転送の光が消えると、そこは何処かのフロアらしき場所でした。
足元には淡く輝く魔法陣が残っていて、目の前には魔王様とは違う顔が一人。
首からカードをぶら下げたスーツ姿から察するに、ゲームの運営スタッフの可能性が高そうですね。
「ようこそ、ここはグラシャラボラス領の上級悪魔昇格試験センターで御座います。ルシファー様よりお話は伺っておりますので、こちらへどうぞ」
頷きを返し、私達は素直に後を付いて行く事にする。
石造りの廊下は、頑丈さが伺える作り。
きっと、実技で何が起きても耐えられる事を想定しているんだと思う。
「ねえ、ゼノヴィア。グラシャラボラスって知ってる?」
「知らん。だが、弦も知らぬと言う時点でお察しだろう」
「人外の基本は知名度=強さのパロメータだもんね」
「しかし姫様、私は悪魔常識が不得手。実はメジャーな可能性が在りますので、ゆめゆめ油断なさらぬ様に」
「ですね。何が出てきてもお爺様と同等と見積もった対応をしましょうか」
「それでこそ我が主」
「先手必勝。殺られる前に殺れ、だな」
何故か案内の人の顔が真っ青になっていましたが、何に反応していたのかさっぱり分かりませんね。
私の立場は、敵地に一人で乗り込んだ特攻隊員のようなもの。
周囲全てが敵と思わなければ、とてもやってられません。
そして警戒度を上げて進むこと数分。連れて行かれた窓口で受付を済ませた私は、早速実技を言い渡されて体育館風の場所へと放り込まれています。
「お前が魔王に尻尾を振り、上手く取り入った人間とやらか」
「はい?」
私に難癖をつけてきたのは、筋肉の鎧を纏ったプロレスラー系のワイルドな男でした。
しかも、身長は三メートルを超え。全身に力を漲らせる巨躯は圧巻の一言。
容赦なく女子供を殴りそうな凶暴さが素敵な、野獣系の体現者ですね。
「いやその、事実が歪曲されて伝わっている様な」
「黙れ小娘っ!」
「はいはい、最後まで聞きますよ……」
「身の程を弁えているならば結構。本来レーティングゲームとは、高貴なる貴族の嗜みだった。しかし嘆かわしい事に、何時の頃からか平民やら転生悪魔やらの下種が紛れ込む異常事態を招いてしまっている!」
「競技人口が増えることによるメリットも多いのでは?」
「そんなものは無い」
「はぁ」
「さらに新たに人間を受け入れる? 有り得ぬ、俺は断固として認めんぞ!」
「つまり人の弱さを証明して、合法的に私を排除したい……そうですね?」
「その通り。分かっているなら疾く疾く死ねぇ!」
成る程、彼が現れると同時に扉がロックされたのはそう言うことですか。
同伴してきた試験官も平然としていますし、完全な出来レースと。
ひょいっと避けた拳が奏でるのは轟音。刺客に選ばれるだけの事はある。
「俺の名はバラク・バラム。正当なる七十二柱の手にかかる事を誇りに思うがよい」
「試験開始と捕らえても?」
「万が一にも、俺に勝てたなら合格だ!」
蹴り一つ取っても、尋常ならざる破壊力と速度。
余波だけで地面が裂けるドラグソボール仕様には胸が躍ります。
オーラの様に立ち登る魔力光は防御の役割もあるらしく、様子見で放ったジャブは静電気が走ったような感覚と共に拒絶され、私の拳を寄せ付けなかった。
これが先生の講義で教わった肉体強化特化型なのかな?
能力が単純なだけに弱点も少ないと言っていたけど、確かにやり難いですね。
技術が伴えば―――ですが。
「逃げ回るだけが取り得か。これだから人間は!」
「では、下賎な下等生物へ一つお教え頂きたく」
「よかろう」
「高貴なる貴方様は、上級悪魔なのでしょうか?」
「当然だ。俺は名門バラム家の次期当主であり、既に公式戦デビューも果たしている生粋の上級悪魔よ。同期の種馬フェニックスには勝率で劣るが、かつてルーキー三強と呼ばれた事もある新進気鋭の大悪魔である!」
「まさか、まさかとは思いますけど、同期ってライザー・フェニックス?」
「うむ」
「つまり、アレより弱い」
「無知な貴様へ教えてやるがな、フェニックスを倒せる者はそう居ない。俺が弱いのではなく、何やっても再生するチート能力持ちがインチキなのだ……」
「あの、まさか私が悪魔の駒を手に入れた経緯を知らない?」
「人間一人を葬るのに下調べなど不要!」
ゼノヴィア系脳筋はこれだから……。
「物理的に教えるしか……無さそうですね」
「意味が分からん。慈悲の心を見せた俺に大口―――っ!?」
本気の掌打を真っ向から叩き込み、僅かながらも降りてきた顎を独楽のように回転させた足で一蹴。
ああもう、大立ち回りをするならスカートなんて履かないのに。
本当はまだ繋がるコンボを中断して一歩下がり、乱れた服装を整えながら告げた。
「実力を測るべく見に徹していましたが、もう結構です。ぼちぼち攻めに転じますので、何かまだ隠しているのであれば出し惜しみ不要でお願いします」
「……今の一撃は効いたぞ小娘。脆い人間を縊り殺すだけのくだらない仕事と思っていたが、貴様は侮れない戦士であるか。大人気ないと抑えていた我が力、その全てで捻り潰す事をここに宣言する!」
「ちなみに―――」
「ん?」
「ライザーは私に屈しましたよ」
「!?」
美猴よりも遅く、技巧の片鱗も持たない只の暴力。そこに学ぶべき物は何も無い。
余波を撒き散らす体技は、見た目こそ派手でも恐るに足らず。
伸ばされた腕を掴んで得意の投げを披露し、主力の右を捻じ切る様にして破壊。
それでも戦意を落さず向かってきたので膝をカウンターの直蹴りで砕きつつ片手で逆立ちになり、鍛えようのない急所である喉を下から真っ直ぐ突き上げるように蹴り抜いた。
試したかったのは、課題として重点的に練習して来た足技の一つ”槍鷹”。
対空にも有効な、強い貫通力を持った汎用技です。
「試験官さん、合格で構いませんね?」
「……少し待て」
一瞬浮いて、その後糸の切れた人形の様に地に伏したパワー馬鹿と私を交互に見る試験官は、現実を直視できていなかった。
人型の人外は概ね人間と構造が同じな為、急所攻撃の効果はばつぐん。
喉を潰すと同時に頭部へ気を浸透させたのだから、倒れて当たり前です。
というより、普通は首の骨も折れて即死コース。
それでも息があるのは、さすが上位の悪魔と言った所でしょうか。
しかし疑問も残りますね。
爰乃さんを圧倒したいなら、姫島先輩を筆頭とする手の届かない距離からドカドカ撃てる遠距離型を用意すべきでしょうに。
あえて得意分野で勝負する意図が全く読めません。
「実は息の根を止めていないことが原因で、終了の声が無いのでしょうか? それならそうと言ってくれないと時間の無駄にな―――」
「ココノ・アドラメレク、合格だっ! だから死人に鞭打つ真似は止めろ!」
「その割りに出口が閉ざされたままですけど?」
「開ける、今すぐ開けるからバラムの若様を足蹴にするなぁぁぁっ!」
非難の声もなんのその。きっちり鎖骨を踏み折った私は、制服に付いた埃を払い悠々と光の差し込むウイニングロードを戻るのだった。
第三十五話「相対評価」
結論だけ述べるなら、試験結果は問題なく合格。
てっきりこのままゲームに突入かと思えば、そちらは後日執り行うとの事です。
苦々しい顔でそう告げてきた事務の人から察するに、私の力を甘く見積もっていたと思われます。
こちらとしても雑魚に興味がない&メンバーも揃っていない状況なので、先延ばしになるのは願ったり叶ったり。
本来のスケジュールに従い、僧侶のスカウトに向かうとしましょうか。
そんな事を考えながら来た道を戻ると、落ち着かない様子の弦さんを発見。
「姫様、よくぞご無事で」
「無傷の完全勝利です。ぶいっ!」
「この弦、御身にもしもの事があればと不安で不安で。これがお屋形さまの名を背負った訪問でなければ、邪魔者を斬り捨て追いかける所で御座いました」
「ゼノヴィアは軽すぎるけど、弦さんは重たい。足して2で割れないものか……」
「何か仰いましたか?」
「ええと、姿の見えない戦車は何処へ?」
「見物にいらしていたアザゼル様と、軽食コーナーで歓談中ですね。まったく、王の不在に危機感を覚える所か餌に釣られてふらふらと……実に嘆かわしい」
「それがあの子の持ち味です。って、先生来てるんですか!?」
「ご案内致しましょう。こちらです」
弦さんに導きかれた先は、ちょっとした喫茶スペース。
幾つか置かれたテーブルの一つには知った顔が鎮座していて、こちらに気付いた模様。
手招きに応じて空いた席に座り、ニヤニヤと笑みを浮かべる教師へと言う。
「お仕事は?」
「これからだが、転送魔法でちょちょいのちょいよ。むしろ俺はお前達を迎えに来たんだぜ? 保護者の思いやりに感謝するべきだな」
「それはどうも。交通費が浮いて大助かりですよ」
「しっかし、拍子抜けって顔をしてるじゃねぇか」
「上級悪魔の標準に設定したライザーは、万全かつルール無用を想定した場合、最大限に事が上手く運んでも五分五分が関の山。それに比べて筋肉達磨は余りにも弱すぎます。あれ、本当に上級なんですよね? トータル性能だとイッセー君以下ですよ?」
「バラムは、巨体に見合うだけの怪力が特徴の名門貴族だぞ。本人も自慢げに語っていた通り、初期七十二柱に名を連ねて今も存続する数少ない家柄のな」
挙動不審だった弦さんから察するに、彼女は私の戦いを見ていない。
なのに先生はきっちり観戦出来ている。
いつもながら要領の良い人……もとい堕天使な事で。
「先生、そもそも名門の血筋は強さの証明なのでしょうか」
「概ね間違っていない。固有能力が優れていたからこその七十二柱、その力は子々孫々にまで受け継がれる大きな遺産ってのが定説だ。例えばお前の近場ならリアスが居たか。アレが備える滅びの力は真似の出来ない強力な一芸だろ?」
「なるほど……」
「つうか、お前は標準に据えているボーダーがおかしい。言っとくが日頃ボコボコにしている赤龍帝も、聖魔剣も、上級と遜色ない狂ったルーキーだからな。ヴァーリに至っては最強クラスに片足を突っ込んだ化け物で、爺はさらにランクが上。世間様の並ってのはええと……駄目だ、爰乃の周囲には一人も居ない。控えめに表現しても異常過ぎんぞ」
「部長は?」
「お前の中で随分と下に見積もられているリアスが哀れでならん。アレでもグレモリーの次期当主は、今期のルーキー野中で一つ頭の抜けたトップ4の一員なんだぜ?」
「はははは、先生も人が悪い」
「冗談成分を一切含まないマジな話だ」
え、真顔?。
「最近はヴァーリ級に勝てない、と悩んでいるのは知っている。しかし、それが普通なんだ。白龍皇史上最強のヴァーリに、一矢報いる事が可能な時点で奇跡と納得しろ。俺の知る最強の人間でも、神滅具をフルに活かし切ってすら爰乃に特殊能力を付与した程度。人の限界はお前が思うほど高くはない」
「……」
「現段階でリアスを格下扱い出来る爰乃が強すぎる。繰り返すがバラムが弱いのではなく、相対的にお前が強いんだ。分かったか? つうか分かれ」
「……喜ぶべき所なのでしょうか」
「速攻で前言を撤回する感じの発言だがな、若者の成長を過小評価する年寄りの戯言と聞き流すのも自由だろう。一般論なんてクソ喰らえ、オリハルコンの壁も打ち破れる事を証明するのも一興。なにせ未来ってのは確定していないから最強なんだ。伸び代を持たない過去の象徴たる俺の予測を裏切って欲しくもある」
会話が途切れたのを見計らい、絶妙のタイミングで差し出された緑茶を一口。
喉を湿らせた私は、不安そうに見つめて来る弦さんに笑みを返して告げる。
「先生の期待に応えられる確証が私にはありません。ですが、最強の定義を塗り替えられたなら素敵だと思います」
「生き様として美しいよな」
「一日半歩でも、足を止めずに進んで行けば何処までも行けると信じたい。私としては大真面目なんですけど、これってやっぱり子供の発想でしょうか?」
「……これぞロートルと伸び盛りの決定的な差か。眩しくて直視出来ないぜ」
「ご立派です、姫様っ!」
「まぁ、この理屈なら白龍や神猿を越える頃にはお婆ちゃんですけどね」
「悠久の時であろうと、この身朽ち果てるまでお供致しますっ!」
「ゼノヴィアは気長と笑いますか?」
「愚問だな親友。お前なら十年もあれば楽勝だな」
「あははは……」
私には仲間が居る。負けたくない幼馴染が、友達が居る。
諦めない限り道は在ると信じよう。
水滴だって年月を経れば岩に穴を穿つのだから、試行錯誤を続ければきっと乗り越えられる。
だから焦るな爰乃。
貴方は成人すら迎えていない小娘で、あらゆる点で未完成なのだから。
「俺に言わせりゃ、他人を引き付ける魅力が最大の武器に見えるがね。爺も言ってたが、本当にお前は生まれる時代を間違えた英雄肌だよ」
「無自覚な部分ばかり褒められても困ります」
「チームの力は率いる王の力。お前がこれから先、他にどんな眷属を従えるかが楽しみでならん。僧侶のアテはあるんだったか?」
「ええ、関羽らしく四神を揃えたいお年頃。次は鳳を射止めます」
「さしずめ鬼灯は玄武。まぁ、蛇も亀も大差ないわな」
「です」
「白虎代わりが気になるラインナップなことで」
「そっちは候補すら居ませんよ。未来の出会いにご期待下さい」
「くくく、それでこそ俺の教え子。爺の育てる喜びってのが分かる気がするわ」
すまし顔で言い切った私を見て、先生は面白そうに高笑い。
こっちに来て正解だったと拍手を止めない。
「んじゃま会議の時間も迫ってるし、さくっと帰るか。観光すんなら首都で下ろす事も可能ではあるが、どうするよ?」
「ホストに夕食会へ招かれていますので、少し早めにホームステイ先へ向かいます。すみませんけど例の場所に送って貰えますか?」
「ちと遠いが任せろ。保護者の観点からもあの家なら安心だしな」
「お願いします。弦さん、ゼノヴィア、ゆるりと参りましょうか」
「御意」
「待ちくたびれたぞ」
「行くぜー」
先生が指を鳴らすと魔王様の時とは違う魔法陣が発生。
私達は試験会場を後にするのだった。
魔法陣を介したジャンプを繰り返す事数回。
私達は友人―――快く長期滞在を許してくれたレイヴェルの家に到着していた。
いやはや、本当に助かってます。魔王様は是非にと誘ってくれましたが、さすがにオカ研一同が帰省中のグレモリー家の厄介にはなれなかった私です。
渡航費用だけで青息吐息。最悪持ち込んだテント暮らしも覚悟していただけに、フェニックスさんちには頭が上がりません。
レイヴェル曰く空き部屋も使用人も掃いて捨てる程余っているから気にするなとの事でしたが、その言葉には嘘も偽りも無かったらしい。
さすがはレーティングゲームの普及に伴い、フェニックスの涙が飛ぶように売れた成金の家。
ヴェルサイユ宮殿が小さく見える、豪勢で巨大なお城には気圧されそうです。
開かれていた城門を堂々と潜り、色とりどりの花が咲き誇る庭園を抜けて居住区へ。
「ごきげんよう、ようこそフェニックス家へ」
奥の扉の前で待ち構えていたのは、多くの使用人を従えたレイヴェルです。
出会って別れる迄の時間は殆ど一瞬だったのに、気心の知れた旧友に向ける様な心からの笑顔で彼女は私を迎え入れてくれている。
生死を賭けて拳を交えたからこそ結ばれた縁、大切にして行こうと思います。
「暫くの間、面倒をかけます」
「大切な友人の来訪を心より歓迎致しましょう。お久しぶりですわね、爰乃」
「その節はご迷惑を。あの時のダメージは大丈夫?」
「私は壮健……なのですけど…兄が……その」
「?」
「詳しい話はお茶の席で。さあ、お入り下さいな」
どうやらお嬢様は、何かお悩みのご様子。
義理堅さに定評のある爰乃さんは力になる気満々です。
待っていなさいライザー、病だろうと何だろうとこの私が解決してあげますからね。
但し手段を選ばずに、ですが。