赤蜥蜴と黒髪姫   作:夏期の種

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人公の読みが分からないとの指摘を受けたので一話冒頭にルビを追加。
ちなみに香千屋 爰乃は”こちや ここの”と読みます。
はい、午後ティーです。コーヒーより紅茶派の夏季の種でした。


第03話「誤解の種」

 不思議な事に追撃は無かった。

 やはり聖域的な意味で近づけなかったのでしょうか?

 いやいや、神社と言っても神事をろくに行わないインチキ法人だからそれは無い。

 これで魔を退けちゃったら、真面目に神様を崇めている人に申し訳が立たない。

 お爺様の前に正座で座る私は、謎のバリア効果に悩みつつ話を続ける。

 

「―――というわけで、堕天使と悪魔に狙われています。信じてくれるとは思っていませんが、これは事実です。このまま逃げ回るのは私の性に会いません。まだ早いと教えてくださらなかった”必ず殺す”と書く必殺技を、今こそ授けて欲しいです」

「それは構わんが、物覚えが良いお前でも一日二日で会得出来る物ではないな。それよりも爰乃や。鳥人間コンテストはともかく、悪魔は本当にお前に害を成そうとしたのかね?」

「お爺様もイッセー君の事は知っていますよね」

「うむ、大器を感じさせる愉快な少年だな。最近は顔を見せぬが、元気にやっとるのか?」

「はい、超元気に悪魔になりやがりました。きっと色欲属性と見ています」

「ふむ」

「あやうく彼に騙されて、慰み者でしたとも」

「いやいや、それはないじゃろうて。別に悪魔に転生しようと性根は変わらぬよ。あの少年は色を好めど、汚い真似をしてまで花を摘み取ろうと考える男ではない。お前の早とちりとわしは思う」

 

 あれー、イッセー君ってお爺様の評価高かったんですか?

 確かに何だかんだとフェミニストですけど、納得がいかない私です。

 

「時にお爺様。全く動じず。当然のように人外を肯定するのは何故ですか?」

「言う必要も無いと黙っとったが、わしも人ではないからな」

「え」

「良い機会なのでぶっちゃけるか。わしは大昔に人の世界へ渡り、香千屋の技に魅せられ朋友となった悪魔よ。世話になった初代への恩義と友情に報いるべく、門下として代々の当主に術を伝授してきて早千年と言った所か」

 

 衝撃的なカミングアウトだった。

 

「ここを縄張りにしとるのは現魔王の一族で、グレモリーなる一族の小娘。堅気には手を出さず、筋を通す娘と聞いておる。もう一度事実のみを思い出してみなさい。まず、坊主はどうして悪魔になった?」

「確か大怪我を直して貰う代償に下僕となったと」

「つまり不可抗力。では次に、何故危険だと思った?」

「悪魔の巣窟に誘い込まれ力を誇示された挙句、何もしないなどと甘言を弄してきたので先制攻撃を華麗に決めて撤退を果たした私です」

「通信簿で”人の話はちゃんと聞きましょう”と書かれた悪癖は直っとらんか。端的に纏めれば、事情を説明しようと茶に呼ばれたのに逆上して大暴れ。こうだな?」

 

 言われてみれば友好的だったような。

 でも、猫がお友達になろうと寄ってきた鼠と同じ危機感を抱くのも当然です。

 私@悪くない。神様のいたずらで、勝手に未来地図を描かれても困ります。

 そんな明日を壊すのが、香千屋爰乃のパーソナリティーですし。

 

「相手方の迂闊もあるが、明日にでも頭を下げて来い。お前も嬉々として暴力を使ったのだから非は認めよ。無事だから良いと言うものではない」

「そう、そうなんですよお爺様。都会のちんぴらと違って普通に耐えるんですよ! 手加減無しのフルコンボでゲージ一本減らせないとか最高です。今後はめでたく悪魔になったイッセー君を実験台に励もうと思います」

「程ほどにな」

 

 以前ならわざわざ足がつかないよう都心にまで出かけ、人気の無いところで絡んできたゴロツキを獲物に技を磨いてきた。だって門下生私だけなんだもん。

 別にどこぞの暗殺拳宜しく一子相伝じゃないのに、入門希望すら来た事が無いのです。

 それが何ということでしょう。

 今では手の届くところに無類のタフネスを誇る(堕天使を人外の標準値に据えた私の主観)幼馴染が居るでは在りませんか。

 まさに劇的にビフォーアフター。

 

「今更ながら、気づいた事が一つ」

「言ってみなさい」

「ひょっとしなくても、お爺様は血縁の無い赤の他人ですか」

「お前が赤子の頃どころか先祖の出生にすら立ち会ってきた身故、関わってきた香千屋の者全てを愛しく思っておるがね。しかし、気に入らないのであれば今すぐにでも姿を消そう。なぁに、後見人を含めて不自由無いよう手配は任せ―――」

「それ以上はやめてください。両親を失った私にとって、血の繋がりが無かろうと、生物として違おうと、お爺様は唯一の肉親です」

 

 そう、今も原因不明の飛行機事故で私の両親は他界した。

 親族の誰もが敬遠する中、幼かった私の心を支え養ってくれたのはお爺様だ。

 いかにも剣豪と言った雰囲気が好き。

 鷹のような鋭い眼差しが好き。

 厳しくも優しい最高の師であり、敬愛する父の何を疑えばよいのだろう。

 

「ならばお前が望む限り、わしはお前の祖父であり続けよう。孫娘よ、関わらせたくは無かったが、知ってしまっては後に引けぬ。わしの知る人の世ならざる知識を授けねばなるまい。よいな」

「はいっ!」

「では先ず―――」

 

 こうして私は、望んで平和な日常からスピンアウトを果たすのだった。

 

 

 

 

 

 第三話「誤解の種」

 

 

 

 

 

「あれやこれやは水に流し、仲良くやりましょう。ほらほら、投げたり折ったりしないから仲直りの握手」

「悪魔よりも腹黒い女だよな、お前」

「人がコレほど譲歩しているのにその言い草……かるーく複雑骨折でも如何? お勧めは病院で天井の染み数え一月コース。今ならお安く分割払いも当社が負担しちゃいますよ」

「どこの通販会社だ!? しかもボコられた上に俺が金払うとかねぇよ!?」

 

 この私が頭を下げているにも関わらず、この態度は何だろう。

 小さな頃にガキ大将として刻み込んだ恐怖も、時を置きすぎて風化したのかな。

 放課後の人もまばらになった教室で机を挟み向かい合う幼馴染は、あの頃に比べて体だけは大きくなった。でも、背丈で抜かれようとジャイ○ンポジはこの私である。

 そういえば、引越しで別れたきりのイリナちゃんはどうしているやら……。

 

「なら絶縁しますか。別に好き好んで悪魔と友人関係を続けなくても困りませんし、変態から遠ざかることで得られるメリットも結構多いと思います。長い腐れ縁も今日で終わり。明日から、もとい交渉終了の瞬間から唯のクラスメートに戻りましょう」

「いやその俺としてはこれからも仲良くやって行きたい……」

「そう思っているなら、私に言うべき事はないの?」

「うっ」

「責任を持つ、と保障してくれたのは誰だったかな?」

「……悪魔ルールで正体を大っぴらに出来ねえし、嫌われたくも無かった。お陰であんなタイミングまで引っ張っちまった訳だが……本当に悪かったと思ってる」

「はぁ、もう少し早く話してくれていれば私も余裕があったのに。信用している相手が突然敵側でしたと言われた私の気持ちが分かる?」

「面目ない」

「さすがの私も精神的に追い詰められれば逃げたくもなるよ。今後も親しい仲で居たいなら、極力隠し事は無し。いいですね?」

「わかった。俺はお前を裏切らないし、嘘もつかない。天地がひっくり返ったって約束は守ってみせる」

「その言葉信じましょう。仕方が無いけど、もう少し今の関係を続行しますか」

「おう」

 

 ついつい柔を仕掛けたくなる心を抑え、一般的な握手を交わす。

 ちなみに前半の発言は割と本気。信用も置けない身内は害悪なのです。

 

「そういえばイッセー君、悪魔はレーティングゲームとか言うチェスの真似した模擬戦で出世を目指すんだよね?」

「よく知ってんなぁ。俺は先輩の下で兵士として頑張るつもりだ」

「その割には弱すぎです。チェスは良く分かりませんが、兵士って将棋の歩相当でしょう? それなら格闘技の一つや二つ身に着けて然るべきだと思う。ってことで、週三日位でウチに来なさい。人外にも通じる戦闘術を叩き込んであげます」

「それは願ったり叶ったりだが……ガキの頃に気の迷いで訓練に混ざった時の悪夢がなぁ。って、さてはまた俺をサンドバックやら筋肉メンの練習人形的に扱うつもりだな!」

「習うより慣れろ。結果的に強くなるなら問題ないよね!」

「ああくそ、すげぇいい笑顔だなチクショウ! 俺の夢を叶えるためにもやってやるよ!」

「夢?」

 

 聞かずとも想像出来ますが、再確認しておきますか。

 

「出世して上級悪魔になれば、俺も部長と同じように下僕を持てるんだ。当然、メンバーは美少女から選抜! 合法のハーレム王に俺はなる!」

「どこの海賊王ですか……まぁ、イッセー君らしいといえばらしいですけど」

「爰乃にポーンの席空けとくぜ?」

「せめてクイーンなら」

「マジで!?」

「前提条件として、人間の私にすら手も足も出ない弱小悪魔がのし上がれる訳が。それに万が一成り上がったなら、きっと私よりも強くて美人の悪魔さんも選り取りみどり。わざわざ人の小娘を選ぶと思えないしね」

「言ったな?」

「はいはい、約束は守りますよ。せめて私がお婆ちゃんになる前にスカウトして下さいな」

「チクショウ、こいつ欠片も信じてねぇっ!」

 

 いやいや、微粒子レベルで大悪魔になれると信じていますよ?

 宝くじで一等を引き当てる程度には在り得るんじゃないかな。

 というか私が欲しいなら、せめて屈服させるだけの実力をつけないとダメ。

 

「時に確認ですけど、今ってグレモリー先輩は手隙だと思う?」

「今日は無理だな。夜中にルール無用で好き勝手やってるはぐれ悪魔ってのを討伐するって言われてるし、初仕事の俺へレクチャーやら何やらをしてくれることになってる。俺から話しとくからさ、後日にしとけ。謝りたいって事だけは伝えとくからよ」

「それが良さそうですね。これ以上引き止めても迷惑っぽいし、これで解散しますか」

「おう、また明日。部長たちの怪我も大したことなかったから気にするなよー」

 

 元気に走り去る背中を見送り、私も鞄を手に帰宅の準備を始める。

 今日の夕食は何にしよう。

 深い意味は無いけど、誰かさんの将来を祈願してトンカツにでもしようかな。

 そんな他愛もない事を考えながら学校を後にする私だった。

 

「どうにも嫌な感じですね……あ、豚肉が安い」

 

 スーパーで食材を吟味していた私は、学校を出てから付きまとう気配に溜息を吐く。

 本人は隠れているつもりなのかもだけど、素人ならともかく私には見え見え。

 本当にアレが生きているとは驚きだった。

 さすがに人の大勢居るような場所で、ドンパチを始める気は無いっぽいのが救いかな。

 蛮勇と勇気の違いを理解している私は、迷うことなく携帯を開いた。

 ぐぬぬ、今は倒しきれなくても遠からず地獄に送り返してやりますとも。

 

『どうした?』

『実は先日の堕天使らしき人物にストーキングされています。いつものスーパーに居ますので、出来ればお迎えを頼めませんか?」

『……大人しくゴミ漁りをしておれば見逃すものを、分をわきまえないカラスは羽をもいでくれよう。直ぐに向かう、大人しく待っていなさい』

『はい』

 

 珍しくお爺様が怒っている。これはカラス先生の余命も短そうです。

 携帯を閉じ入り口付近のイスに腰掛けた私は、哀れな鳥人間に合掌。

 ぼーっと買い物客を眺めていると、見慣れない服装の女の子が座り込んで困っている姿を見つけた。

 シスター服に身を包んだ少女はあうあうと涙目でも、床に落ちた髪はキラキラと光るようなブロンド。双眸はグリーンで、私が男なら一発で求婚しかねない美少女だ。

 例えるならイッセー君の部屋の嫁ポスター完全再現。確実にアイドル級の容姿です。

 興味半分親切心半分で近づいてみると、その可愛さがよーく分かる。

 そんな美少女なのに誰も手を貸さないのは何故かと思えば、立ちはだかる言葉の壁が原因でした。

 英語らしき外国語は流暢過ぎて、何を言っているのかさっぱり分からない。

 こんな時は中途半端に言語を合わせようとせず、勢いで押し切るべし。

 どうやら会計のシステムがわからないようなので、身振り手振りを使って説明を試みる。

 決め手は不安を与えないように、終始浮かべる笑顔。

 私先導の元うまいことレジを通れば、美少女ちゃんも有難うございます的にペコペコと頭を下げてくれた。こちらが見えなくなるまで繰り返し感謝を形にする姿はまさに天使。

 清純無垢なシスターなんて漫画の中にしか生息していないと思っていたけど、探せば居ると知った私です。これならラピュタも死ぬ気で探せばあるのかもしれない。

 

「その嫌な気配、さては教会の人間と会っていたな」

「おや、お爺様。悪魔の娘としてマズかったりします?」

「お前は人間だから問題ない。わしら悪魔はちと十字架やら何やらが苦手なだけよ。それより害鳥は追い払った、帰るぞ」

「はい!」

 

 帰路につく私は、まさかこの出会いが後々まで続く長い付き合いになるとは夢にも思っていなかった。


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