赤蜥蜴と黒髪姫   作:夏期の種

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数話は人間関係の再編成予定です。


第81話「スパイス風味の悩み種」

「落ち着け!」

 

 思わず声を荒げた俺は、暴挙に及ぼうとするヴァーリの腕を掴んで静止する。

 

「何故だ兵藤」

「多方面から怒られるからに決まってんだろ!」

「意味が分からん。もしもこの中に刺客が紛れ込んでいた場合、ゼノヴィアだけでは不安が残る。俺も傍で警戒し、二重の警戒態勢を引かねば爰乃が危うい」

「いやいやいや、ここは水と平和が無料が売り文句の日本だからな? しかもクラスの女子は人外世界と無縁の一般人だ。物騒なことは九分九厘起きねぇよ!」

「やはり君は愚か者だな。国全体としての安全性は兎も角、堕天使が徘徊し、はぐれ悪魔が潜伏先に選ぶことも多い地域のどこが平和なんだ? まさか被害者の一員である君が忘れたと?」

「ぐぬぬ」

 

 正論だけに何も言えない。言えないが、ここで折れるわけには行かねぇ。

 

「あーくそ、面倒だから直球で言うわ。目的は何であれ、着替え中の女子が満載の更衣室に堂々と入ろうとするのは止めろ! さすがの俺でもやらんわ!」

「やれやれ、サルの裸を見て喜ぶ趣味のない俺に下心はない」

「そう言う問題じゃねぇから! 爰乃にも迷惑がかかる社会的ルールだから!」

「そうなのか」

「どうしても不安なら、俺が発見した覗きポイントを教えてやる。次回からは影からこっそり見守って、ヤバイと思った時だけ実力行使に移ろうな?」

「……くっ、ここは人間世界の先輩を尊重して従ってやろう」

 

 しぶしぶ納得したヴァーリを見て、俺は盛大にため息を吐く。

 事の起こりは体育の授業。男女に分かれて着替えに向かう中、しれっと爰乃の後ろに付いたヴァーリに嫌な予感を感じて呼び止めてみればこの有様だ。

 今に始まったことじゃねぇが、コイツには要所要所で一般常識が欠けているんだよなぁ。

 しかも性質の悪いことに本人は無自覚。普段は爰乃が何か起きるたびに頭を下げているが、今回の様に不在の場合は俺へとお鉢が回ってくるから面倒臭い。

 

「ほら、授業に遅れりゃ爰乃に怒られる。グランド集合なんだから急げ」

「仕方がない。今回はアーシア・アルジェントを信じて学業を優先するか」

「身内の癖にゼノヴィアへの評価低いっすね……」

「戦闘力は認めている。しかし、直情馬鹿が臨機応変に動けるとでも?」

「あー分かる。他に気を取られている間に護衛対象がやられてました、って未来がありありと想像できるわ……」

「それに考えてみろ。もしも下っ端娘だけで十分なら、俺は最初からこの場に居ないさ」

「ですよねー」

 

 同類で融通の利かない戦闘馬鹿がしたり顔で言うな、って言葉をぐっと堪える。

 人のことは言えないが、基本的に俺たちみたいな攻撃偏重型は防衛が苦手だからなぁ。

 やられる前にやれ。攻撃こそ最大の防御。先手必勝こそが真理。

 つまり基本的に後手となる護衛任務は、アタッカーにとっての鬼門な訳だ。

 それは最強の白龍皇様だろうと同じこと。

 特殊な手段で足止めされた挙句、フリーの王様を取られちまうのはヴァーリも同じだと思うぞ。

 

「ちなみに今日はサッカーらしい。ルール分かるのか?」

「これでもフランス、ドイツと渡り歩いていた帰国子女設定。細かい部分は怪しいが、FWなら任せてくれ」

 

 設定言うな。

 

「そ、それはそれとして目立つポジションを要求する奴だなぁ。華麗に点を取った挙句、女子の声援を独り占めされそうで苛っと来る……」

「悔しいなら君も活躍すればいい。得点で勝負するのも面白いな」

「よーし、その喧嘩買った。ウイニングイレブンで磨いた華麗なテクニックを見せてやる!」

 

 それにしても並んで廊下を走る俺たちは、果たして周りからどう見られているのやら。

 水と油、源氏と平氏、そんな感じが赤龍帝と白龍皇の正しい関係だろ?

 なのに何時の間にやら互いに殺意ゼロ。毎日顔を合わせて軽口を叩き合う仲って何だよ。

 色んな意味でライバルなのは間違いねぇが、友達とも言い切れない気がする。

 だけど顔見知りってレベルは超えてるし……むぅ、どう表現すればいいか分かんね。

 

「さて、ノルマはハットトリック。異能を封じたこの体で何人殺れるか楽しみだ」

 

 思案に夢中な俺は、ヴァーリが漏らした不穏な単語を聞き逃したことを少し未来で後悔する。

 松田が突風に煽られたゴミのように吹っ飛び、元浜が真っ青な顔で蹲る地獄。ボールを武器として戦うバトルロイヤルを止める機会は、このタイミングしかなかったのだから。

 

 

 

 

 

 第八十一話「スパイス風味の悩み種」

 

 

 

 

 

「確かにサッカーのルールには人にボールを蹴り込んで退場させるな、なんて禁止事項はないさ。だけどテニヌじゃねぇんだぞ? 選手をゼロにするプレイスタイルは面白かったか?」

「実は俺も何かが間違っていると首を傾げていた。しかし、参考資料では推奨される行為だったと弁明させて貰おう。俺は間違った知識を仕入れていたのかもしれないが、悪意を持っていなかったことだけは理解して欲しい」

「な、何を見てサッカーを覚えた?」

「映画なら小林サッカー。後はサッカーは格闘技と断言していた漫画だな」

「アウトーっ! フランスとドイツ成分は何処に消えた!?」

「だから設定だと。それに突然野球の話を始められても困る。情緒不安定だが、脳は大丈夫か兵藤」

「何時の間に俺が可哀想な目で見られる展開に!?」

 

 放課後の教室で今日も繰り広げられるフリーダムなヴァーリと、実はボケよりもツッコミ体質のイッセー君の掛け合いは、十年来の友達だったと言われても違和感の無さ。

 しかし、さすがは何度も拳で語り合った男の子同士。最初はどうなることかと心配していた私としては、予想を上回る速さで成立した友情にほっと胸を撫で下ろしています。

 

「落ち着こうよイッセー君。幾ら人がまばらでも、あまり騒ぐのは迷惑ですよ?」

「クールですが何かっ!」

「とりあえず被害者の皆さんも擦り傷程度。反省はしていないけど、今後はダイレクトアタックを極力避けると確約させました。本人に悪気もないっぽいし、今回の件はここまで。おっけー?」

「……早いとこ一般常識を身に付けさせないと、精神的に俺の体が持たないぞ」

「前向きに善処します」

「……改善は暫く先か」

「人種も育った文化も違うから、一朝一夕はさすがにね」

「しゃぁない。暫くの間は俺が男子側の目付け役として頑張るから、給料代わりに何らかの譲歩を見せてくれ」

「具体的に言うと?」

「久しぶりにカレーが恋しい。食べなれた母さんのも美味いけど、入試対策でお前の家に缶詰った時に喰わせて貰った味を試合中にふと思い出したんだ。アレをたっぷり振舞ってくれるなら、この先も苦情窓口として頑張れる気がする」

 

 おや、懐かしい話を持ち出してきましたね。

 あれは駒王学園の入試を二月に控えた正月明け、最後の追い込みの時だったかな?

 最後は合宿気分でもと私の家に泊り込み、脇目もふらずに勉強したイッセー君。

 休憩を挟んで朝から晩まで勉強、勉強、また勉強。

 そんなイッセー君に苦手の英語を教えていたところ、無理が祟ったのか頭がパンク。

 見るからに限界だったので、気分転換になればと差し入れたのがカレーだったはず。

 

「何カレーでしたっけ?」

「ビーフ。確か圧力鍋を使ったとかで、やけにゴロっとした肉だった気が」

「それくらいならお任せあれ。バージョンアップした家事スキルの力、久しぶりに舌で実感させてあげます」

「交渉成立だな。今の俺は昔と比べてもさらに食うから、米とルーを倍頼む」

「その辺は抜かりなく。その代わり、残したら許さないからね」

 

 ぐっと突き出された拳に、私も拳骨をコツンとぶつけて交渉終了。

 結構手間がかかる料理なので面倒臭いところですが、やはり背に腹は変えられない。

 だって最長で後二年はヴァーリと一緒に駒王学園へ通うんですよ?

 今の内に躾を済ませないと、長期的に泥を被るのは結局私です。

 せめてイッセー君を見習わせ、許容範囲の問題児に成長してくれることを祈ろう……

 

「……本当にお二人って、ただの友達なのでしょうか?」

「私の育った施設では、性別に関係なく全員が気安い仲だった。幼馴染も同じ時間を共有する身内と解釈すれば、こんなものじゃないか?」

「うーん?」

「と言うかアーシア。彼氏が他の女に尻尾を振るのが許せないなら、嫁として文句の一つも言ってやれ。なーに、遠慮はいらない。グダグダ言うようであれば、私がズバァっとデュランダルをぶち込んで黙らせてやる」

「主曰く左の頬を打たれたら、右の頬を差し出しなさい。すぐ暴力に頼るのはゼノヴィアさんの悪癖ですよ」

「はっはっは、欲望最優先がモットーな悪魔の手先に望んで堕ちた私に今更何を。いずれ爰乃が天寿を全うした暁には、マスターの下で立派な上級悪魔目指して腕を磨く予定だ!」

「誇らしげに言うところじゃないです。アドラメレク様も爰乃さんも悪い人じゃないのですから、ゼノヴィアさんも少しは自重した方が……」

「よし分かった。つまり聖剣を一刻も早く叩き込んでくれ、と受け取っても?」

「違います! そもそも私はイッセーさんのハーレム願望を受け入れていますし、二番目でも十分幸せですからね? 単純に羨ましい距離感だなって思っただけですからっ!」

 

 何やら後ろが騒がしいと振り向けば、教会コンビが珍しく言い争っている。

 あのアーシアが頬を膨らませて怒るなんて、ゼノヴィアは何をしたのやら。

 どれどれと耳だけ向けて話を聞こうとしたけど、生憎邪魔が入ってしまった。

 机に落ちた影に気を引かれ正体を確かめようと振り向けば、被告人側のため一時的に蚊帳の外に追い出されていたヴァーリの顔が。

 手には鞄。帰り支度を終えた姿は、用件を雄弁に語っていますね。

 

「説教はもう終わりだな? ならば先行しているレイヴェルと合流する為にも、さっさと移動するぞ。今日の買出しは時間が命。そう念を押したのは爰乃の筈だが?」

「確かに頃合ですね。ではイッセー君、私は用事があるのでそろそろお先に」

「おうよ。俺は部室に寄って……って、レイヴェル? まさか、いつぞや爰乃が倒したレイヴェル・フェニックスの話じゃないよな?」

「私が新たに迎え入れた僧侶は、ライザーの妹のレイヴェル。今はこっちの世界に来ているけど、無意味に喧嘩を売るのは止めてね」

「まーた有名どころを引っ張ってくる。お前の人脈ってマジなんなのさ……」

「ちなみに今はウチに無期限ホームステイ中です。色々と遺恨はあるだろうから仲良くなれとは言わないけど、せめて挨拶だけはしっかり宜しく」

「ブン殴りたいのは兄貴だけ。妹には恨みもねぇし、その辺は大丈夫だ」

 

 どうせ小猫も知っている話だから、出し惜しみする必要はないよね。

 サプライズは電撃参戦で十分。円滑な人間関係の方が大事です。

 

「悪いが兵藤、本当に時間がない。そろそろ爰乃を返して貰おうか」

「棘のある発言じゃねぇか」

「さてな。悪いがタイムセールに遅れると財務担当が煩いんだ。この続きは後日にしよう」

「タ、タイムセール?」

「狙いは無調整牛乳とLLサイズの卵。この二つがワンコインは、非常にお買い得と言わざるを得ない」

「お、そうだな。強く生きろアルビオン」

 

 果たしてスーパーで特売の白菜を誇らしげに掲げたヴァーリの陰で咽び泣いたアルビオンと、おっぱいを連呼された影響で口数が極端に減ったドライグのどちらが末期なのか。

 個人的には覚えて損のない相場知識を学習している白龍の方が真っ当だと思いますが、こればかりは本人達の価値観の問題。私がどうこう言える立場じゃないのです。

 

「考えてみれば荷物持ちが二人も居るんですよね……」

 

 偶然にも服の買出しに出かけているレイヴェルとの合流地点は、必須となる少しお高いカレー粉を取り扱っているショッピングモール。 

 置いていかれまいと慌てて駆け寄って来たゼノヴィアも無慈悲な量を食べる子だし、これは覚悟を決めて史上最大量の材料を買い込まないと。

 

「ちなみに私もカレーが大好物。鍋一杯くらいは余裕で平らげられる!」

「さり気なく話を聞いたなら、この格言を送りましょう。居候三杯目にはそっと出し」

「待て、私は爰乃の戦車として内定済み。つまり養われるべき立場じゃないか」

「じゃあ下っ端は下っ端らしく、目上が食べた残りを思う存分食べる方向で」

「それは……あんまりじゃないか? マスターや爰乃ならまだしも、米粒一つ残さないアンや鬼灯の後で何を腹に入れろと?」

「半分冗談です」

「半分も本気だった!?」

 

 絶望する大型犬が見せるテンションの乱高下に、ほっこり癒される私です。

 

「俺を待たせるとは良い度胸―――」

「私の人生が決まる大一番だぞ! もう少しだけ我慢しろ!」

「……三十秒で片付けてくれ」

「善処する」

「そんなに要りませんって」

「交渉の余地さえなかった! 私を蜥蜴の尻尾切りした、教会の上層部真っ青のブラック王様だな!」

「香千屋家はホワイトですよ。その証拠に本当は全部冗談で、慌てなくても全員ご飯は食べ放題。福利厚生面で差別はしません」

「信じていたぞ爰乃。それでこそ友人にして我が王だ! ジークカレー! ジーク爰乃!」

「この掌の返しっぷり……うん、今後のゼノヴィアに対する処罰は兵糧攻めにしよっと」

 

 戸惑うヴァーリの手を取り、謎の踊りを始めたゼノヴィアは喜色満面の笑顔。

 普段は物欲を一切示さない癖に、妙なところで執着心が強くてびっくり。

 誰の影響でこうなったのかは察しが付くけど、腹ペコ属性はゼノヴィアにぴったりだと思う。

 

「はい、これで二十秒。全部片付いたチーム爰乃は、街中に向かって進軍開始っ!」

 

 拍手を打った私は、率先して足を動かし一路教室の外へ。

 やっと終ったとげんなりした顔のヴァーリと上機嫌なゼノヴィアを引きつれ、大規模遠征へと旅立つのだった。


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