赤蜥蜴と黒髪姫   作:夏期の種

22 / 92
王と女王の火力は本編準拠。
全てを滅ぼす魔力とは、犬コロの炎に相殺される程度の物らしいです。


第22話「聖剣伝説 -メインフェイズ1-」

 アンの登場を知った私が膝から落ちるのと、コカビエルさんが岩になるのはほぼ同時。

 予想を裏切られることに慣れつつある我々も、さすがに呆気に取られる展開です。

 

「……もう、止めませんかね」

「ダメです」

「何一つ望み通りに進まないとか、呪われてるんじゃないっすか? どうせこれを乗り切っても、また次の問題が待ち受けてるんじゃね?」

「気持ちは痛いほど分かります。でも、途中で投げ出すことは許しません。もしも逃げたなら、夢の舞台を社会的にぶち壊しますのであしからず。後、素が漏れてます」

「……冗談ですよ。俺はプロ、幕が落ちるまで楽屋に戻りません」

「ならば対策を一緒に考えてください。名前を出されるとリカバリー不能なので、それだけは避ける必要があります」

「いっそ、こちらから出迎えに行くのは如何でしょう。最終決戦を前倒して、無理やりのシリアス展開に巻き込み無かった事にするみたいな」

「癇癪を起こした子供は正論が通じないだけ厄介ですよ。 下手に刺激すれば理不尽な大暴れ、三つ巴のバトルロイヤル勃発の可能性が……」

「なにそれ怖い」

 

 こちらから手を出す手段も見つからず、さすがの私もやけっぱち。

 どーして、こんなに胃をキリキリさせなければならないんですか?

 楽しむと決めた矢先にこの展開は、ストレス全開ですよ?

 

「爰乃さん、ここは一つ主役を信じて任せますか。彼の話術次第で打てる手も変わります。今は様子見が最善かと」

「……まぁ、どうせ互いの首脳陣は何が起きてもノータッチ。仮に茶番と知られても笑い話で済みますもんね。無理に動くのも得策ではないでしょう」

「いや、俺は割とイケルと思ってますよ?」

「その心は」

「鳥を懐柔出来ない場合、グレモリーは皆殺し確定。死に物狂いでネゴシエーションすれば、意外と何とかなりますって」

「それもそうですね」

 

 結論は静観。

 何事も最後までやり遂げるタイプの私も、さすがにそろそろ疲れました。

 万馬券が来ると信じて、木場君の閃きに全額ドンします。

 これで手持ちが増えるなら、まだ頑張れる。

 もしも負けたら、ドッキリ成功のプレートを見せて帰りましょうか。

 

「弦さんも、手を出さず待機して下さい」

「御意」

 

 段々と適当になる私達。

 もう、ゴールしてもいいよね?

 

 

 

 

 

 第二十二話「聖剣伝説 -メインフェイズ1-」

 

 

 

 

 

 クールになれ、木場祐斗。

 絶体絶命のピンチは、同時に起死回生のチャンスにも通じる。

 OK、じゃあ状況を確認しようか。

 鳥の知能は、小学生レベルと思っても良いだろう。

 つまり、簡単かつ分かりやすい言葉でなければ通じない可能性が高い訳だね。

 次に落し所を探って見ようか。

 前段から駆け引きの類は無い筈なので、本人の弁をそのまま信じよう。

 ケーキ、彼女はそれを得る機会を失ったと言った。

 でも、注意すべき点はそこじゃない。

 彼女クラスなら、ケーキ程度好きなだけ食べられる立場だ。

 なのに仕事の代価に初めて得られる……これにより特別な物と推測される。

 つまり、可能性は二つに絞られる。

 一つ、単純に手に入りにくい極めてレアな品だった。

 二つ、仕事の成果として得られる褒美であり、ケーキなのは唯の偶然。

 

「……特別なケーキだったのかい? 同じ物が手に入るなら僕が買って来るよ?」

「代わりは無いの! ひ、じゃなかった、お姉ちゃんが焼いてくれないとダメなのっ!」

「そ、そうなんだ」

 

 二番……か?

 一番困るパターンだ。

 子供をあやすように、飴玉渡してのご機嫌取りが通じそうも無い。

 お姉ちゃん、さしずめ弦さんかな?

 手出し厳禁を理解していないようだし、適当な時間潰しを与えたって所だと思う。

 仮に僕がコカビエルに罪を擦り付ければ、矛先は変わるだろう。

 目の前はそれで乗り切れる。

 但し、僕は遠からず真実に辿り着くアドラメレク眷属に何をされるやら。

 それじゃあ意味が無い。寿命が何分か延びただけじゃないか。

 

「ねー、本当はお兄ちゃんが犯人さんでしょ? にせものまけんをたくさん作れる神器の匂いがするよ?」

 

 って、サイン交換の最中にバットが飛んで来た!

 魔剣創造を察知した上で、カマをかけてきただと!?

 知能は低くても、知性は人並み以上。マズイ、読み違えた。

 小手先で誤魔化すと、あっさり看破される気がしてならない。

 ここは一つ腹を括ろう。匂いとか言われた時点で、取り繕うことは無理さ。

 過去に戻れるなら、もう少し剣以外のスキルも磨けと自分に言い聞かせたいよ。

 

「……ゴメン」

「じゃあ、ばーんする」

「悪気はなかったんだ。例えるならキャッチボールをしていたら、手が滑って家の窓を割った様なもの。どうすれば許してくれるのかな」

「ぐしゃぐしゃにするのー!」

「どの道、話が通じる相手じゃなかった!」

 

 駄目だ、彼女の中で有罪が確定している。

 思考回路が単純なだけ、迷いが無くて手に負えない。

 僕は死ぬのか?

 過去の象徴へ手が届きそうなのに、ここで終わりなのか?

 

「待って下さい!」

「んー?」

 

 皮肉な事に、神は僕を見捨てていなかったらしい。

 死神が空気を圧縮し始めたところで、聖女が間に合った。

 アーシアさんがアンさんを抱きしめる様に拘束すると、即座に神器を発動。

 淡い翠の光を少女の閉じられた手に集中させて、何かを試みている。

 敵意ゼロな、温厚派のアーシアさんで本当に良かったよ。

 他の誰かが同じ事すれば、おそらく敵対行為と見なされて殺されていた。

 世の中、何が幸いするか分からないものだね。

 で、何をするつもりなんだい?

 葬式は十字教以外でお願いしたいから、お祈りいらないよ?

 

「これで木場さんを許してあげられませんか?」

「すごーい、お姉ちゃんすごーい!」

「だ、駄目でしょうか……」

「ゆるすー」

「あ、有難うございます」

 

 なん…だと……。

 鳥が興奮して掲げるのは、汚れ一つ無い綺麗な紙切れ。

 描かれた絵も、線の一本すら欠ける事無く完璧に復元されていた。

 

「んーとね、悪魔なんて美味しくないし、すぐ壊れちゃうからどうでもいいの。それよりもどうやったの! おしえて、おしえてっ!」

「あ、あはは、どう説明したらいいのでしょうか……」

 

 君の力は、無機物まで回復させるレベルに辿り着いていたのか。

 何というか禁手を超えて、言葉通りにバランスをブレイクしてやいないか?

 聖母の癒しのポテンシャルが凄いのか、素材が逸材なのか僕には分からない。

 汎用性を考えれば、とっくに神滅具使いを凌ぐ価値だよね。

 ひょっとしなくても、僕らの中で一番インチキなのは君なんじゃ……。

 

「と言う事で、アンさんは納得してお帰りになるそうです」

「助かったよ。しかし、何時の間にこんな事が出来るようになったんだい?」

「えっと、皆さんの怪我の回復に一生懸命取り組んでいたら、いつの間にか服もセットで直せるようになっていました。理屈は私にも分かりません」

「生きるか死ぬかの瀬戸際で気にしたことが無かったから、初めて知る真実。言われて見れば着替えた事が無かったような……」

「はい、神器は使用者の思いに応えてくれる神様の奇跡で―――あうっ!?」

 

 常々疑問なんだけど、祈りでダメージが発生するのは何故だろう。

 祈る行為により何らかの力が発生するのなら、何十億と言う信者が発する力は何処に消えるのかな?

 個人が一瞬脳内で思考するだけで激しい頭痛に襲われる以上、何らかの手段で蓄えて武器に転用すれば聖剣をも凌ぐ対悪魔兵器が完成する筈。

 しないのか、出来ないのか、少しばかり気になるところ。

 

「まったねー、お姉ちゃん!」

「はい、爰乃さんの家でお会いしましょうね」

 

 おっと、女王様がお帰りだ。

 

「こんなもので謝罪にはならないと思うけど、せめてもの気持ちです」

「なにこれ」

「この国で有名な、母親の味が謳い文句の飴玉かな」

「ふーん、ならお姉ちゃんの手品も見れたし帰ろうっと。今度はがーんだからね? もうやっちゃだめだよ?」

「分かりました」

 

 てくてくと学校に戻っていく災厄は、あまーいとご満悦の様子。

 熱しやすい代わりに冷めやすい。それが彼女の本質なんだろうね。

 偶然ポケットに入っていた賄賂で、怒りメーターがリセットされる事を切に願うよ。

 

「き、木場、無事か!?」

「アーシアさんのお陰で何とか……」

「アーシアは俺の女神だからな?」

「大丈夫、親友の女に手を出すほど飢えちゃ居ないさ。知っての通り、こんな顔だから選びたい放題だからね」

「言うじゃねぇか、このイケメン野郎」

「ははは、部長とアーシアさんを囲うイッセー君もこちら側だよ。さよなら非モテの世界。ようこそ持てる男の世界へ」

「そうかー、そうだよなー。実感ねぇけど、ハーレム王の夢が現実に出来そうな状況だもんなぁ。爰乃の言う通り、この戦いが終わったらアーシアと部長に告ってみるぜ!」

「……死なないでくれよ?」

 

 分かりやすい死亡フラグを立てるイッセー君がとても心配だった。

 

「おう、それよりも先を急ごう。割と余裕があったのに気付けばカツカツだからな」

「……気付くのが遅いです。祐斗先輩まで先輩に染まるのは止めて欲しい」

「そんなにキャラ変わったかなぁ」

「……かなり」

 

 それはきっと良い変化さ。

 張り詰めた糸はすぐ切れるし、限界まで研いだ刃は薄く脆い。

 どんな窮地でも冗談を言える余裕がないと、ダメなんだと思う。

 

「この先、また敵が居ないとも限らないから、僕とイッセー君で先行しよう」

「……では私はアーシア先輩を本隊に戻して護衛の継続を。今以上の化け物が出てこないことを祈ります」

「毎度毎度アレ級が出てこられたら、僕の心は折れると思う」

「泣き言はいらねぇから、行くぜ相棒!」

 

 イッセー君と拳をぶつけ合い走り出そうとするも、妙な抵抗が邪魔をする。

 何事かと振り向けば、ハイライトを失った暗い瞳のゼノヴィアが僕の服の裾を掴んでいた。

 存在を忘れてたけど、こんなのも居たね。

 

「……私も連れて行ってくれないか?」

「役に立つのなら」

「立つ、筈だ」

「虚勢はやめたまえ」

「聞き捨てならんな」

「僕はケルベロスとの戦いを見て確信した。君は武器が凄いだけで、肝心の技量はそこいらの異端審問官と大差の無いレベル。どれだけデュランダルが凄まじかろうと、コカビエルに刃が届く日は永久に来ないだろう」

「で、では、その未熟者に負けた貴様も同じではないか!」

「負け惜しみになるから言いたく無いけど、あの時の僕は平静さを失っていた。でも今は違う。迷いを捨てた僕は、二度と感情に支配されない。本来の実力を出せば、二度と負けることはないよ」

「言わせておけ……ば?」

 

 やはり君は未熟な後輩だ。

 イッセー君なら、例え見えて居なくても反応するよ。

 弦さんの真似事で魔剣の切っ先をゼノヴィアの喉を押し込んだ僕は、あからさまなガッカリ感を顔に浮かべて続ける。

 

「これが見えていないんじゃ、到底僕には敵わない。ああ、これは最速じゃないからね? 一流なら油断していても対処可能なスピードに落としてコレだからね?」

「……ここに来るまでは、デュランダルさえあれば誰にも負けない自負を持っていた。しかし、実際は通りすがりの悪魔にすら震えが止まらない体たらく。貴様にすら歯が立たない弱い存在かもしれない。だが、恥を忍んで頼む。私はまだ戦える。足手纏いになるようなら切り捨てて構わないから、決戦へ連れて行って欲しい」

 

 アドラメレク様なら化けることを期待して首を縦に振るだろう。

 でも、僕は違う意味を込めて頷こう。

 

「なぁ、面倒見なくていいなら頭数増やしてもいいんじゃね?」

「君がそう言うのなら……」

「ほ、本当か? この恩は一生忘れない。感謝する!」

 

 よし、これで言質は取った。仮に全てが片付いた後に共闘(笑)が問題になっても、こっそり録音したこのやり取りが僕らを守ってくれる。

 くくく、エクソシストが悪魔に泣きついたなんて教会に知られればどうなるやら。

 これをネタに間諜を一匹手に入れたと思えば安い買い物さ。

 ゼノヴィア、君の人生はもう詰んでいる。

 もしも生き残れたなら、これからの人生全てを捧げて貰おうか。

 そんな愉快な未来目指して走り続けた僕らは、ついに本命の片割れと対面。

 ここまで本当に長かった。

 移動距離は短いのに、この疲労感は何だろうね……ほんと。

 

「随分と遅い登場で待ちくたびれてしまったよ。私の偉業が達成される瞬間に是非とも失敗作君には立ち会って欲しかったが、残念な事に作業は完了してしまった」

「バルパーガリレイっ!」

「見よ、これこれが真なる力を取り戻したエクスカリバーの輝き! 私が幼少の頃より恋焦がれ、膨大な労力と努力の果てに手中とした究極の聖剣だ!」

 

 鞘に収められていた刃が解放されるにつれ、吐き気のする嫌な光が周囲に広がって行く。

 砕けた欠片ですら手こずるスペックだったのに、現存する全ての力を宿しているとすればどれほどのものか。

 しかし、誰が担い手なのだろう。

 フリードの代わりは、見たところ何処にもいない。

 

「イッセー君は皆を連れて先に行ってくれ。この戦いは僕だけのもの、例え神や魔王様であろうと邪魔は許さない。少しでも手を出せば僕はその人を一生許さないだろう」

「……分かった、お前が過去を清算する間に俺もアイツとの約束を果たすぜ。だけど、それには少しばかり力が足りない。さっさと片付けて合流しろよ?」

「できるだけ急ぐとも。時にこれはオフレコの話、おそらくコカビエルの相手を出来るのは鎧を纏った全開の君だけだ。部長を含めた後衛火力はケルベロスの炎にすら相殺される程度だから当てには出来ず、空中戦に持ち込まれれば踏ん張りが聞かない事で小猫ちゃんの攻撃力も半減してしまう。これは僕も同じだけど、武器の形状変化で補正出来るから幾分マシとは思う」

「……部長には聞かせられない話だな。先行してマジよかったなぁ」

「敵が敵なだけに希望的観測を捨てた最悪を想定しているから、もしかすると通用するのかもしれないよ?」

「最初から当てにしてねぇなら、ダメージ通った時にラッキー言えるってか」

「その通り。後、ゼノヴィアは必要なら囮に使うなり鉄砲玉に仕立て上げるなり、君の判断で使い潰して構わない。間違っても彼女を庇う様な真似はしないでくれよ?」

「おう。イリナならつい体を張ったかもだが、昨日今日の付き合いな教会のシスターなら俺の胸も痛まねぇ。悪魔らしく、ドライに割り切るわ」

 

 そう、それでいい。

 どうせ悪魔に転じても、人の手は二本しかないんだ。

 何でもかんでも全てを掴むことは出来ない以上、取捨選択は必要だよ。

 僕の両手が眷属で埋まっている様に、君も大切な女性で塞がっている。

 ひょっとしたらハーレム願望の君だから、ドラゴンの腕もカウントして多くの宝物を掴むのかもしれないけどね。

 僕とイッセー君の会話を聞いていたゼノヴィアが”私の価値とは……”とポロポロ涙を流して居るのは気にしない。

 悪魔に身を委ねたのに、この程度で済むのは僕らが甘いからだ。

 お望みならデュランダルを奪ってポイ捨てしてあげようか?

 

「長らく待たせて悪かったね、そろそろ始めようか」

 

 勝つにせよ負けるにせよ、やっとけじめがつけられる。

 律儀に待っていてくれた宿敵に僕は微笑みかけるのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。