アドラメレク曰く、俺の弱点は継戦能力の低さらしい。
最初のうちは指摘の意味を理解出来なかったが、爺やら鳥と何でもありの模擬戦を繰り返す内に嫌でも思い知らされた。
例え格上だろうと短期決戦、若しくは長期戦でも力を奪い取れる相手なら勝てる。
が、忌々しいアンズーを筆頭とする神器が通じない連中は駄目だ。
一発逆転を狙った覇龍で一気に押し切ろうにもののらりくらりと逃げられて、気が付けばガス欠を起こし自滅するパターンの何と多かったことか。
また、悔しい事に奴らは俺と比べて燃料の使い方が上手い。俺が8の力で10を産み出すところを、馬鹿鳥達は1の力で10を産み出すとでも言えば良いのだろうか。
おそらく瞬間的な最大出力は五分なのだろう。
しかし最大稼働の維持時間と、通常時の燃費差が壁なのだと思う。
『ぬしの神器をわしらが防げる理由は、漠然と曖昧なものを対象に設定するからじゃよ』
『力を半減させる行為の何処が曖昧なんだ?』
『例えばわしに神器が通じたとして、具体的にどうなる? 力とは魔力か? それとも筋力か? はたまた体力なのかね?』
『……考えたことも無かったな』
『そこが問題なのじゃよ。今のぬしがやろうとしているのは、力を薄く漠然と広域にばら撒いているようなもの。これでは干渉力の低下を避けられず、対抗手段を用意しておる者に通じる道理も無い』
『なるほど』
『全ての力は細く鋭く練り上げてこそ真の力を発揮する。10の力で十箇所を侵食するよりも、100の力で一点集中こそ真髄というもの。これ以上は言わずとも分かるな?』
『行動で示してやるさ。この借りはいつかお前を倒す事で返させて貰う』
言われるまで気付かなかったが、確かに日常生活で活用している半減は”疲労”や”煮込みの時間”をピンポイントで狙い撃ちしていた。
これぞコロンブスの卵。過去の成功体験から、戦闘における神器活用法に疑問を抱かなかった自分が情けない。
結局、いつぞやの鬼灯の諫言は正しかったと言うことなのだろう。
固定観念を捨て、力の使い方を柔軟に模索しなければ見えない境地は確かに重要だった。
遅くはなったが、お前の言葉はようやく血となり肉となったぞ鬼灯。
『楽しみに……と言いたいところじゃが、返済先はぬしの王にしなさい。孫が胸を張って自慢出来る最強の兵士に成長する頃には、自然とわしも越えられる筈じゃからな』
『……リミットはたったの100年程度か。買い被られたものだ』
『期待しとるよ? 出来ぬとは言わんな?』
『くっ、ならば試したいことが色々と出来た。もう一戦付き合え』
『それでこそ白龍皇。夕餉までなら胸を貸してやるわい』
それから試行錯誤を繰り返した今も、力のコントロールで女王に劣っている自覚はある。
しかし、挑戦を続けた日々は決して無駄では無かった。
それを今から証明してやろう。
第六十四話「勤勉に目覚めた兎」
真っ先に一歩を踏み出した戦車二人はスピード型と言ったところか。
加速性能は縮地習得後のゼノヴィアと五分程度。最低基準値を満たした、中々の早さである事は認めよう。
しかし、貴様達は既にチェックメイト済み。今更何をしようと遅すぎる。
具体的に言えば、一人目はもう限界だろ?
「きひやぁっつあ!?」
「何っ!?」
俺が開幕で半減させたのは戦車Aの心臓機能。脈動を突然死してもおかしくないレベルに一瞬で落とされた子羊は、俺への道半ばに胸を押さえてのた打ち回る無様っぷり。
これには戦車Bも驚いたのか、俺への攻撃を忘れて足を止める始末だった。
「次は隙だらけのお前だ」
『DIVIDE!』
戦車Bが立ち直る前に第二射。
差別が嫌いな俺は、タッグを平等に扱うことを忘れない。
当然、今度も心臓の一点狙い。概ね一人目と同じリアクションで崩れ落ちる様を見て思うのは、ちょっと視点を変えるだけで劇的に進化を遂げるアルビオンへの畏敬の念だ。
過去の白龍皇を知るアザゼルが、誰もその発想に至らなかったと賞賛した”単一対象且つ、単一項目へのピンポイント半減”技術。限定的にしても、アドラメレクにすら干渉可能な時点で並の能力ではない。
さすがに臓器の狙い撃ちは身内に試す訳にもいかずぶっつけ本番での発動だったが、やはり格下ならば問答無用で効果を発揮することが証明されてしまった。
これなら使い道は幾らでも在る。新たな力は想像以上に汎用性に優れているじゃないか。
「爰乃、爰乃、ヴァーリが借りた漫画の主人公ソックリだぞ! あの白いの、ついにドラゴンだけでなく死神とも契約したらしいな!」
「本当に何処でノートを拾ったのやら。心臓押さえてドクンッとか、言い逃れできない感じにデスサーティーンですよねー」
「後でページを分けて貰えるように頼もう」
「ゼノヴィアの場合、うっかりメモ帳代わりに使って自滅する未来しか見えないから止めなさい。剣はペンよりも強し。そんな神器(?)に手を出すくらいなら、デュランダルの手綱をもっと上手く握る為に労力を割く方がよっぽど有意義です。分かった?」
「そうだな。私の場合、殺したい相手は直接ぶった斬る方が性に合う。むしろ手応えがない分、割に合わないかもしれん」
言葉の意味は分からんが、貴様らは妙な勘違いをしている気がするぞ。
何だその生暖かい目は。
ここは賞賛を送って然るべきタイミングじゃないのか?
『……君は何をしたんだ? 神器対策は防御術式で万全の筈だぞ?』
「客に手品の種を明かす魔術師が居る訳が無いだろ、馬鹿め」
『クソがっ! 下僕共、何をぼさっと見ているんだ! さっさと殺せ!』
「口汚い言葉を吐くと、お里が知れるぞ自称名門貴族」
『五月蝿い五月蝿い五月蝿い!』
ご自慢の戦車が理解不能の潰され方をされたことに危機感を覚えたのか、馬鹿は一気呵成に数の暴力で押し切ると決めたらしい。
八名のポーンを三名ワンセットの編成二つ、残りをツーマンセルの計三つに分割。俺に降りかかるのは統率の取れた波状攻撃だった。
前後左右に空まで使い、以心伝心に獲物に喰らい付くスタイルは実に興味深い。
個人的には未経験の本格的な多数対一を堪能したいところだが、それはヴァーリ・ルシファーが個人で責任を負える戦いまでお預けだ。
何故なら今この場は香千屋爰乃の戦場。求められるのは確実なる勝利のみ。
実験も十分な成果を上げた事だし、そろそろケリを付けるとしよう。
『Half Dimension!』
左右の手で一人ずつ兵士共の頭を掴むと同時に全力でぶん投げ、点在していた狼達を一点へと集約させるように場をコントロール。
そして作り出した隙を見逃さず、間髪いれずに発動させたのは空間への断続的半減効果だ。
魔力の消費は激しいが、これは加減不可能な鬼札の一枚。
何せ空間は無抵抗だ。無抵抗である以上、絶対に抵抗は出来ない。
つまり内包物が神でも悪魔でも当人には一切の干渉を行わないことで、あらゆる防御手段を無視した空間破壊攻撃をダイレクトに叩き込めるのである。
欠点は発動に若干のタイムラグがあることと、座標に対して仕掛けるので神器発動前に範囲外へ移動されてしまえば意味が無い点。それに空間系の能力に長けた相手には妨害される二点だが、今回の相手なら問題は無いだろう。
神殿を支える柱が虫掛に消失するのに併せ、哀れな……違うか、俺の大切な王に下卑な笑みを向けた走狗の体もピースの欠けたパズルへと変質が進んで行く。
分母の倍倍ゲームが極まる頃には、円形に抉れた廃墟と悪魔だった物の欠片が残るのみ。
残されたのは運良く初手で倒され、戦闘続行不可能の戦車だけ。
さすがにやる気を失った俺は、空へと判断を仰ぐことにする。
「おい、アスタロト」
『な、何だね』
「もう十分だろ? 俺の勝ちで構わんな?」
『あ、ああ』
「ならば結構。次に行くぞ爰乃、さっさと皆殺して帰ろう」
「私の兵士は頼もしいですね。論功褒章は期待して下さいな」
「そう言う事なら、もっと派手に暴れるべきだったか」
「いやいや、私の知らない必殺技祭りで十分に驚いてますからっ!」
「なら良い」
さすがと言うべきか、血痕が散見する地面を平然と進む我が王は頼もしい。
それでこそ配下と轡を並べて苦楽を共にする、率先して先陣を切る武将型。巴御前も真っ青な前衛系のお姫様だと胸を張れると言うもの。
「それではレッツゴー金牛宮。牛の角を折ってやりましょう!」
「「「おー」」」
一応、これは公式なゲームの初陣。万が一にも兵藤と同じ轍を踏む訳にはいかなかった俺は、満足そうな笑みを浮かべた爰乃を見てやっと肩の荷が下りた思いだった。
「お疲れ様ですの」
「疲れる前に終わったがな」
「精神的には違うのでは?」
「まぁ、否定はしない」
「ご安心なさい、マイロードは兵士の活躍に満足されていますわ」
「チームの頭脳がそう感じたなら一安心」
「後は後続が初戦を上回る戦果を挙げない限り、一番槍も相まってヴァーリこそが最大評価を受ける筈。試合後は上手くご褒美を強請り、評価ポイントを稼ぐのをお忘れなく」
「なるほど、褒美は物に限らないと言いたいんだな?」
何故か目をキラキラさせて近づいてきたのはレイヴェルだが、付き合いが浅い分何を考えているか分からんのが辛い。
悲しい事に俺は美猴が太鼓判を押す程度にはコミュ障。他人との距離感が掴めず、場の空気を読めないことには定評のある男よ。
おそらく俺を嵌めようとか悪気は無いと思うが……コイツの意図は何だ?
「わたくし、身分違いの恋とか大好物ですの。応援していますわ!」
「待て」
「マイロードは攻略面倒ですし”一緒に帰って、友達に噂とかされると恥ずかしい”とか言われても簡単に挫けちゃ駄目ですわよ?」
「お前が何を言っているのか分からない」
「それでは後学の為にも、本拠に戻ったら恋愛の参考資料を貸して差し上げましょう」
「要らん」
「あら、プレイボーイとして名を馳せたお兄様もバイブルと仰っていましたが?」
「なん、だと」
種馬として名を轟かせる、あのライザー・フェニックスが感銘を受けた指南書か。
一読する価値が在るような、無いような。
女の扱い方を学ぶ絶好の機会が巡って来た……と、捉えるべきか?
「これは善意ですの。強制は致しませんので、気が変わったら何時でもどうぞ」
「少し考えさせて欲しい……」
「ですが、くれぐれも赤龍帝に遅れを取らぬようお気をつけを。まだ時間があると余裕ぶっていると、意外な伏兵に持っていかれるかもしれませんわよ?」
爰乃への好意は自覚しているが、それが愛だの恋だのなのか分からん段階の俺にレイヴェルの後押しは早すぎる。
何だろう、これなら爺を明日倒せと言われた方が気が楽だ。
ひょっとしなくても突きつけられた選択肢は”死ぬ”か”殺される”の二択じゃないのか?
「と、この話は一旦ここまで。ディオドラなら試合外でも妙なちょっかいを出してくる可能性も十分に在りますし、マイロードの警護に集中致しましょう。宜しくて?」
「任せろ。鬼灯と連携して、不足に備えた万全の体制を取ってやる」
やはり目の前の小さな目標に全力投球こそ俺のスタイル。
問題を先送りにしただけな気もするが、今はこれでいい。
そう自分を納得させた俺は、鎧のお陰で浮べているであろう妙な表情が悟られない事に安堵しながら指揮官と共に先を行く王の後を追う。
早くこのもやもやをぶつける手頃な刺客が来ないものか。
思わず駄目な願いを抱く俺だった。