最近「髪薄くね」といわれて調べてみたらあれって、ストレスが関係するらしいですね。
……まあ、私と兄の兄弟仲は、普通に橙子と青子みたいなもんですし。
説明がやや強引っぽい感じ……。
何か不明瞭な点があれば遠慮なくいってください。
――目が覚める。欠伸をこぼして目を瞬かせ立ち上がると、寝方が悪かったのか、上半身がひどく凝っていた。手はじめに肩を解しながら寝具を購入を考え、現資金を考え断念する。まずは資金集めの算段を整える必要がある。
ちなみに一流のハッカーなら、個室のデータをいじって
全身の柔軟に移り、横目で未だに寝ている式を見る。昨日同様、椅子をいくつか並べて寝ている姿に、布団くらい買おうと決めた。さて、いまの資金は1191PPT、一番安い布団は500PPT……。昨日の食事で自分は110PPT浮かしたから、あと390PPT浮かせれば最低でも式の分は手に入る。……よし、朝は抜こう。昼は水だけで済ませれば十分足りる。
さて、それでは朝を過ごすと――。
……柔軟をしていた全身の動きが、ピタリと止まる。
……思えば、予選の時に朝という時間は登校の時だけで、何かした覚えはない。改めて朝を謳歌しようと考えるが、清々しいくらいに何も浮かばない。こんなことなら図書館から、何か本でも持ってくればよかった。
明朝といえど、サーヴァントも連れずに外を歩く危険性は知ったため、いまは待つべきだろう。備え付けられたアナログ時計の針が示すのは7の数字、起こすにはまだ早いだろう。しかし自分も二度寝をするほど眠気があるわけではない。
何か退屈しのぎになるものはないか、と左右を見渡すと、先ほどうまく見えなかった式の寝顔が視界に入る。すうすうと寝息を立てて、深い眠りの内にいる彼女の寝顔は起きている時の、どこか傍観者めいた様子はなく年相応の、否、それ以上の幼さを見せている。
微笑ましい気分になり、思わず撫でそうになったが起こしてしまうかもしれないので断念。音を立てないように傍の椅子を持ち上げて、式の正面に下ろし、腰を落ち着ける。その光景は三時間、彼女が起きるまで自分を飽きさせることは無かった。
※※※
――やってしまった。
差し込む朝日の光に、眠気を削がれ散漫な動作で瞼を開けて、私はそう思った。別に寝相が悪かったとか、涎を垂らしていたとかそういったことは全くなく、寝過ごして約束を破ったこともない。それに、その場合は一緒の部屋にいながら起こそうとしなかった彼が悪い。
ただ、彼が柔らかな笑みと優しい瞳でこちらを見ていた。別に嘲笑されているわけではなく、下劣な視線でも笑みでもない。ただ見守るようにこちらを見つめている。たったそれだけなのに、自分がとんでもない醜態をさらしていた気になるのは、きっと羞恥心からだろう。
「……じろじろ見ないで」
どう返答すべきか、散々悩んでいえたのはそんなセリフだった。彼はそれだけですんなり了承の意を示し、視線を逸らして椅子を片付けようと持ち上げる。私もやや気恥ずかしさを胸に、目元を擦り起き上がる。昨日から着ていた浴衣めいた単衣の着物は、皺だらけになっていた。ここは仮想世界だというのに、ムーンセルも無駄なところに凝るものだ。
※※※
日がだいぶ昇りきった十一時、朝と昼の兼用で式はトマトサンド(150PPT)を、自分はミネラルウォーター(50PPT)を食べた――あるいは飲んだ――あと、教会へとやって来た。陽光に照らされる教会は、名前からして東洋人であるからか、自分にはかなり新鮮な物に思えたが、式は顔をしかめて明らかに嫌そうな顔をする。何か嫌な思い出でもあるのだろうか。
「いえ、ただ父に入れられた高校では朝夕に礼拝儀式が義務付けられて……。どうにも、好きになれないわ」
そういい、目を伏せわざとらしく嘆息する。その様子からよほど退屈だったことが窺える。苦笑いを浮かべながら教会の重い扉に手をかけ、押し――開かない? 引いても横にずらしても、持ち上げようともしてみたが、まるで固まったかのように動かない。
まさか購買や食堂みたいに利用できる時間帯があるのだろうか。凛からはそんなこと聞いてはいなかったが、それならば仕方ないと思い引き返そうとした時、隣りから音がした。例えるとしたら、ちょうど目の前にある扉くらい大きなものを切り裂いた感じ?
まさかー、と思って隣りを見ると式さんが頭を押さえながらナイフを持っており、扉の真ん中から左側が袈裟気味に切られていた。
あの……、式さん?
「人の気配がしたので」
そういい切られた扉を指先で突き飛ばす。押された扉は緩やかに傾き地に沈む。その際に、扉の重量を十分に感じさせる音と埃が僅かに立つ。特に教会という密閉された空間では音が良く響き渡る。
眼前の光景に呆気にとられている自分の手首をつかんで、式はずかずかと教会の中へ入っていく。教会の中は薄暗く、煙っぽく、わずかに焦げ臭い。それに、扉が切り開かれているのにも拘らず、外の喧騒が全く聞こえない。それは、ここだけ空間が切り離されているのか、それとも――、
「ケホッ、ケホッ、また失敗!? あーもー、なんで出来ないのよ! これ、壊れてるんじゃないの!」
「それはお前が下手だからだ。自分の無能を棚上げするとは、さすがに頭のネジが数十本丸々飛んでいる奴は違うな」
――単純に、教会内の方がうるさいからか。
煙の後から、四角形の物体を憎々しげに睨み、壊れろといわんばかりに両手で挟むようにして掴む赤い髪のパーカーを着た女性と、その様を嘲笑いながらタバコを吸う青い髪のフリルブラウスを着た女性。互いに祭壇の手前で、向かい合うように、しかし顔を見ないよう陣とっている。
本来礼拝する信者、あるいは改竄の順番待ちのために用意されたであろう長椅子は、いったい何があったのだろうか、どれもこれも半ばから折れていたり、燃え滓になっていたりと、椅子として使える物は無くなっていた。また、教会にはシンボルであろう十字架などは見当たらず、その代わりに、祭壇の前には先ほど潰されかけた、四角形の蒼い発光物が宙に浮いていた。
それを見て即座に踵を返し、帰ろうとする式を宥め、もうしばらく様子を見ることにする。
「まあ、所詮は宇宙戦艦、破壊しかとりえのない女だからな。ムーンセルから契約不履行で追放される日も近いな」
「うっさいっ! ただ椅子に座ってる姉貴にギャーギャー言われる筋合いはないわよ!」
赤い髪の女性が苛立ちのあまり立ち上がり、青い髪の女性に指を付きつける。
どうやら二人は姉妹で、青い髪の女性が姉のようだ。間柄は、一触即発といった空気から、かなり険悪であることが察せられる。このまま放っておくとケンカになりそうなので、仲裁の意味も込めて間に入って声をかける。そこでようやく二人は自分たちに気付いた。
「へ、あれ? 扉には姉貴がロックを掛けたはず……」
赤い髪の女性がこちらに一度視線を送り、青い髪の女性を咎めるように睨む。
「うん? ムーンセルの構築物として設定したから理論上はムーンセル以外に破れ――ッ!」
そして青い髪の女性は、気だるげな様子で扉を見つめ、その視界に式が入った途端、大きく目を見開き、咥えていたタバコを落とし、椅子を倒すような勢いで立ち上がる。そのまま乱雑な動きで式に近づき、その瞳が一際強く式を捕えた時、足を止めて頭を振る。
「あの、なにか?」
「なに、尋ね人と魂が一緒だから勘違いしただけだ」
式の問いに、彼女はあっけからんと答えて見せた。似ていた、ではなく、一緒だった、と彼女はいまいった。容姿ならばともかく、魂ということは式という存在を探している、ということでは?
「察しがいいな、少年。私はうちの坊やの頼みで両儀式を探しにわざわざこんなところまでやって来たんだ。ただ、この両儀式は私が探している方ではない」
両儀式、名前をいい当てたことから彼女は本当に式を、それも、もう一人の式を探しているらしい。そう考えると、世界には両儀式が二人いることになるのだが……。
「いや、世界は二人も同じ人間を作らない。だから、この両義式はこの世界の存在ではない平行世界の存在だ。おそらく私が知る式とは全く違う人生を歩んだのだろう」
――それは、彼女を本当の意味で知る者が、この世界にはいないということだ。
そんな青天の霹靂ともいうべきことを、彼女はさらりと言ってのける。自分はそのことに思わず、息を呑んだが、式はとりわけ大きな反応をしなかった。
「それってつまり、平行世界の再現体ってこと?」
「確かに、ムーンセルは常にあらゆる『仮説』も演算していたんだ。再現する程度のことなら、英霊に比べればよっぽど軽いだろう」
……ムーンセルは万能の願望器にして観測機という話だ。本当に観測していたのなら、再現する程度はわけないだろう。しかし式には記憶が、そして彼女のいうとおり、魂がある。決して、再現された存在というわけでは……。
「それは違う。再現された存在でも、それが独りでに歩きだせば、それには再現された原型の魂と
……あまりにもはっきりとした物言いで告げられ、二の句が継げず、唇を噛み俯きかける。
「……やれやれ、今のはあくまで再現体の話であって、この式に関する説明ではない。そして彼女は決して再現されたNPCがひとりでに動き出した存在ではない。それはNPCの管理を任された身として断言できる」
「任されたって、趣味の一環でやってるだけじゃん」
さすがにばつが悪そうだったのか、訂正が入る。
その言葉に顔を上げ、思わず安堵の息を漏らすと、いつの間にか全員がこちらを物珍しげに見ていた。そんな目で見られる理由が分からず、自分は何か変だったのだろうか、と後ろに立つ赤い髪の女性に聞いてみると、
「あーうん、変じゃないんだけど、ちょっと珍しいかなって……」
目を泳がせながら、そう答えた。珍しい、といわれても自分の何が珍しいのだろうか。到って普通だと自負しているが……。
「いまの世の中、他人のことをまるで自分のことのように心配できる人間は希少種だからな。まあ、その手の輩の行動に大した理由は無いのだから、聞くだけ無駄だな」
やれやれと口にしながら、彼女はもといた椅子へと戻り新たなタバコに火を点ける。
「ところで、君とはどこかであった気がするのだが……気のせいか?」
またしても衝撃的な言葉を耳にした。
自分の記憶がどこにもないことを告げると、二人は興味深げにほう、と息を漏らした。
「記憶がない、か。ムーンセルに限ってそんな不備はないだろうし、たぶんその凛って子がいった通り、肉体の問題ね」
「記憶が分別なく失っているというなら、魂自体の欠損ということも考えられるな。どちらにしろ、難儀な物を背負っているな」
意外なことに二人とも真剣に考えてくれている。それに、魂自体の欠損ということはさすがに考えていなかった。
「興味本位なのでそこまで本気に模索する気はないが、何か進展あれば話してみたまえ」
「それじゃあ私も。何かの役には立つかもしれないし」
たとえその動機が個人的な興味だったとしても、自分としては前進に繋がるので嬉しいことだ。その時はお願いしますと一言告げて頭を下げる。
「まー、専門でもないし、力になれるかは分からないけどね。それで、結局何のようだったの?」
おっと、長話をしていてすっかり忘れるところだった。
――魂の改竄というのを。そう告げると笑顔だった赤い女性の顔が凍りつく。隣りでくつくつと、蒼い髪の女性が声を殺して笑う音が聞こえてなんとなく、地雷を踏んでしまった気がした。
「あー、改竄はやめておけ。この女は破壊することしか出来ん。実際、昨日改竄したサーヴァントは
「ちょ、あれはマスターが違法スレスレで頼むっていうから色々やったらなっちゃっただけだからね! それにそれ以外は普通に出来たんだから!」
「普通? 普通の改竄は決してステータスがバラバラになったのち、性別が変わるようなものではないがな」
「あ、あれは……その……、元から強いのにさらに強化してくれっていわれたから……」
「それに、お前の失敗でいくつの長椅子が犠牲になった。長椅子程度の改竄すらできん奴が、比較するのもおこがましいくらい精密な英霊の改竄ができると思っているのか」
「う、うぐぐぐぐ……」
散々にこき下ろされても、反論しない辺りどうやら事実らしい。
……いつの間にか隣りに移動していた式など、早く
と、とりあえず、改竄についての説明を聞こう。改竄の有無はそれからでも遅くはない。
「なんだ、そんなことも知らないで来たのか。まあ記憶がないのでは、仕方ないか」
溜めていた煙を吐き、やや呆れたようにして、咥えたタバコを一端手に取り弄ぶ。
「まあ、簡単にいってしまえば君とサーヴァントの魂を
しかし、とそこで言葉を区切る。
「お前達の場合は事情が事情だからな……。魂関係の問題もだが、それ以上に肉体面、主には魔術回路の調整でもしたほうがいいな。特に式は直死の魔眼を持ってるくせに、肉体面は普通だからな。その辺も含めて改造してやろうか? 安心しろ、私は元々そっちのほうが本職だからな」
「結構です」
青い髪の女性の提案に式は即座に拒否。しかし自分は熟慮する。改造といわれてあまりいい気はしないのは確かだが、少なくともこのまま手を拱いていても勝てるわけでは無い。そして何より、この聖杯戦争で生き残れるのは最後の一組のみなのだから。式を助けるためにも、できることはやっておいた方がいいだろう。
「そこで自分と言わない辺りが珍しいというのだが……まあいい。それで、するのか?」
意を決して、かいぞ……改竄は自分だけでも済むのか、と聞いてみる。式と赤い髪の女性が口をあんぐりとあけ、信じられないものを見たと言わんばかりにこちらを見る。……凛と言い、式と言い、自分はそこまで奇異な変人なのか?
「変だな」「変ね」「変よ」
ほろりと眼から涙が落ちた。
「泣くことないだろ。まあいい、それで質問の答えだがお前だけでも十分だ。ただしその場合、魔術回路の流れを設定することになるから、式のパラメーターの細かい操作はできないぞ」
……そこは自分だけで決めることはできない。傍の式に視線を送り、判断を仰ぐ。式はやや顔を歪め、低い声で構わない、と了承を示した。どうにも式は青い髪の女性を好きにはなれないらしく、視界に入れないよう彼女に背を向けた。
「相も変わらず、私のことは嫌いか。それで少年、……」
言葉を続けようとする青い髪の女性のセリフを断ち切ったのは、ポケットにしまいっぱなしの携帯端末の呼び出し音だった。邪魔をされ、不機嫌そうな顔をする青い髪の女性に頭を下げて、昨日と同じ無機質な音を奏でる端末を手に取り、画面に表示された文字を見る。
『::2階掲示板にて、
次の対戦者を発表する』
……そういえば、聖杯戦争はトーナメント式で行われると言っていた。となれば対戦相手がいるのも当然だ。催促するような目でこちらを見る青い髪の女性に、対戦相手の発表と告げると、
「それは昨日発表されたことではなかったか?」
「だよねぇ。あなたたちだけが、ずれてたの?」
どうなのだろう。ただ自分たちは対戦相手のことは知らなかったので、そのずれを認識してるのは自分の対戦相手だけだろう。何にしろ、対戦相手も知らずに戦うようなことにはならなくてよかった。
「まあ何にしろ、早く行った方がいいぞ。肉体の改竄となると、色々準備があるからどうせ今日はできん。明後日にでももう一回来てくれ」
そういい手をひらひらさせ、早く行けと急かしてくる。自分もご好意に甘えるとして、今度は感謝の意を込めて頭を下げ、文字通り切り開かれた扉へ向かう。
と、そこで自分が二人に名前を聞いていなかったことを思い出した。自分の名前すら知らなかったからだろうか、一番最初に聞くべきことをすっかり忘れていた。
「ああ、そういえばそうだったな。私は蒼崎橙子だ」
「私は蒼崎青子。間違えないでね」
両者の髪色とは対照的な名前を心に刻んで、教会を出る。
日はいつの間にか、頂点で輝いていた。
※※※
岸波白野と両儀式、二人が去った後の教会は、やや焦げ臭さと煙っぽさがあるものの、本来を静寂さを取り戻した。
「……それで姉貴、本当にあの子のこと、知らないの?」
そんな中、ぽつりと青子が言葉を落とす。
「知らん。私はNPCについては識別番号しか聞いてないし、そもそも自我を持ったNPCなら生前の記憶がある。そして記憶が無い以上、あいつはNPCではない」
それに対して橙子は毅然とした口調で答えた。冷たいともとれる物言いだったが、青子相手に気を使うような性格はしていないし、生半可なことをいって、期待を持たせようとしないためでもある。
「ま、それもそうよね……」
それが分かっているから青子も、特に反発することなくその言葉を受け止めた。
弄んでいたタバコを棄て、新たな物を取り出し火を点けようとする橙子に、いつもは文句を唱えるのだが、煙っぽいこの空間ではタバコの一本二本点けようが変化はないし、どうにもそんな細かいことを気にする気分ではなかった。
「で、勝てると思う? あの子たち」
「さあ、相手次第だな。初戦でハーウェイの黒蠍やアトラス院の娘、老騎士などに当たらなければ五分といったところだな」
口に咥えられたタバコの煙が、教会の外へと続いていく。それはさながら、彼らに対するエールのように。
※※※
――そういえば、なぜあのとき式は、自分がこの世界の人間ではないと言われても平静だったのだろうか。二階へ向かおうと廊下を歩いていたら、気になってきたので聞いてみる。
「……別に大したことじゃないわ。私は誰にも理解されなかったし、誰かに理解してもらおうとも思ってなかったわ」
彼女は本当に、気にした様子もなく淡々と言ってのける。
……でも、親御さんは? 他にも親しい人とか……。
「父は私という存在を、正当な両儀の跡取りにするため、俗世に触れさせようとはしなかった。あの人にとって私はその程度しか価値は無かったの。兄もいたけど、碌に会っていなかったわ」
……それは、なんて哀しいのだろう。誰も彼女の本質を見ようとせず、表層ばかりに気を取られたり、役目を押し付けられて、誰も彼女を理解してあげられなかったのだから。
「……昨日会ったばかりのあなたが言えることでもないと思うけど。それに私は人間嫌いだし、しょうがないと思うわ」
そういうと、やや非難めいた眼差しでこちらを睨む。
それは違う。式は確かに人間が嫌いだろうけど、人が嫌いなわけでは無い。ただ自分も同じ人間で、自分のことすら好きになれないから、ちょっと言葉が拙かったり、不器用なだけで、別に誰も憎んでなんかいないはずだ。それに式は、自分だけじゃなく、周りの為にも孤立することを選んだんだと思う。
と、自分の感じた両儀式のことを話してみると、式は途端、驚きのあまり大きく目を見開いてこちらを見る。…………今日一日で何回、他人の驚愕と奇異の表情を見ることになるのだろうか。
「あなた、本当に何者? もしかしてあなたも私みたいな力を持ってたりするの? 他人を見通す魔眼とか」
目を細め、険しい顔でこちらを見る式に、そんなものあれば真っ先に自分見てます、と返すとそのとおりね、と返された。
……明らかに機嫌が悪くなっている。これからはあまり自分の意見をおおっぴらに言わない様にしよう。
昨日の凛と言い、先ほどの青子さんに次いで、またしても地雷を踏んでしまったらしく、自分の返答に怒った式は早足で廊下を進んでいく。置いてけぼりにされないよう、自分も急いで足を速め、彼女に追随する。
※※※
――彼の言葉には素直に驚いた。何しろまだ会って一日経ったか経ってないかくらいの人に、自分の
彼は不思議な人だ。人の心を、それも自分すら知らない所までも容易く暴く癖に、悪感情を抱かせない。それは彼が正直なのではなく、容赦がないわけでもなく、本気でこちらを案じているからなのだろう。人によっては余計なお世話ともとられるかもしれないが、ああまで真剣な様相で語られると、どうにも無視できない。
でも、もう少しデリカシーというものを学んでほしい。そうも堂々と言われると、こちらもいい気はしないのだから。
※※※
『私は仮にもサーヴァントなのだから、迂闊に姿は見せないほうがいいでしょ』
そういい、わずかに離れたところで周囲を見張る式を置いて、掲示板の前へと来てみると、そこには見慣れない紙が一枚張り出されていた。真っ白な紙の中央部分に書かれているのは自分の名前と、
『マスター:間桐慎二
決戦場:一の月想海』
友人の名前だった。
「へえ、まさか君が一回戦の対戦相手とはね。この本戦にいるだけでも驚きだったけどねえ」
声が聞こえた図書室の方へ顔を向ければ、いつの間にか慎二がいて、やけに面白そうな顔つきでこちらへ歩み寄り、隣りに立つ。
「でも考えてみればお前も、僕の友人に振り当てられたんだから、それなりの
身振り手振りを交え、随分とお気楽そうに語る慎二の声音には、わずかな恐怖すら存在しない。自分たちのように、未だ現実感を持てないでいるのか、それとも単なる脅しと思っているのか。どちらにしろ、陶酔した顔で叫ぶ慎二は、遊び気分であることが窺える。
「でも、ここの主催者もなかなか見所があるじゃないか。一回戦からここまで盛り上げてくれるなんて。そうは思わないか? 何しろ仮初の友情だったとしても、勝利とのために友を手にかけろというんだからね! 悲しいね! なんて過酷な運命なんだろうか、主人公の定番とは言え、こればかりは僕も心苦しいよ」
セリフとは違い、いつも通りのニヤついた顔つきでこちらの肩を軽めに、ぽんと叩く。
「ま、正々堂々と戦おうじゃないか。君だって選ばれたマスターなんだから、いい勝負なると思うぜ」
僕らの友情に恥じない戦いをしようじゃないか、と最後に高らかにそう告げて慎二は陽気そうに去っていく。しかし自分は慎二とは対照的に、陰鬱な想いで胸が一杯だった。
……自分が慎二と、そのサーヴァントと戦う。
その言葉が秘めた衝撃が、自分に正常な思考を赦さない。
20文字にも満たない文字列が、自分の頭の中で何をするのでもなく、浮遊するように存在している。
理由も、目的もないままに、友人だった人間と殺し合う……?
まるで悪い夢にうなされているようだ。
「――しっかりして!」
そんな自分を、元に戻したのは間近に接近してきた式だった。叱咤されるのと同時に背を叩かれ、痛みに耐えかね背筋をピンと伸ばす。おそらく全力でやったのだろう、Eとはいえ、英霊と同格扱いされるだけあってかなり痛い。
「夢だと思いたいのだろうけど、私たちがこれが現実であることを、あの予選で痛いほど思い知ったわ。迷うのも、悩むのもいいわ。でも、逃げることだけは、やめて」
――そうだ。あの時感じた、全身が冷めていく恐怖。自分という存在が消えていくあの感覚。そして自分は叫んだはずだ、このまま
それに、傍らに凛々しい表情でこちらに喝を入れてくれた彼女、両儀式のためにも自分は負けられない。
「それと彼、自分を主人公って言ってたけど、私はあなたの方が、主人公らしいと思うわ」
その思いがけない発言に、思わず吹き出しかける。それにむっとした表情になった、自分より10センチほど低い式の頭に手を置き、撫でる。その手はすぐに跳ね除けられたが、肩の力を抜かせることができた。
マイルームで気持ちを落ち着けていると、再び端末が鳴り響く。
『::
第一層にて取得されたし』
暗号鍵――たしか、これを2つ集めなければ、決戦場へ入ることすら許されなかったはずだ。未だに気持ちの整理はつかないけれど、戦わずして諦めることなんてできない。未だに戦う覚悟は定まらないけど、逃げるわけにはいかない。
――行こう、式。
「ええ、まずはトリガーね」
自分は制服を、式は着物をたなびかせ、隣り合わせでマイルームを出る。
いまはまだ、優勝なんて大層な目標は持てないが、歩みを止めることだけはもうない。
重ねた歩みは、きっと無駄にはならないだろう。
※※※
現資金、991PPT
おかしい、未だに仲間というだけなのに、下手な主従よりも仲がいいだと……っ。
ま、まあこれからどぎまぎさせていくということで、つり合いとろう。
作中では説明しきれなかった細かな疑問を。
Q.何で白野と繋がることで式と織の区別ができるようになったの?
A.式と織がバラバラ、というか自己が摩耗したのは単に虚数空間で観測するものがいなかったから自我崩壊の危機になってただけ。存在がムーンセルに置いて不適合だから表に出てもそれが変わらず、白野とパスが繋がることでクラスに嵌められ、常に白野に観測されている状態になったから安定した。CCCの最初の桜と同じ感じ。
なお、意味消失などを起こさなかったのは式の起源が虚無で、虚数空間と相性が良かったから。
Q.何で織がいないの?
A.そういうことに理由を求めるのは野暮だと、どっかの水銀ニートがいっていた。
とまあ、ネタはさておき、理由は単に迷い込んだのが式だけだったというだけ。
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