赤蜥蜴と黒髪姫   作:夏期の種

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結果オーライですが、微妙に読み違えている総督のドヤ顔は見なかった方向で一つ。



第41話「赤い兎と悪魔の狸」

 サイラオーグの放った必殺技、それは身もふたも無い言い方をしてしまえば全力全開で相手を殴りつけるだけの単純な右ストレートだった。

 但し拳速が音速を超過していて且つ、射程の延長された俺でもきっつい一発だがね。

 本人曰く、一撃必倒を目指した試行錯誤の末に行き着いた境地らしい。

 絶好調ならシャドーで鏡に映る自分より一瞬早く動ける事もあるとかないとか。

 それを聞いた時は、稀にでも光速に届く瞬間があるんじゃね? と嫌な汗が流れたもんだ。

 しかし、本当に恐ろしいのは未だ荒削りである事。

 誰に師事する事無く我流で練り上げた拳闘スタイルは、爺やら仙人をはじめとする完成された技術体系を極めた連中と比べると余りにも無駄が多い。

 悪魔社会だと魔力保有量のカスっぷりから底辺の評価を受けているかもしれんが、最初から魔力を持たない前提で評価してやればS級な気がしてならん。

 研究開発と同じレベルで育成ゲーを愛する俺としては、才気溢れる若者へ適切な指導者を紹介して何処まで伸びるか確かめたい欲求がやばい。

 手頃な所だと爺か。つっても、奴の流儀は総合格闘術。

 どちらかと言えば不器用なサイラオーグとの相性が宜しくないのでアウトだわな。

 そうなると得意の打撃に特化させて―――

 

「離して下さいませ!」

 

 おっと、すっかり忘れてたがフェニ娘を押さえ込んでいたんだった。

 レイヴェルが必死になって手を伸ばす先、そこにはボロ雑巾へとクラスチェンジを遂げた爰乃が気持ち良さそうに大の字でシエスタを決め込んでいる。

 ぶっちゃけアレを相手にして五体満足なだけでも賞賛に値すると俺は思う。

 本能の為せる業なのか、染み付いた修練の結晶なのかは分からん。

 だが、絶対に反応出来ない筈の初見殺しを凌ぐってありえんだろ。

 惜しむべきは俺の用意した脚本を覆せていない事くらいか。

 いやぁ、予想通りの展開過ぎておじさん慌てるの忘れちゃったよ、はっはっは。

 

「お前にゃ見えてないかもだが、ギリで直撃だけは免れたから致命傷じゃない。付随する衝撃波に巻き込まれて、ちょい飛ばされただけだぜ?」

「さ、三回転捻りで空を飛ぶのはちょっとじゃありませんわよ?」

「つーか、構えを解かないサイラオーグを見ろ。戦闘を続行する姿勢を崩さないって事は爰乃から継戦能力が失われていない証拠だろ。勝敗も決していないのにセコンド乱入はちと早い。怒られるからやめとけ」

「……ですわね」

「仮にも保護者を気取る俺だ。本当にヤバくなったら、誰がなんと言おうと止める」

 

 そう、邪魔されては困る。

 なにせあいつを負かす為に散々苦労した俺さ。

 それこそサーゼクスに爰乃を若手悪魔の会合へと自然に誘わせる所から始めて、刷り込み効果を狙ったささやき戦術まで駆使した計画だ。

 寸止めで終わるとかマジ勘弁。

 ちなみにこれまでの長い道のりを振り返ってみると―――

 第一段階は出会いの場の整備。

 これは簡単、機会さえ与えればサイラオーグへ興味を持つのは道理。

 趣味嗜好は読めるので、釣り上げるのは簡単だった。

 面倒だったのは、サーゼクスの意識誘導くらいか。

 続く第二段階はスケジュールの調整。

 幸いフェニ娘がタイミング良くバアルに近づいてくれたから、ここぞとばかりに地位とコネを活用した援護してやったさ。

 結果、スムーズに試合の約束を取り付けさせる事に成功。

 ついでに冥界を動乱させる起爆剤候補生と縁を結べたのも嬉しい誤算かもな。

 山場の第三段階はガチンコ直接対決。

 まぁ、サイラオーグが負ける可能性は元よりゼロ。

 想定より粘られたにしろ、象が蟻を踏み潰す未来に変わりは無かった。

 後は収穫祭たる最終フェイズのみ。

 あと少しなんだから、余計な真似は止めてくれよ……

 外道(褒め言葉)のリゼヴィム程じゃないが、俺もキレると何をしでかすか分からんぞ。

 

「あの、アザゼル様」

「どうした」

「わたくしの気のせいでなければ、マイロードから妙な気配が……」

 

 圧倒的上位者でも、お人形扱いで絶対に本気を出さないアドラメレク眷属では駄目だった。

 リアス・グレモリーとその眷属は力が足りない。

 ライザー・フェニックスは本当の意味で追い詰めることは出来ず。

 期待のヴァーリに至っては捻り潰すどころか、傘下に加わる始末。

 下手な上級悪魔では一蹴され、超級には手も足も出ないから匙加減が難しい。

 

「うっしゃ!」

「な、なにかしら」

「気にするな。アレは神器発現の兆候っぽいな」

「マイロードは神器持ちでしたの!?」

「うむ」

 

 思わず取ったガッツポーズに妙な顔をされたが、その辺はご愛嬌。

 全てはこの瞬間の為に暗躍したんだ。

 苦労が報われた事でテンション上がっても仕方なくね?

 俺の目的は最初から只一つ、爰乃の持つ神器を暴きたかっただけ。

 こうも遠まわしな策を講じたのも、全ては小娘の精神性が悪い。

 あんにゃろう、口では神器を肯定する癖に本音じゃ借物の力と忌避してやがる。

 そりゃ発現しないわ。だって神器っつーのは意志力の結晶なんだからな。

 

「ククク、このお膳立てなら俺の関与に気付ける奴は一人も居ないだろうよ」

「何か仰りましたか」

「ん、逆転ショーになれば面白いと呟いただけだぞ?」

「不謹慎ながら、わたしくしも同じ思いですの」

 

 そこいらの人間ならさくっと拉致って神器を抽出してポイ捨てするんだが、バックボーンの怖い爰乃に手を出す勇気が俺には無かった。

 何せあいつらに喧嘩を売った奴らの末路はそりゃ酷い。

 連中、神だろうが悪魔だろうが等しくルール無用のエクストリーム対応だからなぁ。

 宝物にちょっかい出した事がバレりゃ、例え古株の俺だろうと情の欠片も見せずに淡々と向かって来ると思われる。

 しかし、手をこまねいていても永久に機会が訪れない事は明白。

 そこで俺は考えた。

 自主的に力を欲する状況に追い込めばいいんじゃね? と。

 そして選び出されたのがサイラオーグと言う刺客。

 神器を含む外付けインチキ無し、武器は己の拳一つ。

 爰乃が英雄の力を120%引き出しても届かない圧倒的な性能差。

 目指すゴールが近しいからこそ生まれる対抗意識。

 さすがの頑固者も限りなく同族に近い相手と戦い、力及ばずフルボッコにされたなら打算の天秤を傾けるだろうと予測した俺だ。

 半分賭けだったから、とりあえずタブーを破ってくれてマジ助かった。

 負ける位なら禁忌に手を染める事も厭わない姿勢、嫌いじゃないぜ。

 

「下馬評を覆してこそ我が主。無茶を通して奇跡を掴み取ると信じていますの」

 

 基礎スペックの差を考えるに、神滅具に目覚めたとしても相打ちに持ち込めれば金星だと思うがね。

 ぶっちゃけ勝敗はどうでも良いんだよ。だって俺には関係ないし。

 爺に約束した手前死なれるのだけは勘弁だが、致命傷だろうと鼻歌交じりに完治させられるリアスんとこのインチキ僧侶を召喚する準備は出来ている。

 だから、さっさと俺に新たな地平線を見せてくれ。

 意外性の塊のお前が十把一絡げの神器な訳ねぇよな?

 良い意味で予想を裏切るネタに期待してるぞ。

 

 

 

 

 

 第四十一話「赤い兎と悪魔の狸」

 

 

 

 

 

 真っ白な世界で私を待ち受けていたのは、やはりと言うべきか髭の偉丈夫でした。

 ここへ来るのも既に二度目。警戒する必要も無いので素直に手招きに応じて歩み寄ってみると、何故か容赦の無いチョップを頭に貰いましたよ!

 しかも手加減無用な芯まで響く一発を!

 

「何するんです―――って、それはこっちのセリフ? そこへ直れと?」

 

 何故か逆らえない私は、自然と正座で説教タイムを受け入れてしまう。

 要点だけを纏めた関羽の言い分は単純明快。一言で言ってしまえば出し惜しみして勝てる相手じゃないんだから、さっさと神器を使えとの事でした。

 反射的に顔も知らない神とやらに恵んで貰った力に頼りたくないと反論すると、二発目のチョップが頭上から降ってくる鬼仕様とか……

 それでも主義は曲げられない。

 そんな事を認められるなら、最初から無手を極めようなんて考える筈がありませんよ。

 剣道三倍段の言葉からも分る通り、単純に強くなりたいなら武器を持る方が手っ取り早い。

 同じ時間を費やすにしても、それこそ銃の腕を磨いた方が効率的です。

 だけど私は非効率と笑われようが、非武装の道を貫くと決めています。

 その事を告げると、髭の人は意外にも満足そうに何度も頷いていた。

 彼曰く、只の再確認。

 チョップは軽いジョークですと!?

 って、考えて見れば貴方は私ですもんね。

 すっかり騙されましたよコンチクショウ!

 

「まぁ、プレゼンを受けるだけなら」

 

 とりあえず話だけは聞けと関羽は言う。

 私に宿った神器は、普通の物とは毛色が違うらしい。

 ソレは、先代が現役時代に戦場を共に駆け抜けた半身が姿を変えた唯一無二の神器。

 退治されて神器へ封じられたどこぞのドラゴン達と違い、自主的に神へとその身を差し出した伝説級の馬を素材に作られた特殊装備とのこと。

 最大の特徴は、未だかつて使い手が存在した事の無いレアさ。

 神器の意思により、亡き主が生まれ変わるその時をずっと待っていた……ですか?

 

「やはり貴方の事ですよね」

 

 気が付けば隣で存在感をアピールする赤銅色の巨馬を仰ぎ見て納得。演義を信じるなら齢30を超えても平気な顔で最強の座に君臨し、戦場を闊歩し続けた化け物がそこに居た。

 余談ながら現在でも馬の寿命は25年程度。現役で居られる時間はお察しです。

 どれだけインチキなのか、この事実だけでも分かって貰えると思う。

 

「当代は見る影も無い小娘。それでも私を主人と仰ぐのですか?」

 

 素直な疑問を投げかけると、さも当然だと首を縦に振り顔を摺り寄せてくる。

 大切なのは本質、姿形が変わった事なんて些細な違いなのでしょう。

 何せ些細な願いを叶える為に輪廻の輪から外れた彼の覚悟、それは私に忠誠を誓う眷族を遥かに上回る決意の現れです。

 正直、最初から選択肢は残されていなかった。

 本来ならインチキ性能な神器でも、スペックに関係なくバッサリ切捨てだったと思う。

 しかし人馬一体の極地が示すように、馬は槍や刀以上に一心同体の存在です。

 私的には限りなく自己欺瞞ですけど、北斗の長兄も馬だけはOKじゃないですか。

 辛うじて譲れる範囲である以上、紀元前から現代までの時を越えて再び主の下に馳せ参じた忠臣を受け入れてあげたいと思う。

 と言うか、魂すらも犠牲に再会を望んだ彼を否定する事は私には無理。

 

「ご先祖様、私が間違っていました。確かにコレは私が受け継がねばならない神器です」

 

 せめてドライグやアルビオンの様に特定個人ではなく、継承条件を満たせば誰でも使える仕様なら義理を感じる事も無かった。

 でも彼は私が死んだなら、再び同じ魂が受肉する時を待ち続けるに違いない。

 つまり未来永劫、香千屋爰乃専用装備。そもそも次があるのかすら怪しいのに、今回は不要だから次の”私”を待てとは言えませんよ。

 

「分かったなら、さっさと戻れと?」

 

 聞けば、現在進行形でサイラオーグさんとの試合は続行中らしいです。

 さすが精神世界、走馬灯と同じく時間経過が曖昧な様で何より。

 ライザーの時と違って、チャンスが残されているのが嬉しくて仕方が無い。

 ならば善は急げ。うむ、と鷹揚に頷いた彼を見て愛馬の背に飛び乗る。

 日に千里を駆けるこの子なら、さくっと現実に戻るのも容易でしょうし。

 

「私はお前の魂に残った記憶の残滓。全てを継がせた以上、これを最後に消えるだろう」

「はい」

「後は任せた。我が名に恥じない英雄として生きる事を切に願う」

「残念ながら私は香千屋の爰乃として生を受けました。過去がどうであれ、私は私が目指す道を歩むのみ。それで良いのでしょう?」

「どうせ結果は同じ事よ。それで構わんさ」

 

 必ずそう答えてくれると思っていました。

 大丈夫、貴方の栄光は絶対に汚しません。それをこれから証明しましょう。

 だから行こう、赤兎さん。

 悔しい事に私一人の力じゃ無理だったけど、君の力を加えたフルスペック状態ならサイラオーグさんとも五分に渡り合えると思う。

 新たな時代の豪傑を打ち破り、もう一度この名を天下に知らしめようか。

 

「今度こそ本当にさようなら、かつての私。香千屋爰乃、いざ参ります!」

 

 力強い嘶きを合図に私達は走り出す。

 道は開けた、そう信じて。


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