「コカビエルさん、さっきのアレは何ですか」
「アレとは」
「お爺様への苦手意識を漂わせようとして失敗、イッセー君の追及を、際どく乗り切った情けない演技の事です。アレを本番でやらかせば、一発で客がしらけますよ?」
「あ、はい」
「よくぞこの調子で主役を射止められたと、驚くしかありません。主演の不始末は、そのまま全てに波及すると知った上での行動と理解しているんですか?」
「……死んで償いを」
「それを許されるのは素人まで。一度舞台に立ったなら、病気、怪我は勿論、親の訃報が伝えられようとも平然と客を満足させるのがプロ。貴方の目指す役者道とは、それだけ業の深い世界だと思います」
「このコカビエル、感服いたしました。爰乃さん、俺を導いてください!」
貶して落して諭した所、何故か感極まって滂沱の涙をコカビエルさんは流していた。
私は一般論を口にしただけの、全然テレビも見ない素人です。
あまり力になれないと思うんですが、それは……。
「……茶番は終わったか?」
「むしろこれからが本番。応援の人、貴方の神器は重要な舞台装置です。ちゃんと食べて明日に備え、英気を養って下さい。直接の出番こそ最後だけにしても、下地作りには協力して貰いますよ」
「応援の人ではなく、ヴァーリだ」
「これはどうも。私は―――」
「アドラメレク一派の要人にして、英雄の力を発現させた悪魔業界話題のルーキー。我が宿敵赤龍帝を鍛え、フェニックスの雛を一撃で葬り去った実績は計り知れない。違うか、香千屋爰乃」
クールに私の知らない情報を教えてくれたのは、木場君すら霞む美少年。
暗めの銀髪と、引き込まれそうなほど透き通った碧眼。何処かグレイフィアさんを思わせる容姿は、大概の女の子を虜にする事うけあい。
歳の頃は私と変わらないっぽいのに、派遣元のアザゼルさん曰く何処に出しても恥かしくない最高戦力とのこと。手駒不足なので、ホント助かります。
「妙な業界で有名になってますね……」
「一つ忠告だ。フェニックス戦で少しばかり派手にやりすぎた為に、一人の厄介な英雄が君に気付いてしまった。敵視されているのか、それとも好意的なのかは分からない。しかし、遠からず奴は君の前に現れるだろう」
「それは楽しみですね。人を殺す技術を千年練り続けてきた香千屋は、他種族はともかく同族に後れを取る謂れはありません。古今無双の英雄? それがどうしましたか? どれだけ強くなろうと、心臓を止めるか首を折れば人は死にます。誰であろうと、何時でもウエルカムですよ」
「力だけなら俺は君を圧倒できると自負しているが、その精神には畏敬の念を抱く。間違いなく君もまた強者、白龍皇たる俺が保障しよう」
白龍皇―――確かイッセー君の赤龍帝と対になる神器の使い手。
能力は真逆で、対象のあらゆる数値を半減させ続けるインチキ効果。減らした分を吸収出来る補助能力も備えているとかで、どう考えても赤より白が怖いと私は思う。
「それはどうも。聞けば赤と白は、どちらかが滅ぶまで戦うのが宿命とか。今回は嫌でも現場で顔を会わせますけど、やはり即決闘を?」
「いや、俺のライバルはまだ弱すぎる。今だ完全な禁手にすら至っていない様では戦うに値しない。彼が最低限のラインを超えるまでは放置するつもりさ」
「ライザーと五分程度。それも諸々の条件付じゃ話になりませんか」
「君なら、この思いを理解できると思うが?」
「そうですね。私は強者が大好きです。だから見た目や性別、それこそ種族が何であれ差別をしない主義。口だけで中身を伴わないのが一番嫌いですけど、イッセー君は前者ですよ?」
「ほう」
「彼は誰が相対しても弱いと断じられるでしょう。でも、同時に”明日が楽しみだ”とも評価されることを貴方は知らない。そんなイッセー君が弱さを受け入れ、自ら名乗った二つ名は赤蜥蜴。手始めに不死鳥を喰らい、地道に成長して赤龍に至る決意の表れだと私は思っています」
そう、そんな彼だからこそお爺様が目をかけている。
ヴァーリが王道を進む大樹なら、イッセー君は野に生えた雑草。
しかし侮る無かれ。雑草も、やり方次第では大樹を朽ちさせるもの。
真っ直ぐ太陽を目指して背丈を伸ばし、足元の大地に深く根を張る幼馴染は温室育ちに決して負けない。持ち前のタフさを生かして地道に勢力を広げることでしょう。
誰だって最初は弱い。
分かれ道はそこで諦めるか、それとも諦めないかの違いだけ。
心が折れない限り、誰にでも強者に至る道を与えられていると私は信じたい。
「……友人を侮辱して済まない。だが、お墨付きのお陰で楽しみが増えて実に嬉しい」
「分かって頂けたならそれで結構」
「当代の白と赤は、長い時間を与えられた悪魔だ。ワイン作りでは良質な葡萄ほど熟成に時間がかかると聞く。彼もまた長い年月を経て、誰もが認める極上の赤に生まれ変わると期待しよう。どうせ俺は君と同じく強ければ何でも良い。倒したい相手は両の手では足りず、発展途上を後回しにすることに不満は無いからな」
「私もリストアップされるように研鑽を続けますか。お眼鏡に叶うだけの力を得たなら一戦やりましょうね」
「今直ぐにでも、受けて立つが?」
「望むところ、と応じるとでも?」
「む」
「戦いばかりが人生じゃありません。ほらほら、揚げ物が揚がりましたよ。暇つぶしに台所でぶらぶらしてるなら運んでくださいな」
そう、今は台所で大絶賛調理中。
さすがの私も、エプロン姿で試合はごめんです。
コカビエルさんは下拵えから手伝ってくれるのに、ヴァーリは壁に寄りかかって話しかけてくるだけ。そんなに手持ち無沙汰なら皿ぐらい出して下さいよ。
「タイミングが悪かったか……」
「一品作ってくれているコカビエルさんと違い、眺めているだけのヴァーリに遠慮なんてしません。働かざるもの食うべからず。悪魔の教育がどういうものか知りませんが、この家に足を踏み入れたからにはルールに従って貰いますよ?」
「……ふっ、アザセルをして未来永劫最強の白龍皇と言わしめた俺を給仕に使うか。くくく、実に新鮮だ。これは生まれて初めての経験だ」
何がそんなに愉快なのか、こらえきれない笑いを漏らす白の人。
物を頼まれる事に慣れていない様子から察するに。やはりお坊ちゃんなのかな?
「エビフライはアンのね」
「我、狙いヒレカツ。鶏、不要」
「つまみ食いしたら怒られるかなー?」
「信賞必罰。我、スネーク続行推奨」
「了解であります!」
隠れているつもりがあるのか無いのか、台所を覗く少女の顔がチラチラ見え隠れ。頭の上には蛇。お腹を鳴らして空腹を全力アピールする姿は、ほっこりする微笑ましさ。
「……ヴァーリ、本当にアレが戦いたい強者の一角?」
「そうだ。特にアンズーは曽祖父腹違いの一族。本来なら、真なるルシファーと双璧を成す最強クラスの神鳥だ。アドラメレクの女王はまだ若い固体ではあるが、それでも並の上級悪魔を遥かに凌ぐ強大な存在だぞ」
「あの指を咥えて物欲しそうな子供が?」
「大変遺憾だが、アレとて魔王の血族。俺よりも血の濃い純粋種が弱い訳が無い」
「確かに全体的な配色同じですね」
「……」
言われて気づいたけど、確かにアンも銀髪碧眼。人間の伝承ではアンズーは天使の原型であり、その縁からルシファーと同一視されているとグーグル先生は検索結果を表示してくれた。
実際は親戚だったにしろ、ルーツが同じなら外見も似るんですね。
「子供を待たせるのも酷。ほらほら、一宿一飯と納得して下さい」
「分かった」
「コカビエルさんも、チキンが出来たらお願いします。私は向こうでご飯とかよそって、最後の準備してますので」
「ラジャ。ご期待に沿える一皿をお届けすることを約束しましょう」
「時にトマト系なのは匂いで察しましたが、料理名は何ですか?」
「若鶏のソテー小悪魔風」
「堕天使なのに子悪魔とはこれ如何に。座布団一枚進呈です」
ネタなのか本気なのか判断に苦しむ私は、自分とヴァーリの手に大皿を載せながらリビングへと歩を進める。
これから始まるのは夕食を兼ねた作戦会議。
当初の計画は、弦さんによる聖剣神父斬殺が発覚したことで修正が必要になってしまった。
やはりイレギュラーは、常に起きると想定しないと駄目ですね。
「不足するならレパートリー全開で作ります。ちゃんと運ぶ仕事をこなしたのだから、遠慮しちゃ駄目ですよ? 奪い取る気持ちで挑まなければ、全部欠食児童が食べちゃいますからね」
「ああ」
この予測はすぐに的中する。
やはりというべきか第一弾を運んだ瞬間に平らげられて、調理場にとんぼ返りの私。
アンを筆頭にフードファイトの様相を見せられ、備蓄食材の全てを使い切る大仕事で挑む事になるのだった。
「味には満足しているが、ミーティングはどうなった?」
「あ」
なるようになりますよ、多分。
第十九話「聖剣伝説-決戦前夜-」
コカビエルの結界により、学園は完全封鎖。
なのに小猫ちゃんの言によれば校門にだけ穴が開いているとの事で、露骨に弄ばれてる事を思い知らされてイライラが止まらない。
お陰で部室に集結できなかった俺たちは、学園近くの公園で作戦会議中っす。
援軍として部長の呼びかけに答えたソーナ会長と、その眷属も参加し対応策を模索中だったが、気がつけば時間だけが進み今や突入するしかない切羽詰った状況だ。
こうなったのもグレモリーとシトリーの間に出来た、埋めることの出来ない溝が悪い。
「私たちは被害を最小に抑えるため、眷属総出で結界を貼ります。出来ることならリアスも魔力供給に参加して、貴方のお兄様に救援を―――」
「それだけはダメ。要求を違えれば爰乃の身が危ないのよ。唯でさえフェニックスの一件で迷惑をかけているのに、ここで見捨てたならグレモリーの名は地に堕ちてしまう。恩を仇で返すくらいなら誇りある死を私は選ぶわ。何より、私の可愛い下僕達は皆やる気よ」
「……個人の感情を優先して、街一つの命運を賭けられません。最低限の損失で安全策を取れるなら、最大公約の利益を優先するのが上級悪魔の嗜みではなくて?」
会長は自分たちの能力を超えた事態に対して上層部への打診すべきと頑なで、部長はコカビエルの要求通り自分達だけで方をつけようと譲らない。
ただでさえ爺さん達が動けず時間も限られてるってのに、この不毛な言い争いは何だ
本当に危機感を持っているのか怪しい王達に呆れた俺は、思わず口を挟んでしまう。
「会長、そちらが爰乃の身を危うくする行動に移るのなら、俺はシトリーを敵に回すことも覚悟の上。お願いですから余計な真似はしないで下さい」
「……先輩の言う通りです。大恩ある香千屋先輩を見殺しにするとあらば、私も黙っては居られません。例えはぐれ悪魔に落ちようとも、為すべきことを為すと宣言しましょう」
「相手は幹部クラスのコカビエル。本気を出せば、学園どころかこの地方都市そのものを崩壊可能な化け物に本気で勝てると思うの?」
正論なんだがネチネチと……もう交渉打ち切って無視すっか?
優秀な敵より、足を引っ張る味方のが厄介って話は真実だったんだなぁ。
「転成したての下級悪魔が、公式戦敵無しのフェニックスを倒せると会長は予測出来ましたか? 出来ませんよね? でも現実はどうでしたか?」
「それは……」
「ああもう、最初から無理と決めて諦めるならすっこんでろ」
「ちょっとイッセー言葉を慎みなさい! 私はそこまで許していなくてよ!?」
ですよねー、会長って現レヴィアタン様の妹ですからねー。
悪いとは欠片も思ってませんけど、無礼な真似をしてすんません。
「部長。大勢の為に無関係な誰かを蔑ろにする為政者が、俺は大嫌いなんです。会長はテロに攫われた赤の他人なら交渉に応じない癖に、自分の血縁になると掌を返すタイプ。今回だって、姉のレヴィアタン様が同じ立場だったら人質の安全を第一に考えると思います。違いますか?」
「……仮に姉が攫われたなら、それは高度な政治問題よ。少しばかり名を売っただけの人間と比較することは出来ないわ」
それが本音か。確かに冥界の平穏を第一に考えるなら、会長は正しいさ。
でも、常に模範回答が満点だと思ったら大間違いだ。
今の発言、爺さんが聞いてたら殺されてるぞ。
「イッセー君、これ以上の問答は無駄じゃないかな。準備時間を有意義に使う為にも手早く片付けてしまおう。僕としても宿敵を前にして何時までも平静を保てなさそうでね」
「だな」
「僕は騎士と戦車を引き受ける。小猫ちゃんは兵士を頼めるかい?」
「……では手始めに匙先輩を潰します」
「俺は?」
「君はソーナ会長を仕留めて欲しい」
「任せろ……と言う前に、これだけは言わせて欲しい。巻き込んじまって悪い」
「それはこちらのセリフだよ。元はと言えば僕の私闘に付き合ってもらった様な物さ。何より、君達と一緒なら流浪の生活も面白い。喜んで反逆の汚名を受け入れようとも」
「……私も姉の真似をするだけです。お気になさらずに」
魔剣を構えた木場は本気で俺に同調し、小猫ちゃんなんて早くも飛びかかる寸前だ。
俺達の本気を悟ったのかシトリー眷属も武器を取り出し臨戦態勢だが、ぶっちゃけ顔合わせを何度かしただけの連中を倒す事に何の躊躇も生まれてない。
もしも手心を加えるとか甘い考えなら、俺はともかくウチの騎士は無慈悲に首を落すぞ。
爺さんに仕込まれた”抜いたら殺せ”の心構えは伊達じゃないからな。
それはともかく、お前らも同じ結論に至ってくれて嬉しいやら悲しいやら。
ちょいとばかり敵の数は多いが、そこはガッツで何とかしようぜ。
「本気なの!?」
「部長。お世話になったお礼に、貴方の気づいていない真理をお教えしましょう。それは人の命は同価値ではないと言う事です。僕にとって香千屋さんは最悪見捨てても構わない存在ですが、二人にとっては違います。先ほどイッセー君が宣言したとおり、彼女の命と世界の重さは釣り合うどころか香千屋さんに傾くのですよ。この意味、身内に格別の情愛を注ぐグレモリーの次期当主なら理解してくれますよね?」
「……それは」
「少しでも共感して頂けるなら、動かずじっとして頂きたい。貴方に好んで剣を向ける恩知らずは一人も居ません」
「答えは変わらないのね」
「……弦さんは正しかった。剣が善悪を憂う無意味さを、本当の意味で理解しましたよ。その上で最後にもう一度だけ問います。我が王よ、どうされますか?」
部長には悪いが、下僕だって人形じゃない。
譲れない部分でまで、盲目に従うと思っているならそれは傲慢だ。
前に転生悪魔の雇用条件はどんなもんかと調べたら、無理やり眷属にさせられた人間が少なくなくてびっくりしたよ。
下僕になった後も待遇はキリは極僅かでピンばかりっぽいし、そりゃ反逆する奴も出てきて当然だと思う。
部長はそうでもないが、やっぱ悪魔には人間を見下す風潮がある。
多分俺が最上級に上り詰めても、人間の成り上がりって馬鹿にされるんじゃね?
いかん、モチベーションが下がってきた。
最悪でもハーレムは作れる筈だから、ポジティブに頑張ろう。
おっぱいの為なら、俺はどこまでも頑張れるからな!
「……もうちょいで禁手が使えるからよ、それまで頼むわ」
「任せてくれ」
こんな事もあろうかと、既にバランスブレイカーへのカウントダウンは開始済み。
回答次第では、憧れのお姉様を葬る覚悟は済んでいるぜ。
朱乃さんは部長に付くだろうけど、目と鼻の先に居る今なら前衛に分がある。
鎧無しの俺もそうなんだが、どうにもグレモリー眷属は攻撃力特化で防御は薄い。
やられる前にやれ、そんな風潮が今はあり難い。
ちなみに木場が前衛を狙うといったのはブラフ。
交渉決裂と同時に、我らが女王を真っ先に倒しに行く腹積もりに違いない。
アイコンタクトだけでここまで分かり合える辺り、イケメン王子もいまや親友だな。
「……朱乃、貴方はどう思う?」
「身内を見捨てないのが、グレモリーの家訓ですわよね」
「……」
「私に聞かずとも、既にリアスの中で答えは出ているのではなくて?」
「……そうね」
お、この流れは。
「ソーナ、結論だけ伝えるわ」
「聞きましょう。名門悪魔に相応しい回答を期待していいのかしら?」
「悪いけど―――」
部長の口が紡いだのは、皆が望む音の羅列。
それでこそ俺達の王様だと、胸を張れる強い意思の込められた決別の言葉。
「助力をお願いして申し訳ないとは思う。でも、やっぱり私達だけでやることにするわ。だから邪魔をしないと誓って結界の維持に努めるか、お引き取り願える?」
お許しも出たし頑張るか!