赤蜥蜴と黒髪姫   作:夏期の種

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次元の狭間の定義は、アニメ寄りの適当です。
思いの強さとやらで何でも出来るらしいので、命拾いをした爰乃でした。


第九章 姫騎士と武帝の剣戟乱舞
第72話「落花流水」


 どれほど絶望的な状況であれ、焦らず冷静に思考すれば道は開けるもの。

 なので、先ずは分かっていることから整理しますか。

 置かれた環境の大気組成は、人間の私が生存出来ている時点で地球準拠。気温も肌寒い程度であることから察するに、宇宙空間に放り出された訳ではなさそうです。

 対して目下の問題点は三つ。

 一つ。

 無重力の影響で、三半規管が機能していないこと。

 二つ。

 太陽に順する光源が無い為、視覚が完全に封じられていること。

 三つ。

 空間特性なのか、神器の加護を得た気の防御フィールドすらも抜いてゴリゴリと蝕まれていく体力。

 私は結界関係に疎く全て憶測にはなりますが、そもそもの原因は誰かの策略やら何やらではなく、単純にお爺様とクロウの激突に耐え切れない欠陥フィールドを構築したディオドラにあるのだと思う。

 果たしてゲームフィールドが自壊した場合、通常空間に復帰するのか、それともランダムポイントに接続されるのかは分かりません。

 だけど、授業の一環で先生に聞いたことがあります。

 全ての世界は次元の海に漂う小さな島であり、魔法で異界を作り上げる行為はその一部を間借りしているだけという話を。

 この理論を信じるなら、空間断裂に巻き込まれた者は次元の海……その境界線であり外側でもある狭間の世界に辿り着く可能性が高いはず。

 

「だとすると、お爺様やアンでも即座の救援は無理」

 

 予想が正しければ、無限に広がる大海を漂流する一葉が私です。

 如何に優れた探知能力を備えていても捜査範囲が広域である以上、確率論的に早期発見は無理。下手をすれば即身仏になった私を、百年後にやっと回収なんて可能性も否定出来ません。

 つまり、自力で事態を打開することこそ急務。まだ元気な内に自力で事態を打開しない限り、明日を迎えることすら怪しい窮地に置かれているのだと思います。

 さて、どうしよう。

 対抗策を練る為に自分の中にある引き出しを引っくり返していると、一度だけ似た事例に巻き込まれたことを思い出した。

 それは曹操の策に嵌り、無限ループの異世界に取り残された記憶。霧に満ちた空間は次元の海と同じく”何処にでも繋がっている”場所だったはず。

 なら、脱出方法も同様の手口が使えるのでは?

 そう考えた私は神気を練り上げ、器に溜め込める限界量の蓄積を開始する。

 あの頃と比べて様々な力を身につけた私ではありますが、ゲオルク戦(?)と違い一度の失敗がそのまま命取りに繋がることをよーく理解しています。

 何せ大量の神気を放出する以上、初撃を超える二手目、三手目は、物理的に無理。

 一撃でケリを付けなければ、後はジリ貧の消耗戦との戦いなのですから。

 

「打ち込みの一瞬だけ、防御に回している力も全てカット。失敗を恐れず、例え人生最後になろうと悔いの残らない最高の拳技で勝負です」

 

 狙うべき歪みは見つからない。

 でも大丈夫。どうせ物理法則の埒外は、古今東西を問わず精神力が全てを捻じ伏せるもの。

 自己暗示による意志力の具現化と、それに見合うだけの出力さえ得られれば空間への干渉は決して不可能な行為じゃありません。

 

「これは過去に一度成功している簡単なチャレンジです。私には出来る。そう、出来て当たり前。サイラオーグさんの腹筋より、物言わぬ空間は脆い。そうですよね?」

 

 はい、その通りです。

 

「期待していますよ、香千屋爰乃」

 

 とくとご覧あれ。

 全身から搾り出した全ての力を利き腕に集め、狙うは私のリーチよりほんの少し先。全身全霊を込めた拳の矛先は、脳裏に生み出した世界と世界を分け隔てる壁です。

 壁の強度設定はガラス板。どうせ全ては私の妄想なので、壊せる確信を持てる素材でなければ損と言うもの。

 

「香千屋流拳技……鎧貫拳っ!」

 

 空間が粉々に砕け散るビジョンを見た私は、力の高まりに呼応するかのように近づいてくる強大な気配に急かされる様に拳を振り切るのだった。

 

 

 

 

 

 第七十二話「落花流水」

 

 

 

 

 

「ごばっ!?」

 

 試みは、成功したのだと思う。

 我ながらよくぞ奇跡を起こしたと褒めたいところではありますが、結論的に言うと状況は何も好転していなかった。

 私が放り出された先は水の中。下手をすれば暗黒の世界の方がマシな気もする危険地帯は、何の準備もしていなかった小娘を容赦なく殺しに来る。

 致命的だったのは、防御を解いた瞬間に持っていかれた生命力的な何か。

 その影響で弛緩した体は気管への水の進入を黙認。お陰で呼吸は乱れに乱れ、潜水どころか唯々溺れてもがくことしか出来ない。

 あ、死んだ。酸素不足で頭が回らなくなって来たことを悟った瞬間、そんな諦めが心の中に生まれる。

 だけど最後まで足掻いて、足掻いて、足掻き続けてこそ香千屋爰乃。

 すがれる物を探して手を伸ばし、生存本能に突き動かされながら必死に水面を求める。

 すると、どうだろう。

 誰かが私の手をしっかりと掴み、力強く引き上げてくれるじゃないですか!

 一日に二度も起きる奇跡のバーゲンセールに感謝しつつ、救いの手に導かれるまま急上昇。以外と浅かった水底から顔を出すと、むせながらも貪る様に空気を吸い込んだ。

 

「あれ、何処のストーカーかと思ったら爰乃ちゃん。やっはろー」

「けほっ……コスプレ地獄の司会者…の人?」

「これはジャンヌちゃんのイージーミス。結局遊びにも行けてないもんねー、分からないよねー」

 

 気を練るどころか、神器の維持コストすら支払えない最悪の体調に、限界ギリギリまで低下した体力。立っているだけでやっとの私にとって、交戦と言う最悪のシナリオだけは回避出来たらしい。

 人は見た目だけで判断出来ませんが、金髪美少女救世主から漂うのは平和の匂い。

 過去に変態無双で肩を並べた間柄ですし、敵ではない……と思いたいところ。

 

「改めて名乗るね。わたしは人界、冥界、天界、三つの世界で売り出し中の新世紀超時空アイドルのジャンヌちゃん! 爰乃ちゃんのことはアザゼル社長から聞いているから、そっちの自己紹介は不要でーす。同じ系列に属する人間同士、仲良くやろうねっ!」

「……え、人間だったんですか? てっきり堕天使だとばかり思っていましたよ」

「整形もライザップもしてない、ナチュラルな人間だよ? 天使、堕天使、悪魔、あらゆる人外の誘惑を拒否して、生まれ持った魅力と歌唱力だけで頂点を目指す努力と根性の人、それがジャンヌちゃんなのです。分野の違いはあるけど、爰乃ちゃんと存在のあり方は似てると思うよん」

「……基本方針は完全一致ですね」

 

 彼女の言葉が本当なら、とても親近感を抱く存在だと思う。

 

「自己紹介は、これで十分?」

「以前に聞いた話も含め、ざっくりですが大体分かりました」

「なら、こっちからも質問するよ?」

「どうぞ」

「まず前段になるけど……ここが何処だか分かる? そして、どうやって来たの?」

「実は―――」

 

 いまさら失うものを持たない私は、これまでの経緯を全て話すことにした。

 すると話が進む内にジャンヌちゃんの顔が曇りだし、水から引き上げてくれたお礼を言う頃には目を閉じて難しい表情を浮かべてしまう。

 

「えっとね。見て分かるとおり、ここは身長3m超えも珍しくない悪魔用のプールなんだ」

「納得しました」

 

 余裕を取り戻して自称アイドルを見やれば、確かに泳ぐ気満々の競泳水着姿。建物自体もオリンピックが開けそうな広さの水泳場でしたね。

 

「但し持ち主は禍の団の旧魔王派を束ねる長にして、冥界におけるジャンヌちゃんのパトロンのシャルバ・ベルゼブブ氏。そしてプールも内包するお屋敷の所在地は、ベルゼブブ領の中心部。爰乃ちゃん自身は冥界の政治に無関心な第三者かもしれないけど、サーゼクス氏の覚えも良くて、お友達の赤龍帝も現体制を支持するグレモリー派でしょ?」

「言わんとしていることが分かりました」

「招かれたならともかく、敵対する派閥に近しい人間が領地内に不法侵入はピンチかも。ジャンヌちゃんは身内として全力で庇うけど、守りきれなかったらごめん」

「その時は自業自得として諦めますが―――」

「大丈夫、実家への連絡はお任せっ! 早速あの子に電話、電話っと」

「お願いします」

 

 自分では対岸に住む第三者のつもりでしたが、与り知らぬところで外堀がガッチリ埋まっていたことに驚きを隠せません。

 だってお爺様は公式に中立。部長、会長の勢力ともプライベートを除けば一定の距離を置いていたんですよ?

 ま、まぁ、確かに魔王様には良くして貰ってますけど、それを言うなら私の兵士は現在進行形で禍の団に席を残す旧魔王直系のヴァーリじゃないですか。

 つまり、これで足し引きゼロ。どちらにも属さない明確な証拠だと思います。

 そんな百歩譲っても堕天使陣営の私が、どうしてこうなったのやら。

 

『そんなに悲観するニャ。心底面倒くさいし、昼寝の時間を削られて不快ニャが、ゲームセットの宣言が為されていない以上、契約に従い手を貸さざるを得ないからニャ』

 

 聞き覚えのある声に視線を動かすも、化け猫の姿は見当たらない。

 果たして幻聴なのか、それとも確かにそこに居たのか。

 猫の手も借りたい私ですが、リオンは所詮よそ様の飼い猫です。

 文字通り無いよりマシ程度以上のことを、期待しない方が吉でしょう。

 

「はい、報・連・相・完了っ! こそこそしても始まらないし、心象を良くする為にも堂々と家主へのご挨拶に伺おっか」

「シャルバさんって、審査員席に居た悪魔ですよね?」

「だねー。お互い知らない顔じゃないから、いきなり処刑ーっ!ってことにはならないと思う。それに美少女大好きでちゃんと政治も出来る人だから、交渉の余地は十分残ってるよ」

「そう願いたいです」

 

 水着の着替え兼、ずぶ濡れで体裁の悪い私の外見を直す為、最初に向かった先は更衣室。大変不本意ながら家主の趣味にも合致するらしいジャンヌちゃんの予備衣装を借りて身嗜みを整えた私は、またコスプレ……と溜息を吐いた。

 髪を乾かす合間に聞いた話では、シャルバさんとジャンヌちゃんの関係はビジネスライク。三大勢力共通のアイドルを目指すジャンヌちゃんの、記念すべき冥界初進出興行を取り仕切る後援スポンサーがベルゼブブ家とのこと。

 まぁ、狂乱の宴に居合わせた私には納得の人選です。

 堂々とメイド最高と叫んでいた変態紳士なら、見目麗しい少女しか門を潜れないアイドル業界に進出するのも当然の流れ。驚く要素は皆無ですし。

 

「冥界縦断ツアーは、当たり前だけど大成功。チケット代にグッズ販売、他諸々も併せてベルゼブブ家には相当貢献したし、実はジャンヌちゃんって金の卵を産む鶏なの」

 

 黄金を稼ぎ、堕天使のパイプを繋ぎ、しかも政治的野心皆無。

 そりゃ、ベルゼブブ家でVIP待遇も当然の人材です。

 プールに一人で居た理由もトレーニングの為に貸しきったと聞き、さすがに有得ないと思っていた私ですが、それだけの価値を示しているなら納得も出来る。

 悪魔をも魅了する歌声は、どれほどの物なのか。

 機会があれば、是非拝聴したいものです。

 

「じゃ、行こっか」

 

 色違いの衣装に身を包んだ私たちは、上層階へ向かって歩き出す。

 警備らしき悪魔や、可愛いから綺麗まで揃ったメイドさんを顔パスでクリアし、迷うことなくジャンヌちゃんが進んだ先は書斎。

 壁に配置された書籍は圧迫感を感じない程度。天井から降り注ぐ穏やかな色合いの光に照らされたデスクは年月を経た味のある飴色に輝き、静謐な空間の中で確かな存在感を放つバランスの良さ。

 これぞ出来る大人の個人スペースな部屋に居るのは、これまた誰もが思い描く貴族像を体現した紳士です。

 カジュアルの中に気品を感じさせる装い。パタンと読んでいた本を閉じて優雅に立ち上がったのは、中身を知らなければ完璧とさえ思えるロン毛の男。

 

「何故、香千屋爰乃が居る?」

「実はかくかくしかじかでして―――」

 

 どうせ一度は救われた命。全てをジャンヌちゃんに委ねる私だった。


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