Fate/EXTRA 虚ろなる少年少女   作:裸エプロン閣下

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今回はインターバルですのでちょっと短めです。
式のデレを突っ込みましたので、皆さん存分に悶えてください。私も悶えましたw

代わりにちょっと駆け足気味なのは許してほしい。



閑話――月夜邂逅

 ――眠れない。全身は激闘で疲れ切って早々に休めたいと言っているのに、思考がそれを遮ってしまい、欠伸の一つも出やしない。理由は分かっている。今日の決戦でのことだ。

 

『助けろよ、助けてよお! 僕はまだ八歳なんだぞ!? こんなところで、まだ死にたくな――』

 

 死にたくないと、消えたくないと、そういって消滅してしまった慎二を思い出す。実を言うと、人を殺したという実感は薄い。それは直接手を下したわけでないことと、その後に何も残らなかったことが起因する。今自分にあるのは、もう慎二と会うことも話すこともできないという、言葉に出来ない悲しみの感情だ。それを思うと、とてもではないが寝ている気にはなれない。

 

 視線を隣りに向ければ、式はもう寝ていた。ただし、あまり寝つけなかったのか布団のシーツは皺だらけだ。大なり小なり、思うところがあったのだろう。

 

 静かに立ち上がり、忍び足でマイルームを出る。物音を立てなかったのは起こさないように、という配慮もあるが、一人で校舎に出たと知ったら怒るだろうからである。自分とてその危険性は十分理解している。だが、初戦が終わったことで大半の人間――主に遊び気分で来た者――が衝撃を受けて余裕を失っているため、外に出ている人間はいないと思う。

 

 それに、聖杯戦争には休みもないため明日も再び戦いが始まるのだから、鋭気を養っておかなければならないはずだ。

 

 

 

 気持ちを落ち着けるため、夜風(あるのだろうか?)に当たろうと思い屋上の階段を開けると、期待通りの冷えた空気が肌に染みる。その寒さに身を震わせながら空を見上げると、相変わらず0と1の数字が羅列されているが、この夜空の中ではそれらが星にも思えて、知らず感嘆の息を漏らす。

 

「おや、岸波さん。こんな時間にどうしたんですか?」

 

 不意に聞こえた声に鼓動が跳ねる。幸い、声音が優しいものだったので焦らずに済んだ。驚きを隠して声の出所を探ると、その先に赤い制服にサラサラとした金髪の少年、レオがいた。普段から凛とした佇まいをしているため、式同様の高貴さや美麗さを感じるが、月光の下であることがさらに拍車を掛けている。

 

 初戦でおそらく人を殺したのも今日が初めてであるにも関わらず、その気配に(かげ)りは一切ない。

 

「警戒しなくていいんですか? 一応僕たちは敵同士になるんですよ」

 

 そう言うが、微笑を浮かべる彼に敵対する意思が無いことは明白だ。

 ここで事を構える気はないのか、それとも単にプライベートだからなのか、普段感じている強大な存在感はやや柔らかく感じられる。そしてやや熱いと思える空気から見えないがガウェインがいることを如実に示している。おそらく、こちらが式を連れていないから合わせてくれたのだろう。

 

 これが他のマスターなら警戒なりなんなりしただろうが、ことレオにおいては心配は必要ないだろう。単なる買い被りか的外れな見解かもしれないが、王を目指すレオはあくまでルールに則った上で行動を取ると思われるから、校舎内で戦闘が禁じられている以上向こうから仕掛けてくることはない。そして彼のサーヴァントであるガウェインも同様、騎士足らんとする彼はレオの意に従って行動するはずだ。

 

 そのことを簡潔に告げると、

 

「――素晴らしいですね。僕が思っていたことをズバリと当てて見せるとは。それに、ガウェインのことも一言交わしただけなのにそこまで理解できるとは……ちょっと驚きです」

 

 どうやら間違っていなかったようだ。その言葉には一切世辞は無く、純粋にこちらを称賛していることが分かった。

 

 自分としては、個人的に思っていたことをぶつけただけなので、逆に恥ずかしくなってきてしまい、話題を変えようと何故レオがここにいたのかを尋ねてみる。

 

「ああ、それなら特に理由はありません。西欧財閥と通信するのでなるべく高いところにいたほうがいいと思っただけです」

 

 あっけらかんと言ってのけるが、それは紛れもなく驚愕に値することだ。聖杯戦争の参加者はムーンセルに入った時点で地上とのリンクを切られ、干渉する術を失う。それは自分も慎二も、きっと凛も同じはずだ。如何に強大なレオでもそこは変わらないはずでは……。

 

「ええ、そうですよ。ですからこれは僕の力ではなく、西欧財閥の力です。僕がムーンセルに行く際に一部の者が反対したので、妥協案として大体週に一度の周期で連絡することを義務付けられたのです」

 

 西欧財閥、事実上の世界の支配者。だが技術レベルが二〇〇〇年代から停止した地上の技術ではレオを足掛かりにしても出来るとは到底思えない。

 

「その通りです。残念ながら西欧財閥の力を以てしてもまともな通信はできず、通信自体も一分弱しかできません。それ以上はムーンセルに察知されますからね。まあ元々、通信が出来た程度で何も変わらないですがね」

 

 普段通りの微笑を浮かべながら、実情を隠すことなく曝け出すレオ。依然とした絶対の自信が、初戦での快勝ぶりが窺える。レオが負けることなど考えていなかったから、ある程度は予想できていたが。

 

「ところで、岸波さんは何をしに来たのですか?」

 

 当然の疑問なのだろうが、自分としてはあまり突いてほしくなかったりする。適当にはぐらかそうと考えるが、どうにもそのようなことを許してくれる相手ではないので、正直に自分の胸中を告げる。

 

 すると、

 

「何故悲しむ必要があるのですか。あなたと彼の関係はあくまでムーンセルから与えられた役割によるものでしょう?」

 

 その言葉は、本心から理解できないと言わんばかりの表情と共に放たれた。その態度にやや放心してしまう。レオが他の人たちとは違い、命を奪う覚悟を決めていた者としてもそれはあまりにも淡々としている。

 

 ――レオは、今日殺した人に関して思うことはないのか。

 

「ありません。これが戦争である以上、どちらかが死ぬのは当然の結果です」

 

 夜風以上に冷たい返事が返ってきた。表情は何ら変化なく、レオがそれを本心から言っていることが分かる。それだけに、彼の異常性を強く感じられた。

 

 レオは、人ではない。王という存在なんだ。人は生きるために、豚や魚を躊躇なく殺して糧としている。それはひとえに豚や魚が自分たちとは違うからだ。

 

 容姿が違う。言葉が違う。行動が違う。そして――価値が違う。

 

 レオという、『王』たる存在にとって自分たち『人間』は生き方が違うのだ。だから興味を惹かれたりすることはあれど、それで態度を変えたり躊躇することはなく、ただ糧として淡々と今も、そしてこれからもすべてにおいて勝ち進むのだろう。

 

 ――だが、それでは王足り得ない。人の心はそう簡単に割り切れるものではないし、これは割り切ってはいけない想いなんだ。(それ)を理解できない者が人を率いることは出来ないのだ。

 

「……割り切ってはいけない想い、ですか」

 

 ああ、人というのは完璧ではないんだ。悩み苦しみ妬み迷う挫折だらけで穴だらけの存在なんだ。だからこそ、『完璧』なレオには『不完全』な自分たちを率いることができない。『完璧』という言葉は『完成』とは違うんだ。

 

「……なるほど。ではあなたにとって僕が『完成』するには、どうするべきだと思うのですか?」

 

 ……そんな自分の勝手な意見を、レオは真摯な態度で受け止める。他人に意見を尋ねるなど、王たるレオという存在にとっておそらく初めてのことだろう。

 

 だが言うだけ言っておきながら、薄っぺらい自分には『何をどうすればいいのか』を明確に指摘することができない。ただ、そんな薄っぺらい自分にも言えることが一つある。それは――、

 

 ――ガウェインと話すんだ。

 

 投げ槍のつもりはない。ただ薄っぺらい自分の百言よりも、騎士として王の姿を見て来たガウェインの一言のほうが遥かに重く、心に響くものだからだ。それに彼はアーサー王の後世にも伝わるほど公明正大な振る舞いを間近で見ており――見ているからこそ、レオの公明正大な態度がいずれ破滅をもたらすと知っているはずだ。

 

 くどいようだが、人を率いれるのはあくまで人のみ。レオの在り方では繁栄させることはあれど、人心を繋ぎとめることは出来ない。それは近しい立場にあるものであればなおさらのことだ。

 

「分かりました。今日あなたと話せたことは僥倖でした。次もまた、こうして話し合えることを祈っています」

 

 そういいレオがこちらにニコリと微笑んで立ち去っていく。そしてその際、僅かに実体化してガウェインがこちらに頭を下げ、すぐさま霊体化する。

 

 どうにも先ほどのことは、ガウェインも気づいていたらしい。しかし知っていながら何故言いださなかったのか。生前のこともあるし、生真面目な性質なのだろう。

 

 と、そこで藤乃の武人のサーヴァントを思い出す。傍にいながら何もしなかったサーヴァントに、騎士という立場に徹するあまり私情を殺すサーヴァント。凛とランサーや慎二とライダーは比較的コミュニケーションが取れていたが、不和というか一方的というか、どうにも不器用な英霊は少なくは無いらしい。

 

 あと武人のサーヴァントを思い出したからか、藤乃のことが心配になってきた。桜が診てくれたから体の方は問題ないと思うが、心のことが気になる。サーヴァントも気軽に話してほしいと言っていたし、今度出会ったらそれとなく聞いてみよう。

 

 そう決意した時、夜風が一段と強く吹き付ける。そのあまりの寒さに身震いし、くしゃみを一つ零す。もう十分夜風に当たったし、風邪をひいたら、決戦の後に右手の治療してもらったばかりだというのに再び桜に診てもらう羽目になってしまう。もう戻ることにしよう。

 

 

 

 屋上からは綺麗な光を放っていた月だが、二階に降りると角度が違うこともあって廊下ではほとんど光が射さないためやや暗い。

 

 レオと話したからか、ほんの少しだが悲しみが薄れた。レオが言っていたように、これは戦争だ。自分にもあるように、慎二にも願いがあり、自分たちはその相容れぬ道のために戦うしかなかった。それで罪を正当化するつもりはない。ただ、ここで自分が慎二の命も背負えず重みに潰れてしまえば、それこそ慎二の死は意味の無い物になってしまう。

 

 ――しかし、それでも自分は足を止めずにはいられない。余人からすれば、命を背負うという考えすら烏滸(おこ)がましいのかもしれない。さらにはただの自己防衛に過ぎないのでは、という疑問も脳裏をかすめていき、まるで出口のない迷宮に迷ってしまった気分だ。

 

 やや沈痛な趣きでマイルームへと足を進め、扉に手をかける。そして扉を引くと同時に、何やら白い物が自分の顔面目がけて飛んでくる。咄嗟に反応しようとしたが、予期しなかったことに加え、気分があまり優れなかったこともあって碌な防御体制もとれず、相手の狙い通り無様に顔面で受ける羽目になった。

 

 しかし、白い物体はやや重さがある物の基本的には軽く、そして柔らかかったためダメージはなく、衝撃によろめいただけで大した痛みは無かった。あと、当たった時ほのかにいい香りがした。

 

「こんな時間に何してたの?」

 

 顔を抑えていると、棘のある口調で顔を顰めた式がこちらを睨みながらそう告げてきた。左手を腰に当て、右手を振りかぶったようにだらんと垂らしている。

 

 うん、どう見ても怒ってるなこれは。下手な言い逃れは通じないと察し、すかさず屋上で夜風に当たっていたと告げる。

 

「へえ、屋上で? 一人で?」

 

 一人で、の部分でさらに眉間に皺が寄せられ、青筋が立つ。これがマンガであれば怒りマークが書かれていたであろう。

 さすがにこれ以上墓穴を掘るわけにはいかない。だが嘘をつくとさらにひどい目に会うだろう。ここは……、

 

 >正直にレオといたことを話す。

 >凛といたことにする。

 >藤乃といたことにする。

 >やはり一人でいたことにする。

 

 とりあえず、三番目は無いだろう。式は藤乃をあまり気に入っていない。一緒にいたなんて言ったらどんなことになるかわからない。なので三番は却下。

 

 一人で、というのも危険だろう。式は割と鋭いほうなので、勘づかれる可能性がある。そうなれば洗いざらい喋らされるので、これもなし。

 

 となると、残るはレオか凛か。レオと正直に言うのもいいが、式は食堂であった時のことを考えるとレオのこともあまり好いていない様子だ。それならまだ凛のほうがいいだろう。最初に出会ったのも屋上だし、式も凛のことを痴女と呼んで弄って相性が悪くも思えるが、本心で嫌っているわけでは無いと思える。むしろ式的にはああいう裏表の少ない相手はむしろ好感が持てるはずだ。

 

 それならば、

 

 ――凛と一緒にいた。

「へぇ」

 

 告げた瞬間、地が揺れた。錯覚ではない。式が足を腹立たしげに叩き付けたためで、本当に揺れたのだ。

 あと同時に式が笑顔になった。ただそれは機嫌がよくなったからではなく、尚更悪化したからである。どうやら自分は墓穴どころか葬儀や墓の準備までしてしまったらしい。マンガなら怒りマークが二つばかり増えたであろう。

 

 そしていまので式の凛に対する好感度は一気に下がったであろう。勝手に巻き込んでしまって本当にすまない凛、今度何か奢るから許してほしい。

 

「こんな夜遅くに、私に一言もなく、女と密会ですか。さぞいい身分ですね」

 

 式が今まで見たことが無いくらいいい笑顔を浮かべる。こんな場でなければ本気で見惚れていただろう。それくらい今の式は綺麗だった。

 

 ――もしかしたらもうすぐ死んじゃうんじゃないかな。シャレではなく、心からそう思えてきた。心の中で辞世の句を思い浮かべていると、唐突に式の笑みや怒りが深い溜め息とともに消えていく。

 

「いくら今日みたいな日の真夜中でも、外に出る時はちゃんと私を連れてください」

 

 燻っているであろう僅かな怒りを込めたセリフを放って背を向け、何かに気付いたようで再びこちらに向き、自分の足元を指す。視線を下ろしてみればそこには先ほど自分の顔に当たった白い物、枕があった。

 

 ああなるほど、と一人納得して枕を取り、式に近寄り手渡す。それを変わらず不機嫌そうな態度で受け取り、そのまま布団に寝転がる。そのどこか子供が拗ねているような態度を微笑ましく見つめ、自分も同様に布団に入る。

 

「……心配するでしょ」

 

 ふと、そんな言葉が耳に入った。式としては多分語る気は無く、心の中で思ったことがつい出てしまった程度なのだろう。

 

 その言葉に再び笑みが浮かんでしまう。あの悲しみを忘れたわけでは無いが、それでも今は大分気が楽になった。我ながら現金な性格だと思う。

 

 




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PS
8月3日 ちょっと修正。

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