赤蜥蜴と黒髪姫   作:夏期の種

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第三章 堕天使と聖剣の協奏曲
第14話「江戸の華」


「むー、こんなにも元気だと言うのに検査検査と……お陰でせっかくの球技大会を逃してしまいました。でも、もう宜しいのですよね?」

「うむ、わしの目から見ても完全復調。今日からは普段どおり過ごすが良い」

 

 例のハイパーモードもあり、何らかの後遺症が残っていないか病院で検査を受けていた私です。

 入院を押し切り何とか自宅療法に切り替えたものの、毎日病院に通わされる面倒な毎日でしたよ……。

 しかし、それも終わりました。

 人間の医学、悪魔の魔法療法、何れもクリアした私は自他共に認める健康体!

 明日からは学校にも行けるけど、残念なことに学校行事を一つ逃してしまった。

 地味に楽しみにしていた球技大会は、クラスだけでなく部活単位でも対抗戦が行われる花形イベント。

 うう、参加できなかったのが実に悔しい。

 

「しかし、英雄の子孫やら魂を受け継ぐ人って結構居るんですね。自分を特別だとは思いませんが、在り得なくもないと知り驚いています」

「わしの友人にも一人居る程度のレアさだろう。世界規模で見れば100は居ると噂されておるよ。まさかその一人が孫とは思わんかったがね」

 

 そう、夢の話を語ったところ、あっさり受け入れられたんですよ。

 覚醒の仕方は人それぞれであり、決して在り得ない話じゃないとか。

 ただ、珍しいと言われたのは能力のONとOFの任意切り替え。

 普通は英雄そのものとなり、基礎スペックが置き換わってしまうものらしい。

 そうなってしまえば、人の世では強すぎて生き難い。大抵の場合は人外世界に身を移すとの事なので、空気を読んだレア技能を授けてくれた関羽さんに大感謝です。

 

「この力、必ず使いこなして高みへ至ります。今後も未熟者に指導お願いします!」

「それでこそ当代の香千屋頭首。実を言うとだね、初代も同じ力を持っていたのだよ。迷信がはびこる時代ゆえ正体は分からぬが、天狗と呼ばれていた事は確かだな」

「さすがご先祖様」

「じゃろう? 時にせっかくの休み。日もまだ高い故、稽古つけてやろう。奴が編み出し、唯の人には扱えず封印していた奥義の伝授を今日より開始する。心してかかれ」

「はいっ―――と、お客様? イッセー君達かもしれませんし、私が出ます」

「わしは道場で待とう。兵藤君か木場君なら連れてきなさい」

 

 ライザー戦での活躍を経て、イッセー君の評価はさらに上がった。

 今では全身鎧を纏った姿で修行に励み、牛歩でも着実に階段を登る姿にお爺様はいたく感銘を受けていたり。

 対して力不足を悟ったのか、時折通ってくる木場君は未だ丁稚扱いなんですよね。

 両者の間にある差は、きっと心構え。

 お爺様曰く復讐に生きる者特有の悪意を糧に剣を振る木場君と、迷い無く上だけを見て一心不乱にあがくイッセー君は対極的だと思う。

 目的を果たすに足りる力で満足する木場君は、際限なく強さを求めるイッセー君にいつか追いつかれる。

 むしろ禁手に後発で至った事も含めれば、既に追い抜いたとも言えるかも。

 モチベーションの違いが、実際に結果として現れているのが何とも面白い。

 

「仮でも前衛二人が入門したのだから、小猫ちゃんも弟子入りすればいいのに……」

 

 残念なことに、小猫ちゃんだけはうちに来ていない。

 一人で仙猫モードを安定させて見せる、と私に宣言したんですよね。

 つまり好意的に解釈すれば、そのうち門戸を叩きに来ると言う事。

 今は強制せず、いずれ自分から来ると信じて待つのが吉かな?

 

「はいはーい?」

 

 玄関を開けると、そこには二人の少女が立っていた。

 

「アドラメレク殿は―――」

「間に合ってます」

 

 とりあえず閉めた。

 

「ちょ、何故閉める!? 我々は教会から派遣されてきた聖職者だぞ!?」

「当家は神道なので。というか、神社に布教活動とか控えめに言って狂ってます。どうぞお引取りを。下手に騒げば警察呼びますよ警察」

「ポ、ポリスはまずい!」

「……やましい事があると自白しましたね?」

「違う、違うんだ!?」

 

 私の目に一瞬だけ映って消えたのは、首から十字架をぶら下げた白いローブ姿のシスターらしき二人組み。ローブの下はレオタードっぽいですし、何処が怪しいとかを通り越して一切合財全てが不審です。

 鍵をしっかりとかけ立ち去ろうとすると、聞き覚えのある声が私の名を呼んでいることに気づく。

 

「爰乃ちゃん、私だよ私! 昔一緒に遊んだ紫藤イリナだよ!」

「名を騙るなら、もう少し近しい人を使いなさい」

「そのザックリとした切り捨て方、何も変わってなくてびっくり!」

「貴方が本物と言う証拠は?」

「ええと……原っぱの所有権をかけて、野球部と争った話とかでも?」

「いいでしょう」

「あの時はピッチャーの子が高校生のお兄さんを持ち出してきてドヤ顔してたのに、爰乃ちゃんが肩の骨を外して泣かせたよね? 私も怖くて泣いたけど!」

 

 あー、そんな事もありましたね。

 確かイッセー君は爆笑して、その傍らには”やりすぎだよぉ”とかぼやいてたイリナちゃんが居たような居ない様な。

 仕方が無い。本人の可能性が否定できなくなったのなら、顔くらいは見てあげますか。

 と言っても私は悪魔陣営。教会を敵と認識していることに代わりは無い。

 いつでもハイパーモード改め、英雄モードに切り替えられるよう集中して気を高める。

 

「久しぶり、爰乃ちゃん。暫く会わない内に色々あったみたいだね。積もる話もあるし、入れてくれる?」

「その口ぶりだと、諸事情を察していると思っていいのかな?」

「んーと、イッセー君とその仲間達にはご挨拶を済ませてきたと言えばOK?」

「結構です。では最後の質問、イリナちゃんは敵ですか? 味方ですか?」

 

 栗毛の髪をツインテールに結んだ少女にかつての面影を見た私は、とりあえず偽者の線を捨てた。いやはや、すっかり美人さんに成長してびっくりです。昔は少年の様な姿で野山を駆け巡ったのに、今では美少女シスターとはこれいかに。

 でも、回答次第ではこの場で潰す。

 過去は過去。現在を生きて、未来に向かう私に容赦はありませんよ。

 

「爰乃ちゃんのお爺さん次第、かな」

 

 

 

 

 

 第十四話「江戸の華」

 

 

 

 

 

 どうやら招かれざる客らしいので、暴れても問題ない道場へとシスターズを連れて行く。

 いや、別に超電磁砲量産しませんが。

 閑話休題。当然お爺様は既に察知していたようで、傍らには愛刀を忍ばせていた。

 最初は懐かしい顔だと相好を崩したけど、話が怪しくなってきた辺りで怒りの色が前面に押し出されてきましたね。

 

「リアス・グレモリーには話を通してある。ベノア・アドラメレク、そちらも同様の条件を飲んで頂きたい」

「ほう」

 

 イリナちゃんの連れで、青い髪にメッシュで緑を入れた同い年位の少女が要求した話を要約するとこうなる。

 教会で保管していたエクスカリバーが盗まれた。

 犯人は堕天使幹部のコカビエルで、この街に持ち込んだ事が確認されている。

 威信にかけて取り戻すから、一切の邪魔をするな。

 後、事前に送り込んだエクソシストが悉く始末されてるけど、犯人はお前じゃないのか?

 グレモリーは手を出さないと約束したが、お前はどうする?

 との事。

 

「ミカエル様は貴様が中立で無関係だから関わるなと仰ったらしいが、私の上はそうは思っていない。堕天使に組し、幹部級とも繋がりのある悪魔を信用しろと言うほうが無理なのだ」

「……」

「しかしながら、天使の方々へ表立って逆らう事も出来ないので牽制球を投げておく。堕天使コカビエルに手を貸したと判断すれば、我々は貴様を完全に消滅させるつもりだ」

「さては、熾天使が来るのかね?」

「いや、今回派遣されたのは私達だけだ。エクスカリバーに対抗できるのはエクスカリバーだけ。聖剣の担い手二人が居れば貴様とて滅ぼせる、侮るなよ悪魔め」

 

 人の家に土足で上がりこんだ挙句、おぞましいものを見るような目をお爺様に向ける少女……ゼノヴィアと名乗った無礼者に家主は意外にも寛容だった。

 決して言葉を荒げないし、冷めた表情も何一つ変えない。

 

「よろしい、話は全て分かった」

「物分りが良くて結構な―――うぁぁっ!?」

 

 抜き手も見せず、刀を納めるチンという音だけが聞こえた。

 その直後、ドサリと床に落ちたのは少女の腕だった。

 

「ミカエルに非がないことは分かった故、奴に免じて命だけは取らぬ。しかし、このわし相手に舐めた口を叩いておきながら五体満足に帰れると思うとらんよなぁ」

「やはり悪魔かっ! だが腕の一本如きで戦意を喪失すると思っているなら大間違いだ! 交渉は決裂、力を貸せプロテスタント!」

「任せて! 汝我が敵を滅ぼせ、エイメ―――」

「私を無視出来るとでも?」

 

 臨戦態勢に入ったイリナちゃんが懐から取り出した紐を剣に変えたのを見て、私も介入を開始する。牽制の掌打を横合いから叩き込み、そのまま足払い。

 が、対人戦になれているのか掛が浅い。

 最近は才能任せの悪魔ばかり相手にしていたので甘く見すぎでした。

 思わず舌打ちをしつつ、構えを取り直して私は告げる。

 

「お爺様に対する暴言の数々……投げ殺しますよ」

「爰乃ちゃんが悪魔に誑かされてる! なんて残酷なの、これが私に対する試練なのですね! ああ、神よ私をお救い下さい!」

「何ともウザイキャラになったものです。どうせ相方はもう終わり、イリナちゃんも相応の報いを受けなさ―――おおっと」

 

 剣だと思っていたら、いつの間にか形を刀に変えられていた。

 おかげで剣速が想定と違う。思い切って踏み込めないとは厄介な。

 

「その、ちまちま変わる剣は何ですか」

「これはエクスカリバーの一つ”擬態の聖剣”で、どんな形にも姿を変えられるの。昔と同じく格闘メインの爰乃ちゃんには嫌な武器でしょ」

「イリナちゃんの知っている私になら、ですけど」

「強がりはだめ、汝嘘をつくことなかれ!」

 

 時に短剣、時に長刀と変幻自在な武器を使い切っているイリナちゃんは凄いと思う。

 でもね、私は似たようなスタイルの騎士を知っている。

 初見なら少しは困っただろうけど、驚くほどじゃないんだ。

 さくっと潰そうと決め、もう一つの対決に目を動かしてみれば想像通りの展開が広がっていた。

 

「わ、私の”破壊の聖剣”が……嘘だろ?」

「アザゼルが設計に参加し、ウルカヌスが星海の鋼に槌を振るった我が刀。オリジナルとて屠る刃が、高々1/7の性能しか持たぬなまくらに劣る訳が無かろう。もうぬしには飽き飽きじゃ、失せよ」

 

 さすが、当然のように舜殺ですか。

 無礼な異人は両手両足を落され、だるま状態。不思議なことに傷口からは血の一滴も零れていませんけど、そんな大物が鍛えた刃なら当然ですよね。

 確かウルカヌスはギリシャ系の鍛冶神。神造の刃は万物を断ち切るのでしょう。

 お爺様は魔法陣を生み出すと、その中に人体一式を放り込んで拍手を一つ。

 どこぞに無礼者を転送して、スマートな決着を迎えています。

 

「爰乃や、手伝いはいるかね?」

「不要です。この程度の相手に手間取り、申し訳ありません」

 

 武器の射程は分からずとも、使い手は所詮人間だ。

 全体の動きから行動を予測して、ゆったりと距離を縮めていく。

 ある意味、訳の分からない稼働域を持つ悪魔より余程やりやすい。

 なにせ私が磨いてきた技術は、原則的に人を殺すための集大成。

 変わった武器を持った程度で後れを取る香千屋流ではありません。

 

「逃げてばかりは卑怯だよ!」

「イリナちゃんの辞書には、近づいてくる相手が逃げると表記されてるの?」

「殺していいのは、悪魔と異教徒と書かれてるよ」

「答えになってませんが、それなら私も対象ですね。私が継いだ力は中国の神様、関帝の全て。一神教の人間にしてみれば敵でしょう」

「そうなんだ。ごめんね、再会して間もないのにお別れする罪深い私を許して!」

「死ぬのはイリナちゃんですが?」

 

 長剣を横なぎに振るわれたところを狙い、タイミングを図ってその腕を掴む。

 いかに射程が変動しても、扱う人間さえ見切ればどうという事は無い。

 道具は人が使いこなしてこそ相棒。

 武器に使われている様じゃ、私に一生届かないことを知りなさい。

 フィニッシュと、雷神落しに移行した所で制止の声が聞えた。

 

「殺さず捕らえよ!」

「はいっ!」

 

 もはや無意識レベルで止めの蹴りを放とうとする体を押さえ、そのまま落す。

 首が嫌な方向に曲がった事を見届けて、床にキスさせれば一件落着。

 とりあえず頚椎を折らなかったから、死んでは居ません。

 念の為、気絶しても離さないエクスカリバーを奪って……と。

 

「片付きました」

「木場君との経験が生きたか。所詮己の全てを捧げた一振りを持たぬ者は、どこまでいっても中途半端。己の芯が定めぬ多様性は害悪にしかならんのだよ」

「はい、ほんの僅かな重量や形状変化でも使う人間にとって致命傷となります。そして、全ての武器を意のままに運用する事は事実上不可能。下限を揃える代償に、習熟度の上限を引き下げる行為は愚かの極み。魔剣創造に頼る木場君と同じく、絶対の刃を持たない相手は何も怖くありません。それもこれもお爺様の教えあってこそですが」

「持ち上げるな手恥かしい。どれ、こやつも捨ててしまおう。兵藤君と爰乃の友人のようだが問題ないな?」

「敵ならば親であろうと倒せ、香千屋の家訓を私は守りたく思います」

「……英雄の素質といい、お前は生まれる時代を間違えたな」

 

 嬉しそうに苦笑するお爺様は、メッシュ娘と同じ手順でイリナちゃんを消した。

 何処へ飛ばしたのか尋ねると、教会勢力が運営する根城との事。

 感謝しなさいシスターズ。悪魔の情けで生かされた事実を忘れないで欲しい。

 そんな優しい祖父は転がっていたイリナちゃんのエクスカリバーをバラバラに切り分けると、大きい鉄片の中から何かの破片を取り出している。

 

「これでエクスカリバーのパーツが二つ手に入ったか。神棚に納めておくゆえ、アザゼルが来たなら渡してやりなさい。よいな?」

「承りました。その様子だと、お出かけですか?」

「いや、何時来るのかわからんのだ。念の為じゃよ念の為。それよりも、少しばかり騒がしくなりそうじゃな。お前に我が眷属を見せる絶好の機会が来たともいえるがね」

「……まさかさっきの連中が? 敵わぬと理解していないと?」

「来てもらわねば困る。その為にエクスカリバーを奪い、メッセンジャーとして生かして返したのだ。お前も着替えを済ませ準備をしておきなさい。少しばかり派手に遊ぶぞ?」

 

 お爺様が浮かべた少年の様な純粋な笑顔。

 似たような姿を見たのは、確か堕天使狩りの時だったかな?

 つまり、それに順ずる愉快なアトラクションが催されるということでしょう。

 しかも今回は、私も参加が許された。

 それは一人前と認めてくれた証。親鳥が共に飛ぶことを許した証明にほかならない。

 これから始まる教会勢力VS香千屋の一戦を前に、私は胸を高鳴らせるのだった。


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