おかーさんに巣立てと言われて、最初はなんとなく空を飛び回っていた。
たまーになわばりがーとか、だれのとちにーって怒る人も居たけど、みんなぺしっとすれば逃げるから不自由を感じたことはなかったの。
そんな毎日をずっと過ごして、鳥友達も増えてきた頃だったかな。
お菓子をもぐもぐしてたら、知らないお爺さんがやってきたのは。
「悪魔さん、アンに何かようじ?」
「その前に確認じゃが、現神鳥アンズーたるテトレーの娘で間違いないかね?」
「うんー」
「毎日は楽しいか?」
「……あんまり」
「目的の無い人生だからじゃな」
悪魔さんは、アンの心の中をどうして知っているのかな。
今までにもアンに近づいてきた生き物はたくさん居た。
でも、みんなへこへこするか、偉そうにするだけで、ばーんやればいつも逃げていく。
けど、この人はどこか違う気がする。
久しぶりにわくわくしたアンは、悪魔さんに向かい合ったのです。
「そーなの?」
「うむ、無制限の自由はつまらん。制限があってこそ、価値が生まれるのだ。宝石とて無限にあるのならゴミも同然。ほんの僅かだけ存在するからこそ輝くのだよ」
「むずかしくてわかんない」
「簡単に言うと、わしの下で働け。代償として人生の楽しみ方を教えてやろう」
「えー」
「お前の母親が、定住せずふらふら生きるお前に不安がっておるのだよ。次期アンズーたる一粒種が、こうも空虚ではあまりにも恥かしいとな」
「好きにしろって言ったの、おかーさんなのに……」
「わしはお前の生き方をとやかく言わん。自分の一生、他人に無理強いされず自由に使え。かく言うわしも、他人をとやかく言えるほど真っ当ではないからのぅ」
「うん!」
「しかし、今のままでは無駄に日々を生きて感情をすり減らのみ。鳥の世界は知らんが、悪魔は心の振幅が失われれば大概自殺コース。正に今のお前ではないかね」
そうなんだよね。
美味しいご飯を食べても、きれいな石を見つけてもふーんってなっちゃう。
楽しいって最後に感じたのはいつだったかなー。
景色が灰色に見える前の頃だった気がする。
「悪魔さんの所で働けば、楽しくなれるの?」
「おそらくは、な。無理強いはせぬから、お試しでやってみんか?」
「やる!」
「良い返事だ。お前の母は旧知の友、悪いようにせんよ」
「悪魔さん、悪魔さん、アンは何をすればいいの?」
「さし当たっては人間のふりをして世界を回るぞ。どうせアンは自前の翼でしか移動したことが無いのだろう?」
「うんー」
「何事も経験。最低でもユーラシアを出るまでは一緒に居なさい」
「はい、ご主人様!」
「それでよい」
こうしてアンはご主人様の女王だったかな? になったのでした。
それからずーっと、アンはご主人様といっしょ。
ご主人様は、たくさんたくさん面白いことを教えてくれた。
がたごと走る機械は見たことの無い景色を。
連れて行ってくれたごはんやさんは、お皿もテーブルもぴっかぴか。
ゆっくりしか飛べない鉄の鳥は、ちょっとつまんなかった……
でも、ほんの少しの自由時間はぜんぶ自由だった時よりずっと輝いたの。
「鳥、我、鬼灯。仲間歓迎」
「アンはアンなの。よろしくね、蛇さん!」
食べ物としか見てなかった、ぐねぐねの友達も出来た。
「ステイツに滞在するときは、私を頼って下さい。美味しい食事に綺麗な洋服、テーマパークのチケットまで何でも面倒みましょう」
「わーい!」
うるさいけど、普段は優しいげんとも仲良くなれた。
「我輩、世話になった飼い主が天寿を全うするまで合流しないニャ。今は顔合わせだけで失礼するニャン」
「はーい!」
まだら模様の猫さん以外のしもべとは、みんな仲良し。
いつか、まだ他にも居るって言ってた会えて無い人たちとも友達になりたい。
みんなのおかげで、アンの世界は昔みたいに色を取り戻せた。
だから、アンは絶対にご主人様たちを裏切らない。
ずっと、ずっと一緒に居たいから悪い子が来たら倒すの。
そしてたくさん過ぎた頃、ご主人様が人間を育てるのに忙しくなっちゃった。
だからアンは邪魔しないように、一人で世界一周チャレンジを開始っ!
人の乗り物と徒歩だけで星を一周する旅に出たのでした。
そんなある日、久しぶりにご主人様の呼び出しが!
びゅーんして蛇さんの家に行ったら、知らないお姉ちゃんを紹介されたのです。
「お腹が減ってるのでしょう? こんなので良ければ食べますか?」
「たべるー」
人間はご主人様と同じ匂い。
ご主人様の子供だからお姫様なんだって。
よく分からないけど、美味しいご飯もくれるし、頭もなでなでしてくれる。
蛇さんもげんも姫様が好きらしいけど、アンも負けない位大好きになりました。
そんな姫様が、お仕事をくれた。
がっこうって家を探検して、地図を作ればケーキを焼いてくれるんだって。
蛇さんも食べるの大好きだから、一緒に働いてご褒美を貰おう!
「アン、我眠い」
「ケーキ食べたいよね、ケーキ!」
「巻きつく、頑張れ」
「がんばるのであります!」
色んな部屋をぐるぐる回って、大きさを揃えながら地図をスケッチブックに描く。
旅のお陰でマッピングは得意なアンなのです。
結構時間をかけちゃったけど、きっと姫様も褒めてくれる出来栄えなの!
最後にお外の方を見に行って完成させようっと!
第二十一話「聖剣伝説 -イレギュラーエンカウント-」
僕達が学校に突入すると、既に戦いは始まっていた。
先客の正体は破壊の聖剣使い、ゼノヴィア。
おや、アドラメレク様に殺されかけた割に元気だね。
これが僕には与えられなかった、本当の奇跡って奴かい?
てっきりコカビエル相手かと思ったら、相手はワイルドな犬が三匹。
首は三つに闇夜に光る真紅の双眸。
イッセー君に薦められて読むようになった漫画に出てきた怪物の親戚かな。
確証が無いので沈黙を選んだら、正解は部長が教えてくれた。
「アレは……ケルベロス!」
忌々しそうに言われても、部長と朱乃さんしか驚いていませんよ。
八岐大蛇の後だと、いまいちインパクトに欠けると言いますか……
ほら、小猫ちゃんなんて露骨にほっとしてる。
無理の後に頑張れば倒せるレベルが出てきたら、そりゃこうなります。
「加勢しますか?」
「聖剣使いなら堕天使にも有効でしょうし、恩を売って損はないわね。私と朱乃は後方から支援するわ。祐斗と小猫で援護出来るわよね?」
「……分かりました」
「……命令とあらばやりましょう。しかし、この程度なら二人で十分。部長も副部長も火力はイッセー君と同等以上です。魔力は一滴残らず首魁に使う事を進言します」
「いいでしょう。特訓とやらの成果、私に見せて見なさい」
「お任せを」
「お、俺は?」
「聞いての通り、イッセーは大切な切り札。バランスブレイカーの限られた力を最大限に生かす為にも、ここは待機なさい」
「はい、部長!」
「アーシアは、状況に応じて僧侶の本分を果たすこと」
「わかりました。何かあれば回復の光を飛ばしますけど、祐斗さんも小猫さんも気をつけて下さい。もしも死んじゃったら泣きますからね?」
「……最悪の事態を想定しなくても大丈夫です」
「小猫ちゃん。少しは信じて貰えるように、ささっと片付けようか。獣如き、戦車と騎士の進撃で鎧袖一触だろ?」
「……当然です」
やれやれ、命令とはいえ教会の犬を助ける羽目になるとは。
でも、利用できるものは全部使うと決めているから感情は殺す。
何せ堕天使の側に、エクスカリバーの全てが集められているんだ。
以前は適性を持っていなかった筈のフリードを聖剣使いに仕立て上げたバルパーが組している以上、新しい使い手を用意して間違いなく使ってくる。
僕には好都合だけど、イッセー君たちには危険な代物だ。
力を貸して恩を売り、せいぜい彼女には弾除けになってもらわないとね。
「……祐斗先輩、犬を中央に誘導します。まとめて行けますか?」
「OK、一網打尽に行こう。実は試したい技があるんだ」
「……楽しみです」
ゼノヴィアが相対するケルベロスの首を一つ落すのを見計らい、僕は両手に魔剣を生み出して投擲。怒り狂って暴れる駄犬の注意を引き付けて一言だけ告げた。
「加勢してやるよ、後輩」
「これは先輩、私にすら勝てない身で何が出来るんだ?」
「ルーキー相手に本気を出さなかった年上の配慮に気がつけない辺り、君も大概だな。これから本当の暴力を教えてやろう。巻き込まれないように僕より後ろに下がれ」
「よく分からんが、私もこのままではジリ貧だ。今回だけは従ってやるぞ悪魔!」
人体実験への皮肉が通じないとはね……
思わず斬り殺したくなる所をぐっと押さえ、ケルベロスを適当にあしらいながら小猫ちゃんの合図を待つ。
我ながら大人になったと思う。
少し前の僕なら教会の聖剣使いを前にしたら、命令を無視して剣を向けただろう。
それもこれも、アドラメレク様とイッセー君のお陰だ。
気の狂いそうな修練で、如何なる状況にもブレない冷徹な精神を。
壁を次々と越え続ける親友の背からは、折れない鋼の心棒を。
今の僕は、単純に復讐の炎を燃やした少年時代を卒業したと胸を張って言える。
「……これでどうですか?」
小さな体でケルベロスを吹き飛ばすのは、ある意味で僕に良く似た後輩だった。
彼女も負けず劣らずの闇を抱え込んでいたのに、気がつけば大きく変わったものだ。
原因は香千屋さん。
精神的に引き篭もっていた小猫ちゃんは彼女によって陽光の下に引きずり出され、強制的に外の景色を見せられたんだ。
内の狭さを知り、大海の広さに驚き、知らない景色が見たいと恐れず漕ぎ出した結果、小猫ちゃんは生き生きと笑うようになった。
先へ進むために貪欲に力を求め、決して後退しない強さを手に入れた頼れる仲間を僕は尊敬する。
でも、だからこそ先達として一歩先を進もう。
つくづく先輩って大変だ。
追い上げてくる後輩と親友に抜かれない様、立ち止まる事を許されないのだから。
拳打で強制的に動かされた先、そこは僕に夢中だったケルベロス二匹の密集地。
犬コロが哀れな鳴き声を上げて団子になるのを見計らい、僕は神器を解放する。
「魔剣創造、全開っ!」
地面に触れた平手から魔力を流し込めば、神器が僕のイメージを現実に転化。
獲物の全身を貫くように大地から数え切れない幾種幾多の魔剣が生まれ、目から光を失ったケルベロスをズタズタに引き裂いても刃の森は成長を止めることは無い。
いや、ね、本当は止めたいんだ。
白状すると、コントロールがいまいち出来ない。
部長との会話で一振りの剣でありたいと心底願った瞬間、突然使えるようになった技だよ? ぶっつけ本番で上手くいくわけが無いじゃないか。
どうせ学校に向かって伸びているし、仲間に迷惑は掛からないから良しとして欲しい。
……そう思っていた次期が僕にもありました。
「凄いな……確かにこれでは加減されていたと認めるしかない。暴言、済まなかった。一人の剣士として貴様を尊敬したいと思う」
「日本語が不自由と思い込んで怒らないでおくよ。少しでも恩義を感じるのであれば、コカビエルに傷の一つでも負わせて欲しい。剣士を名乗るなら言葉よりも剣で語れ。そう僕は教わった」
「よかろう。私とて奥の手はあ―――アレは何だ?」
「!?」
校舎の玄関口からフラリと現れた人影が、刃の暴風に巻き込まれた瞬間だった。
気圧偏差による酷い耳鳴りと同時、制御下にある魔剣が全て粉微塵に砕け散る。
何が起きたんだ!?
まさか学校を壊しそうな気配に気付いた部長が手を打った? と慌てて振り向いても、青い顔をしているのは後ろに残った四人も同じこと。
「……まずいです、先輩。最悪を通り越して言葉に出来ないレベルのピンチです」
「何が、起きると」
「……先輩も知る災厄の具現が来ます」
旋風が消え行く鋼の残滓を吹き払う前に、小猫ちゃんだけはソレに気付いていたらしい。
最初は何事かと理解に苦しんだのも束の間、僕は真の絶望を知る。
「……今のやったのだーれ?」
風を纏い、破片を握り締めながら向かってくるのは銀髪の少女。
天真爛漫の笑顔は何処へやら。無表情の仮面を貼りつけ、コカビエルすら凌ぐプレッシャーを放つ姿からは目が離せない。
気分は腹ペコライオンの前に正座したシマウマかな?。
嫌な汗が止まらないのは、本能が死を覚悟した表れなのかもしれない。
「アンね、頑張ったの。お仕事終わったらケーキが貰える約束なの」
「はぁ」
「でも、色んな鉛筆で書いた地図を剣がズバーンしてぐちゃぐちゃ!」
そ、そうか、紙切れの正体はお絵かき帳か。
何処のかは知らないけど、マッピングしてたんだね。
「……」
「犯人をアンのどりょくのけっしょうと同じ目にあわせる!」
ははは、僕に死ねと。
おっとゼノヴィア、僕を売る仕草を見せたら殺すよ?
君も上手いことこの場を乗り切る知恵を出すんだ。
一蓮托生、死ぬときは道連れだからね?
「姫様の友達の人。見てたならアンに教えて? 教えてくれないならめんどーだけど、みんな壊しちゃうよ? アンが守るのはご主人様と姫様と友達だけだからね?」
「す、少し待って欲しい。ちゃんと思い出すから!」
「うん、わかった」
回答次第で例の轟雷か、それに準じた何かが起きる。
放っておけば、コカビエルも血相変えて飛んで来そうな異常事態だ。
今はまだ大人しいが、機嫌を損ねると全ての陣営の思惑を無視して盤面を引っくり返すこと請け合い。色々な意味で、取り返しがつかない事態になるだろうね。
そもそも、何でこんな所に居るのか分からない。
さりげなく介入してきた弦さんと言い、アドラメレク眷属は手を出さない約束は何処に?
「……お前はコレが何か分かっているのか? この気配は尋常じゃないぞ?」
「……コカビエルと同程度の化け物さ。君達が失敗した後、アドラメレク宅を攻めた天使と教徒を一人残らず滅ぼした存在と言えば理解できるかい?」
「……そ、そんなのが何故にしれっと出てくる!?」
「声が大きい」
「す、すまない」
「そもそも、君は状況を何処まで把握している。アドラメレク氏の孫がコカビエルに攫われ、眷族含めて手出しが出来ない事くらいは知っているのか?」
「知らん。何故か私の傷は簡単に癒えたのに対し、イリナの怪我は全然治らくてな。仕方が無いので私だけ街を徘徊していたところ、妙な気配を感じて今に至っている。つまり、よく分からんが化け物が居たので戦っているだけだ」
「つまりイレギュラーか。時にその妙に力の強い剣は何だい? 」
「デュランダルだ。私は元々これの適合者。エクスカリバーも扱えたから任されていただけで、本業はこちらだよ。破壊力なら世界有数の力だぞ?」
こ、この女はさらっと恐ろしい事を。
切れ味だけなら最強と聞く、悪魔の天敵じゃないか。
「まーだ?」
おっと、時間的な余裕は無いんだった。
言い争うのは別の機会にしよう。
「もう少しだけ時間が欲しい。どんな顔だったか思い出せないんだ」
「……あとちょっとだけだよ」
うわーい、目が怖い。
アレは役に立たないゴミを処分しようと決めた無関心の目だ。
早く、早く何とかしないと!
そういえば小猫ちゃんの姿が……ああ、状況を部長に伝えに戻ったんだ。
君は味方を見捨てて逃げるような子じゃないから、その点は安心出来る。
「暇だから、みずたまりどーん!」
プールが圧壊した!?
「広い部屋ばーん!」
随分簡単に体育館まで……。
このままだと、何時僕の番が回ってくるか分かったものじゃない。
考えろ、考えろ、考えろ。
そう、甘言を弄して騙すのが悪魔だ。
今こそ真の悪魔に僕はなる!