赤蜥蜴と黒髪姫   作:夏期の種

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第37話「冥土のお仕事」

 フェニックス領の一角、元は鉱物を採取していたと言う荒地はとんでもなく広い。

 具体的に言えば東京ドーム二桁……むしろ三桁分に届きそうな無限っぷり。

 禿山や露天掘りの後はちらほら残っていても、地平線の彼方にやっと緑が見える不毛の大地は生命の息吹ゼロ。

 誰がどんなテンションではしゃごうと、迷惑がかからないと思われます。

 そう、こんな風に。

 

「逃げんなオラァ!」

「ひぃぃぃぃっ!?」

 

 必死に大地を逃げ回るのは、私の手で翼を封じられたライザー。

 目晦ましの炎を撒き散らしながら、高ケイデンスで足を回す姿は真剣そのもの。

 種族としての強靭さなのか、中々スタミナを切らさないのが憎らしいですね。

 あ、ちなみに羽をもぎ取ったりはしてませんよ?

 只一言、飛べば大事なコレクションを全て燃やすと釘を刺しただけ。

 真っ青な顔で首を縦に振りましたし、約束が反故にされる事は無いでしょう。

 

「どうせ死にゃぁしねぇんだから、そろそろ当てさせろ! 猫だってじゃらされるだけだとストレスで拗ねるんだぞぅ!」

「そんな理屈知るかぁっ!」

「なら、オイラのルールを理解しろやぁぁぁぁっ!」

 

 軽くキレ気味に怒声を響かせるのは、アルバイトに雇った玉龍さん。

 初めて目にする東洋系ドラゴンで、翠のオーラを発しながら空を舞う姿は日本人が古来より書に描いてきた龍の姿そのもの。脳内で流れるテーマソングが日本昔話なのは内緒です。

 広げた顎から放たれるブレスは大地に多くのクレーターを作り上げ、見た目に相応しい実力を持っている事を直に訴えかけてくれる頼もしさ。

 

「げっとぉぉぉっ!」

 

 そんな彼は、ついにライザーを噛み砕く事に成功。

 軽くもぐもぐした後にぺっと吐き出すと、私の元にゆらりと飛んできて言った。

 

「ったく、近頃の若ぇのは逃げ足ばかり……おいお嬢ちゃん、聞いてたよりめんどくせぇから報酬増量。美猴の奴がうめぇうめぇ言ってた海の幸も付けてくれ」

「日本に戻ったなら、吐くまで食べさせてあげます」

「それを聞いてやる気が湧いてきた。ノルマは普通の悪魔換算で10回殺せだったな……残り7回、オイラ頑張る!」

「お願いします」

「玉龍、いっきまーす!」

 

 気分はファイト一発。

 やる気を取り戻した爬虫類さんに手を振る私は、一緒に脱ニート計画の第一弾を見守る友人が何故だかずっと頬を引き攣らせていたので可愛らしく首をかしげてみた。

 

「何か」

「ア、アレをどこから引っ張って来ましたの?」

「友達の孫悟空に強力なドラゴンを寄越すように頼んだだけ、かな」

「わたくし蒼雷龍、氷雪龍あたりと目星をつけていたのにまたネームド! 」

「ひょっとして、玉龍さんも割と有名系……?」

「悪魔に転生したタンニーンを除けば、現存する龍の中でトップファイブの一角。”西海龍童”がアレですの!」

「へー」

「少しは驚きなさい我が主っ!」

「だって怖くないし」

「規格外のマイロードを誇るべきか、それとも嘆くべきか……」

「細かい事は気にせず、今はライザーの事だけを考えましょう。今の話を総合するに、最高の人選だったって事ですよね?」

「ええ、竜王を乗り越えられるなら、ドラゴンへのトラウマは解消されたも同じ。赤龍帝と対峙したとて、体がすくみ上がる事も無いでしょう」

「だね」

 

 あ、滅びの爆裂疾風弾直撃。玉龍さん大歓喜で踊ってますよ。

 言動軽い系ですが、仕事は仕事と割り切れるなら問題ありません。

 余談ながら、給料は本人の強い要望により私が作るコロッケ。

 何でもウチの鬼灯と”美食を追及する龍の倶楽部”とやらで連絡を取り合う仲であり、会合の中で自慢げに語られた私の料理が気になって仕方が無かったらしいです。

 与り知らぬ所で名前が広まっている事も驚きですが、仕事上引き篭もりな鬼灯が見せた意外な社交性の方が度合いとして大きいと感じた私です。

 一度ちゃんとした形で眷属と話す場を設けないと駄目ですね。

 私はびっくりする位、浅くしか皆の事を知らない。

 

「姫様方、そろそろランチのお時間です。如何致しましょうか?」

「ライザーが予想以上に粘る様ですし、焦らず優雅に見守りますか」

「当家のシェフの自信作、どうぞ堪能あれ」

 

 たまに響く地鳴りが本日のオーケストラ。

 メイドと執事を足して割った様なポジションに落ち着いた弦さんの淹れた紅茶の香りを楽しみつつ、レイヴェルがシェフに用意させたバスケットから適当にサンドイッチを一つ掴んで口へと運ぶ。

 うん、美味しい。手作りのマヨネーズがマイルドで、小細工無しのタマゴサンドがワンランク上の味わいですね。

 遠くでライザーが何やら騒いでますが、そっちはそっち。

 せいぜい頑張って下さいな。

 

「俺にも食事を!」

「黙れから揚げの素材。手前ぇがちょこまか逃げ回るから、オイラだって休憩無いんだよ! ぐだぐだ言い続けるならマジで食っちまうぞ! ああもう腹減ったなぁ!」

「餌は嫌だぁぁぁぁっ!?」

 

 ちなみに最終的には玉龍さんへ逆ギレして反撃出来るまでに回復したライザーは、拍子抜けするほどあっさりドラゴンへの恐怖を払拭する事に成功していた。

 冷静になって考えると、イッセー君ってドラゴンと言うか鎧を纏っただけの悪魔じゃないですか。つまり、龍が怖いと言うのは半分思い込み。

 その事実を気付かせてあげるだけで、問題は解決してしまった訳でして。

 これにはレイヴェルも目から鱗。

 赤龍帝の名に兄妹揃って踊らされていたと悔しげでしたよ。

 さて、次は私へのトラウマ対策。

 後半はゆるーく行くから、根性見せなさいライザー・フェニックス。

 

 

 

 

 

 第三十七話「メイドのお仕事」

 

 

 

 

 

「貴方のメイドが遊んでやりに来ましたー」

「呼んでない、帰れっ!」

 

 夕食後に訪れたライザーの私室。当主代行から屋敷内での完全自由を許されている私は、拒否の声を無視してズカズカと入室を果たしていた。

 宣言通り、今日の装いも可愛いメイドさん。

 日本ではお金を払って御主人様から会いに来る所を、無償でこちらから出向いているのに悲鳴をあげるとはこれ如何に。

 

「お黙りなさい御主人様。何をそんなに怯えているのですか」

「ど、どうせ虐めと書いて遊びと読む行為全般なのだろう……?」

「お望みでしたら、相撲部屋真っ青な可愛がりを致しましょう。ちなみに修練の結果、両手どちらでも必殺技を撃てる様になった爰乃さんです。久しぶりに喰らっときます?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

 ライザー君は、どうして非武装の女の子を前にして震えているのカナ? カナ?

 末期の雛見沢症候群を発症させている鳥男を見た私は、酷い誤解に困惑してしまう。

 どれだけあの一戦がトラウマなんですか……

 遊ぼうって誘いが、21世紀少年的な意味で捉えられている不思議です。

 やれやれと溜息を吐いた私は、敵意ゼロの菩薩ボイスで語りかける事にする。

 

「落ち着きなさい」

「殴りませんか? 滅多打ちとかしませんか?」

「カウンセリングの一環として、他意も裏も無く遊びましょうってだけです。そもそもにして貴方が傾倒するギャルゲーやらアニメのヒロインと違い、意味の無い暴力を私は振るいません。おーけー?」

「お、おーけー」

「ならゲームでもやりましょう。ハードは揃ってるっぽいし……お、ソフトも中々のラインナップじゃないですか。気張らず楽しみましょうね、御主人様」

「お、おう」

 

 そんな感じで最初は草食をアピールするライオンへの警戒を隠さなかったカモシカでしたが、時間が進むにつれ頑なだった態度も変化。

 ぷ○ぷよから格ゲーにシフトする頃には、すっかりタメ口になっています。

 

「読まれたかっ!」

「CPU相手ならともかく、対人でパターン化された最善手は悪手です。まして相手はフレーム単位での読み合いが日常茶飯事の世界に身を置いていたこの私。ブランクはあれど、ストーリーモードでしか腕を磨いていないルーキーには負けませんとも」

 

 当たり判定の強さに定評のある大パンチをレバーを下に入れて空振りさせ、反応を受け付けない状態のキャラに打ち上げからのエリアルコンボを開始。ピアニストの気分でコントローラーのボタンをリズミカルに打鍵する。

 腕は引退前に比べて落ちたにしろ、代わりに反応速度は格段にアップしている。

 止めの超必に繋げる一連の動作にミスは九分九厘発生しないと胸を張れますが、ライザーはまだ諦めていない。

 コンボが途切れる事を願い、チャンスを待つ姿勢や良し。

 最大限の礼儀とばかりに残りゲージをきっちり削りとってフィニッシュ!

 

「こうも勝てんとは……俺は井の中の蛙だったと認めざるを得ないな」

「ネットも、ゲーセンも、一緒に遊んでくれる仲間も居ない環境を考えれば、中々の技量だと思いますよ。何せこの手のゲームは、負けたくない相手が居ないと上達しないものですし」

「そ、そうか?」

「それにコレは、受験勉強から現実逃避する中学時代のイッセー君と飽きるほどプレイした格ゲーだったり。そう簡単に勝てると思ったら大間違い」

「……つまり貴様を倒せば、人間世界でデビューしても恥かしくない腕前と」

「まぁ、対戦台に座っても笑われないとは思いますね」

「一晩だ」

「はい?」

「指摘された箇所を修正するべく特訓を積む。そのための時間を寄越せ」

「明日は魔王様の好意で若手悪魔の会合見学と、その後にちょっとした試験を受ける為にルシファードへお出かけする事になっています。リベンジを受けるのは構いませんが、何時戻るのか分かりませんよ?」

「百年とは言わんが、十年や二十年の待ちなら苦にもならん。舐めるなよ人間」

「それなら戻りが何時になろうと、必ず挑戦を受けると約束しましょう。自己申告より長い余裕を与えるのですから、私を失望させないで下さいね」

「首を洗って待っていろ。フェニックスの辞書に、二度の敗北の文字は無い!」

「一度なら負けても良い記載あるんだ……」

「実際負けてる以上、取り繕っても仕方が無い。これが妥協点だろう……」

 

 昼間の疲れは何処へやら。

 瞳に炎を宿し、生気を漲らせたライザーは尊大さを取り戻しつつあるように見える。

 

「せっかくですし、謙虚な敵に塩を送りますか。深夜三時のおやつにでもどうぞ」

「ライスボールか」

「米が恋しくて自前で炊いた夜食です。食べなければ捨てて下さいな」

「いや、頂こう」

「感謝の気持ちは結果で返して欲しいですね」

「王座から蹴落としてやるから安心しろ。俺は不可能を可能にする男だからな!」

「はいはい、おやすみなさい」

 

 時計を見やれば、絢爛な姫君も灰かぶりに戻される時間。

 いつもなら元気に活動している時間なのに、さすがは冥界と言った所でしょう。

 フェニックス家の面子を、臣下のレイヴェルを信じられない訳じゃないけど、やっぱり気を緩める事が出来なくて神経が休まる暇が……

 この辺、常日頃から常在戦場で平常運転な弦さんを見習いたい。

 

「お疲れ様です、姫様」

「閉鎖空間かつ拳の射程に居るライザーなら確実に潰せますし、仮にも客扱いのフェニックス邸内で過度の警戒は失礼ですよ?」

「姫様の優しさに弦は歓喜の嵐で御座いますが、護衛の任は譲れません。例え火の中、水の中、何時如何なる時もお傍に控える事こそ至上の喜び。信長公を例にするまでも無く、最後の瞬間をご一緒するのが小姓の誉ですので」

「はぁ……レイヴェルの元に向かいますよ」

「御意」

 

 弦さんは日本人気質で、並ぶのとか大好きなんだろうなーと思う。

 しかも、並ぶ事が目的に摩り替わっている系の駄目なタイプ。

 薄々感づいていたけど、待たされる事がご褒美な忠犬確定ですね。

 これは迂闊に死ねない。

 確実に何の躊躇いも無く後を追う姿が、ありありと浮かんじゃいます。

 想像するだけで恐ろしい光景を振り払い、私は弦さんを従え歩き出す。

 目指すレイヴェルの部屋は遠く、微妙に迷いながら辿り着いたのは10分後。

 ちゃんと起きていたレイヴェルに促されて中に入った私は、さっそく報告を始める。

 

「診断結果は予想よりも軽症。早ければ明日、遅くても明後日には更正出来るかも」

「仕事が速すぎではなくて?」

「これでも色々経験を積んでるからね。例えばこのメイド服も、自分より下の存在だって事を無意識下で認識させる為の小道具。伊達や酔狂で着ている訳じゃないんだよ?」

「そんな策略が!?」

「あったのです」

「と言う事は、兄との遊戯にも意味がありますの?」

「あります」

「その心は」

「子供に苦手な野菜を克服させる方法、その第一歩が何か分かる?」

「いえ……」

「正解はソレを美味しい物だと認識させる事」

「つまり、友好的に振舞って黒髪女は怖くないと思わせるのですわね」

「はい、遊びの形から入って等身大の私がどんな存在かを再認識させます。そうした上でやる気を引き出し、健全な精神へと誘導するのが趣旨かな」

 

 同じ引き篭もりでも肉体面から改造の必要だったギャー介と違い、精神面だけを上向かせれば済むのがライザー。つまり、プライドを取り戻させるだけで良い訳ですね。

 決闘は無理でも、身を削らない遊びでなら戦える。

 そしてそれが何も賭けていないノーリスクのゲームだろうと、リターンマッチを挑めるのなら目的は果たせたようなもの。

 敗北を受け入れ、敵の力を認められたならゴールはもう目の前。

 幸いにしてライザーは脳筋連中と違い、理詰めが通じるインテリ系です。

 一つの切欠から目覚めるのも容易いと思う。

 

「報告は以上」

「ご苦労様ですわ」

「それと念の為に確認だけど、明日の切符は手配出来てるよね?」

「ええ、フェニックス家の専用車両でルシファードの若手会合会場へ責任を持ってお連れ致しますわ。こちらからも確認ですけど、そのまま試験に向かうと言う事で宜しくて?」

「です」

「他の眷族の方々と顔を合わせるのが楽しみですの」

「チームに失望だけはさせませんよ」

「むしろビックネームばかりで、わたくしが失望される側ですわ。それよりも明日はハードスケジュール。そろそろお休みなってくださいませ、マイロード」

「そうします。では、おやすみなさい」

「良い眠りを」

 

 客間に戻りながら考えてしまうのは、明日に控えたチーム爰乃のデビュー戦。

 おそらく委員会も筋肉馬鹿の手痛い敗北を受け、強力な悪魔を相手に選んでいる筈。

 お爺様の名に泥を塗らない為にも手段を選ばず勝ちますが、私程度を歯牙にもかけない強敵が待ち構えていて欲しいと思うのは悪い癖ですね。

 そして対照的に興味の薄いのが、次代を担うとされる名門若手悪魔達。

 部長が上位一角を占める以上、底が見えるというか……うん。

 手始めに彼らを全員潰して回ろうかな!

 考えれば考えるほどやりたい事が湧いてくる。

 気分は遠足前の小学生、これではアンを子供と笑えませんよ。

 

「弦さん、寝る前に手合わせ頼めますか?」

「幾らでもお相手致しましょう」

 

 胸の昂ぶりを押さえ切れない私は、部屋に戻らず騎士と一戦交えるのだった。


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