赤蜥蜴と黒髪姫   作:夏期の種

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番外編その三「呼ばれず飛び出て」

 かりめーら、皆様。

 最近の私はコカビエルさん、ヴァーリ、斉天大聖、他数名に負けっぱなし。

 同年代の急成長もあり、自信を喪失しつつある香千屋爰乃です。

 ですが、この認識が誤っていたことに気づいてしまいました。

 具体的には比較対象が悪すぎたっぽいですね。

 

『別働隊へ恩を売り稼ぎの一部を分捕るべく、押し売りの武力介入をアレイは開始します。姫様に確認、殲滅しますか? それとも支援に留めますか?』

「ご自由に」

『命令を受諾。これより本体による直接火力支援開始を、アレイは宣言します』

 

 お仕事前までは、駆け出しの自分を基準に熟練のプロの強さを想定。

 私で対応可能なら、歴戦の猛者には幼稚園のお遊戯だと思っていた訳ですよ。

 しかし、現実は奇なるもの。襟元に仕込んだ通信機から聞こえるアレイの報告は違いましてね?

 聞けば皆さん押され地味。割とピンチとのこと。

 ひょっとすると給金の高さは巫女さんコスプレによる上乗せではなく、純粋に難易度が高い故の市場相場だったのかな?

 そんな世迷言を考えながら、襲い来る猩猩の一匹をカウンターで一閃。所詮は仮初の存在なのか黒い霧となり霧散するも、後続は先客が完全に消え去る前に手を伸ばしてくる。

 伸びのある跳躍で上から一。正面と左右から二。数はともかく、特に窮地と感じない。

 普通の人間ですら互いが邪魔で同時に三人が限度なのに、猿はさらに体が大きい。どれだけ数が居ても、一度に四も相手取れるなら問題にはなり得ないのです。

 

「ええと、もう少し見学で」

「は、はーい!」

 

 思ったよりも安全マージンが取れている事もあり、指を一本立てて弟子へ釘を指す。

 最も近かった左の猿を正面へ投げて時間を稼ぎつつ、そのまま腰の回転を生かして速度を乗せた掌打を反対側へ連打。最後の一匹の爪をバック転でやり過ごし、ついでとばかりの踵をブチ当てて撃破完了っと。

 人外へ異様な補正を発揮する神気は今回も大活躍。概ね一撃の無双仕様は対悪魔とほぼ同じ。

 これの何処に梃子摺れと言うのか、全く理解に苦しみます。

 強い法力僧とかチートな陰陽師的な人は、二次元の産物なんでしょうか……。

 

「これが一般的な脅威? まさか、人はコカビエルさん級に抗えない?」

 

 投げで崩していた猿の首を踏み抜いて塵に戻した私は、目のつく範囲の殲滅が完了したこともあり、体を伸ばすがてら空を仰ぐ。本来ならウサギさんと雲しか遮るもの無い夜天の月が人型にくりぬかれているのは、彼女がそこに居る証。

 遥か上空、結界が及ばない世界に彼女は翼を広げて舞を踊っている。

 

『FCS正常動作中。マルチロックオンシステム敵勢対象を全て補足。これより全域での殲滅活動開始』

「私はギャー夫と休憩タイム」

「冷えたドリンクはこちらですぅ」

「モンブランは?」

「ここでそのネタを引っ張り出すんですかぁぁ!?」

「冗談です」

 

 手招きするギャーの横に腰を下ろし、飲み物と一緒に渡されたタオルで汗を拭う。

 おや、わざわざ冷やしたタオルを持ち込むとは。

 その気配り、実にマネージャー向けですよ。

 お陰で嫌な考えを頭の隅に仕舞い込む事が出来ました。

 人の限界はそんなに低くない。そう信じたままで居たい私です。

 

『これぞ兵器の本懐。大量虐殺こそ、アレイの望み』

 

 普段と変わらない淡々とした声の中に、僅かながら混ざる喜びの色。リンクされた携帯の液晶の中でディフォルメされたアレイがくるりと一回転し、広げた指を閉じた瞬間だった。

 鋼翼から陽炎を揺らめかせ、やや形を変えた影から放たれたのは色とりどりの光。

 大地を揺らし、物理的な破壊を振りまく姿は本来の意味で悪魔っぽい。

 今も影が揺らいでいるのは、小刻みに射角を調整しているからかな?

 

『周囲への影響を考え、最小威力に絞った光学系兵装のみを選択。現在の残存敵数32。再出現中の固有名称”猩猩”については、次射にて対応するとアレイは報告します』

「打ち漏らした?」

『同業者が交戦中分は、あえて対象外としたアレイです。本来の想定敵はアレイと同サイズの機動兵器であり、人間サイズは想定外。人も魔物も纏めての処分が許されるのであれば、直ぐにでも片付けられるとドヤ顔で回答します』

「クレームが怖いので、そこは穏便に」

『姫様の指示に従い、交戦規定を現行のまま保持する事をアレイは報告します』

 

 ま、まあ既にビームの乱舞に巻き込まれてそうだけどね……。

 私の所は敵がいないので実際の現場を見ていないけど、想像するのは簡単です。

 皆さん驚いただろうなー。

 宗教系の人が混ざっているし、突然降り注いだ閃光を神様の加護やら何やらの奇跡と勘違いされたら面倒くさい。信心の賜物、と増長するとか勘弁して欲しいと思う。

 

「あのぅ、僕らって必要なんですかぁ?」

「不要でしょうね」

「ならこのまま見物―――」

「アレイもアンも万が一の保険であり、主役は私達ですと爰乃は釘を刺します」

「さり気なく物真似とかいらないですぅ」

「突っ込みを入れる余裕があるのなら、明日は一人でいけますよね」

「は?」

「本来のスペックを発揮すれば前衛も行けるギャー夫を、支援ポジションで甘やかそうとする私こそ手緩かった。やはり、スパルタこそ香千屋の流儀。少しでも楽に切り抜けたいと思うのであれば、これからの戦いをしっかり見て勉強する事をお勧めします」

「え、えっ?」

「アレイ、ここ以外を監視して独自判断により攻撃を続行」

『命令を受諾、姫様の邪魔をしない事をアレイは誓います』

 

 遠くから忍び寄る敵の気配に立ち上がり、腕をぐるりと回して準備完了。

 夜明けまではまだ遠く、獣の数に限りは無い。

 

「思考ルーチンとパターンを把握すればこちらのもの。但し、常に想定外は起きると頭の片隅に入れて二割の余裕を保持なさい」

「話が違いますよぉぉっ!?」

「拒否するなら、群れのど真ん中に放り投げるまで。教えた事と自分の能力を組み合わせれば、決して不可能な事ではありません」

「過大評価ですぅ!」

「いやいや、私は無茶は要求しても無理な事を押し付けない主義。客観的に見ればギャーにも出来るタスクですって」

「拒否権がっ、無いっ!」

「せっかくの好機。恐怖を勇気で乗り越えて、一皮向けましょう」

「も、もしも逃げたら……?」

「イッセー君にお風呂の件を暴露する」

「頑張ります、頑張りますから、それだけはやめてぇぇっ!」

 

 私の誠意ある説得が功を征し、やっと首を縦に振り出したダンピールさん。

 最初から素直に頷いていれば脅は……お願いの手間が省けたのにね。

 

「さて、お給料に見合う働きがどのような物かを見せましょう」

「爰乃さんの行動パターンを参考にしてみますぅ……」

 

 単体なら物足りない。しかし、数が居ればまあまあ楽しめる猿の群れ。

 それらは遭遇することも難しい乱戦を経験させてくれる稀有な存在です。

 

「海遊びと同じく、今回も一日の猶予を与えた私に感謝すること。それにほら、今日は何もしなくて良いと難易度を引き下げたじゃないですか」

「代償として翌日の難易度がマジキチになってますけどねぇっ!」

「それはそれ、これはこれ」

「はーい、都合の良い日本語入りましたぁぁっ!」

 

 追い込んでも突っ込みを返せるタフな男に成長したギャー夫に目を細める。

 元々神器を含めてハイスペックな弟子三号のネックは脆い精神面。

 そこが僅かなりとも改善された今、分かり易い形で進化を遂げている筈です。

 本来ならば種族として強力な吸血鬼。その力の一端を発揮すると信じていますよ。

 

「何より故郷に錦を飾る……もとい、何時かは敵地へ惚れた女を奪いに行くと決意しているのでしょう? それなら今回はうってつけの経験です。自分以外全てが敵の環境下で何に注意し、どんな対応が必要となるのか学びなさい」

「……はい」

「失敗出来るのは今だけ。一発勝負で取り返しのつかないミスを起こすより、マシだと思いませんか?」

「ヴァレリーを助ける為にも、勉強させて貰いますっ!」

 

 共同生活を送る中で、ギャー夫の身の上は聞いている。

 生まれ育った吸血鬼社会で血の混ざった忌み子の扱いは酷く、ギャー以外の混血も含めた全員に許されたのは幽閉され日々を無駄に生きる緩慢な地獄だったらしい。

 そんな中、共に暮すハーフの幼馴染が手を貸してくれて脱出に成功。

 結果的には各地を放浪中にヴァンパイアハンターに討たれてしまったが、部長に拾われて今に至るとのこと。

 

「しかし、何度聞いても白龍皇と間違い探しな名前でびっくりしますよ」

「偶然って怖いですよねぇ」

 

 ギャーの夢、それは恩人で初恋の少女の救出。

 力を付け今も捕らわれているであろうヴァレリーさんとやらを助けたいらしい……のですが、格好良いことを言う割りに引きこもり生活だった様な。

 まぁ、人間と比較するのも馬鹿らしい寿命の吸血鬼です。

 私にとっての急務がギャーには百年以内とかのスパンとも言い切れないので、とやかくは言いませんけどね。

 

「足掻いて足掻いて、それでも力が足りないなら私を含めた仲間を頼りなさい。今だけでなく、何れその時が来た時もですよ」

「有難うございますっ!」

 

 覚悟が在るならば、それに相応しい対価を。

 先ずは目の前の問題を解決して、それを証明して貰いましょうか。

 

 

 

 

 

 番外編その三「呼ばれず飛び出て」

 

 

 

 

 

 一日目の戦いを終え、別荘へと戻った時だった。

 無表情のままスキップで先頭を行くアレイに違和感を覚えつつ、徹夜の疲労で突っ込みを入れる気力の無かった私は気にも留めず放置。

 重い足取りで別荘に戻ってみると、そこには意味の分からない光景が広がっていた。

 

「……何が、あったと」

「綺麗なお庭が大惨事ですぅ」

 

 庭師の苦労は水の泡。計算された配置の草花は踏み躙られ、心地よい木陰を作り出していた欅も半ばから断たれる始末とはこれ如何に。

 本来なら犯人探しを始めるべきなんでしょうが、今回ばかりは不要です。

 何故ならアレイの罠に引っかかったのは、この場に居る全員の知った顔。

 足元には見覚えのあるオンリーワンの剣が泥まみれで転がり、持ち主の素性を分かりやい形でアピールしていますからね……。

 

「爰乃、爰乃じゃないか! 身動きが取れなくて困っている、助けてくれないか?」

「その前に、何故そうなっているか説明を」

「マスターから、こちらへ向かうよう指示された」

「もう少し細かく」

「たまには生物を斬って来いと転送魔法でこちらに来たのが昨晩。チャイムを鳴らしても誰も出なかったが、室内の明りに気づいた訳だ」

「常夜灯を明りと言いますか」

「庭から様子を伺おうとしたところ、仕掛けられていた罠に嵌ってしまってな」

「……」

「そして、必死に抵抗した結果がこの有様。アドラメレク眷属の末席に名を連ねていながらの体たらく、大変申し訳なく思っている」

 

 私の呆れた顔を、力不足の証と捉える可哀想な子の正体はゼノヴィアでした。

 景観を破壊した事について思う所も無いらしく、日本で生きる常識が足りていない。

 彼女の中では中東で地雷原を切り抜けた感覚っぽいのが救えません。

 いやまあ、確かに普通のお宅に罠無いんですけど……。

 

「きっちり仕留められて大興奮。いいぞもっとやれ、アレイはアホの子の擁護に回る事をここに宣言。これからもブレるなと切に願います」

「この人、蝶々をキャッチアンドリリースする蜘蛛ですぅ……」

「トラップを突破する力と学習しなそうな単純さ。アレイはこの人材を逃がしません」

「成長させる気ゼロだぁぁっ!」

 

 作り上げた結界も稼働してこそ華。心血を注いだ作品が計算通りの結果を返した事にサティスファクションしたアレイは、全面的にゼノヴィアの肩を持ち、ポケットマネーによる解決を宣言する不思議。

 ぶっちゃけ面倒なので、なるようになれと声を高らかに叫びたい私です。

 気を張っての長丁場の後にギャグ路線とか、止めを刺しに来たとしか思えない。

 

「では、ゼノヴィアの面倒はアレイに一任」

「受諾」

「私はお風呂に入ってそのまま寝ます。後の諸々は全て任せましたよ……」

「ドンと来い、とアレイは胸を張ってご期待に沿う事をお約束します」

 

 何故か捨てられる寸前の子犬的な目をギャー夫から向けられたけど、基本的なトレーナーは最初からアレイに一任済み。

 私が教えるのは専門分野だけ。日々のスケジュール管理は担当じゃないのです。

 

「ひとしきり満足も出来たので、これよりトレーニングに向かう事をアレイは宣言します。被験体二号”ゼノヴィア”も追従しなさい」

「ああ、是非とも同行させて貰いたい。遊びに来た訳では無いからな」

「良い回答だとアレイは満足げに頷きます」

「えっと、そのぅ、ぼ、僕もですか?」

「肯定」

「爰乃さんと同じく、休憩が欲しいですぅ」

「見物客が何を甘い事を言いやがりますか、と惰弱な女装を鼻で笑うアレイです」

「た、確かに何もしてませんけど……」

「納得したならば出発、アレイは振り返らずに海へと向かいます」

「交渉の余地が無いよぉ……」

 

 重たい頭でぼんやりと眺めるやり取りは中々に面白い。

 意外と凸凹トリオの相性は良いのかも知れない。

 

「私はゼノヴィア。アドラメレク様の兵士見習いをやっている。宜しく頼むぞ!」

「ぼ、僕はリアス・グレモリー様の僧侶を勤めさせて貰っているギャスパーです。お、男なので間違えないで下さい。こちらこそ宜しくですぅ」

「そうか、良く分からんが共に頑張ろう」

「は、はいっ!」

「ちなみに私は聖剣使いでな、昔は吸血鬼やら悪魔やらを狩っ―――どうした?」

「吸血鬼も狩れる聖剣でででですか?」

「うむ、デュランダルだ」

「よりによって最強クラスにキッツイの来ましたぁっ! 僕も死ねますぅっ!」

「安心しろ、この身は人間なれど今は悪魔に仕える身。教会に属していた頃とは違い、異種族を色眼鏡で見ていない。そもそもグレモリーは仲間だろ? 敵なら容赦しないが、こうして肩を並べる相手には何もしないぞ」

「ですよねー」

「とまあ、そんな訳で既に転生悪魔のお前には色々と及ばないと思う。訓練でも足を引っ張るかもしれないが、出来る限りの努力をするので多目に見て欲しい」

「僕は貧弱系ですし、大丈夫かと」

「それはそれで問題じゃないのか?」

 

 遠ざかっていくコンビの会話に耳を傾けていた私は、見送りを済ませた所で家へと戻る。

 先ずは汗を流して、次に小さく鳴ったお腹を満たそう。

 ついでに修行組の為のご飯も用意して……眠れるのはお昼前かな。

 

「ただいまーっ!」

 

 そんな事を考えていると、猿が消えると同時に散歩へ出ていたアンが戻って来た。

 手には海水の滴る立派な貝がどっさりと。

 確実に密漁なソレの入手元を問わない私は、極めて正常なのだと思う。

 

「これ使ってごはん! お店で食べたやいたやつ!」

「はいはい、お風呂に入った後ですよ?」

「アンもはいるー」

 

 仕事がまた一つ増えた。

 手間のかかる妹をあやしながら、私は苦笑するのだった。


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