赤蜥蜴と黒髪姫   作:夏期の種

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第02話「先手必勝」

 昨日はあんな事があったのに、不思議な程良く眠れた。

 やっぱり堕天使だろうが何だろうが、物理で殴れば倒せるって分かったのが大きいのだと思う。

 手合わせした感触では頭を潰せば黙り、主な急所も人と大差がないっぽい。

 それに魔法らしき大火力も、当たれば致命傷なのは銃と変わらない事に気付いた。

 じゃあ恐れる必要は無い。

 むしろ、今まで知り得なかった世界に首を突っ込めた事へのわくわくが止まらなかった。

 何しろ日本に限らず、世界を見渡しても人が神や悪魔を越える事例は数多く存在する。

 なら、私も同じ事を目指そう。

 今は無理でも、いつか人として神も悪魔も超えてみせますよ。

 でも、何はともあれホウレンソウが一番大事です。

 お爺様が出張から戻り次第、事情を説明して稽古をつけて貰おうっと。

 と、ご機嫌で放課後のひと時を堪能していた時だった。

 何やら視線を感じてみれば、イッセー君を伴って男子が近づいてくる。

 クラスが違うのであまり面識は無いけど、爽やかなスマイルと甘いマスクで学園女子のハートを狙い打つ木場祐斗君の事は知らない訳でもない。

 

「香千屋さん、僕はグレモリー先輩の使いでイッセー君と君を迎えに来たんだ。一緒に来てくれるかい?」

「そこに私の求める答えがあるのなら」

「例えば?」

「そうですね、一晩で誰かさんを瀕死の状態から回復させた魔法の正体とかでしょうか」

 

 そう、驚くことにイッセー君は朝から元気に教室で騒いでいた。

 風の噂によればグレモリー先輩と登校してきたそうで、幸せの絶頂の副作用らしい。

 本当はその件について問い詰めたかったのに、授業が終わると同時に消える始末。

 幸いと言うべきか、彼の机にはカバンが残されていたので戻ってくることは確定。

 こうして待っていれば、必ず釣れると踏んでいた私です。

 結果的におまけも付いて来たけど、想定内のイレギュラーだから問題は無いかな。

 どうせ使いを名乗る以上、木場君も悪魔なんでしょうし。

 

「爰乃、それは」

「イッセー君は黙っていて下さい。私は彼に聞いています」

 

 にっこりと笑いかけ、幼馴染の言動を封じる。

 さあ、どう出ますか?

 

「その問いに僕は答えることが出来ない。聞きたい事は部長に頼むよ」

「部長?」

「グレモリー先輩はオカルト研究部の部長で、これから案内するのもその部室さ。それよりもそろそろ移動しないかい? 他所のクラスであまり騒ぎを起こしたくないんだ」

「う、言われてみれば周りが五月蝿いですね」

 

 人外シリーズと知れば、黄色い歓声と妬みを込めた視線を向けてくる女子も黙るのか。

 そもそもにして、木場君にときめかない私です。

 何やら鍛えている風ではありますが、基本的に優男は嫌い。

 立ち居振る舞いから察するに、剣道辺りに手を染めているのかな?。

 油断せずに行こう、私。

 

「なんかウゼェし、先輩も悪い人じゃない。行こうぜ?」

「いいでしょう。何かあったら貴方の責任問題ですからね」

「おう!」

 

 安請け合いはいいけど、そもそも先輩は人じゃない事を忘れてないかな。

 能天気な彼にSAN値を削られた私は悪魔の使いに先導されながら、逃げるように教室を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 第二話「先手必勝」

 

 

 

 

 

 案内されたのは、今は使われていない木造の旧校舎。

 外見は古ぼけているけど、中は塵一つ落ちていない清潔感で満たされている。

 こんな所を清掃するのは人件費の無駄じゃ……

 そんな事を考えている内に、目的の場所に到着です。

 教室の戸にかけられていたオカルト研究部のプレートを見て思う。

 悪魔が堂々とオカルトを名乗るなんて悪いジョークだと。

 

「部長、お客様を連れてきました」

 

 木場君が中に確認を取れば、女性の声が了解を返してきた。

 私は彼に続いて室内に入ると、いつでも逃げられるように扉の前に陣取ることにする。

 中は広く、奥にはシャワールームらしき物まで見える始末。

 並ぶ家具も高級品っぽいし、学園の弱みを握って好き放題やっている事が見て取れる。

 さすが悪魔、上手い事やるものです。

 

「いらっしゃい、香千屋さん。私たちオカルト研究部はあなたを歓迎するわ」

「それはどもうご丁寧に」

「粗茶ですが」

「結構です、要件を済ませ次第退散しますので」

 

 テーブルにお茶を出してくれたのは、これまた有名人。

 イッセー君曰く、グレモリー先輩と双璧を成す二大お姉様の片割れの姫島先輩だ。

 私がストレートに流しているのに対し、こちらはポニーテールに結わえて剣術小町と言った風。大和撫子を体現する和の佇まいを纏う姿は女の私でも憧れてしまいそう。

 でも騙されませんよ。

 この場に居ると言うことは、こんな形でも悪魔の一派。

 見た目で判断するのは大変危ない。

 香り高い紅茶だって、何かを混入させていないとは限らないし。

 

「そんなに警戒しなくても何もしないわ。長い話になるから、ソファーに掛けなさい」

「未だに半信半疑ですけど、悪魔の言葉は信用に足りません」

「と言うか、逃げ道を確保しているつもりでしょうけど……無駄よ?」

「やってみなければ分かりませんよ」

「だってあなた、祐斗の動きに反応できていないもの」

 

 えっ? と振り向いてみれば、瞬きの間に木場君の姿が消えた!?

 気配を感じて振り向くと、申し訳なさそうな彼の顔が目と鼻の先。

 意識を先輩に向けていた事を加味しても、あっさり背を取られるなんて信じられない。

 

「木場の能力は超スピード。お前は単純に回り込まれたわけだ」

「イッセーのおかげで説明の手間が省けたわ。その気になれば一瞬で方がつくのよ? これが私の提示する信用の証ね。無駄な暴力は趣味ではないの」

「ぐぬぬ」

「まだ不満?」

「……先輩は負け犬ってどう思います?」

「あまり良く思わないわね」

「私は尊敬しますよ。だって戦って負けたから負け犬なんです。負けるのが嫌だからと、挑む事すら放棄した家畜に私はなりたくありません」

「誇りを傷つけたならごめんなさい、そんなつもりは無かったの。最初からこう言えば良かったわ。香千屋さん、あなたイッセーなら信用できるのよね?」

「彼はキングオブ変態ですけど、基本的に嘘は言いませんので。時に先輩、ファーストネームで呼ぶとは随分と親しいんですね。びっくりです」

「それはそうよ、この子は私の可愛い下僕だもの。イッセーには話しておくように言ったけど、その様子じゃ知らないのかしら」

「は?」

 

 何やら連絡ミスがあったらしい。

 ジト目でイッセー君に向ければ、両手を合わせて拝まれた。

 それはさしずめテストを隠していた子供の姿。

 どうでもいいから、さっさと吐きなさい。

 

「じ、実は俺って悪魔になっちゃったわけで」

「ぷりーずわんすあげいん」

「堕天使に殺されかけたの知ってるだろ?」

「むしろ現場に居ましたが」

「あれってようやく思い出せたけど二度目なんだ。初回の時も致命傷でよ、命を救って貰う代償に部長の下僕悪魔に転生してたっぽい」

「ほう」

「今は最下級の下っ端だけど、地道に働いて目指すは上級悪魔。ハーレム王に俺はなる!」

「つまりアレですか、私は愚かにも罠に嵌ったと。身内面して油断させるとは正に悪魔ですね」

「なんか話がおかしくね?」

 

 おかしいのはイッセー君です。

 主の秘密を知った私を始末するべく、虎口に誘い込むとは何たる策士。

 馬鹿と天才は紙一重って本当だったと驚いています。

 

「割と長い付き合いでしたが、この場で絶縁します。馬鹿だ馬鹿だと思っていても、一本気のある信用に足りる漢と思っていただけに残念です」

「ちょっとイッセー、話がおかしな方向に転がっているわよ?」

「コイツって思い込みの激しい部分が厄介なんですよ。爰乃、話をちゃんと―――」

 

 いやらしく伸ばされた手を掴んで、裏切り者を全力で投げる。

 狙うのは案内人。悪魔の力がどういうもの分からないけど、この世の支配者は物理法則だ。男子高校生一人分の重さに速度を与えてぶつければ、どんな相手でも隙が出来る。

 仮に避けられてもそれはそれ。逃げ道が確保されるだけで御の字ですし。

 そして、木場君が選んだのはイッセー君の受け止めだった。

 悪魔の癖に仲間思いとは片腹が痛い。その優しさを人にも向けて欲しいと思う。

 

「か、彼女を止めなさい! 但し、怪我をさせちゃダメよ!」

 

 悪魔の首領は私を生贄か慰み者にしたいらしく、生け捕りがお望みと。

 ですが戦利品としての価値を優先するあまり、中途半端な命令になっていますよ。

 

「玩具にされる位なら死んだ方がマシです。知識欲に釣られた私が一番迂闊でしたが、これでも下準備は怠っていませんよ?」

「きゃぁぁぁっ!?」

 

 話し合いだけで済むとは最初から思っていなかったので、昨日のうちにお守り代わりの聖水を仕入れておいて正解だった。

 夜中に発注して、翌朝登校前に届くとはさすが密林さん。

 ポケットに忍ばせておいたソレを真っ向から向かってきた姫島先輩にぶちまけてみれば、一撃必殺に届かないにしろ酸を被った程度のダメージは通ったらしい

 さすが☆5評価。アンデルセン神父お勧めは伊達じゃなかったようです。

 今が好機と残りを男悪魔ズに飛沫として撒き散らし、苦しむ姿を尻目に一目散に逃げる。

 この様子だと十字架とかも効きそう。次回があれば試す事にしましょう。

 しかし、何とも詰めの甘いゆるい連中ですね。

 ひょっとすると擬態とかでなく、彼らもまた若い子供の固体なのかな?

 私ならもっと上手くや……う、後門の虎がっ!

 

「……行かせません」

「ならば、押し通ります」

 

 小柄な体躯ながら、圧力を感じさせる少女が廊下を塞ぐように構えていた。

 一見小学生にしか見えないロリ枠な彼女でも、敵になるなら容赦はしない。

 構えから打撃を中心にした武術を収めているようだけど、功夫が足りないね。

 お爺ちゃんの朋友みたいに意を消せてないし。

 予告されても気が付いたら殴られているレベルじゃないと、ストライカーとは言えない。

 ほら、そんな見え見えのテレフォンパンチじゃ返されて当然だよ?

 

「体の正中線を狙うのは及第点ですが、そこに至るまでの手順が赤点。もう少しマシになってから挑みなさい」

 

 唸る拳音から察するに見た目に反する強力な膂力ですが、只の暴力に怖さは感じない。

 掴むのも億劫なので、平らな胸に回転を加えた掌を打ち込む。

 これぞ衝撃を浸透させて対象の心臓を瞬間的に停止させる簡易必殺技!

 堕天使と同等のタフネスと想定しても、カウンターで威力を上げているから大丈夫。

 ほら、うんともすんとも言わなくなった。勝った、第三部完!

 

「さて、急いで帰りましょう。使える道具を探して迎撃準備です」

 

 どうせ逃げても身元が割れているので無駄。

 だから私は有利な条件で迎え撃つことを選択する。

 聖水が効くなら国と宗教こそ違えど聖域である神社は苦手だろうし、何よりも世界で一番強いと信じる絶対的なヒーローがそろそろ帰ってきている。

 簡単に殺されてなるものか、その思いを抱いて私は駆けるのだった。


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