第79話「日常は珈琲の香り」
「つ、疲れた……」
着替える気力さえ残っていない私は、ぼふっとベットの倒れこんで目を閉じる。
思い返してもゲームと違って撮影会は辛かった。
趣味に妥協しないシャルバさんは厳しく、素人の私に対してポーズに表情、果ては内面に至るまで注文をつけてくる本気っぷり。
私も仕事である以上手は抜けず、必死に頑張った結果がコレです。
もう二度とモデル業は引受けない。そう、誓った私でした。
「……あの子……なら楽勝……だったんだろうな」
薄れ行く意識の中に浮かぶのは、メイド服を私服の如く着こなすジャンヌちゃんの姿。
本職たるもの不特定多数を魅了出来て当たり前。
たった一人を満足させれば良い現場なんて楽勝ですよ、楽勝っ!
みたいなことを、彼女は余裕綽々のVサインで宣言したんだと思う。
「あう、頭が回ら……ない」
もう限界。私に残された最後のHPは帰宅するなり巻き込んだと頭を下げるお爺様を宥めるのに加え、主君の窮地を見過ごしたと真顔で腹を切る構えの弦さんを制止する為に使い果たしている。
しかも明日は学校。きっちり回復して、元気に体育祭の練習を頑張らないと。
なので貰ったお土産の開封も、ディオドラの件も、ぜーんぶ後回し。
精神的な疲労に全面的な敗北を喫した私は、無駄な抵抗を止めて瞼を閉じた。
「アンも一緒にねるよ? いいよね?」
意識が朦朧とする最中、布団へと潜り込んで来た何かが耳元で囁く声が聞こえた気がする。
それは小さく、柔らかく、そして暖かいもの。
敵意を感じさせず、むしろ甘えるような気配のソレを私は知っていた。
本能の赴くまま抱き寄せ、感触を確かめるように頬擦り。
うん、やっぱりこれは最高級の抱き枕。
誰の差し入れかは知りませんが、有難く使わせてもらいます。
「もう、何処にも行かせないから。姫様いないのアンやだよぅ」
それにしてもお腹に感じる水気の正体は何だろう?寝汗かな?
「アンは姫様を守るの。その為にめんどーでもドラゴンの王様も、悪魔の偉い人も、天使のてっぺんも、ぜーんぶぐしゃって出来るくらい強くなるよ」
微妙に騒がしい、と無意識の内に音の発生源へと手を伸ばす。
すると触れたのは、さらさらの糸で覆われた丸い物体。
これが音源かと納得するも、この抱き枕を放り出すという選択肢だけは無い。
ならば取るべき対策は一つです。
「だから褒めてね? 頑張ってるねって、毛繕いしてね?」
「うるひゃい」
子供を鎮める定番手段、胸で押し潰して物理的に黙らせる作戦を実行。
うん、一瞬だけ抵抗されたけど静まった。
寝具は寝具らしく、その調子で朝までよろしくお願いします。
「姫様がお話を聞いてない気がするけど、アンは姫様のことがおかーさんみたいに思ってるの。だから、ぎゅーってされるの大好き」
あれ、まだモゴモゴと動いてる気が……。
「抱っこしてくれるならアンは幸せ。静かにするよ」
聞き分けの良い子で助かります。
「お休みなさい、姫様」
ぐー。
第七十九話「日常は珈琲の香り」
「ば、馬鹿な。謀ったな香千屋ぁぁぁっ!?」
「松田君は良い友人ですが、日ごろの行いがいけないのですよ」
「む、無念」
「おのれ、よくも我が盟友を。しかし俺とてザビ家の一員。無駄死にはしない!」
「その覚悟や良しってことで、遠慮なくぽいっと」
「本番までに一度はエロいことをしてやるから覚えて……ろ、がくっ」
これでチーム最後の壁、松田君と元浜君もブン投げて撃破。
最後に屹立している棒を指で押せば、晴れて私の勝利っと。
「爰乃さん、倒すのは棒ですよ棒!?」
「ちゃんと倒したよ? 何かルール的に問題でも?」
「攻撃も守備も関係なく、無差別に投げ飛ばすことが主目的のスポーツじゃないと思います……」
「効率的な戦術なのに」
私達が行っていたのは体育祭の花形。獲得ポイントも大きい棒倒しの練習です。
本来は男子の競技だけど、そこは荒事が得意分野の爰乃さん。
だって棒倒しと言えば、アメフト並の暴力行為が容認されるスポーツ。(主観)
下手な練習で怪我をされると、クラスの戦力低下を招く可能性が高い。
どうせ病院送りになるなら、本番で役目を果たしてからがお得だと思いませんか?
でも大丈夫。そこで私の出番です。
暴力のコントロールが効かない素人に変わり、人の壊し方を熟知した私が、優しく、壊れない程度に壁として立ちはだかりましょう。
しかも今ならお買い得なキャンペーン中です。
私を一瞬でも拘束出来れば、素直に負けを認めるサービスまでつけちゃいます。
ここは一つ男子の矜持を見せて下さいね。
「くっ、このまま胸も尻も揉めずに終わってしまえば、何の為に香千屋を引き込んだのか分からんぞ」
「うむ、やはり魔王相手にワンチャンを期待した我らの甘さよ。ここは現実を見据え、手堅く幸運の女神様にターゲットを移すべきではなかろうか?」
「それだ。さすがはエロゲー攻略の今孔明、恐ろしいまでの神算鬼謀よ」
「待て何処を見ているクズ共。アーシアはマネージャ枠だからな? 事故を装って手を出すなよ? おいコラ、他人面の松田もだよ!」
「な、何を仰いますかイッセー君。冤罪はややややめてくださいよ」
「そうだそうだ。偶然、優しく受け止めて貰う可能性は見逃せよ!」
「腐れ外道どもは死ねっ!」
あ、うん。君達の下心は知ってました。
だけど武道を嗜む身として寝技やら関節技で、お肌の触れ合いは日常茶飯事。
セクハラ出来るものなら、怒りませんのでどーぞどーぞ。
但し磨き抜いた私の防御、果たして抜けられるかな。
今のところ同年代の男の子で胸やら腰に触れられたのは、サイラオーグさんとヴァーリの拳くらい。普通の、しかもインドア男子には、少しだけ難しいと思いますよ?。
「ってか、私って何の為に呼ばれたのさ」
「だって暇でしょ?」
「そりゃ、帰っても猫の相手くらいだけど」
「実は気紛れに珈琲な気分の爰乃さん。リオンの件で確約した奢りの約束、まさか忘れたとは言わせないよ」
「そう言う話なら仕方がない。但し私は男子が天地魔闘されて空を舞う姿を見せられて喜ぶ趣味はないの。接待して欲しいなら、ちゃちゃっと終らせるように」
「大丈夫、その気になれば瞬殺です。それと、アーシア」
「なんでしょうか」
「たまに部員以外のメンバーによるお茶会は如何? 今なら何と、そこの眼鏡が何でも奢ってくれるよ?」
「は、はい、爰乃さんのお誘いなら大歓迎です。お供します!」
「……可愛いアーシアだから許すけど、爰乃は空気を読んでオプション削りなさいよ? サイドメニューに手を出したら殺す」
「大丈夫、今日は新製品の甘いフラペチーノ一点狙い」
「はいはいスタバね。それにしても珈琲の気分とは何だったのか……」
くっ、藍華に牽制を入れられた。
さよなら、私の可愛いクラブハウスサンド。
「はいはーい、揉めてる変態さんチームも聞いて。今日は次でラスト。気合入れて〆の一本行きますよ」
「「「ならば、せめてスカートの中くらいはっ」」」
気付くと二人に取り込まれ、イッセー君まで唱和に参加してる不思議。
他の男子から向けられる蔑みの視線もなんのその。本当に仲の良いトリオですよ。
「五分で片付けます」
「あいよー。今の内に鞄を取ってこよっと」
「あ、私も教室に荷物が。爰乃さんのバックも持ってきますね」
「宜しく」
友人二人を見送りながら、イッセー君擁する男子チームの布陣が整うのを待つ。
おや、今度の変態ズはオフェンス側ですか。
手ぐらいなら握ってあげますが、それ以上は期待しないことをお勧めします。
「準備はOKですね?」
「「「応っ」」」
「じゃあ行きますよ」
「「「そう何度も投げ飛ばされてたまるか」」」
窮鼠猫を噛むと言うか、家猫が最強狼の心を折った事例をこの目で確かめた爰乃さん。
特殊能力全封印の手加減は必要経費だけど、気だけは抜かずに引き締めよう。
そもそもこれは、私にとっても益のある訓練です。
動きに一貫性のない複数人の行動を先読みし、打撲以上の怪我を与えずに封殺と言うイレギュラーは通常の修行で体験出来ないもの。
格上との戦いでは得られない、貴重な経験を積ませてもらいますか。
「今こそ進化した蜥蜴の力を見せる時。ドライグや悪魔の力に頼らない、素の俺自身でお前を止めてみせる! 勝負だ爰乃!」
「確かにライザー、ヴァーリ、幾多の強豪と鎬を削った経験地は認めます。一昔のイッセー君なら、無意識で捌いた牽制の掌打でKOだったからね」
「だよなぁ。加減された手打にしても、一ヶ月前なら反応さえ出来なかったさ」
「夏休みで一皮向けた?」
「大体はタンニーンズ・ブートキャンプのお陰だ。あれ以来第六感的な勘が働くようになったし、基礎力の向上で禁手の維持時間も延びた。死ぬ気の全力は試してないから分からんけど、今の俺は無制限ルールなら相当強いと思うぜ」
妨害担当の男子をブラインドに使い、抜け目なく隙を伺う姿勢はナイスです。
しかも絶え間のないラッシュを続けているのに、息さえ上がらないイッセー君。
この成長っぷり、まさに男子三日会わざれば活目して見よ。
もしも私が神器に目覚めていなければ、そろそろ危なかった。
でも残念。私だって足踏みを続ける訳じゃないの。
だってクイーンはキングより強い駒。王様が守るべきは女王の背中です。
君が強くなるなら、私はその上を行くが道理なのですよ。
「何か知らんがイッセーが妙に強いな。仕方ない、今回はお前に花を譲ってやる。俺の死を無駄にするなよ?」
「松田?」
「やれやれ、松田にだけ良い格好させてたまるかっての」
「元浜?」
「俺じゃなく、俺たちの屍を超えていけ。そして、勝つのだ勇者よ!」
「任せろ。元浜の言を借りるなら "夢はいつしかこの手に届く” だ。こう見えても俺は乳タイプ。そこに登るべきおっぱいがあるなら、最強だぜ!」
「「「ジーク、イッセー! ジーク、イッセー!」」」
くっ、さすがは奇人・変人揃いの我がクラス。
無駄な団結力を発揮して、全員の目の色が変わりましたか。
「くくく、多勢に無勢ならば香千屋とて涼しい顔をしていられまい。何せ貴様は着替えを怠り制服姿。派手に動くだけで最低勝利条件はクリアされる」
「志が低過ぎて悪態も出てきませんよ……」
「と言うことでオペレーション ”ゾンビアタック” 開始っ!とにかく根性で立ち上がり邪魔をして、本命のイッセーが付け入る隙を作るぞ!」
「目算が甘いと思う」
既に本来の目的を見失った背後からの挟撃に対して一閃。背中から二人を同時に落として無力化すると、続いて襲い来る二列目に拳を向ける。
と言っても、グーはご法度です。
制服を掴みに来る男子の手を掻い潜り、擦れ違い様に掌を顎を掠めるように打つ。
これなら軽い脳震盪だけ。若いし、直ぐに起き上がれると思う。
「で、誰が誰に何をするんでしたっけ?」
「馬鹿め、当の昔に香千屋の理不尽さは周知の事実だ。半端に脅そうとしても無駄ぁっ」
「酷い評価を受けた……」
「文句は日ごろの行いを振り返ってからにしろっと、呼吸を整える間を与えるな。連続して多方向から攻め続ければ、香千屋とて必ずミスる。ワンフォーオールの精神で頑張ろう!」
「な、何気に元浜君が策士でびっくり」
「この眼鏡は度が入っている。伊達じゃないんだぜ!」
何を言っているのか分からないけど、戦術は的を射た正攻法です。
気を練らず、意識的にパラメータを落としている現状ならワンチャンあるかもね。
「いよいよ俺たちの番だが、少しも息が上がっていないのは気のせいか?」
「それでも行くしかない……」
「まぁ、パターンAだ。打ち合わせ通りにやろう」
「そうだな相棒」
千切っては投げ、千切っては投げ、気付けば残りは後三人。
静かにチャンスを待つイッセー君は未だ動かず、松田君と元浜君が重い腰をついに上げた。
さぁ、どう来ます?
君達の読み通り、普段から鍛えている私はまだまだ元気一杯ですよ?
「見よ、中学時代に部活で培った華麗なフットワーク!」
「その足捌きはサッカー部?」
「写真部」
「え」
「様々なベストショットを狙う為に、自然と鍛えられましたが何か」
「何を撮っていたのかお察しですね……」
鋭角な切り返しで迫る松田君の役目は陽動と見た。
本命はスリップストリーム的な距離を保って影に徹する元浜君ですよね?
そしてイッセー君も来るなら今しかない。必ず動くから注意しよう。
「必殺、等身大抱き枕ホールド!」
「それは生理的に無理」
私を飛び越え、狙いは背後からのベアハッグ。
でもそんな攻撃が通るなら、当の昔に小猫は私に勝ってますから。
振り向かずとも敵の位置を把握する私は腰を入れることで元浜君を浮かせ、そのまま肩を支点に半回転。落下時に衝撃を与えないように調整しつつ転がして無力化。
さて、相方は何をす―――
「ふはははは、スポーツを決闘か何かと錯覚した香千屋の負けだ。本職の松田には機材、腕の両面で劣るが、スマホのオートフォーカスの性能も捨てたもんじゃないぞ? 素人でも綺麗に取れるからな!」
「さ、さすがにそれは反則だから!?」
私の目に飛び込んだのは、スマホを構えてヘッドスライディングして来たカメラマンの姿。
確実に聞こえたカシャっと言う音に対し、理性は
”大丈夫、角度的に多分撮れてない”
と証言するのに対し、感情は
”シャッター音=撮影成功じゃない?”
と緊急性を訴えてくる。
脳内裁判の結果を受けた私の取った行動は、スカートの裾を押さえての逃げ。
反射的に後ずさり、恥ずかしさで赤くなった顔の涙目ですよ!
「卑怯過ぎることは重々承知」
「分かってるなら、最初から止めてくださいよ……」
「悪いが、これしかなかったんだ」
「え?」
「野生動物も真っ青に勘の鋭い香千屋の注意を、一瞬逸らす為にはな」
「しまった、イッセー君は何処に!?」
お風呂を覗いて着替えを盗み見る幼馴染に慣れている私でも、この不意打ちは想定外。
近年稀に見る動揺に思わず意識が元浜君だけに向いた瞬間、敵は動いていた。
慌てず騒がず自然体で景色に溶け込み、そっと近づいていたイッセー君が気付けば目の前に。
駄目だ対抗策が間に合わない。私が無力化するより先にイッセー君の手が届く。
構えから察するに、イッセー君の狙いは双胴掌を用いた突き飛ばし。
確かに地面に手を付いた時点で隙だらけ。状況的に私の負けです。
悔しいけど受身受身。そんな風に考えていると。
「やったぜ、おっぱい! ありがたや、ありがたや!」
衝撃は来ず、変わりに感じたのはくすぐったさ。
ん? と思って首を下げると、そこには両手で鷲掴みにされた私の胸が。
「素朴な疑問なんだけど、揉むなら部長副部長の方が楽しくない?」
「いやいや、おっぱいは一期一会だから」
「小猫サイズも?」
「おうよ。お前も知っての通り、俺の座右の銘は ”おっぱいに貴賎無し” 。まな板は感触よりも、眺めて愛でる良さがあるからな!」
「せめて鼻血が出てなかったら、少しは感銘を受けたんだけどね」
堂々とエロを狙うと宣言されていた上で虚を突かれた私が悪いし、ルール的にもグレーゾーンの範疇に納まるボディータッチは致し方のないところ。
でも、そろそろ恥ずかしい。
堂々と衆人監視の中での断続的な公衆猥褻は乙女的にNGです。
「役得はもう十分ですよね? 怒らないから、そろそろ離れようね?」
「さ、最後に一つだけ答えてくれ」
「内容次第かな」
「温泉での採点は70点だったよな?」
「うん」
「一矢報いた訳だが、加点とか無理……?」
「それ以前の問題です。匙君に完封された試合は私も見ました。あの結果を踏まえた上でプラス査定があるとでも?」
「ですよねー。80点どころか60点台への転落も当たり前っすよねー……」
実は会長とのゲームの黒星は作戦負けだと思っているので、イッセー君への減点が無いのは内緒です。
だってイッセー君は褒めて伸ばすより、叱られてこなくそと伸びるタイプ。
失点を取り戻そうと足掻く際の伸びは凄いと経験上知っていますし、嘘も方便でしょう。
そもそも未だ夏休みの成果を見ていない以上、評価なんて出来ると何故に思ったのやら。
でも、安心していいよ。
どうせプラス評価は確定。但しどんな点数が付くのか、私にも分からないけどね。
「これで話は終わり。今日は不覚を取ったけど、発想としては面白かった。次の総力戦でも、イッセー君得意の意外性を発揮してくれたら嬉しいな」
「総力戦?」
「何でもありの、ね」
遠からず始まる総当たり戦で驚く顔が楽しみ。
私は王様としてゲスト参戦しますが、勝負は勝負ですよ?
そんなことを考えながらぴっと立てた人差し指でイッセー君のおでこを押し、後は任せますと踵を返す。
「よくやったなイッセー。死ねっ!」
「リア充死すべし。慈悲は無い」
「何で!?」
「自分の胸に聞いてみろ」
「男の、しかも自分の胸に興味はねぇよ! 爰乃のおっぱいは最高だったけどな!」
「「「地獄に落ちろ勇者様!」」」
復活してきた男子達に英雄様と崇めらるのと同時に殴る蹴るの暴行をイッセー君は受けているけど、これもまた男の子同士の付き合い方なのかな?
私には理解出来ない関係性ですが、あれだけの結束を見せた彼らです。
どうせ大怪我もアーシアが治せますし、口を挟まず放置です放置。
「イ、イッセーさんが私刑を受けてます! 止めないのですか!?」
「アーシア、あれは友情を深める日本伝統の儀式だって」
「確かに皆さん生き生きした顔ですけど……イッセーさんを除いて」
「藍華の言う通り、男の子の世界に女の子が口を出すのや野暮と言うもの。イッセー君の面子を潰したくないなら、そっと立ち去るのが女の子の優しさだよ」
「な、なるほど。主よ、不勉強な私をお許し下さい……ぁ痛っ」
何時もの様にアーシアをチョロく騙しつつ、藍華が放ってきた鞄を受け止める。
少し遅くなったけど、まだ日は高い。
放課後のフリータイムはここから、と女神の背中を押した瞬間だった。
「よくも姫様に破廉恥な真似を。悪い虫は直参にして第一の家臣たる弦が許しませんっ! 私が許可します。二度と馬鹿なことを考えぬよう、私に続いてばーんしなさい!」
「待てぇっ、さり気なくヤバイのが混じってるぞ!?」
「はーい、きーっく!」
「ぶべらっ」
居る筈のない部外者の声がぼそっと聞こえたのは、多分きっと幻聴ですよ。
「唐突に現れた幼女が、イッセーを仕留めて逃げていったんだが……」
「まったく小学生は最高だな!」
「おい、このロリコン眼鏡も始末しようぜ」
「ば、馬鹿な、裏切ったのか松田ぁぁあっ!?」
「君の趣味が……って、ガルマは香千屋の二番煎じか。つーか、地味にお前だけ無傷だろ? 平等の観点から特別はよくない。そう思わないか?」
「……」
「白目を剥いたイッセーへの粛清はもう十分だ。次は元浜をやれっ!」
「「「サー、イエッサー」」」
どうせ当人達は心配性を拗らせた護衛のつもりなんでしょうが、腐っても駒王学園はグレモリーとシトリーが支配する他人の縄張りです。
姿をキッチリ消し続けている過保護侍はまだしも、普通に姿を見せたアンは色々とマズイ。
後で説教をする際には、もっとうまくやれと釘を刺さないと。
「日本人って大人しいイメージでしたけど、意外にワイルドなんですね……」
「「ソウダヨ」」
「でも冷静に考えれば、淑女っぽい爰乃さんも大概でした」
「……アーシア、少しお話しようか」
「え」
「そこの力強く頷いた眼鏡も交え、ケーキを食べながらじっくりとね」
「薮蛇来たーっ!?」
専守防衛を旨とする爰乃さんの、何処が色物枠だと言うのやら。
最近、私への風評被害が酷い気がします。
問題解決は目の前の一歩から。
先ずは身近な友人達の意識改革から始めるとしますか。
「アンもケーキ食べたい……」
「また堂々と出てきましたね。一個だけですよ?」
「うんっ!」
「弦さんも如何ですか?」
「是非に」
「待った、その人は何処から沸いてきた!?」
「朝からずっと姫様のお側に控えて居りましたが?」
「ガチのストーカーじゃん!」
ニトロ並みの危険物は、せめて目の届くところに置きたい私です。
いつの間にか服の裾を掴んでいるアンと、適当に声をかけた時点で三歩後ろに直立不動な弦さんの合流は初顔の藍華を困惑させたけど、残念ながらリオンは二人の身内です。
いずれ出会うことが約束されている以上、顔を合わせるのが速いか遅いかだけ。
藍華も人外に関わった者として、規格外の不可思議に早く慣れるべきだと思うよ。
「藍華さんや、露骨に怪しいと思う気持ちは分かる。分かるんだけど、二人は私の身内でアーシアの知人です。不審者じゃないから安心して」
「まじか!」
「さらに言うと、藍華も他人事じゃないからね……」
「猫か、さては猫関連かっ!」
若干躁鬱でテンションの高い親友は、何だかんだと順応力が高いと思う。
だって藍華は立ち話もなんだと場所をカフェへと移した女子会(?)でアンの正体を知っても動じず、流れで話した他の眷属たちの種族名を知っても達観する余裕さ。
それでこそ私の親友。これなら次の長期休暇で予定している、レイヴェル主催のフェニックス領名所観光ツアーに巻き込んでも大丈夫だね。
「ふふふ、もう私に怖いものは無い。天国でも地獄でもどんと来い!」
その言葉、忘れないように。
アイスコーヒーをぐいっと飲み干して宣言した親友に、そっと呟く私だった。