まるで、夢を見ているかのようだった。
俺にとってのアイツは憧れの王様だ。ふとする度に女らしくなっていく姿に異性を意識していたにしても、俺の認識はガキの頃から何も変わっていない。
幼稚園の頃から無敵のガキ大将として君臨した姿を見続けて10と余年。
特別な力を持たない人間の癖に、今や堕天使、悪魔を退けるまでになった自慢の幼馴染が、不思議な事に赤いものを流しながら地に臥せっている。
ああ、そうだ。
朱乃さんがライザーの犠牲になった直後、爰乃が合流。
一発殴ってくると、一人で挑みかかったんだよな。
俺も部長も、心のどこかで爰乃なら大丈夫と思い込んでいたのがまずかった。
ここで間違えず、全員で戦っていれば違う未来だったのかもしれない。
最初の内は爰乃が優勢に進めていたけどよ、ライザーが笑みを浮かべた瞬間全てが反転した。
爰乃の掌が奴の頭を打ち抜いたかと思えば、そのまま全身から炎を噴出して反撃。
普通はここで決着だったんだと思う。
でもあいつは、踏み止まって諦めなかった。
気力だけで焼けた体を支え、目に光を残し戦意を失わない。
しかし、愚直に手を出し続けても全て無駄。
人の形をした炎は、黒の自滅を呆れ顔で眺めるだけだった。
「下等種族にしてはまあまあやるが、如何せんフェニックスを相手にするには弱すぎる。ああ、穢れらわしい。猿にこの身を触れさせるとは、俺も堕ちたものだ」
止めとばかりに振り下ろされたライザーの拳が、ついにあいつの意識を刈り取ってゲームセット。
『リアス・グレモリー様の特別参加枠、戦闘不能』
頭で分かっていても、心が認めたくない敗北だった。
絶望的な大怪我を負い転送されていく爰乃を見て、俺はやっと気が付く。
あいつは年齢相応の女の子だ。
いつから俺はフィルターをかけて、爰乃を見ていた?
あんなに小さく脆い少女を、どうして国士無双の豪傑と捕らえていた?
俺が手も足も出ない伝説の悪魔を相手にして、何故勝てると思い込んでいた?
「イ、イッセーさん、爰乃さんが、爰乃さんがっ!」
「……敵を取ってくる。アーシアは部長と一緒に下がっていてくれ」
「は、はい」
こんな時だからなのか、ふと思い出したことがある。
何かの漫画で弱さは罪だと言っていたが、全くその通りだと思う。
何せ絶対に守ると遠い昔に約束した一番大切な女の子に、男の俺が守られてしまった。
それもこれも、俺の弱さが悪い。
ドーナシークに殺されそうな時は、命を救われた。
合宿では不安と焦りを見抜かれ、精神的に支えられた。
そして今も、不甲斐ない馬鹿の変わりに戦って大怪我を負っている。
始めに啖呵を切った俺が、のうのうと立っているのに……だ。
「なぁリアス、まだやるのか?」
「当然よ、まだ負けたわけじゃないもの」
「諦めの悪い女は嫌われるぜ?」
「軽い男も同じよ」
「なら、頼みの綱の兵士君でも潰してやろうじゃないか。君の気が変わることを期待してな!」
部長はその宣言と同時にライザーを木っ端微塵に吹き飛ばすが、炎を巻き上げて復活する奴の狙いは最初から俺じゃなかった。
業火が発生したのはアーシアの真下。炎の嵐が吹き荒れた後には、守ると決めたもう一人の少女の姿は無い。
『リアス・グレモリー様の僧侶、戦闘不能』
ああ、また俺は守れなかった。
胸に溢れるのは自分への底知れない怒り。感情に任せてライザーへ立ち向かう俺は、殴り倒される度に一つのイメージが形となっていく事に気付く。
そんな中、聞こえてきたのは声だった。
”力が欲しいか?”
ああ、欲しいね。
”ならば己の限界を規定せず殻を破れ。お嬢ちゃんのお陰で今のお前なら出来る”
どうすりゃいいんだ?
”お前は単純な男のようだし、さし当たっては怒れ。感情を爆発させろ”
アドバイスありがとよ。
”なあ、相棒。お前の敗北は俺の敗北だ。勝とうぜ”
……そういや、誰なんだ?
”俺はお前さ。炎よりも鮮烈な赤、白い奴に負けないよう使いこなしてくれよ?”
「……なぁ、ライザー。俺はちっぽけで弱い、最低の男だったよ。今の俺は赤龍帝どころか、地を這う赤蜥蜴。このままじゃひっくり返ってもお前に勝てないし、一矢報いることも難しいと思う」
「やっと分相応な己に気付いたか。分かったならリアスに投降するように進言しろ。これ以上無駄に痛い目に合いたくないだろ?」
「だから超えるわ」
「何?」
「俺が限界を超える鍵は、いっつもアイツなんだ。高校だって偏差値が厳しいのに、同じ所に行きたくて必死に努力したよ。親や教師が無理だって匙を投げてんのに、アイツだけが手を貸してくれたから奇跡が起きて今の俺がある。そして、今回も切欠は爰乃がくれた」
「おいリアス、君の兵士が壊れたぞ?」
「動転しているのは分かるけど、落ち着きなさいイッセー。あの子達に報いる為にも、冷静に今は勝つことだけを―――」
「勝ちますよ、部長。だから行くぜ相棒。ゴミにはゴミなりの意地があるって事を見せてやろうぜ!」
『Welsh Dragon! Over B―――』
俺が誰かとの会話で掴んだ龍の力を開放しようと、篭手に意識を集中したときだった。
「なっ!? ”禁手”など許すかぁぁあっ!」
何かに気付いたライザーの叫びと、腹から感じる灼熱の痛み。
激痛で集中が崩れそうになる所を耐えようとするも、あの鳥頭はさらに拳を捻じ込んできやがる。おまけに内臓を磨り潰すように回転を加えてくるから嫌らしい。
ま、まだ……だ。口から溢れる血で溺れそうになるが、俺の意志は生きている。
霞がかった視界を取り戻そうと頭を振り、密着していたお陰で薄っすらと見える宿敵に光を失わない篭手を向けた。
せっかく爰乃がチャンスをくれて、コイツが力を貸してくれるんだ。
鳥頭を倒して、みんなの笑顔を取り戻すチャンスは今しかねぇ。
だからもうちょい頑張れ俺の体。
なぁ、頼むよ。後ほんの―――少し―――な―――
第十話「夢のなかのわたし」
夢を見ていた。
大軍を率いて大陸を駆け、その名を不動の物にした男の夢を。
最初はたった三人で始まった一団が、幾多の戦いを超えて力を増して行く。
百を数えて千に至り、ついには万を超えて国をも手中に収めた男たちの物語。
私はその中の一人となり、その全てを凝縮して体験させられたんだと思う。
彼は最後こそ非業の死を遂げるも、気が付けば神として崇められる始末。
少し大仰ですけど、英雄に至った男の生涯はとても面白かった。
「さすが―――さん。本で読んだだけでは理解できない貴重な体験でした。って自画自賛になるから止めろと? 意味が分かりません」
そして不思議なことに、私は彼と面と向かって話を交わしている。
「来るべき時が来たから取り戻せ?」
なんでも上級悪魔を相手にするには弱すぎるから、かつて得た武を引渡しに来たとの事。しかも長年預かったせいで利息が複利で元金鰻上り。全盛期より強いから安心しろと言われても、意味が分かりません。
しかしながら、何故だかその言葉にしっくり来る自分が居るんですよ。
確かに彼は商業でも祭られる御方。言い分も分からないではありませんが……
「まぁ、力不足は実感しています。そこまで言うのなら、受け取りましょう」
―――が渡してくれたのは一本の槍。
力の象徴と言うソレが薙刀に見えるのは、私のイメージが悪いらしい。
いやだって、あなたの武器と言えばこれじゃないですか。
色々な作品で美少女にされていることを考えれば、髭のおっさんとして具現化しているだけでも御の字だと思います。
「力を貰っても―――のように龍帝に付き従うと確約できません。でも、これだけは約束します。あなたにとって尊敬に足る宿敵のシンボルは、紅蓮装的な意味で不死鳥。それを汚す下等な悪魔は必ず倒すと」
意味が分からない?
ええと、SDな三国伝でググるとよいかと。
仮にも私のアーキータイプなら、情弱とか恥かしいので止めて下さい。
次の再開はあの世でしょうし、その時までの宿題とします。
それではさようなら、”わたし”。
・
・・
・・・
・・・・おろ? このじわじわ染み出してくる痛みはいったい?
「うがぁぁぁ、こんなに痛くて寝ていられますか!」
目を開ければそこは知らない天井……と言いたい所ですが、勝手知ったる自分の部屋。
私は碇なんとかポジションではなく、百歩譲っても空気な二号機パイロット枠。
が、腕に包帯ぐるぐる巻きの姿は量産型無表情林原!
ボスケテ……お爺様。肉体と精神のサイクロンジョーカーなW攻撃に苦悶していると、鮮やかな金が舞い上がり私の視界を塞ぐ。
直後に来るのは、上等な女の子が持つ甘い香りと柔らかさ。
「おや、アーシア。押し倒すならイッセー君をお勧めしますが?」
「爰乃さん爰乃さん爰乃さんっ!」
「病んだ……だと」
「病気なのは爰乃さんですっ!」
「そ、そうなの?」
「外見上の怪我は完治しているのに、もう二日も目を覚まさなかったんですよ! 聞いていますか爰乃さん!」
「ごめんなさい……」
怒りと喜びのゲージが振り切って暴走状態のアーシアを宥めすかし話を聞くと、私が燃やされた後に即効でゲームは負けたらしい。部長も姫島先輩も後衛型なのに、壁となるイッセー君が足も出なかった事で総崩れ。ま、私が敵わないライザーを抑えられても困るので妥当な結果でしょう。
しかし薄々感づいていたことですが、私が無双出来るのは一定以下の雑魚まで。
特にライザー系の、触れるだけでダメージの来るタイプは無理ゲー。
当たればそれまでを覚悟した超攻撃特化も、ここいらが限界のようです。
「それはそうと、お爺様は?」
「何でも知人と会ってくるとの事でして、後の事は私に任せると行かれてしまいました」
「……怒ってたかな?」
「それが”これも貴重な経験”と笑っていたんです。てっきり殴りこみに行くのかと皆でハラハラでしたよぅ」
「そりゃそうですよ、そもそもアーシアは前提条件を忘れていませんか?」
「はい?」
「私たちが競ったのは、公正なレーティング”ゲーム”です。負けた腹いせに親が首を突っ込むモンスターペアレントはかなり困ります」
「た、確かに」
「それはそれとして、部長はどうなりました?」
「……今日が結婚式の当日です」
この手際、ライザーは最初から勝つ前提で準備を進めてましたね。
一ヶ月はその為に必要な期間で、こちらへの猶予に見せかけた罠でしたか。
式場のセッティングに関係者への根回し……そりゃ時間要りますよ。
そうなると、部長に火の粉一つ浴びせなかった理由も納得です。
ゲームにせよ、結婚前の嫁に暴力を振るうのは対外的にマズイ。
戦略も含めて力量の差を読めずに負けた自分のなんと不甲斐ないことか。
そもそも、こちらの作戦が上手くいっていたのも舐めプだったのでしょう。
鳥にしてみれば、自分単体でどうにでもなる相手。余裕の駒落ち感覚に違いない。
これは悔しい。完全にお釈迦様の手の上でドヤ顔するお猿さんじゃないですか!
「イッセー君は?」
「隣のお部屋に居ます」
「それはまた近くに」
「イッセーさんも爰乃さんに負けない重症で、二人同時に癒すために間借りしました。ついさっき起きられて、どんな声をかけていいのか……」
あのアーシアが逃げたとなると、事態は思ったよりも深刻ですね。
悪魔が闇堕ちしても問題は無さそうですが、一つ面倒を背負い込むとしますか。
「……気心に知れた仲だからこそ、差し伸べられる手もあると思う」
「……お願いします。で、でも、無茶はしないで下さい。爰乃さんは悪魔のイッセーさんと違って、まだ完治していません。治ったのは表面上だけですからね?」
「活を入れるだけだから大丈夫。お姉さんに任せなさい」
「うう、同じ歳なのに納得しちゃう自分が恥かしいです……」
重たい体を引きずり幼馴染の姿を探すと、一瞬巨大な力を感知する。
しかもイッセー君のすぐ傍で。慌てて扉を開いて突入して見れば、誰が用意したのか新品の制服を着込んで今にも出かける寸前の馬鹿の姿を発見。
「おはよう、フェルプス君」
「俺はスパイじゃねぇよ!?」
「でも、これから呼ばれても居ないパーティーへ乱入するんでしょ?」
「う」
「止めなさい。婚約は両者の合意の上で決まった正当なものです。これは魔王すら認めた正当な権利。それを邪魔する資格は、無関係のイッセーには無いの」
「確かに俺は嫉妬に狂った負け犬だよ。でもな、正しかろうと悪かろうと、許せねぇもんもあるだろ」
「それは賭け事で負けたのに、負け分を払いたくないとごねる屑の理屈だよ。認めたくないもの分かるけど、ライザーは全てにおいて私たちの上だった。部長の親に婚約を認めさせ、絶対に負けない舞台に引きずり込んだ時点で勝負は決まり。大事な事だから何度だって言うよ? 政治力も含めて、力の及ばなかった私たちが悪いの」
実際、ライザーの手腕は鮮やかだったと思う。
魔王を親族に持ち、強い発言力と莫大な財を持つとされる大貴族グレモリー家は、不当な圧力を受ければそれが誰であれ叩き潰すだけの力を持っていると聞いています。
なのにそれをしない。つまりライザーが、娘の婿に相応しい男だと認めている他ならない。
フェニックスも名門らしいし、政略的な意味も含んでいると考えれば妥当ですね。
詳しい家庭事情は知らないけど、ゴネているのは部長だけなんじゃとすら思う。
「……大義名分があると言ったらどうよ?」
「絶対にありません」
「これ、なんだと思う?」
「落書き」
ニヤリと笑う彼は、かつてと変わらない悪戯小僧の顔で一枚の紙を突きつけてきた。
でもね、魔法陣が書かれただけの紙切れから何を察せと言うの?
「ヤベ、逆だ。こっちだよこっち!」
「どれどれ『妹を助けたいなら、会場に殴りこんできなさい』って、不義理を推奨するテロ誘致とか意味が分からない。もしも自作自演だったら、本気で怒りますよ?」
「はっはっは。持って来たのはグレイフィアさんで、書いたのは魔王様らしいぜ!」
「な」
「お前が落書きと馬鹿にした魔法陣も、なんと結婚式場への直通チケット! 魔王で部長のお兄さんが寄越した天下御免のお墨付きだぞ、控えおーろー」
や ら れ た。
本気で説教しているのに、涼しい顔をしていたのはこの隠し玉が原因ですか!
おのれイッセー君、こんな屈辱は生まれて初めてですよ……
この私を道化にするとは中々の策士。座布団一枚進呈です。
「……それ一枚で何人分ですか?」
「え、お前ついてくんの!?」
「大手を振ってカチこめるなら、混ぜて貰わないと損ですし」
「俺が言えたギリじゃないんだが、ライザー相手に策はあるのか?」
「同じくらいボッコボコにされたイッセー君は?」
「ある」
「その心は」
「次々に倒される仲間を見てキレちまった俺は、新たな力に開眼したような気がする」
「気がする、じゃダメでしょ」
「んや、相棒が言うには感情の高ぶりが呼び水になって至ったらしい。ま、鍵の壊れた扉をもっかい開けるだけさ。ぶっつけ本番上等っ!」
嗚呼、頭をやられたんだね。脳内にしか居ない相棒とか無いわ。
そんな都合よく強くなれるなら、とっくにイッセー君は最強だよ。
やっぱりこの馬鹿は頼りにならない。私がどうにかするしか無いですね……
「それはすごいですねー、AIBOすごいなー、遊戯さんすごいー」
「だろだろ? で、お前の奥の手は?」
「実は瀕死から回復することで、セブンセンシズに目覚めちゃった私です。今なら金ぴか鎧すら揃って蟹扱い出来るような出来ないような」
「はぁ」
「開眼した闘士の前にライザーなんてマッチの炎。ちょちょいっと消してやります」
この時のイッセー君は、彼の戯言を聞いた時の私と同じ顔をしていたのだろう。
だってさ、夢の中で偉人から分けて貰った謎の力が漲ってる、とか言える訳が無い。
でもね、何故だか確信してるんだ。
この力を上手くコントロール出来れば、最低でも互角かそれ以上にライザーと戦えるって。
「お、お互い敗戦から得るものはあったんだな!」
「そ、そうですとも。やはり日本人たるもの精神論大事ですよね!」
ちなみにお互いの心境はと言えば。
一誠:『性能変わってねぇ爰乃は無視して今度こそ俺が守る。”禁手”の力でなっ!』
爰乃:『根性論のイッセー君を戦わせるわけには行きません。私が倒す!』
この様に互いに相手の言葉を欠片も信じていなかった。
しかし私達は知らない、それぞれの主張する新たな力が本当に存在すると言う事を。
生贄の名はフェニックス。
相手の都合を考えない不条理で一方的な再戦が今始まる。