赤蜥蜴と黒髪姫   作:夏期の種

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原作でも上級真っ青なイッセーと木場の昇進に見え隠れするお役所仕事。
とりあえず中級、期間を空けてからの昇進はその証明だと思います。
つまりパワーバランスは

魔王の上級認定<交渉の余地の無い壁<認定委員会的な何かのお墨付き

その他諸々をひっくるめた結果、魔王様の冥界は地獄となりました(


第五章 黒髪姫と拳王の舞踏会
第34話「魔王様の地獄」


「これは茶飲み話として聞いて欲しい」

「分かった」

「天界から発注を受けた量産型エクスカリバーがな、某所に納品済みな訳よ」

「ほほう」

「商品を引き渡した以上、これから先何があっても俺達の責任にゃならん。ちなみに量産型と銘打ってるが、俺が手作業で一本一本仕上げる工芸品な訳だ。手違いで手に入れ損なったとしても、ほいほい発注に応じられん。つーかメンドイから拒否る」

「横から掻っ攫われると大変そうだね」

「で、だ。話は変わって英雄派の”絶霧”使いをグレゴリ本部へ招待したい」

「本当に神器研究にご執心な事で」

「手の届く範囲に、これだけの神滅具が揃っているんだぞ? 合法的にデータを取れる機会をむざむざ無駄に出来るかよ」

 

 愛しの君が住む街の一角。洒落た喫茶店で顔を付き合わせる総督殿は、禍の団の幹部を前にしても敵意ゼロ。気負うことなくセットのケーキを口に運ぶ事を止めない。

 ヴァーリを通じてコンタクトされた時は罠かと疑ったが、どうも杞憂だったらしい。

 手勢も連れず、ふらりと現れた彼の本質は何処までも純粋な学者。

 成果さえ上がるなら、正義も悪もどうでも良いのだろう。

 

「期間は?」

「三日もありゃ十分だ。素直に協力してくれりゃ、土産を持たせて返すぜ?」

「OK、その条件飲もう」

「交渉成立だな。悪いがこの後に予定が詰まってる。”ゴミ”を片付けといてくれ」

「お安い御用さ。では、こちらの準備が済み次第連絡するよ」

「またな」

 

 席を立ったアザゼルを見送りながら珈琲を一口。

 糖分ゼロの苦味と深いコクに酔いしれつつ、彼との会談を振り返る。

 見識深い賢人との会話は中々に有意義だった。

 冥界、天界、双方の最新情報に今後の動向。そして―――

 

「ご丁寧に警備のメンバーまでリストアップ済み。親切痛み入るよ」

 

 空のカップに添えられた紙片を広げれば、中身は某所に対する懇切丁寧な襲撃マニュアル。

 中身が本物なら、誰でも怪盗の真似事が出来る指南書だった。

 彼は暗に言っていた。

 欲しいのは生きたデータのみ。悪魔と同盟を結んだ天使に作品を渡しても、抑止力として使われるのが関の山。ならば方々に喧嘩を売る禍の団にこそ譲りたい、と。

 それでいて天界からは”煌天雷獄”のデータを受け取りつつ、俺達からも同等の条件を引き出す狡猾さ。

 悪い大人の典型例だが、一団の長として尊敬すべき姿勢だと思う。

 

「さて、我が姫を迎え入れるに相応しい環境作りを始めよう。行くぞジーク、今晩は高慢な鳩共が僕らのディナーだ」

「了解した、人員を手配する」

「死体役に、殺しても問題ない悪魔も混ぜてくれよ?」

「あくどい事で」

 

 念の為にと忍ばせていた英雄シグルドの末裔にして元教会第二位の剣士、ジークフリートを引き連れ僕もまた店を後にする。

 総督殿は護衛に気付いていながら、あえて無視する豪胆さだった。

 しかし、我らはか弱き人間。臆病な位で丁度良い。

 人が神を倒せるのは、慢心に付け込んだ時のみ。

 真っ向勝負は分が悪いのだから。

 

「旧魔王派が幅を利かせる現状を変える第一歩だ。必ず成功させるぞ」

「応っ!」

 

 神も悪魔も関係ない、最後に笑うのは誰かと言う事を教えてやる。

 義は我にあり。

 蒼天の導きのまま、立ちはだかる者は我が槍で等しく滅ぼすのみ。

 

 

 

 

 

 第三十四話「魔王様の地獄」

 

 

 

 

 

 何故誘ってくれなかったと愚痴るイッセー君を、泣いたり笑ったり出来なくしてから数日後。

 ついに私は旅立ちの日を迎えていた。

 旅装束は駒王学園の夏制服。これさえ着ておけば、冠婚葬祭を含めた全ての行事に参加を許される万能の着衣です。

 実は冥界到着後、いの一番に魔王様との面会が組まれています。

 現地で着替える手間を省く為にも、やはり着慣れたこの格好がベストだと思います。

 

「こちらです、姫様」

「無駄に広くて面倒な」

 

 私達―――弦さんとゼノヴィアも含めた三人が居るのは、駒王駅の地下深く。

 冥界の運営する、悪魔専用ホームをうろうろしている最中です。

 悪魔歴の長い弦さんも冥界渡航は初らしく、ガイド不在の手探り状態。

 傍から見ればおのぼりさんと笑われても仕方が無い姿を、第絶賛晒し中だったり。

 ちなみにヴァーリは、禍の団の仕事が終わり次第合流予定。

 アンと鬼灯は正規ルートでの冥界入りが出来ず、別の手段で入国を果たすとのこと。

 そう……招待されたのは、私だけなんですよ。

 部長を通して届けられた招待状を要約すると―――

 

 魔王が許可を出しても、最終決定権はレーティングゲーム実行委員会が持っている。

 本来ならば門前払いではあるが、さすがに上には逆らえん。

 不本意ながら、一度だけ審査をしてやる。

 指定日に魔王領ルシファードまで一人で来い

 恥かしくないならば個人の技量、そして王としての力を見せてみろ。

 ああ、箸にも棒にもかからない場合は悪魔の駒没収なのであしからず。

 

 実はさほど歓迎されていない爰乃さんです。

 なので弦さんは護衛。ゼノヴィアを世話役としてゴリ押し、随伴の許可をもぎ取った次第。

 上級悪魔にして爵位持ちのアドラメレクの愛娘(違うけど)の立場を、前面に押し出さなければどうなっていたのやら。

 さしもの魔王様も、人間嫌いな保守層を押さえ込むのは無理だったのかな?

 だって色々おかしいじゃないですか。

 私個人の力試し + 王の器量を見せろと通達しておきながら、眷属候補の同行を許さないとか意味が分かりません。

 ちなみにイッセー君達も明日冥界へ出立と言ってましたけど、向こうは基本的にノーチェック且つ同行者の制限無しっぽい。

 これぞ格差社会。いっそ向こうに混ぜて貰えば早かった……ような。

 

「意外と普通だな。地上との違いは売店の有無くらいか?」

「飲食物に関しては私が購入済です。とりあえず貴方は落ち着きなさい」

「弦はお堅いなぁ」

「ゼノヴィアが緩いのです!」

 

 刃振るう共通項のお陰か、弦さんとゼノヴィアの仲は悪くない。

 このまま一緒の時間を過ごしていけば、良き仲間となるでしょう。

 王として微笑ましい光景に目を細めながら切符を見せて列車に乗り込むと、四人がけの席を選んで腰を下ろす。

 ええと、実は悪魔の資格を与えると言いつつ螺子にされませんよね?

 999が宇宙へ飛び立つのに対し、冥界行きの電車は地下へとまっしぐら。

 向かう方向はともかく、常識の通じない別世界に連れて行かれるのは同じですし。

 と言うか、他にお客さんゼロの貸しきり状態とはこれ如何に。

 重ね重ね騙されていないか、疑心暗鬼に駆られる爰乃さんです。

 

「列車の移動中は、弁当を食べるのがヤーパンのルールと聞く」

「ヤーパンって……貴方は英語圏の人間ですよね?」

「郷に入れば郷に従うもの。早速飯にしよう、そうしよう」

「これだから異人の適当さはっ!」

 

 しかし、そんな私を他所に護衛たちはフリーダムに警戒心の欠片も無し。

 私も平常心を心掛けないとダメですね。

 どうせ何かが起きたなら、力技で乗り切るだけ。

 交通事故を警戒しながら歩道を歩くような無駄な真似はやめますか。

 それに今回は政府公式のご招待。私に危害を加えて困るのは向こうです。

 

「おいおい、外人にも色々居るからな?」

 

 私が小さく頷くと同時、空いていた隣の席に割り込んできたのは知った顔。

 私の家庭教師にしてお爺様の友人、堕天使総督アザゼル先生が何故に!?

 

「席なら他に幾らでも空いていますよ」

「俺は寂しいと死ぬ生き物でな」

「先生は兎じゃないと思います」

「雑学だが兎は寂しくても死なない。一匹で飼う事に何ら問題は無いぜ?」

「それは兎も角、どうしてこちらに?」

「ノリの悪い奴め。実は俺もサーゼクスとの打合せで冥界行き」

「はぁ」

「爺との酒盛りでその話をしたら、お前のバックアップを頼まれてな。知らん仲でも無いし、引き受けた訳よ」

「私には保護者が居てはつまらないだろう、と言ってた癖に……」

「まぁ、実は偶然同じ便って設定の内緒話なんだが」

「ぶっちゃけましたね」

「むしろ普通に考えて、サーゼクスに並ぶ地位の俺が普通席とか在り得なくね? 普段はお飾りの護衛を引き連れて一両貸切のスイートルームが当たり前だぞ?」

「ですよねー」

 

 無茶な設定は理解しましたが、先生の口がアルミよりも軽いとよーく分かりました。

 

「そんな訳でサーゼクスに引き渡す迄、俺も同伴だ。短い間だが宜しくな」

「爰乃、このチャラい男は誰だ」

「チーム堕天使のヘッドを張ってるアザゼル先生ですよ」

「お前の周りに集まってくる人外は、どいつもこいつも大物ばかりだなぁ」

「否定できないのが怖い」

 

 ええと、小物……小物。一番下級な純人外ってリアス部長かな?

 天使はミカエルさん、悪魔は魔王ズにヴァーリとお爺様。

 堕天使も幹部級しか面識が無……あ、ドーナシーク!

 彼が居たじゃないですか!

 

「最近はご無沙汰だったが、またアドラメレクの所には通う予定だ。ゼノヴィアだったか? 今後は顔を合わせる機会も増えると思う。宜しく頼むわ」

「こちらこそ高名な元天使にお会いできて光栄だ」

「んでよ、今度デュランダルのデータ取らせてくれね? 勿論タダとは言わん。それなりの対価を支払う準備はあるぞ」

「今回の一件が片付いた後でなら、喜んで聖剣を差し出そう」

「いや、ちゃんと返すから。適当に褒美を考えといてくれ」

「と言うか、今なら渡す事も可能だが?」

「おお、じゃあ早速で悪いがちょい貸してくれ」

 

 成る程……保護者とは名ばかり、移動時間の暇潰しが目的と。

 生涯をかけた集大成と豪語する”閃光と暗黒の龍絶剣”の完成度を上げる為に、エクスカリバーだけでは飽き足らず他の聖剣までパク―――オマージュする訳ですね。

 研究第一、終始ぶれない姿勢には脱帽します。

 さすがに手狭なのか、他の席へ移っていった二人は放置。

 弦さんが注いでくれたお茶が、とても美味しいです。

 

「お茶請けもご用意致しましょうか?」

「眠いので結構です」

「姫様は気苦労が多い身。馬鹿鳥も色を覚えた龍共も居ないこんな時位は、存分にお休みくださいませ。アザゼルとゼノヴィアの監督は私が引き継ぎましょう」

「頼みました。少しだけ眠ります」

 

 窓に体を預け、そっと瞼を下ろす。

 内定眷族の中で、唯一全権を委任できる真面目っ子。それが弦さんです。

 他のメンバーが自由奔放なのに対し、たった一人の騎士は主に尽くす事が大好き。

 お爺様曰く、殺せと言われれば赤子だろうと喜んで手にかけ、死ねと命じられれば笑顔のまま腹を切りかねない従順さ。

 さすが封建社会で生まれ育った、生粋の侍と言った所でしょうか。

 欠点は間違いに気付いても、絶対に異論を口にしないイエスマンな点。

 参謀には不向きですが、刀として考えた場合は最高の一振りだと思います。

 

「お屋形さまも仕えるに値する偉大な御方でしたが、やはり美しい姫の為に刀を振るってこそ武士。叶う事の無い夢が現実になり感無量……我が人生に一片の悔い無し」

 

 思えばオファーを出した時の喜び様は凄かった。

 暗殺家業のリバウンドなのか、意外にベタな騎士物語が大好きな弦さん。

 あれから何日も過ぎているのに、枕元に立って私の寝顔を見ては上機嫌になるのが少し重たい。

 仮にトレードへ出すと告げたなら、自殺する未来が簡単に幻視出来る怖さです。

 これが世間一般で言う所のヤンデレ……?。

 杞憂であって欲しいと思いつつ、私は眠りに落ちるのだった。

 その後、4時間程度のお昼寝で第一中継地点となる駅へ停車。

 眠気眼でアザゼル先生にふらふらと付いていったのでいまいち記憶が定かではありませんが、降りた駅はそれこそ東京駅と比べても遜色が無い近代的さだった様な。

 取り合えず、自動販売機はおろか各種テナントも充実しているとゼノヴィアがはしゃいで居た事だけは覚えているから不思議。

 その後は地下鉄に乗り換え、魔王城的な施設にやっと到着した次第です。

 ちなみに受付での手続き等の面倒毎は、全て先生が片付けてくれて大助かり。

 あっさりと執務室へ通され、魔王様との再開を果たせましたよ。

 これだけでも同行してもらった甲斐があると言うもの。

 スパシーバ、アザゼル。さすがお爺様のマブダチ!

 

「遠い所ご苦労だったね、歓迎するよ爰乃君」

「恐縮です」

「本来であれば旅の疲れを落としてから本題に入りたい所だが……」

「委員会が今度は何を?」

「何処で嗅ぎ付けたのやら、既に君の到着を察知していたよ。彼らに言わせれば無駄な時間は一分一秒でも勿体無いとの事でね? 明日の予定を繰り上げ、今から試験を受けろとのお達しなんだ。申し訳ない、私の権限が及ばない範疇だ。無茶な要求ながら応じて欲しい」

「物語の絶対者と違って、現実の魔王は政治に翻弄される世知辛さですか……」

「いやはや、戦争の功績で成り上がった魔王の血を引かない二代目の立場は中々に難しい物だよ。やっと排除した旧魔王派は禍の団に流れて敵となり、身内にも潜在的なシンパは多い。身軽だったグレモリー時代に帰りたいと嘆きたくもなる」

 

 疲れた顔で遠くを見つめる魔王様は、某ジオン独立戦争記のギレン様を髣髴させる。

 独裁者がザク一つ作る為に、各所へ御伺いを立てる不思議なあのゲーム。

 まさか現実を完全再現だったとは思いませんでしたよ……

 悪魔らしく、力こそ正義なディスガイア政治を採用する訳には行かないのでしょうか?

 

「見ろ爰乃、これぞ自分を犠牲にして大衆を導こうとする理想主義者の末路だ。赤い彗星も言っていたが、個人の力で世界を変える事が如何に無理ゲーであるかの証明だろう」

「もう少しオブラートに包んでくれないか……」

「現実を見ていないお前には、この表現でも手緩いわ。幾ら主義主張が違うっても、旧魔王派を一掃して各魔王の首も全員挿げ替えるとか革新的過ぎんだよ。だから反発も食らうし、影でこそこそ動かれる」

「……」

「つうか、魔王の権限が弱すぎるネックをどうにかしろ。下手すりゃ、ちょっとした横槍で不戦の約定も無かった事になりかねんぞ?」

「……昔はルシファーがカリスマだったから問題無かったんだ。私が魔王を引き継いで始めて浮き彫りになったこの件は法改正を急いでいる最中だとも」

「間に合えばいいがね」

「何だと」

「禍の団が事実上の旧魔王派であることは、ウチを含めて天界も周知済み。連中がやんちゃした場合、現政権と関係ないって言い訳は通らんだろうな。言っとくがウチも不利益をかぶった場合、容赦なく賠償を要求するぞ」

「……」

「これは今回の合同会議でミカエルも突っ込んでくる案件の一つだ。頑張れサーゼクス。友人としての立場からはエールを送るが、堕天使総督視点では”こいつら大丈夫か?” と不安の声を送りたい」

「息子には魔王以外の道を歩ませるよ。ストレスで胃に穴が開くこの家業だけはダメだ」

「そうしろ」

 

 何処の世界も政治は魔窟っぽい。

 ちゃらんぽらんな堕天使は、その点上手い事やっているから不思議。

 これぞ三大勢力で、唯一人オリジナルのトップが生き残っている強みですね。

 

「無関係な話を長々として申し訳ない。一応、私と友人のゴリ押しで、悪魔への転生を強制しない事だけは確定している。君は君のまま自由に振舞って欲しい」

「媚びる事無く、香千屋爰乃のルールを貫くと宣言しましょう」

「何れは天使とも異種戦も行う為の試金石、頑張ってくれたまえ。了承してくれたなら、早速試験会場へ送ろう。準備は大丈夫かな?」

「何時でも」

「朗報を期待しているよ」

 

 移動時間に反して滞在時間は僅か10分。

 魔王様が発動した転移の光に包ま、向かうは非友好的な悪魔の巣窟”何とか悪魔試験センター”。

 私の冥界生活は、初日から前途多難の模様です。


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