聖女無双はっじまるよー(
「あーもー、面倒だからサクっと切られて欲しいなっ!」
「ふざけんなぁぁっ!?」
漫画で良く見る飛ぶ斬撃をスエーバックで回避するも、通り過ぎていったエネルギーの残滓に鎧の表面を焼かれる。
あのタンニーンのおっさんのグーパンを耐える強度を備えた赤龍帝の鎧が、アレの前には普段着と変わらん防御力しか発揮しない恐ろしさ。
開幕に翼をぶった切られた時点で気付いちゃ居たが、やはりアレはドラゴンにとっても天敵らしい。
「なぁ、一つだけ教えてくんね?」
「イッセー君は手のかかる子だなぁ」
「だめか?」
「汝隣人を愛せよ。心の広い私に感謝してよね!」
「じゃあ聞くぞ。なんで教会のシスターが禍の団に合流してんだよ」
「正しい信仰がこっちにあるから」
「は?」
「だって天界は”魔王と相打ちって神は死んだ”と真実を歪める鳥人間達の巣窟になってるんだもん。偉大な大天使様は乗っ取りを受けてもう居ないんだよ」
「え? え?」
「おまけに偽者達は聖書の”異教徒と悪魔は皆殺し推奨”って記載を無視して冥界と同盟を結ぶ暴挙に出たの。これを討たずに何が神の使徒よっ!」
「脳は大丈夫か?」
「とっても清清しい気分。頭も冴え渡っているわ!」
言いたい事は分かるんだ。
悪魔とズブズブな天使って人間の敵じゃね? と俺も思うし。
だが、根本的に神様信じてない俺とじゃ価値観が違い過ぎる。
「つまり天と冥を敵に回す禍の団は現代の十字軍。その証拠としてかの有名な聖女、ジャンヌ様も属しているのよイッセー君。教会公認の聖人と肩を並べられるこの栄誉、生きてて良かった!」
「その理屈はおかしい」
「これだから無神教の日本人は困るわね……あ、でも、サブカルチャーで定番なコレの銘を伝えれば分かって貰えると思う。見て見て、これぞ前に私が佩いていた断片とは違う完全なるエクスカリバー! 聖杯探索でも大活躍のアーサー王の剣なの!」
「斬られんの二度目だから言われんでも知っとるわ。つーかソレ、アザゼルが完成させたんじゃなかったか? 何でお前が持ってんの?」
「ジャンヌ様に賜ったから出自は知らないわ。大事なのは”約束された勝利の剣”がこの紫藤イリナの手にあると言う事実だけよ」
「お前と話をしていると、漫画に出て来た聖書の背で人の頭をカチ割る牧師を思い出すよ。言葉は通じてんのにキャッチボールが成立しないノリがアレそっくりだ」
「そのアイディアとてもグット。早速やってみるわね!」
「やらんでいい」
その発想は無かったと喜びを露にするのは、木場の一件で再会したかと思えばいつの間にやらフェードアウトしていた紫藤イリナ。
以前着ていた体の線も露なボディースーツから、学校の制服を思わせるブレザー姿にチェンジしている他に変わりは無く、テンション高めで狂信者っぽさを振りまくウザさも健在です。
相棒だったゼノヴィアは宗教捨てて秘密道具ゼロの役に立たないド○えもん的な居候生活を満喫してるっつーのに、こいつは何処で道を間違えたんだろうなぁ。
「イッセー君を片付けたら、忌々しい魔女の頭を聖書で砕こうっと」
「やらせるかよ馬鹿野郎!」
部長の下へと急ぐ途中で襲い掛かって来たイリナは小猫ちゃんの迎撃を掻い潜り、初手でアーシアの首を狙ってきた。つーか、俺が割って入らなければかなり危なかった。
コイツは本気だ。ガチで裏切り者のレッテルを貼ったアーシアを憎んでいやがる。
うむ、マジでアーシアと小猫ちゃんを先に行かせて良かったぜ。
なにせ主の突撃思考を反映されたグレモリー眷属は、俺を筆頭に攻めに強く守りに疎い連中ばかり。さらに言えば誰かを守りながらの戦いを想定した事も無い攻撃特化チームだ。
今までは戦闘力ゼロのアーシアを狙う相手は居なかったから問題にならなかったが、今後はそうも言ってられない。
チームの命運を左右する僧侶を如何にして守るか、真剣に考える時期が来たんだと思う。
「ちょっと五月蝿いよイッセー君」
予備動作無しで振るわれた白刃を直感だけで察知した俺は、腕に仕込んだアスカロンで辛くも防ぐも冷や汗ダラダラ。鎧の防御力頼りに前へ前へと出ていた俺にとって、最大の武器が通用しない相手は相性が悪いってレベルじゃねえぞ。
フリードと同じく聖剣の効果でスピードも木場と同等以上だし、修行前の俺なら手も足も出ずに切り刻まれていたんじゃないだろうか。
「アーシアの前に俺と遊ぼうぜイリナちゃん。お医者さんごっことかどうよ?」
「変態!」
「罵倒はこの業界でご褒美です。ひん剥いてエロ祭りだひゃっほう!」
女衆を先に行かせた理由の半分は新必殺技を試す意味もあったり。
文句なしの美少女で俺の周りには居ないツインテ枠、相手にとって不足無し。
戦術的にも有利な土俵に相手を引きずり込むのは理に叶ってるしな。
って事で、イリナにゃ悪いがさっさと片付けさせてもらうわ。
今こそ高まれ俺の煩悩。具現化せよおっぱい神の神通力!
右の拳に神の力を宿らせた俺は、顔を真っ赤にして斬り込んでくるイリナの呼吸を盗むのに合せ修復した翼の推進機を全開。防御の構えを見せた幼馴染を無視し、極めて紳士的なソフトタッチでそっと上着に触れる。
「手加減する余裕があると思うなら大間違いよ!」
クエスチョンマークを浮かべるイリナは、それでも間髪入れず体格差を感じさせない力強い蹴りで俺を吹き飛ばして怒りを露にしている。
瞬間的に冷静さを欠いたといってもさすがは対悪魔戦闘のプロ。今の奇襲も余力無しに殴りかかってりゃ、カウンターでばっさりだったとマジで思う。
「なぁ、シスターってのは世俗にどこまで汚れてるんだ?」
「時間稼ぎでもしたいの? 旧魔王系悪魔も頑張ってるから援軍は来ないよ?」
「んや、チェックメイトって言葉が通じるのか知りたくてさ」
「私が詰んだとでも言いたいの?」
「おうよ」
「汝嘘をつく事なかれ。面白くない冗談は止めようよ」
「……それは、やっちゃっていいって事だよな?」
「私も殺っちゃうし、構わないわ」
「くくくく……さすがに顔馴染みをひん剥く事への引け目を感じてたが、本人の許可が出たなら良心の呵責も無し! 禁欲生活の果てに掴んだ新たなる可能性を見さらせぇぇっ!」
「……は?」
「爆ぜろシリアス、弾けろ衣類! バニッシュせよR指定!」
「不吉な単語がっ!?」
「喰らえ
小気味よく指を鳴らした瞬間、イリナの着衣が下着を含めて弾け飛ぶ。
くっ、ガキの頃は男と大差なかった平たい胸が見事な成長をしやがって……
大きさは並でも形の良いおっぱいに均整の取れた肢体、今だ一ページ目が埋まらない兵藤一誠フォトグラフィーに殿堂入りする芸術です!
「な、何よこれ!? ちょ、見ないで!」
「これぞ対象の装備を全て吹っ飛ばし、産まれたままの姿へ回帰させる究極奥義。ふははは、聖なる加護を与えるエクスカリバーすらも例外じゃないぜ! さすがに壊せなかったが回収はさせないから問題無い!」
「最低っ! このケダモノ!」
「イリナ、お前は大事な事を忘れてる」
「な、何よ」
「俺は人間をやめた悪魔、欲望に忠実で何が悪い!」
「くっ、正論だから言い返せないわ!」
この技は対ライザー合宿の折に思いつき、しかし完成させられなかったもの。
あの頃の俺は美少女だらけのパライソに甘えていたのだろう。
だから想像力が足りず、果物の皮を剥くので精一杯の体たらくだったのだ。
が、女を断ち極限状態に置かれたことで俺は進化した。
会得したのは脳内のイメージを現実に投影する圧倒的な妄想力。そしてこの力を生かせと降りて来たおっぱい神の天啓により、美少女限定で神滅具の鎧を纏おうが、大天使級の聖なるオーラに守られようが関係無しに対象を全裸に貶める礼装崩壊を開眼したのである。
「まぁ、なんだ。おっぱいソムリエとして揉まなきゃ嘘だよなぁ」
「……冗談だよね? 幼馴染の女の子に酷い事しないよね? そんな暇があるなら御主人様の下に急ぐよね?」
「部長の脇は同僚の女王と騎士が固めてる筈だから、少しくらい遅れても心配要らないっす。むしろ敵を無力化もせずに放置すりゃ俺が怒られんじゃね」
「!?」
「って事で、やったらぁぁぁっ!」
「いやぁぁぁっ、犯される!?」
安心しろイリナ、確かに思春期真っ盛りの俺はエロい事が大好きさ。
しかしその、なんだ、童貞ボーイにゃ女の子に触るだけで精一杯。
ドライグにも”乙女か!”ってツッコミ喰らったけど、そう言う事はちゃんとステップアップした後に両者合意の元でっつーのが理想です。
だから安心しておっぱい揉ませろ。それ以上は何もしねぇから!
「……人が心配して駆けつけてみれば」
両手をわきわきさせなが獲物へにじり寄る俺だったが、蔑みの色を込められた絶対零度の声を受けて反射的に停止。
いやまさか、そんな筈が。そんな思いに突き動かされ油の切れたロボットの動きで首を動かせば、信じたくない事に可愛い後輩の姿が!
「話を聞いて欲しい」
「……どうぞ」
「コイツは悪魔の怨敵エクスカリバーを携えた禍の団のエクソシストさんです。どれくらいヤバイかは木場の一件で小猫ちゃんも知ってると思います」
「……確かに知った顔ですね」
「しかもイリナはジャンヌさんとやらから聖剣を直接賜る程度にエライっぽい立場でしてね? 禍の団の内情を引き出すためにも生け捕りが望ましいと考えた俺です」
「……妥当な判断です」
「そんな訳で武装解除の為、大変遺憾ながら今に至―――」
「……”おっぱいソムリエとして揉まなきゃ嘘だよなぁ”」
「まさか最初から!?」
「……何か釈明でも?」
やばいやばいやばい。
「ア、アーシアは?」
「……信用出来る知人に護衛を代わって貰いました。今頃は祐斗先輩達と合流している頃だと思います」
「じゃあ俺たちも早く戻らないと!」
「……誤魔化さないで下さい」
「ですよねー」
「……アーシア先輩を泣かせたくないので、今回だけは目を瞑ります。貸し一ですよレイプ魔先輩。次はきちんと報告しますからね」
「寛大な処置、この兵藤一誠終生忘れません!」
うーむ、小猫ちゃんが夏休み前より一回り大きく見える。
合流直後と比べて吹っ切れた感じだし、やはり仲違いしていたお姉さんと和解(?)したからなのかねぇ。
「……貴方に構っている暇はありませんし、尻尾を巻いて逃げなさい」
「ううううう」
「……これでいつぞやの借りは返しました。決着は次の機会に付けましょう」
「つ、次は負けないんだからっ!」
武士の情けか女の情けか。小猫ちゃんが投げつけた上着で前を隠しながら逃げていくイリナは、それでもちゃっかりエクスカリバーを拾っていく辺りが抜け目無い。
あれ、これはやらかした? せめて聖剣は確保すべきだったんじゃね!?
「……大丈夫ですクズ虫先輩」
「出来れば名前で呼んで欲しい。てか、俺の思考を読んだ、だと!?」
「……チッ。では改めまして顔に出やすいイッセー先輩」
「舌打ちしたよね!?」
「……今やエクスカリバーの紛い物はコモン程度のレアリティーです。使い手も結構な数が徘徊していますし、その内の一人や二人を見逃しても影響はありません」
「え、あれって偽物だったの」
「……気づかなかった事に驚きです。もしも本物なら今頃イッセー先輩は生きていませんよ。そこそこの性能しか持たない贋作だからこそノーダメージで済んでいるのです」
「た、確かに前に腹をブチ抜かれた時はもっと痛かった気が」
パチモノを本物と思い込んでいたイリナが哀れです。
ひょっとするとアイツって使い捨ての下っ端だったんじゃね……。
「……姉の寄越した情報を信じるなら、堕天使が量産した物を禍の団が奪ったとか何とか。ですのでアーシア先輩を侮辱した教会の犬は全裸で戦場を逃げ帰らせ、愉快なピエロとして衆目を集めさせる方が有意義と私は判断しました」
「ね、根に持つタイプだったか」
「……猫は三代祟りますよ。にゃー」
「怖いけど可愛いな!」
さり気ない黒さを垣間見た俺は心底思う。マジ、味方でよかったと。
なんつーか、やり方が爰乃に似て来たと言うか……染まって来たっつーか。
元々暖色の色が朱に染まって赤くなったのか、それともダークサイド的な意味で青は藍より出でて藍より青しを地で行ったのかは分からん。
とりあえず俺の同僚で一番したたかなのは最年少の猫さんで決定だな。
「……さて、出遅れた分を挽回しましょうか」
「おう!」
「……部長も居る本丸の安全はセラフォルー様が確保して下さっているとのこと。敵の妨害により連絡不能なため現場の判断にはなりますが、私達は遊撃要因として雑魚を蹴散らしながらゆるりと散歩などは如何ですか?」
「小猫ちゃんとデートかー」
「……色気ゼロですけどね」
やはりグレモリー眷属には挑戦者の立場が相応しい。
性欲を満たせなかったこの悶々とした気分、スポーツで発散しないとな!
「……何よりパーティーでご飯を食べ損ねた分、二次会でお腹を膨らせたいです」
「なら、コレが片付いたら来るとき見かけたメックバーガーとやらに行こうぜ」
「……実はのぼりのマウンテンティムバーガーに興味津津でした。やはり麺をロープに見立てたロッテリ○のラーメンバーガー的な物なのでしょうか」
「黙ってて貰う代わりに奢る。後で確かめようぜ!」
「……Lセットでお願いします」
「おうよ!」
かくして龍と虎は徘徊を始めるのだった。
第四十六話「偽物と本物」
「オルレアン聖剣団、全軍停止!」
英雄派から選抜された聖剣適合者の軍勢、それがオルレアン聖剣団。
私が心血を注いで作り上げたこの団は、標準装備として量産型エクスカリバーと抗魔力に優れる法儀礼済み制服を配備されている。
じっくり時間をかけて訓練を積めた事もあり、装備だけと笑われない程度には高い錬度を有している自負もある。
唯一の泣き所である経験不足も特に問題にはなっていないし、今の所は曹操の要求するプロパガンダに相応しい戦果を挙げられていると思うの。
あえて問題点をピックアップするなら、せっかく副団長へと大抜擢したイリナが”ちょっと魔女を狩ってきます”と言い残し単独行動を始めた事くらいかしら。
腕っ節も強く私への忠誠心も崇拝レベルの子だから、人の話をちゃんと聞きさえすれば非のつけようが無い人材なんだけどね……
「ジャンヌ様が先ほど討ち取った悪魔の正体が判明致しました」
「当たりかしら?」
「序列十三位、ベレトの嫡男。序列十五位以上の単独撃破ならば曹操殿もご満足いただけるのではないかと」
「そこそこ梃子摺ったものねー」
今回の襲撃における英雄派の役割は、あくまでも示威行為。
英雄が上級悪魔を屠る事の出来る存在である事を知らしめる事が寛容なのよ。
全ては首領の進める交渉を有利に運ぶための布石。今頃はネームドを一騎打ちで滅ぼした私の雄姿に魔王達が驚いている頃かしら。
「ついでに現状報告も宜しく」
「はっ、安否不明の副団長以外に脱落者は居りません。怪我も軽症に留まり全員意気軒昂、まだまだ戦えますな」
「……まったく、あの子と来たら」
中級以上を含む貴族の護衛やら、ホテルの防衛戦力やらを真っ向から叩き潰してもこの程度。このまま順当に研鑽を続ければ、例え曹操と袂を分かつ事になってもコレが手札に残る。
私は裏切られても抵抗せず、甘んじて処刑を受け入れた先代とは違うわ。
曹操は尊敬に値する指導者だけど、盲目的に信じられる程の聖者でもない。
だからこそ派閥政治と笑われようとも、私は私だけの力を求め続ける。
所詮何も考えず暴れまわるだけのヘラクレスはキリギリス。最後に笑うのは冬を越せるだけの食糧を蓄えたアリさんなのだから。
「報告、御苑に赤龍帝が出現。旧魔王派本隊に大きな被害が出ている模様」
「あらら、抑えに回る約束のヴァーリは?」
「今だその姿を見せておりません」
「じゃあ放置で。どうせ英雄派への被害は少ないのでしょう?」
「はい」
「悪魔は悪魔同士潰しあって貰います。人間は賢しく漁夫の利を狙うべきよ」
「御意」
「私達はもう少し暴れた後に撤退。さっさと帰って祝勝会をぱーっとやりましょうか」
「では我らが母国の誇るプレステージュ・シャンパーニュをご用意しませんとな。実は既にシェフをパリより呼び寄せておりまして、宴の準備は着々と進んでいる頃かと」
「私が失敗するとは考えなかったのかしら」
「救国の英雄たる貴方の判断はいつも正しい。ジャンヌ様が過ちを犯したならば、それは誰であろうと避けられない運命であったと小官は考えます」
「……そうね」
「そしてその様な未来は統計的に極めて低いもの。故に出陣前より勝利を確信しておりました次第」
「ご期待に沿えるべく頑張るわね」
ああ、重たい。この男の盲目的な献身が重荷で仕方が無い。
さすがは聖女の追っかけを拗らせて錬金術に傾倒した狂人の末裔と言った所かしら。
彼は先祖から血と名を受け継いだ当代のジル・ド・レ。私のように魂を継承した訳でもない普通の人間の癖に、初代と同じ妄執を抱く不思議な男なのよ。
私が現代でジャンヌの銘を継いだ事を聞きつけ現れた彼は、躊躇うことなく英雄派へ合流。持ち前の有能さで成り上がり、気付けば参謀に納まっているから恐ろしい。
大学生の私と比べて現役高校生と若く、ハンサムで実家は古くからの大金持ち。おまけに才気溢れて気も利く素敵人材なのだけど、ぶっちゃけストーカー気質で気持ち悪い。
可能ならチェンジを願い出たいレベルながら、残念な事に兵站を含めた一切の面倒事を切り盛りする彼を手放せないのが憎たらしいわ。
「さーて、お姉さんもう少しだけ働こうかしら」
「なれば分不相応な野外ステージに我らの証を掲げては如何でしょう」
「そっちの方には魔王級のネームド居ないのよね?」
「確認済みです。航空戦力もタンニーンごとラードゥンが押さえ込んでいますのでご安心を。今回は部下達に実戦の空気を感じさせる事が肝要。無理をしてあたら兵を失う愚作を小官は好みません」
「出来る男は大好きよー」
「光栄の至り」
芸術家気取りの悪魔が立てたステージに私の旗が翻るのは確かに面白い。
部下を引き連れて進軍を開始した私はとても上機嫌だった。
そう、この瞬間までは……
「これは誘い込まれたのかしら?」
「……斥候の報告を鵜呑みにした私の失態でした。しかし、周囲の魔力反応は規定値内。間違いなく規格外の悪魔がこの周囲に居ない事だけは確かです」
「まぁ、何が出て来ても私が斬れば問題無い……と言いたい所なのだけど」
「何か懸念が御有りですか?」
「普通に考えて、罠のど真ん中でこんなBGMを流すと思う?」
「定石ならば荘厳なクラッシックが定番かと」
私達が観客席側から進入を果たした瞬間、流れ出したのは軽快な音楽。
そして、アップテンポ調のソレのイントロが終わりを迎える寸前に動きが生まれた。
暗闇に隠されたステージの中央に多方向からスポットライトが照射され、露になったのはまだ幼い女の子の姿だった。
小柄で華奢な体と光を受けて輝きを増す金糸の髪。濡れた様に艶やかな瞳にちょこんと乗る鼻は小さく可愛らしい。
何と言うか、女の目から見ても暴力的に綺麗な娘よねー。
「って、これってまさか」
「はてさて、我々の誰がチケットを購入していたのやら」
「アイツらじゃないかしら……」
「後で処分しませんとなぁ」
少女が手にしていたのは武器ではなくマイク。
装いも戦いとはベクトルが真逆のフリルに彩られたアイドル衣装だ。
そんな彼女が何をするかと問われれば、それは当然コンサートと私だって答える。
しかし忘れてはいけない。
ここは武道館でも横浜アリーナでもなく冥界。
そして今は戦争の真っ只中であると言う事を。
幼さの中に凛とした力を感じさせる声が歌を紡ぎ始め、さてはセイレーン系の音波攻撃かと身構える私は、それが杞憂である事を身を持って知った。
ぐいぐい引き込まれる歌声には魅了されるけど、それは魔力だの霊力だのに頼らない唯の純粋な実力だって素人でも分かる。
だって顔を引き攣らせてジルが指差す先では、明らかに最初から準備していたとしか考えられないサイリウムを一糸乱れぬ統率で振る少なくない団員の姿があるもの。
洗脳されるにしても、相当前から仕込まれていた証拠でしょうよ。
「……ちょっと目を放した隙に悪魔と裏切り者達で満席じゃないの」
「幸いにしてステージに夢中で戦うどころの騒ぎではありません。が、下手に邪魔をすればどうなるのやら。とりあえず退路だけは確保して様子を伺うのが吉かと」
「せめてもう少し良い席なら良かったのにね。お姉さん、ちょっとご不満かも」
「次はS席をご用意致しましょう」
もう何がなにやら分からない。
押し寄せた彼女のファン達は行儀良く歌に酔いしれ、しかし熱気を全身から発散させながら偶像の一挙手一投足を見逃すまいと真剣なご様子。
ねぇ曹操、これも想定内なの?
私は謎のカーニバルに捕らわれて混乱してるわよ?
『みんなー、冥界進出記念ライブに来てくれてありがとーっ!』
あら、今のはオープニングだったのね。
てっきり清楚な感じかと思っていたら、元気っ娘路線とは驚き。
どれどれ、歌唱力とルックスは特S級だけど……MCはどうかしら。
『実はサプライズとして、特別なゲストさんをお招きしちゃいました』
さてさて何が出―――
『はいっ、この方です』
突然ライトアップされたのは私だった。
空気を読んでジルすらも光の輪から離れる中、やっと私は理解した。
衆人環視の下でこのジャンヌ様を倒すお膳立て……ふふ、面白い趣向じゃない。
どんな状況であれ、戦いがお望みなら喜んで受けて立つわよ!
『この私の名を騙る偽りの英雄さんこと”自称”ジャンヌ・ダルクさんに盛大な拍手をお願いしまーす!』
はぁ!?
『ジャンヌさん(笑)が固まっちゃったから、一先ず次の曲いっくよー!』
彼女が何を言っているのか分からない。
ぐにゃりと視界が歪む中、この場の支配者たる少女は何処からか取り出した旗をバトンの様に回しながら最高の笑顔で続けた。
『ジャンヌちゃんの神器と同じ十八番。はい、それはーっ?』
「「「聖なる御旗の下に!」」」
観客の心を掴んだジャンヌちゃん(?)の背後にバンドメンバーとバックダンサーが現れたのを見た私は無意識の内に頬を抓っていた。
あれ、おかしいな。普通に痛いわよー?
認めたくないけど、あの旗に描かれてるのって間違いなく”私”の紋章よねー?
順風満帆の明るい未来は何処にいったのかしらー?
ねえねえ、これって現実だったりするのー?
もう何がなにやら。
でも、一つだけ分かる事がある。
えーっとね、本能的に彼女は偽者じゃないと認めちゃったかも。
ごめん曹操、私はもうだめかもしれない。