赤蜥蜴と黒髪姫   作:夏期の種

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ゆるーく進める筈が、結局本編準拠のガチ戦闘に
どうしてこうなった……


番外編その四「もう一人のぼく」

 あーゆぽーわん、皆様。

 そろそろ外国語挨拶も飽きてきた香千屋爰乃です。

 時刻は丑三つ時。前日に引き続き、今日も同じ場所で猿を迎え撃っている真っ最中。

 と言っても今日の私はスーパーサブなので、優雅にティータイム中ですが。

 

「ははは、斬り放題、壊し放題は久しぶりだ。しかも地下墓地でゾンビを相手取った時と違って、一人でも問題なく戦えている! さすがマスターの教えは凄いな!」

 

 ペットボトルに口をつけて喉を潤しつつ、途中参加したゼノヴィアの大暴れを見守る。

 私が円運動をベースに合理を積み重ねるのに対し、ゼノヴィアの動きには無駄が多い。

 でもそれは、本質の違いから来る差異。一概に悪いとも評せ無いのが難しいところ。

 固定の構えを持たず、常にどんな体制からでも最大の一撃を放つ事だけを考えた天衣無縫の……違いますね、本能で動く獣の所作は私でも攻め難い。

 常に動き回って死角を潰し、確実に一匹一匹を葬る動きは野生動物のソレに近いと思う。

 

「細かいテクニックなど不要。力こそパワー! ちまちまとフェイントを学ぶより、分かっていても防げない攻撃を堂々と放てばよいのだ!」

 

 本来のアドラメレク流刀技は、一撃必殺よりも連続した流れの中で必勝を期す詰め将棋。常に二手、三手先を見据えた頭脳戦こそが真骨頂です。

 けれど、肝心の弟子は感覚派の単細胞。同じ真似が出来る筈がありません。

 そこでお爺様が選んだ道は、長所をひたすら伸ばす加点方式でした。

 薩摩示現流の考え方を源流として、とにかく一発で勝負を決める事だけを追求。

 下手に型を仕込まず、天性の勘と思い切りの良さを磨きぬいた聞いています。

 後は実戦を想定した訓練、訓練、また訓練。

 結果として、理性で野生を制御する謎のスタイルに行き着いたらしい。

 私には真似の出来ない芸当ですが、その強さは認めましょう。

 

「ゼノヴィア、沸いている分を片付けたら交代です」

「了解したっ!」

 

 退くならば温存の必要なし。

 そう判断したゼノヴィアは、聖剣のオーラを全力解放。

 約束された勝利の剣を髣髴させる必殺技を放ち、全てを薙ぎ払うのだった。

 

 

 

 

 

 番外編その四「もう一人のぼく」

 

 

 

 

 

 私も、そして本人すらも失念していた事があります。

 ギャー介は数を頼りにする猿への対抗策として、多くの蝙蝠に体を分散させて一気に停止効果を与えるトリッキーな手段を開眼。時に霧化を用いた緊急回避を見せる等、本当に良くやっていたと思う。

 しかし残念ながら、根本的な問題を解決出来ていなかった訳でして……。

 一匹倒す前に二匹以上が沸き出す悪循環。魔力攻撃も不得手な僧侶さんの攻撃力は果てしなく低く、夜の灯りに群がる虫の増加に処理が追いついていない。

 と言っても先に述べた通り、逃げには秀でた弟子三号。

 泣き付いてきたなら、喜んで代わってあげようと思っていた私です。

 

「いやぁぁっ!」

 

 ついに両手両足を拘束され、貞操の危機を迎えたギャー子さん。

 精神的にも追い詰められているのか、腹の底から搾り出す絶叫っぷり。

 これにはゼノヴィアも飛び出す構えを見せ、私も重い腰を上げようと決断。

 そろそろ飛び出さないと、そう思った瞬間だった。

 ギャーの体から夜の闇より深い暗黒が滲み出し、世界を侵食し始めたのは。

 

「ゼノヴィア、これって一般的な現象ですか?」

「いや、始めて見る光景だ」

「欧州で化け物を狩っていた、中堅エクソシストでも知らない?」

「そもそも吸血鬼の能力にこんな物は無い。まるで意味が分から―――」

「?」

 

 黒に塗りつぶされた夜天に浮かび上がったのは、巨大な赤い瞳。

 その目が妖しく輝いたかと思うと、突如異様な重さが体に圧し掛かってきた。

 救出に備え、神気を高めていたにも関わらずこれですか!?。

 必死に輝きを発して主を守ろうとする聖剣の加護も虚しく、ゼノヴィアは最後まで言い終えることなく完全にフリーズしてしまう。

 とにかく原因を探らないとマズイ。

 敵がうようよする中で、無防備な姿を晒すことだけは避けないと!

 

「もう一人の僕は大人し過ぎる。本当なら出て来るつもりは無かったけど、出来損ない風情に弄ばれるのは我慢がならない」

 

 そんな中、普段とは間逆の自信に満ち溢れた堂々とした声が紡がれる。

 人が変わったギャーが指を一つ鳴らせば、闇の沼から化け物が次々に出現。鰐、狼、果ては龍を模した物まで居て、一匹として同じ形をしていない黒の軍勢があっという間に勢揃い。

 

「僕の可愛い眷獣達、餌の時間だ」

 

 空に浮かぶ目と同じ、真紅の瞳で笑うギャー。

 闇で出来た獣が無音で猿の群れを咀嚼し始めたのを見て、コレは人の敵だと私は確信した。

 動かない体を奮い立たせ、かつてのライザー戦を超えた殺意を胸に灯す。

 流れる血潮は鉛、布の巫女服は鋼作り。

 外部からの干渉により、異常な不調を訴える体は絶不調。

 正直、一人では心許ない敵です。

 出来るならゼノヴィアの援護が欲しい所ですが、構っている余裕もありません。

 今はとにかく時間が惜しい。

 猿の群れが腹に収められてしまえば、次は私達がペロリとされるのも時間の問題ですし。

 その前に一発殴って、正気を取り戻させないと!

 そう決意した私は、ギャーへ続く最短ルートの上に居る一つ目の巨人の背後に気配を消したまま移動。道を切り開くべく掌を打ち込んだところ、上手く内部へと勁が浸透しない。

 外圧への抵抗に必死で攻撃に力を回せていないにしろ、この手ごたえはおかしい。

 触れた部分しか削れない、霧を殴りつけている感覚の正体は一体名何ごと!?

 

「爰乃さん、そんなに慌てたら危ないよ?」

「暴走した馬鹿弟子がそれを言いますか」

「暴走? 極めて平静だけど?」

「既にその物言いが異常です」

「へぇ、意外と僕を見ていてくれてたんだ。でもね―――」

 

 ”爰乃さんが逆立ちしても僕には勝てない”

 

 その言葉を聴いた瞬間、冷や水を浴びせられた気分だった。

 認めたくない現実。この旅で絶えなかった疑念が形になって眼前に居る。

 

「眷獣如きに梃子摺る君は、その辺りの現実を直視して欲しいね」

「……本当に何者ですか」

「僕はギャスパー・ブラディ。但し、神器の元となったバロールと呼ばれた神の断片と融合した別人格だがね。神器は数多の存在を封じているけど、僕達の様に母体内で一部融合を果たした事例は初じゃないかな?」

「つまり、闇ギャスパー」

「その認識で概ね正解。ちなみに爰乃さんは、犠牲を払ってでも守る大切な人物と認識している。ほらほら、僕は敵じゃないよ?」

「……信じても?」

「そもそも裏人格は、表の影に徹するつもりなんだよ。表が不本意な事は基本的にしないし、根っこはイッセー先輩を尊敬しているギャスパー・ブラディと同一さ。この答えじゃ足りない?」

「なら、信用の証に私を神器の対象から外しなさい」

「合点承知」

 

 ギャーが宣言すると同時、ずっと不快だった外圧が嘘のように消える。

 まぁ、率先して危害を加えてこないことは分かっていたんですよ。

 攻撃した巨人も私に見向きすらせず、他の獣も敵意を一切向けて来ませんでしたし。

 

「一つお願いがあるんだ」

「何で―――」

 

 ピシリ、そんな音が聞こえて闇に亀裂が走る。

 ギャーは顔を強張らせて抵抗するけど、彼の力を持ってしても新たな侵食の進行を抑えるのがやっと。徐々に闇は隙間から漏れ出す閃光に蝕まれ、ついには屈してしまう。

 

「わるいやつ、姫様かえせーっ!」

 

 光の正体は極太の稲妻。全身を帯電させながら登場したアンが産み出した神威がその正体だった。

 その声から普段の幼さは消え、瞳に宿るのは鷹の鋭さ。

 かつて木場君にブチ切れた時が可愛らしく見える激怒っぷりですね。

 

「また厄介なのが……」

「しんじゃえ」

 

 問答無用の神鳥は、恐ろしい事に私の安全を全く苦慮してくれません。

 手当たり次第に稲妻で焼き払いながら、ぎゅっと手に何かを集めてギャーへ投擲。

 そ、それは一度だけ見た空気圧縮による衝撃波爆弾!

 防ぐ手段の無い私には、余波だけで致命傷なんですがっ!?

 

「これだから話の通じないガキはっ! 止まれ!」

「そのじんぎ知ってる。みえないとだめ!」

「ちぃっぃっ!」

 

 闇で私をガードしてくれるギャーですが、アンの知識は青天の霹靂らしいです。

 視界を遮るように発生した雲の影響で力を遮られ、無防備な姿を晒してしまう。

 鼓膜を守ろうと体を丸くして耳を塞いだ私に許されるのは、身内を信じる事だけ。

 目を閉じ口を開け、全てを受け入れる覚悟を決めてその時を待つ。

 そして破壊の瞬間が訪れた。

 何重にも纏った闇のヴェールの上からでも三半規管がおかしくなる衝撃を受け、ふらふらと立ち上がった私の目に映ったのは、三つ首の闇竜と純白の巨鳥の睨みあう姿でした。

 

『視線を遮る防護、さては他のバロールと戦った事があるな』

『にかいころした!』

『これだからアドラメレク眷属はっ!」

 

 アンの周囲は常に揺らめき、さながら蜃気楼の様相です。

 ギャーの能力に視線が必須と想定した場合、光を屈折させる空気の膜は致命的に相性が悪いと思う。

 しかもうろ覚えの神話では、バロールはルーのブリューナクに倒されていた筈。

 ブリューナクとは、投げれば稲妻となって敵を死に至らしめる必殺の牙。

 雷を意のままに操れるアンズーは、バロールの成れの果てにとって天敵な気がします。

 

『ぴかぴかばーん!』

 

 空に浮かぶ瞳を封じる意味も込めているのか、何時の間にやら頭上には暗雲が漂っていた。

 そこから一斉に降り注ぐ雷光は闇の異形を次々と焼き尽くし、吹き荒れる暴風もまた、あらゆるものの自由を奪う足枷として機能している。

 ギャー介も負けじと倒される端から獣を産み出してはいますが、雨粒の数を測定できない様に稲妻もまた無数。猿に襲われた時の逆パターンで、処理されるスピードを超えられない。

 

『ええい、デタラメな化け物め。これならどうだい?』

『それもみた!』

 

 闇を大波に見立てた反抗の狼煙は、初見殺しの切り札だったらしい。

 しかし大昔からあっちこっちをふらふらしていたアンの見識は、若者の浅知恵を遥かに凌駕する経験値としてアドバンテージを譲らなかった。

 闇の到達よりも早く産み出されたのは、こちらも全てを飲み込むハリケーンだ。

 

『やみもね、ちっちゃなつぶがあつまったものなの』

『僕の闇を食った!?』

『まえは羽をむしられたけど、そせいをおぼえたからアンにはきかない!』

 

 轟風は波と衝突するも相殺し合う事をせず、ただ闇を内へと取り込んでしまう。

 徐々に黒く染まり、最終的に残ったのは鳥が制御権を残した漆黒旋風。不気味な蠢動を繰り返すソレは、誰が見ても逃げ出す破壊の権化に違いない。

 かく言う私も嫌な汗が止まらず、風に取り込まれない様に足を踏ん張るので精一杯だったりします。

 

「すとーっぷ、二人とも落ち着きなさい!」

 

 身の危険を感じてアピールしてみるも、吹き荒れる風で言葉は届かない模様。

 仕方が無いので闇ギャーの変化した体を駆け上り、中央の頭に飛び乗って言う。

 

「アレを止められる自信は?」

『竜巻だけなら押さえ込めるけど、その間に追撃されれば滅ぼされかねない。僕は百年も生きていない若造で、ある意味コレが初陣なんだよ? あまり多くを求めないで欲しいね』

「なら、揃って生き残る為に協力なさい。私がアンを説得します。接近を宜しく」

『それしか道はないか……しっかり捕まっていてくれよ』

 

 竜巻で仕留めるつもりなのか、さらなる一手間を加えていた事が幸いした。

 攻撃の手が緩んでいた隙を付き、僅かなりとも距離を縮める事に成功した私達は、精一杯の大声を振り絞って訴えかける事にする。

 

「私は無事だよーっ! だから攻撃中止ーっ!」

『あれ、姫様だ。ちゃんとぶじ? そこからおりないとあぶないよ?』

「コレは一緒にご飯を食べたり、砂遊びをしたお兄ちゃんです。味方だから落ち着こうね」

『えー、バロールはやっかいだから殺したほうがいいと思う』

「仲間にすれば頼もしいって事でしょ?」

『うーん……』

「ああもう、覗きに行く予定のお祭りで何でも食べ放題!」

『はーい!』

 

 そいやー、と謎の掛け声を一つ。羽の一振りで殲滅魔法を空の彼方に吹き飛ばしたアンは、人の形に戻ると私に抱きついてきた。

 

「アンね、心配したの。かってにいなくなっちゃやだよ?」

「はいはい」

「で、ばろーるの人」

『なんだい』

「こんど姫様かくしたらころす、てかげんしないよ」

『加減されていたのか……』

「うらぎりものは許さない、それがご主人様のるーる」

『爰乃さんを守っていただけなんだけどね……どれ、僕も解除っと』

 

 纏っていた闇を脱ぎ捨て普段の美少女姿を取り戻した裏ギャーは、アンを肩車しながら私へと歩み寄り頭を下げてから言う。

 

「余計な挑発が事件を招いてしまってごめん。二度目になるけど、ギャスパーは先輩として香千屋爰乃が大好きなんだ。悪意が無かったことだけは信じて欲しい」

「信じましょう。私も可愛い後輩と思えばこそ、こうして連れてきている訳ですし」

「なら先輩、後輩のお願いを聞いてくれないか?」

「先ほど言いかけていた件ですね」

「表の僕は、まだまだ未熟。だから、自分で僕の事に気付くまで内緒にして欲しい」

「賢明な判断でしょう」

「なら、そう言う事で。またお会いする日を楽しみにしています」

「良い眠りを」

 

 私が笑みを返しアンを受け取ると、糸の切れたマリオネットの動きでギャーは崩れ落ちた。

 

「そう言えば、猿ってどうなったの?」

「アンがね、じゃまだったからげんいんのしょうきをぜんぶはらったよ! だからもうでてこないのです!」

「ああ、大本から漏れ出した力とやらを断ったと。良い子、良い子」

「えへー」

 

 つまりお仕事終了。でも、再出現が100%無いとも言い切れません。

 何にせよ、当初の予定通り朝まで時間を潰さないと。

 

「―――ない。どうする爰乃」

「もう終わってるから」

「なん……だと」

 

 一足遅れて解放されたゼノヴィアが、無駄にシリアスだった。

 ギャー子め、説明が面倒だからと引っ張りましたね。

 

「何だかんだと猿も片付きました。後は時間を潰すだけですし、ギャーが起きるのを待ってトランプでもやりましょう。罰ゲームありの大富豪とか、面白いと思いませんか?」

「よく分からんが、全部片付いたんだな?」

「はい」

「ちなみに大符号とやらを私は知らない。スパイゲームか?」

「アンは知ってるよー」

「そうか、アンは賢いのだな……」

「おしえてあげる!」

 

 ついに知能ヒエラルキーで、アンの下に落ち着いたゼノヴィアだった。

 ゼノヴィア、貴方が何処を目指して居るのか私には分からないよ……。

 そんな一抹の不安を覚えながら、私達は寝たギャーを回収しつつ広場へと戻るのだった。


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