赤蜥蜴と黒髪姫   作:夏期の種

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暫く漂っていたアーシア    → 何事も無く無事。
部長が普通に徘徊(アニメ版) → ry

状況証拠から、呼吸可能な空気の完備確定。結界なんて要らなかった(
概ね人類が生息可能な環境が整い、ゴーレムすら漂う”何も無い空間”とは。
入ったら死を意味するアニメ設定、どう考えても拾えない罠。
果たして矛盾だらけの次元の狭間を、どう扱えばいいのやら……。


第71話「我が剣/拳は無敵なり」

 今でこそ変わり種の勤勉悪魔と有名なわしも、少し前迄は生まれつきの強大な力を過信して慢心する同属と何ら代わりの無い井の中で蛙であった。

 しかし、それも致し方なかったんじゃよ。

 当時は他神話体系への手出しはご法度だった為、大戦で四大天使の一角を打ち破った時点で天界に敵う者無し。身内に喧嘩を吹っかけようにも、ルシファーを始めとする最強クラスは戦で半数以上が失われてしまう世紀末。

 それでもグレモリーや、バアルを始めとする特級悪魔はおったよ?

 じゃが、連中は厭戦気分で戦う気力を失っておった。

 目先の力比べよりも、存続が危ぶまれる程に激減した人口を立て直すことこそ最優先。世界がどうなろうと我関せずなわしと違い、戦士から政治家に身を窶してでも冥界の未来を守ることを選んだ彼らに喧嘩など挑める筈も無い。

 つまり戦後のあの時期、あの瞬間、ブレることなく戦闘狂だったわしこそ冥界最強。

 誰が何と言おうと、これは揺るぎの無い事実である。

 かくして意図せず最強の称号を得てしまったわしは、するべきことを見失い未知を求めて冥界から出奔。まだ見ぬ敵も多く、渡航制限も緩い人間界への旅立ちを決めたのであった。

 

「神よ、今月の生贄をお受け取りくださいませ」

「どうせ不要と言っても無駄じゃろう。お前たちの好きにせよ」

「はっ!」

 

 そんなこんなで特に目的もなく地球をふらふらと彷徨った挙句、定住したのはアッシリア近辺。当初は強いと評判の魔物を倒してやろうと立ち寄っただけの土地だったんじゃが、偶然居合わせた人間たちに、自分たちを救うべく光臨した太陽神と勘違いされる不思議。

 まぁ贅沢に興味の無いわしも、冥界ではれっきとした屋敷暮らし。

 好き好んで地べたに這い蹲る趣味も無く、請われて悪い気もしなかったので、適当に彼らの神として君臨することを決めたのである。

 そうこうしながら、各地に出向いては腕試しを続けて暫しの時が流れた頃だった。

 後の人生を大きく変える、運命の出会いが待ち受けていたのは。

 

「俺の名はクロウ・クルワッハ。冥界最強の一角と名高い貴殿が人界に下りて来たと聞き、一手ご教授願いたく参上した。返答や如何に」

「是非も無し。邪龍最強の誉れも高い男ならば、願ったり叶ったりよ」

 

 武者修行中であると告げ、わしに挑んできた漢の名はクロウ・クルワッハ。

 奴との戦いは熾烈を極めたが、その内容はプロレスに通じるノーガードの打ち合いと言う低レベルっぷり。互いに己の才覚頼みの力押しと言う幼稚な子供の喧嘩は、今振り返ってみると恥ずかしい限り。何故にアレで最強と思い込んでいたのか、不思議でたまらんわ。

 それでも斬って、殴られ、突いて、蹴られる激闘は本当に楽しかった。

 しかし悔しいことに、当時の力量は四分六分でわしの劣勢。ウリエルと何合打ち合ってもひび一つ入らなかった愛剣をへし折られ、気力や魔力で誤魔化せないダメージを負わされたのは言い訳不能な地力の差。結果的に全てを出し切っても敗北を喫したのだから、単純にわしが弱かったのだと思うとる。

 

「お陰でまた一つ強くなれた。感謝する」

「ぬ、止めを刺さんのか?」

「俺にとっての戦いとは、自らをより高みへと至らせる手段。結果的に死なせることはあっても、抵抗する力を失った相手をわざわざ殺す趣味は無いのでね」

「成る程、そう言う発想もアリじゃなぁ」

「と言うわけで、またいずれやろう。互いに傷が癒え、今よりも強い力を得られた頃にまた、な」

「……貴様を超える力を身につけたなら、こちらから逢いに行くわい」

 

 この世に生を受け、始めて味わった敗北の味はえも言われぬ苦さ。喜び、怒り、悲しみ、憎しみ、ありとあらゆる感情を内包する筆舌し難い味だったことを良く覚えとる。

 長らく生きとるが、今だかつてアレ以上の苦しみをわしは知らん。

 しかし、得られたものも大きかった。

 兎にも角にも同じ相手に二度負けることだけは許されぬ。形振り構わず力を求めたわしは、冥界特有の努力格好悪い病からの完治に成功。ゴールデンを目指したフリーザの如く、一心不乱にトレーニングへ励むことを決意したのである。

 そして自主練の末に我流の限界を感じたわしは、修めるべき術を求めて世界を回った。

 しかしこれが存外に難しい。

 西洋、中華、新大陸、幾多の大陸を駆け回っても望む技の担い手が見つからん。

 仕方が無く目先を変え、東洋の小さな島国に足を伸ばしたのが大よそ千年前。

 そこでわしは二つ目の運命と邂逅したのだった。

 運命の名は香千屋萎凋。寸鉄すら帯びず、無手で天に抗う若者である。

 

 

 

 

 

 第七十一話「我が剣/拳は無敵なり」

 

 

 

 

 

 私達がおっとり刀で駆けつけると、やはりと言うべきか決闘は既に序盤戦を終えていた。

 遅れた時間は数分の筈なのに、いったいどれ程の戦いを繰り広げたのやら。

 床の至る所は振脚か何かで踏み抜かれ、壁に刻まれているのは幾つもの斬撃の痕跡。

 見たかった。経過をつぶさに見たかった。これでも全力で可及的速やかにディオドラを片付けたつもりでしたが、これでも遅いって……ぐぬぬ。

 

「……俺の鱗を苦も無く切り裂くか。絶対に侮れない貴様が新たに得た剣だ。甘く見積もったつもりは無いが、余りにも切れ味が鋭すぎる。どんな手品を使った?」

「宜しい。普段は話す相手も居ない故、一つ自慢話を聞かせてやろう」

「武具についての話なら興味深い。是非、聞かせて欲しい」

「ぶっちゃけ、コレは対クロウ・クルワッハを想定して作り出した一振り。偶然得られた外宇宙の産物たるモノポールをメインマテリアルとし、オレイカルコス、ヒヒイロカネ、隕鉄、古今東西の金属にわしの血を加えて合金化したものを鍛冶神が鍛えた業物よ」

「良く分からないが、それは凄いのか?」

「うむ。血を媒介に魔力を供給することで、刀身の接触面に陽子崩壊を引き起こすことが可能となっておる」

「……よーしほうかい? もう少し分りやすく頼む」

「盾と引き分ける矛と違い、理論上は森羅万象を切り裂ける刃と言えば分るかね」

「把握」

 

 イリナちゃんが暴言を吐きに来た際に少しだけ聞いてはいたけど、お爺様は天使とか悪魔世界出身の癖に、SFと書いて少し不思議と読む世界観にドップリ漬かりすぎだと思います。

 最近はドラゴンやら魔物が徘徊する世界に身を置いているせいか、スーパーカミオカンデでも見つけられない磁気単極子を見つけろと言われるくらいなら、いっそトールキン創作のミスリルを拾って来いと言われる方がマシな気がする今日この頃。

 進みすぎた科学は魔法になる、はアレイの言だったかな?

 あの言葉は正しかった。

 親和性の高い二つの技術はいずれ統合され、新たな道へと至る未来をひしひしと感じる。

 お爺様の刀はその象徴。実は歴史に名を残す、世界初の作品なのかもしれない。

 

「つまり、以前のなまくらとは比べ物にならないと」

「である」

 

 気を取り直して集中、集中。今の状況は一見するとお見合い。会話を続けながらもお爺様は腰を落とした抜き打ちの構えで微動だにせず、いつの間にか片腕を失っているクロウも、相槌を入れつつ半身の爪先立ちを維持したまま動くそぶりを見せない。

 

「インターバルだろうか」

「え、凄い攻防を続けてるよ?」

「?」

 

 ヴァーリには消極的千日手に見えるかもしれないけど、良く観察すると摺り足で微妙に動いているし、筋肉の動きや呼吸から先々を読み合っているのも一目瞭然。

 お爺様は徹頭徹尾、隙を見つけて居合いでバッサリ狙い。

 クロウは先読みで初撃をかわし、後の先からのカウンター狙い。

 勝負は一瞬、一撃で十分。そんな気迫が観客にも伝わる煮詰まりっぷり。

 これぞ達人同士の醍醐味。素人受けの悪い玄人好みな試合運びなのが難点ですが、見応えのある勝負だと思う。

 

「大体分ったが、俺のやることは変わらん。例えそれが神を殺す剣だろうと、大陸を練り歩いて完成させたマジカル八極拳で叩き潰すのみ」

「よかろう。結末を見届けるギャラリーも揃った。次で決着を付けようぞ」

 

 ……このシリアスなムードの中で、マジカルって。

 名は体を表すなら、逆もまた然り。

 見た目が厨二だと言うのに、中身は真っ当だと思い込んだ私が馬鹿でした。

 軽い眩暈に膝が崩れ、体勢を整えようとたたらを踏んだ瞬間にそれは起きた。

 私の鳴らした音を契機として、先に仕掛けたのはお爺様。何時抜いたのかも分らない抜刀でクロウを後退させると、切り返してもう一閃。私やヴァーリならこれで終わりですが、そうならないからこそ、お爺様のライバルを名乗れると言うもの。

 クロウは超反応のスエーバックで死神の鎌を避け、その場で空間が軋む程の凄まじい振脚を一つ。肘を下から突き上げるような構えで大きく踏み込み、間髪いれずに必殺のカウンターを放つ強かさ。

 これは私も抱える課題なのでよーく知っていますが、本来素手で刀に挑むのは無謀な行為です。事実、格闘型の勝ち筋は一本だけ。初撃を見切ってかわし、刀の振るえない懐に飛び込んで組み合う以外に道は無いのです。

 つまり、クロウの選択は最適解。

 退かずに前に出るのは、百点満点の答えではあるんだけど―――

 

「マスターの筋書き通りだな」

「ですね」

 

 ゼノヴィアの呟きに私も頷いた。

 何故なら視線の先には敵の初動と同時に真後ろに飛んでいたお爺様が、腰溜めに刀を構えて迎撃準備を終えている姿が映っている。

 目測を違えたクロウは急に止まれないし、リーチの差で攻撃そのものが届かない。

 おそらく、初手の空振りは故意。剣閃を私やゼノヴィアが目で追えている時点で、加減してるのがバレバレです。あえて外して餌を撒き、食いつくのを待っていたと推測するのも必然の流れでしょう。

 

「全て予定通り。直情的な愚かさの代償、身をもって知れ!」

「師父より継いだマジカル八極拳は王の拳。小細工如きに屈すると思うなっ!」

 

 しかし、クロウも伊達に最強の看板を背負っていなかった。

 龍の翼を大きく広げて全開の逆噴射。自ら生み出したベクトルを力技で打ち消しながら、一度ゼロに戻した速度を再び回復するべく二度目の振脚を実施。

 多分、今回は余力を残さない正真正銘の全力なんだろうね。

 最早大地への攻撃に等しい苛烈な踏み足の下には、更なる爆発力を生むであろう魔方陣が展開済み。ゼロ-MAX運動の代価として裂けた太股から血を噴出しながらも、その目に鮮やかな意思の光を宿して彼は行く。

 

「「勝つのは俺・わしだ!」」

 

 

 必殺技を放とうと、こちらも魔方陣を展開して待ち構える侍との接触まで後数秒。

 果たして最後に立っているのは、何れの勇者か。

 そんな風に手に汗握りながら見入っていた私は、ふと違和感に気づいた。

 正体は分らない。だけど、妙な悪寒に突き動かされるように周囲を徹底的に探る。

 だけど、異常を何も見つけられない。

 不安に思って仲間の顔色を窺っても、野生の勘を持つゼノヴィアでさえ何も感じていない様子。

 考えすぎかな? そう思って気を抜いた瞬間だった。

 破綻したのは世界そのもの。

 ガラスが割れるように一斉に砕け散った空間は、唖然とする私を飲み込んでしまう。

 認識が回復したのは、地に足の着かない不思議な空間へ送り込まれてから。

 果たして落ちているのか、それとも登っているのか。

 何も知覚出来ない世界を漂う私は、不測の事態に備えて神器を発動させながら途方に暮れるのだった。


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