赤蜥蜴と黒髪姫   作:夏期の種

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第52話「極めて近く」

 部長の手を取りながら、好奇の視線を浴びながら歩く。

 気分はチャペルで新婦をエスコートする新郎。敬愛する主に恥を欠かせないよう、慎重に一歩一歩を踏み締める牛歩はご愛嬌だろう。

 それぞれの持ち場へと続く分かれ道にさしかかる瞬間、部長に手を強く握られた。

 不安な気持ちは分かる。しかし、勝算が無ければこんな真似はしていない。

 手を握り返しながら目線を向け大丈夫だと応じれば、帰って来るのは頷きだ。

 

「行って来ます」

「信じているわよ、イッセー」

 

 高鳴る心臓を押し殺し、互角以上の変態力を備えたライバルの下へ。

 てっきり得意の涼しい顔かと思えば、意外にも奴の表情は驚きの色に染まっていた。

 

「そこに行き着いたか。いや……素材の鮮度を考えれば自明の理ではある」

「そんなにコレが在り得ないか?」

「いや、まさか俺と同じ回答に行き着いているとは思わなくてね」

 

 馬鹿なっ、ヴァーリも同じ結論だと!?

 

「考える事は一緒。所詮俺達は同レベルなんじゃね?」

「果たしてそれはどうかな?」

「ん?」

「俺の愛する闘争ならば、結果としてラッキーパンチでダウンを奪おうともジャッジの判定は変わらない。しかし、この勝負は過程も重要だ。”どうして”それを選び”何故”そこに至ったのか。この点を君は軽視している風に見える」

「なん、だと」

「これ以上はとやかく言わず、どんな弁舌をするのか楽しみにしているよ。ほら、出番だぞ赤龍帝」

 

 ぐっと反論を飲み込み、ハンドサインで急かしてくるジャンヌちゃんに促されるまま審査員の前へと移動。

 服装が同じなら、後はそこに込めた思いの強さが勝負を分ける事間違いねえ。例えアーシアにドン引きされても構わん。普段口に出せなかった思いの丈を全て吐き出してやる。

 顔も、強さも、多分財力も劣る俺の最後の砦、スケベ心だけは譲らんからな!

 

 

 

 

 

 第五十二話「極めて近く」

 

 

 

 

 

「俺が部長に出会ったのは、忘れもしない高校の入学式」

 

 あえて本題には触れず語りだす。

 

「桜が舞い散る道を歩いているだけなのに、全然目が離せなかったことを良く覚えています。気品に満ち溢れた立ち居振る舞い、最盛期の桜すら霞む美貌。絵に描いたような美人が本当に居る事を知り、とても衝撃を受けました」

 

 視線の先には少しだけ驚きつつも、すぐに平静を取り戻した部長の姿がある。

 足元はローファーと白のハイソックス。臙脂色のミニスカートにラインの入ったシャツを合わせ、肩には紺のケープを。そして最大の特徴である、前後に燕尾服の裾の様な装飾付きのコルセット系上着を合体させて出来上がったのは、俺や木場に馴染み深い駒王学園女子制服である。

 公立は元より、基本なんでもアリな私立の中でも群を抜いてオリジナリティー溢れるデザインは他県からも人気が高く、量産型な男子制服と比べるとデザイナーのやる気の違いを如実に感じてしまう可愛らしいフォルムを誇っている。

 あえて欠点を上げるなら、デザイン上の問題として胸元が強調される点か。

 つまり貧しい娘さんが着ると、やや残念。

 しかし、逆説的に巨乳にはベストフィットでもある。

 当然口にするのも憚られるサイズな部長には大変お似合いで、腰に手を当て髪をかきあげる様はTHE・先輩。話しかけるなら、敬語必須なお姉さま感が凄い。

 

「それが今の姿、そう言いたいのかね赤龍帝」

「はい」

「ならば、その装いの何処が課題に沿うのか答えよ。エロの一般的な指標である露出度で、第一、第二課題に及びもしないソレの、何を持って頂点と決めたのかをな」

 

 やはり来た。

 先陣を切ったシャルバさんによる想定通りの問いを受け、俺は松田や元浜としか語らった事の無い禁じられた扉を開いて応じることにする。

 

「……俺は水着勝負の際に肌色面積こそ正義と言いましたが、それは誤りだった事に気が付きました」

「ほう」

「あえて肌を隠すことで想像する余地を与え、いざと言う時の楽しみを増幅する喜び。洋物のオープンさより、ふとした弾みでしか姿を現さないパンチラの有り難味こそ俺の求めるわびさびの世界観です」

「ほう、ついに至ったか」

「そして、ハーレム王を目指す俺が女の子とエロい事をする=深い関係になると言う事。しかし、俺も悪魔の端くれです。長い人生を生きる間に、生き甲斐である異性への関心を失ってしまう可能性は十分に考えられます」

「確かにやりたい事を無くし、廃人に転落する悪魔は多いな」

「そんな事態を招かない為にも、常に最初のドキドキを大切にしたい。しなければならないと思うんです。初心さえ忘れなければ、きっと俺はこの情熱を失わない、その確信がありますからっ!」

「よい答えだ赤龍帝。我がメイド愛に通じるシンパシーを感じたぞ!」

 

 メイドさん、いいっすよね!

 個人的にはミニより、ロングなクラッシック型が好み。

 でも、今は他にもっと好きなものがあるんです。

 

「俺にとってのリアス・グレモリー様は、部活の先輩にして憧れの上級生。この関係は、学校を卒業しても一生変わらない永遠の絆です。つまり千年後も、二千年後も、駒王学園の制服を着ている姿が俺にとってのスタンダードであり続けるでしょう」

 

 あれ、何か知らんが部長がべっこり凹んだっぽいぞ。

 俺としてはベタ褒めのつもりなんだが、何処か気に障ったのだろうか。

 まあいいや。どうせ気分を害すのは、こっからだしな。

 

「それに女子高生の制服姿って、それだけで値千金だと思いませんか?」

「幾星霜の時が流れても、その価値に一切の陰りは見せんだろうな」

「夕暮れの教室で、用具室の中で、自分の部屋で、どんな場所にも自然と溶け込みつつ、しかし気の持ち方一つでいかがわしい装いに変貌を遂げる万能文化。現在進行形で高校生な俺にとって、これ以上のエロさははありえません! そして余談ながら、卒業までに学校でエッチな事をするのが俺の野望ですっ! 」

 

 出し切った。もう言うべき事は何も残ってねぇや。

 自分でも言葉にして初めて気づかされた事も多く、やりきった感が半端ない。

 お陰で漠然としていたハーレム王の在り方について、一つの答えが見えたのは嬉しい誤算だ。部長や朱乃さんは駄目で、爰乃とアーシアはハーレムに迎え入れたいと思った理由。そこに気付けただけでも冥界に来た甲斐がある。

 容姿も大事だが、それ以上に内面が大事。

 誰が何と言おうが絶対に信念を曲げない、依存性皆無な女の子が俺の好みらしい。

 

「赤龍帝……いや、兵藤一誠君」

「は、はい」

「下賎な転生悪魔と蔑んでいた非礼を詫びたい」

「え」

「貴殿のお陰で失いかけていた若さを取り戻せた。おそらく今後も敵対関係は続くだろうが、何かあれば頼ってくれて構わん。同好の士として丁重に扱うと約束しよう」

「マジっすか」

「気が向いたら何時でも連絡を寄越せ。私からは以上だ」

 

 あ、ありのまま今起こった事を話すぜ。

 性癖を暴露したら、ライバル派閥の親玉に気に入られてしまった。

 現魔王派に属する俺がっすよ? マジで何を考えてるのか分からん。

 いずれメイド推しを連呼するシャルバさんの家にお邪魔したい気持ちはあれど、裏切り者やらスパイ扱いされないのか非常に不安です。

 かと言って連絡を入れずに放置しても、無礼者扱いされる予感がひしひしと。

 どちらを選んでも進退窮まる、マルチバットエンドルートに入ったんじゃ……

 と、次は部長のお父さんか。頭を切り替えよう。

 

「昨今の夢を持たない若手と違い、しっかりとステップアップ可能な野望を持っているとは素晴らしい。何が蔓延する草食系だ。悪魔なら悪魔らしく、無謀と笑われる欲望を叶える為に生きるべきだと私は言いたい」

 

 熱弁を振るう部長のお父さんに、頷きを返すのは大人たち。

 悪魔も人間と同じく淡白な子供が増えてるんすね。

 でも、当然だと思います。

 だって名家出身以外の下っ端悪魔は、人間の寿命を手に入れる為に四苦八苦しながら契約を取り付けるサラリーマン生活から始まる。

 が、何せ絶対に増加しない砂時計の中身が代償だ。なかなか契約が決まりやしない。

 ビラを幾ら配っても、ドブ板営業に靴底をすり減らしても結果に結びつくとは限らず、俺もお得意様が出来るまではストレスで結構辛かったなぁ。

 力が圧倒的に強い連中はコレを免除されるらしいが、八割がたの新人はこの洗礼を受けると部長は言っていた。

 只でさえ非凡でも平民がのし上がる可能性の低い冥界で、報われない努力を嫌う若者が増えるのも当然のことに感じる。

 そして貴族様のご子息達も、封建社会に守られた地位を受け継ぐだけで大満足。内でも外でも戦争を起こせない事で領土拡張もありえないから、現状維持以上を望む筈も無い。

 そりゃ、誰も肉食系にならんわ……。

 俺は幸いにも神滅具のお陰で出世可能な例外枠に居られるらしいが、果たして何処までいけるのやら。

 伝説の龍を宿してすらこの始末。マジで人間社会以上に世知辛い世の中だよ。

 

「そして、私の拘り抜いた制服を高く評価してくれて実に嬉しく思う」

「まさかあのデザインは……」

「スポンサーたる私の趣味を反映させた結果だ」

「無礼を承知で言わせてもらいますが、金持ちの道楽凄ぇっすね」

「実益も兼ねているから問題あるまい。実際、制服のモデルチェンジ後には当校を志望する学生の数が一気に増えている。兵藤君、これが経営術と言うものだ。覚えておきたまえ」

「はいっ、俺も趣味と実益を兼ねた商売をいずれやってみたいです!」

「それはそれとして、私は少しばかり早合点をしていたらしい。これでは婿入りの話はご破算だな……」

「何か言いました?」

「独り言だから気にせず結構。さて、オーディン翁にマイクを譲ろうか」

 

 これぞ勝ち組。部長のお父さんの紳士っぷりには、憧れさえ抱いてしまう。

 最後の呟きだけは聞き漏らしたが、とりあえず問題にはならんよな。

 

「わしも古参悪魔に勝る年寄りじゃが、エロい心を失わないからこそ現役を保って居られる。熟年夫婦になっても、出会いたての恋人の様な新鮮さを持ちたいという恋愛論は実に美しい。制服への思いと併せて満点の回答だぞい」

「お褒め頂光栄ですっ! これからも精進を続けますオーディン様!」

 

 言葉は淡白だが、北欧の最高神が見せたサムズアップは最高評価の証。

 これは一票ゲットも鉄板だな。

 

「イッセー君が一つ上のステージに上がった事を嬉しく思うよ」

「おう、只の裸に目を奪われていいのは中坊までさ!」

「シトリー戦が終わったら、ギャスパー君も呼んで男だけで語り明かそう。お題はウチの制服の良さとかでさ」

「……そんなイベントもあったなぁ。すっかりヴァーリと決着を付ける為に冥界へ来た気になってたわ」

「分かる、分かるよイッセー君。明らかに目的を履き違えてるよね、僕ら」

「内輪の話はまた後で。今はお互いの役割を果たそうぜ」

「では全部ひっくるめてコメントを一つ。個人的にはニーソも欲しかった! 90点!」

「さすが木場、深い!」

 

 その一言で観客席を鷲掴み。

 何故かカリスマコメンテーター扱いの木場を、少し遠くに感じた瞬間だった。

 

「一戦目のミスを軌道修正し、清廉潔白にスケベ心と純真さを曝け出した様は見事の一言。学生生活を知らぬ私にも制服の良さが伝わって来たぞ」

「お褒め頂き、光栄です!」

「君が本気で望むなら、娘を任せても良いとさえ思う立派な姿だった。お眼鏡に叶わずとも、せめて仲間として朱乃を支えてやって欲しい」

「はいっ!」

 

 大丈夫ですバラキエルさん。朱乃さんは強い人ですし、もし倒れそうになっても俺を含めた仲間が必ず助けます。

 部長と同じ永遠の先輩、それが俺にとっての朱乃さん。

 扱いはずっと後輩止まりでしょうが、絆もまた永遠に断ち切れません。

 だから、一回くらい火遊びしたいなーと思う事くらいは許して下さい。

 部長が東のお姉さま横綱なら、朱乃さんは西の横綱。

 健全な男子が邪な思いを抱くのも当然ですからね!

 

『今日の観客席は元・禍の団英雄派の皆様と、現・禍の団転生悪魔さんが大半を占める事で学生経験者が多いんでしょうねー。皆さん、青春の一ページを思い出したのか、こちらでも大好評っ! これは宣言通り、最後のコーナーでトップをぶち抜けたかもっ!』

 

 当然の結果と言いたいが、残念ながら俺の勝利は確定していない。

 同じ題材を選んだ以上、そこには明確な差が生まれている事だろう。

 勝つにしろ、負けるにしろ、おそらく僅差となる勝負に胸が躍る。

 

「敵ながら天晴れと言いたい所だが、やはり貴様の目は節穴だった」

「そんな馬鹿なっ!?」

「画竜点睛を欠く。この格言を我がライバルへ送ろう。俺の口上を聞き、この言葉の意味を理解して悔しがれ」

 

 何が足りなかったのか、全く分からない。

 しかし、ヴァーリは虚言を吐くような男じゃない事も確か。

 先の見えないトンネルの向こう、絶望へのカウントダウンが始まる。


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