赤蜥蜴と黒髪姫   作:夏期の種

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遠くない最終章に向けて、必須アイテム集めその一。


第75話「秀才とペテン師」

 強くなる為に必要な物は、何時の世もライバルの存在だと思う。

 あいつだけには負けたくない、何としても勝ちたい。

 この思いこそ全ての鍵。

 それを分かっていながら、少し前の私にはこれが欠けていた。

 一応自己弁護させて貰うと、お爺様と言う目標はあったんだよ?。

 だけどそれは

 

 ”いつか、きっと勝つ”

 

 と言う、最終的なゴール地点。

 

 ”今は負けても仕方が無い”

 

 と、心の何処かで諦めていたことも今なら認められる。

 

「良く動く」

「槍術は劣っても、足捌きはジャンヌちゃんが上手っ!」

「独特のリズムに戸惑ってるだけさ。直ぐに慣れて、一槍お見舞いしよう」

「踊り子さんには、手を触れないで下さいってね」

 

 眼下で火花散らす曹操とジャンヌちゃんは、ある意味でサイラオーグさんよりも重要なライバルとして一方的に認定済み。

 だって曹操、ジャンヌちゃんにゼノヴィアを加えた三人は、同種族、同年代、負けず嫌い、の三拍子を兼ね備えた強者たちですよ?

 一光年譲って悪魔に力が及ばないことは許せても、同レギュレーションで最強決定レースを競うマシンに抜かれることだけは絶対に嫌。

 特に一敗地にまみれた曹操。彼のお陰で、どれだけ鍛錬に身が入ったことか。

 今更ながら、イッセー君の事件に巻き込まれたことは幸運だったと思う。

 もし平和なIFルートを通っていれば、同等かそれ以上の力を備えた友人、ライバルたちと出会うこともなく、今この瞬間の私は無かった。

 下手をすればモチベーションを保てず伸び悩み、井の中の蛙で終ってしまったかもしれないと思うとぞっとします。

 

「香千屋爰乃、我々も賭けをしよう」

「賭け、ですか?」

「単純な余興だ。曹操とジャンヌ、どちらが勝つのか当てた方が勝ち。私が負けたなら、上級悪魔とのゲームで切り札になりうる玩具をくれてやろうではないか」

「私が負けた場合は?」

「ウチの制服を着て被写体になりたまえ」

「変態頂上決戦で ”メイド服最高”と叫んでいた人らしい要求ですね……」

「うむ、アレは装いとして究極。デザイン次第で妖艶にも、可憐にも仕上げられる万能性を持ちながら、しかし使用人としての立場を忘れない衣類はそうあるまい」

「その口ぶり、さてはお勤めの皆さんは撮影済みですか」

「最盛期の花をフィルムに収めるのは義務である。怪訝な顔を浮かべているが、私は破廉恥な変態が蔓延するジパングのご主人様と違い、使用人には暴力を振るわず、手も出さない圧倒的紳士。アルバム撮影程度の何が悪いと言うのか」

「その日本像はフィクションの中にしか……」

 

 メイドさんが注いでくれた二杯目の紅茶を口に運んで平静を際どく維持した私は、怪しいアキバ臭に汚染された大貴族様の真顔に困惑してしまう。

 部長やサイラオーグさんについての考察を語る流れで聞いたシャルバさんの自論を信じれば、この悪魔にとっての美少女とは眺めて楽しむ観賞用の花。美しい、愛らしいと感じても、劣情を覚えることは無いとのこと。

 お城のメイドさんが種族も数多な美少女揃いな理由も、ガーデニングの一環として庭を自分好みの品種で埋めたいだけらしい。

 ”YES美少女、NOタッチ” をスローガンに掲げるシャルバさんは、ケチの付けようの無い紳士だとは思う。

 それこそイッセー君の部屋に転がっていた鬼畜エロゲーの主人公とは一線を画しているし、同意を得た女の子を着せ替え人形にして満足する無害さはギリギリ合法……だよね、多分。

 

「冥界遠征中の英雄がフィクションを語ると?」

「正論過ぎて、ぐぅの音も出ません」

 

 漫画やアニメの産物に言われずとも、当の昔にファンタジーへ首までどっぷり漬かった私こそ空想の産物。自覚したのは最近ですが、薄々感付いてましたよ……。

 

「納得したのであれば、この談義はここまで。話を本題に戻そう」

「はい」

「断っても不快とさえ思わないが、どうする?」

「……この勝負、喜んでお受けしましょう」

「ならばレディーファースト。先に選択したまえ」

 

 半分勢いで受けたけど……さて、どちらに運命を託すべきなのか。

 変態王決定戦で、キレのある動きを見せたジャンヌちゃん?

 それとも直接対決で力量を肌で感じた曹操?

 理性は私の上を行った曹操優勢と訴え、直感は何故かジャンヌちゃんの勝利を疑わない不思議。

 もしもこれが生死の掛かった二択なら、即断は出来なかったと思う。

 だけど、今回の賭けはお遊び。

 メイド服に忌避感も持っていなかったし、既に街中を歩くには恥ずかしいアイドル姿を晒している時点でデメリットなど無いに等しい状況です。

 悩まず気楽に初志貫徹。不確かな勘よりも、経験を重視しますか。

 

「決めました、曹操に張ります」

「宜しい、ならば私はジャンヌだ」

 

 正統の槍術を駆使する曹操と、槍をバトン代わりに回転させながら流麗な舞を踊るジャンヌちゃんの勝負は、未だ腹の探りあいが続く序盤戦。

 神器は補佐と位置付ける私と違い、槍と旗の所有を前提としたスタイルを確立しているっぽい二人のこと。まさか禁手に至っていないはずもなく、どちらが先に切り札を切ってくるのか楽しみですね。

 

「ジャンヌへ課した労役からも分かるとおり、一度悪魔と交わした契約は絶対だ。泣いて叫ぼうと、取り立てるものは取り立てる。覚悟しておきたまえ」

「……これぞ悪魔な発言なだけに、代償だけが本当に残念です」

 

 芯の通った変態には、何を言っても無駄。そのことをイッセー君で骨身に染みている私は、これ以上の無駄な追及を完全に放棄する。

 今この場で集中すべきは変態貴族より、何れ戦う運命にあるライバル達の方。

 二人の手札と打ち筋、とくと拝見させて貰いますか。

 

 

 

 

 

 第七十五話「秀才とペテン師」

 

 

 

 

 

 モーションから無駄を削ぎ落とすことで起こりを察知させず、ブルース・リーの提唱するエコノミーライン理論で最短距離を駆け抜けてくる曹操の槍。

 わたしとかパパみたいな目移り好きの浮気者には真似出来ない、膨大な反復練習のみでしか身に付かないその技術は、努力する天才にしか会得出来ない境地だなーと感心するジャンヌちゃんです。

 しっかし、分かっていたけど……これはちょっとマズイ。

 予想より二枚は上手の技量と、幾ら隙を見せても乗って来ない慎重さには参った。

 このままリソースの大半を他に割いた”片手間”の対決を続けていけば、逃げに徹してさえ削られる一方のジャンヌちゃんは何処かでワンミスを犯す。

 そして致命的なチャンスを曹操は決して見逃さない。

 

「何を企んでいるかは知らないが、この調子では禁手を披露する前に終るぞ?」

「アンコールならともかく、公演時間短縮は困るなぁ」

 

 槍から放たれた聖なる波動を、くるっと半回転して華麗に回避。あえて反撃せず視線のフェイントに留めて曹操を一歩下げさせると、これ以上は付き呆れないと顔の前で指を振る。

 相手の土俵で競うのはもう十分。

 時間を掛けた割には不完全だけど、やっと”彼ら”への干渉も成功っ。

 短時間なら騙し騙し使える仕上がりだし、ぼちぼち演舞タイムを打ち切ろっと。

 

「ところで曹操って、ジャンヌちゃんの神器の効果を知ってるの?」

「君に腹芸は通じないし、正直に答えよう。 ”聖なる御旗の下に” だったか? そんな神器は聞いたことも無ければ、見たことも無い。むしろジャンヌから旗の神器と聞いていただけに、槍としても実用に耐えうることを知り驚いているさ」

 

 ジャンヌちゃんの持つ ”聖なる御旗の下に” ……めんどいから聖旗って呼称する神器は、中世の騎士なら当たり前の槍に旗をくっつけた旗槍がモチーフの武器。

 ぶっちゃけ名前だけ襲名したジャンヌちゃんはオリジナルについて書物から得られる以上の知識を持たないから、果たして実際に掲げられた百合の旗が本当にコレだったのかは保障しないよ?

 と言うかそれを言い出すと、曹操の神滅具も大概怪しいけどねー。

 ”黄昏の聖槍” の由来っぽいロンギヌスの槍なんて、本当は下っ端の王大人が死亡確認の為にグサァしただけの何処にでもあるふつーの槍ですよ先生。

 先端がルガーランスの如く割れ、僕らは目指したシャングリラする機能が追加されてる時点で完全に別物だと思うジャンヌちゃん。

 むしろアレを見たわたしは、某大魔王様の持つ”MPを吸って攻撃力を無限に上げる杖”を連想しry。

 ゲフンゲフン。

 まーあれですよ、道具は素性よりも性能が全て。

 大切なことは使えるか、使えないかだけだと思わない?

 

「知らないなら、ファンサービスに教えてあげちゃいます。この聖旗の能力は、所有者が自軍と認めた一定範囲内に存在する味方の各種パラメータを上昇させるバフ系列っ! か弱くうら若い乙女なジャンヌちゃんが、英雄とか言う化物と渡り合える身体能力を発揮出来るのも、神器の効果が持ち主にも適用されるからなのです」

「成る程、本来は集団戦で真価を発揮するタイプと。それなら歯応えが足りないことにも得心が行く」

「納得した? 納得したよね?」

「……嫌な含みだな」

「ってことで、ここからは強みを生かすべくレッツゴー数の暴力。キャストタイムを稼ぐ最後の無駄話に付き合ってくれてありがとーっ!」

「待て、援軍は君の決めたルールに抵触するぞ?」

「それはどーかな。行きなさい、わたしの騎士たち!」

「ハッタリだな、この場に俺たち以外の気配は無い。動揺させ―――ぬぉっ!?」

 

 ちっ、やっぱり防がれた。

 

「取り決めで禁止したのは ”味方” の援護だよん。まさか曹操の腹心が、実はジャンヌちゃんの一味とは言わないよね?」

 

 わたしの声に応じた騎士の正体は、目をグルグルにした複数の魔剣を抜いて斬りかかった北欧の英雄と、カップラーメン大好きな悪魔と契約した先祖を持つ魔法使い。

 いやー本当に頼もしい限りですよ。

 

「取られた言質の真意はコレかっ! 目を覚ませジーク! 俺とお前が争ってどうする!」

「曹操は僕の抱く王。敵であるはずが無い」

「そうだ、冷静になって剣を引け」

「しかし、王は討たれるものだろ?」

「私も同感だ。曹操は親友だが、倒さなければ無礼と言うもの」

「ゲオルクまで!?」

 

 神器戦と見せかけて、実は指輪に形状を変化させたエクスカリバーの制御に全力を注いでいたジャンヌちゃん。

 使うべき機能は言わずと知れた ”支配” の力。前に ”破壊” 、 ”天閃” 、 ”祝福” しか使えないと言ったな? アレは嘘だ。手札をわざわざ晒す訳ないじゃん!

 そもそも真っ先に使いこなす努力をしたのは、とーぜん持ち前のカリスマとシナジーする支配一択ですよ。

 まーそれでも死神なヨン様には及ばず、意思を持つ存在の支配は聖剣を持ってしても難しいのが悲しいところ。

 何時かは完全催眠能力に匹敵する効力に達したい乙女心です。

 そんな不完全な力だけど、広く浅く精神に干渉して認識をずらせば、望む方向を向かせる程度ならよゆー、よゆー。

 特にわたしの歌や踊り、それに百万ドルの笑顔で警戒心を解いた人は蝶カモい。

 狙うべきは心の隙間。

 怒りと憎しみで精神の均衡を崩している二人組みも例外じゃない……と言いたい所ですが、さすがは英雄、それも最強クラスは凄いなぁ。

 

 ”王様を全力で倒すのが下々の礼儀”

 

 とプリセットした筈なのに、どー見ても素直にベストパフォーマンスを発揮していない。

 それが魔剣の加護なのか、魔術的対抗策を用いていたからなのかは分からないけど、体が抵抗しているのか露骨に動きが悪い。これじゃ二人掛りでもあっさり返り討ち確定だにゃー。

 

「俺の朋友にどんな手品を使った!?」

「種を明かすマジシャンが居る訳ないっしょ」

「それもそうか……っと、グラムは止めろ!」

「いやー、万人に愛されるジャンヌちゃんの魅力が怖い」

「……さては聖剣団も同様の手口で洗脳したな」

「さー」

「曹操、私から意識を離すとは迂闊だぞ」

「ええい、敵に回した絶霧はこうも厄介なのか!」

 

 有名な魔剣が猛威を振るい、神器と魔術が要所をフォローするナイス連携。

 曹操も突然の事態に槍が鈍ってるし、予想よりも時間を稼げる雰囲気っぽい?。

 これなら戦果としては及第点。後は神器の効果を謀ったとでも勘違いしてくれればボロ儲けなんだけどなぁ。

 そんな打算を働かせながら遠巻きに内ゲバを繰り広げる三人を生暖かく見守り、ジャンヌちゃんは二の矢を番える準備をしながら観客席に向かってVサインを送ってアピールっ。

 

「では、手も空いたのでここで一曲。曲名はお察し、この瞬間に相応しい歌を選曲しちゃうよー! ミュージックスタート♪」

 

 無骨な戦いばかりでは、エンタメ的に物足りないでしょ?。

 ここはジャンヌちゃんの歌声で気分転換でもどーぞ。

 ついでに良い機会だから伴奏無し、歌唱力が物を言うアカペラを披露し、神器やカリスマに頼らなくても余裕で人を魅了する美声を爰乃ちゃんに聞かせてやるぜーっ。

 

「共にもう一度立ち上がれ、守れ一つの命絶やさぬ―――」

 

 ジャンヌちゃんには背負いきれない夢も、不安な夜も似合わない。

 変幻する継ぎはぎだらけの理想より、確固とした未来絵図を抱いてこそわたし。

 なので、今回も勝利の画はデッサン済み。

 心に燃える誓いの炎を武器に、ジャンヌちゃんはWINNERになる!。


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