赤蜥蜴と黒髪姫   作:夏期の種

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なにやら面倒臭い話になってきましたが、シトリー優遇は予定通りです。

堂々と人間を攫っても、虐待してもお咎めなしの悪魔社会。
革命主義を抱く変り種が一人くらい混じっていても、許されると信じています(


第55話「流水の蒼」

 試合会場は私達にとってホームとなる、グレモリー居城地下の専用ゲーム場。

 会場にスタンバイ済みのメディアもウチ寄りで統一されていると聞きましたし、さぞ会長側はやり難い事でしょう。

 でも、個人的にはメリットを感じられない。

 だって来ているテレビ局の名前も知らず、この場所に来るのも初めて。

 つまり、外で何を囀ろうと馬耳東風。おまけに地の利も無いのですよ?

 誰が気を利かせたのかは知りませんが、この無意味な優遇措置は余計なお世話。ゲームの世界に政治を持ち込むなと言ってやりたいです。

 

「学園近くのデパートが舞台とは気が利いているわね。私は下のショッピングモールの方を殆ど使わないから構造をよく知らないのだけど、皆はどうかしら?」

「私はリアスと同じ行動範囲ですのよ? 当然、持てる知識も同等ですわ」

「飲食フロアのイートインと、後は本屋くらいしか使ったこと無いっす」

「僕はイッセー君プラス、少しだけ服飾エリアも何とか。車に乗りませんので、屋上及び駐車場はノータッチです」

「……右に同じく」

「わ、わたしはイッセーさんと同じです」

「はっはっは、引き篭もりにお外の話を持ち出されても困りますぅ」

 

 今回作られたゲームフィールドは、駒王に住む人間なら誰もが知る複合商業施設。

 巨大ショッピングモールを中核として、デパートやら何やらがくっ付いた街のランドマークとも言えるべき場所なのですが、改めて思えば意外と全容を把握していないもの。

 かく言う私も興味の在る店しか眼中に無く、知らない場所もちらほらと。

 でも、これは当然。こんな場所で戦う事を想定している方が異常です。

 

「この状況は不味いわ。準備時間の半分を地形確認に割り振り、その上で作戦を検討しましょう。祐斗は小猫を連れて屋上と駐車場、イッセーとアーシアで飲食フロアの再チェックを」

「「「「はい」」」」

「朱乃はモールの前半部分をお願い」

「敵の領土に誤って踏み込まないよう、気をつけて行って参りますわ」

「ギャスパーは蝙蝠に変化して、デパート内部を一通りね」

「りょ、了解です」

 

 ゲーム開始までに与えられた時間は、たったの三十分。

 まさに時は金なり。遊んでいる時間は無い。

 

「……行きましょう、祐斗先輩」

「急ごうか」

「……使えそうな車が残っていれば、爆弾代わりにゲットしましょう」

「小猫ちゃん?」

「……おや、フルスロットル大暴走派ですか?」

「そうじゃなくて」

「……轢き逃げアタックとは熱い。リアルクレイジータクシーですね」

「確かに有効な手……なのが…なんとも。僕は涙が出そうだよ」

「……褒めないで下さい。恥かしいじゃないですか」

 

 そこにある物を活用する、それの何処が悪いのでしょう。

 ぱっと見た感じ本屋さんの雑誌に至るまで忠実に再現していると言う事は、それらを上手く使ってゲームを盛り上げろと運営が推奨している他なりません。

 事前の想定を上回るフリーダムさを発揮し”その発想は無かった”と悔しがらせてこそ一人前。ルールブックが許す、全ての手段を取るのがプレイヤーの義務だと思います。

 

「……私達の側にある店舗で、他に使えそうなネタが在るのはドラックストア。最低でもアンモニアの確保と、在庫があれば青酸カリも―――」

「放送事故になりそうな化学兵器は止めて!」

「……どうして?」

「最近の君は少しおかしいよ! 香千屋さんと付き合いだしてからの小猫ちゃんは、昔の引っ込み思案で温厚だった頃と別人過ぎる!」

「……やれやれ、祐斗先輩も少しは大人になりましょうよ」

「どうして僕が呆れられる流れに!? おかしいよね、絶対におかしいよね!?」

「……ルールの範疇で最大限の努力をする行為の何処が悪いんですか。サッカーを例に挙げてもマリーシアは必須技能として奨励されていますし、ギリギリまで審判を攻める事はスポーツの醍醐味と言うもの。綺麗事ばかり言っていると、お上品な日本代表の二の舞が待っていますよ」

「どうしよう、感情論以外に否定材料が無い」

「……祐斗先輩だって、義務として復讐を考えていた頃は手段を選んで居なかった筈。それと同じ事です。望んでやる以上、細部まで手を抜けません」

「そう、だね。レーティングゲームに限らず、全てのゲームは”やらされている事”じゃなく”やりたい事”だ。出世や名誉がかかっていても、所詮は命を奪われない只の遊び。純粋に負けたくないと思えばこそ、全力投球も当たり前かもしれない」

 

 やっと祐斗先輩も分かってくれた。

 レーティングゲームとは、お仕事であると同時に遊びです。

 お仕事だから成果を求められ、遊びだから120%の本気が出せる。

 私に言わせれば、下手な実戦より余程ガチになれるというもの。

 

「でも、今回だけは少し自重しよう」

「……何故ですか」

「例の”平民にも学校を”発言を受けて、僕らに与えられた役割はベビーフェイスだ。クリーンな戦いをカメラに見せ、大衆が求める正義の味方像を演じる必要がある」

「……確かに毒ガスを使うヒーローにはドン引きです」

「僕らの本気は、いずれ訪れる格上相手にお披露目。それでいいね?」

「……さすが祐斗先輩。それでこそ前衛ズの頭脳です」

「え、僕ってそんなポジションだったの?」

「……目の前の敵に全力投球が信条な私と兵藤先輩に何を求めてるんですか。これからも安全弁の役割をしっかり果たしてください」

「二人の手綱を握るのは大変そうだなぁ……」

 

 王様を支え、部下を統率し、中間管理職として活躍する祐斗先輩は騎士の鏡。

 是非ともこのまま苦労人のポジションで頑張って頂きたい。

 

「ここの見回りは十分だね。次は屋上へ行こうか」

「……そうしましょう」

 

 駆け足に駐車場を回り終え、ふと思う。

 私達が正義を演じるとすれば、会長側には必然的に悪役が割り振られる。

 悪は強い。何せ手段に制限が無い。

 人質を取っても、汚い罠を設置しても、それが悪だと言われればぐうの音も出ない。

 でも会長は、名門貴族の次期当主で魔王の妹。

 プライドの高さと公の立場が邪魔をして、香千屋先輩並のフリーダムさを発揮出来ない―――の? 本当に?。

 地位も、名誉も、明日も捨てて、それでも今日が欲しい。

 そんな特攻精神にも似た覚悟を持たないと、決め付けていいのでしょうか?

 

「……まさか、ですよね」

 

 前に香千屋先輩に言われた事がある。

 喧嘩で怖いのは普通に強い強者より、何をしてくるのか分からない弱者であると。

 果たしてシトリーはどちらなのか。

 私には分からない。

 

 

 

 

 

 第五十五話「流水の蒼」

 

 

 

 

 

 ”建物を倒壊させるような大規模破壊禁止”

 ”試合時間は三時間”

 

 運営により発表された追加ルールは、私に利のある内容だった。

 先ず赤龍帝。最も警戒していたフェニックス戦の大口径魔力砲が封印された今、彼は硬くて攻撃力が高いだけの前衛に成り下がってくれた。

 次にリアス。滅びの魔力は破壊力こそ優れていても、扱う当人の魔力コントロールが拙い。制御を誤れば周囲に甚大な被害を撒き散らす以上、出力の制限も必死。

 朱乃も雲を呼べない屋内ではその真価を発揮出来ず、脅威の度合いはワンランク下がると思われる。

 アーシア、小猫、木場君の三人は本来のスペックを保持していますが、何らかの隠し球が在っても対応出来るので問題無し。

 懸念は外部への露出が少なく、データが揃っていないギャスパー君ね。

 分かっているだけでも停止の魔眼を持っているし、吸血鬼の能力も侮れない。

 不確定要素を排除する為にも、最優先で潰さなければ……

 

『開始のお時間となりました。それでは皆様、御武運を』

 

 ピンポンパンポンと〆る店内アナウンスは開始の狼煙。

 私は準備時間に何度もシミュレーションしたプランを即座に実行する。

 

「定石を好む傾向のリアスは、二手に戦力を分けると推測されます。そこで高速型の騎士は立体駐車場経由、戦車と兵士は店内の最短ルートを選択すると断定。匙と留流子でモールにて赤龍帝を足止め兼吸血鬼の排除。椿姫、翼紗は西駐車場に陣地を構築して迎撃を」

「「「「はいっ」」」」

「巴柄は桃と憐耶の仕込が完了次第、本命側に向かいなさい。念を押しますが、例え隙を見せても狙うのは女王の首一つ。リアスは確殺出来ない限り放置よ」

「「了解です」」

「それでは状況開始。各自の健闘を祈ります」

 

 散っていく下僕達は、一切の疑念を抱かない駒としての役割を全うしてくれる。

 全ては私達が共通して抱く夢の為。

 人間社会で暮し始めて冥界の教育水準が如何に劣っているか知った私は、少なくない平民が教育を受けられない社会構造に一石を投じるべく私設学校の設立を提案した事がある。

 結果、大人たち……両親からすら返って来たのは嘲笑だった。

 それが一年前の屈辱。

 しかし今。三年に進級し、一人前の悪魔としてレーティングゲームの舞台に上がる事を許された私は、誰に憚らず夢を口に出す権利をついに得た。

 例えその結果が貴族社会を敵に回すとしても、冥界を変える為ならそれすらも厭わない。

 人間視点で見れば、千年前の封建社会を固辞する冥界は窮屈で仕方が無いもの。

 転生悪魔を受け入れなければ種を維持できない以上、彼らに住みやすい世界を用意しなければ必ず破綻が訪れる。既に力で押さえつけるやり方は限界なのだ。

 実際問題として、禍の団に所属する悪魔の多くは、虐げられ、不当な扱いを受けた転生悪魔が大半を占める現状を老人たちは正しく認識出来ていない。

 だから私は下から変える。

 その第一歩として知識人を増やし、話の通じる若者を増そうと考えた。

 長く険しい茨の道ですが、私には立場を顧みず賛同してくれた姉さんと、理想を共にする仲間が居る。

 だから堂々とメディアの前で言えたのです。

 

 ”誰もが通える学校を作りたい”と。

 

 魔力の扱いが不得手、身分が低い、それだけで人生が決まる理不尽を是正したい。

 誰もが努力次第で上を目指せる新しい社会体制を作り上げる為、ソーナ・シトリーは悪魔らしく己の欲望に忠実に生きようと思う。

 

「貴方の指定した環境は必ず作り出します。そう、如何なる犠牲を払ってでも」

 

 何とか試合日に間に合ったニューフェイスは、無言で頷き肯定を示す。

 感情を持たない無機質な瞳からはやる気と言うものを一切感じられないが、得意分野で人類史上五指に入るプロフェッショナルへ余計な詮索は無用と言うもの。

 どの道、この切り札がしくじれば私達に勝利は無い。

 だから信じよう、私が選んだ新たな騎士の力を。

 

「会長、こちらも準備の頃合かと」

「分かりました。屋上へ向かいます、共を頼みますよ桃、憐耶」

「「お任せを!」」

 

 手駒の性能差が、戦力の決定的な差ではないと教えてあげましょう。

 友人にしてライバルのリアス・グレモリーよ、私の掌で踊りなさい。


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