赤蜥蜴と黒髪姫   作:夏期の種

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第61話「チェシャ猫の城」

 放課後に見知らぬ土地を自転車で走ること一時間ほど。

 途中でクレープ屋に寄り道したにしろ、中々の距離を走らされたと思う。

 気付けば空も夕暮れに染まる逢魔時。世界の裏側を知らなかった昔ならともかく、神やら悪魔と面識を得た今は少しだけ気が重たい。

 俗に言う昼と夜の境目は、化け物と遭遇する確立が高いと評判の時間帯です。

 出来れば戦闘力ゼロの一般人を抱えてのエンカウントは避けたいところ。

 

「ちょい遠かったけど、ここが婆ちゃんの家。趣あるでしょ?」

「古き良き昭和の香りがノスタルジックかも」

「あれ、爰乃の家って神社付属だから似たような感じじゃ?」

「ウチは何だかんだと道場以外の住居スペースはリフォーム済みで、中身は割と新しい感じだから。見た目が古いのは様式美みたいな?」

「ああ、ひなびた神社を演出したいだけなんだ」

「……参拝客は来ないけどね」

「……努力が報われてないなぁ」

 

 家電はアレイの趣味で最新式。無線LAN環境は勿論、照明もLEDで統一な平成の申し子と、サ○エさんの家を思わせる日本家屋を同一視する方が間違っているんだよ。

 思えば藍華を家に招いたことも、招かれたことも無いから誤解する。

 この辺が親友一歩手前な関係の現われだと思う。

 

「で、ここまで連れて来てから言うのも卑怯なんだけどさ」

「ん」

「お客皆無なインチキ宗教法人でも、爰乃って神職の娘で生粋の巫女じゃん?」

「かもね」

「つまり八百万の神様は身近な存在で、何処にでも居るのも当たり前。全ての問題が妖怪の仕業と言われても、無条件に納得する感じでしょ?」

「その理屈はおかしい」

 

 そもそも件の電気鼠枠な猫の地縛霊の妖怪って、公証の通り妖怪を名乗るだけの幽霊ですよね?

 妖怪成分とは何だったのか。神様、魔王の子孫、伝説ドラゴン、メジャーな人外を身内に抱える目の肥えた私は絶対に騙されませんよ。

 と言うか、平凡な日常の象徴が何を言い出すのかなー?

 

「まあまあ、何も言わずに話を聞いてよ。例えば人間を食べる悪い鬼。これは怖い」

「物理が効くなら別に」

「た、例えば甘い言葉で契約を迫り、魂を掠め取る悪魔。恐ろしい存在だ!」

「物理が有効なら別に」

「あーもう、生贄を要求する竜神ならどうだコンチクショー!」

「物理がry」

「何でそうなるの!?」

「私は神様だってぶん投げる主義。魑魅魍魎ドンと来い派を脅すだけ無駄だよ」

 

 上級悪魔で肉体派なバラクを鬼の標準と設定するなら、負ける要素は皆無。

 悪魔も契約を取る事に必死な時点で下級確定。つまり、恐れるに足らず。

 強いて言うなら竜神枠な氷雪龍、蒼雷龍の徹底的な逃げ撃ちには手も足も出なかったものの、時と場所を選べば倒すことも不可能じゃないと思う。

 つまり提示された仮想敵は、全て私の手に余らない程度の脅威です。

 これぞ私の信奉する物理教の教義、力こそパワー。

 もしも信者を怯ませたいなら、当たり判定の無い幽霊でも連れて来なさい。

 

「じゃあ、何が怖いのさ」

「今は洋菓子が怖い」

「落語かっ!」

「あ、ついでに冷たいお茶も怖いかも」

「グ、グレードの高いクレープを奢っただけじゃ足りないと?」

「たまに珈琲の気分だから、サイズはグランデ以上で宜しく」

「ぐぬぬ、次のお小遣いが入るまで勘弁して下さい……」

 

 よし、次回に使えるお食事券ゲット。

 ここからの展開次第ではスタバで徹底的にオプションを追加した上で、さらに一番高いサンドイッチをオーダーする苦行を積ませるので覚悟するように。

 悪いけど私の雇い賃は高い。猿退治の時給なんて単位が万だよ、万。

 どれだけ盛っても二千円以下に収まる報酬は、友人価格なんだからね?

 

「まあ、それはそれとして」

「それとして?」

「今のラインナップが平気ならさ、喋って尻尾が割れただけの猫程度は愛玩動物の一種ってカウントでしょ?」

「そりゃね」

「実はソレのふてぶてしいのが中に居るんだ。かなり手強いから、相手を宜しく」

「……脳は大丈夫?」

「その反応は予想通り。論より証拠だから、直接見て欲しいにゃん」

「了解だにゃん」

「お一人様ごあんなーい」

 

 自転車を敷地内に入れつつ、念の為にと戦闘モードに頭を切り替える。

 伝聞だけで実際は謎ですが、ガチンコで戦えば猫は人に勝る戦闘力と聞く。

 人型の小猫でアレだけのスペックなら、純猫型はどれ程の敏捷性を備えているやら。

 最悪の事態を想定した私は、野生相手の力比べも悪くないと笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 第六十一話「チェシャ猫の城」

 

 

 

 

 

「遅い。早くトイレの掃除を終わらせ、ブラッシングをするニャン」

「あんたさー、普通に水洗を使えるのに何で砂を使うの?」

「これは飼い猫の権利である。そもそも小娘如きが我輩に意見するなど百年早いニャ」

「うっさい黙れ」

「ほう、まだそんな口を叩けるとは驚き。また泣かされたいのかニャン?」

「ふふふ、確かに初戦で暴力に屈したことで格付けは済んだのかもしれない。だけど、今日は対抗策として用心棒を雇ったから大丈夫! さあ先生、駄猫をやっちゃって下さいな!」

 

 座椅子に寝転がる猫を相手取り、醜い言い争いを繰り広げる友人は何なのか。

 確かに流暢に人語を解し、片手で新聞を捲り続ける三毛猫は異常だとは思う。

 しかし、尻尾が一本多いだけで他は普通の猫と何も変わらない。

 特別なオーラも、魔力も、気も纏わない小動物をこの私に殴り倒せと?

 

「ほう、懐かしい臭いかと思えばベノアの所の娘っ子。息災で何よりニャン」

「おや、ひょっとして私と面識が?」

「我輩は諸事情で奴の兵士ポジを引き受けたペーパー眷属だからニャー。身内のプロフィールは把握済みだし、昔気紛れで覗いた際には捕獲されモフられた間柄ニャン」

「その記憶はありませんが、今日もモフモフしてもいいですか?」

「寛大な我輩は、貴様に撫でる権利を与えてやるのも吝かでは無いニャー」

「では失礼して。おお、絹の様に滑らかな毛並みと素晴らしい柔らかさ……」

「爰乃があっさり寝返った! こっち向け私の最終兵器!」

「何だ眼鏡。早く水の交換と、カリカリの補給を速やかに終わらせて来いニャ」

「お前に話しかけてないから。おーい、爰乃さんや」

「どうしたの?」

「化け猫を敵対心ゼロで受け入れてるのは何で? 速攻で和むとかおかしくない?」

「だって猫だし」

「と言うか今の会話がツッコミ所満載なんだけど、どう言うこと?」

「ん、猫さんは何処まで教えたの?」

 

 天下の往来で堂々とチラシを配ってお客を呼び込むイッセー君達を見る限り、特に人外の存在を秘匿するルールは存在しないと思って問題ない筈。

 でも、所詮私は外様。桐生家の情報統制を邪魔する権利を持たない以上、迂闊なことを口走って事態をかき回すことだけは避けないとマズイ。

 ここは年上の年長者(?)の判断を仰ぐのが吉だと思う。

 

「我輩が猫又ってことくらいで、業界の話はノータッチ。どうせ青の孫の時点で無関係では無いし、世界の裏側を暴露しても受け止める程度にはタフな娘だと思うニャ。丁度よいから爰乃が適当に説明しとけニャン」

「ラジャ」

「閑話休題、足を開いて女の子座りを。座りが悪くて落ち着かニャい」

「えっと、こんな感じで?」

「及第点だニャ」

 

 広げた膝の上で丸くなった王様が目を閉じるのを待ち、私は藍華と向き合う事にする。

 嗚呼、これで身近な人間が人外ワールドの関係者でコンプリート。

 諸行無常とは正にこのこと……

 

「ざっくり話すけど、全部真実だからね?」

「大丈夫、ずっと普通だと思ってた猫が化けの皮を現した時点で常識は捨てた。もう何を聞いても驚かないし、何を言われても信じる」

「では第一弾。藍華は面識無いだろうけど、私のお爺様は伝説の悪魔」

「いきなりキッツイの来たわ……」

「で、この猫さんは―――」

「猫言うニャ。我輩はリオン。漱石の作品とは違い、ちゃんと名前があるから気をつけニャさい」

「失礼しました。で、リオンはお爺様の眷属。眷属だから私の事も知ってるし、こうして友好的に接してくれているわけ」

「爰乃もやっぱり悪魔だったり?」

「私は祖先をずっと遡っても純粋な人間だよ。」

「そっか。ま、爰乃は爰乃だから、種族はどうでもいいんだけどさ」

「それでこそ藍華。お爺様を分かり易く解説すると、代々香千屋家を守る守護神みたいな感じ。私の代で両親不在の異常事態が発生したから、保護者を務めてくれてるだけです」

「そう聞くと在りがちな設定かもね」

「では、ここでサプライズ。実はイッセー君とアーシアはガチ悪魔」

「マジでっ!?」

「うん」

「聖書をそらんじ、博愛に満ち溢れた、あのアーシアがデッビール?」

「あの子は正当派シスターから、特に悪事とか関係無しに悪魔へ転生した異例の経歴の持ち主。精神面は今でも聖女様だし、アーメンとか言うのも職業病っぽい。アレって地味に頭痛が辛いらしいけど、癖で止められないんだって」

「神様崇める悪魔ってなんだかなー」

「ちなみにテニス部のドリルさんは人間だけど魔物使いで、ポケ○ントレーナーな罠」

「大丈夫なのかウチの学校……」

「生徒会も含めて学校の有名人は殆ど悪魔だし、概ね大丈夫じゃないと思う」

「ってことはグレモリー先輩も?」

「うん」

「あの人は、どー見ても小悪魔系お姉さま。そんな気はしてた」

 

 自分で説明しておきながら、駒王学園のヤバさを再発見する私です。

 前に深夜のコンビニ帰りに遭遇した鎧武者とフルプレート騎士のカップルもウチの卒業生とか言ってたし、潜在的な狂人がどれだけ巣食っているのか考えたくも無い。

 家から近いと言う理由だけでこの学校を選んだのは、失敗だったような気が……

 

「そろそろ背中だけでなく、耳の付け根を重点的に」

「はいさ」

 

 人外世界の勢力図、オカ研の実態、夏休み前に起きた校舎大破の真実。色々な事を話す合間にリオンの要求に答えつつ、存分にモフる。

 夏場の気温に猫特有の体温が加算され少々汗ばんできたけど、そんなことが気にならない位に猫は良い。偉そうなところも、気分屋なところも、猫なら仕方が無いと怒る気力も起きない。

 やはり可愛いは正義にして最強。私もかくあるべきと言う見本です。

 

「ねえねえ駄猫、そう言えばどうして婆ちゃんの家に居るの? あんたは爰乃爺さまの身内じゃないの?」

「ペッ」

「そんなに私の事が嫌いか!」

「我輩に頼みごとが出来るのは、借りのあるベノアと青だけニャ」

「ぐぬぬ」

「時に藍華、青って誰のこと?」

「婆ちゃん」

「猫は家に憑くって言うけど、リオンは人に憑くんだ」

「強いて言うなら鍋島でやらかした小僧は知己とだけ。これ以上はノーコメントニャ」

 

 って、その名前を出す時点で飼い主への忠誠心MAXじゃないですか。

 お爺様の兵士と言う事は、また敵にすると厄介な能力を保有している筈。

 普通の猫でも三代祟ると言うのに、この文字通りの化け猫は何代祟るのやら。

 意味も無く逆鱗に触れたくないと思う私です。

 

「なら、もう一つだけ聞かせてよ」

「内容次第だニャ」

「母さんはあんたのことを知ってるの?」

「知らニャい」

「じゃあ、何で私にはあっさり正体明かしたのさ」

「気分」

「本当に?」

「……無駄話はやめて、いい加減仕事を始めるニャ。せっかく人手も増えたのだから、ついでに一通りの掃除も済ませニャさい」

「ま、話したくないなら今はいいや。あんたは手伝わないの? 出来るでしょ?」

「我輩が動き回ると、もれなく毛を巻き散らかす本末転倒だとニャぜ気付かない。その歳でこうも短絡的では、先が思いやられるニャー。もっと思慮深く行動しニャさい」

「あーそうですか。なら、婆ちゃんの為に掃除するから外に出て行け妖怪」

「言われずとも散歩に行くニャン。小一時間ほどで戻るから、手を抜くニャよ?」

「はいはい」

 

 そう言い残すとするりと膝から降り、窓を自分の手で開けてリオンはお出かけ。

 残された私は、イラっとした顔の友人を宥めることにする。

 

「動物の言う事を一々真に受けていたらキリが無いよ。ここは大人しくやるべきことをやって、サクっと帰ろ?」

「……そうね。悪いけど手伝ってくれる?」

「奢りの約束を忘れないように」

「うーん、果たして爰乃は安い買い物だったのか、高い買い物だったのか……」

 

 求められていた役割は用心棒っぽかったのに、気付けば家政婦さん

 どうしてこうなったのやら。何故か他人の家の掃除に精を出す羽目になった私は、苦笑いしながら箒を手にするのだった。


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