小猫ちゃんの告白から三日後、私は弟子二人を連れて楽しい山歩きに興じていた。
朝もや漂う森の空気は清浄で甘く、あえて選んだ悪路は足腰の鍛錬にぴったり。
せっかくの大自然、骨の髄まで堪能しないと損だと思う。
「ち、ちょっとペース速くないか?」
「……私も同感です」
「イッセー君は予想通りの泣き言ですが、小猫ちゃんは野生分が足りませんね。貴方が目指すべきは飼い猫ではなく虎なのに、この体たらくは何ですか……」
私としては流しているつもりでも、彼らにとってハイペースらしい。
肉体のスペックだけを見るなら人の体は悪魔に劣るにも関わらず、こうして格差が生じるのはひとえに鍛錬の差だ。
例えばイッセー君、彼は死ぬ気で走ればオリンピックレコードを塗り替えられる力をコントロールできていない。人間の時の感覚が無意識のうちにリミッターをかけているのだ。
対して小猫ちゃんはといえば、両手両足にパワーリストを装着して居ると言っても基礎力は私の倍以上。たかだか体重が二倍になっただけでへばるとは情けない。
効率的な体の動かし方を心掛けていれば、そこまで大変な事じゃありませんよ?
ちなみにパワーと真逆のテニクック重視な私には出来ません。
他所は他所、うちはうちなのです。
「今回は見逃しますけど、朝食後に始める格闘技レクチャーで甘えたことを言ったら奥義の実験台です。何も文句は無いよね? 大事な事だからもう一度言うけど異論なんてこれっぽっちも無いよね?」
「チクショウ、短期間スパルタコースきっついな!」
「……逃げた先輩に返り討ちにあった時の掌打はトラウマになっています。アレが序の口なら奥義はどれほどの威力なのか……考えるだけで恐ろしい」
「よろしい、それでは朝食を待たせない為にもペースを上げて復路開始!」
「さらにアップ!?」
「ちなみに、あまり遅れると罰ゲームが実施されるのであしからず」
「……先輩のほうがよっぽど悪魔です」
「可愛くポーズとっても、発言が台無しにしていると気付けよ!?」
文句ばかりのイッセー君&小猫ちゃんを置き去りにする勢いで私は走る。
二人はここで全力を振り絞るとこの後の訓練に参加できないと懸念しているけど、ちゃんと対抗策は考えてあるので安心して欲しい。
アーシアの能力はね、確かに怪我は治せても疲労は抜けない。
だけど抜け道を見つけたんだ。
死なない程度の致命傷を与えて神器を使えばあら不思議。
再生した血も肉も新品、つまり物理的な肉体疲労はゼロ。乳酸なんて知りませんよ。
あ、精神的疲労は考慮しませんからね。
ポジティブに精神も鍛えられると逆転させましょう。
ここ大事、試験に出ます。
「視界から消えたら心臓潰しますよー」
「正に地獄っ!」
「……冥界より辛い現世は何か間違っています」
まぁ、頑張っても必要なら潰すんだけどね。
ハンターから必死に逃げた先が保健所と知らない子羊たちは、必死に走るのでした。
めでたし、めでたし。
第八話「焦りと進歩」
決戦が目の前だと言うのに悪魔一般教養講座を開催しようとした部長を放置して、木場君も加えたグレモリー眷属前衛チームはフルメタルジャケット顔負けのハードトレーニングを敢行中。
ふむ、死の淵から回復したイッセー君と小猫ちゃんは、死んだ魚の様な目で頑張っていますね。
事情を知らない木場君がドン引きですけど、気にしません。
「木場君、早さが一級品でもフェイントが足りません。時に視線を使い、何を狙っているか悟らせないようにしましょう。さもないと、自分よりも遅い相手に攻撃地点を予測されてこの通り」
今の私は騎士の仮想敵。獲物は前に教会で拾ったビームサーベルだ。
得手じゃないにしろ、対抗策を知るために最低限度の剣術を学んでいるから大丈夫。
死角から切りかかってきた木場君をいなし、空振った所を狙い打った。
光の剣は悪魔に効果抜群、防具とも呼べないジャージ姿の腹を貫く。
「これはっ、手厳しい」
「実戦ならこれでゲームセット。罰として苦手な力への慣れも含めて、そのままローテーションを続行して下さい。想定ケース、手負いの騎士として小猫ちゃんにアタックを」
「ははは……」
ライザーの眷属は、バランス良くフルメンバーが揃っているらしい。
戦争は数なのに前提条件で負けている以上、こちらは質を上げるしかない。
部長の作戦は姫島先輩を単騎で運用し、回復役のアーシアは本陣に配置。残るメンバーで突貫するという極めて攻撃的なものだ。
戦力の分散は愚作だけど、手数が足りないんだから仕方がない。
おそらく木場君も先行偵察を主な任務として受け持つ筈なので、連携からは除外済み。
私と小猫ちゃんにイッセー君を加えたスリーマンセル、これを主力に据えるしか無いのが現実です。
「小猫ちゃん、鳥頭の女王は爆弾王妃とまで呼ばれる遠距離特化型です。そんな風に足を止めれば」
「きゃぁぁっ!?」
隙を見せた馬鹿がいれば容赦なく撃ってください、そう頼んでおいた姫島先輩の雷撃が小猫ちゃんを直撃していた。
あれほど一瞬たりとも気を抜くなと言ったのに、猫は忘れっぽくて困ります。
まあ、こうして体罰とセットで叱咤すれば今日中には学習するでしょう。
「そしてイッセー君、君は暫く外れなさい」
「な、何でだよ!?」
「心ここに在らずで何をやっても無駄だよ。はっきり言って邪魔、悩みが晴れるまで近づかないで」
「……かよ」
「はい?」
「……お前みたいに何でも出来て、強い人間に俺の気持ちがわかってたまるかよ!」
「ええ、他人の気持ちなんて分かりませんよ。それが何か?」
「……邪魔して悪かった、少し頭冷やしてくるわ」
突然口論を始めた私たちに気付いた他の面々は、動きを止めて成り行きを見守っている。
誰も気付かなかったイッセー君の焦りは、長年の付き合いである私にはお見通し。
ここに来てからかれこれ四日、日に日に焦りを強める彼の姿は哀れみすら覚えてしまう。
指示以上のオーバーワークで体を壊し、一か八か博打の様な戦い方に頼る。
表面上は馬鹿をやっちゃったと笑って誤魔化し、周囲にそれを信じさせる狂気。
水面張力を超える寸前のギリギリ、それが今の彼の現状だった。
きっとイッセー君は拠り所が欲しいのだろう。
剣で木場君に敵わない。
小猫ちゃんのような格闘センスも無い。
アーシアのように魔力の才能も無い。
何が赤龍帝だ、眷属際弱のお荷物が俺だ、とでも思っているはず。
私は部下のケアを怠る部長の管理能力が不安で仕方が無い。
篭手の力を受け入れるだけの下地は十分に作ったと報告済みなのに、手を差し出すべき王は作戦を練るのに忙しいと顔も見せないとは何事か。
これからするお節介は、せめて腹心の姫島先輩がやって欲しいと切に願う。
「イッセー君」
「何だ」
「抱えたものを部長に吐き出すべき。君はあの人に全てを捧げると決めたんでしょ? なら恥かしい部分も堂々と見せて共に問題を共有しないとダメ」
「お前、気付いて……」
「弱さも強さもひっくるめた兵藤一誠を受け入れない王なら、こっちから三行半をつけてやりなさい。さあ、れっつごー!」
「わりぃ」
まったく、昔から手間のかかる男の子ですよ。
これから人間の何十倍もの人生を共有する仲間と主が出来たのに、100年持たずに居なくなる小娘のサポートが必要な悪魔なんて笑い話にもなりません。
「……少し休憩にしましょう。小猫ちゃんと木場君は怪我の治癒も受けて下さい。姫島先輩には再開後の弾幕お願いしたいので、少し打ち合わせいいでしょうか?」
「構いませんけど……」
「イッセー君なら大丈夫です、そのうちケロッとした顔で戻ってきますよ。アレは知恵熱みたいなものでして、重く受け止めなくておーけーだったりします」
「あらあら、何でもお見通しなのですわね」
「腐れ縁ですから」
ニヤニヤと生暖かい目の姫島先輩が思っているような関係じゃないんですが……
知ってますか、元浜君曰く恋愛ゲームやらラノベ業界での幼馴染は残念枠に収まることが少なく無い風潮を。
そもそも私はヒロインと主人公の共通友人枠で、攻略対象ではありません。
「素直じゃない香千屋さんも可愛いわ」
「だめだこの人、私の話を聞いてない……」
顔を赤らめる姫島先輩はともかく、木場君を直しながらツーカーで済ませた私を涙目で羨ましそうに見つめるアーシアが超可愛い。
貴方の王子様は、これから一皮向けて帰ってくると思うよ。
割と性に寛容な部長なので、どんな意味かは知りませんけどね。
翌日
解禁された神器を用いた手合わせでそれは起きた。
昨晩何があったかのか全てを窺い知ることは出来ないが、スッキリした顔のイッセー君から迷いは綺麗さっぱり消えていた。
そりゃそうだよね、神器使用を許されただけでこの試合運びなら自信も付くよ。
『Boost!!』
赤龍帝の篭手が音声を発すると、イッセー君から発せられる圧力が倍になる。
「す、すげぇ、これが爰乃ブートキャンプを過ごして来た俺の力か!まだ倍加いけるな……悪いが木場よぉ、俺は相当強くなってたみたいだぜ?」
「じゃあ、これはどうかな?」
「っと!」
なるほど、これがお爺様も恐れる龍の力。
炎の魔剣の一撃は交差した腕のガードに負けて砕け、次に生み出された氷の魔剣も防御を解いたイッセー君の裏拳でへし折れた。
使い手の力を延々と倍に引き上げ続ける効果がこれ程とは思わなかった。
ぼちぼち30回を超える増幅を超えた彼はまさに化け物。殺すつもりの無い木場君じゃ、火力不足で止められないんじゃないかな。
そうこうしている内にまたも増幅が終了。魔剣はついに頭突きにすら劣り、直撃しても傷一つ負わせる事が出来ていない。
そして止めにこれです。
「魔力は自分がイメージしやすい形だったな……」
腰を落して両手で花を作るような構えは、世界的にも有名なあの構え。
時に大魔王を、時に宇宙の支配者を倒してきた国民的必殺技のポーズは私も知っている。
それは昔からイッセー君が最強と信じて疑わない男の最強の必殺技である。
「……イッセー君、それはさすがにまずい。直撃すれば僕が死ぬ」
「木場ならひょいとかわせるさ。だってお前は俺のライバルなんだからなっ!」
「君の信頼が怖い!」
あー、やっぱり木場君がイッセー君が目指す当座の目標なんだ。
でもね、部分的にはともかく大雑把に見ればとっくに追い越したんじゃない?
「くたばれイケメン、ドラゴン波っ!」
「親しくなれたと思っていたのに、そこは根に持っていたんだね!」
放たれたのは、山を一つ消し飛ばして余りある魔力砲。
試射では巨神兵顔負けの大破壊を見せていることもあり、木場君は必死だ。
ほんの小さな魔力塊が、篭手の力でチートされた結果がこの有様だった。
気分はスーパーヤサイ人、この分野で教えることは私には無いね。
ちなみに結論から言って木場君は生き残った。
音の壁を破ったのか破裂音が聞こえたし、彼もまた限界を突破したんだと思う。
死の淵に追いやれば人は伸びるけど、悪魔も同じとは知らなかった。
そりゃ、地形を変える超必殺技は怖いよ。
『Explosion!!』
しかし、伝説の武具といってもこの自己主張は何とかなりませんかね。
デザインといい技名の読み上げ機能といい、何処の日曜朝特撮ですか。
せめて全身を覆う変身ならともかく、篭手しか具現化しない辺りに低予算を感じる私です。
「イッセー、貴方が弱いのは神器を封じているときだけ。篭手の力さえ使えば次元が違うの」
予想よりかなり強すぎるけど、と呟いた部長の気持ちよく分かります。
あんなのどうしろと……
「この調子で初期値を上げていけば、いつか歴代の赤龍帝に並ぶでしょう。今回のゲームだって、イッセーの攻撃力が状況を大きく左右するのよ?」
「うふふ、弱点の倍加中もみんなでフォローしますので大丈夫。チーム戦で頼りにさせてもらいますわよ?」
「ぶ、部長と朱乃さんが俺をべた褒め……長く辛い修行が報われました! ぶっちゃけいじめの一環とか思って少し恨んでたけどマジごめんな爰乃!」
「ほう」
さらりと私をディスったイッセー君の肩に手を置いてにっこり笑う。
とってつけたような謝罪を続けてももう遅い。
今の強大になったイッセー君に私の力が通じるのか、試す意味も込めて柔を仕掛けて見た。
「そう簡単にやられるかぁ!」
「はい、死亡フラグいただきました」
なるほどなるほど、強化されるのはパラメータだけと。
体重に変化なし、皮膚も柔らかいままと言う事は肉体が変質するわけでもない。
篭手の効果は、一時的に所有者のステータスを書き換えるだけと推測した私です。
『Burst』
「あああああ、イッセーさん、イッセーさんがイエス様の逆貼り付けみたいに!?」
破裂と取っていいのかな?
地面に頭から突き刺さったイッセー君の篭手が発した音声は敗北宣言っぽい。
まだ私の武は龍を御する事が出来て一安心です。
でも慢心すればそこで成長は終わり。これからも求道者として頑張ることにしましょう。
あ、引っこ抜こうと頑張ってるとこ悪いけど、放置でいいよアーシア。
「部長、明日からは本来の予定通り連携重視のメニューでチーム力を煮詰めましょう。ゲームがどんなフィールドで行われるのか知りませんが、今のドラゴン波は使えます。前衛で敵を一箇所に誘き出してから一網打尽もプランとして検討してはどうでしょうか」
「……アリね。というか爰乃、貴方はイッセーにどんな修行を施したの? 私の見立ててでは倍加の限界は相当低かったし、祐斗を相手にして勝てるはずも無かったわ。そしてまだ早いと思って施した封印が、知らない所で全部解かれているのが不思議でならないのだけど」
「封印なんて存在も知りませんよ、何の話ですか?」
「無自覚なのね……」
「具体的なトレーニング内容は秘密ですけど、あえて言うなら死んだ方が楽になれる程度のメニューを与えました。そしてイッセー君はそれをやり遂げた、ただそれだけですね」
「……祐斗、貴方も強くなりたいなら香千屋の門を叩いてはどうかしら?」
「それは良い案です。お爺様も木場君を気にかけていましたし、月謝は友達価格にまけてあげます。私は剣を継ぐ余裕も無いので是非とも来てください。と言うか来なさい」
「ま、前向きに検討するよ」
香千屋流は体術メインながら、地味にお爺様は剣術家。
オリジナル刀術な事もあり、今まで誰にも教える機会が無かったと零した事が耳に残っている。
技術を未来に繋ぐことが生きがいのお爺様なので、弟子が出来れば喜んでくれると思う。
「じゃあ木場君、賭けをしましょう。もしも合宿中に私から一本取れたら今の話は無し」
「いいよ、もともとそのつもりだったからね。君の動きもだいぶ分かったから、そろそろ勝たせて貰おうか」
「男に二言はありませんよ?」
「当然さ」
「なら、明日からはハンデ無しのガチでお相手します」
「え」
「実は小猫ちゃんより軽いにしろ、私も重りつきで修行していまして。ふふふ、必ず殺すと書いて必殺技を本気でお見舞いできると思うと胸が高鳴ります。これは恋に似ていると思いませんか?」
「……香千屋さんのキャラが分からない。多分それは”恋”じゃなくて”変”だと思うよ」
「……まったくです」
静観していた小猫ちゃんまでその言い草は無いんじゃないな。
まるで私が奇人変人の類のようで実に心外です。
そもそも厨二全開の魔剣使いと、猫耳ロリ娘がどの口で言いやがりますか。
私は量産型の女子高生で、ファンタジー世界の住人と一緒にして欲しくありません。
「……二人まとめてかかって来なさい。木場君は神器を使っても構いませんよ? 但し、その場合は私もKILLモードを―――」
「木刀で結構!」
「残念です。そして小猫ちゃん、先輩達に猫耳ハイパーモードをお披露目しなさい」
「……まだ未完成で危険です」
「大丈夫、もしも制御に失敗しそうな気配を見せたら即KOしてあげます」
「……分かりました」
木刀縛りの木場君はともかく、小猫ちゃんとの手合わせは楽しみ。
そこそこ動きにキレも出てきたし、仙猫形態も形になってきているからね。
本人がおっかなびっくりなので慢心は無さそうですけど、ここいらで真の明鏡止水とは何かを教えてあげないといけません。
物理的に五感を剥奪して第七感の目覚めの呼び水とか面白いし。
と、脱線しました。
とりあえず前衛チームは私が強くして見せる。
だから最後までデスマーチに遅れずついて来て下さい。
全ては偉大なるビックファイア様……もとい部長の為に!