赤蜥蜴と黒髪姫   作:夏期の種

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一万文字を超えたので二分割。決着編は土日に載せられる気が。


第65話「相克しない五行」

 こちらの陣容は厚く、常識的な王ならば最低でも複数の駒を投入する圧倒的な兵力。

 もしも僕が受ける側なら、保険の意味も込めて相当の戦力をぶつけていただろう。

 しかし、あの女は僕とは違う考えだった。

 切った手札はまさかの一枚。如何に白龍皇が最強のカードだからといって、イレギュラーを考慮しない無謀な選択だったのではなかろうか。

 だけど、お蔭様で少しだけ安心したよ。

 結果として勝ったから大丈夫な、結果オーライのギャンブル精神は必ず綻びを生む。

 全四戦の長丁場、毎回上手く行くと思ったら大間違いさ。

 

「さて、こちらも負けじと伝説のドラゴンで対抗だ。頼むよ?」

『契約は守ります。その代わり、邪魔をするようなら容赦しません』

「君の足元の蟻は、どうせ替えの利く使い捨ての駒。気に障ったなら踏み潰しても罪は問わないさ」

『では、そう言うことで』

 

 背後から響く木の軋む音を聞きながら、僕は余裕の笑みを浮かべる。

 シャルバ卿に頭を下げて借り受けられた望外の存在、小娘がどう受けるのか楽しみだ。

 

 

 

 

 

 第六十五話「相克しない五行」

 

 

 

 

 

「我、出番。譲らず」

「分かりました。但し敵は騎士っぽいをお供に連れていますし、子蝿対策にゼノヴィアも同伴させることが条件です」

「好都合。我、ラドン専念。ゼノヴィア、必須」

「ならば私が鬼灯に合わせよう。邪魔をしない程度に掻き回すから、こちらを気にせず存分に戦ってくれ」

「否定。ゼノヴィア、プランA要請」

「求められている役目はそっちか。なら、それ相応の準備をしないとマズイな……」

「タイミング、一見了解」

「よく分からないが、大体分かった。ヴァーリ、保険として前に試した聖剣への半減を頼みたい」

 

『DIVIDE!』

 

「……これで良いか?」

「十分だ。では、行こう鬼灯。例の物も出し惜しみ無しで使わせて貰うぞ」

「了解、出陣」

 

 遮る物の無い広く開けた第二の間。その中心に聳え立つドラゴンを象った大樹を見た瞬間、我は久方ぶりに心が沸き立つのを感じていた。

 アレは間違いなく奴だ。遥か昔、何故か邪龍などと呼ばれていた頃の我をフルボッコにして勝ち逃げした因縁の相手を忘れる筈も無い。

 奴の名はラドン。ディフェンスに全てのリソースを割り振った結界術が得意な邪龍である。

 どれくらい硬いかと言うと、装甲フル改造のスーパー系が鉄壁を張りつつ防御。その上でATフィールドな強度を標準で持っている馬鹿っぷり。おそらく弦やレイヴェルならば、手も足も出ない存在ではなかろうか。

 しかし、それでも栄枯盛衰は世の常。風の噂ではドラゴン系定番の人間に倒される末路を迎えたと聞いていたが、やはりそれは誤りだったらしい。かく言う我も巷では討伐されたことになっていたので、まぁ……よくある誤解ではあるのだが。

 

「始める前に確認。あの大きな木を見て目の色を変えたけど、何か因縁でもあるの?」

「肯定。昔、奴に負けた。リベンジマッチ必要」

「そう言うことならこれ以上は聞きません。だから、必ず勝ちなさい」

「命令受諾。我、必勝」

 

 こんな時、細かいことを気にしない上役には助かる。

 あまり強さに執着心の無い我でも、やはり敗北の歴史は汚点だ。供物の酒にやられて前後不覚に陥った件に負けず劣らず、正面からの力勝負で風下に立った宿敵との過去は好んで口にしたくも無い。

 

「……マイロードは配下の自主性を尊重し過ぎます。予定では私と弦の出番ですのよ?」

「でも、やる気って大切だと思わない?」

「まぁ、そうですが」

「ゼノヴィア&鬼灯タッグなら駒の消費も予定の範疇だし、率先して挙手してくれたなら逆に好都合。王様視点でも妥当な判断だと私は思う」

「ちゃんと考えた上でなら異論はありません。王の下知に従いますの」

 

 聞こえてくる会話から、我が戦術プランを崩してしまったことを知る。

 しかしラドンは我かアン、もしくはミリオンでなければ勝負にならん存在。

 面倒なので説明は避けたが、因縁も含めて我が相手にすることこそ最善だろう。

 そんなことを考えながら足元の連れを踏み潰さないよう気をつけつつ、身内集団から抜け出す。

 存外に広い部屋の中を観察しながら進み、間合いを計りながら停止。怨敵と鼻っ面を合わせたところで、我から口火を切ることにした。

 

「ラドン、久しい」

『ラードゥンであると、何度言えば覚えるのですか』

「些事、気にしない」

『これだから千年竜王といい、多頭種は適当で困ります……』

「質問。孤高気取りの汝、何故下僕?」

『あらゆる存在の中で最も優れた種族は我々ドラゴンです。別に悪魔如きに忠誠を尽くしてなどいませんよ。これはそうですね、人間の言葉を借りるならビジネス。少しばかり借りのある組織へ果たす義理と思っていただければ結構』

「了承」

『で、あなたこそ人間の下僕ですか』

「肯定」

『まったく嘆かわしい。そんな性根だから私に勝てないのです。仮にも同じ邪龍カテゴリーなら、プライドを持ちなさいプライドを。それこそ二匹で世界に喧嘩を売った二天龍程とは言いませんが、大人し過ぎるのも罪ですよ?』

「我、人間好き。料理技能、人間最強。食べても美味し」

『相変わらず良く分からない趣味ですねぇ』

 

 ラドン、貴様が思うほど美食道はマイノリティーではない。

 何せ我が主催した”美食を追及する龍の倶楽部”に加入したドラゴンは多く、刺身大好きクロウ・クルワッハを筆頭にして、カレー至上主義のアポプス、中華のティアマット、フレンチの玉龍、和食のセベクと名だたるメンバーが勢揃い。

 彼らは人間の腕を認め、種族の垣根を越えたリスペクトを持っているんだぞ?

 優れている者は種に関係なく認める、これは非常に大切な真理だ。

 この事実を認めないからこそ、ドラゴンは力で劣る人間に討たれていると我は思う。

 ちなみに最近になって門を叩いてきたファーブニルは

 

『アーシアたんのおパンティーハァハァ。ブラ、スク水、思春期の女の子の衣類こそ旨みの究極』

 

 と、舌も頭もおかしい主張を譲らなかったので入会を拒否。むしろ全力で縁を切った。

 ちなみに我関せずのクロウを除き、ネームド会員の総意はギルティ。五大龍王などと呼ばれようと、所詮あの変態は力が強いだけの駄龍。次にのこのこ顔を出したなた、必ずや滅ぼすことを一同で誓ったものである。

 閑話休題。やはり生物である以上、どうせ食べるなら美味しい物を望むのはドラゴンも同じであると証明済み。

 あまりこんなことは言いたくないが、邪龍と言いつつもラドンは植物カテゴリー。極端な話、水と太陽さえあればスクスク育つ自称ドラゴンと、概ね爬虫類ベースの我らは違うのだよ。

 

『おっと、始める前に一応説明を。僕が出すのは騎士二人と、宝樹の護封龍ことラードゥンだ。彼は僕の眷属ではないが、ルールに従い助っ人として参加してもらう。まさか異論は無いよね?』

「構いません。そしてこちらは見ての通り、戦車を二枚です」

『まさか討伐済みと聞いている八岐大蛇を下僕に迎えているとは思わなかったけど、こちらも同格以上の邪龍を用意してある。どちらの伝説が優れているのか、実に興味深いカードだよ』

「飼い犬どころか、レンタルボディーガードを自慢されても」

『ぐぬぬ』

 

 見ればラドンもやれやれ、と頭を振っている。我もしがらみで冥界くんだりまで来ているが、奴もまた見知らぬ誰かに雁字搦めなのだろうか。

 かと言って完全なる自由を得ても、結局は自分に縛られるとアンズーは遠い目で語っていた。

 静寂を愛するオーフィスすら好んで人間の姿を取ることから見ても、意思を持つ存在が完全なるスタンドアローンを達成するのは不可能なのだと我は思う。

 猫の言葉を借りるなら、他者に認識されない自分は存在しないも同じ。

 つまり適度な外部との繋がりは、人生に必要なスパイス。美食と同様に味のアクセントは必要なのである。

 まぁ、我はその点恵まれている。

 家庭の味を提供してくれる姫様と、それなりに気心の知れた同僚に囲まれた現環境は大満足。

 誰かに従うことでしか得られない幸せもある。この意味を、私怨と義務感の合わせ技で教えてやらねば。

 

「先手必勝、我のターン」

 

 敵首魁による試合開始が宣言されたと判断した我は、さっそく仕掛けることにした。

 八本の首から亀の怪獣真っ青のプラズマ火球を発射するが、これは完全に駄目もとの牽制。

 目を赤く光らせて結界を展開するラドンには当然弾かれてしまう。

 

『以前吐いていた炎と段違いじゃないですか』

「宇宙の力、応用」

『う、宇宙?』

 

 仲間よりもたらされた異なる星の異なる科学技術の仕組みを元に作り上げたこの炎でも、やはり硬さだけが取り柄なVITタンクの壁を打ち抜くことは出来ないか。残念。

 が、物理を学んだ我の引き出しはまだまだこれから。

 奴が動揺しているこの間にドンドン行こう。

 

「即ちギャラクシー。我の実験、パート1」

 

 体をまるっと結界で覆われる寸前、呼気を深く吸い込むことで威力を上げた火球を全力斉射×2。初速を抑えた炎弾を魔力コントロールし、軌道を制御して宙を泳がせておく。

 

『またそれですか。今度は結界の強度を相応に上げたので無意味ですよ?』

「否定、NOT通常。YES必殺技」

『ええい、言葉が足りない龍ですね!』

 

 普通の敵は移動するので成功した試しは無いが、今回ばかりは動かざること山の如しを地で行く森の王。持ち前の防御偏重主義も相まって、どんな攻撃だろうと受けに回ってくれるから有難い。

 逃げられる恐れが無い為、これ幸いと焦らず落ち着いて準備。16発の爆弾を奴の周囲180度へと均等配置した我は、起動スイッチを一斉に押す。

 ちなみに寸分の狂いも無く起きた爆発は、中心に向かって力を解放するように指向性を付与済みである。

 

「成功」

 

 うっかり忘れていたが、姫様達は無事だろうか。

 しかし、鼓膜を破りかねない衝撃音を発生させてから気づいてももう遅い。きっとアンかアルビオン辺りが対応していると断定し、一本たりとも首を後ろに向けず結果を注視する。

 発生させたのは通常では得難い貫通力を生む爆縮現象。出来ることなら360度くまなく覆いたかったが、地に根を下ろすラドンにはそれもかなわなかったのが実に惜しい。

 まぁ……爆煙の中から現れたラドンの惨状を見る限り、悪くない成果だ。

 ご自慢の結界を一枚残らずパリンと砕き、金剛石よりも硬い枝を幾つか引きちぎる大戦果。我が人間ならドヤ顔で見下ろしているところだろう。

 

『ま、また、凄まじい技を……さすがに少堪えましたよ』

「我、日進月歩。ラドン、足踏み。差、埋まった」

 

 かつての我はこの障壁を突破出来ずに負けた。

 しかし苦手だったアルコールと同じく、苦手はちゃんと克服済み。日本酒も樽でドンと来い。

 故に今や対結界戦(物理)は得意分野……なのだが、防御を超えられただけで勝てるならラドンは邪龍と恐れられる筈も無い。奴が厄介なのは、何でも防ぐ最強の盾と何でも貫く無敵の矛を併せ持っているからで―――

 

『ほう、では私の攻撃を防げるようになったのか試してみましょう』

 

 来た、と思ったのも束の間。我の首の一つが鋭利な断面を見せて落下していた。

 

『おやおや、防御面は進化していないようですねぇ』

「先手必勝、ノーリスク。防御不要」

『私を相手にして、そう上手く行きますか?』

 

 空気の流れを読んで次の回避を試みるも、そもそも我は機敏に動けるタイプではない。

 胸の肉を円形に抉られるが、ヒュドラにも勝ると自負する超速回復が始まっているので無問題。

 しかし、立て続けに攻撃を貰い続ければ話は別。

 いずれは再生が追いつかず、倒される末路がほぼ確定済みなのが辛い。

 

『やはり東洋の小島で最強を謳ってもこの程度』

 

 ラドンの厳密には攻撃とも言えない攻撃の正体は、任意空間への結界展開である。

 普通は結界の外枠に異物を挟んでの構築は無理なのだが、我の知る限り世界最高の結界スペシャリストはいとも簡単にソレを行うから恐ろしい。

 少なくとも必殺技級でなければ突破できない強度を持つ結界の淵は、最上級の聖剣、魔剣を凌ぐ切れ味を持ち、真円が描く曲線に沿って触れる物を全て両断。弱点とも呼べない弱点は、同時展開数か僅かなことと、ルールを無視した代償なのか維持される時間がほんの一瞬である二点のみ。万能すぎて羨ましい限りだ。

 

「我、諦めず」

『存分に無駄な足掻きを繰り返しなさい』

 

 あえて再生を抑えて足元へ転がしたままの頭を使い、切り札の行方を探す。

 アレは与えられた役割を果たす忠実な番犬。普通の人間なら命を落とす攻防の余波と、我の毒性を秘めた血液が飛び散った地獄の中でも、五体無事に健在であることを確信している。

 敵の騎士は知らん。仮に無事でも、どうせゼノヴィアがとっくに仕留めている。

 結界へ全力で噛み付き、プラズマ火球を絶え間なく撃ち、猛毒を浴びせつつの片手間探索では発見は出来なかったが、逆にこれは好都合。

 壊すと同時に復旧される結界の相手も、五体を切り刻まれる受身も十分。そろそろ不毛な現状を打破し、姫様に力押しだけでなくゲームメイクも出来るところを見せるとしよう。

 

「ジリ貧、認める。性能、ラドン上」

『やっと身の丈を理解しましたか』

「とっておき、進呈」

『また炎熱の派生ですか? それともご自慢の毒素の新型ですか? 最強の盾持つ者の義務として、何であろうと逃げも隠れもせず、きっちり受け止めてあげましょう』

「感謝。雲気在れ。満開、都牟刈大刀」

『……は?』

 

 かつてのゲームで披露出来なかった、赤の対となる鋼の力を解放する我だった。


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