視線を下げて顎を引く。小声なのでうまく聞き取れないが、自分の処理方法に関することではないことだけは判断できた。

 

「……実をいうと我も以前の記憶が曖昧でな。そなたの言うことには覚えこそないものの、真実か偽りかまでは分からんのだ。原因の方は特定できているのだがな」

 

 再び向き直ったかと思えば、すぐに後ろへ視線を向ける。釣られて視線を追ってみれば、これまで何度も見てきた迷宮の核となる(スタチュー)があった。それも他ならぬ、アサシンの姿で。

 

「何故あのような物があるのか、見当もつかぬがあれほど(つや)やかで蠱惑的である以上、我であるに違いはない」

 

 いや、確かにそうだけど……そういうセリフ、よく自分で言えるね。

 

「しかしあまりにも不可解ゆえ、あれが何なのか探りたいところなのだがどういうわけか、これ以上は足が進まぬ。見たところそなたは自由のようだし、我の露払いとして従うがよい。その出来次第では温情をやらんこともないぞ」

 

 ……つまりはいつも通り、自分が前に立って進めということだろう。願っても無いことだ。早速彼女の前に立ち、進み始めると彼女もまたいつものように自身の背を追うように歩き始めた。

 

 ――しかし記憶がないということは、このアサシンは自分と出会う前――誰かに召喚される前の初期状態ともいうべき状態なのだろうか。それにしては初めて会った時よりも態度が若干、ほんの若干だが温厚だった気がするが……やはりよくわからない。

 

 一先ず思考を断ち切る。少なくともあの像までは一本道で、これといった障害も見当たらないなら楽にたどり着くことができるだろう。疑問は記憶が戻った後のアサシンに聞くとしよう。

 

 ――――そう思った矢先。身体に衝撃が走る。静電気のようであったが、衝撃はそれの比ではなかった。まるで金属バットを硬い物に思い切り叩き付けたような痺れが全身を襲う。

 

「ふむ、防衛機構といったところだろう。ケガはな――いや、我が気遣う理由などないか」

 

 その他に異常がないかを確かめるが、何もない。そして足元を見てみるが、トラップらしきものもない。一瞬、幻覚か何かかと考えるが、今も残る痺れがそれを明確に否定する。

 

『今のは波長の違う霊子を排斥する生体電流。人間でいう白血球、外部からの毒を攻撃する免疫機能です』

 

 戸惑いを感じていると、不意に頭上から声が届いた。

 その聞き覚えのあり過ぎる声に振り向いて見れば、そこには白い下着――、

 

『――――』

 

 ――ではなく、BBが宙に立っていた。生ゴミを見るかのようでこちらを見下ろすBBの姿は半透明であり、その姿がどこかからの投影であることを示していた。どうやらユリウスが送ってくれたこの空間は、BBとて容易く入ることの出来ない場所らしい。

 

「ふむ……何とも不快な輩よな。礼儀も作法もなっていない不作法極まりないその様でよく我の前に姿を現せたものだ。投影でなければ塵一つ残さず殺していたぞ」

『私ではここには入れませんからね。ここはサーヴァントの霊子核……アサシンさんの心の中ですから。演算記憶を拡張した私でもこのフォーマットは読み込めない。精々こうして目と声を届かせることが限界です』

 

 心の中に、霊子核……なるほど。つまりここはアサシンの中枢部分であり、自分たちが凛やラニと心の中で対峙する、あの開けた空間と似たような場所にいるのだろう。ということは、あの像の中にもこれまでと同様にアサシンがいるのだろう。そして彼女こそが自分と共に過ごしてきた記憶を持ったアサシンということだろう。

 

『……ええ。その考えは大体あっていますよ。アサシンさんは虚数空間に落ちた際、防衛機構によって冬眠急速に入りました。一分後に来る霊子崩壊を防ぐ為、自らの時を止めたのです。その結果があれであり、そこにいるサーヴァントはあの本体を守るために機能している本能――初期状態のサーヴァントです』

「なるほど。道理で近寄るのも憚られたわけだ。あれが我の本体――理性だというのならあれが目覚めた瞬間に我は存在理由を失うのだろう。どちらか一方しか居られぬのが道理である以上、起こすということは我の消滅を意味する」

『そう、その通り。いくらあなたでも消えたいとは思いませんよね』

「当然よな。例えあれが我の片割れだとしても消えてやる道理はないし、正体が判明した以上、興味も尽きた」

 

 ……そうか。今の状況は自分が見ていた予選の夢と同じなのだ。

 自分が予選の夢を見続けながら眠っていたように、像の中のアサシンもまた眠っているのだろう。ならば外部から干渉して意識を引き上げれば、きっと目覚めるはずだ。

 

 そう思い、力強く踏み出した一歩に先ほどと同様のショックが走る。心なしか、それは先ほどよりも強く感じた。

 

『……話聞いてました? 今のあなたの存在はアサシンにとってただの異物、免疫機能が働くのは当然のことですよ。仮にそうでなくともこの先は霊子核がある領域。部外者がおいそれと立ち入れる領域ではありません。ここまで噛み砕いて説明すればわかりますか、センパイ? 今のあなたはただの無力な存在。今なら大特価で旧校舎への帰還ゲートも生成してあげますから、ウイルスとして解体される前にさっさと帰っちゃってください』

 

『私が声をかけたのはせっかくの反乱分子(しげん)を無駄にしないためです。生徒会のメンバーが生きてることが分かった以上、あなたは見せしめとして使うのが一番いいと考えたからです。いくらあなたみたいな碌に使い様がない資源でも無駄遣いはよくありませんから』

 

 そう最後に吐き捨てて、BBは消えた。

 これ以上の干渉は難しいのか、あるいは見る必要もないと判断したのか。どちらにしろ、BBはもういない。あとに残されたのは自分と、億劫そうにするアサシンだけ。

 

「……なんともまあ、途中で判明してしまうとは拍子抜けよな。しかしどの道これ以上先には進めぬのだし、正体がわかっただけましというものだろう。退屈だし、そなたが帰るのを見届けてやっても――」

 

 アサシンのセリフを無視して早速歩み始めると、再び電流が全身を駆け抜ける。しかしそれは先ほどまでの警告のものとは違い、攻撃性を含んだものに変化して、自分の内部組織の一部を破壊していった。

 

「……そなた、本物の莫迦なのか? そこから先はそなたが立ち入れる領域ではないぞ」

 

 後ろから呆れを多分に含んだ嘆息が聞こえる。

 その反応は、間違っていないのだろう。普通に考えればこんな真似は愚にも付かない行いだろう。いっそ自殺と言い換えてもいい。

 

 そんなことは分かっている。だが自分はそんなつもりは毛頭ない。最後までたどり着く気で先へ向かっていくのだ。

 

 全身をぶらぶらと準備運動のように動かしてみる。動作ごとに痛みが走るが、動けなくなったわけではない。それなら別に問題はない。

 

 訴えかける苦痛を無視して駆け出し前進。背後で息を飲むような音が聞こえたが、それを気に掛けるほどの余裕はない。というよりも、なんとなく怒ってそうで怖い。

 

 そこからさらに数十秒後、都合四度目の電流が走る。今度は身体の末端部分がやられたのか、手足が重く感じる。どうやら部位そのものが破損したらしく、足は脛から下までが使えなくなった。足取りはかなり遅くなるが、幸いにして膝をうまく使っていけば歩けないことはない。

 

「……阿呆らしくて酒の肴にもならぬ。まさか我の助けを期待しているのではないのだろうな。だがそれはない。あれが起きるということは我の消失を意味する。いったい世のどこに自らの消失を手伝う輩がおるというのだ」

 

 ……そういえば、そんなことも言っていたな。すっかり忘れていた。

 

 理性が起きれば本能は消える。

 今のアサシンにとって自分の行為は彼女に刃を向けているのと同じなのだ。今更ながらに自分の行為の危うさに気づくが、背後からは敵意らしきものは感じない。

 

 そのことに違和感を禁じ得ないが、今の自分に背中を気にしている余裕はない。

 それに、もし攻撃されたとしても自分はそれを責めるつもりはない。

 自分は本能のアサシンのことを考えず、勝手なエゴで行動しているのだ。背後から撃たれたらその時は素直に受け入れるつもりだ。

 

 というより、素の状態でも回避とかできないし。土台ただの人間に過ぎない自分が、英霊の一撃を避けるなど不可能だ。

 

 そこからさらに身体に鞭打って進むと、急に視界が暗くなった。

 こうなるとただでさえ黒いアサシンが背景色と紛れてしまい、視認が難しくなる。

 とはいえど、らしい被害といえばそれだけで、まだ前へ進むことはできる。傍までいけばアサシンの姿も見えるだろう。

 

「……理解不能だな。そうまでして我を消したいのか? それとも気を惹きたいのか? どちらにしろ見るに堪えぬわ。だからもう引き返せ、今ならまだ間に合うぞ!」

 

 残りはあと三割ほど。進行具合と消失具合から考えるとこれならギリギリ頭が残るくらいのバランスでたどり着けるはずだ。手前に坂もあるし、最悪首から下が消えても巧く転がれば行けるだろう。さすがにそんな状態になってしまっては無事ではいられないから、できれば勘弁願いたいが。

 

 そう思い、暗い視界の中一歩踏み出すと、急激に全身から力が抜け、膝から崩れ落ちる。

異常はそれだけに収まらず、これまで以上の痛みが全身を蹂躙しだし自身の身体の構造をどんどん破壊していき、堪らず声を漏らす。

 

 これまでの電流とは違う、別の何かによるものだ。

 

 なるほど、先ほどアサシンが言っていた『間に合う』という言葉の意味が理解できた。

 これはウイルス(どく)だ。おそらく一定以上進むと一気に症状を引き起こすタイプのものなのだろう。他人に毒を盛って殺しにくるアサシンなら自分の体内に対侵入者用の毒を仕込んでいても可笑しくない。

 

 むしろ、未だに冷静な自分の方が若干可笑しいともいえる。

 いや本当に。というか現状かなりやばい。

 

 最早歩くどころか、立つことすら難しいし。

 視界は正面以外の八割方が黒く染まっており色が全く分からない。

 呼吸運動を行えば肺が捻じれたような痛みが走る。

 聴覚はギリギリ生きているが、穴あき状態で断続的にしか聞こえない。

 

 気力で意識を保ってはいるが、いつ倒れるかわからない。それどころか一秒後の命の保証すらない。

 

 ――が、それでもなお、前へと進む。

 足はもう自分の身体を支えてはくれないが、腕のほうはまだ動く。なら、這うことで進むことはできる。先は見えないが終わりが分かっている分あの犬空間よりよほどましだ。

 

 そして何より、自分にはこれしかないのだ。凛のように魔術師として優れているわけでもなければラニのように処理が早いわけでもなく、レオのように全てにおいて秀でているわけでもない。

 

 自分に出来るのはただ前に進むだけ。それしかできないから愚直までに前へ進むのだ。そしてだからこそ、あの犬空間でみんなの幻聴を聞いた時でも、前へ進むことを諦めなかったのだろう。それだけが、自分にとって皆よりも秀でていることだから。

 

 

「何故だ」

 

 

 背後から、ぽつりと小さな声が聞こえた。

 

「何故そこまでする? そなたが我に何を求めているかは知らぬが、我はサーヴァントなどに向かん。マスターであろうと利用し、傀儡とすることすら厭わぬ女。もしそなたが言うように契約を結んでいたとしても、我はそなたを殺すことを躊躇せぬ。はっきり言って別のサーヴァントを探して契約したほうがいいぞ」

 

 うまく聞き取れなかったが、不思議なことに自分は彼女が言っているであろうことを理解できていた。

 

 ――確かにそのとおりだ。自信満々の癖にBBにほとんど魔力取られててエネミーにすら手こずるし無駄遣いは激しい。口を開けば文句と嫌味ばかりで女帝の癖にカリスマないから生徒会の面子と問題は起こすし、偶に労ってくれたかと思えば毒入りで腹を壊すことも多々あった。

 

 だから自分もまた、相手に理解できるであろうという自信を込めて掠れてばかりの声で告げる。

 

 ――それ以外にも気に食わないことがあれば大真面目に殺しに来る。人を嬉々として修羅場に放り込み、ピンチになっても笑ってるだけで自分から何かしようということは一切なく、むしろ他人事のように煽ってくる始末。はっきり言って手がかかりすぎる。本当に詐欺もいいところだよ。何度ガウェインやカルナ、果てはアンデルセンとチェンジしたいと思ったか知れないよ。

 

 走る激痛も躊躇せず、畳み掛ける様に言葉を紡ぐ。

 

「そうであろう。ならば尚更何故だ!」

 

 すると耐え切れないといわんばかりの、悲鳴のような叫び声が聞こえた。

 アサシンらしからぬその様子に思わず呆気に取られたものの、次の瞬間に笑みが零れそうになった。

 

 ……全く、何を言うのだろうかこのサーヴァントは。そんなの、決まってるじゃないか。

 

 ――自分(おれ)がお前のマスターで、お前が自分(おれ)のサーヴァントだからだよ。

「――っ!」

 

 そうこう話している内についに坂を下り、開けた場所までやってきた。視線をやや上方へ向ければ、おぼろげながらもながらもアサシンの姿が見えてきた。ここまでくれば本当にあと少し。

 

 全身を蝕む毒の激痛も、精神的余裕が出来たおかげで楽になった。亡者のように地面をひっかきながら身体を引き摺る。爪が剥がれたが、その程度のことは気にもしない。

 

 これなら、届く――!

 

『――そこまでです』

 

 そう確信した矢先、後方から無粋な邪魔が入る。思わず伸ばした腕を静止する。

 ああ、この声は先ほども聞いた――。

 

『まさかそんなズタボロになってまで行くとは驚きました。いえ、むしろ犬空間でのことを鑑みるにその程度は予測しておくべきでした』

 

 やはり――BB.

 心臓が、一際強く跳ねる。

 

『とはいえ、せっかく封印したサーヴァントを再び解放されてはたまりません。勿体無いですが貴方をここで排除させていただきます』

 

 その途端、新たな気配を感じる。これはエネミーの気配だ。

 まずい、今の自分は完全に的。この体制からでは防御も回避も不可能。

 アサシンの像までの距離はあと少しだが、一瞬でいけるほどの距離ではない。

 

 絶対絶命――その四字が、胸中を埋め尽くす。打開策も何も浮かばない。

 

 

 胸が、痛い。煩い。

 

 

 喉が、苦しい。詰まる。

 

 

 視界が、ぶれる。歪む。

 

 

 終わる。終わる――終わる。

 

 

『では――』

 

 エネミーが動く。だというのに、自分の身体は硬直したまま動かない。

 迫りくる恐怖に抗うかのように、瞼を閉じる。

 

 すまない――誰にともなく、心の中でそう呟いた。

 

 

 

 ……。

 

 

 

 …………。

 

 

 

 ………………?

 

 

 

 待てども待てども、衝撃が訪れない。

 意識はまだ保っている。ひっきりなしに叫ぶ身体の悲鳴が自分がまだ生きていることを伝えてくる。

 

「まったく、情けないよな。もう少し、しゃんとした姿を見せてほしいものだ」

 

 声が聞こえる。しかしそれは後方からではない。正面から聞こえたものだ。

 見知らぬ誰かではない。何度も聞いたその声、間違えるはずもない。

 だがそのことが信じられず、恐る恐る目を開く。

 

「とはいえど、我の毒を受けていては仕方ないか。むしろ良く持った方よな」

 

 視線の先には、穏やかな微笑を浮かべるアサシンがいて、手より発生させた鱗のような障壁でエネミーの攻撃を防いでいた。

 

 あのアサシン(・・・・・・)が自分を守ってくれている。しかも命令されたわけでもなく、自発的に。それも彼女にとって、自身を害していた存在である自分を。

 その行動に驚愕したのは自分だけではなく、BBもまた同じように驚きを隠せずにいた。

 

「な、何故あなたが邪魔をするのですか!? その人を野放しにするのは貴方にとって自殺行為のはずです。守る道理などどこにもないでしょう!?」

「その通りだな。我ながら信じられぬことをしていると思っておるよ」

「ならば何故!?」

「何故も何も、サーヴァントがマスターを守るのは当然だろう」

 

 その言葉に、二人揃って息を飲む。

 あのアサシンが、自分をマスターと呼んでくれている。

 ということは――。

 

「言っておくが、我はそなたの言葉を信じたわけではない。ただ――そなたならそれでもいいと思ったに過ぎん」

 

 片膝をつき、自分の肩に手をかけるアサシン。

 それはつまり、自分という存在を心から認めてくれたということ。

 成り行きで契約したに過ぎない自分とアサシンの関係を考えれば、これ以上に嬉しいことはない。

 

「所詮我は本能に過ぎん。そなたと契約を結んだ覚えなどなく、共に戦った記憶もない。そしてそれを行動に移すこともできん。故に、その役目は理性に譲るとしよう。そら、行くがよい」

 

 初めて会った時のように身体を起こされ、背中を押される。

 もう激痛も重みもない。両の足で地を蹴り、アサシンの像へ手を伸ばす。

 

 掌に伝わるのは硬く冷たい、岩のような感触。

 だがしかし、迷うことはない。かける言葉はただ一つ。

 

 ――来い、アサシンッ!

 

 強固なはずの像はその一言を皮切りに、みるみると罅が生まれる。そして一際大きな音が響くと遂に砕け、その中からアサシンが飛び出した。

 

「――まったく、そう大きな声を出さなくとも聞こえておる。しかし、莫迦だ莫迦だと思っておったが、まさかここまで莫迦だとは想像していなかったぞ」

 

 黒い髪をたなびかせて着地し、すぐさまこちらへ振り返ると呆れたような声で、しかし嬉しそうな微笑を携えながらそう呟いた。

 

 そんな彼女を見ていると、こちらもまた笑みが零れてくる。

 それにしてもこっちとしては全身ボロボロになってまでやってきたのだから、少しくらいは飴が欲しいところである。

 

「飴か。いいだろう、なんだかんだで料理をするという約束も果たしておらぬしな。後で何か作ってやるとするか」

 

 そういい、アサシンはこちらに背を向けた瞬間、全身の欠損が修復されていく。

 この瞬間、岸波白野は彼女にとって異物ではなくなったということだ。

 その事実だけでも飴としては十分であったが、手料理もいただけるとは。

 

 

 ――ああ、それは楽しみだ。それならば……。

「ああ。まずはこやつ等を叩きのめすとしよう。こんな輩に手間暇かけておれぬし、宝具で殲滅するとしようか」

『そんな、宝具が解禁されるだなんて!? そこまでの成長を、この先輩ができるはずが……』

「なんだ、埒外の考えか? ふん、やはりそなたは阿呆よな。黒幕たる者、いかなる可能性にも思慮するものであろうに」

 ――さすが黒幕。言うことが違う。

「変な茶々を入れるな! あと誰が黒幕か! まったく……そなたのせいで台無しよな」

 ――まあ、ね。でもこんな感じのほうが自分たちらしいじゃないか。

「ふ……言われてみればそれもそうよな。それではそろそろ、今まで嘗めさせられた辛酸を返させてもらおうか」

 

 

 ※※※

 

 

 BBの宝具の正体も暴き、二十層でのレベリングも終えてすべての準備は整った。遂に明日、自分たちは最後の戦いへと挑むのだ。

 

 時間にしては表の聖杯戦争ほど経ってはいないだろうけど、この裏側で過ごした日々の密度はそれに劣るものではなかった。そしてそれは、同じようにベッドに腰掛け、こちらを見つめて微笑むアサシンにしても同じだろう。

 

 最初出会った当初はこんな風に並んで居られるほど親密になれるなど、思いもよらなかった。何しろ出会いは落下の最中であり、その後もアサシンが一方的にこちらを弄ってくるばかりで相互理解の意思疎通というものはほとんど行わなかった。

 それが劇的に変わったのは、やはり彼女の心の中での出来事が要因なのだろう。

 

 ――ねえアサシン。何か欲しいものとかある?

「……やけに気前がいいな。熱でも出たか」

 

 アサシンは割と本気でそう思っているのか、身をこちらへすり寄せ、恐る恐るといった様子で自分の額に手を当てて体温を測る。心配してくれてることは嬉しいのだが、その気の遣い方は些か失礼ではないだろうか。というか、自分はそこまで狭量なつもりはないのが。

 

「いや、何しろ我がマスターは非常に倹約家で家具も買い替えず、ワインの一つすら嗜まぬほどであるからな……」

 ――いやどうせ時間経たないなら摩耗も劣化もないから買い替える必要ないし、あと自分未成年ですから。お酒は二十歳になってから。

「そんなもの無視してしまえばよかろうに。どうせ霊子体なら問題もあるまい」

 ――仮にも属性・秩序がいうセリフではないなぁ。

 

 自分が苦笑しながらそう呟くと、アサシンも偶には羽目を外したいものよ、と愚痴らしく零す。しかしその表情に陰りはなく、むしろこの他愛無い雑談を楽しむようにころころ笑う。

 

「それに我も茶化すばかりではない。実際問題、酒は必要だぞ」

 ――うん? ……あ、もしかして薬酒とかのこと?

 

 薬酒――エーテルの欠片などと同様のサーヴァントへの補助アイテムの一つであり、飲用することで体内魔力を回復させることができるという代物だ。

 

 ――言われて見れば、今日は三回も宝具を使ったわけだし……。

「というか、何故そなたはそこまで余裕なのだ。納得がいかんぞ……」

 

 それについてはアサシンが無遠慮に魔力を持っていくから自然に増えたと言うほかない。魔術回路というのは人体のように酷使するほど強くなるのかもしれない、と凛たちに言ったら猛烈な否定をされたが、自分にはそのくらいしか心当たりがない。

 

 ――購買は既に閉まってるし。手持ちには二つしかないけど、これで足りる?

「全然足らん」

 

 にべもなく拒絶するアサシン。

 とはいえ薬種は魔力回復の補助アイテムの中で最も格が劣るものゆえ、その反応も仕方ないといえば仕方ない。実際この程度ではアサシンの体内魔力の一割も賄えない。

 ならば他にどうするべきか。魔力は確かに寝ていれば回復するものだが、さすがにそれだけで全快するほどの効率はない。

 

「だ、だが、それ以外でも我の魔力を回復させる方法はあるぞ!」

 

 そう悩んでいると、アサシンが関心を無理やりに惹くように大きな声を上げる。

 普段冷静な彼女にしては少々意外な行動である。

 

 ――えーと、一応聞くけどどんな方法?

「なぜ一応と入れたのか気になるが……まあいい。それで、方法だが……」

 ――だが?

 

 押し黙ったままのアサシンに急かすように言葉をなぞるが、背を向けてこちらを見ようとしない。しかし、黒髪の間から見える彼女の肌はどこか赤みを帯びているように見える。

 

 ひょっとして……照れているのか?

「――て、照れてなどおらんわっ!」

 

 心の中で呟いたつもりが、どうやら実際に音にしていたらしくアサシンが顔を真っ赤にしながら怒鳴りつけてくる。その様にはかつての酷薄さや冷淡さはまるで見受けられなかった。

 

 段々とアサシンの反応が楽しくなって、ついつい苛めるように煽る言葉を重ねていく。

 そうしてじゃれていると若干の呆れを含んで嘆息する。どうやら観念したらしい。

 

「わ、我らサーヴァントはラインの魔力供給以外にも魔力を得る方法がさらに二つあるのだ。うち一つが魂喰いという方法だが、これはムーンセルでは不可能であるため、実質的には一つになる。それが、体液の摂取となる」

 ――ふんふん、なるほど。体液の摂取ね。体え、き……?

 

 体液――動物が体内に持っている液体。唾液などもこれにあたる。

 

 ――体液って、あの?

「他にどの体液があるのか知らんが、概ねそなたが思っておるのと変わらんだろう」

 ――……えーと、ちなみに何の液が必要なの?

「それは……唾液とか、血液とか、あと……その……せ、せい――」

 ――あ、もういいです。と、とりあえず血液で済ませようか。

「それだが血液だと、そなたが死んでしまうと思うのだが……」

 ――宝具三回使っても余りある自分の魔力でもそれか。な、ならば唾液で。

「だ、唾液は効率が悪すぎるのだ。だから、その……」

 ――必然的に、最後のものになるのか。

「そ、そうだな……」

 ――…………。

「…………」

 

 一気に静かになる。相手の顔を直視できない。き、気まずい……。 

 でもこれ、最終的にはしないといけないんだよね。明日決戦だし。

 

 別に、行為自体が嫌というわけではない。むしろ嬉しいくらいだ。

 だけど、ムードがない。良し悪し以前の問題だ。

 こう、必要に迫られてやるのはどうも抵抗があるだけだ。

 

 とにかく、するのならムードを整える必要がある。

 音が漏れるのではと思うくらい動悸の激しい心臓を落ち着けるべく、静かに深呼吸。

 それを数度か繰り返し、落ちついたところで改めてアサシンを直視する。向こうも大分落ち着いたようで、多少表情を赤く染めてはいるがこちらをしっかりと見据えている。 

 

 それを見て、言葉を噤もうとして――突如、自分の首に掴まるように両の腕が巻かれ、そのまま近づいてきた彼女によって口が塞がれた。

 

 それも触れるだけのキスではない。

 口内に舌が入り、唾液がこちらに送られて反射的にそれを飲み込む。

 そして自分もまた、それにつられるように舌を動かし、今度はこちらがアサシンの舌を弄り、絡ませて唾液を流す。するとアサシンは流した唾液に何の嫌悪感を示すことなく、むしろ表情に陶酔の色さえみせながら小さく喉を鳴らし飲みこんだ。

 

 そこでようやく、互いの舌を互いの口内から抜いて一旦動きを止める。

 

 ――ア、サシン……。

「セミラミス。真名で呼べ……莫迦者め」

 

 

 ※※※

 

 

「何を悲しむ。別段これは取引通りであろう」

 

 ――サーヴァントであるのは黒幕を倒すまでの間のみ。

 それは他ならぬ、彼女が告げた取引の内容だ。

 しかしそれはこんな形で行われるものではないし、彼女自身もそのつもりはなかっただろう。

 

「なあに、BBからも逃れた我だ。ムーンセルからも逃れてみせるさ。我を誰だと思っている」

 

 そう悠々と語って見せるアサシンだが、それはただの強がりだとすぐに看破できた。

 彼女の毒がBBに効いたのは単にBBが吸収という形を取ったからであり、全てを無常に分解しにかかるムーンセルには通じない。

 

 そんなことは自分にだってわかる。

 彼女がそんな分かりきったことを言うということは、どうしようもないということだ。

 

 だから自分はもう振り返らない。彼女の虚勢を信じてこのまま去ることにする。

 その代り、自分にできる最大の手向けを彼女に送る。 

 

 ――また会おう。セミラミス。

 

 

 

「ああ――また会おう。マスター(はくの)

 

 

 

 




>俺がお前のマスターで、お前が俺のサーヴァントだからだよ
私と趣味の似通った厨二病患者は察しているであろう、某蕎麦屋店主のあのセリフが元ネタである。ちなみにこの言葉自体に込められた意味はほとんどなく、単に彼にとっての事実を挙げただけに過ぎない。

ただそれは白野にとって(・・・・・・)であり、セミラミスからすれば結構な意味を持っていたりする。

まずセミラミスには記憶はないにしても散々なことをやっただろうという自覚があり――事実その通りのことを聞かされたわけでもある。自覚があるからこそ虚偽でないとも理解できた――それだけのことをされてもなお、セミラミスは自分のサーヴァントだと言い切った白野の言葉は権謀術策に生き、果ては息子に反逆された身としては非常に眩いものであり、心打たれるものでもあった。具体的にいうと胸キュン。

加えて先ほど挙げたカルナとガウェインという名前だけでわかる一流サーヴァントと契約したいのであればこの場でセミラミスと契約を結ぶのは完全に悪手でもあり、セミラミス自身がその両名のほうが戦力としても協力者としても優れているというのは自覚できる。というかマスターを殺しにくるサーヴァントと手を組むのはそもそもの悪手で論外とすら言えるレベル。にも係わらずセミラミスと契約を結ぼうとしていることは性能による選択ではなく、信頼の表れと取られた。とはいえど、ここまでだと単に容姿に惹かれたと取られない。

それを払拭させたのが決死の前進。ただセミラミスの美貌に惚れたのであれば態々危険を冒してまで理性を起こす必要はない。しかしそれすらも無視してのあの死すら厭わぬ行為は白野のサーヴァントが『何も覚えていないセミラミス』ではなく『共に歩んだセミラミス』であるという意味であり、それは決して美貌に釣られたというわけではないことを明確に示し、信頼の深度を如実に示していた。

セイバーが『導く者』でアーチャーが『守りし者』、キャスターが『寄り添う者』でギルガメッシュが『愉しむ者』らしいので、セミラミスは成功や失敗を分かち合い共に前進していく共に『歩む者』という感じにしときました。

え、無理やり感漂う? 気のせい気のせい(

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