その昔、若い女の踊り食いがマイブームとして訪れていた頃だった。
毎度毎度狩に行くのも面倒になりねぐら近くの人里へと生贄を要求していたら、暫くしてブチ切れた神が殴りこんで来たことを良く覚えている。
素面で争ったならともかく、差し入れされていた酒に潰れ前後不覚に陥いっていた我は敗北。
辛くも逃げ切ったものの、他所の土地へと移住を強いられたのは苦い思い出である。
思い返しても腹が立つのは、空気を読まぬ須佐之男命の暴挙だ。
人間は魚や獣から一方的に搾取する生き物だが、我は食材を譲り受ける度に当時の最先端技術だった鉄のインゴットを与えるフェアトレード制度をいち早く導入。適正価格の対価を支払う現代人っぷりを実践していた。
お陰で村は潤い、我としても無駄手間を省いて厳選食材を年に一度送って貰えるWINWINの関係だったと言うのに、あの神は人の話を全く聞かない。
丁度出荷予定だった櫛名田比売も納得済み、むしろ関係がおかしくなるから止めてくれと懇願する我サイド。
にも関わらずあの娘は俺の嫁、と難癖をつけ騙し討ちを仕掛けて来るとか意味が分からない。
仕舞いには十拳とか言う肉も切れない鈍器が戦いで折れたからと、我の持つ天候干渉型剣”都牟刈大刀”を強奪される始末。
神とは何だったのか。高天原のジャイアンの顔を二度と見たくと思う神魔は、大和だけでも雨粒の数だけ居ると思う。
『理解不能』
それから悠久の時が流れた後、電子の海で見つけた情報に我は驚いた。
何故そうなったのか都牟刈大刀は天叢雲剣へと無断で改名された挙句、人間の間で神霊剣などと崇められるまでに出世していたのである。
確かに純度の高いヒヒイロカネを素材とした、霊力に満ち溢れる立派な剣だろうさ。
しかし我的には、幾らでも生み出せる量産可能な品でしかない。
所詮は唯の道具。我の認識はその程度である以上、当然の反応だ。
我が憤慨したのは、須佐之男命の屑に無断で名前を変えられた件だった。
すっかり天叢雲剣の名が定着してしまった現在、世間に都牟刈大刀こそが正式名だと訴えても手遅れ。
キムチの国とは違う正式な起源を持つ我でも、既に捻じ曲げられた真実は元に戻せないのである。
『不貞寝』
枕を涙で濡らし苦虫を潰す思いで事実を受け入れた我は、そこでふと気づいた。
すっかり存在を忘れていた都牟刈大刀……もとい天叢雲剣を有効活用する方法は無いのか? と。
色々と検討した結果、選ばれたのは聖剣創造のオマージュ。大地より剣を生み出す手法の模倣だった。
この思い付きを試したところ、これが実に合う。
我は地龍なので空には干渉出来ないが、地面に面している場所なら無問題。具体的には視線さえ通っていれば、隔絶された結界の内部にすら刃の園を生み出す能力を得られたのである。
そう、こんな風に。
第六十六話「天ノ叢雲ノ剣」
ラドンの唯一守られていない根元から筍の如く屹立したのは、数を数えるのも馬鹿らしい量の神霊剣。大きさもまちまちなソレらは強固な木皮を苦も無く穿ち木龍を大地に縫いつけ、終盤の黒ひげ危機一髪状態を忠実に再現する決定力を見せている。
普通の相手ならばこれで致命傷だが、相手はちょっとやそっとでは滅ばないインチキ邪龍だ。
最大威力の炎で炭にしてやろうと大きく息を吸い込むも、少しばかり時間が足りない。こちらの準備が整うよりも先に結界に動きを封じられてしまった。
『いやはや、痛い痛い。危うく滅ぼされるところでしたが、惜しいことに一手足りません』
「肯定。我、及ばず」
これだから植物系の相手は面倒なのだ。
せめて体の何処かに核でもあれば楽なのだが、ラドンにそんな部位は存在しない。
破片を一つ残らず消失させない限り、平気な顔で蘇ってくるサバイバリティは勘弁して欲しいところ。
『素晴らしい技を見せてくれたあなたに敬意を評し、私も普段は使わない奥の手を披露しましょう。さようなら、霊妙を喰らう狂龍殿。八岐大蛇の名は忘れません』
奴の目が怪しい光を放つのにあわせ、我を覆っていた結界が縮小を開始。
成る程、シンプルに最大出力の防護フィールドで押し潰す腹積もりか。
抵抗しようにも内側で大火力を放てば自滅を引き起こし、逃げる場所も奪い取る文字通りの必殺技には脱帽する。
精一杯の抵抗も空しく徐々に狭まる球体の中で肉が押し潰されていくが、これで詰んだと思ってくれたなら笑いが止まらない。
どうせ最初から3:7で勝てぬと知っていた。
しかし、これはチーム戦。
随伴戦力を歯牙にもかけない貴様と、弱い札でも有効活用を考える我には決定的な差がある。
完全に意識を我だけに向け、攻撃に全ての力を振り絞る余り防御結界をおろそかにするこの瞬間をずっと待っていた。
これで1%の懸念も消え、全てのお膳立ては整った。
タイミングは今しかない。殺れ、ゼノヴィア。
「……逃げに専念していなければ、流れ弾やら毒雨で蒸発した騎士共と同様に私も死んでいたぞ。幾ら作戦と言っても、もう少しこちらを気遣え鬼灯」
内容の割に気楽な声が聞こえた瞬間、深海にも匹敵する圧力は霧散。やってくれたかと感謝の思いを込めて同属の方を見やれば、そこには背中から腹にかけてを聖なるオーラにぶち抜かれて悶絶するラドンが居る。
それを成したのは、我と同格(?)の戦車。持ち前のタフさに聖剣の加護を上乗せすることで苛酷な環境に耐え、ずっと機会を伺っていた布石がやっと日の目を見た瞬間である。
『なっ、人間如きが私にこれほどのダメージを!? そもそも何時の間に背へ取り付いた!?』
熟練の技術で認識から消える弦には及ばないが、ゼノヴィアとて似たような能力を保有済み。
自然と気配を殺し、一撃必殺を狙う姿は正しく野生の虎。
これぞ本能だけで生きる野生児の面目躍如だろう。
「細かいことは気にするな。それより、せっかく保険のお陰で消費エネルギーが半分になっているんだ。普段は出来ないデュランダルバスター二連射を是非味わってくれ」
『デュ、デュランダル?、ゼロ距離でそれはさすがの私でも―――しまった、動けん!』
「馬鹿め、その為の串刺し刑だ。行くぞフィーリング命名、秘剣Lの字斬りぃっ!」
ズドン的な擬音が聞こえそうな二度目の光爆は、縦に割れ目を入れた後に軌道を90度変化。強固と有名なラドンの装甲も、一度内部に侵入されては意味をなさない。
返す刀で光が失われるのを惜しむように滅多切りを続けるゼノヴィアは、まるで大樹を蝕むシロアリか。
我も人のことは言えないが、大型種は総じて小物に取り付かれると弱いもの。
適材適所さえ守れば、格下とて簡単にジャイアントキリング達成可能なのだ。
『ぐぬぬ、聖剣の干渉が邪魔で表皮に結界が張れん!』
「凄いぞデュランダル。そんな効果があると知った主は鼻が高い』
『偶然の成果だったと言うのか!?』
「ま、そうなるな」
何それ怖い。我も初耳の効力だった。
『そ、それはともかく、そちらもこれ以上は聖剣を使えないでしょう。保有オーラを使い切った今、そう易々と私は斬れません。振り落としさえすれば私の勝ちだ!』
「うむ、力を回復するまではペーパーナイフ以下の鈍らだな。なので次はコレを使おうと思う」
『え』
「そこいらに散らばる数打物とは格の違う、龍神が全力を込めて作り上げた天叢雲剣・真打を食らえ!」
力を使い果たし押しても引いても斬れなくなったデュランダルをあっさり手放したゼノヴィアは、亜空間の引き出しから一本の剣を取り出す。
その正体は、こんなこともあろうかと我が与えておいた最新の神霊剣だ。
これぞ天叢雲剣を最初から与えた、我の生涯で初となる業物である。
あっけに取られるラドンを無視して振り下ろされたソレは傷口を狙った剣士の手により柄まで体内へ捻じ込まれ、間を置かず能力を発動。
馴染み深い波動が発せられた瞬間、思わず勝ったとガッツポーズの我だった。
『おのれ……この深奥までもが侵食される感覚は、あなたの仕業ですね八岐大蛇!』
「肯定。刃、濃縮毒属性付与」
対ドラゴン特化の毒を持つサマエルには及ばないが、腐っても我とて世界で十指に入る毒属性持ちである。
天候操作だけでは心許ないと、新型に我自慢の魂をも汚染する毒の力を与えるのは当然の選択だろう。
破壊力トップクラスの聖剣を持つゼノヴィアに与えることを前提にした為、オーラ斬り等の攻撃能力は最初からオミット。物理的な破壊力はデュランダルに一任し、ゲイ・ボウ的アプローチでの必殺を目指した新機軸に高い評価を頂けてとても嬉しい。
「我、敵意無し。投了、推奨」
『くっ、こうしている間にも毒がっ!』
「回答要求。サレンダー宣言必要、人間停止せず」
「む、今度は抜けなくなった。仕方が無い、量産型エクスカリバーでも何とか行けるか?」
『私の負けだ、負けを認めるからもうやめてっ! 聖属性は苦手なんだっ!』
引っ付いて離れない害虫の呟きは、宿主にとっての死刑宣告。
次なる牙を取り出したゼノヴィアに恐怖を覚えた時点で、奴の心は折れたのだと思う。
誰が恨みも得られる物も無い同胞との遭遇戦に、好き好んで命を懸けるのものか。
少なくとも絶対優勢な敵が助け舟を出してくれるなら、我はあっさり降参する。
これは負けても大事無い戦い。
グレンデルとは違い、聡明なラドンなら分かってくれると信じていたぞ。
「了承。ゼノヴィア、ステイ。剣回収急務」
「……邪龍は裏切り上等な連中ではないのか?」
「ラドン、プライド高い。嘘つかない。怪しい行動、抹殺OK」
「分かった。端役は主役の言葉に従おう」
「感謝」
この人間は馬鹿で単純だが、素直に人の言葉を受け入れる性質を持っている。
だからこそアドラメレク様も寵愛するし、我もわざわざ専用武装を用意する程度に愛着を持っているのだろう。
蕪を引っこ抜く要領で天叢雲剣を回収するゼノヴィアを眺めつつ、ラドンへと接近。え、まさか追撃!? と露骨に反応されるが、我にそんなつもりは無いので心外だった。
『あなたも混ざれば確実に私を滅ぼせたでしょうに。その為の足止めではなかったのですか?』
「汝に恨み無し。所詮、ゲーム。希少同属、殺傷無意味」
『……しかし、見逃して貰う以上は相応の代価を支払わねばなりません。この辺りの話を詰めたいところではありますが、急がねば拾った命がマズイ。続きは日を改めてということで』
「再見」
『おっと、忘れるところでした。人間、千歩譲って一応あなたにも借りが出来ましたね。八岐大蛇への義理も込め、必要なときに私を呼びなさい。一度だけ力になりましょう』
「借り? 見逃したのは鬼灯だと言うのに、意味が分からない」
『だめだこの生物。ああ、眩暈と吐き気が。早く聖杯の元へ戻らねば滅んでしまいそうだ……』
結局ゼノヴィアに止めを刺されたラドンは、ぐらりと崩れながら転送魔法の詠唱を開始。
好意は有難いが、馬鹿に婉曲な表現は通じんぞ。
それと聖杯とやらが何なのか我は分からん。しかし、体内深くに打ち込んだ毒を簡単に除去出来ると思うなよ?
昔は炎よりも毒がメインスキルだった我の力を甘く見るな。
「おい悪魔、私たちの勝利だな?」
『……つ、次の間にはさらなる強敵を配置してある。さっさと来い!』
頭に載せた相棒と悪魔のやり取りを聞く限りこれにて決着らしいが、色々と反省点の残る戦いだった。
せめて次は一人でも勝てる戦術の構築と、全体的な能力の底上げを達成した上で勝負に臨まねば。
手始めに付き合いのよさそうなタンニーンを暫定目標に設定し、奴を正面から打ち破れるだけの戦闘力向上を目指そう。
「こんな感じで良かっただろうか?」
「プランA達成。満点」
「やっと私も眷属として立派に働けたと言うことだな!」
「肯定」
「活躍の機会も与えられず肩身が狭かっただけに、本当に良かった……」
ちなみにプランAは我が囮になっている隙にゼノヴィアが背後をこっそり取ってドカーン、と言うアドリブ全開のふわふわとした作戦である。
姫様もアドラメレク様も言っていたが、コレの能力を引き出すには難しい命令は駄目。シンプルな指示を与え手段を一任しない限り混乱してしまう為、これでも精一杯複雑な策なのだ。
しかし何だかんだと空気を読み、重要なポイントを見逃さない姿勢は嫌いではない。今回の戦いでも、しっかりキーマンとしての役割を果たしてくれた働きは評価に値する。
「都牟刈大刀……否、天叢雲剣、褒美。改良、使用推奨」
「うむ。二刀流も視野に入れ、友愛の証を必ずや使いこなしてみせる!」
我も鋼の属性を持つドラゴンの端くれ。どうせ人間に与えるなら、同胞に見られても恥ずかしくない一本を作らねばならぬ。
今の真打は、その点まだまだ未完成。せめて傷一つ与えるだけで死に至らしめる程度の殺傷力を付与しない限り、技術立国の先駆者としては納得出来る品質ではない。
そして何時の日か満足の行くゴールデンマスター完成の暁には、現存する天叢雲剣を過去の遺物に貶めてくれるわ。
後ろを振り向かない前向きな意趣返し、これぞ我なりの復讐である。
「我、鍛冶道も志す」
まだゲームは折り返し地点だが、鳥で一勝、万が一の保険を託されたレイヴェルで二勝は鉄板だ。
敗北の可能性が唯一発生しうる試合を勝利で終えた我は、意気揚々と戦後に意識を移しながら主の下へ帰還を果たすのだった。