ハピデス!
『リアス・グレモリー様の騎士一名、リタイヤ』
アナウンスを聞き、思わず拳を握り締める。
まさか保険の椿姫まで持っていかれるとは思いませんでしたが、一番の難敵を葬り去れたなら安いもの。最悪の範疇で被害が収まるなら御の字です。
兵士5で兵士全てと戦車1。
女王、騎士1、戦車1で騎士1。
ノーコストで僧侶1。
駒が等価値なチェスと違い、全体の収支を考えれば出来すぎね。
決着がつくまでは気を抜きませんけど、お膳立ては全て整いました。
ずば抜けて優秀な下僕で手駒を埋めずとも、やり方次第で勝てる。下位でも上位を倒しうる可能性を、テレビの向こうに居る多くの下級悪魔に伝えたい。
「さあ、どうせ勘違いをしているお姫様を奈落の底に叩き落しますよ」
「準備は万端です、何時でもいけます」
「同じく」
ずっと下準備に邁進していた桃と憐耶に頷きを返し、これで最後と私は告げた。
「これでチェックメイト……違うわね。スマザードメイトよ、リアス」
第五十八話「Smothered Mate」
「まさか飛車と角を同時に失う事羽目になるとはね……」
「ですが相手の残り駒も僧侶2、兵士5、と大きく数を減らしています。塔城さんも合流出来ないだけで健在ですし、戦力的にはまだまだ大丈夫。父さまの教えを受けて強くなった私の力の見せ場ですわ」
「わ、私もイッセーさんの分まで頑張りますから!」
「二人ともその意気よ。イッセーと祐斗を欠いても、私と朱乃が居れば火力は十分。致命傷以外はアーシアが対処出来ることも考えれば、意外と有利なのは私達だと思う」
「……だといいのですけれど」
「朱乃、何か言ったかしら?」
「独り言ですわ」
親友にこんな事を言いたくないが、水を操るソーナと万物を滅ぼす私ではポテンシャルそのものが違う。
しかも私には最強の駒たる女王が健在なのに対し、ソーナには平凡な僧侶と兵士しか残っていない。
つまり、客観的に見て私が負ける要素は限りなくゼロ。
幾ら策を講じても、最後に物を言うのは質だという証明にならない。
「ソーナが分かり易く魔力を発散して位置を教えてくれている以上、お望み通りのエンドゲームに突入します。念の為、罠や伏兵に中止ながら進みなさい。イッセー達の犠牲を無駄にしない為にもポカミスだけは許さないわ」
敵は隠れる事を止め、ショッピングモールの中心で待っていると暗に示している。
やはり親友も誇りある名門貴族の子弟。ギャスパーの撃破に始まる一連の不可思議なテイク劇はミドルゲームまで。最後くらいは正々堂々と正面対決がお望みらしい。
「罠にせよ、探知能力で劣る私達は誘いに乗るしかありませんものね」
「アーシアは私と朱乃の前に出ちゃ駄目よ?」
「ううう、私も戦闘訓練をしておけばお荷物にならなかったのに……」
「それは自分を過小評価しすぎ。貴方の回復力があるからこそ、私達は攻撃に専念出来るの。お医者様が兵隊の代わりに戦う必要は無いでしょ?」
「た、確かにその通りです」
「ウチにしか出来ないゾンビアタックの主役はアーシアですもの」
「とにかく罪悪感を抱いちゃダメ。盾を有効活用して生き残ること。これは命令よ?」
「はいっ!」
アーシアの神器が動く死人を量産する恐怖。それは言葉以上に恐ろしい事態に他ならない。
と言うか私も模擬戦でこれを味わい、そして絶望の果てに敗北したから良く分かる。
疲弊するのはこちらだけ。穴を掘る側から埋められる嫌らしさ。
美意識の欠片も無い泥臭さがネックだけど、火力に乏しい敵には最高の選択肢だと思う。
私と朱乃は盾としては少し脆いけれど、短期決戦なら十分保つ。
よし、勝利のヴィジョンは見えた。後は栄光のロードを突き進むだけ。
そんな事を考えつつソーナの魔力に導かれながら進んでいくと、やはりと言うべきか堂々と一人で待ち受ける敵将の姿があった。
モールの中央広場に設けられた柱時計の下、円形のベンチに座る親友は穏やかな波間を思わせる落ち着きを見せている。
手には文庫本を持ち、私達が現れても意に介さず読書を続ける余裕っぷり。
どんな罠が張り巡らされているとしても、既に朱乃も私もオーバーキル可能な射程内。飽和攻撃を放つだけで確実にテイク可能な状況下で、何を考えているのかさっぱり分からないわ。
「遅かったわね、リアス」
「急ぎすぎる悪魔は身を滅ぼすと言うじゃない。汝、急がず優雅であれよ?」
「一理あると認めましょう。ですがこのまま時間を潰していると、可愛い後輩が猫に引っかかれて怪我を負いそうなの。早速で悪いけれど、チェックをかけさせて貰います」
小猫は交戦中と。
何人足止めしてくれるのか分からないけど、合流は間に合わないわね。
勝利の瞬間を共に出来なくて少し残念。
「詰んだのは貴方では?」
「どうぞご自由にお試しを。どうせここから先は余興、お茶の間に素敵な画を提供して下さいな」
「言われずとも!」
これで倒せなくても良い。今だ私に目も向けないいソーナの注意を引き付けようと滅びの力を打ち放とうとして―――構えた右手が弾けた。
痛みで蹲った私を尻目に、パタンとソーナは本を閉じる。
続いて小気味よく指を鳴らして何者かへ合図を送ると、おもむろに立ち上がって言う。
「良い仕事です、それでこそ我が騎士」
「騎士……ですって? 貴方のたった一人の騎士はもう倒した筈!?」
「それは古い情報よ。私はこのゲームに最初から騎士を二人投入しているけれど?」
「なんですって!?」
「まったく……昔から敵を侮らるなと口を酸っぱくして言ったでしょうに。まさかエントリー情報の確認すら怠っていたの?」
「くっ!」
馬鹿な、ソーナの眷属は全員が生徒会役員と聞いていた。
転校生も居なければ、役員席に空きの無い状況下で新人を増やせる訳がっ!
「退きなさい、リアス!」
私を見下ろすだけで何もしてこないソーナへ、朱乃の雷光が飛ぶ。
何時の間にやら父親と和解した朱乃は特訓期間に堕天使最強の武人からお家芸を学び、ついにはアドラメレク様に罵倒された”只の雷”から”光を付与された雷光”へと属性を変化させる事に成功している。
悪魔にとって致命傷となる力を会得した女王は、単純な攻撃力だけならレーティングゲームトップランカーにも匹敵すると言っても過言じゃない。
しかも放たれたのは加減無しの最大出力。耐えられる筈が無いわ!
「今更何をしても無駄よ。言ったでしょう、詰んでいると」
必殺の一撃は間違いなくソーナを貫いた。そう、何の抵抗も無くすり抜けただけ。
柱時計を根元から崩壊させる雷光は、一切のダメージを与えられていない。
「次は女王を」
淡々と事務的な声が紡がれると同時、今度は唐突に朱乃の胸に大穴が開く。
飛び散る血肉を見て、やっと分かった。
これは発射音も聞えない長距離からの狙撃。新顔の騎士は、まさかの銃使いであると。
よくよく見ればソーナの耳にはイヤホン。胸元には小さなマイクが仕込まれている。
こちらが人海戦術と剣のアナログに頼ったように、相手は通信機に銃と言うデジタルを利器を活用したとでも言うのだろうか。
『リアス・グレモリー様の女王一名、リタイヤ』
立った一発の銃弾如きに雷の巫女が倒される?
ありえない。嘘だと誰かに言って欲しかった。
「アルジェントさんのインチキヒーラーっぷりは重々承知。しかし、回復する間もなく一撃で打ち倒してしまえば何も怖くありません。たまには魔法以外の遠距離攻撃もオツなものでしょう?」
「ソーナァァァッツ!」
感情に任せた魔力攻撃は、またしても意味を為さない。
気配もある。オーラも感じられる。虚像の類じゃないのに何故なのよ!
『リアス・グレモリー様の僧侶一名、リタイヤ』
無常にも響くのは着弾音と、一方的な蹂躙の結果報告だけ。
自分でも冷静さを失いつつあると理解しつつ、しかし怒りが私を支配する。
「こそこそ隠れて銃に頼る騎士とは卑怯な!」
「古来より弓は騎士の嗜み。ならば、発展系である銃に特化した新型の騎士が居てもおかしくはないでしょう。それに狙撃はリスクを伴う高度な戦闘技能です。これを卑怯と言うのなら、武術、魔法、全てが同じ扱いを受けるのではなくて?」
「そ、そもそも誇り高き純血悪魔が人の武器に頼って恥かしくはないの!」
「何を今更。人どころか不倶戴天たる神の遺産を持つ者を、積極的に下僕へと加えるのが悪魔でしょうに。何を使おうが道具は道具、リアスもそう割り切っているのでは?」
「くっ」
ぐうの音も出ない正論だった。
確かにレーティングゲーム上位ランカーの多くは、強力な神器所有者を多く抱えている。
元を正せば人が魔と戦う為に与えられた神の贈り物が、今では悪魔にとって有益な力。聖剣、魔剣の類も含め、何をどう扱おうと許されるのが悪魔社会の実情ですものね……。
少なくとも規格外な赤龍帝と聖魔剣を抱えた私に何かを言えた義理は無く、ソーナを糾弾する資格も持ち合わせていない事だけは理解した。
「残念ながら彼……彼女? の紹介はまたいずれ。今は簡単なプロフィールだけを教えてあげましょう」
「え、性別を把握してないの?」
「何か文句がおあり?」
「無いけど……」
「本人を目にすればリアスにも分かる事よ。だってアレはムーミン谷のゴルゴ13と呼ばれた化け物と対を成す北欧の妖精。中の人が居ない謎生物ですもの」
「?」
「とにかく、手品の一つも見抜けない無能はここで終わり。貴族らしいエレガントな勝利? そんなものに興味はありません。理想を抱いて溺死なさい」
何処から狙われているのか見当もつかず、さりとてソーナへの攻撃も無効。
腕の上げる悲鳴を堪え、私は立ちあがる。今は逃げるしかない。そう信じて。
「我が騎士スロ・コルッカよ、フィニッシュです」
あ、詰んだ。理屈抜きに直感した私は半ば諦めていた。
しかし、敗北はまだ訪れない。
疾風が吹いたかと思えば、力強くお姫様抱っこされて運ばれている。
現れた勢いそのままに離脱を図るのは、何と小猫。さしずめキャスリングと言わんばかりに王を守る戦車が間に合ったのだった。
「……ラインを繋げて勝利を確信した瞬間を狙い、逆にこちらから汚れた気を送り込んで匙先輩を撃破。なのに一年坊主が想像以上に粘ったせいで遅くなりました、申し訳ありません」
「よく分からないけど、助かったわ。何とか力を合わせてソーナを一点狙いで倒しましょう。いけるわね?」
「……はい、直接本体を狙って一発逆転です」
「本体?」
「……部長が攻撃していたのは幻影ですよ」
「そ、そうだったの」
「……幾ら魔力を転送しようと、精神を送り込もうと、気を操る仙猫の目は誤魔化せません。あれは何らかの手段で生み出された偽者。例え滅びの魔力でも水面に写る月を消し去る事は不可能かと」
「……確か複数の術者が必要だけど、立体映像に精神だけを重ねる特殊な結界術があった筈。僧侶の姿が見えないと思えばそう言うこと。随分と高度な手品じゃない」
触れれば分かるのに、飛び道具だけで挑むから騙される。
ソーナの言う通り、愚かなのは私だった。
「……しかし、景気が良い事を言ったのは希望的観測。聞えた名前が本物なら、ぶっちゃけ敗戦濃厚だと思います」
白龍皇にすら平気で噛み付く、負けず嫌いの小猫が白旗を揚げるとは珍しい。
ソーナの選んだ騎士は何者なの……?
「……ほら、やっぱり追いつかれました」
小回りを捨てた直進力で一気に距離を稼いだ私たちの背後。リノリウムの床にみょこっつ、みょこっっと不思議な音を立てて歩み寄って来たのは白い影だった。
例えるなら白い毛に覆われた二足歩行のディフォルメされた河馬。口も鼻も無く、在るのは底の見えない黒洞の瞳とピンと立った耳だけ。同じ無表情でも言葉の端々に感情が見え隠れするアレイと違い、瞬きすらしない能面は完全にホラーの域に達している。
背に長大なライフル銃を背負い、手には殺意を形にしたような漆黒の大口径拳銃。何処か硝煙の臭いを漂わせるゆるキャラ的な何かは、遊園地に混ざりこんでも違和感の塊になること請け合い無しだろう。
「アレハナニ?」
「……以前、猫の集会でロシア帰りの猫又が言っていました。曰く白い悪魔には近づくな。曰くフィンランドのボン太君はヘッドショットの命中率10割、と」
「つまり?」
「……スロ・コルッカ。それはアーチャー枠で聖杯戦争参加も余裕な人類最強スナイパーの一角です。泣き言が許されるなら、リアルチートで有名なヘイヘさんの同格にバンザイアタックとか無駄死にとしか思えません。勘弁して欲しいです」
「でも、小猫は逃げない」
「……万が一にも倒せれば、逆転の目が残りますからね。やりましょう、部長」
「援護は任せなさい」
逆転のワンチャンス、物に出来なければ私もここ―――
「……キリングマシーンに情緒を理解しろと言う方が無理でしたか」
私達が別れのハグを交わし”さあ勝負!”と前を向けば、先ほどの足音は何だったのやら。無音で近づいてきた妖精のハンドガンが眼前に突きつけられている。
「やり直しは……無理かしら?」
ターン。
首を横に振った化け物は、躊躇うことなく発砲。脳漿をぶちまける覚悟をするも、襲って来たのは脳震盪を引き起こす凄まじい打撃だった。
おそらく、全国ネットでグロ画像を流したくないソーナの気遣いなのだろう。放たれたの先程までの鉛玉ではなく非致死性のゴム弾であり、頭が石榴にされる事だけは避けられたらしい。
「……ちょ、もう私を撃たなくても勝負は決まっ」
ターン、ターン。
意識を失う寸前、同様のヘッドショットを受けて倒れる小猫の姿を見たような、見なかったような。
うん、やはり私の持論は間違っていなかった。
戦いの趨勢を決めるのは個の力。百の雑兵よりも一人の英雄が大切なのね。
残りの下僕も妥協せず、優れた人材をスカウトしましょう。
『リアス・グレモリー様の戦車一名、リタイヤ』
次は戦力を整え、読み合いでも上を行き、必ず勝つ。
『リアス・グレモリー様、戦闘続行不能。ソーナ・シトリー様の勝利です』
私のデビュー戦は、こうして最悪の幕引きを迎えるのだった。