筆の進みが悪いシリーズが終わって、やっと一息つけました。
次回より平常運転再開です。
私は一般的な女子と比べ、大概に理解の在る方だと思う。
スキンシップ程度のセクハラなら笑って済ませるし、男の浪漫を理解しているから着替えを覗かれても”バレないように、もっと上手くやりなさい”と本気で怒らない。
究極的には変態行為だろうが、反社会的な思想を持っていようが、節度を弁えている限り否定しないのが私です。
しかし、今回ばかりは堪忍袋の緒が千切れる寸前。
これだけの辱めを受けて、良く我慢していると自分を褒めてあげたい。
「今回は特に指示は無い。強いて望むとすれば、自然体を心掛けて欲しい」
「分かりました」
と言うか、どうして部長は僕に見世物扱いをされて怒らないのだろう。
ひょっとして、純粋悪魔と人間の精神構造の違いなのかな。
目立つ事が嫌いな日本人には、理解不能の世界観です。
「全ての準備は整った。勝つぞ、爰乃」
「分かりました」
「赤龍帝への意趣返しに、同じ入場を仕掛ようと思う。手を握っても構わないか?」
「分かりました」
「物分りが良くて助かる」
こんこんと湧き出す怒りを抑える事に必死な私は、少し前から思考を放棄している。
何を言われてもYESとしか応じないのに、異変に気付かないヴァーリが情けない。
例え口約束だろうと、腐らず最後まで完遂するのがMYルール。
が、付き合うのはイッセー君との決着が付くまで。
そこから先は……私のターンDEATHよ?
第五十三話「限りなく遠く」
「初めに言っておこう。制服は兵藤の語ったとおり素晴らしいエロさを秘めているが、もしもこれが単発勝負なら俺はコレを選ばなかった。真に着せたかったのは和装。一部の隙も無い、静謐な美意識の結晶こそ至高だと確信している」
差を見せる為なのかイッセー君と同じく手を繋いだ仲睦まじい様子で現れた香千屋さんは、僕には見慣れた普段と同じ駒王学園の制服に身を包んでいた。
さすが美少女ランキングベスト10に名を連ねるだけあり、着る人を選ぶ制服を普段着の自然さで纏う辺りはさすがとしか。
妖艶なエロさを振りまくのが部長なら、清純なエロさが香千屋さんの持ち味。
見た目のスペックは好みの差だけで、客観的には五分と五分だろう。
ま、両者の内面を知る僕に言わせればどちらもノーサンキューだけどね!
「その心は?」
「穢れの無い新雪を踏み荒らすのと同様、神聖で美しい物を汚す行為に潜む背徳感は蜜の味。これに胸を高鳴らせぬ男は居ない。脱がす楽しみと併せて二度美味しい点も踏まえ、見た目だけは大和撫子の爰乃にはコレしか考えられないと結論付けた」
「でも、それを選ばなかった」
「当然だ。それでは勝てない」
さすがは白龍皇。イッセー君と違い、ちゃんと趣旨を理解している。
「エロの高尚さだけを競うなら、容姿の違う主を巻き込む必要は全く無い。それこそ条件を揃えた女を素材として優劣をつけねば、公平性に欠けた欠陥だらけの競技だったと言えるだろう」
「続けてくれるかい?」
「兵藤は一戦目を料理に例えたが、その発想は正しい。正しいが、そこから一歩踏み込めなかったから間違える」
「その口ぶりだと、僕が補足する必要も無さそうだね。最後まで頼むよシェフ」
「うむ、洋の東西、世界の垣根を越えても料理の本質は素材の旨みを引き出す事にある。その点で言えばリアス・グレモリーの味付けは適切で、グルメの舌も唸らせる深い味わいに仕上がっているだろう。しかしそれは調味料の味だ。例えるなら、生が一番旨い魚を延々と煮込む行為に近い」
「パーフェクトな洞察だ白龍皇。香辛料を大量に使い、骨まで柔らかく煮込んでしまえば冷凍も獲れ立ても味に変わりはない。正にそこに気付くか否か、それが勝負の分かれ目だった」
ま、イッセー君のミスは、これだけじゃないけどね。
「人の命は短く、青春と呼べる期間はさらに短い。なら、最も輝く今しか味わえないものを提供するのが真の料理人の仕事だ。なのに兵藤は、百年後でも千年後でも再現できるコスプレを選ぶ愚考を犯している」
「!?」
「聞け、本物とコスプレの違いは現役か否か。素材の持つ最大の特徴、女子高生である事実を忘れてどうする! 缶詰で再現出来る料理は旬のものとは言えんのだ!」
「くっ、見慣れているからこそ失って初めて分かる大切さ。そうだよな、卒業しちまえば見納めだもんな……」
「イッセー君、白龍皇がどうしてスク水、ブルマ、制服と選んだのか分かった?」
「部長なら後一年、爰乃でも後二年程度しか持てない属性こそ最大の付加価値。全ては学生の身分を最大限に生かす為、か」
「それだけじゃないよ」
「え」
「その場その場の発想で服を選んだイッセー君は、和洋中をごっちゃにした乱雑な一品料理の集合体だった。対して白龍皇はキーワードを定めて全体の一体感を出し、コース料理として成立させている事に気がつけなかったかな?」
「ん? ええと……あぁぁ、しまったぁぁっ、そう言う事かぁぁぁっ!?」
例えるなら、イッセー君は町の定食屋。
作る料理がどれほど美味しくても、基本的にワンオーダー完結型でしかない。
大胆な水着はカレー。エロゲコスプレは刺身。制服はデザートのパフェ。それぞれ単品ならともかく、セットで出されたら違和感を感じるよね?
その点を弁えたヴァーリ君が出してきたのは、さしずめ”高校生”を題材にしたフルコース。テーマが明確だからこそ常に次に繋り、得られる満足感も大きいんだ。
そして考えて欲しい。今を逃せば二度と手に入らない希少品と、機会さえあれば入手の難しくない物が並んだなら、一般心理としてどちらを選ぶかを。
「そ、そうか、だからジャンヌちゃんは……チクショウ、二戦目で詰んでたじゃねえか!」
「奇しくも同じ答えに行き着いた君たちだが、これまでの過程と信念が明暗を分けてしまった。親友としては忍びないけど、満場一致で君の負けを告げようと思う」
「異論は……ねぇよ」
何時の世も勝者は天を仰ぎ、敗者は地を見つめるもの。
万雷の拍手に右手を突き上げて応えるヴァーリ君と、膝から崩れ落ちたイッセー君を見て、この馬鹿馬鹿しくも男の尊厳をかけた戦いは一応スポーツなんだなあと実感する。
『けっちゃぁぁく! 長きに渡る激闘を制したのは、身内もびっくりに脳のやられた白龍皇ヴァーリ! 地下闘技場の栄えある王者がここに爆誕っ!』
最初は嫌々引き受けた仕事だったけど、終わってしまえば名残惜しい。
途中から割と楽しく、ついつい自分でも羽目を外し過ぎたと反省している。
さて、それはともかくだ。さっさとお暇しないとマズイ。
その証拠に危険を察知したご同業の皆様は、僕がヴァーリ君の相手を始める前にトンズラ済み。
なにせ僕が審査員最年少且つ役職なしの下っ端じゃなかったら、もっと早くにこの場から逃げ出している程の危うさ。
殿を勤めろと命じられた時点で、貧乏籤を引かされたと涙したさ。
「もしも俺の勝利に理由を問うのなら、それは強敵が居た事だろう。兵藤、貴様が居なければ、ここまでの高みには至れなかった」
「俺もお前の進化があったからこそ、エロの深遠を垣間見る事が出来たんだと思う。やっぱ俺にはチャレンジャーがお似合い。次は格上と奢り高ぶらず、挑む側として再戦を挑んでやる。その時が来たなら、当然受けてくれるよな?」
「王者はいついかなる場合にも挑戦を受ける。それが義務だ」
何気に君たちって、戦闘は本能型の癖に場の空気を読めない節があるよね。
どう考えても実績持ちの人食い虎の尾を踏んでいるのに、平気な顔で側に寄れるのか不思議でならない。
おっと、ジャンヌちゃんが爆弾の起爆装置を押しに向かったようだ。
悪いけど、とばっちりはゴメンだからもう行くよ。
グッバイ、チャンプ。
病院で天井の染みを数えるだけの、簡単なお仕事が君を呼んでいる。
『親交を深める馬鹿二人は放置しまして、もう一人の勝者にインタビューを行いたいと思います。今のお気持ちは如何ですか、爰乃ちゃん!』
「最高の気分です」
『ですよねー。ジャンヌちゃんが同じ立場でも、これから与えられる当然の権利に胸が高鳴ります。おっと、先に釘を指しておきますが、KILLはご法度ですよ?』
「前向きに善処しましょう」
僕はこっそりと唯一の退路であるエレベーターへと移動を開始。何時でも撤退できる体勢を作りつつ、最後のショーを見届けようと会場の扉に姿を隠しながらそっと中を覗き見る。
「何か爰乃の様子がおかしくね?」
「歴史的な偉業に気が高ぶっているんだろう。どれ、労いの言葉でもかければ落ち着く筈だ。悪いが少し席を外す」
「お、おう」
カウントダウン開始。
最初に餌食になるのは白龍皇か。
「お前のお陰で赤龍帝に一泡拭かせる事が出来た。感謝する」
「つまり、私の出番は終わりだよね?」
「極秘裏のイベントだからな。祝勝会もトロフィー授与も無いぞ」
「そっかそっか。じゃあ……家臣が王様に何をさせたのか、頭を冷やして考えようか」
「それはどう言う―――」
ほーら、やっぱり怒ってる。
僕は備えていたから問題ないけど、他の人達は違った。
膨らんだ殺意に会場が黙り、静寂の中を小さな打撃音が木霊する。
無警戒に歩み寄って来た獲物の隙を見逃さず、角度、速度、共に申し分の無い手刀が後頭部へ炸裂。さしもの白龍皇も、無防備な状態で急所を打たれて一撃で昏倒したね。
ボクシングでは禁手、下手をすれば障害が残りかねないセメントな技を平然と放つ香千屋さんが心底恐ろしいよ。
「ヴァーリィィィッ!?」
「イッセー君もさ、私が度の過ぎた悪ふざけが嫌いな事を知ってるよね?」
「は、はい」
「西洋人的感性を持ち、堂々と肌を晒す事に抵抗の無い部長はいいよ。でも実力勝負のレーティングゲームならともかく、不特定多数の知らない人の前で脱がされ見世物にされるのは我慢が出来ない」
「て、てっきり合意の上だとばかり思ってたん……ですが」
「愚かにも詳細を聞かずに頼み事を引き受けましたとも」
「なら、そこまで怒らんでも―――」
「だから自業自得と割り切り、最後まで付き合いましたよ。後は簡単。退職した社員が元の会社の上司に従う義務を負わないように、雇い主から雇用契約終了の知らせを受け取った私もまたフリー。さんざん受けたセクハラのお礼参りをするのも道理でしょ」
「そんならオーディンの爺さんとかも同罪―――居ねぇ! 知らん間に審査員が全員姿を消してやがる!?」
「あの方々に手を出すと問題になるし、イッセー君達と違ってお仕事の一環だからいいの。本当は木場君くらいはと思ったけど、残念ながら逃げられちゃった。本当に残念」
露骨に目が合った。嫌な汗が噴出するが、幸いにも見逃してくれるらしい。
やはり持つべき物は友達、助かったよイッセー君。今度お昼でも奢るよ!
「爰乃」
「なんですか」
「俺、この後に大切なシトリー戦を控えています」
「ですね」
「見逃してくれませんか」
「ダウト」
花の咲いたような笑顔を浮べる死神は靴底を鳴らしてイッセー君の背後を取ると、右腕を首に滑り込ませてから左腕を使い一気に締め上げる。
身の危険を感じたイッセー君は暴れたけど、結局五秒と持たずに落ちてしまった。
この辺、何だかんだと香千屋さんは彼に甘い。
本気で病院送りのヴァーリ君に対し、裸締めで血流を阻害されただけのイッセー君はノーダメージで意識を失っただけ―――じゃなかった。
「会場を沸かせたなら、観客席ダイブもやっておこうか」
情け容赦なく、捻りを加えた首投げで思いっきり放り捨てた!
これが熱狂の渦中なら結果は違ったのかもしれないけど、突然吹き荒れたバイオレンスの嵐にお客さんは正気を取り戻している。
結果、イッセー君を受け止める人はゼロ。いい感じにイスを巻き込んで落下し、腕と脚があらぬ方向に曲がる大惨事を招いてしまった。
うん、やっぱり僕は彼女が苦手だ。今後も敵対せず、しかし味方にもならない中立関係を維持しようと堅く決意したよ。
「お砂糖にスパイス、素敵なものだけで出来た偶像がモットーのジャンヌちゃんってさ、本当は仕事を選ぶんだよね。例えば下品なだけのバラエティーや、女の子を玩具にするお仕事はNG。だから爰乃ちゃんの気持ちがよーく分かる。分かるから、徹底的にやっちゃえーとエールを送るよ!」
「ノリノリに見えたけど、実はイヤイヤやってたの?」
「育ての親に頼まれた仕事は断れないもん……」
「ひょっとしなくても、父親はアザゼル先生?」
「いえーす」
「それはご愁傷様」
「波乱万丈で愉快なパパは嫌いじゃないけどねっ! ま、積もる話はまた今度。オフの日に遊びに行くよ。いいでしょ?」
「楽しみにしてます。あ、これが私の携帯番号」
「ほいほい。んじゃ、ここからは女の子のターン! 悪い男をぶっ飛ばせーっ!」
「急造でも私達のユニットが通用する事を、人でなしどもに見せてやりましょう。そう……主犯と同罪のお客様に、日本が誇るOMOTENASHIの精神を刻み込んでやりますとも!」
絶対に近寄りたくない組み合わせ過ぎる……
『あー、マイクテスト、マイクテスト。このイベントに不快感を持った女性客の皆様、これより第二部の客席参加型ゲームを開始します。特に賞品は出ませんが、日頃のストレス発散にリアル無双シリーズの主人公として暴れてはどーでしょうか。殺害を除く全ての暴力行為解禁。いかなる免責も負わない事と、どんな怪我を負っても完治させる事を、悪魔と堕天使とその他諸々の偉い人が保証するよー』
限界だ、そう判断した僕は一つしかない入り口に外側から鍵をかけて封鎖。
聞えてくる声を振り払うようにして、地上へ続くエレベーターへとダッシュする。
「……殴りたい放題のバイキングとは気が利いています」
「ふふふ、今宵だけは人斬り彦斎ならぬ抜刀彦。鉄の塊で人体を峰打てばどうなるか、実体験として記憶に留めてもらいましょう」
「それならわたくしは、出口の守りを固めますの。皆様は背中を気にせず、自由に暴れて下さいませ。一致団結して女の敵を一匹残らず倒しますわよ!」
「わ、わたしは、不参加でも、いいですか? 暴力はちょっと……」
「アーシアは私と一緒に見物へ回りましょう。人には不向きがありますし、殿方を分かってあげる女性も必要。こう言う時に懐の広さを見せておけば、きっとイッセーくんもコロリと行くと思いますわ」
「あうう、物理的にコロリと倒れていて、わたしを見ていない気がします」
地獄の釜の蓋が開き、好戦的な鬼達が暴れ始める。
地上は戦争、地下も戦争。
今日も冥界は名前に恥じない修羅の国です。
因果応報だから仕方が無いのかもしれないけど、世知辛い世の中だ。
早く出世して独り立ちし、穏やかな眷族に囲まれた生活を始めたい。
自分なりの夢が見つかった瞬間だった。