赤蜥蜴と黒髪姫   作:夏期の種

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あれだけの施設の癖に、車どころか車庫も無い兵藤家が不思議です(


第62話「突撃、隣のリゾート地」

「偶然とはいえ、ついにあの面倒くさいのと遭遇してしまったか……」

 

 夕食後にお爺様の部屋を尋ね、今日の出会いについて報告。

 すると返って来たのは、思いのほか渋い顔でした。

 

「何かまずかったのでしょうか? まさか実はニセ眷属で騙されました?」

「三毛猫のオスで桐生の家に憑いているのであれば、それは間違いなく我が眷属のミリオン。奴は眷属随一に人間好きで、争いを好まず、知能も高い怠け者。普通に接する限りは人畜無害ゆえ、何も問題は無いな」

「飼い猫ですしね」

「しかし、たかが猫又と侮ってはいかん。アレは心底怒らせてしまえば、わしだろうが、アザゼルだろうが、絶対に勝てん自然災害の類じゃからなぁ」

「え、お爺様が勝てないんですか!?」

「うむ。何をどうしても、永劫回帰の果てに必ず敗北してしまう。そうさな、必要となる時間さえ無視すれば、確率論としてグレートレッドすら倒せるじゃろうよ」

「ど、どれ程の戦闘力なのでしょう……?」

「分かりやすい例を挙げるれば通常性能は防御力を捨て、その分を攻撃力に回した当たり判定の小さい木場君。死に物狂いになっても、総合性能で爰乃を越えぬ程度さな」

 

 そこいらの小娘に劣ると断言しているのにも関わらず、既知世界最強と謡われる赤龍ですら膝をつく可能性があると言うのは何故だろう。

 仮に凄まじい特殊能力を持っていたとしても、完全無欠な能力なんてこの世に存在する訳が無い。それこそ中身を把握しているお爺様なら、対抗策を用意するのは容易な筈。

 なのに、100%勝てないと太鼓判を押すと言う。

 

「意味が分かりません……」

「あれじゃな、百聞は一見にしかず。どうせミリオンは兵士駒一つのローコスト。話を通しておくゆえ、次回のゲームで実際に使ってみればよい」

「そうします」

「ならばあえて何も語らず、口の替わりに稽古をつけてやろう。先に道場へ行っておるから、着替えが済んだら来なさい。よいな?」

「はいっ!」

 

 今は余計なことに意識を割くよりも、目の前の修行に全力を注がないとマズイ。

 そう判断した私は頭から猫さんのことを追い出し、正座を解いて素早く立ち上がる。

 ちなみに今日の重点項目は打撃。

 何故なら宿敵が渡米して、拳を鍛え直していると先生に聞いたから。

 彼の地でボクシングジムを構える名伯楽に師事したと言うサイラオーグさん。基礎スペックだけで私を圧倒した彼が、技術と言う名の武器を手に入れつつある現状がとても嬉しい。

 だからこそ負けられない、負けたくない。

 苦手分野をも克服して、次こそは敗北の味を教えてやりますとも。

 と拳を握り締めたところで、はたと気付く。

 

「……あれ、そう言えば猫さんの名前はリオンじゃ? 聞き間違えたのかな?」

 

 幸か不幸か、廊下で首を傾げる私に答えてくれる者は居なかった。

 しかし、私は遠からず知ることになる。

 名は体を現す、その言葉の意味を。

 

 

 

 

 

 第六十二話「突撃、隣のリゾート地」

 

 

 

 

 

 クラス対抗戦に匹敵する体育祭の華、部活対抗リレーの練習に汗を流すべく放課後の校舎裏に集まったオカ研の面々は、微妙な表情を浮べて一様に天を仰ぐ。

 見上げた空は今にも泣き出しそうな曇天。

 今から外を走り回るには、少しばかり気分の乗らない天気だと思う。

 だけどそれは、ありがたいことに共通見解だったらしい。

 ちらりと伺った部長の眉は潜められ、やる気はすっかりゼロ。

 てっきり中止の声が上がるかと思ったら、部長は意外なことを言い出した。

 

「仕方が無いわね、今日はイッセーの家で練習しましょう」

「あの家の庭で運動はちょっと……」

「そっか、そういや爰乃は大改装後のウチにまだ来てなかったか」

「え、何時の間に改築したの」

「ライザー戦の直後から増築が始まり、気が付けば隣の家の敷地まで侵食する大改造が完了。今や何でもアリの豪邸と言っても過言じゃないぜ」

「な、何でも?」

「具体的に言えば地下一階にホームシアターと大浴場。さらに全力で暴れようが壊れない特別製トレーニングルームを完備」

「地下!?」

「そして地下二階にはドカンと大会が開けそうな本格プール」

「しかも深い!」

「ええと地下三階は……なんでしたっけ」

「書庫と倉庫よ」

「ありがとう御座います、部長!」

 

 開いた口が閉まらないとは正にこのこと。

 

「イッセー君のお父さんって、普通のサラリーマンだよね? 宝籤でも当たったの?」

「奇跡が起きてもオヤジには無理だ。無理なんだが、世の中には金と権力がが有り余っている人種も居るんだぜ」

「……ああ、そう言うことですか」

「察しの通り、やらかしたのは魔王様だ。部長をウチにホームステイさせるお礼とばかりに、事後承諾&一晩で工事を完了させちまったよ……」

 

 出ました、魔法建築の匠!

 そりゃ学校をあっさり復旧させる彼らなら、一般住宅の改築なんて朝飯前。

 またしてもジェバンニが一晩でやってくれたんですね……。

 

「ちなみに居住空間が拡張されたことで、今やグレモリー眷属は全員イッセー君の家の居候。僕も四階に一部屋貰って快適な日々を送っているんだ」

「私と部長は二階でイッセーさんの両隣のお部屋を頂きました」

「ぼぼぼ僕は今のところ同居人の居ない五階にひっそりと!」

「……私と副部長は祐斗先輩と同じく四階です」

「うふふ、言われてしまったので説明不要ですわね?」

 

 いやまぁ、眷属が主の下に集結するのは当然といえば当然のこと。

 只でさえ物騒な世の中ですし、戦力の一点集中は必要だとは思いますよ?

 だけで水臭い。昼間はおろか放課後にも顔を合わせる友達に、一言も無いとはこれ如何に。

 

「おば様とおじ様が良く許したね」

「あ、うん。挨拶がてらに来た魔王様が催眠術的な何かで洗脳もとい、誠意ある説得で懐柔したからノープロブレム。ヤバイって自覚はあるから、追求は止めてくれ」

「イッセー君が、外道的な意味で立派な悪魔になりつつ……」

「誰も損をし無いからいいんだよ。細かい話はコレで終わり。さくっと俺んち行くぞ!」

「はいはい」

 

 確か最後にお邪魔したのは中学の受験シーズンだったような。

 追い込みの時期は泊り込みも多く、結構お世話になった事を良く覚えています。

 鞄を担いで先導する幼馴染の背中から感じるのは懐かしさ。振り返れば感慨深い思い出が脳裏を駆け抜けていく感覚に、思わず顔がほころぶのを止められない。

 惜しむべくはイリナちゃんが欠け、三羽烏体制が崩れてしまったこと。

 現魔王派のイッセー君。

 イッセー君に返り討ちにされたと言う、英雄派のイリナちゃん。

 そして闇鍋的に勢力図無視で、様々な神話の敵と味方を抱え込む蝙蝠な私。

 道を違えた私達が再び一堂に会す日は果たして来るのやら。

 

「爰乃さん、置いていかれちゃいますよ?」

「少し考え事をしてました。待っててくれてありがと、アーシア」

 

 だけど、大切なのは過去よりも未来。

 この瞬間に大切な仲間を守る為なら、誰であろうと慈悲は無い。

 身内だろうと、親友だろうと、敵対するなら叩き潰すと決めている。

 だから―――

 

「ついにでアーシアの部屋にお邪魔しても?」

「はい、是非とも寄って下さい♪」

 

 イッセー君を筆頭に、オカ研のメンバーとは今の関係を続けたいと思う。

 イリナちゃん以来始めて出来た同性の親友に手を引かれる私は、ふと浮かんだ最悪のシナリオを振り払って前へと進む。

 目指すは半年振りの勝手知ったる幼馴染の家。

 私の大切な心友の棲家に向って、親友と共に向うのだった。

 

 

 

 

 

 -兵藤家-

 

 

 

 

 

 何と言う事でしょう。あの平々凡々な戸建て売りの一軒家が両隣の土地まで敷地に吸収し、冗談抜きで六階建てのビルに変貌を遂げてしまいました。

 但しその代価として、私の記憶にある風景は影も形も残っていません。

 よそ様の家のことだし、私に口を挟む権利は無いことは理解しています。

 だけど、少しだけ悲しい。悲しいけど、分かったこともある。

 これこそお爺様が神社を含めた実家の建物を極力変えない理由。

 積み重ねてきた歴史を守ることの重要性を、実物提示されてやっと理解しましたよ。

    

「爰乃、ぼちぼちバトン渡しの練習だから来いよ」

「ん、了解」

「ぼーっとしてると危ないぞ?」

「さすがに動揺から回復してないの。だってまさかのエレベータで地下に降りてみれば、今度は運動会も出来そうな空間が広がっていたんだよ?」

「そりゃそうだ。先住民の俺ですら、未だに違和感が消えないからな……」

「分かってくれた?」

「あいよと言う前に、一つ確認」

「なんですか?」

「こうやって普通にやり取りをしてるってことは、そろそろお許しを頂けたって理解でOK?」

 

 これから団体競技で一緒に戦う仲間を、個人的感情で避ける訳にも行かない。

 と言うか、イッセー君の変態性は平常運転と割り切っている私です。

 例の件は度を過ぎていたから本気で怒ったけど、実は感情の清算は終わっています。

 しかしこちらから仲直りを提案する訳にもいかず、自然と元の鞘に戻るチャンスを待っていたのは内緒。口が裂けても言えない秘密だったり。

 

「……今回だけですよ?」

「助かる。今度はちゃんと許可を取った上でやるぜ!」

「え、第二戦の予定が在るの!?」

「冗談だよ、冗談……多分な」

 

 ま、まあ、パートナーの了承を得た上でならご自由に。

 

「閑話休題、早く三番手に入ってくれよ。みんな待ってるんだぞ?」

「あ、はい」

 

 物思いに耽っている間に、何時の間にやらアップの時間が終わっていたらしい。

 無意識の内に柔軟まで終えていた私は、置かれた状況をやっと理解した。

 周囲を見渡すと、本番と同じオーバルコースの上にスタンバっている人影が幾つか。

 第一走者の小猫。

 第二走者に私。

 第三走者がイッセー君。

 アンカーは当然、オカ研の顔である部長。

 私以外のレギュラーは各々のポジションに移動を終えていて、何時までも来ない私をイッセー君が呼びに来た……と言うのが現状のようです。

 

「これで準備は万端ね。さあ、不安要素のバトン渡しを徹底的に練習するわよ!」

 

 部長の号令の下、走り込みも兼ねた実戦形式で練習が始まる。

 

「……駆けっこだろうと、負けませんから」

「残念、僕の得意分野だ。勝たせてはあげられないよ」

 

 併走する仮想敵は選抜外の部員達。

 ちなみに木場君と姫島先輩は目立ちたくないからと辞退し、ギャー介はNOT運動と断固として拒否。アーシアも本人の意思で応援に回ることになっているので、レギュラーは実力主義で選ばれてもいないのが面白いところ。

 

「……魔力無しでもさすがに早い」

「速度は僕の持ち味だからね」

 

 余談ながら一般生徒に紛れての参加なこともあり、魔力や気を用いるのは厳禁。

 自分で鍛えた身一つで勝負すると言うのがルールです。

 しかし、これが中々難しいらしい。

 私は英雄モードを封印するだけですが、悪魔は呼吸をするように無意識下で利用している魔力を用いた身体強化を意識的に押さえ込むのが厳しい―――と言いつつ、四苦八苦しているのはイッセー君だけなのが何とも切ない。

 三年生は恒例行事だと経験済みだし、器用な木場君と小猫は余裕で対応済み。

 アーシアとギャー介はそもそも運動音痴枠。制限不要なのもご愛嬌でしょう。

 そんな訳でルールを守れない四番走者のせいで、リレーは中途で取りやめ。

 他のメンバーが自主練に散る中、私と小猫が落第生を教育する羽目になったのでした。

 

「ほら、また魔力を使ってる」

「ぐぬぬ。おっさんとの特訓の成果で上限は天上知らずなのに、一切の補助をシャットダウンするってのが難しい……」

「ではアドバイスを。感じるんじゃない、感じるんだ」

「俺にブルースと同じ能力を求めないで!」

 

 知ってたけど、座禅を組んで目を閉じる幼馴染は昔から変わらない閃き型。

 何をするにしても理屈より先に感覚で理解する本能の人は、コツを掴むまで普通の人の何倍も手間がかかるから大変です。

 

「愚痴るのは結構だけど、どうしても出来ない場合は物理に訴えるから」

「ぶ、物理?」

「具体的な説明は小猫先生からどうぞ」

「……仙猫必殺、気脈爆砕パンチで魔力の流れをバッサリ遮断。生体エネルギーの流れを淀ませることで、強制的に身体機能を低下させるプランを用意しています」

「なにそれ怖い」

「不満なの?」

「当たり前だ!」

「……情けない先輩です」

「クソっ、プレッシャーが辛い!」

 

 力を常時発散させず内に留める技術は、必ずや今後の役に立つ。

 良い機会なので、イッセー君には隠密スキルの基礎を習得して貰います。

 

「では心を無にして、体内を流れる力を感じるところから再スタート」

「無心、無心、無心」

「この隙に私は部長とお話でも。後は任せましたよ、小猫」

「……任せられました」

「え、最後まで付き合ってく―――」

「……かーつ、余計な事を考えちゃダメです」

「ううっ、すんません……」

 

 いきなり集中を乱したイッセー君を襲ったのは、監督の任を与えられた小猫の拳骨。

 不思議パワーを見抜く目にかけては私をも凌ぐ小猫師匠にイッセー君を預け、これ幸いとフォームチェック中の部長の下へ。

 手を上げながら近づくと、部長もこちらに気付いて声をかけてくれる。

 

「あら、もう終わったの?」

「今日は無理ですね。実はイッセー君関係無し、休憩がてらの世間話に来ました」

「私も一休みの頃合だし、お茶でも飲みながらにしましょうか」

「はい、そう言うだろうと先手を打ってあります」

 

 ほいっと弧を描いて放ったのは、運動のお供でお馴染みのスポドリ。

 愛飲する水瓶座の飲料を持ち込んでおいて正解でした。

 

「お茶成分ゼロのアイソトニック飲料なのはご愛嬌ですよ?」

「確かに汗を流した後はこっちよね。ありがたく頂くわ」

 

 壁際に移動した私達は腰を下ろし、木場君が笑顔でギャーを聖剣で追い回す様をぼーっと眺めながらアクエリをちびちびと舐める。

 思い返してみると、部長と二人だけで話すのは初めてだった。

 好きか嫌いかの二択なら前者でも、やはり部長と私の間には価値観と言うか根本的な思想の部分で壁があり、相容れない存在なのは確か。

 普段は緩衝材のイッセー君や小猫が間に居るから意識してなかったけど、こうして二人きりになればそれが良く分かる。

 何せ悪魔業界関連以外に共通の話題すら無い。

 これぞ私と部長の極めて希薄な関係の証明。

 友達の友達は他人であることが、浮き彫りになってしまった瞬間だった。

 

「会長とのゲーム、酷評されたとか」

「ええ……親グレモリーのメディアからすら手厳しい評価を貰ってしまったわ」

「性能差で圧倒しているにも関わらず、敵の策に踊らされての惨敗ですからね」

「また痛いところを突く子」

「しかも会長の教育宣言と戦術を好意的に受け止めた平民階級の後押しを受け、今回のゲームは貴族社会でも評価が二分されたと聞いています」

「不思議とそうなのよね……」

「対外的な影響は大丈夫なんでしょうか?」

「ノーコメントよ」

 

 結局、表立って会長を叩いたのは少数の貴族だけ。

 レイヴェルが懸念した程の逆風は吹かず、むしろ槍玉に挙げられたのは部長だった。

 結果を出せなかった以上、仕方が無いとは思う。

 だけど試合前は正義のヒーローと持ち上げたのに、負けた瞬間悪の尖兵のレッテルを貼り付けて貶めるメディアのやり口は許し難い。

 掌返しの偏向報道は、ライジングサンだけで十分ですよ……。

 

「だけど、挽回のチャンスは直ぐ目の前に用意されているわ」

「噂の六家選抜戦ですね」

「そうよ。その準備として新たな騎士も口説き落としたし、戦術の勉強も基礎からやり直した。同じ無様を晒さず、ソーナへの雪辱も必ず果たしてみせるわよ!」

「応援は任せてください」

「ありがとう。爰乃は眷属じゃないからゲームは無理でも、体育祭なら同じチームとして戦えるわ。

どんなゲームであれ勝利を重ね、共に栄光を掴み取りましょう!」

「はいっ!」

「じゃあ休憩はここまで。当座の目標は部対抗リレーに特別枠で出てくる生徒会チーム打倒なのだから、今は練習あるのみ。いいわね?」

「勿論です。クラス優先にはなりますが、全力を尽くします」

「っと、朱乃が呼んでいるわね。先に行って待ってるわ」

 

 姫島先輩の手招きに応じて去っていった部長を見送り、うーっと背伸び。

 冷えてしまった体を温めるべく、ストレッチを始めながらふと思う。

 さり気なく漏らした新戦力、果たして如何ほどのものやら。

 正直なところ能力を把握しているグレモリーズに興味は無く、消化試合としか見ていなかっただけに嬉しいサプライズです。

 部長ご自慢な切り札の実力を直接確かめる為、私も頑張らないと。

 全ては直近の会談次第。必要なチケットを必ずや分捕ってやりますよ!

 

「……あ、香千屋先輩の上着が捲れ上がってブラが見え」

「マジか!」

「……嘘です。煩悩退散、もう一度最初からやり直して下さい」

「チクショウ、騙された!」

「……先輩がコレを覚えてくれないと集合練習だけでなく、アーシア先輩との二人三脚にも影響が出ます。合法的にイチャつけるご褒美を貰う為と割り切り、もう少し真剣にやりましょうよ」

「そ、そうか、アーシアの体に触れるチャンスなのか! よーし、少しでも早く一緒に練習する為にも頑張ります! 俺を導いてください、師匠!」

「……清清しい程に欲望に忠実な変態さんですね」

「嫌だな小猫ちゃん。ハーレム王仮免の俺がエロいのも当然じゃないか」

「……そうですね」

「つーわけで、死ぬ気で頑張る」

「……人参を目の前にぶら下げない限り、本当の意味で本気を出せない人は嫌いです」

「ふはは、何とでも言ってくれ。例えば偏差値底辺で無理ゲーだった駒王学園合格も、爰乃との学園ライフと言うご褒美があればこその偉業よ!」

 

 何を考えるのも自由ですが、恥かしいことを口走るのはやめなさい。

 

「……どうしてこうも奥手で一途な癖に、ハーレム王とのたまうのやら」

「カレーが一番でも、ラーメン、ステーキ、他の料理だって大好きだからな!」

「……では、陥落した甘いケーキなアーシア先輩は美味しく頂いたんですよね?」

「え」

「……はりーはりー。今何処まで進んでいるのか教えて下さいよ、ハーレム王様」

「手、手を握ったり、俺の部屋でトランプとかやりましたよ?」

「……え、それだけですか?」

「そう、そうだよ、うっかり寝オチして一緒の布団で一夜を明かしたことも!」

「……やれやれ、座禅再開」

「その"無駄な時間を使わせたなコノヤロウ”的な目は何!?」

「……空気が読めるところだけは評価します。さ、早く」

「相手にされないのが一番きついっす」

 

 何だかんだと二人は仲良しに見える今日この頃。

 これなら漫才コンビとして舞台に立つ日も遠くない気が。

 

「あの、爰乃さん。もしもお御手隙でしたら、少しの間だけお付き合いをお願いしても宜しいでしょうか?」

「構いませんよ。二人三脚のですよね?」

「です」

「紐は?」

「ここにあります」

 

 惰性で柔軟に精を出していると、歩み寄ってきたのはアーシア。

 手持ち無沙汰な私は彼女の頼みを了承し、小学生以来の二人三脚に興じることにする。

 互いの足を軽く結んで腰に手を回せば準備万端。私がアーシアの呼吸を読む形でいっちにーさんしーと、ゆっくり歩く所から始める。

 

「その調子だけど、イッセー君は私ほどテンポを合わせられないと思う。その辺は注意して」

「は、はい!」

 

 仲良く外周を走る私達は、多分青春とやらを謳歌している気がします。

 学校生活も順風満帆。友人も人外関係者オンリーにしろ増えた。

 倒すべきライバルに、後ろから追いかけてくる後進も居る。

 武術一辺倒だった中学時代も充実していたけど、これはこれで悪くない。 

 

「そうだ、一つ確認をしても?」

「何でも聞いて下さい」

「アーシアに粘着しているストーカーって、ディオドラ・アスタロトだよね?」

「はい、その人です」

「そんなにしつこいの?」

「昨日も部室にまで押しかけられました。しかも真顔で”僕と君が結ばれるのは運命”とか”僕は君のことを愛しているのだから、君も僕を愛しているのだろう?”と連呼されて気持ち悪いのなんの……」

「災難だね」

「同じ変態でも、寝暗さ皆無でカラっとしたイッセーさんとは大違いなんです」

 

 アーシアもイッセー君が常人の部類に入らないって理解してたんだ。

 恋が盲目と言うけれど、冷静な部分が残っているなら何よりです。

 

「でも大丈夫。遅くても今週中にストーカーは始末―――排除される筈だから」

「えっ、何をするつもりなんですか!?」

「秘密。私の進めているプロジェクトの一環で、偶然アーシアの益になる感じかな」

「教えてくれてもいいのに……」

「兵藤家の変貌を黙っていた罰です。ぜーったいに教えません」

「うー、いじわるさんです」

 

 イッセー君達を驚かせるべく秘密裏に進めて来た計画のネタ晴らしは、幾らアーシアの頼みでも聞くことは出来ませんよ。

 

「さぁ、意識を練習に戻していっちにーさんしー」

「えっと、ごーろくひちはち」

 

 強制的に足を動かすことで話を打ち切り、アーシアの追求を華麗に回避。

 親友に啖呵を切ってしまった以上、最早計画に失敗は許されない。

 目の前に控えた悪巧みの総決算を前に、思わず手に力の入る私だった。


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