赤蜥蜴と黒髪姫   作:夏期の種

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大衆に媚びる戦闘訓練っておかしいなーと、言う事でゲームの考察回。
原作サイラオーグ戦の舐めプが賞賛されるこんな世の中じゃポイズン。


第59話「術なのか、道なのか」

「ねえレイヴェル、これは視聴率の取れる試合だったと思う?」

 

 勝利者インタビューやら何やらの事後作業に興味の無い私は、決着の付いた瞬間にテレビの電源をオフ。背後に控える騎士が入れてくれた紅茶で喉を潤しつつ、向かいのソファで頬を引き攣らせる僧侶へと尋ねる。

 

「そもそも放送事故ですの。シトリーの試合運びは野球のルールに”目を光らせてはいけない”と規定されていないからと、投手が発光して打者の目を潰したようなもの。幾ら有効と言っても、悪魔の本分を忘れた科学かぶれは頂けません。卑怯と言うか、全く理解に苦しむ愚考ですわ」

「でもさ、それは地位も名誉も確立した貴族視点の話だよね」

「?」

「例えばライザーは何となく引き篭もって試合を放棄したり、対戦相手の家柄に配慮してわざと負けても思う所は無いでしょ?」

「当然ですわ。お兄様に限らず名門の子弟にとってのゲームとは、概ね自己顕示欲を満たす為の遊び。大事な試合でもないのに体調不良を押して臨む訳も無く、人間で言うところの接待ゴルフ的な試合で無双する筈もありません。申し訳ありませんが、何を問題視しているのか分かりませんの」

「そこで首を傾げるから問題になるんだよ……」

 

 薄々分かっていたけど、やっぱり生まれついての大貴族と底辺貴族及び平民の間には価値観に大きな隔たりがある。聡明なレイヴェルでこれなのだから、蝶よ花よと育てられたボンボンはお察しですよねー。

 

「ねえレイヴェル。現実に即していないのは分かるけど、辞書的な意味でレーティングゲームの本義とは何か答えて」

「どうしてですの?」

「細かい事は気にせず、王の命令に従いなさい」

「何を今更と思いますが、御下命とあらば仕方がありませんわね。ええと、レーティングゲームとは”数を減らした悪魔を転生により増やし”平和ボケ対策として”死者を出すことなく実戦経験を積む”システムの総称ですの。つまり、来るべき戦争に備えた、軍備の拡張及び錬度の向上こそが本義かと存じますわ」

「うん、お爺様に聞いたのと同じ回答です。満点を与えましょう」

「はぁ」

 

 さて、私の疑問にレイヴェルがどう反応するのか楽しみです。

 

「今の回答を踏まえて質問その二」

「はい」

「形骸化していようが戦争の疑似体験って設定が生きているなら、相手の嫌がることに注力するのも当然の権利。そうすると”汚い”や”卑怯”って単語は褒め言葉じゃないの?」

「う?」

「私は特定環境下の訓練としてルール上の縛りを入れる点に不満は無いよ。中々遭遇しないけど発生しうるシチュエーションを用意し、実地で体験させる行為はとても有意義だと思うからね」

「同意見ですわ」

 

 禍の団がテロリスト紛いの行為を頻発させている昨今を考えれば、今回の試合も施設ごと吹っ飛ばせない重要施設に立て篭もる敵を想定していたと考えれば辻褄が合う。

 攻めを選ぶ部長達に対し、守勢を選んだ会長達は自分達を占拠側と規定。受けの姿勢を貫き、見事本分を果たしたシトリーに落ち度は無いと思う。

 

「結局さ、レーティングゲームの本質は何処にあるんだろうね」

 

 

 

 

 

 第五十九話「術なのか、道なのか」

 

 

 

 

 

「魔王様、私の問いにお答え願えますか」

「レーティングゲームの本質……かい?」

「はい」

 

 微妙な反応の記者会見もそこそこに運営からの召集を受けた私は、冥界の重鎮が集まる会議場へと強制連行。完全アウェーで事情聴取を受けさせられています。

 こうなる事は最初から分かっていましたが、やはり人の科学を主力に据えた点が上層部の逆鱗に触れてしまったらしいですね。

 しかし、私も黙って説教を受けるほど大人しくありません。

 グチグチと嫌味ったらしいアスタロトやグラシャラボラスの当主は相手にせず、妹に似て隙の多い魔王様をロックオン。攻守を入れ替える事に成功して、今に至っているのです。

 

「そもそもレーティングゲームとは、三すくみ状態により遠ざかった実戦を後進に経験させる為の軍事教練です。なればこそ手段を選ばず、どんな場合においても死力を尽くす必要があるのだと私は考えます」

「その通りではあるんだが……」

「そして強きを尊ぶのが悪魔。ゲームの成績が栄達に直結するのもこの為では?」

「そ、そうだね」

「では、どうして私のやり方が問題視されているのでしょう。過程はともかく勝てば官軍、負ければ賊軍。勝負に負けようが、試合に勝てば良いのが冥界の常かと」

「むぅ」

 

 下手に正義感が強いせいで、私の吐く正論に魔王様は逆らえない。

 しかし、黙ってても噛み付いてくる狂犬は幾らでも居るものでして。

 

「黙っていればぬけぬけと。人間の武器如きに頼り、力の研鑽を怠る貴様のやり口を誰が認めるものか!この悪魔の面汚しめ!」

「果たしてそうでしょうか、グラシャラボラス卿」

「何だと」

「ゲーム参加者の多くは、神器持ちの人間を下僕に引き込もうと躍起になっているのが現状です。人の武器を使う私を罵るのであれば、先に怨敵たる神の遺産をありがたがる恥知らずを罰する方が先ではありませんか?」

「ぬ」

「さらに言えばその様な輩は自らの力を磨かず、下僕の力を我が物顔で振るう馬鹿ばかり。

 全く持って救いようがありません」

「まぁ……努力の放棄は悪魔のお家芸ではある」

「しかし、私は違います。自分で言うのもお恥かしい限りですが、徹底的な訓練により魔力操作は若手随一。しかも、どこぞの力任せしか芸の無い凶児と違って品行方正」

 

 眼鏡のつるを持ち上げ、言葉の刃を老害へと突き立てる。

 

「誰から見ても隙の無い模範生たるソーナ・シトリーを不合格と仰るのであれば、お眼鏡に叶う若者は冥界に存在致しません」

「貴様ぁっ、我が子を愚弄するかっ!」

「さて、何のことやら」

 

 私とて名門に連なり、現魔王も排出しているシトリーの娘。どれだけ頭に血が昇ろうと直接手を出す愚か者は居ないと読んだ上で喧嘩を売っている。

 実家への迷惑は気にしない。

 何故ならあの姉にして、この両親あり。試合直後に連絡を入れたところ、最初は反対していた両親もついに折れてくれました。

 どうせシトリーは広大な領地を持ち、他家と断絶してもスタンドアローンで経営を回せるだけの力を持った大貴族。一代くらい無茶をしようが次の世代以降で挽回可能なので、次期当主の好きにやりなさい、と背中を押してくれたから助かります。

 だから自重しません。

 自分の正しいと信じる価値観が、他者のソレと矛盾するなら争うだけ。

 命も賭けないレーティングゲームが戦争なら、この舌戦だって同等以上の戦争です。

 当然、ありとあらゆる手段は許容されますよね?

 

「私からもいいかね?」

 

 ずっと成り行きを見守っていた男が口を開いた瞬間、会議場の空気が一変する。

 曰く魔王と轡を並べ、神と直接戦った第一世代悪魔。

 曰く大王の名を初めて冠した原初の存在。

 幾つもの伝説を体現する初老の名は、ゼクラム・バアル。名誉職の意味合いが強い魔王と違い、実質的に冥界を支配する大王派の顔役と評される天上人の一人だ。

 本来なら表舞台には出てこない黒幕が何故居るのかと言えば、次期バアル家当主のライバルと噂される四強の激突を気紛れで見物に来た……と言うのが表向きの理由ですね。

 会議への参加も物見遊山。そう誤認させた時点で私の術中に嵌っています。

 このお方こそ事前に仕込んだ切り札。勝利の方程式の根幹となる布石です。

 

「初代様っ!?」

「ゲームシステム構築の際に聞いた説明では、正しくソーナ嬢の語った言葉通りだったことを覚えている。それが時を経る間に見世物に変化したのは何故か?」

「私にはなんとも……」

「ならば船頭に聞こう。誰がこの現状を招いた?」

 

 矛先がまたしても魔王様へと向く。

 

「恐れながら、闘争を失った冥界の社会構造が原因かと」

「ほう」

「実質的に戦争が終わった結果、多くの貴族はレーティングゲームを他家と合法的に戦い力の差を広く知らしめる場として利用し始めました。しかしそれもやがて平和に毒され、ルールブックに記載されない暗黙のルールが乱立。気が付けば優雅さや、エンターテイメント性を重視するショーへと変貌してしまったと思われます」

 

 そう、今のレーティングゲームはスポーツ以下のショーでしかない。

 何せ下は出世の為に必死なのに、上は勝敗よりも魅せる試合をやれと言う。

 完全に手段と目的を履き違えた愚考としか思えません。

 見世物を望むのであれば、別の競技を作るのが筋と言うもの。

 

「サーゼクス君、それを理解しながら手を打たないのは何故だね」

「……ゲームが広く普及すれば、次々と生まれる王は下僕欲しさに人間を冥界へと引き込みます。そうなれば必然的に転生悪魔が増加。人口減少への歯止めがかかると予測しました」

 

 初耳の事実ですね。

 なぁなぁで流していたものと思っていたので、少しばかり驚きました。

 

「現政権がレーティングゲームの変質を知りながら黙認し、強く優遇するのは崖っぷちの悪魔と言う種族を間接的に救う為です。背に腹は変えられない……この意味をご理解して頂きたく」

「それは、私の主義を理解した上での発言なのだな?」

「初代様方が古来種直系以外を悪魔と認めない事も重々承知。しかし、君主とて民が居なければ君主足り得ません。平民、転生悪魔、そう言った下々を増やす事は貴族制の維持へと繋がると確信しております」

「一理在ることは認めよう」

「では!」

「しかし、魔王殿は大切な事をお忘れだ」

 

 チェックメイト!

 

「清廉潔白が天使の代名詞なら、悪魔は自分の欲望の為にあらゆる手段を許容する文化を持っている。つまり、悪徳こそが美徳。卑怯だの汚いだのは負け犬の遠吠えでしか無い」

「……」

「しかし、我々とて文明人。最低限度のルールは守るべきだが、やはりそれ以上を求めてはいけない。結果を得る為に許される範疇で、なりふり構わない姿勢はむしろ賞賛されるべきではないのかな?」

「仰るとおり、それが本来の悪魔のあり方です」

「真剣に狩りに勤しむ狼を全て殺し、牙を抜かれた飼い犬同士の遊びを尊んで行けば、いずれ必ずや訪れる他神話との戦争で一方的に蹂躙される未来を避けられんよ。やはり、実戦を想定した模擬戦の名称にゲームと言う単語を用いた時点で誤っていたのだ。エンターテイメント性を要求する大衆向けの娯楽が必要とされるなら、別種目として線を引かねば今回の様に温度差が出ることも必定」

 

 さすが天使や堕天使を相手に屍山血河を築いた武闘派は言う事が違う。

 

「悪い事は言わない。我々が痺れを切らして動き出す前に、システム構築担当のアジュカ君と共に迅速な改革を進めたまえ」

「……畏まりました」

「釘を挿すが、あまり時間は残されていないぞ? 所詮堕天使、天使とのみ結んだ平和は砂上の楼閣。他勢力には無関係なのだから、戦力の低下は即侵攻に繋がると言っても過言ではない」

 

 その通り。

 しかも結んだのは不戦協定だけで、安全保障については不干渉なのです。

 例えば北欧神話が冥界に攻め込んでも天界はノータッチ。

 これ幸いと笑いながら見物することでしょう。

 

「今なら辛うじて間に合う。期待しているよ、サーゼクス君」

「鋭意努力致します」

「老人の小言は以上だが、ソーナ嬢への便宜は分かっているね?」

「御意」

「ちなみに民衆へ一定以上の知性を身に付けさせておくことは、様々な面で未来への布石となる。貴族の駒として有益に活用する為にも、働き蟻に教育の場を与える件は私も賛成だ。せっかくグレモリーは人の世で学園経営に参加しているのだから、人類を模した義務教育期間を設ける等、一度検討してみたまえ」

「人間の貴族社会を打破したのは平民階級の知識人ですが……宜しいのですか?」

「構わん。基本スペックが横並びの人間と違い、悪魔の血統は雑種と隔絶した力を持つ。家畜の分を弁えず、主人に歯向かう虫けらは処分するだけのことよ」

 

 初代様の言葉通り、長い冥界の歴史においても支配者階に匹敵する力を持って生まれた平民は一人も存在していません。幾ら努力をしようが、生まれ持った血統の力には敵わない。有象無象が千や万が束になろうと、結局は一人の強者に踏み潰される儚さ。

 あの無能と評されたサイラオーグですら、結局は努力により成長する別の才能があった事を証明しただけのことなのですから……。

 

「魔王様、初代様の話を踏まえ、聞いて頂きたい話があります」

「君の無罪放免は確定したが……一応聞こう」

「今回のゲームにおける皆様の懸念は”量産可能”な”誰にでも扱える武器”の有効性を示してしまった事にあると思います。もしもこれらの品が平民の手に渡ったら、もしも人間が活用を始めたら。正に想像もしたくない悪夢と言えましょう」

「オブラートに包まなければその通りだ。人間の練り上げた現行の対人外武装は、主に剣や魔法と言った熟練が必要なものばかり。使い手の才能に力を大きく依存し、数を揃えられないからこそ脅威に成りえなかったのだからね」

「はい、至近距離なら天龍の鎧すら抜く地雷、容易に上級悪魔の命を奪う銃、こんな物が当たり前の様に普及してしまえば冥界は終焉を迎えます」

 

 所詮悪魔の防御力とは、種類こそあっても結果的に防護フィールドの堅さに収束する。

 その証拠として地形が変わる魔法を連打されても平気な姉ですら素の肉体は柔らかく、料理の最中に普通の包丁で指を切ることもしばしば。つまりリラックスした無防備な状態なら、ナイフ一本で致命傷を与える事すら可能なのです。

 それでも火器が問題にならなかったのは、やはり破壊力不足と文化の差が原因でしょう。

 平民は人間世界の武器事情など知らないので使おうともしませんし、上級悪魔は基本的に侵攻する側で寝込みを襲われた経験など皆無。来ると分かっていれば防げる程度の物を、脅威と認識していなかったのも必然なのかもしれません。

 が、彗星の如く現れた”誰も”が”誰でも”を容易に葬る去る武器は違います。

 下が上を無条件で打破しうる可能性を示した時点で、そりゃ危険視もしますよ。

 

「ですがご安心を。私が使用した地雷も銃弾も特殊な材料と製法が必須。元より技術的な可能性を模索する試作品の位置づけなので、人の世の如く無作為に拡散する可能性は絶対にありえません」

「そ、そうなのかね?」

「ええ。共に霊験あらたかな年代物の教会から得た銀十字を素材として用い、さらに世界で数人しか居ない聖人級の聖職者でなければ施せない儀式を一発一発施すハンドメイドです。例えばクレイモア一つ作るのに必要な期間は不眠不休で三日程度とか。担当した自称”新感覚偶像系聖女”様曰く、もう一度作れと言うなら戦争も辞さないとのこと」

「まさか、あの小さなベアリングを全て個別に聖別……させたのかい?」

「らしいです」

「君の仕入先はブラック過ぎやしないかね?」

「それはそれとして」

「問題視しない辺りが悪魔の所業だ……」

「銃弾に至っては弾殻にヒヒイロカネを潤沢に用い、装薬も門外不出の特別性。もしも値段をつけるなら一発で城が買える高価さ。私とてお試し価格で供与されていなければ、一戦分の物資を揃える事すら無理だったでしょう。つまり、万が一製法が流出しても材料を揃える時点で詰み。大事な事なので二度言いますが、一般流通は不可能であると太鼓判を押します」

「威力がおかしすぎるとは思っていたら、そう言うカラクリか。正直なところメーカーについては薄々見当がついているが、あえて聞きたい。卸先は……何処だね」

「アドラメレクグループ傘下のAZSL工廠ですが何か」

「知ってた。オリハルコン並に扱いの難しいヒヒイロカネを高精度で加工出来て、しかも教会にツテもある技術屋なんて総督殿以外に居るわけが無い!」

「私としても財布の都合上、今後は騎士の専用装備としてのみ運用する予定です。これなら現行ルールでも許されませんか?」

「それでも買うのか!」

「買いますとも、ええ」

 

 実際は人造神器を初めとする様々な道具を実戦テストする代価として、無償提供されていますけどね。

 閑話休題。こんな秘密道具を使わずとも既に人は神の炎を手中に収めているというのに、今だ好き勝手に人を攫い、慰みものにする貴族の何と多い事か。

 強烈なしっぺ返しを喰らう前に、人を軽んじる風潮を変えなければ成らない。

 その為の第一歩がコレです。

 私が兵器を多用したのは、人間の脅威を知らしめる為でもあるのですから。

 

「ど、どう思われますか、アモン卿」

「他が真似出来ないと言うのであれば、良いのでは?」

「ですな。冷静に考えれば聖剣の波動放出やら、龍が吐くビームが闊歩している時点であらゆる飛び道具は許容されるべきでしょうな」

「いやはや、我々が間違っていたようだ。頭の固い老人ばかりで申し訳ない」

 

 初代様が許可した瞬間から、私の立場は一転していた。

 どうやら賭けに勝ったらしく、会議に参加する元七十二柱がこぞって掌を返す有様がかなり気味が悪くて反吐が出ます。

 自らの信念も貫けず、何が誇りある貴族か。

 私は若輩で愚かな小娘かもしれませんが、彼らよりもマシだと思う。

 そして本題が片付いた会議は、シャンシャンで終わり。

 目上の皆様を頭を下げて見送れば、最後のお仕事が私を待っている。

 

「これでよかったのかね?」

「はい」

「前々から諌言をする場が欲しかったので乗った話だったが、中々に面白い余興だった。戯れにでも得たソーナ嬢の器量も十分、安い買い物だったとしておこう」

「そう言って頂けると助かります」

「私も忙しい身だ。次に顔を合わせるのはサイラオーグが魔王、もしくはそれに順ずる役職に就任した祝いの場と言ったところか。何年先なのかはさておき、滅びの力も持たないにしろバアルの名を冠する男に釣りあうだけの成長に期待している」

「努力は得意分野です。決して立ち止らない事をお約束致します」

「その意気だ。すまないが、この後の予定が詰まっているから失礼するよ」

「貴重な時間を割いて頂き、感謝の極み。このソーナ・シトリー、生涯このご恩は忘れません。本当に、本当に有難う御座いました」

 

 退出していく背中を最敬礼で送り出し、人気の無くなった室内にへたり込む。

 強気を装っていても会議だけで精神と体力は根こそぎ削り取られ、最後の応対に気力も全て持っていかれた私は、腰が抜けたように立ち上がることもままならない有様だった。

 

「上手くいったのやら、失敗したのやら……」

 

 第一世代悪魔であるアドラメレク様に同期(?)の初代バアル様へ渡りを付けて貰い、私の計画に口添えして貰う確約を取り付けられたのは思い返しても奇跡でした。

 代償としてサイラオーグの元に嫁ぐ契約こそ交わしましたが、はっきり言って私程度を差し出すだけで動いてくれるなら破格の安さ。

 どのみちノブレス・オブリージュとして政略結婚は確定でしたし、ライザー系の駄目男と比べれば百万倍マシな伴侶を得たと喜ぶところだと思います。

 

「それでも否応無しに冥界は変わる。私のやった事は無駄にはなりません」

 

 身売りの件だけは眷属でも椿姫以外は知らない秘中の秘。

 果たして匙辺りは何と言うのやら。彼が浮べるであろう面白顔を想像すると、少しだけ心に余裕が生まれてくる。

 気の持ち様で若干回復した私は頬を打ち気合を入れて立ち上がり、スカートの埃を払う。

 とにかく立ち止っている暇は無い。

 スパンの長い悪魔の基準で考えれば、変化が始まるまでに数世紀は必要でしょう。

 つまり、暫くは現在のレーティングゲームで勝ち続ける必要があります。

 そして目の前には私とリアスの試合を皮切りとした、若手四王の総当たり戦が内定していることを姉さんからのリークで知っている。

 目指すは全勝優勝。初見だったリアスはともかく、手の内を見て対策を練ってくる残り三人を打ち破り、フロックでは無かった事を証明してみせます。

 

「次も、その次も、私は絶対に負けない」

 

 天井を仰ぎ、私は決意も新たに拳を握り締めるのだった。


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