犬ハサついにアニメになりましたね。そして魔王さま終わりましたね。残念です。
犬ハサは個人的には初見者を置いてけぼりにしてる感じがしてましたが、まあ今後に期待しますか。
――シンと静まりきった空間に、無機質な電子音が響く。深い微睡の中にいた自分の意識は無理やり引き上げられ、気だるい体を必死に動かし、騒がしく鳴り響く不快な端末を掴んで内容を確かめる。
『改造の準備ができた。十時ごろには始められるから来るように』
メッセージは橙子さんからの、メールだった。教えた覚えがないのに、どうやって自分の端末にメールを送れたのだろうか。あと完璧に改造って言ったよ。
改造という言葉に、思わずノコギリのような回転刃に、猛回転するドリルがあってしかもその先に動けないように固定された自分がいる光景を想ってしまい、思わず身の毛がよだつ。
だがやめるわけにはいかない。せっかく用意してもらった、ということもあるが元々志願したのは自分だし、これから戦うためにも必要なことだ。
聖杯戦争はトーナメント、参加者は128人。なら優勝するためには7回戦わなければならないのだ。そしてトーナメントである以上、勝ち抜くごとに相手は強くなる。だからいつまでも
「ええ、そうね……。勝手に巻き込まれて、勝手に死ぬなんてまっぴらだし、何よりあれに負けるのだけは我慢ならないわ……」
式が気だるげな声で賛同の意を示す。先ほどの電子音で起きたらしく、寝起きで意識がはっきりしていないのか……着物がはだけてて、その……、エロイです……。その色気に、思わず頭がくらくらしてしまう。
白い起伏がはだけた胸元から僅かに見えて、横臥していたため艶めかしいしなを作っており、誘っているようにも見えなくはない。これ以上見ていると、自分の理性が本能に負けてしまいそうなので、小さく咳払いをして紅潮した顔を隠すように背を向ける。
と、向いた先にはちょうど時計があり、短針は文字盤の8の字を示していた。個人的にはまだ六時程度だろうと思って居たため、結構意外だった。やや遅いが、朝食をとるにはいい時間だろう。
※※※
そして相も変わらず式はトマトサンドを、自分はミネラルウォーターを買う。いつも同じものを選んでいるので、トマトサンドが好きなのかと聞いてみると、
「別にそんなわけじゃないけど、他のよりは美味しいと思うから買ってるだけ」
それを好きっていうんじゃないかな?
「……それならあなたはどうなのよ。この前も昨日も、ミネラルウォーターばかりじゃない。好きじゃないけど、他に比べれば何となく美味しいと思うから買ってるだけでしょ?」
むう……確かに。自分だって50PPTで買えるのならミネラルウォーターではなく、もっと美味しいものが食べたい。特にそれまでの記憶がない自分にとって食事というのは、数少ない趣味と言ってもいいレベルだからね。
「そう? 意外ね、てっきり欲とか薄そうに見えたけど」
それは買い被りすぎだよ。自分だって人間だからね、人並み程度には欲もあるさ。
「人並み、ねえ……。欲はあるけど執着がないってことかしら……」
え?
「いえ、なんでもないわ」
そこで話を切って目の前の扉を開けると花壇に出る。
様々な種類の花々が咲き誇っており、中央には噴水が置かれている。凝った造りはしていない、公園にありそうな風景だ。
端末で時刻を確かめると九時四五分。少しばかり早いが、待ち合わせにはちょうどいいかもしれない。そう思い少し歩みを進めると、先ほどまで噴水の水のせいで見えなかった向こう側で一人の少女がベンチに座っていた。
藤色の長い髪をした、自分と同じくらいの年の少女。服装は制服ではあるが、月海原のものではなく、黒い礼服に制服としての機能性を申し訳程度に持たせた感じの衣装で、どこか尼僧服を思わせる。そんな衣装も相まって清潔な印象を想わせるが、その表情には感情がなく、自分にはどこか強がっているように見えた。
不意に視線を下げてみれば、彼女のくるぶしのあたりがひどく腫れ上がっていた。その腫れ上がれ方はひどく、見ているこっちの方が痛くなりそうで、どれだけ危険な状態かが素人の自分でも分かってしまう。
そして、そんなものを抱えながら、彼女の端整な顔立ちは微塵も乱れておらず、発汗もない。これはもはや我慢強いとかで済まされるものではない。おそらく、何らかの疾患で感覚を失っているのかもしれない。歩こうとしないのは腫れ上がったくるぶしをこれ以上酷使するべきではないと、気付いているのだろう。見てられず、彼女の元へ行こうとすると、
「待って」
式に肩を掴まれ、動きが止まる。それも全身を見えない力で押さえつけられているように、ピクリとも動かない。
「あれは異常よ。迂闊に近づかない方がいい」
かろうじて動く首を回して、式の顔を見る。きつくこちらを睨む彼女の瞳が、冗談ではないと如実に告げていた。
……自分より、何倍も強い式がそういうなら、きっと彼女は危険なのだろう。しかし、自分にはとてもそのようには見えないし思えない。それは単に自分が無知で弱いからかもしれないが、それでもあの少女を放っておけなかった。
式にごめん、と告げて一歩踏み出す。全身を縛っていた何かはいつの間にか消えていた。再び振り向いて見れば、式は手を放しており、飽きれたのか怒ったのか、そっぽを向いていた。
――ありがとう、式。
※※※
『マスター、立たぬならわしが運ぼうか?』
(結構です)
足をくじいた私を心配して、サーヴァントが手を貸そうとして来るが、それをにべもなく拒絶する。この程度のことで、サーヴァントの姿は晒したくないし、そんな目立つこともしたくない。
別に、無痛症の私は歩くことができないわけでは無い。痛みを感じないのだから。実際、先ほどまでは普通に歩いていた。今それをしないのは、脹れ上がったくるぶしがこれ以上は取り返しのつかないことになる、と訴えていたからだ。
マスターの身体は、サーヴァントとは違いアイテムや礼装によるコードキャストで治るわけでは無いらしい。ムーンセルは本当に、無駄なところに凝る。
仕方ないので私は誰にも気づかれないよう、ベンチに座って何事もないように振る舞う。きっと親切な人は私の足を見れば『痛くないの?』『痛まないの?』『痛いと思えないの?』などと言ってくるのだろう。そんな普通の感覚を持っている人の、無神経な心配なんて私は聞きたくなかった。なので私は決して悟られぬよう、ただじっと正面を見据えて休んでいるように振る舞う。
『やれやれ……、意固地よのお』
サーヴァントが呆れた様子でため息をつく。霊体の癖に。器用なことだ。
「――大丈夫?」
そんな時、一人の男性が私に話しかけてきた。
いつの間にか、当たり前のように視界に入っており、こちらにそう話しかけてくる男性は、むしろこちらが大丈夫かと聞きたいほどに沈痛な面持ちだった。
あまりにも気配が希薄なので、一瞬NPCかと思ってしまうが、NPCは基本役割以外のことはしてくれないので、必然的にこの人はマスターということになる。しかし殺し合いの場であるこの聖杯戦争で他人を助ける意味が分からない。
何か裏があるのでは、という考えもあったが、それ以前に私は見つからないようにしていた足の傷を見つけられたことと、来てほしくなかった親切な人がやってきたことに苛立ちを覚え、「気にしないでください」と語調を荒げてそっけなく突き返す。
しかし彼はそれを聞くと一層、顔を曇らせる。
だから、なぜあなたがそんな顔をするのか。尋ねてみようと思ったが、次の瞬間感じた浮遊感で、そんな考えは一気に吹っ飛んだ。
彼は私を、背と膝を手で支えるように持ち上げた。有り体に言ってしまえば、お姫様抱っこというものだ。唐突過ぎるその行動に、私は驚きの声を上げる。思わずその腕から逃れようと身を揺らし、きつい口調で一言、何か言ってやろうと口を開く。
「傷は耐えるものじゃなく、痛みは訴えるもの。それが普通だよ。――だから君は、泣いていいんだ。叫んでいいんだ」
――その一言で、私が言おうと思っていたことはすべて、消えてしまった。開いていた口は言葉を失い徐々に閉じていき、揺らしていた身体はやがて彼が歩むリズムに合わせて心地よく揺れる。
彼はしばし呆然としていた私に、柔和な笑みを向ける。
その笑みを見て、ふと私は昔を思い出した。
幼い頃、ちっちゃな料理道具のおもちゃの中に、ひとつだけ本物が混じっていた時があった。綺麗に拵えられたそれを私は小さな両手で握りしめており、指を深く、深く切り裂いていた。母さまはそんな私を見咎めると、私を叱りつけて、泣き出して、最後に私を優しく抱いてくれた。
痛かったでしょう、と母さまは言ってくれた。でも私はそんなわけの分からない言葉より、母さまが優しく抱きしめてくれたことが嬉しくて、母さまと一緒に泣きだした。
――そんな、遠い昔の事を、藤乃は思い出しだました。
気が付くと、いつの間にか藤乃は泣いていました。恥も外聞もなく、嗚咽を洩らし、両の手で涙を拭っていました。彼はそんな私に何も言わず、ただ優しく抱いてくれて、それがとっても嬉しくてどんどん涙が、止め処なく溢れてしまいました。
※※※
「では後のことは任せてください、先輩」
桜の笑顔と言葉を受け止めて、保健室から出る。
途中で泣き疲れて眠ってしまった彼女を保健室へ運び、桜に治癒を頼んだところだ。やはり彼女のくるぶしの腫れは結構なもので、桜は寝てる彼女に苦言を呈していた。幸い、今の自分たちは霊子で構成された肉体なので、地上のように生涯後を引いたりするような物にはならないらしい。
胸を撫で下ろしながら、不貞腐れているであろう式の元へ戻ろうと、再び花壇へ向かおうとする。
「――待て」
そして扉に手をかける寸前、自分の背後に一人の男が現れる。
灰色の質素な武道服を着て黒いコートを肩にかけた初老の男性。しかしその身が持つ威厳と、幾つもの修羅場をくぐってきたであろうその鋭い視線が、只者ではないと如実に示している。そのどう猛にも思える視線がこちらに向くと、思わず全身がビクリと跳ねる。
おそらく、いや確実にサーヴァントだろう。存在感こそ強いものの、荒々しい闘気などは感じないから、戦いに来たというわけでは無いだろうが、いったいなぜ?
「礼をいう」
そういうと、初老の男性は右拳を左手で包み、ペコリと一礼してみせた。
これは確か……包拳礼。右拳の『武』を左手の『文』で包む、友好を示す礼だ。
しかしいきなり礼といわれても……。きっと先ほどの少女のことなのだろう。
自分は当たり前のことをしただけで、感謝されるほどのことではない、と告げる。
「ふっ、当たり前、か……。随分と徳高い男だな」
僅かに目元を緩めて、彼は温かみのある笑みを浮かべる。その容姿から思わずマフィアをイメージしていたが、そんな人物像は一瞬で
しかし、今度は徳高いと来たか……。自分としては本当に当たり前のことをしているにすぎないのだが、何故ここまで過大評価されるのだろうか。照れよりも困惑のほうが多くなってくる。
「そうか。自覚なしときたか。言い直そう、愉快な男だな」
そういいさらに笑みを深めて、男はそう語る。評価が上がったのか、下がったのか、微妙なところである。温和な口調から察するに前者だと思いたい。
初老の男性はそこでさて、と咳を一つ零して改めてこちらと向き合う。
「繰り返して礼を述べる。我がマスター――浅上藤乃のあれは重傷だった」
あれ、というのは決してくじいた足ではない、彼女の疾患のことに違いない。先天性か後天性かは不明だが、おそらくは無痛症。読んで字の如く、痛みを感じない病だ。
痛み、というのは人体が発する危険信号だ。それがないということは、自分の限界が分からないということだ。だから自分の身体がどれだけ痛みを訴えても気づけない。今回は見れば分かるので良かったが、これが内臓が訴える痛みだと自覚症状もないため、最後まで気付かず、手遅れになる可能性もある。その手のことは本来専門医がみえることだが、月の中では到底望めない。桜がいてくれて、本当によかったと思う。
それに、汗もかかないため、体温調整ができず運動などもできないため、結果的に全身の運動能力はほとんどなく、本当にいざという時に自分だけではどうにもできないこともある。
彼女は、浅上藤乃はそんなものを抱えて今まで生きていたんだ。
その半生の苦悩は、自分には分かるなど口が裂けても言えない。
「しかしお主のおかげであ奴は救われた。僅かと言えど苦悩は晴れた」
穏やかに語る彼の表情は、まるで子を見守る親のようだった。
それを微笑ましいと思うと同時に、分かっていながら何もしなかったこのサーヴァントに、ついつい苛立ちに似た感情が湧いて来てしまう。
「しょうがなかろう。わしとてどうにかしたかったが袖にされてばかりでな。生前そんなことにはとことん縁が無かったこともあるが、なによりわしは壊すことしか出来ん」
そんな自分の内心を見透かしたのか、すぐさま言い分を告げてくる。同時に歪ませた顔が口惜しいと彼の感情を代弁するように語る。
しかし自分としてそれだけでは納得できない。何しろここは月の海。彼女にとって仲間だと言えるのはサーヴァントたる彼しかいないのだから。押し付けがましい考えだが、サーヴァントならもっとマスターのことを考えるべきだと思う。
「……そんなこと、百も承知よ。だが、時々でもいい。藤乃とばったり会うことがあれば気軽に話してやってくれ」
最後にそう言い残して姿を消す。無論自分とてそのつもり。無自覚に握りしめていた拳を顔の前に持っていき、固く誓う。
そうしていると、端末が鳴り響く。煩わしく思いながらも端末を手に取り、端末の右上の時刻を見て度肝を抜かれた。
※※※
「おそい」
待っていたのは、如何にも『不機嫌だ』と言わん顔をする橙子さんと、こちらに片手をひらひらと振ってくる青子さんと、隅っこでいじけている式。どうやら先に行っていたらしい。
斯言う自分は、入ると同時に考えるより早く、青筋を立てる橙子さんの前で土下座し、平謝りに徹している。今の橙子さんは正直、並大抵のサーヴァントなら倒せるのでは、と思うくらい鬼気迫っている。下手なことをしてBADENDを迎えるよりただひたすらに謝り続けるのが最善と見た。
実際、すべての非は自分にある。現在の時刻は十時半、待ち合わせは十時。完璧に遅刻だ。
「何か申し開きは?」
――ありません。すべては我が不徳が致したこと。
あまりの恐怖にやや古風な言い回しとなる。ガクガクと震わせながらも、日本人だからかな、とのん気な自分がいたことに驚いた。
「……もういい。顔を挙げろ」
出された許可に、わが耳を疑い、ゆっくりと顔を上げていく。そんな自分を橙子さんはやれやれと言わんばかりに嘆息しながらタバコの煙を吐きだす。
「式からは話は聞いていたからな。ただ遅くなるなら先に伝えろ。メールができるだろ。最終調整を行うからそこで待ってろ」
まったく、と言葉を零してそっぽを向いて、中空にホロウィンドウを出し、目にもとまらぬ速さで――ていうか、キーボードすら押すことなく――画面を文字列で埋めていく。
逃れられたことに安堵し、同時に長椅子が元の正常な形で存在していることに気付く。軽く触って小突いてみても壊れる様子が無い。
青子さんがこちらにピースサインを送って誇っているので、とりあえず称賛の笑みを返しておいた。一昨日とはあまりにも出来が違う。橙子さんのセリフで忘れていたが、青子さんもムーンセルにいて、かつ改造アバターを使っているのだから魔術師としての腕前はかなり高いのだろう。……まあ、破壊方面に偏っているのだろうが。
最終調整とやらでもう少し時間がかかりそうなので、隅に座る式の方へ行く。思い出せばあの後、放置してしまったし。自分の気の回らなさには自分でもつい飽きれてしまう。これでは彼女、藤乃のサーヴァントを怒れない。
傍まで近づいてみるが、式は無表情で佇んでいる。
……怒らせて、しまっただろうか。
「怒ってはいません。ただ呆れただけです」
嘘じゃないと言わんばかりに、こちらを蔑むように嘆息する。確かに式の助言を無視してしまったことには、反省しているが……。
「そうではありません。彼女もマスター、つまりは敵です。態々助ける意味なんてありません」
こちらに詰め寄り、断固たる口調で訴える式。やはり本当は怒っているのか、いつもに比べて行動が大胆で、口調が丁寧だ。
確かに、式の意見も間違っていない。
相手はいずれ必ず戦う、あるいは倒れることになるマスターなのだから。手を貸して得することなどなく、むしろ付け込まれる可能性すらあるだろう。特にアサシンみたいな[気配遮断]を持ち合わせたサーヴァントなら、あり得る話だ。
「だったら……っ!」
だが、そんなことで助けない理由にはならない。困っている人を助けるのは、少なくとも自分にとっては当たり前の行動なのだから。
「……っ! そうですか……、分かりました」
式は身を翻してこちらに背を向ける。
……ああ、またやってしまった。またしてもやってしまった自分の愚かな行いに、呆れてしまう。ばつが悪い思いになってしまい、結局何も声を掛けれずに、ただ時間だけが無為に過ぎていった。
「出来た。ほら、始めるぞ」
そうして呆然としていた自分は橙子さんに呼ばれるがままについていき――本気で後悔した。
まさか、本当に回転ノコギリやドリルがあるとは思わなかった。
……かゆ、うま。
※※※
改造も終えて夕方、校舎へ戻る。
麻酔のおかげで術中は意識も痛みは無かったけど、逆に何があったのか全く分からなくて怖い。しかし処置自体はしっかり出来たようで、自分の魔力が効率よく式に流れていくのをはっきりと感じ取れるようになった。
式自身、かなり良くなったと言っていたし。少なくとも損は無かった。
……うん、なかったんだ。そう思え自分。
「あれぇ? こんなところで合うなんて奇遇だねえ」
不意に聞こえた声に、伏せていた顔を上げると、ちょうど慎二が階段の前にいた。
いつもどおり胸元をはだけさせ、余裕綽々と言った表情を浮かべている。相変わらずだな、と思いながらやあ、と返す。
「もしかして、これから図書室に行くつもりだったのかい? ま、情報収集と言ったらそこしかないしね」
……別にそんなつもりは無かったのだが、水を差すのもあれなので黙っていると、図星を付いたと思った慎二はさらに上機嫌になる。
……なんか、デジャブってね?
「ところで、めぼしい本が見つからないみたいだね。残念ながら、既に対策済みさ。あの海賊女に関連する本は既にアリーナに隠ぺい済みだよ! 最弱マスターの君に見つけられるかな? 精々頑張ってくれよ」
そう言って高笑いを残して慎二は去っていった。
……式。
「……何?」
……今のって、要するに『僕のサーヴァントの情報はアリーナにあるよ!』って言うことだよね。
「そう、よね……。しかも海賊女、って……」
確か、この前調べた中に海賊がいたよね。
「ええ、たしか……フランシス・ドレイクとその従兄弟のジョン・ホーキンスの2人ね」
後には沈黙。周囲のNPCも、他のマスターも静まり返っている。各々立場も役割も対戦相手も違うが、それでも慎二の犯した失態に思うことは一緒なのだろう。すなわち、
(((((こいつ、超チョロい……)))))
とりあえず、礼装をいくつか装備してアリーナへ向かうとしよう。慎二の事だからまともな場所には隠していないだろうから、きっと長丁場になる。
とりあえず得た装備を端末から出す。鳳凰のマフラーと竹刀。いまいち使い方が分からないが、マフラーは首に巻いて、竹刀は……腰に差すのか? それとも持つのか?
などと四苦八苦していると、
「あー! それ私の竹刀!」
聞こえた虎の咆哮のような声に振り返ると、藤村先生(タイガー)が煙を出しながら、こちらに捕食体勢で向かってきてる――ッ!!
「返せぇぇぇえ!!」
ぬおお!?
あまりの恐怖につい握っていた竹刀を振り下ろす。竹刀はスパンと、良い音を立ててタイガーの頭頂部に叩き付けられた。
※※※
「なるほど……。つまりあなたたちが竹刀を盗んだんじゃなくて、アリーナに紛れていたのね」
――イエスマム。
衆人観衆の中、正座で藤村先生の説教を受けながら釈明をする。時々すれ違う人がこちらを見ては含み笑いを零していくので恥ずかしい。それに床が固いので膝が痛い。
そして式はそんな自分を放置して、離れたところから他人のふりをして自販機で買った『ヘイ! お茶!』を飲んでいる。恨みがましく睨んでみるが、式はどこ吹く風と流して知らんぷり。
「じゃあ盗んだことは無罪。で、これから本題なんだけど」
まだ続くの!? もう三十分は経っているよ!?
おのれタイガー、野生に帰っていた状態とはいえ、よほど面を決められたことが気に食わないと見た。こちらとしては途中で端末が鳴ったので内容を確かめたいのだが。
「とりあえず、先生に面を決めた罰として、みかんを持ってきなさい!」
みかん? みかんとは、あのオレンジ色の食べ物のことだろうか。
「いやそれ以外に何があるのよ。とにかく先生みかん食べたくなったから持ってきて。多分アリーナにあるでしょ」
アリーナを四次元ポケットかなにかと勘違いしてないか? ていうか藤村先生、NPCってマスターのサポートが主な職務では……。もしや先生、自我を取り戻してませんか?
「いいからつべこべ言わず行ってこーい!」
な、なにをするきさまー!
「ちょ、ちょっと!?」
おもむろにマフラーを掴み、その細腕には似合わぬ腕力でアリーナへ向かって引っ張っていく。走力も合わさって凧揚げの凧のように宙へ浮かび、途中で式の腕を掴み、二人仲良くアリーナへと放られた。
※※※
……なんか、今日は本当についてないな……。
「ええ、本当に」
普段アリーナに入るとごく自然な体勢で立っているが、今回は自分は地べたに這いつくばっており、式は傍で尻もちをついている。存在しない埃を払う動作をしながら起き上がり、違和感に気付き周囲を見渡す。
辺りは今までいたアリーナとは違い、ちゃんとした風景が存在している。一層は底の見えない深海、というイメージだったが、今度はちゃんとした海の底で、ところどころに沈没して無残な姿となったガレオン船が見受けられる。
先ほど端末が鳴ったのと関係あるかと思い、画面を開くと、新たなるトリガーの生成と共に第二層が解放された旨を知らせるメールが届いていた。碌な用意もできていないが、アリーナに入れるのは一日一回。このまま進むしかないようだ。
「それにあいつらも来てるみたいだぞ。帰る時にちょっかい出されても困るし、あいつらをどうにかするまで帰還は控えたほうがいいな。どうせ俺たちはあいつが隠した物を探しに来たんだ。いずれ鉢合わせになるさ」
それもそうだ。万が一、慎二に回収されてしまったらもう取れなくなってしまうし、一刻も早く入手する必要がある。見たところ広そうなこの空間で、さらに凝った場所となると見つけるのは簡単ではない。
急ごう、式。
「ああ」
自分と式は二人同時に走り出す。この千載一遇のチャンスをものにするために。
今回もふじのんシーンに無理やり感が漂う……。まあ気にしない方向で。
ちなみに本来この場面はカリヤーン&ランスロットにする予定だったのですが、病欠しました。間桐性二人ってのもあれだし、4回戦で式にあのセリフ言わせたかったので。
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PS
どうも沈んでいるのはガレー船ではなく、ガレオン船に似てたので変更しました。