本編では格上相手に出し惜しむ飼い猫ちゃんですが、爰乃さんは許しませんでしたとさ。
「そんなわけで私はハイキングに来ています。空は抜けるほど青く、豊かな木々からは小鳥の鳴き声が聞こえる絶好の山日和。荷物持ちのイッセー君は如何お過ごしでしょう?」
「そんなわけってのがまずわかんねぇよ!? 俺達はライザーに勝つ為に修行に来たんじゃないのか!」
「皆さんへの説明ご苦労様。では、先輩の別荘目指してちゃきちゃき歩いて下さいな」
「だったら降りろ。唯でさえ皆の荷物持ってるのに、リュックの上に座るとか拷問だぞ!? 重い、超重いって!」
「女の子相手に重いとか、喧嘩売ってるんですか?」
「う」
「分かれば宜しい。ほら、倍以上の荷物を持つ小猫ちゃんにすら追い抜かれましたよ? 男の子の矜持は無いのかな?」
「やったらぁぁぁ!」
土肌の斜面は想像以上に体力を消費したのか、意外に弱っていたイッセー君。
しかし、プライドを刺激してあげればこの通りです。
私は彼の背負う巨大なリュックサックの上に腰掛け、流れ出した景色に満足。
あ、ちなみに私なら余裕です。疲れたとかじゃありませんのであしからず。
今更この程度の山登りは散歩でしかないので、楽をさせてもらっている次第。
「イッセーさんと爰乃さん、仲良すぎです……」
「幼馴染らしいから仕方が無いわ。アーシアだってこれから仲良くなればいいのよ。幸い悪魔の寿命は相当長いから、気長に行きなさい」
後ろで聞こえるイッセー君の嫁候補達の会話は少しばかり心外だ。
アーシア、安心して。私は人間をやめる気もないし、ハーレムに加わる予定も無いから。
部長は高嶺の花っぽいし、私の一押しはどこまでも貴方。
両思いになれるようにこの合宿でも援護するからね。
「木場君、イッセー君が次の丘を越えるまでレースしようぜーって言ってますよ?」
「いいよ、負けた方は罰ゲームでいいかな?」
「OK。では、私がスタートの合図を勤めましょう」
「ちょ、俺を無視して何を」
「レディーゴー!」
さすが騎士、早い早い。あっという間の5馬身差ですか。
「仮にも香千屋の門下が、そこいらの剣士に負けるとか許しません。もしも遅れをとるようなら、私からもペナルティーを進呈しちゃいます。具体的にはコキャっ的な何かを」
「いやだぁぁぁぁぁっ!」
死ぬとか無理とか泣き言ばかり、そんな簡単に楽にしないから安心しなさい。
イッセー君は基礎体力が足りないのだから、体を酷使して超回復を目指すべき。
私の知らない間に手に入れた龍の力、お爺様ですら厄介と聞いています。
それだけの力を受け止めるには、しっかりとした土台が必要ですよね。
だからこれは期待の裏返し。
決して虐めじゃありません、多分きっと。
「加速装置スイッチオン、エンジン臨界点へカウントダウン!」
「そんな機能無いからな!」
結局ゴールまでの道のりで、兵士が騎士を追い抜くことは無いのだった。
第七話「白猫さんと蜥蜴の王」
レーティングゲームまで残り一週間を切ったところで、部長が提案して来たのは全体合宿。
今までは個々に修練を積み、例外を除いて集まるのは朝練だけだった。
部長としては最低限の連携を確かめたいらしいけど、私としてはそんな暇があるなら各自の能力を伸ばすべきだと思っています。
付け焼刃の集団行動は百害あって一利なし。混乱するだけ。
しかしながら、残り僅かな残り時間を結束を深める為に使うのも悪くない。
根性論の大好きな私は不承不承了承を示し、山奥の別荘にやって来たのだった。
意外と豪華な別荘につくやいなやジャージへと着替えを済ませた私達は、時間が惜しいと早速修行に入る。
イッセー君とアーシアは姫島先輩の魔力講座。それとなく視線を向ければアーシアは魔力の塊を作り出すなどそれっぽい感じなのに、イッセー君は何故か玉ねぎ、人参、ジャガイモと野菜を前に唸っている。
人間の私には分からない謎の訓練である。
これまで修行は私がつけていたけど、路線を間違っていなかったのかとても不安です。
「……余所見は禁物」
「それを言うなら、せめて一発くらい当てましょう」
私の相手は小猫ちゃん。名目上は組み手でも深刻な怪我すらアーシアが簡単に直せる為、容赦無しのガチンコリアルファイトだ。
しかし、現代の詰め将棋な格闘技と違って香千屋流は一撃必殺がモットー。
倒すたびにマイエンジェルを呼んでは申し訳ないので、実は結構手を抜いている。
その結果分かったことは、小猫ちゃんが器用貧乏だってこと。
色々な格闘技を使えても、どれ一つとして本当の意味で一流の域に届かない中途半端さ。
強いて言うなら打撃が得意っぽい程度、とても神魔を殺せるとは思えない。
「あえてオブラートに包まないけど、小猫ちゃんってこの面子最弱でしょ」
「!?」
「せっかくの腕力と強固な防御力も、ゴリ押しに使うだけでコレといった特色も無し。私はおろか、木場君よりも弱い上位駒ってどうなの?」
「……イッセー先輩よりは役に立ちます」
「それはどうかな、そもそも小猫ちゃんはイッセー君の成長を知っているとでも?」
「え?」
「私の幼馴染はレーティングゲームが決まったその日から、学校以外の時間全てをウチで特訓に費やしてる。本当ならこんな山奥に来る暇も惜しいのに、眷属の和を乱さないためにこうして合宿にも参加したんだよ?」
ちなみにアーシアも回復役として我が家に入り浸りでした。
これ幸いと私も技を体で覚えるべくお爺様から愛の鞭を受けた為、怪我人の数は二人に倍増。大怪我からかすり傷まで延々と治療を続けた結果、神器の効率も上がったらしいです。
攻撃面はともかく、正しい意味で僧侶としての成長を遂げていると言っていいでしょう。
どうせ部長の配下は超攻撃特化。
一人くらいフルバックを用意した方が、集団として安定すると思います。
「そう……ですか」
「イッセー君には、受け皿さえ大きくなれば神様だって倒せる力が備わっている。さすがに短期間じゃ神様は無理にしろ、鳥頭程度なら互角に渡り合うだけの成長を遂げつつあると思う」
「……」
稽古もアーシアのおかげで寸止めとか温いことはしていないし、時には文字通り死ぬ寸前まで体を苛め抜くこともざら。
さすがに技の習得は無理ですが、最低限度の体捌きと見切りを身につけた彼は弱兵ではない。
現にさっきの模擬戦なんて、神器を使わず木場君にあと一歩まで迫る快挙を遂げている。
姫島先輩の講義が終われば、次は小猫ちゃんとイッセー君の組み手が待っています。
拳を交えれば、言葉の意味を理解してくれると思う。
「変な例え話になるけどね、ジムカスタムって特徴がないのが特徴なの。でもそれは要求を全て高水準でクリアしているから付いた高評価。でも、最低限何でも出来るは何も出来ないと同じ。なのにイッセー君を下に見る小猫ちゃんを私は許せない」
「……っ」
「ねえ、本当に自分の全てを出し切った? 仲間が、主が負けられない戦いに挑むのに、己を本気で高めようとした? 新しい可能性を見出そうとした?」
返事は返ってこない。だから私は口を止めなかった。
「イッセー君は命を捨てる覚悟でゲームに挑むつもり。だからあらゆる可能性に縋って、今出来る最善を頑張っているの。表面上は普段どおりの軽さだけど、内面は必死だよ」
鉄面皮からは窺い知れないが、僅かなりとも思う所はあるらしい。
構えを解き俯く姿からは、己の無力に対する怒りの色がありありと見て取れる。
「……香千屋先輩、後で相談したいことがあります。就寝前にお時間を頂けますか?」
「構いませんよ」
その目を見る限り、何らかの覚悟を決めたね小猫ちゃん。
私は頑張る子が大好きだから、本気で殻を破りたいと思うなら手を貸しましょう。
ならば今は己の無力を再認識なさい。
威力を抑えた遊び投げで小猫ちゃんを大空高く舞わせた私はそう呟くのだった。
- 夜 -
同年代で色々な戦い方をするグレモリー眷属との模擬戦は、思いの他面白かった。
小猫ちゃん、神器無しの男衆には白星だったけど、姫島先輩と部長の二人には黒星を付けられてしまったのが残念。
来るのが分かっていても雷は避けられないし、触れた部分が消滅する魔力弾幕も防御が出来ないから困った。これが見た目だけを再現した模擬魔法じゃなかったら、今頃私の体は穴だらけか黒焦げだったに違いない。
お爺様曰く気を使いこなせば弾くことも可能との事ながら、今の私ではそこまで至れて居ないのが現実です。
やはり、これからの課題は遠距離対策。
接近戦なら早々遅れをとらないのに、そもそも近づけないんじゃ話にならない。
他にも悪魔に標準装備の翼を使われたら、いくら手を伸ばしても届かないわけで。
模擬線で勝ち越せたのは、色々な条件をつけたから。
何でもありの環境下なら、誰にも勝てなかったと思う。
「難しい顔をしちゃって、悩み事かしら?」
「ええ、先輩方の抜群なスタイルにかつてない衝撃を受けまして……」
「そういう貴方だって均整が取れた綺麗な体よ? 腰から足にかけてのラインがとっても綺麗。私や朱乃みたいに胸が大き過ぎても良いことないわ。肩はこるし、動くときも邪魔だし、爰乃くらいが丁度いいと思うけど」
「そうですわね、殿方へのアピールくらいにしか使えませんもの」
福利厚生が整いすぎの別荘には、温泉まで完備されていた。
騒がしくも楽しい夕食を終えた私は、お湯に漬かりながら自分の世界に浸りすぎていたらしい。
部長の言葉で我に返った私の口から零れたのは欺瞞のない本音。
私だって小さいほうじゃないけど、先輩ズはちょっとおかしい。
二人揃って100を超えている胸に締まった腰。出るべきところは圧倒的な癖に、引っ込むところはキッチリ細いとは何事か。
うう、アーシアはどうして居ないんだろう。
あの子はジャンル的にこちらの分類だ。
疲労困憊で立ち上がる気力も無いイッセー君の看護は投げ捨てて、是非とも援軍を要請します。
だって部長はともかく、姫島先輩のお姉さん的妖艶さがヤバイ。
そっちの気が私にあったなら、コロリと行きそうなエロさなんですよ。
この際、誰とは言いませんが欲望の発散を許可します。
木場君でも構いません。覗きに来て、この空気をうやむやにしてくれませんかね……
「……私は先に上がっています」
「わ、私も上がろうかな。行こう小猫ちゃん、冷たい飲み物とか最高だよね!」
無言だったから忘れてたけど、君が居たね小猫ちゃん。
この助け舟のお礼は後で必ず。
こうして私は、逃げるようにお風呂から立ち去るのだった。
そしてこれまた何故か準備されたいた浴衣に着替え、涼を取ろうと外へ出る。
虫の音くらいしか音の無い世界でお茶目にターンした私は、何も言わなくても付いてきた後輩に言う。
「話って?」
「……香千屋先輩は仙術をご存知ですか?」
「知ってるよ。お爺様の知り合いに仙人目指している人が居て、八極拳を習うついでに少し教わったことが在るね」
「……先輩の交流関係は控えめに言って異常です」
「悪魔の後輩が言うこと?」
「……確かに」
「話を戻すと、近い事は出来ても同じ事は出来ない感じかな。例えば前に子猫ちゃんに当てた掌打はそっち系だけど、気の練り方は完全に別物。源流は仙術にしろ、ベースボールと野球くらいには差異があると思う」
「……どう違うのですか」
「えーとね、仙人系が世界と一体化する事を目指して外の力を取り入れるのに対して、香千屋が目指したのは己の肉体のみに頼った力の発生法。だから香千屋流を極めても仙人には至れないし、仙術が上手くなるわけでもない。少し脱線したけど、こんな答えでOK?」
「……はい、お蔭様で疑問が解決できました。その上でお願いします、私に香千屋式の稽古をつけて下さい」
なぬ?
「実は私、仙術が使える猫の妖怪です。でも……使いたくなかった、使ってしまえば姉のようなってしまう。でも、それじゃダメなんです!」
「と、とりあえず事情の説明から始めようか!」
聞けば小猫ちゃんの姉は、世界の邪気や穢れを仙術により吸い込んでしまい暴走。
仕えていた悪魔を殺害して指名手配を食らった挙句、行方をくらましてしまったとの事。
もしも自分が同じようになってしまったらとの恐怖に怯え、仙術を封印していたらしい。
でも、私の語ったイッセー君の真摯さと己の弱さに考えを改めた。
部長がライザーに娶られれば、最低でも仲間内に不和が出る。
下手をすれば姫島先輩やイッセー君が離反し、眷属は内部分裂しかねない。
唯一の肉親すら行方知れずの小猫ちゃんにとって、グレモリー眷属はまさに家族。
仲間を失うくらいなら恐怖に打ち勝ち、みんなの役に立ちたい。
そう覚悟を決め、私に頭を下げに来たのだった。
だけど、仙術にそんなリスクがあるなんて初耳の私を頼られても困る。
「で、似たような力を使う私の出番と言うわけですか」
「……はい」
「似て非なる力の使い方を学んだ結果、何らかの悪影響が出ても知りませんよ?」
「自分の体です。お気になさらず」
「仮にも秘伝を伝えるのだから、貸しは大きいよ?」
「……先輩が死ねというならば喜んで死にましょう」
「軽い冗談なのに重い。じゃあ、いつか小猫ちゃんが上級悪魔になった時にでも何か頼むことにします。この意味分かりますか?」
「……その時が来るまで何があっても死ぬな、と言う理解で宜しいでしょうか」
「物分りが良くて助かります。じゃあ今日は汗も流しちゃったし、レッスンについては明日からにしよっか。私の見解では外の力を無作為に取り込もうとするから問題になると思うので、外気の取捨選択、もしくは私と同じく体内の気のみを使う手法を検討してみます」
私だって今日はもうお疲れモード。
さすがに夜を徹して訓練とか勘弁したいです。
「……体術もお願いします。せめて香千屋先輩を本気にさせたい」
「そっちは得意分野なのでお任せあれ。でも、私の教えは厳しいよ?」
「……イッセー先輩に出来るなら大丈夫です」
「え、出来てないけど?」
「……頑張ります」
幸いイッセー君と違って経験者な分、飲み込みは早いはず。
ふふふ、期間は短いですが香千屋流に魔改造を施しますよ。
果たして私に教師の適正があるのか未知数ですが、先輩風を吹かせるのが楽しみです。
奥義はともかく、汎用性の高い通常技は一通り仕込んであげましょう。
だから期待に応えてくださいね、初弟子さん。