赤蜥蜴と黒髪姫   作:夏期の種

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第27話「再起への急落下」

 手持ちの金も尽きて、かれこれ何日食べていないやら。

 街角でお布施を求めればポリスに追われ、やっと辿り付いた教会は既に廃墟。

 公園で手に入る綺麗な水には助かっているが、やはりアレは幾ら飲んでもカロリーゼロ。力が湧いて来ないので空しい限り。

 どうしてこうなった。答えは簡単。全てはあの電話が原因だ。

 

『任務を失敗した挙句、エクスカリバーを奪われたそうだな』

『はい』

『おまけに神が死んでいるのは本当ですか、だと?』

『ありえない話だとは思っていますが、堕天使がそんな世迷言を』

『よかろう、ならば私はこう言うべきだろう。これまでの功績を鑑みて、餞別に誰も扱えんデュランダルをくれてやる。何処へなりとも消えろ』

『は? 司教様?』

『貴様は知りすぎた』

『え、え?』

「ゼノヴィアと言う名のエクソシストは、最初から教会には属していない』

 

 何を言っているのだろう?

 

『虎の巣に兵を送った無能共は揃って地獄に落ち、星条旗を掲げる彼の国では政変に発展したそうだ。そんな陰謀渦巻く劇の中でお前は何も考えず踊り、そして石に躓いた。情状酌量の余地を認め、追手は差し向けない事にしよう。ジャパンは良い国で、外人も多く働いていると聞く。新天地で新たな生活を頑張りたまえ』

『お待ち下さい、それはつまり―――」

『さようなら、ゼノヴィア君』

 

 上司に告げられた決別の言葉。

 その後、何度コールしても電話が繋がる事はなかった。

 一晩は何もする気力が起きず、ぼんやりと空を眺めて過ごした。

 何処で道を間違えてしまったのだろう。

 身内にまで神の不在を証明された今、何を心の支えにすればいいのか分からない。

 

「アーシア・アルジェントが正しかったと言うことか……」

 

 神は居ないのに、魔王は悪魔の上に君臨している理不尽さ。

 そりゃ宗旨替えをしたくもなる。

 あの娘を魔女と笑っていたら、いつのまにか私こそ異端者だ。

 いや、違うか。

 記録から抹消された以上、シスターであった過去すら私には無い。

 残ったものはデュランダルと、実験体に失笑される程度の技量だけ。

 戦うことすら満足に出来ない無能は、一般社会で生きていけない事も知った。

 手持ちの金を頼りに惰性で今日まで生きてきたが、そろそろ終りにしよう。

 気分はルーベンスの絵を前にしたネロ。

 まだ無事だった十字架を前に、苦楽を共にした愛剣で喉を突こうと―――

 

「ああもう、捨てる命なら私が拾います。だから早まらない!」

 

 絶妙のタイミングで開かれた扉から聞える静止の声。夏の真っ赤な夕日を受けながらズカズカと私の元に近づいてきたのは、見覚えのある少女だった。

 彼女は私の手からデュランダルを奪い取ると、そのまま首筋に手刀を一発。

 

「不審者が徘徊していると聞いて来てみれば、またしても面倒毎。犬猫を拾うとは訳が違いますが、これも後始末の一つと諦めましょう。ヴァーリ、家まで運んでくれる?」

「何故俺が」

「用心棒の代金に、お高めのお肉ですき焼きを振舞う事になってますよね?」

「だが、天使が控えていた場合の約束だ」

「昨日の夜中、小腹が空いたと深夜のラーメン屋に付き合った貸しは?」

「分かった、分かったから、これで貸し借りは解消だ。さっさと帰るぞ香千屋爰乃」

「それでこそ男の子。か弱い女の子に重たい荷物を運ばせたらダメですよね」

「ふん、俺の本気を一瞬でも受け止められる化け物が言えた義理か」

 

 意識を失う中、最後に見たのは後光を背負った一組の男女だった気がする。

 彼らが何者でも構うものか。一度は捨てた命、好きに使うがいい。

 アーシア・アルジェントも悪魔に拾われ、人並みの幸せを得たと言っていた。

 願わくば、私も同じ様に新たな人生を歩めれば幸いだ。

 主よ、これで貴方への祈りは最後にします。

 ですが、あと一度だけ、ほんの一度だけ奇跡をお与え下さい。

 

 

 

 

 

 第二十七話「再起への急落下」

 

 

 

 

 

「長いこと生きてきたが、これほど厚顔無恥な人間を見たのは初めてじゃよ……」

「その節は本当に申し訳ない」

「生きていて恥かしくないのかね」

「自決は図った。図ったが、何故か香千屋爰乃に止められたのだ」

「ええとその、成り行きでつい」

「何がなにやら」

「ごめんなさい」

 

 何日お風呂に入っていなかったのか、ホームレス真っ青の姿だったシスターゼノヴィア。

 風呂に叩き込んで着替えを渡し、アンや鬼灯に匹敵する量の白飯を食べさせた。

 この時点で彼女の辞書にプライドの文字は無く、誰に何を指摘されても怖くない。

 不始末のツケで教会をクビになり、身元保証すらも失ったとゼノヴィアは言う。

 我を取り戻した瞬間、土下座しながら何でもするので末席に置いてくれと懇願された時は、さしもの私も困りましたよ……

 しかしながら、拾ったからには最後まで面倒を見ますとも。

 収入の無い私は同い年位の少女を養えないので、お爺様に相談しに来た次第。

 最悪、弦さんの会社で下働きでもと考えた訳でして。

 何にせよ、お爺様の許しを得なければ即終了。

 一度は達磨にした小娘を、どう扱うのか読めない私です。

 

「絶対の服従を誓うと言うのであれば、過去を水に流すのも吝かではない。言っておくが、香千屋の絶対遵守は”裏切り者には死を”。まして、貴様の立場はカーストの最下層。仮にわしか爰乃が死ねと命じたなら、喜んで命を捧げる覚悟はあると思って良いのかね?」

「この場で一言命じて頂ければ証明しよう。手始めに教会との縁切りを行動で示す為、関係者の首を取って来るのはどうだろうか」

「ほう」

「私には素人に毛の生えた剣の腕と、振り回されるだけのデュランダルしかない。今の提案が認められないと言うなら、何でも言ってくれ。出来る限り期待に応えようと思う」

「わしに剣を向けた時と比べ、目の色が違うではないか。そのロックな瞳、嫌いではない。しかしながら我が眷属に迎えるには余りに未熟。今しばらく人として技量を高める必要があるのぅ」

「では!」

「主として最初の命を下す。爰乃をわしと思い、全霊を持って仕えよ」

「はっ!」

「そして爰乃や、お前も王として僕を育てる経験を積む頃合」

「頃合、とは」

「爰乃も遠からず王としてレーティングゲームに参加するのじゃろ? そうなれば部下の不始末は王の責任。僕をコントロール出来ない王は、王たる資格を持たぬと理解しておるか?」

「どこぞの悪魔に聞かせてやりたい話ですね」

「その予行練習、さしずめ企業で言う所の幹部研修じゃな。先ずは扱いやすい同属の下僕、お前の器ならば余裕で受け止められると信じておるよ」

「……ご期待に沿えるよう頑張ります」

 

 気楽な一人旅もこれで終わり。

 何でも自分でやる方が楽ではありますが、下を使う手腕も確かに必須。

 ゼノヴィアは馬鹿正直ですし、社会勉強と思って取り組もう。

 

「剣はわしが仕込む。泣き言は許さんから覚悟せよ」

「王の騎士となれるよう精進する!」

「勘違いしとるようだから言っておこう。お前は良くて兵士じゃよ?」

「ぐす……立派な兵士になれるようがんばる」

 

 あ、落ち込んだ。

 

「鍛錬は明日より始める。今日は英気を養い体調を整えよ。食事、その他のルールは爰乃に聞け。衣食住、何一つとして不自由はさせぬ」

「ご飯が食べられる!」

「わしは役割をしっかり果たすなら、私生活についてとやかく言わん。ちなみに仮免許でも眷属は眷属。給与も出そうと思うとるよ」

「なんと!」

「ハードルを超えられん場合も面倒は見るからな? わしの期待を裏切るなよ?」

「ははーっ!」

 

 ゼノヴィア、高待遇の裏もちゃんと考えた方がいいよ。

 箸にも棒にもかからないと、速攻でクビって事だからね?

 

「わしはこれからサーゼクスと一杯飲んでくる。後は任せるぞ」

「夕飯は不要ですか?」

「うむ、先に寝ていなさい」

「行ってらっしゃいませ」

「それと鬼灯が警戒しとるから問題は無いと思うが、一応伝えておこう。近々、天使、堕天使、悪魔のトップ会談がこの街で行われる。その為に各首脳は既に来訪しとって、護衛も引き連れている訳じゃ」

「つまり、街に出ると人外祭り」

「ここは中立地帯と上も周知しておるが、下っ端は知らん可能性もある。万が一鬼灯が突破されるような場合は、アレイに全兵装使用の許可を出せ。良いな?」

「分かりました」

 

 現在の香千屋神社が抱える戦力は、私を含めず三人。

 一人目は香千屋神社の守り神、常駐戦車の鬼灯。

 二人目はパソコンで仕事をしつつ、自宅待機のアレイ。

 三人目は味方なのか怪しい、夕食時にだけ現れるヴァーリ。

 頼りになる常識派の弦さんは

 

 ”約束を果たす時が来た”

 

 と、言い残して外出中。実に残念です。

 ちなみにアンは、旅番組を見た直後に北海道に旅立ちました。

 

「では、部屋に案内します。着いて来て下さい」

「……まさか個室か?」

「ですけど」

「タコ部屋しか与えられなかった私が個室。まるで夢のようだ」

「現実だから安心しなさい。さあ、早く早く」

「あ、ああ!」

 

 これが生まれ育った国と環境の違いですか。

 さすが質素倹約のシスター。

 これならさほど丁寧に扱わなくても大丈夫っぽい。

 

「時に料理の経験は?」

「配給を食べるだけだった、と言えば分かるか?」

「……これから夕食の準備を始めるけど、手伝わなくていいです。ゼノヴィアはお部屋の掃除でもしながら、適当に過ごしていなさい」

「了解した」

 

 誰も使わない空き部屋に、まるでダメ子を放り込んで溜息を一つ。

 掃除道具を渡した所、さすが奉仕がお仕事の元シスター。テキパキと淀みの無い動きで累積した埃を次々に退治していく。

 さて、私は買い物に行かないと。

 何となくですが、呼んでも居ないのにアザゼル先生がふらりと現れる予感がひしひしと。念の為、少し多めに仕入れをしておきますか。

 ついでに歓迎会も兼ねて、お祝いのケーキも奮発しちゃおう。

 さて、想定される買い物量に対して手が足りない。

 アレイでも連れてっと、誰か帰ってきた?

 

「これはナイスタイミング。ヴァーリ、暇ですか? 暇ですよね?」

「まぁ、手は空いている」

「荷物持ちと書いて、デートに行きません?」

「……俺はカテレアや魔術師共との、無意味な打合せをやっと終わらせてだな」

「朝食に甘い卵焼き追加」

「それは前に出てきた、オムレツの亜種認識で間違いないか」

「多分それ」

「よし、行こう」

 

 例の一件が終わってからも、ホテル代わりにちょくちょく泊まりに来るヴァーリは、意外と味に五月蝿いグルメさん。

 最近は和食に凝っている様で、下手に手間をかけた品よりシンプルな料理が喜ばれる傾向にあることも察知済み。

 とりあえず家庭料理に不満は無いらしく、作り手として助かります。

 何でも仲間のイギリス人が自信満々に作る料理が酷いとかで、ウチに来るときはチームイギリス料理当番の日とのこと。

 曰く伝説の色物、ウナギのゼリー寄せは風評を凌ぐ味だったとか。

 英国人、恐るべし。

 

「遅れてアザゼルも来ると言っていた。さっさと済ませるぞ」

「了解、何軒か回―――って自転車ですからね、自転車っ!」

「こっちの方が早い」

「どっかの鳥と発想が同じ!?」

 

 抱えられ方は違っても、やっていることは従兄弟と同じ。

 嗚呼、帰りもこれですか。

 と言うか、知らない人が見たら攫われてる最中ですよ!?。

 

「行ってらっしゃいませ、とアレイはハンカチを振って姫様を送り出します」

「新入りの世話は任せました」

「新たな下っ端にパシリをさせて楽しもうと、アレイはわくわくを増幅中です」

 

 無表情キャラの癖に、アレイって地味に感情豊かだよね。

 しかし、一瞬で小さくなった僧侶に叫び返す気力が残っていない。

 最近は毎日が波乱万丈すぎて、喜んでいいのか悲しむべきなのか。

 でも、どんなに澄んだ水も流れなければ腐る。

 同じ様に、起伏の無い人生は死んでいると同じ。

 苦しい事があるから喜びがあり、面倒だから達成感を得られる。

 物理的に高度を上げ下げする今の状況はともかく、先の見通せない未来は予定調和の平穏よりずっと素敵だと思う。

 

「ねえ、夕飯の買い物一つに大騒ぎ。面白いと思わない?」

「さあな」

「ノリの悪いことで」

 

 いやいや、無関心を装っても頬が少し上がってますよ。

 強者との戦いだけが人生と言っていたヴァーリも、少しは別の価値観を認めた証拠かな。

 変わらない物なんて、この世には無い。

 だから神も死ぬし、魔王だって代替わりをする。

 私も新しい環境に適応する為に変わっていこう。

 

 さよなら、今日の私。

 

 ようこそ、明日のほんの少し違う私。

 

 香千屋爰乃は貴方を歓迎します。


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