Fate/EXTRA 虚ろなる少年少女   作:裸エプロン閣下

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断頭や落ちこぼれなど、同じくエクストラ作品たちに支えられながら完成した二話目。
息抜きとして書いていますが、始めた以上はしっかり終わらせるつもりですので。途中で更新が止まるのでは、と不安になっている方、ご心配は無用ですよ!

あと、七月に空の境界を放送するとか。神サンクスッ!!

PS.場面に合わせてBGMを使い分けるとより臨場感が増します。


月面探索

 虚ろなる少年少女は歩きはじめる。

 

 他者の関心を失った少女、白紙に戻った少年。

 

 二人の月面での旅が始まる。最初の難関は――嵐の海。

 

 心境はさながら荒れた海、突きつけられた事実は苛烈な暴風、友の姿勢は否応なく戦へと駆り立てる。

 

 さて、彼等は無事に地上へ辿り着けるだろうか。それともあえなく沈没するか。

 

 

 ※※※

 

 

 自己紹介し、互いのここに至るまでの経緯を話し終え、職員室から退室する。内容はどちらも知らないうちにここにいた、というだけ。実入りは結して多くない。しかしそんな些細なことだが、自分たちは互いを理解することができた。その一歩は頼りないが、紛れもない前進だ。

 

「一先ず、この校舎を一通り見て回りましょう」

 

 表情こそ変わらぬ無表情ではあるが、先ほどよりは僅かに砕けた(?)口調。彼女も高校生らしいので、多分歳は変わらないだろうし、一緒に戦う――といっても自分は戦えないわけだから,語弊があるかもしれないが――ことになるのだから、『そんな硬い口調じゃなくてもいい』というと『これが地ですから』と返され、なおも食い下がると『……分かったわ。これでいい?』と式が折れたことで現在の口調に納まった。

 

 それはともかく、式の言うとおり、校舎を回ることにする。自分は仮初の日常とはいえど、この校舎で過ごしていたからある程度は分かるが、彼女はマスターとして予選に参加したわけではないので、まだ学校の造りについては詳しくない。それに、自分もあの時と何か変わっている場所があるのなら確かめておきたい。

 

「それで、どこから行くの」

 

 少し思案する。保健室と職員室は確認済み。用具室は一回戦の最終日に開くと端末に書いてあった。となれば特に目を張るような場所は個室の2-Bか、図書室だろう。教室も気にならないわけでは無いが、保健室が同じであったことから、重要度の低い場所はさほど変化はないのだろう。

 

 まずは、図書室へ行ってみよう。もしかしたら有益な情報があるかもしれない。

 

「そうね、私たちは圧倒的に情報が足りないし。ここが端末通りに観測機というのなら、それに見合うだけの情報量があるはずね」

 

 その言葉を最後に会話が途切れる。

 ……先ほど互いの経緯を話すことでそれなりに理解し合えたとは言えど、早々関係が良くなることは無く、扱いは未だにぶっきらぼうな感じだ。

 

 といっても、彼女は勝手に自分のサーヴァント、戦闘の代行者にされてしまったのだから無理もない。いま自分にできることは、少しでも彼女に認めてもらうことだ。彼女が自分と運命共同体である以上、裏切るような真似はしないだろう。けれど、そんな成り行き上の立場に胡坐をかいていてはだめなのだから。

 

 

 ※※※

 

 

 図書室で近代歴史の書を手に取る。図書館の様子は予想とは外れ、書物の内容も含めて大した変化は無かった。しかし、ここに来たことが全くの無駄だったわけではない。少なくとも書物から自分が知らない世界を把握することができる。隣りの式も神妙な趣きで何かしらの本へ視線を向けている。

 

 

 ……ページをめくるごとに、いまの地球の様子を理解する。

 

 

 現在二〇三〇年の世界では、西欧財閥なる組織の財力および武力によって、世界規模で徹底的な資源管理が行われているようだ。また、それと同時に技術革新も行われなくなり、技術レベルは二〇〇〇年代から止まったままらしい。そんな支配体制ゆえに、反抗組織も少なくはなく、常に小さな戦争が起きているそうだ。ページには爆風により曇った空と爆撃で壊滅した村の挿絵があり、知らず顔をしかめる。

 

 そして魔術師(ウィザード)という呼び名は優れたハッカーのことを意味するが、過去には本当に魔術師がいたらしい。らしい、というのは現在では魔術師が魔術を使うのに不可欠だった大源の魔力が失われたことでほとんど廃れ、個人単位ならいざ知らず、残った魔術組織は『アトラス院』と呼ばれるものしかないようだ。

 

 ……どうやら、地球は地球で大変らしい。手に取った本をそっと棚に戻し、視線を窓の方へ移す。月の空は0と1の数字の帯が見えるが、それでも地上の曇った空よりは本来の空の色を表していた。

 

 ……少し、屋上へ行きたくなった。

 未だに本を読んでいる式にその旨を伝え、控えめな首肯を確認して図書室を出る。マスターとサーヴァントは基本的にはマスターの傍を離れることはない。しかし自分たちは主従ではなく、仲間なのだから、そう思っているからどちらかをあまり縛り付けるような真似はしたくは無かった。まあ、さすがに四六時中離れているわけにはいかないが。

 

 

 ※※※

 

 

 屋上から見る空はやけに近く感じた。それも当然だろう、ここは地上の果てのない空と違い、ムーンセルによって創られた場所なのだから、限界は存在する。

 そのため、やや狭苦しく感じさせられる。

 

 ――以前の自分とは、どんな存在だったのだろう……。

 

 答えの分からない問いに、考え込む。この月の世界に自分の過去を知る者がいるとは思えない。予選では友人であった慎二も、おそらく本当の意味での友人ではないのだろう。そう思うと、いまさらではあるが、自分の存在が尚更うすっぺらに感じてしまう。

 

 立ち並ぶ0と1の羅列を眺めながら、途方に暮れていると。

 

「ふうん……。一通り調べてみたけど、おおまかな造りは予選の時から変わってないわね……。あとは……」

 

 聞こえた声に振り返ってみれば、いつの間にか一人の少女がいた。屋上の中央のあたりの床をぺたぺたと触っていることから、彼女は自分が気付く前から来ていたことが窺える。考え事に夢中で気付いていなった自分の不注意さに、ほんの少し反省する。

 

 あの赤い衣装の少女は、おそらく遠坂凛だろう。

 容姿端麗、成績優秀の月海原(つくみはら)学園のアイドル。噂でも随分と聞いていたた。慎二も散々愚痴を叩いていた。何でも自分だけベアナックル、とかなんとか。

 

 しかしそれはあくまで、平和だった予選での話だ。ここにいるという以上、彼女もまた聖杯を求めて参加した一人のマスターなのだから。特にその力強い瞳から感じられる意志は、廊下ですれ違った他のマスターたちとは覚悟のほどが違う。それに、彼女はカスタムアバター――ムーンセル側から用意されたアバターを改造できるほど優秀な魔術師なのだ。ここでもし戦闘に発展するような事態になってしまえば、自分は対抗することもできずにやられるだろう。とりあえず、今後は式とはなるべく離れないことにしよう。

 

 そんな彼女は床から立ち上がり、左右を見渡し、こちらへ目をつけ近づいてくる。何となく、若干緩んだように見えるその視線から敵意は感じられないことが取れるのだが……否が応でも緊張させられる。

 

「ちょっと、そこのあなた」

 

 そこの、というのは自分なのか。この空間には自分と彼女以外には誰も存在しないのだから、それしかありえないだろう。突如声を掛けられたことに鼓動が跳ねる。

 

「そう、あなたよ。そういえばキャラの方はまだチェックしていなかったのよね。ちょうどいいわ。ちょっとそこ、動かないでね」

 

 何を、と答える前に伸ばされた手が頬に触れる。自分のことを確かめるに弄るその手は細く、そして柔らかい。それは眼前の一人前の戦士も、まだあどけない一人の少女であることを、何よりもはっきりと伝えてきた。

 

「へえ、体温もしっかりあるんだ。……て、顔まで赤くなってきてる……? NPCも凝ってるわね」

 

 そういい少女は興味津々といった様子で、さらに顔を近づける。髪が肩にかかり、互いの吐息を肌で感じ取れるほどの距離感に、鼓動がさらに強く跳ねる。先ほどの床同様、こちらを調べるようにぺたぺたと触る仕草は、まるでもらったばかりのおもちゃで遊ぶ、子供のような幼さを感じた。そんな彼女の邪魔をすることに、忍びなく感じたからか、自分は彼女の行為を拒む気にはならなかった。

 

「なるほどね……。見かけだけじゃなく、感触もリアルだなんて。想像以上に造りが造りがいい。流石ムーンセル、ってとこかしら……」

 

「……なにやっているんですか、あなた方」

 

 もっとも、傍から見ればそんな風にはとても思えないのだろうけど。呆れた声の主は屋上の入り口から、冷たい目でこちらを見る両儀式だった。

 

「あれ、ここには私しか……。て、何笑ってんのよあんた」

 

 彼女が式の方へと不思議そうに振り返り、不意に顔をしかめて左方へ向き直る。おそらく、そこに彼女のサーヴァントがいるのだろう。

 

 普通のサーヴァントは霊体化といい、姿を隠しておくことが可能らしい。サーヴァントは過去の英霊なのだから、容姿だけでも真名を判断する重要な材料となるからだろう。英霊ではない式には霊体化をすることはできないが、霊体化しているサーヴァントを見ることが可能らしい。また、式でも念話を使う事はできるらしいが、頭に響く感じが気に入らないらしく、あまり使わないで、と釘を刺された。

 

「……え、彼もマスター? いやだって、マスターならもっと……。そ、それじゃあ、いま体をベタベタ触ってた私って……」

「傍から見れば、完璧に痴女、ですね」

 

 式のはばかることのない台詞に彼女があまりの羞恥に顔を真っ赤にして叫び、背を向ける。こちらも、一連のことを思い出し、改めて顔が熱くなる。その状況にあきれ果てた式が見せつけるように嘆息し、こちらへ寄ってくる。すると――

 

「うちのマスターがベタベタ触っちまって悪かったな坊主。ま、役得と思って許してくれや」

 

 ――突如、凛と向かい合うように青の装束を纏った一人の男が現れる。今のところ、その飄々とした面貌から敵意は感じないが、彼が自分たちを倒そうとすれば一秒もかからないであろうことが一瞬で見て取れた。おそらく、彼が遠坂凛のサーヴァントなのだろう。

 

「う、うるさい! 私だって失敗ぐらいするってーの! というか、あんた何勝手に出てきてんのよ!」

「そう吠えんなや、ちょっとくらい別にいいだろ。それによ、あんだけ触っておきながらまったく気付かなかったってのもどうなんだよ」

「ぐ、しょ、しょうがないでしょ! だってセラフのNPCだから、これくらいは普通なのかもしれないし!」

 

 凛とそのサーヴァントは口げんかのような勢いで言葉を交わし合う。これまで成り行きを見守っていた彼女のサーヴァントが現れたのは、おそらく式が関係するのだろう。式とて曲がりなりにもサーヴァントなのだから、サーヴァントとしては敵意が無いにしても放っておくわけにはいかないはずだ。

 

「大体、あなたもあなたよ! マスターの癖に影薄過ぎよ! 正直、そこらの一般生徒(モブ)キャラよりも影が薄いってどういう事なのよ! 今だってこっちがサーヴァント出したってのに、あなたたち何にもしないなんて、まさかまだ予選の学生気分で、記憶が戻ってない訳じゃないんでしょうね?」

 

 角が見えそうになるような勢いで捲し立てるように言葉を投げる凛。

 ……正直、その台詞に、返答をしかねる。彼女からすれば、それは単なる冗談半分なのだが、言っていることはあながち的外れではなかったのだから。

 

「あ、あれ……? ちょっと、何よその反応? まさか本当に記憶が戻っていないの?」

 

 ――そうであれば、どれだけよかったことか。それならまだ救いはあるが、自分には記憶が戻るどころか、その戻るはずの記憶事態なかったのだ。

 

「ちょ、記憶がそもそも無い!? いったいどういう事よそれ!? どんな状態でも、今までの戦闘経験(バトルログ)がなくても、決して元の場所に戻ることはできないわよ!」

「落ち着け嬢ちゃん、俺らが聞いてもしょうがねえ。それに、どうせこの聖杯戦争で生きて出られるのは一人だけだ。結局、どこかで脱落するしかねえ」

 

 やはり珍しすぎる事例らしく、先ほどとは打って変わり、心配げな声を出す凛だが、それを彼女のサーヴァントが現実的な意見を出し、窘める。

 

「………………ええそうね」

 

 それだけで、凛の声が平素のものに戻る。その態度について自分は冷たい、とは思わなった。たとえどんな事情を持とうと、目の前にいるのは聖杯を求めて戦う敵なのだから。その事実は、たとえ誰が相手でも変わらない。

 

「……」「……」

 

 かくいう自分たちは、ただ沈黙するだけだった。勝ち残れない、というのは自分たち自身、感じていることなのだから。

 

「記憶が戻ってないだけなら、理由次第でありえるけれど、さすがに記憶そのものがないっていう事例は本体の問題だし……。ま、残念だけど、どうしようもないわね」

 

 彼女の言うとおり、監督役直々にないと言われたのだから、問題があるとしたらそれは仮想(こっち)ではなく現実(あっち)の問題に違いない。

 

「どっちにしても、あなたたちは戦う姿勢が取れてないようだけど。覇気というか、緊張感というか……。そう、全体的に、現実感がないのよ。記憶のあるなしの関わらず、ね……」

 

 現実感が無い。たしかに、そうなのだろう。自分たちは、戦う理由も、覚悟もなく、ただ流されるようにやってきたのだから。神父にこれからのことが殺し合いと言われていたにも関わらず、どこか上の空だった。

 

「そんな夢現な気分で勝てるほど、聖杯戦争は甘くはないわよ。聖杯を求めに来てるのは、廊下の軽い気分の奴等ばかりじゃないんだからね!」

 

 最初に見た凛とした、戦士の顔でこちらにそう告げて、指を突きつける。

 そんな冷酷な事実を告げられたにも関わらず、何故か自分の胸中には暖かいものが産まれた。あまりにも場違いに思えるが、あの冷たい物言いが、彼女なりの激励だと気付いてしまうと笑みがこぼれる。勝手な思い込みかもしれないが、その可能性は彼女の背後で微笑ましげに笑みを浮かべるサーヴァントにより否定される。

 

「ちょ、なに笑ってるのよあんた! 状況分かってるの!?」

「いや、嬢ちゃんが不器用すぎるのがいけねえんだろこれは」

「ちょっと黙ってなさいよあんたは!」

 

 こちらに怒鳴ったり、あちらに怒鳴ったりと忙しそうな凛。緩んだ顔を整えて彼女の正面に立ち、その顔を見据える。

 

 ――ありがとう。

 

 たった一言だが、笑みと共に万感の意を込めて謝意を送る。彼女に対して言葉を飾る意味はない。これだけで、彼女は理解してくれる。

 

「――」

 

 ……と思ったが、なぜか凛は固まってしまう。何か間違ったのだろうか、隣りの式からは軽蔑の視線が、正面のサーヴァントからは称賛の意を込めた口笛が贈られる。

 

「べ、別に感謝される謂れはないわよ! 事実を語っただけだからねっ!」

 

 ようやく動き出す凛。なぜか再び顔を赤くしてそっぽを向く。やはり自分はどこか間違ったのだろうか。恰好を付けておきながらミスをしてしまったことに、恥ずかしさからこちらも思わず顔を赤くする。

 

「そ、それと、相手がサーヴァントを出しているんだから、そっちもサーヴァントを出しておきなさい! サーヴァントは英霊なんだから、舐めてたら一瞬でやられるわよ!」

「「「え?」」」

 

 思わず、全員が視線を凛に向ける。あまりにも息があった連携だったため、凛が少したじろぐ。

 

「え、何よこの空気……。私、いたって普通のこといったよね?」

「いや、存外鈍いんだな……。俺が出てきた時点で察してもよかったんじゃねえのか」

「え、どういうこと……?」

 

 

 

 

「サーヴァントも人間って、一体全体どうなってるのよあんたたちはー!」

 

 ここにきて、色々怒ってばかりだった遠坂だが、ついに噴火した。彼女が怒鳴りながら地団駄を踏む度に、屋上の霊子構成(テクスチャ)が崩れている気がするのは、自分の気のせいなのだろうか。しかし、この反応を見るとよほど自分たちは特異な例なのだと思い知る。

 

「そうはいわれても仕方がありませんので。それに、私自身志願した話ではありません」

「当たり前でしょ! もしそうだったら私が殴ってるわよ!」

「やめとけ嬢ちゃん、あんたじゃその前に殺されるぞ」

「ああもう、とにかくあんたたち、そのままじゃ絶対死ぬからね! 精々教会で改竄するなり、アリーナで鍛えるなりしなさい! 行くわよランサー!!」

「りょーかい。あ、それと坊主、縁があったらまた会おうや。そっちの嬢ちゃんもな」

 

 そういい余程苛立っていたのか、ドガンと乱暴に屋上の扉を蹴り破り、サーヴァントをクラスで呼んで去っていった。

 

 あとには、自分と式だけが残された。先ほどの騒がしさと打って変わり、静けさが屋上を満たす。

 

「……とりあえず、2-Bへ行きませんか」

 

 自分は首を縦に振り、一端個室のマイルームへと向かう。

 そして、マイルームと言う名の空き教室の整理に時間を多大に費やすこととなった。

 

 

 ※※※

 

 

 その後、凛の教えに従い、予選では用具室があった場所、アリーナへとやって来た。といっても、マイルームの整理で既に気力など、あってないようなものだったりする。今回はあくまでアリーナの空気に慣れておくためだ。アリーナに入れるのは一日一回という話だし、この機会を無駄にはできない。

 

 で、入ったわけだが……。

 

「随分と殺風景な光景だ……。面白みがなくてつまらないな」

 

 えーと、どういうわけか式さん、雰囲気変わっていませんか?

 丁寧な口調は気さくなものとなり、凛とした仕草は変わらないが、作法通りの完璧だった佇まいも砕けている。そのあまりの変化にどうしたの、と聞いてみたが、気にするな、と突っぱねられてしまう。あまり追及するのもあれなので、いずれ式から話してくれると思って今は退こう。

 

 ナイフを手で弄ぶ式が歩き出す。主武装がそれだけということに小さな不安を抱きながらも、あとを追い、式が言うとおり色のない暗い深海を思わせる風景を見ながら探索を始める。あちらこちらに曲がり角があり、それなりに入り組んだ造りとなっていた。

 

 カツ、カツ、と半透明な床を音を立てて歩いていくと、少し開けた部屋に着き、その空間を浮遊するビックリ箱のような何かを見つけた。あれは何だろう、と訝しんでいるとポケットの携帯端末が無機質な電子音を鳴らす。取り出して端末を覗いてみると、エネミーファイルというページが開かれており、画面中央には相対しているビックリ箱が表示されていた。他にも子細に書いてあるが、今はName(なまえ)Level(つよさ)しか表記されておらず、あとのWeak Point(じゃくてん)Pattern(こうどう)Skill(わざ)Drop(おとしもの)の項目は『?』が三つ並んでいただけだった。というか落し物ってなんだ?

 

 この端末によると目の前のビックリ箱の名前はKLEIN(クライン)といい、強さは『01』と、一番弱いことが窺える。序盤だし、肩慣らし程度のレベルなのだろう。しかし、英霊にとっては他愛ないのかもしれないが、人間である式にはどうなのか。あの荘厳な空間で戦っていた相手が、サーヴァントだとしたら式でも倒すことはできると思うが、ここで英霊と式の力の差を見分ける必要がある。こういう言い方は悪いが、このレベルの相手に手古摺るようでは、何か対策を講じる必要がある。

 

「脆いな……。肩慣らしにもなりやしない」

 

 ……まあ、そんな自分の心配を余所に、式はクラインを一撃で倒してしまった。どうやら、自分の考えは杞憂だったらしい。ナイフですれ違いざまに一閃、その神業的な動きは十分サーヴァントとも引けを取らないだろう。

 だというのに、何故か式は不機嫌な顔で頭部に手を添える。何か怪我でもしたのだろうか。

 

「いや、ただちょっと目の力を使うと……。慣れないものに頼ったからか……?」

 

 目の力、とはなんだろうか。気になって瞳を覗くが、見たところ変化はない。直前に手を下ろしたことを考えると、目の力を解除、あるいは一瞬しか使えないものなのだろうか。

 とにかく、目の力があまり辛いようならなるべく使わない様にして、今日のところは少し周りを探索して早めに帰ろう。

 

「そうだな。ここは息苦しい、あらかた用が済んだらさっさと帰ろう」

 

 溜息をこぼして自分の隣りに立つ。これもまた、自分たちが主従ではなく、仲間だという一種の意思表示だ。たとえ多重人格だろうと、仲間であることには変わりはない。

 

「仲間、か……」

 

 ふと、式がそう呟いた。その言葉にどんな思いがあったのか、付き合いの浅い自分には分からなかった。

 

 

 その後、アリーナを少し周り、蜂のようなエネミーの手前あたりで引き返した。

 

 ちなみに途中、エーテルの欠片と300PPTを手に入れた。その際、式は『ムーンセルも、案外みみっちいな』『……はずれか』と愚痴をこぼした。自分も同じことを思ったが……。なにしろ購買のカレーパンですら100PPT、食堂のかけそばですら190PPTなのだから降って湧いたお金と言えどかなり安い。唯一の救いが、エネミーを倒すとお金が入手できることだろう。現資金は最初から入っていた1000に手にいれた300、そしてKLEINから手に入れた87×3で261、計1561PPTだ。アリーナは明日の夕食後に行くため一食にかけられる値段は260PPT、ランチやセットメニューは無理だが、単品料理なら大丈夫だろう……っ。

 

「おまえ、以前は主婦でもやってたんじゃないのか」

 

 金銭管理は大事だよ。

 

 

 それで、今日のアリーナでの戦闘はどうだった?

 

 営業終了二〇分前の食堂で各々好きな物を食しながら、今日のアリーナのことを振り返る。当人の意見を聞いて、今後の方針を纏める必要がある。

 

「あの程度なら問題ないわ。いつまでもこのままではいられないけど」

 

 あの性格は戦闘中だけのものなのか、アリーナから出ると式の喋り方や動き方は元に戻り、距離感も再び離れてしまった。残念に思いながらも、表情には出さないようにする。

 

 戦闘に関しては圧勝していたものの、やはりそこまで差があるわけではなさそうだ。先ほど見つけたStatus(ステータス)の欄を見てみると式の能力は全てEだった。これが最低ラインだと見て間違いはないだろう。このままでは戦うどころではないし、この問題は早急に解決させる必要があるだろう。

 

「そうね、といっても、しばらくはあの痴女が言っていたように、アリーナで鍛えるしかないわね」

 

 仏頂面のまま、月見うどん(220PPT)を啜る式。ここの料理は彼女の舌に合ったのか、淑やかな食べ方ではあるが速度は割と早く、食べ始めて十分程度しかたっていないにも拘らず、中身は底が見えるほどに減っていた。

 自分もホウレン草のお浸しとかぼちゃの煮物(共に40PPT)をおかずに、麦ごはん大盛り(70PPT、大盛りは無料)をつつく箸を進める。

 

 それなら、明日は教会へ行ってみよう。凛はアリーナ以外にも教会で改竄とも言っていたし、予選では教会に入ったことは無かったから中の造りも気になる。

 

 自分も式も同時に食べ終わり、食器を返却してマイルームへ向かう。

 

 大半の椅子と机が教室の隅に追いやられており、式はその一角で並んだ椅子をベッドにして、自分は壁に寄りかかるようにして眠る。様々な出来事で疲弊した身体はやけに重く、目を閉じて一分もしないうちに眠気が自分を襲って行った。

 

 

 ※※※

 

 

 両儀式は人間嫌いだ。

 

 だから私は、幼い頃から他人に関心が持てず、故に一人だった。織曰く、『会う人全員が無条件で自分を愛してくれろと思っていられる子供の頃に、他人を知ってる(オレ)を内に持っていたから他人を知ってしまった。他人が無条件で愛してくれるわけじゃないと知り、他人がどれだけ醜いか知ってしまったから彼らを愛することができず、関心すら持たなくなって拒絶だけが残った』とのことだった。別にそれを不満に思ったことはなかった。確かに私は孤立してはいたけど、織がいたから、孤独ではなかった。

 

 でも、織は消えた。この死に囲まれた虚数の海に迷い込んだ時、織はいなかった。それまで二人だった私は途端に一人になった。織を欠いた穴は大きく、それはいとも容易く私をバラバラにして、私が私であるという実感を奪って行った。今の私は式なのか、それとも織なのか。この現実感のない空間は、そんなことすら曖昧にしてしまう。

 

 それから私は、平素に式を、戦闘に織を当てることで自己が混ざり合うことを拒んだ。しかしそれはただの悪あがき。結局、徐々に記憶の実感は掠れていき、私の自己は摩耗していった。

 

 そうして私は道に迷い、自分に迷い、生死に迷い込んでいった。時折気まぐれのように別の場所へ飛ばされ、時間が流れるごとに自己は薄れ、死に囲まれた空間と軋むほどの頭痛は生と死の感覚をかき混ぜる。溺れるように私は沈み続けていき、いつしか私は生の実感を失い、達観していた。

 

 

 

 

 

 そんな時、私は岸波白野と出会った。

 私が迫りくる刃にすら恐怖を感じず諦めていた時、彼は片割れである人形を挺して私を救ってくれた。私にはその行動の意味が分からず、二人の青年が去っていくのを尻目に彼に歩み寄った。しかしその時の彼はもはや死体同然の冷たさで、話すことすらままならぬ状態だった。その様は、死の線で塗りつぶされるほどで、人間ならば危篤状態をとうに超えている。待っているのは死しかない。

 

 でも、私は彼の死を受け止められなかった。自分の命すら達観しているのに、何故か。その答えはあっさりと出た。

 

 彼は、私が初めて関心を抱いた人間(・・・・・・・・・・・)なのだ。だから私はどうしても彼から聞きたかった。

 あなたは誰なのか。なぜ私を救ったのか。あなたは――なんなのかを。

 

 そんな想いがどこかへ届いたのか、彼の胸から死線が退いていく。

 まさか、と淡い期待を込めて彼の右手を握る。死線はさらに薄くなり、彼の身体に熱が戻る。そして次の瞬間、私が掴んでいた右手に一際強い熱が灯り、頭痛が、死線が止み、バラバラだった自己は式と織で綺麗に分けられた。

 

 どうして。そんな疑問より早く、私の意識は頭上からの光に呑まれていった。

 

 

 ※※※

 

 

 気が付いた時、私は知らない空間で寝ていた。全身を包み込む暖かさは毛布、誰かがかけてくれたのだろうか。起き上がって見渡して、ここが保健室だと理解した。隣りでは私を助けた彼が太平楽な寝顔を晒していた。その様子に、胸をなでおろす。

 

 起きてしまった以上、いつまでも寝ている理由もないしどこかへ行こうと思ったが、迂闊に動き回って、彼とすれ違いでもしたら嫌なので、仕方なく待つことにした。

 

 そして待つこと数十分。ようやく彼が気が付いた。すかさず声をかけたはいいが、どう話を切り出そうか、と悩んでいると、

 

「怪我はもう大丈夫なのか」

 

 その台詞に、つい戸惑ってしまったのは、無理もないだろう。何しろ今の今まで寝ていた彼が、私を心配するのだから。そもそも、私より彼のほうが長く寝ていたのだから、それだけでも彼自身の方が重傷だと分かるはずだ。

 

 ――本当に分からない。いままでも私に構ってくる人はいた。しかしその大多数は、異性は私の身体を、同性は興味本位からのことだった。だから、本心から私に構ってきたのは彼が初めてだ。

 

 なるべく動揺を悟られない様に、感情を抑え本題に入る。すなわち――何故私を助けたのか。

 その問いに、やや困ったように目線を迷わせ、意を決したのか、ようやく視線がこちらを見据える。

 

「――分からない。考えるよりも先に、行動していた」

 

 散々、気になっていた答えがこれ。まともな返答は返ってこないだろう、と思っていたが、ここまでとは思わなかった。ただの考えなしだったのか、と思い眉をひそめるが、その顔つきから、単なる思いつきでやったわけでは無いと、勝手に私は思った。

 

 

 

 

 

 その後も、様々な出来事があった。勝手に従者にされていたことには軽い憤りを感じたものの、あのままいても遠からず私は消えていたし、そもそも私はあの時助けてもらえなければ今ここにすらいなかった。だから、不満があるのは、未だに私が流されるばかりの立場だということ。勝手にこんなところに連れてこられて、勝手に従者にされて、勝手に殺し合いに参加されられて。

 私は、こんなところまで来ても、何一つ、自分の意志で決められない立場だというのが悔しかった。

 

 

 そして、彼、岸波白野には生来の記憶が無い、白紙の存在だと知った。

 人間嫌いの私が、彼を嫌いになれないのはきっと、醜さがないからなのだろう。

 だから私は、彼を守りたいと思う。彼は汚れない純粋な優しさを持った、清い人なのだから。

 

 ……態度が冷たいのは大目に見てほしい。私は自分でさえ嫌いなのだから、人に話かけられても親切に相手ができない。自分から話すのならなおさらだ。いかに関心を持った仲間(・・)といえど、すぐに変えることはできない。

 

 

 ※※※

 

 

[Matrix]

CLASS:アサシン

マスター:岸波白野

真名:両儀式

宝具:直死の魔眼

キーワード:?

      ?

 

筋力:E(13)

耐久:E(12)

敏捷:E(16)

魔力:E(15)

幸運:E(12)

 

KEYWORD

直死の魔眼

宝具扱いだが、正確にはスキル。奇しくも同じアサシンの燕返しと同じ状態。

対象の「死期」を視覚情報として捉えることができる目。

またそれに加え、その視覚情報をもとに対象を「殺す」ことができる能力。

スキル[魔眼]ではA+++ほどにもなる希少な力。

この両儀式は観測機であるムーンセルに接触することで会得した。

本来開眼したばかりでON/OFFは切り替えられなかったが、

サーヴァントとなることで、強制的にスキル化されたことで可能となった。

また、事象の視覚化に特化しており、概念、霊体や能力の死を視るのに向いている。

最高レベルの魔眼であるが、『直死の魔眼』事態がムーンセルに多大な負荷をかけるため、

使用時にDランク相当の[頭痛持ち]が発現する。

 

スキル

[気配遮断]:―

サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。

完全に気配を断てば発見することは難しい。

アサシンのクラスとして設定されているだけで、

実際には使いこなせていない。

 

 

※※※

 

 

現資金、1191PPT

 

 




えー今回、式の口調やらなんやらについて説明すると言いましたが、どうも今話だけでは仄めかしてはいるものの、説明しきれませんでした。
本来ならここで橙子さんを出す予定だったのですが……思った以上に凛の部分が長くなって……。
ぶっちゃけ、彼女のシーンで全体の40%くらい占めてますww

感想・評価お気軽にどうぞ!

追伸 6月12日
アリーナでの式のたたずまいに関する部分を微修正。
[気配遮断]の説明に一文足しました。

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