しかし、戦闘シーンで納得のいく表現がうまくできない……。
「……あの流れなら、そのままアリーナにいくところじゃないかしら」
アリーナでの戦闘前の腹ごなしとして、食堂へ来て、各々頼んだものを食べる。
式はざるそば(190PPT)で、自分は鮎の塩焼き定食(230PPT)だ。どうでもいいが、昨日食べたかぼちゃは七月から十二月、ホウレン草は十一月から二月が旬で、鮎の旬は六月から八月。ずれがあるのに、どれも旬のおいしい時期の物だったのはどういうことだろうか。鮎が落ち鮎ならば、いまが十一月でも場所によっては取れるかもしれないが、券売機に普通にニシンの煮付けやタケノコご飯があるあたり、ムーンセルが生成しているのだろうか……。これほどの低価格で提供して来るとは……、アリーナではしけているが、学校側では太っ腹だ。
しかし、あの神父がいっていた通り、本当にここには128人のマスターがいるということを、自分はようやく実感する。
昨日は営業終了間近ということで、自分たち以外に人はいなかったし、校舎内でも大多数がNPCで、すれ違ったのは精々20人程度だったが、いま食堂には5,60人近くの人間が集まっていた。その大半はムーンセルから用意されたアバターをそのまま使用している者ばかりだが、改造アバターを使用している熟練者もちらほらといる。例えば……目の前で焼きそばパンを頬張る遠坂凛とか。
「しょうがないでしょ。他の席埋まっちゃってるんだし」
いや、別にそこは問題ではない。ただ、凛たちはどんな目的で来たのか、少し気になっただけだ。辺りを見渡せば周りと和気藹々と、学生気分で話し合う人もいれば、確固たる目的を持っている者も見える。そして凛は後者の人間だ。だからこそ、聞きたい。
凛は、聖杯にどんな願いを託すんだ?
「ふーん……。ま、昨日よりはだいぶマシになったわね」
手に持っていた焼きそばパンを置き、咀嚼していた分をコップに注がれた水で流し込み、肘を突き、指を絡ませその上に顎を置く。凛とした瞳はこちらを真っ直ぐに見据えている。
「まず、私自身に関する話だけど、今地上は西欧財閥と一部のレジスタンスの小競り合いが起きているのは知ってる? 私はそのレジスタンス側よ」
それは意外なことではあったが、驚きは少なかった。むしろ彼女に秘められた戦士としての心構えの、根本的な部分として納得すらできた。
だとすれば、なおさら何故なのだろう。昨日会ったばかりだが、自分には凛が西欧財閥を聖杯の力で倒す、なんて他力本願な方法でどうにかしようとする人間には見えない。
「ええ、私は聖杯に託す願いは無いわ。私は、聖杯を西欧財閥に渡さないために来たのよ。わざわざ封印指定にしたほどだし、他の組織に取られないよう、絶対の自信を持って取りに来るはずよ」
「その通りです、ミス遠坂。聖杯は僕たち、西欧財閥が管理します」
その声に凛が、いや、この場に集まった全マスターが弾かれたようにそちらを向く。不思議なことに、決して大きな声ではなかったにも拘らず、その声はざわついた喧噪のなかでも全員にしっかりと聞こえていた。
「みなさんごきげんよう」
未だ幼さの残る顔立ちでありながら、集中するその視線に一切臆することなく、堂々と挨拶するのは、赤く
金色の髪と白銀の鎧を身に纏い、一切の曇りないその瞳は、彼が礼節と忠義を重んじる高潔な人物であることを思わせる。彼がおそらくレオのサーヴァントだろう。
――まさか、レオが西欧財閥の……?
「そう、しかも彼、西欧財閥の次期盟主、実質的な地上の支配者よ」
思わず声を上げる。常々只者ではないと思っていたが、そこまでの存在だとは、夢にも思わなかった。しかしこうしてみれば、確かにその振舞いは、王者のそれに近い。
自分が上げた声に気付いたのか、レオはファッションのような微笑を携えながら、こちらへ近づいてくる。式同様、そんな些細な所作にも、彼の育ちと生まれの良さがにじみ出ており、優雅さを感じとれた。
「ふん。御自ら出陣だなんて、随分と甘く見てくれるわねレオナルド」
「レオでいいですよ、ミス遠坂。直接お会いするのは初めてですね。確かに西欧財閥は魔術については明るくありませんでしたから、そう思われるのも無理はないでしょう」
きつい表情で睨む凛に、さも余裕そうに返すレオ。
「そしてお久しぶりです。こうしてお話しするのは初めてですね」
そして突如その微笑みがこちらへ向く。同時に凛の険しい顔もこちらを向く。
「改めて紹介を。レオナルド・B・ハーウェイです。気軽にレオと呼んでください」
――岸波、白野です。
自分より明らかに低い年だと分かるのに、思わず敬語を使ってしまう。
しかし、自分とレオは同じクラスだったが、そこまで仲が良かったわけでもなく、話をすることも碌に無かったわけだというのに、どうも他の者よりやけに親しげな気がする。
「僕は予選の時、あなたはきっと本戦まで来ると思っていました」
……そのセリフは冗談かと思ったが、レオの瞳にそんな色は微塵もない。どうやら彼は本気で自分が本戦まで来ると思っていたらしい。本来の予選がどういったものか知らないが、自分は予選ですら一度、死にかけた身だ。単なる買い被りに過ぎない、と返す。
「そうかもしれませんね。でもあなたは実際、ここまでやって来た。――その少女を連れて」
そこでレオはこの空気の中、ただ一人無関心に座っていた式を見つめ、式がうっとおしそうに顔を逸らす。レオはそれを気にした様子もなく、ただ興味深げに俯瞰する。
「ふふ、どういった経緯で契約したのか知りませんが、よく彼女をサーヴァントに出来ましたね。彼女はおおよそのサーヴァントを上回る力を備えていますよ」
レオは式の力を見抜いているのか、あるいは知っていたのか。とにかく、やはりレオは明らかに別格だ。西欧財閥が、聖杯戦争を危険だと知っていながらもレオを送ったのは、彼が跳び抜けて強いから、心配など無用だと分かっていたからだろう。
傍らの白い騎士も、こうして傍にいると、太陽のような絶対的な力を持っていることを感じる。それは自分だけではなく、凛も、周りの者達も冷や汗をかくほどに。
「ああ、そうでした。ガウェイン、紹介を」
「はっ、従者のガウェインと申します。以後、お見知りおきを。どうか、我が主の良き好敵手であらんことを」
背後で佇むガウェインに僅かに視線を送り、ガウェインに一切の淀みなく、真名を堂々と名乗らせる。真名を明かして見せたその行為に呆気にとられている間にも、ガウェインは涼やかな笑みと共に頭を下げた。
そして自分は、そのあまりにも自然な動作につられて、名前を告げて頭を下げるという、ずれた行為をしてしまう。周りは自分の行動に呆れるが、かわりに空気が和んだ。
……いかに素人の自分でも、いまの行為の危うさは見て取れる。明かすものは全て明かし、その上で小細工することなく勝つという自信なのだろう。たいそうな自信ではあるが、レオにはそれが可能なのだと、理性ではなく、本能で理解できてしまう。
「真名まで名乗るだなんて……随分と余裕じゃない……。いいわ、地上での借り、利子つけて纏めて天上で返してあげるわっ!」
「では、その時を楽しみにしています」
そういい、変わらぬ笑みを浮かべてレオは背を向け去っていった。いつの間にか静寂に満たされていた食堂は、再びざわめき始める者とマイルームに戻り対策を立てたり、アリーナで鍛えようとする者に別れた。
前者は単純にレオの行為に対する感想を述べ合い、後者はレオとガウェインという圧倒的な存在に少しでも並ぶために力を尽くすものだ。レオという存在は、一瞬でこの場にいる全員の心をとらえてしまったのだ。
自分と式は例外的に、そのまま食事を。そして凛は残った焼きそばパンを一口で食べると席を立つ。
「私はそろそろ行くわ。あなたたちもこの後アリーナで鍛錬? がんばってね」
――ああ、凛も気を付けてね。
「ええ、言われなくても。って、そういえば私、あなたに名前教えたっけ?」
あ……、そういえば、凛自身から名前を聞いていなかったし、こちらも名乗ってなかったはずだ。どうにも自分は名乗られなければ、名前を言うのも聞くのも忘れてしまう癖がある。改めて、岸波白野、と自己紹介する。
一応式の名前も教える。勝手に紹介したからか、ジト目で睨まれたが気にしない。
「私は遠坂凛。そっちが名前呼びなら、こっちも白野、式って呼ばせてもらうね。それじゃあまた明日」
こちらに和やかな笑みと手を振って凛が髪を靡かせながら、階段を上がっていった。
……名前呼びは、慎二は普通に呼んでたし、式は名字で呼ばれることを嫌がるし、青子さんと橙子さんは、名前で呼んだら怒りそうだ。
しかしいま思うとそれはかなり失礼だったかもしれない。今後、気を付けなければならないことだと、胸にしかと刻み付ける。
「その前に、早く食べてくださいね」
……既に完食し終え、のんびりと緑茶を飲む式に急かされる。力なく返事をして、箸を早めに進める。そして漬物をポリポリと噛みんでいると、ふと思った。
――鮎が一匹消えてる気がする。
「気のせいよ」
……釈然としない気持ちもあるが、まあ気にしないこととしよう。その方が色々救われる。
※※※
食事を終えたあと、アリーナへと突入した。食べてすぐなので自分は少し胃がもたれるが、式はそんな心配はなさそうだ。
「へえ、今日はあの慎二ってやつがいるぜ」
昨日同様、アリーナに入ると式の様子が変化する。それに合わせて距離感がやや縮まる。おそらく多重人格、または自己催眠なのだろう。ナイフを片手に闊歩する式の隣りに立つ。
慎二がいる、ということは同時に彼のサーヴァントもいるのだろう。できれば戦いたくないが、そうも言っていられないのかもしれない。
ひたすらに真っ直ぐに歩いていると、ちょうど昨日自分たちが引き返した地点に、慎二が道をふさぐように立っていた。そしてその隣りに、見知らぬ女性が立っている。
大きく開かれた胸元と、額から頬にかける傷が特徴的な、ワインレッドのコートと腰まで伸びた赤みがかかった髪の女性。おそらく、慎二のサーヴァントだろう。放つ気配が人間のそれとは大きく違う。
「随分と遅かったじゃないか、岸波。お前たちがあんまりモタモタしてるから、こっちはもう
慎二はこちらを確認すると、得意げに笑い自分の端末をこちらに見せてくる。画面いっぱいに表示されたページには、左に緑に輝くデータ媒体のような物が、右にはその媒体と同じ大きさのくぼみがあった。おそらく左の物がトリガーなのだろう。
「ま、これも才能の差ってやつだからね。お前達みたいな凡俗はしょうがないし、気にしなくてもいいさ」
「飯食ってたから遅れただけなんだけどな……」
慎二の語りに、面倒くさそうに式が反論する。しかし慎二には聞こえてなかったらしく、自慢げな表情でさらに言葉を紡ぐ。
「ついでに僕のサーヴァントも見してあげるよ。どうせ勝てないだろうし、トリガーを手に入れられないなら、どうせゲームオーバーになるんだし、同じことだろ? 蜂の巣にしちゃってよ、遠慮なくさ!」
慎二がサーヴァントに指示を出すよう、腕を勢い良く振るうと、傍らのサーヴァントが前に出る。その仕草に戦闘かと思い、思わず身構える。
「なんだ、やっちゃっていいのかい? 今の会話はやけに楽しそうに見えたんだがねえ。ほら、うちのマスターはご覧のとおり、人間付き合いがヘッタクソでね。坊やとは、珍しく意気投合してたから平和的解決もありかなと思ってたんだがねえ」
「な、何勝手に僕を分析しているんだよ! あいつはタダのライバル! さっさとやっつけちまえよ!」
「……アホらしい」
……どうにもコントみたいな展開になり、思わず式も自分も呆れてしまう。しかし彼女、慎二の特徴をずばりと見ぬいているな。そういう才があったのか、あるいは人を率いる立場にあったのだろう。こうなると自慢の慎二節も形無しだ。
「素直じゃないねえ。ま、自称親友を叩きのめす性根の悪さはアタシ好みだ。いい悪党っぷりだよ慎二! 報酬はたっぷり用意しておきなよ!」
高らかに吠えると彼女は両手にクラシックな拳銃を携え、こちらへ迫ってきた!
「チッ――」
そしてすかさず式も走る。と、同時に、
『――アリーナ内での戦闘行為は禁止されています。ただちに戦闘行動を終了してください――アリーナ内での……』
空間が赤く染まり、あたりに警告音が響き渡る。どうやら、すぐには対応されないらしい。
――しばらく保たせてくれ! 式!
「さっさとやっつけちまえ!」
※※※
「チッ――」
慎二のサーヴァントがこちらへ迫ると同時に、式が地を蹴る。慎二のサーヴァントは銃という武器があるにも関わらず、迫る式に全く撃つ気配がない。どうにも舐められているようだ。
「――貰った!」
式が肉薄すると同時に、慎二のサーヴァントの首元目がけてナイフを一閃。流れるような動きで放たれる鋭い一撃。やはり技量に関しては式は十分並び立っていることが分かる。
「おっと、危ないねぇ」
しかし慎二のサーヴァントは、その一撃を事も無げに銃で止めて見せた。大部分が木製にできており、受け止めるには頼りなく感じるが、壊れる気配はなくそのまま鍔迫り合いをする。
「なかなかの速さだねえ。でもまだ遅い!」
「クッ――」
「式!」
鍔迫り合いは式が押され、ついに慎二のサーヴァントにより弾かれるように飛ばされる。
「倍返しさあ!」
そして両手の銃から5発の銃弾が放たれる。しかし狙いは散漫であり、式はうち3発をナイフで切り捨てて、残りの2発は全身を捩じるように駆け、紙一重で回避し、再び距離を詰めようと突き進む。前進すると同時に避けるという、二つの動作を同時にこなしたことに一瞬驚くが、
「そいつは迂闊さね!」
すぐさま慎二のサーヴァントが地を駆ける式に右手の銃を向ける。本来あのタイプの銃は一発撃つごとに装填が必要なはずだが、そのような仕草は全く見られない。
「迂闊なのは、お前だよ!」
式が帯に隠したナイフを取り出し、それを銃口目掛けて投げつける。銃撃にも劣らぬ速さで飛んでいったナイフは、僅かに苦い顔をした慎二のサーヴァントにより撃ち落されるが、その時には既に式が距離を詰めており、構えていた。
「壱!」
勢いを落とさず、低い姿勢から足を切り落とすように一太刀。
「弐の!」
そして続けて袈裟切り。左肩から右脇腹にかけてさらに一太刀。
「参! 双ね鐘楼!」
最後に切り上げる一閃。一瞬に叩き込まれた三種の斬撃に、慎二のサーヴァントの身体が僅かに跳ねる。
「なっ!?」
外野から見ている慎二が息を呑む。かくいう自分は、その流れるような三連撃に思わず見惚れそうだった。
しかし当の式自身は、先程の慎二のサーヴァント同様、苦い顔をして舌打ちをこぼす。
「やってくれるねえ! そうこなくちゃこっちもつまらないってもんさ!」
ヒットする直前、僅かに身を引いたのかほとんどダメージが無い慎二のサーヴァントは、地に足を力強く叩き付けて体勢を立て直し、式目掛けて銃を乱射する。しかも先ほどとは違い、全ての狙いが精確だ。
「糞……ッ! さっきと全然違う……ッ!」
さすがの式も、ナイフ一本では防ぎきれず、前転をするように右後方に逃げる。ただ距離が距離だけに、全弾避けることはできず、幾つかの弾が着物を裂き式を打ち据える。
「読んでたさね!」
「何っ!?」
すぐさま立ち上がると、ナイフを手に振り下ろされた拳銃を止めるが、あまりの膂力に体勢を崩してしまう。受け止めた銃口は式の頭部を狙うように向けられ、額目がけて発砲される。何とか首を捻ることで、式は額を少し裂く程度で済んだが、
「藻屑と消えな!」
胸部に強烈な蹴りを決められ、大きく飛ばされる。そして宙に浮かぶ式に銃口を向け、
『―――最終警告です。アリーナ内での戦闘は禁止されています。ただちに戦闘行動を終了してください。最終警告です。アリーナ内での―――』
「……やれやれ、もう少しだったんだけどね」
嘆息しながら、下ろす。幸い、最後の一撃はなかった。
※※※
「アハハハハ!! これが僕の力だ! 格の違いが分かっただろう!」
蹴り飛ばされた式を受け止め、ゆっくり下すと式は膝をつき咳き込む。その中には僅かであるが、血も混ざっていた。
「これで僕には勝てないってわかっただろ。お前たちは精々ゴミのように這い蹲ってればいいのさ! なんなら、泣いて頼めば、子分にしてやってもいいぜ?」
余裕そうな表情で慎二が、こちらを見下すようにあざ笑う。
……確かに今の自分達では、慎二には歯が立たない。だが、勝ち目がないというわけではない。
「はあ? どの口でほざいてるわけ? まさか気持ちじゃ負けてないとか、そんなつまらないこと言わないよね」
そんなあやふやな物ではない。まず、いまの戦いで分かったこと。
――慎二のサーヴァントの武器。あの銃はたしかマッチロック式という、十五世紀から十七世紀ごろまでに使われていた銃だ。火縄の類は連射できないのが普通だが、間違いない。飛び道具ではあるが、遠距離戦闘を主としたアーチャーではないだろう。
「それに、お前のサーヴァントの動きは、比較的不安定な場所での戦闘に、特化したものだろ……。おそらく、馬上か戦車か、船か。何にしろ、お前のクラスはライダー、だ……」
式も、せき込みながらも見解を述べる。言葉を並べるうちに、慎二の顔に焦りが生まれる。対して傍らの女性は感心したように面白そうな笑みを浮かべる。当たっていると思われ、さらに言葉を続ける。
――しかし、戦場を駆ける戦士ならば、絶対ではないが大抵、鎧を着こむはずだ。しかし彼女にはそう言ったものは一切ない! むしろ重いものをつけていないことから、彼女は船での戦闘を主とした者だ!
言い切った後、慎二は顔を青ざめ、悔しそうな表情をする。やはり今の仮説は当たっていたらしい。
「ハハハハハ! 見事に当てられちまったじゃないか慎二ィ!! あんたの親友はえらく優秀じゃないか!」
そして対照的に、慎二の肩を乱暴そうに叩きながらこちらを称賛するのはライダー。自分の情報を知られたというのに、焦った様子はない。
「う、うるさい! あ、あれは……、あれは……そう! あれはわざと教えてやったんだよ! あの程度も分からないんじゃ、僕の相手に相応しくないからね!」
怒鳴り散らすように、慎二が言い訳をするが未だに顔色は悪いままだ。
「しかしやるねえアンタたち。まさかいまの戦闘でそこまで見抜かれるとは思ってもなかったよ」
「ふん、本気出してなかったくせに、よくいうぜ」
式のそのセリフに驚愕する。先ほどだって式を圧倒していたのに、あれでまだ全力ではないのか!
……いや、むしろ当然なのだろう。式のステータスは全てEなんだ。自力で圧倒されるのは、しょうがない。
「な、お前どういうことだよお前!? 僕は倒せっていったんだぞ!」
「落ち着きなよ慎二。ただここで簡単に倒しちゃあつまらないだろ。ここで倒しちまったらあとの五日間、何するのさ」
「……チッ、まあいい。だけど今度からはしっかりやってもらうからな」
「当然さ。アタシは副官、アンタが船長。命令には従うよ。航海じゃあ一人のバカで全員が死にかけることもあるからねえ」
鼻を鳴らしやるせない趣きの慎二が、端末から何かを取り出し、消える。一瞬、転移かと思ったが、話の流れを考えるに、おそらくは離脱したのだろう。慎二たちはすでにトリガーを手に入れた。ならここに残る意味はない。
――と、いまはそんなことより式を!
端末を操作して急いでエーテルの欠片を使用する。儚い光を帯びた粒子が額など、式の傷口へ吸い込まれ、欠けたデータを埋めていく。同時に赤く染まったり、先端部分が乱れた着物も修復されていく。
「……ありがとう」
回復が終わると、やや素っ気ない返事を返して立ち上がろうとする式に手を差し伸べる。だがそれを式は、一度取ろうとしたが頭を振って自分の力で立ち上がる。
顔を背ける際、どこか戸惑ったような顔を見せた式が気になり、どうしたのか聞いてみるが、
「いや……なんでもない。不甲斐ない所見せちまったな」
と、答えるだけ。どうも自分では頼りにならないのだろうか。仕方なく、式自身の問題ならば任せよう、と自分を納得させる。実際、自分は怒らせてばかりだし。
結局その日は、いくつかのエネミーを倒した後、礼装とトリガー、そしてなぜか竹刀を入手して帰還した。マイルームには、頼んだ布団がしっかりと届いていた。
※※※
頭痛は止んだ。死線は消せた。自己は戻った。織が消えた穴も埋めれた。
だけど……生の実感だけが戻らなかった。
まるで宙を浮かぶ、死んでいながら現世に留まる亡霊のように、生と死が定まらない。
きっとこの世界が、場所が現世でありながら仮想という胡乱気な境界線上になりたっているからだろう。
会話をしても変わらない。本を読んでも響かない。食事もおいしいけど、所詮データがお腹に入るだけ。寝ても覚めても気分はいつも夢の中。
でもようやく、私は生の実感を得れた。あの女、ライダーと戦っているとき、私は確かに自分の生を感じ取れた。それは道中の弱いエネミーでは感じられなかった。
つまり、私は自分の命を瀬戸際に追いやること――殺し合いで初めて生きている実感を感じ取れるということ。
それは所謂――殺人嗜好。
織がいないのに私がそれを感じているということは、それが私自身のものだからだろう。本来その衝動を受け持つ織がいなくなって、私がいままで織が押さえつけていた分も受け持つようになっただけ、ということもありえる。
だけどそんな
認めるしかない。殺人を嗜好していたのは、織ではなく式であると。
織はただ、それしか知らなかっただけだと。
私は、殺し合いを望んでいると。
……どうやら戦う理由が、また一つ増えた。
幸いにも――あるいは不幸にも――ここでは戦う相手には困らない。
※※※
マトリクスレベル:1
現資金:832PPT
ライダーの武器に関しては作中の説明通り、十五世紀から十七世紀にかけて使われたのがマッチロック式なので、その時代に生きた彼女もきっとそうなのだと。
船上じゃ使えねえだろ、とかその辺りは気にしないように。
[星の開拓者]パゥワですよきっと。
感想・評価お気軽にどうぞ!