赤蜥蜴と黒髪姫   作:夏期の種

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アニメ影響で、ディオドラのイメージがワカメになry


第69話「三日月の龍」

 初戦で戦力を探り、二戦目でラードゥーン。三戦目でフェンリル、と立て続けの大物で着々とこちらの戦力を削ってきたディオドラ。

 ルーキーズフォーを見回してもバアル位しか勝てる見込みの無い宝玉龍を配置しただけでは飽き足らず、北欧最強を後詰に据える手腕はさすがの一言。この慎重さは、わたくしも見習う必要がありますの。

 

「それでも二枚目の保険、使わずに済みそうですわね」

 

 そんな石橋を叩いて渡る男が準備した最後の切り札。それは最低でもこれまでと同格か、それ以上の力を持った化け物でなければおかしいのですが、実はさほど警戒する必要性を感じないと言うのが本音です。

 わたくし達の顧問的立場にある総督様は、ディオドラのゲートオブバビロンである禍の団を”様々な神話体系から集まったテロリスト(笑)”と諧謔を込めて称しますけど、実際は悪魔が八割、人間が一割、よく分からない人外が一割と言う純冥界勢力であることは、魔王様以外の誰もが認める周知の事実。つまり、邪龍や終末の獣に匹敵する最強クラスがホイホイ出てくるとは考え難い。

 次に消去法で考えた場合、出せる大物で残されている確率が一番高いのは、比率から言っても悪魔の上位たる魔王種となります。

 そう……かつてインドア系研究者気質の顧問にエクスカリバー一本引っさげるだけで楽勝と言わしめた、旧魔王直系で落選魔王な方々の颯爽登場が濃厚なのです。

 

「リオン以外にも何かあるの? 私、何も聞いてないよ?」

 

 サイラオーグ戦で壁を一つ乗り越え、今や上級悪魔とすら互角に渡り合える力を得たマイロード。

 

「僭越ながら、私めも初耳で御座います」

 

 最強と謳われる魔王様の騎士に勝るとも劣らぬ剣技を持ち、一度気配を消せばアドラメレク様ですら気配を捉えられない稀代の暗殺者である弦。

 

「参謀役にだけ授けられた緊急時の策ですの。どうか、お気になさらずに」

 

 そして主の知恵袋にして眷属全体の指揮を担うこのわたくし……レイヴェル・フェニックス。

 もしもこの読みが的中していれば、準魔王級如きに負ける面子では御座いません。

 個人的には最大の山場だったアンの敗北を乗り切った時点で、完全勝利への道筋は成ったとさえ思っていますの。

 むしろ問題は―――

 

「何か用かニャ?」

「高級感溢れる毛皮のマフラーだとは思いますが、さすがに夏場は厳しいものがあります。出来れば今ではなく、秋の終わりごろにお願いしたいですの」

「細かいことは気にするニャ。試合が始まるまで、今しばらくの維持を要求する」

「……乗せてしまった手前、仕方ありませんわね」

 

 わたくしの懸念は、何故か肩に居座るこの化け猫について。

 神鳥も、白龍皇も、おそらく従えている形のアドラメレク様ですら滅ぼすことの出来ない狂気の産物は、ボタンを一つかけ間違えただけで掌を返す潜在的な敵。

 せめてアレイの様に香千屋の家に従順な僕ならば警戒する必要も無いのですが、リオンに限っては忠誠心そのものが無い。

 しかしながら自らの命を何度も奪ったフェンリルを見逃したことからも分かるとおり、本人は至って面倒くさがりな平和主義者。命令権を有する飼い主とやらも爰乃の親友と聞きますし、全面戦争の発生は在り得ない事案だとは思いますのよ?。

 ですが一厘でも敵対する可能性が残されている以上、万が一に備えた対策を練っておくのが参謀の務めと言うものですわ。

 

「そんな怖い目をせんでも、我輩は人畜無害な家猫ニャよ? 棲み付いた家を犯されたり、家人に手を出されない限り、愛でられるだけの愛玩動物から離れるつもりはニャいんだな、これが」

「無限に蘇る時点で、普通のペットのフリは無理かと」

「と言うか”危ないかもしれない”って理由だけで他の生物を危険視するのは、人間と精神性を順ずる種族しか居ニャい。避けられる戦いは進んで避ける温厚な猫族を、お前たち蛮族と一緒にして欲しくないのニャ」

「み、耳に痛いお言葉ですわね」

「だから今は目の前の敵に集中しニャさい。炬燵から逃げも隠れもしない我輩の処遇については、日本に帰ってからでも遅くニャいぞ?」

「……ですわね。不肖このレイヴェル・フェニックス、足元を疎かにするところでした。大変申し訳ありません」

「我輩、陰気で青空も見えない冥界は大嫌いニャ。仕事を早く片付けて、懐かしの我が家にさっさと帰してくれることを期待するニャ」

「承りましたわ」

 

 そうでした、目下の敵はアスタロト。リオンではありませんの。

 頭を切り替えたわたくしは、頬を打って気合を注入。肩をぐるぐる回してやる気満々のマイロードの傍らに立ち、空を仰ぎながら言った。

 

「客人を待たせるのがアスタロトの流儀なのかしら? いい加減姿を現さないのであれば、こちらの不戦勝と見なして帰りますわよ?」

 

 到着した神殿の最奥、玉座が鎮座するゴールに人の姿は無い。

 さては宮本武蔵気取り、そう思ったのも束の間。展開された魔法陣から現れたのは、妙に落ち着きの無いディオドラでした。

 お供はたったの三人だけ。しかも、雰囲気的が普通の眷属っぽい怪しさ。

 

「き、貴族たるもの、優雅なティータイムは嗜みだよ。どうせこれが最後の勝負なんだし、別に焦る必要も無いさ。そうだ、お詫びにティータイムを挟むのはどうかな?」

「……だそうですわよ、マイロード」

「この手の輩には、文句を言っても馬耳東風だと思う」

「真理ですわね」

「ディオドラ・アスタロト、あなたの要求通りペナルティーがどうこうとは騒ぎません。なので、無駄口を叩く前にさくっと始めましょう。異論はありませんよね?」

「品評会で最高ランクを受賞した、取って置きの茶葉があるんだが―――」

「結構です」

「……分かった。僕とて男、正々堂々戦い君を手に入れてみせる!」

 

 それでこそ爰乃。快刀乱麻で、気持ちの良い啖呵ですの。

 

「レイヴェル、弦さん、即効で終らせますよ」

「雑魚の首は、我々にお任せを」

「援護は任せてくださいませ」

 

 時間を稼ごうと言う魂胆が見え見えのアスタロトが、果たして何を狙っているのやら。

 言動に気になる点も幾つか見受けられましたし、ここは初動を抑え目で行くのがベター。余計な時間をかけず、しかし慎重に攻めると致しましょう。

 

「……仕方が無い、始めるか」

 

 最終ラウンドのゴングが鳴った。

 

 

 

 

 

 第六十九話「三日月の龍」

 

 

 

 

 

「アスタロトは今までと違い、投入戦力の明示を避けましたの。念の為、部屋の何処かに伏兵が潜んでいる可能性を念頭において下さいませ!」

 

 開始直後の縮地でKOを狙っていた私は、レイヴェルの警告を聞いて作戦変更。

 炎を撒き散らす移動砲台だけでなく、再生能力を生かした盾としての役割も兼任する僧侶の側に駆け寄ると、胸の前で掌と拳を打ち付けてソナーの様に全周囲へと気を放つ。

 だけど反応は見えている人数分だけ。

 防がれた感触も無いし、特に何も隠れていないっぽい。

 

「一応チェックしたけど、伏兵は居ないと思う」

「ご苦労様ですの。唯の懸念でしたし、思い過ごしはむしろ大歓迎。弦が囲いを破り次第、マイロードも突撃してOKですわよ」

「りょうか―――噂をすれば何とやらかな」

 

 弦さんの本質はワンマンアーミー。同じ駒でもイッセー君や、子猫ちゃんとの連携を念頭に置いたチームプレイ重視の木場君とは運用方法そのものが違う。

 何せ私の騎士は、敵も味方も所在を確認出来ない戦術ステルス機です。

 思わぬところから現れ、一撃を見舞っては姿を消す弦さんのスタイルを生かすには、通常の指揮系統に組み込んではダメ。

 

「やはり弦は、放し飼いでこそ輝く人材ですわね」

「だね」

 

 レイヴェルとも検討した結果、騎士に限って戦闘前にコンセンサスのみを取り、以降は自身の判断で動いてもらう事が決定済み。

 実戦における運用こそ初ですが、さすがは空気を読むことに長け、命令違反は命よりも重いと考えている弦さん。言わずとも取り巻きのみにターゲットを絞る仕事っぷりは、マーベラスとしか言えませんよ。

 

「ぼ、僕の僧侶と女王が瞬殺っ!?」

「ついでに貴方を斬ることも出来ましたが、あえて見逃しました。斬首を否とする寛大な姫様に感謝なさいウジ虫」

 

 刀を納めるチンと言う音が響けば、三人の悪魔が一刀の下に斬り捨てられて物言わぬ骸へと姿を変えている。

 凄いと思うのはその断面。鮮やかな切口は、良く切れる包丁を思わせる美しさ。無抵抗の巻藁でも難しい剣の理を、実戦で発揮出来る辺りが匠の本領ですよね。

 さすがは日本の人斬公式記録でトップを直走る新撰組と渡り合い、それでも生き残って明治維新を駆け抜けた幕末四大人斬の一角。一大ブームを築いた漫画の主人公の元ネタになるのも、納得の腕前だと思います。

 

「ディオドラ・アスタロト、最後はまさかの直球勝負ですの?」

「そうだね、後一分遅ければ正面からの殴り合いだったさ。だけど運命は僕に味方したよ」

「マイロード。妙なものが出て来る前に決着を、早くっ!」

「さあ、ギリギリ間に合ったのなら疾く疾く現れよ。邪龍最強にして禍の団№1の王者! 僕に立ちはだかる愚かな人間どもを皆殺しにせよ!」

「召喚魔法!?」

 

 レイヴェルは目を大きく見開いて驚き、只ならぬ空気を察した弦さんも視認可能な状態で私を守るように居合いの構えから動かない。

 しかし私には魔力の動きは感じらず”まさか失敗した?”と思ったのも束の間でした。

 その男が現れたのは、普通に玉座の裏の扉から。

 馬鹿の仰々しい物言いは、魔法無関係な唯の呼びかけと言う罠。お陰で深読みをし過ぎたレイヴェルなんて、可哀想に顔を真っ赤にして俯いちゃいましたよ……。

 

「少しばかり遅刻してしまったか」

 

 姿を見せたのは一人の男。黒と金でメッシュにされた長髪と、左が黒で右が金のオッドアイの時点でかなりアレですが、服装は容姿に負けない奇天烈っぷり。

 全身を黒で固めただけでは飽き足らず、黒のインバネスまで羽織った姿は、夏と冬のビックサイト位でしか見られない人種のソレ。例えるなら”ガイアが俺にもっと輝けと囁いている”的なファッションを、普段着として着こなすセンスには戦慄しか覚えません。

 

「本当に遅いよ! もしも僕が負けていたら、どう責任を取るつもりだったんだ!」

「……何か勘違いをしていないか?」

「は?」

「俺は強い奴と戦えると聞いたから来たのであって、貴様の様な小僧の軍門に下った訳ではない。あまり舐めた口を利くのであれば、相応の報いを受けてもらうぞ」

 

 しかし、人(?)を外見で判断してはいけなかった。

 見た目こそ魔王少女の親戚でも、精神性は私に近いバトルジャンキー風味。

 彼の目指したものは”俺より強い男に会いに行く”人であって、決してセフィロスではない予感がします。

 

「つ、つまり、僕の指示には従わないと?」

「安心しろ。ラードゥーンを退けてこの場に立っている者達ならば、相手にとって不足なし。きちんと片付けて、お前の望む成果をくれてやる」

「最初からそう言ってくれよ!」

「煩い、殺すぞ」

「ひぃっ!?」

 

 やはり私たちのラスボスは、ディオドラ如きでは務まらない。

 何となく、こうなることは分かっていましたとも。

 

「戦いを始める前に、お前たちの名を聞こう」

 

 体に纏うオーラは、静謐でありながら類を見ない濃密さ。

 過去に相対してきた化け物たちが霞んで見える強者であることを本能で理解した私は、それでも気合だけは負けられないと、唾を飲み込み目線を譲らずに応じる。

 

「香千屋流、香千屋爰乃」

「一貫流、川上弦」

「流派無し。フェニックス家長女、レイヴェル・フェニックス」

 

 弦さんもレイヴェルも、圧力に屈する姿勢を見せなくて一安心。

 これなら戦える。そう思いながら拳を握り締めていると、心なしか嬉しそうな男が何度も頷きながら眩しい物でも見るような目で私を見て告げた。

 

「その意気や良し。力はどうであれ、それでこそ俺が拳を振るうに相応しい性根よ。貴様たちを対等の敵と認め、俺も名乗りを上げさて貰おうか。我が名はクロウ・クルワッハ。邪龍最強にして、今だ敗北を知らぬ戦いの求道者なり!」

 

 先生の詰め込み教育により人外知識を刷り込まれた私ですが、残念ながらその内容は主に天界、冥界を重視する偏ったもの。

 なので、ゑ? っとなるレイヴェルや、ガタっと腰を上げたヴァーリとは違い、クロウと言う名に込められた重さが私には良く分からない。

 

「えっと……世界で猛威を振るった、ブラックフェザーの人よりも危なかったり?」

「その例えは良く分かりませんが、最低でも同じカテゴリーに居る鬼灯やラードゥーンを凌ぐ力の持ち主ですわ。おそらく、今の我々では無駄死に濃厚。引っくり返っても勝てない相手ですの」

「でも、勝算はゼロじゃない。違う?」

「それはそうですが……」

「ならば、私が力を計って参りましょう」

 

 最初に動いたのは弦さん。斬れれば良し。斬れずとも力の一端を見られるだけで十分。そんな捨て駒の覚悟を決めると、即座に行動に移っている。

 銀閃が走ったのは、宣言の直後だった。

 音も無く瞬時に邪龍の死角に移動したかと思えば、放たれたのは悪魔の翼の羽ばたきをも抜き手に加えた史上最速の居合い。軽く音速を超過するその刃は、誰が見ても勝利を疑わない必殺の一撃だったと思う。

 なのに―――

 

「甘い」

 

 切り裂けたのは、たったの皮一枚。刀が体に触れた瞬間、攻撃速度を上回る速さで体を反転させる在り得なさ。

 しかも斬撃をいなす作業と平行し、回転の勢いをそのまま乗せた肘打ちを弦さんの側頭部に放り込むとか訳が分かりません。

 ちなみにここまで、僅か一秒未満。視覚情報が脳の処理能力を超える早業に、私は一歩も動けない無様を晒してしまっている。

 

「……予想を上回る強さですわ」

「……手に余る相手だってことが、よーく分かりました」

 

 あの弦さんが一撃で意識を刈り取られる異常事態を受け、怖いもの知らずの私ですら嫌な汗が止まらなかった。

 

「今の侍は合格点。しかし、速さはともかく軽すぎる。これでは俺の肉は断てんよ」

 

 ヴァーリの鎧を普通に切り裂く刀が軽いと仰いますか。

 

「さて……次はどっちが来る? 同時でも構わないぞ?」

 

 さて、どうしたものか。速さでさえ弦さんに劣る私が手を出しあぐねていると、レイヴェルが懐から何かを取り出しつつ一歩私の前へ出ていた。

 

「クロウ・クルワッハ様、そちらの望みは強大な敵ですのよね?」

「そうだ」

「正直に申し上げまして、マイロードも私も貴方様を満足させられるだけの技量を持ち合わせておりません」

「相手にもならぬから、見逃せと?」

「いえいえ、勝負は勝負。掛け金を吊り上げカードをオープンした以上、投了と言う選択肢は御座いませんわ」

「これは期待出来そうな反応だな」

「はい。わたくしの切る最後のジョーカーは、落胆させないだけの力を秘めていることを保証しますの」

 

 参謀の目に宿る炎は勝利を諦めていない証。宙に魔方陣を描くレイヴェルは、部屋の隅に逃げたディオドラを目で射抜きながら宣言を一つ。

 

「先に言っておきますが、これは公式戦でもルール次第で使える手法。文句は禁止事項で縛らなかった自分を呪いませ」

「召喚魔法? 最強の龍を、使い魔の一匹や二匹でどうにか―――」

 

 なるほど、自分が召喚を切札にしていたから誤解したわけですか。納得納得。

 閑話休題、何を呼ぶのかな?

 ライザーってことは無いと思うけど、期待させてもらいますよ?


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