赤蜥蜴と黒髪姫   作:夏期の種

35 / 92
番外編その二「楽しいお仕事」

 想像してたよりも優しい人。

 それが爰乃さんへの印象でした。

 部長達の薔薇の華やかさとも違う、桜の可憐さを秘めた美人さんに頭を洗われて居る最中は、破裂しそうな心臓の音が聞えてるんじゃないかとハラハラ。

 どうしてああなったのかは良く分からないけど、とても天国だったなぁ。

 これで狂人でさえなければ僕もコロリと……本当に勿体無い人ですぅ。

 そんなことを思いながら眠りに就いた僕でしたが、目覚めてからは地獄でした。

 渡されたジャージに着替えて真っ暗な外に出てみれば、先ず始まったのはストレッチ。

 入念に体をほぐしただけで僕の体力は限界。でも、これはまだ序章。

 舗装の上を走るだけでも大変なのに、走らされたのは砂の上。

 必死に足を動かしても、絡みつく砂に阻まれて一向にペースは上がらない。

 

「自分のペースで結構。但し歩く事は許さないと、アレイはデータを蓄積兼検証しながら管理対象を叱責します」

「えうぅぅっ」

「吸血鬼とは血を吸う鬼。その最大の武器は怪力、つまり圧倒的な身体能力とアレイは文献から得た知識でしたり顔です」

「僕は半吸血鬼ですぅぅ」

「つまり半分のスペックは持っていると、自白したも同じ。その証拠を数字として提示可能なアレイは、最大限の効率を目指して実験生物を弄ぶ今日この頃」

「ひどっ!」

 

 もう限界、そう思う度にアレイさんのチョップが飛んでくる。

 恐ろしい事にこの人は、僕に貼り付けたセンサーを元に限界を見極めているっぽい。

 まだいける、そう言われて立ち上がってみると本当に体はまだ動く。

 たまに吐いて、心臓は破裂寸前。それでも決して立ち止まらない。

 だってイッセー先輩と約束した。

 グレモリー眷属の男たるもの、一に根性、二に根性。

 安易な逃げを選ばない誓いを立てている。

 それに爰乃さんからは、部長達とも違うアドバイスを貰ったじゃないか。

 

「私もそうだけど、ギャー夫も筋力を生かしたパワー型じゃないよね」

「……僕、強くなれませんか?」

「なれます。現に私だってそれなりに強いでしょ?」

「むしろ強者枠ですぅ」

「例えば私が目指すのは竹であり、イッセー君やヴァーリが目指す鋼の強さとはベクトルが全然違います。何故か分かります?」

「植物じゃ鉱物に勝てません。ちょっと意味が……」

「例えばこの体。全身の筋量は必要最低限に留め、速さと持久力を優先。しなやかさを最大の武器と設定している訳です」

「は、はい」

「鋼が力を正面から受け止めその硬度で敵を討つのなら、竹は弾性を持って受け流し反発力をもって反撃を行う。威力差はともかく、手段としての優劣はありませんよね?」

「はい」

「非力な女の子が鋼を目指して無意味な努力を続けるのと、持ち味を伸ばして別の角度からアプローチするのなら、どちらが賢いと思う?」

「後者ですぅ」

「伝えたい事は、誰かを真似する前に自分の特性を見直す必要があると言うこと。ギャーは前線で殴りあうキャラじゃなく、中、後衛の特殊支援型でしょ?」

 

 ここへ来て察しの悪い僕も、言わんとしている事に気がついた。

 

「イッセー先輩そのものを目指す必要は無い、そういう事ですよね?」

「正解。集団としての足並みを揃える基礎力は必須ですが、方向性は真似しなくて結構。どのみち短い遠征です。貴方には、効率的な身体操作術だけを叩き込みます」

「頑張りますっ!」

「なら、今は走りなさい。体がどう動くかを考えて、一歩一歩を大切にしつつ、足腰を鍛えなさい。これぞ一石二鳥。努力に勝る鍛錬はありませんよ」

「はいっ!」

 

 そして今に至っていた。

 爰乃さんは自分のメニューを消化する為に砂浜をぐるぐると周回し続け、すれ違う度に頑張れと声をかけてくれている。

 ちなみにトレーナーを引き受けてくれたアレイさんは、何処を見ているか分からないガラス玉の目と抑揚の無い声でウィットに飛んだ指摘をビシバシと!

 

「そろそろ負荷が限界寸前だとアレイは判断。インターバルを入れ、別メニューへと移行する事を指示します」

「はっ、はぃぃぃっ」

 

 渡されたスポーツドリンクを一心不乱に飲む僕は、人生で一番頑張ってると思う。

 つらくて泣きたいけど、地獄を乗り越えていけば無価値と目を背けていた自分に少しでも自信が持てる気がする。

 僕は僕を支えるバックボーンが欲しい。

 イッセー先輩だって、小猫ちゃんだって屋台骨がしっかりしてるから強いんだ。

 僕も今回の旅でそれを必ず手に入れてみせるっ!

 

「次は腕立てをするように、とアレイはリスケしながら命令します」

「何でもどんとこーいっ!」

 

 少しばかりハイになった僕は、やけっぱちに返事をするのだった。

 

 

 

 

 

 番外編その二「楽しいお仕事」

 

 

 

 

 

 よーれっげると、皆様。

 何となくハンガリーな気分の香千屋爰乃です。

 こちらに来て三日が経ち、ついにアルバイトの時間を迎えました。

 仕事内容は、お祭りを控えた神社のお手伝い。

 とても簡単な代わりに、拘束時間の長さが面倒な面倒な単純労働です。

 でも時給換算すると、かなりの高額なので文句は言いません。

 

「さて、これから夜明けまでビジネスタイム。サボるなと言うか、気を抜けば死ぬかもなので集中を切らさず頑張りましょう」

「かかかかんたんなアルバイトじゃなかったんですかぁっ!?」

「募集要項は神職かそれに順ずる一名以上を含んだ妖怪を狩れる人。接客不要、特別な資格も不要、人格すらも不問の楽な仕事じゃないですか」

「えぅぅぅぅ!?」

 

 改めて仕事内容を説明すると、この神社には何年かに一度結界が緩んで封じている大妖の眷属が夜中限定で湧き出してくるイベントが発生することが大前提。

 眷属の目的は、封印の大本である祭具の破壊です。

 例年はこれを阻止する人材が各所から派遣されてくるのに、今年は有資格者でフリーの人員の多くは禍の団に合流。まさかの人手不足を招いてしまったらしい。

 弱体化しても聖なる結界内部での戦いの為、人と関わりのある化け物はほぼ侵入不可。

 悪魔やら何やらの手を借りられない、極めてレアなケースが今回な訳です。

 そして出された求人に引っ掛かったのが私。

 巫女の経験アリ。聖属性攻撃も可能と履歴書に書いたら速採用でした。

 

「そ、そういえば僕って吸血鬼で悪魔なのにどうして平気なんでしょう?」

「特訓で新たな力に目覚めたんじゃないカナー」

「その反応、絶対に理由知ってますよね!?」

「知らないよー」

「嘘だっ!」

「……実は駄目元で、私の血を三食全てに混入した次第」

「初耳ですぅ!?」

「ギャーが血を吸えない理由って生臭さだよね。だから濃い目の味付けで風味を誤魔化しつつ、徐々に慣れさせて行く食事療法を実践した私だったり」

「ぜんぜん気付かなかった! だから僕だけ特別メニューだったんですね!」

「ちなみに徐々神気の込め具合も増やしたけど、特に影響なし?」

「二日目の晩、派手におなかを壊した理由が判明しましたぁぁっ!」

「つまり、それ以降は問題なかったと。実験大成功、やったね爰乃ちゃん!」

「うううううう、美味しかったから怒るに怒れません……」

「まぁ、そんな感じで毒物である神気に体が順応。似たような清浄な空気もへっちゃらになったんじゃない?」

「弱点が一つ減ってよかったと、素直に割り切れない僕ですぅ」

 

 よし、魔改造第一段階完了。

 次は直接吸引出来る体を目指して、騙くらかさないと。

 

「ち、ちなみにアレイさんは入れなかったのに、アンちゃんが平気なのは……?」

 

 背中におぶさり、すやすやと眠る幼女に対する疑問は当然と言えば当然。

 私も最初は騙された口だし、ギャー夫が勘違いするのも仕方が無い。

 

「影響が無くて当然ですよ」

「そ、そうか、超級の魔物は耐えられ―――」

「悪魔じゃないので、そりゃ効きません」

「え、だって、アドラメレク様の女王って聞いてますよっ!?」

「お爺様の女王ポジションなだけで、あの子は神鳥アンズーそのもの。女王って表現はレーティングゲーム基準に合せ言葉遊びですから」

「だ、だからアンちゃんは悪魔の翼で飛ばないのか!」

「転生する意味の無い存在が駒を用いて下僕になる意義は、忠誠を目に見える形で表したいだけの自己満足です。主人と僕の間に揺るがない繋がりがあるなら、それは無意味な行為と思いませんか?」

 

 鎖で繋がなければ逃げられる間柄より、放し飼いでも必ず戻ってくると信じられる関係。

 前にイッセー君が私になら裏切られても良いと言ったけど、これが本当の絆だと思う。

 チェス駒の役割は無条件に従う証には成り得ず、ゲームで役割を示すだけの名誉称号。本来ならヴァーリの様に、王の魅力で部下を率いなければならないんじゃないかな。

 実際、扱いに耐えかねた下僕が主を裏切る事例も少なくないと聞いています。

 人材というものは、獲得するより維持する方が難しい。

 その点を理解しているのか、部長に問い詰めたい私です。

 

「……考えさせられる問題提起ですぅ」

「これから先は独り言だからね?」

「は、はい」

「部長はこの点を勘違いしています。常々"私の下僕”って表現を使いますけど、いまいち主としての器量を見せられていないと思う」

「……」

「ご執心のイッセー君も、命を救われた借りは十分に返しました。本人がそれを自覚した時、彼を引き止める新たな何かを示せるのでしょうか?」

「先輩はお金とかへの拘りも薄いですし、難しい……かもです」

「木場君や小猫もそれは同じ事。これから百年は今の体制が続いても、千年後に無条件の忠義は無理。継続して組織を維持する力を部長は身につけるべき」

「……確かに僕も、ずっと従えるかと言われると怪しいです」

「まぁ、聡い部長の事。その内気付きますよ」

「そう願いたいですぅ」

「さて、無駄話はそろそろ終わり。お客様のご登場前に移動しますよ」

 

 時計の針が頂点で重なった瞬間、湧き上がってくるのは獣の気配。

 それと同時に目を覚ましたアンが、眠気眼で首を傾げて言う。

 

「うー、けものくさい。アンね、約束通りしきちないに入ったのころすよ?」

「よく覚えてましたね、偉い偉い」

「えへー」

 

 これで後顧の憂い無し。

 事前に敵の知能は低く、目の前の障害に群がる性質を持つと聞いているのでスルーされる可能性は低いとは思う。

 だけど、やはり後詰が控えて居ると居ないでは安心感が違います。

 と言うか、アンを込みの戦力として任せられているのが現実。

 私達以外にも複数のチームが雇われていますが、皆さん熟練の山伏だったり高野山の高僧だったりと、そうそうたる顔ぶれです。

 幾らなんでも子供二人に丸投げは難しいですよね。

 紀元前から続く最古の神話に名を連ねる神獣を連れていなければ、こんなに大事なポジションを任せて貰えなかったと思う。

 

「数を相手にする今回、貴方の神器を頼りにしています」

「は、はいっ!」

「でも、間違って私を止めたら殺すからね?」

「しませんやりませんにげませんっ!」

「それなら良し。急造コンビですが頑張りますか」

「よろしくお願いしますぅ」

 

 一般参拝客向けとは違う、本当の御神体を祭る祭具伝へと続く石階段の途中。この為に開かれた広いメイン会場に陣取った私達。

 そこに現れたのは、三メートルを超える猿の群れ。表皮は黒い毛で覆われ、知性を感じない真っ赤な瞳が獣の本能を映し出している。

 

「アレは猩猩と言う種族なんだけど、よく女性を攫ってアレな目に遭わせる女の敵です。捕まったらアウト、その認識を忘れずに」

「ぼぼぼくおとこだし」

「その形で?」

 

 そう、ギャー夫の服装は私とお揃いの巫女服。

 対猿系防御術が組み込まれた、神社伝統の装備です。

 ただ、責任者が”これが巫女さんだよ! ウチの年食ったのとは全然違うな!”と性癖を暴露していた件が不安材料ですけどね……。

 片方は男でした、そう告げたらどんな顔をするのか楽しみ。

 お給料を貰う時に暴露する事を決意した私を、誰も攻められない筈。

 

「基本は吸血鬼の力を用いた援護と牽制。後は空気を読んで自由行動」

「で、でもっ、本当に前衛をお任せしてもいいんですかぁ?」

「私が最近相手にした孫悟空に比べれば、こんなの猿回しの家畜ですから」

「普段なにやってるんだろうこの人……」

 

 ちなみに最終ラインをアンが死守する一方、もう一人の守護者も遊んでは居ない。

 結界外の全てを俯瞰できる某所から、イレギュラーに備えて警戒態勢中だったりします。

 

「ふふふ、無双ゲーをこの身で試したいと思っていましたよ……いざ参る!」

 

 コンディションは万全、身につけた技を思う存分振るうべく先陣を切る私だった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。