赤蜥蜴と黒髪姫   作:夏期の種

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少しずつズレて行く本編。
先生がしたり顔で説明していましたが、神器とそれ以外の区別ってどうなんでしょうね。
ググっても良く分からなかったので、間違っていても許して下さいな。


第04話「縁の下の力持ち」

「突然の呼び出しを何事かと思えば、いまだに人間の保護者気取りかよ。堕天使の俺が言うのもなんだが、世も末だな」

「御託はシュムハザにでも聞かせていろ。わしはな、大事な大事な孫娘が傷物にされかけて冷静で居られるほど出来とらんのでな。返答によってはこの場で斬る。昔は互角だったかもしれんがな、貴様が研究に現を抜かす間にわしは強くなったぞ? 天秤はこちらに傾いていること忘れるな」

「……その件については悪かった。つぅか、どんだけ人間に入れ込んでんだ」

「あ? 殺すぞ?」

「件の下っ端の処遇はお前に一任し、どんな処遇を下そうともこちらは関与しない。ベノア・アドラメレク、昔の好で手打ちにはならんか?」

「落とし所だろう。仮にも組織の長たるぬしが一人で頭を下げに来たのだ、十分すぎる誠意を示したと思うとる。むしろ他が来ていたらミンチにしていたがな」

「んじゃま、連座制でドーナシーク、カワラーナ、ミッテルト、レイナーレの四名は好きにしろ。要らんだろうが、必要なら兵隊も貸すぜ?」

「くくく、狩りに邪魔者は不要」

「俺に黙って動いた挙句、虎の尾を踏むからこうなっちまうんだ。綱紀粛正を強めるかねぇ……お、悪いな」

 

 粗茶ですがと前置きをしながら玉露をそっと出し、お爺様と向かい合って物騒なことを口走る男を見る。

 見た目で判断するなら年齢は20代。

 チョイ悪系の容姿は売れっ子ホストを想像させるも、実際は斜め上だった。

 曰く堕天使のボスで、ファンタジー世界でも有数の強者らしい。

 そんな大物が何故ウチに居るかと言うと、何とお爺様が呼び出したとの事。

 只者ではないと思っていましたが、随分と偉かったんですね。

 

「時に今更ながら気づいたことがあります」

「何だね」

「私、お爺様の名前を初めて知りました。今の今まで疑問にも思えなかったのは何故でしょう?」

「すまんな、わしの魔法が原因だ。アドラメレクの名前はアレな業界で有名でな? いらぬ面倒ごとを起こさせないためにも、代々の香千屋の者の認識を誤魔化す事にしておる。人外との会談に同席させ、名を教えたのはお前が初だよ」

「ありがとうございます」

 

 私はお爺様の特別。それが何とも嬉しい。思わず笑みが零れそうになるのをお客様の前だからと押さえ込むも、総督さんにはバレていた。

 生暖かい目でニヤリとすると、私の目を見てこう切り出したのである。

 

「時にお嬢ちゃん、”神器”って知ってるか?」

「何でも歴史上の偉人はみんな持っていたとされる規格外の力とか」

「その認識に間違いはない。俺の見立てじゃ、お前さんも内に秘めてるぞ?」

「神話のエクスカリバーとか、グングニル的な物が私に?」

「ちょい認識に間違いがあるな。それらは神魔が使う超常の武器で、神器とはまた違うカテゴリーだ。例えばお嬢ちゃんが言った前者はぶっ壊れた破片を教会が管理しているし、後者もオーディーンの爺が己の武器として所有している。神器ってのは一部例外を除いて個々人が生まれ持って来るものであり、武器に限らない何でもありの後付能力みたいなもんだ」

「実例で言いますと?」

「分かりやすいところだと、無尽蔵に魔剣のコピーを生み出す”魔剣創造”。他にもあらゆる能力を二倍に引き上げる”龍の手”辺りが想像しやすいんじゃね?」

「分かるような、分からないような……」

「まぁ、そんなものだとだけ思っておけば十分だ。明確な分類を尋ねられると俺も線引きが難しい。次に来る時には出来る限りオリジナルに近づけたエクスカリバーを見せてやろう。現物で比較するのが分かりやすいからな」

「ご教授、有難うございます」

 

 見た目に反して人に物を教える才能がある人だった。

 お爺様の信用もあるようですし、抜き差しなら無くなったら頼るのもアリかな。

 

「アザゼル、神器の気配などわしは感じていない。適当なことをぬかすな」

「あのなぁ、俺はこの道の第一人者だぜ? こと神器分野じゃお前の千年先を行っているプロ中のプロ。賭けてもいい、種類や能力はともかく神器は確実に宿っている」

「それを言われると信じるしかあるまい。こんな所で意趣返とはやりおる」

「たかだか神器一つの為にお前を敵にはしたくないから安心しろ。さすがに”神滅具”ってなら話は変わるが、それは九分九厘ありえん。が、何が生まれてくるのか分からない卵ってのは何とも探究心を誘う。少しばかり俺に預けて見ないか? どんな神器であれ、きっちり使いこなせるようにして返すぞ?」

「いらぬ。そもそも神の玩具などに頼らんでも、香千屋の業は天も魔も屠るポテンシャルを秘めておるわ。何より与えられた奇跡より、己の身一つで得た力にこそ意味がある」

「否定はしない。しかし、俺はこうも思う。神器ってのは生まれ持った才能だ。例えば足が速いからと言って俊足を封印する馬鹿は居ない。どうせならその才能を生かそうぜ? ちなみにお嬢ちゃんはどう思うよ?」

「爰乃とお呼び下さい」

「爰乃の意見は?」

「神器とやらも道具である以上、習熟しなければ使い物にならないのでしょう。そうなれば非才の身ゆえ、二兎を追えない私は何かを捨てねばなりません。そしてどちらを選ぶかは言うまでもなく決まっています」

「残すのは積み重ねてきた力、か」

「でも、併用して問題ない類の力であれば話は別です。先ほどの”龍の手”のように、私の体術と相性が合うならやぶさかではないかと」

 

 これが嘘偽りの無い本音。近接投げキャラに槍とか盾を持たされても困ります。

 動きを阻害しない防具や、タメの必要ない飛び道具が理想です。

 

「正体も分からないのに、憶測で答えろってのも難しいか。ま、無理をして発現させても負担が大きい。力に目覚め、それが何かを知ったなら回答を教えてくれ。それくらいならいいだろ?」

「……繰り返すが、色々な意味で手を出せば殺すぞ」

「おお怖い、これ以上怒らせる前に退散しよう。何かあればまた連絡を寄越せ、今回の侘びとして出来る限りの協力を約束するからな」

「はよ帰れ、次に来るときは手土産の一つでも持参しろ!」

「おう、どうせ近々悪巧みでまた来るさ。次は一杯引っ掛けて思い出話にでも花を咲かせようぜ」

「別に貴様と話すことは無いが、どうしてもと言うのであれば考えておこう」

「じゃあな糞爺と爰乃。アザゼルはクールに去るぜ」

 

 薄々分かっていたけど、お爺様ってばツンデレだ。

 口では色々言っても、何だかんだで仲が良いんですね。

 

「無いとは思うが、万が一わしに何かあればあやつを頼れ。連絡は母屋の電話の短縮1番。何を言われようと。出るまで鳴らし続けるのだ」

「はぁ」

 

 何から突っ込んでいいやら悩む私だった。

 

 

 

 

 

 第四話「縁の下の力持ち」

 

 

 

 

 

 来いと言ったのに、一週間を過ぎてもウチへ一向に姿を見せないイッセー君。

 はっきり言って、私はとても憤慨していた。

 リアス先輩とは和解したから、彼が下っ端悪魔のお仕事で忙しいことも知っている。

 しかしながら口約束でも約束を蔑ろにしていいだろうか?

 否、断じて否。

 かと言って力ずくと言うのも、何やら彼が待ち遠しいと思われそうで嫌。

 なので無視する。

 昨日はそんな私に思う所があったのか肩を掴む暴挙に出たので、これ幸いと黙らせた。

 きっと今日も懲りずに話しかけてくるのだろうと手ぐすね引いていたのに、学校の何処にもイッセー君の姿は無い。

 馬鹿は唯でさえ風邪を引かない上、今やインフルエンザすら裸足で逃げ出す悪魔の筈。

 これは何かあったに違いない。

 そう考えた私は、旧校舎へと足を運んでいた。

 すると、目的の部室に行くまでも無く会いたかった人物へと遭遇する。

 

「何やら深刻な感じですけど、何かありましたか?」

「あら、香千屋さん。丁度いいわ、貴方も無関係ではないから話しておきましょう。実はイッセーが何人か連れて教会へ乗り込んでいったの」

「相変わらず突拍子も無いですね、私の知るイッセー君らしくてホッとします」

「……いつものことなのね」

「どうせ女の子が酷い目にあっているとか、そんな感じの安っぽい正義感を果たしに行ったのでは?」

「概ね正解よ。彼の気に入った女の子が堕天使の犠牲になりそうな事を知って、飛び出して行ったわ。下手をすれば悪魔と堕天使間の戦争の火種になりかねない事も知らず……本当に馬鹿な子」

 

 人間だった頃と何も変わらない平常運転だねイッセー君。

 悪魔に堕ちても、やっている事は後先考えないヒーロごっこ。

 ほんとーに仕方が無い。

 リアス先輩も口とは裏腹に助ける気満々みたいですが、こちらもいつも通り本人の知らないところで援護してあげましょう。

 

「先輩、ちなみに問題の堕天使の名前とか分かります?」

「主犯はレイナーレで、配下に数人って所かしら。さすがに全員の名前は不明ね」

「あ、それなら大丈夫です。後顧の憂い無く殺しちゃって下さい。でもって、件の女の子はこちらで確保しちゃいましょう」

「……何を言っているのかしら?」

「ええと、呼んでますよアザセルさんでしたか? そんな感じの偉い堕天使とお爺様の間で話が付いています」

「何ですって!?」

「どうもレイナーレ一派は総督さんにアポ取らないでやんちゃしていたようでして、今や組織からも除名食らったモブ。倒してもクレームとか無いです」

「ちょ、貴方のお爺様は何者なの? と言うかどうしてそんな話に!?」

「そんな事どうでもいいじゃないですか。今はイッセー君を追うべきです。先輩もチェスの指し手なら大局を見ないとダメですよ?」

「……落ち着いたら、お宅に伺っても宜しいかしら」

「お茶菓子を用意してお待ちしています」

「念の為に確認するけど、貴方は来ないのね?」

「ご一緒したくはありますが、ちょっと野暮用がありまして。イッセー君の保護はお任せします」

「分かったわ、グレモリーの名に懸けてイッセーは私が守ります。全て片付いたら連絡を入れるから、大船に乗った気持ちで待ってなさい」

 

 分かりましたと頷くと、真紅の色に彩られた魔方陣を展開。

 ずっとこちらを伺っていた姫島先輩を伴い、あっという間に姿を消してしまう。

 きっと私の言葉の裏づけを取りに向かったんだと思う。

 あ、考えて見れば姫島先輩も神社の娘だったような。

 商売仲間ですし、お爺様と面識があるのかもしれない。

 

「感謝してくださいよイッセー君。お爺様の獲物を譲った貸しは大きいですよ」

 

 そう、本来なら今日この時が断罪の日。

 身内に手を出された大悪魔が、その怒りを発散する予定日だった。

 ここまで間が開いたのは、ひとえに私の未熟が原因。

 香千屋爰乃という人間の小娘が、天を屈服させるだけの力を得る準備期間だった訳でして。

 

『お爺様、実はプランに変更を―――」

 

 他の堕天使はグレモリー一派に任せても、ドーナシークだけは譲れない。

 私はそろそろ動くはずの狩人に一報を入れるのだった。

 

 

 

 - 香千屋神社 -

 

 

 

「お前の言う通り、こやつ一匹のみを捕獲した。念の為確認するが、残りのブロイラーはグレモリーが始末するのだな?」

 

 光る鎖でがんじがらめに固められた獲物を踏みつけるお爺様はご機嫌だった。

 久しぶりのハントがお気に召したようで何より。

 でも、少し物足りなそう。やっぱり全部狩りたかったかと推測する私です。

 

「はい、いつぞやの借りを返すためにも花を持たせたく」

「そうじゃな、ここいらの管理者はあくまでも小娘。わしが私怨で処分するよりも正しかろうて。爰乃や、その気遣いは大切にするのだよ」

「もちろんです」

 

 本当は誰かさんが勇んで乗り込んだはいいけど、ボスが居ないとか可哀想だな思っただけ。

 当初の予定では、ドーナシーク以外お爺様が皆殺し。

 玉座に辿り着いたのに、魔王が既に血祭りとか泣くしかないと思う。

 低レベル勇者のイッセー君じゃ勝てないにしろ、増援を送り出したので大丈夫でしょう。

 囚われのお姫様をゲット出来るか、後は君次第だよ。

 

「では始めるか。準備はよいな?」

 

 大きく深呼吸を一つして頷きを返す。

 湧き水で禊も済ませ、袴姿に着替えた私は戦闘準備万全。

 拘束されていたドーナシークが開放されるやいなや、私は飛び出した。

 

「おい悪魔、本当にこの娘を倒せば無罪放免なんだろうな?」

「約束しよう。ただし、逃げる仕草を見せれば即殺すぞ」

「ならば早く片付け、レイナーレ様の下へ―――」

 

 だーから、これで二度目だよ?

 既に戦いが始まっているのに余所見は死亡フラグ。

 それが許されるのは、カエル飛びでブロッコリーなボクサーだけと思う私です。

 

「かはぁっ!?」

 

 手始めは掌打。

 特殊な呼吸法で生み出した”気”を足首から始まる全身加速で増幅。

 掌の一点から相手の体内に打ち込む内部破壊系拳撃”浸透掌”を放つ。

 これの習得が大変でした。呼吸法は香千屋流の基礎だから問題なかったけど、増幅と収束が難しくて本当に苦労したんだよね。

 でも、その労力は報われた。

 何せ極みに至っていないのに、堕天使すらくの字に折れるこの威力。通常打撃の軽い私にとって、生涯付き合えるベストパートナーと断言してもいい。

 だけどコレで終わるつもりはない。

 崩れた体に柔を仕掛け、獲物を縦方向に半回転。無防備に晒された背中に肘を突き刺す。狙いは脊椎。一撃必殺にはならなくても、後々後遺症が残るガチの急所だ。

 

「うむ、それでよい」

 

 手ごたえ十分。衝撃で射程外まで転がっていく敵に一呼吸できると判断した私は、満足そうに頷くお爺様の声に安堵した。

 期待外れと失望される無様を晒して居ないことに一安心です。

 思わず駆け寄りそうになるも、まだ戦いは終わっていなかった。

 飛来するビームをひょいっと回避すれば、苦しそうながらも立ち上がる堕天使が居る。

 

「ええい、どうして翼が出せぬ!?」

「ハンデじゃよ、ハンデ。さすがの孫も今はまだ空へ届く力を持ち合わせとらん。他の能力は封じておらぬのだから、堕ちたとはいえ天使の教示を見せて見ろ。少なくともアザゼルの阿呆ならそれくらい朝飯前よ」

「あのお方の名を出すなっ!」

「御託は良いからさっさと爰乃のモルモットとなれ。ほれ、わしにばかり目を向けていると、三度目の正直が現実となるぞ?」

「ちぃっ!」

 

 お爺様の言い分はもっともながら、こうも奇襲ばかりでは経験値が溜まらない。

 なので空気を呼んで大人しくしていた爰乃さん。

 こちらに意識を戻すのを待ち、よいしょっと構えを取って迎え撃つことにする。

 

「ビームサーベルも使ってくれませんか? グレモリー眷属の人もそうでしたけど、皆さん揃って動きの起こりが見え見えでちょろすぎます。動作の癖を直さない限り、飛び道具は永久に届きませんよ?」

「くそくそくそっ! 人間如きが舐めた事をっ!」

「素直で宜しい」

 

 時折髪の毛を掠めていく光の刃は、防御方法の無い死神の鎌。

 しかし、私の心に恐怖の二文字は浮かび上がってこない。

 事前に状況次第での介入と、死なない限りどんな傷も癒す”フェニックスの涙”なる回復アイテムを用意してある旨を告げられているが、そんな保障は記憶の彼方。

 生死がかかっているこの瞬間、湧き上る感情は歓喜だ。

 己と相手の命を全てぶつけ合い、強い方だけが生き残るこのゲームは麻薬に近い。

 聞けばレーティングゲームは、死なないだけでコレと同じ事をするらしい。

 東京ドーム地下の闘技場に負けないエクストリームルールには興味をそそられます。

 是非とも混ぜていただかねば。

 その為にも強くなろう。

 お爺様に言わせれば、ドーナシークは雑魚中の雑魚。

 入門編に梃子摺るようでは、人外世界でやっていけるわけがありません。

 

「これが最速? 初手のダメージを考慮しても鈍りすぎでは?」

「だまれぇぇっ!」

「ならば貴方が黙りなさい。フィナーレです、これが本当の雷神落としっ!」

 

 以前との差を実感して貰うべく、全く同じシチェーションになるのを待ってましたよ。

 本能的に加減した初遭遇時とは比べ物にならない速度で手首を捻り上げ、投げの衝撃による各種間接の砕ける音をBGMとして楽しむ。

 そしてフィニッシュ。放置すれば地面に刺さりそうな勢いの頭を全力で蹴りぬいた。

 手ごたえあり、完璧な仕上がりと胸を張っていえます。

 ほら、その証拠にピクリともしてません。

 これが人間相手なら過剰防衛で逮捕でしょうが、そこは大丈夫。

 人じゃないから罪になるわけがない。怖いのは野鳥保護の会くらいだね!

 

「採点はいかほどでしょう?」

「80点。最後の蹴りにも気を乗せねば、真の雷神落としを名乗れんな。ツメが甘くなければきっちり命を刈り取れただけに、残念と言わざるを得ぬ」

「申し訳ありません……って、生きてるんですか? 堕天使ってタフですね」

「だが、背中への肘はアドリブが利いており100点。その齢にしてこの域に達したのは、長い香千屋の歴史でも爰乃が初めてよ。まさに天賦の才。このまま鍛錬を怠らなければ、歴代最強も夢ではないとわしは確信しておる」

「えへへ」

「どれ、後始末はわしがやっておこう。小僧の方にいってやりなさい」

「心配していたことを見抜かれてましたか」

「出来ることならわしも加勢してやりたいが、諸々の事情でそれは出来ん。どれ、送ってやろう。大人しくしているのだよ?」

「はい!」

 

 それは学校で見たリアス先輩とよく似た魔方陣。

 私の体を包んだ光の眩しさに目を閉じて、瞼を開けば全く違う景色だった。

 こちらに転送される寸前にお爺様が

 

「爰乃に手を出して、楽に死ねるとは思うなよ?」

 

 とか言いながら無理やり覚醒させた上でドーナシークの腕をねじ切っていたが、不思議と怖さは無い。

 それだけ愛されている証拠ですからね。

 本人は隠しているつもりでも、取り繕った笑顔の下に夜叉を潜ませているなんてお見通し。

 きっと私には想像も出来ない拷問をした後に、塵一つ残さず消し去るのだと思う。

 と、今はイッセー君でした。

 教会と言えばこの街にはこれ一軒。今にも崩れそうなボロボロ具合も、魔の巣窟と思えば納得出来る。

 さて魔王の城に突入っと。気配を殺してこっそりと入って行くも、戦闘の後こそ見受けられるが誰の姿も見つからない。

 まさか全部終わって皆さんお帰り?

 それはちょっと悲しい……あ、地下への入り口発見。

 転がっていた剣の柄を何となく回収して、足音を立てないように一歩一歩降りていく。

 

「帰ろう、アーシア」

「はい、イッセーさん」

 

 すると、情熱的にお姫様を抱きしめるイッセー君を発見。

 これはエンドロール寸前、ゲームをクリアした勇者へのご褒美タイムだね。

 って、あの子はこの間のシスターちゃん。

 こんな所で縁があるとは思っても居ませんでした。

 部長を筆頭にオカ研メンバー勢揃いですが、このタイミングで合流するのも無粋。

 こっそり立ち去るとしますか。

 そう思った時だった。

 あれー、シスターちゃんと目が合った?

 気を操る修行の副次効果でアサシン級の隠密性能を誇る私が、こうも簡単に見つかるわけが無い。これは偶然。そう、確率論が生んだ事故。

 思わずマスクオブゾロな感じに人差し指を唇にあて、御気にせずとアピールするも時既に遅し。私を見てコクコク頷くものだから、周囲の悪魔が何かおかしいと気づいてしまった。

 でも、まだ慌てる時間じゃない。

 視認されたのは金髪ちゃんのみ。

 慌てず騒がず一階へ退散すると、比較的破損を免れている祭壇の中へと潜り込む。

 

「……誰も居ませんわね」

「アーシア、見間違えたんじゃないのか?」

「い、いえ、確かに親切にして頂いた方が黙っててね的ジェスチャーを……」

 

 最初に上がってきたのは姫島先輩。ピリピリと警戒を隠そうともしないので大変怖い。

 続くのはイッセー君とお姫様。大丈夫、まだ私とバレる筈が無い。

 と言うか、私ってチームグレモリーの味方だよね?

 姿を見せてもバトルに発展しないだろうし、スネークするメリットは何処に……。

 

「本当に第三者が居たなら問題ね。堕天使の残党か、それとも教会の人間か……何れにせよ厄介よ」

「しかし部長、まだこの場に残っているとは考えにくいかと。転送魔法の痕跡が無いなら、超スピードで逃げてしまったと判断するのが妥当では?」

 

 すみませんね、木場君の近くに居ますよ。

 悪魔基準で語られても、人間には荷が重たいのです。

 

「それもそうね。みんな、いつまでも教会に居てはそれこそ問題になるわ。ここは大人しく退きましょう」

「「はい」」

 

 それが最善だと思います。

 ほらほら、イッセー君も王様の命令には素直に従いなさい。

 問題の先送りの様な気もしますが、上手いことシスターちゃんがお国に帰ってくれれば真実は闇の中。私は何も知らないとゴリ押せる未来もゼロじゃないし!

 そんな思いが通じたのか、一向は揃って魔法陣で転移してくれた。

 さすが教会、信じるものは救われる。

 

「はぁ、メタルギアも楽しかったので良しとしましょう。しかし、こんなにも埃まみれになるとは想定外過ぎます……」

 

 ごそごそと這い出て見れば真っ白だった半着は斑模様で、お気に入りの袴も同様の有様。

 自慢の長髪も埃で無残な色合いに……この姿で家まで帰ると思うと頭が痛い。

 外に出て見ると、空はすっかり真っ暗で月明かりだけが眩しい。

 これなら人目にも付かないのでよしとしよう。

 今日という日を振り返りながら私は走る。

 私は上り始めたばかりなのだ、この果てしなく長い何とか坂を。

 香千屋先生の次回作にご期待ください。


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