赤蜥蜴と黒髪姫   作:夏期の種

9 / 92
第09話「マテリアルアドバンテージ」

「最後の確認だけど本当にいいのね? 今ならお兄様も来ているし、貴方を保護することも出来るのよ?」

「部長、それは聞くだけ無駄ですよ。コイツが一度買った喧嘩を返品すると、本気で思ってますか?」

「……実はあまり」

「出来ないから爰乃は爰乃なんです。自分ルールを曲げて助かるくらいなら、坂本竜馬よろしく前のめりに死ぬ。この認識どうよ?」

「さすが幼馴染、言葉はアレでも分かってるじゃないですか。この手でライザーと倒し損ねた女を血の海に沈めない限り、今夜は枕を高くして眠れませんよ。それにここまで来て仲間はずれとか、あんまりとは思いません?」

 

 強化した小猫ちゃんを間近で見て、同時に自身の成長も確かめたい。

 戦場と言って差し支えないこのゲーム、見物だけじゃ満足できない私です。

 特に今回は私が買った喧嘩。逃げるわけには行かないでしょう。

 

「それに作戦には私を織り込み済み。各員がそれぞれの役目を果たさないと、勝利は掴めないと思いますが」

「で、でも、爰乃さんは怖くないんですか? お恥ずかしい話ですが、私は怖いです……」

「安心しろ、アーシアも爰乃も俺が守る!」

「こらそこ、安請け合いしない。イッセー君の役目は違うでしょ?」

「男の子として、一度は言ってみたいセリフだったんだYO!」

 

 でも今のは高得点です、アーシアの好感度急上昇な殺し文句だと思います。

 

「とにかく私のことは、今回限りのグレモリー眷族とでも思って下さい。いいですね?」

「……爰乃の為にも絶対に勝つわ」

「期待しています、マイロード」

 

 聞けばライザー一族はもちろん、グレモリー家一同も観戦しているとの事。

 さすが名家同士の婚姻、様々な点でスケールが大きいです。

 しかもついさっき知りましたが、部長のお兄さんは何と魔王。

 これは絶対に負けられない。

 結婚問題も大事だけど、ここで醜態を晒しちゃえば後々まで雑魚と認識されてしまう。

 しかし、元々相手が格上の出来レースで番狂わせを起こせば評価は鰻上り。

 善戦して譲歩を引き出すのも手の一つながら、私も部長も勝つことのみを考えている。

 その為にも私の力は必要だ。これは自惚れじゃないと思う。

 一つだけ不安があるとすれば、それは敵の情報が少ないこと。

 部長が手を尽くしてもライザーの情報は抑えられていたし、私も急用でこの場に来られなかったお爺様にはあえて何も言わないように頼み、特定の誰かを相手にする訓練は受けていない。

 後は野となれ風となれ。初のレーティングゲーム、全力を尽くして頑張りましょう。

 

 

 

 

 

 第九話「マテリアルアドバンテージ」

 

 

 

 

 

「作戦通り油断せずに行きましょう。リーダーは私、どんなイレギュラーが起きても指示に従ってください。いいですね?」

「……分かっています」

「では状況開始!」

 

 私はお供の小猫ちゃんと、旧校舎の入り口で最後の確認を行っていた。

 舐められたもので、ゲームの為だけに作られた異世界フィールドはこちらのホームである学び舎の完全再現。

 部長とアーシアが待機している部室がグレモリーの本陣なら、ライザー陣営は新校舎の生徒会室。

 私達はせっかくの地の利を生かそうと、相手の予想を裏切るべく行動中なのです。

 ちなみに木場君は、知る人ぞ知る裏ルートで斥候中。

 いやはや、地下までばっちり再現されていて助かりました。

 敵さんも、まさか配水管のスペースに人が通れる隙間があるとは知らないでしょう。

 何せそこは勇者にのみ許された秘密のスペース。イッセー君曰く、色々な覗きスポットへ人知れず移動する秘密のルートとの事ですからね。

 余談ながら、この件については黙殺すると約束済み。

 男のロマンを奪う野暮な女じゃない私です。

 むしろ作戦に生かしてくれ、と情報を提供した彼の潔さを褒めたいと思う。

 

「……祐斗先輩の報告と一致しています」

 

 こそこそと隠れず堂々と体育館に乗り込んだ私達は、斥候の情報通りの戦力が揃っている事にほっとする。

 もしも女王が混ざっていれば、計画が台無しだった事を思えば上場の滑り出しでしょう。

 戦車でチャイナドレスのお姉さんに、私が狙っていた似非和服と双子の三兵士が獲物。

 単純に二倍の戦力比だけど、烏合の衆はあまり怖くない。

 

「兵士は私が受け持ちます。小猫ちゃんは戦車を」

「……了解です」

 

 体育館の舞台から姿を現すと、何故か”そっちがくるのはお見通しだ”と自信満々にアピールされた事が不思議でたまらなかった。

 しかしながら、戦力分析も出来ていない余裕っぷりは逆に好都合。

 猫耳をピコピコ動かす仙猫モードの小猫ちゃんが前口上を無視してチャイナに向かっていったので、対比の意味でもゆったりと急がず焦らず歩を進めることにする。

 

「「解体しまーす!」」

「マグロ解体ショーのノリ!?」

 

 楽しそうに宣言した双子の獲物は、なんと予想の斜め上を行くチェーンソー。

 林業で使いそうなソレを床に当てながら直進してくる姿は軽くホラーですね。

 でも、大型武器に振り回されるのは如何なものか。

 せめて丸太削りアートが出来る程度に、使いこなしてくれません?

 そんな大降りを足捌きでギリギリの回避を選択。

 ドルルと危険な駆動音が耳元を通り過ぎていくのも、耳障りだなあとしか思わない。

 どうせ私にはチェーンソーもナイフも変わりはない。

 どんな武器であれ、一撃で落ちる以上は見た目に惑わされる意味がありませんし。

 

「殺す気満々で、私としても嬉しい限り」

「ちょこまか動いてあたらないよー!」

「覚悟が在るのなら、再起不能になっても因果応報と諦めもつきますよね?」

 

 体が交差した瞬間に叩き込んだのは首への肘撃ち。

 その場から一歩も動くことなく体の捻りと体重移動だけで最大威力を乗せたソレは、一撃で少女Aの戦闘力を奪い取る事に成功する。

 が、堕天使との戦いで人外のタフネスを嫌と言うほど体感した私は、未だ勝ったと思ってすらいない。

 遅れて斬りかかってきた少女Bをやり過ごし、喉を押さえて崩れ落ちかけていたターゲットの頭と顎目掛けて両サイドからの掌打を一瞬ずらして打ち込んだ。

 人に使えば脳に甚大な損傷を起こす”双破掌”。ましてそこに悪魔にとって猛毒の性質を持つ気が込められているのだから、耐えろと言う方が無理だと思う。

 本気で使うのはコレが初だから不安もあったけど、顔中の穴から血を噴出して倒れたので個人的には大満足の結果です。

 

「よくもお姉ちゃんを!」

「慌てずとも、すぐに同じ目にあわせてあげますよ。私は誰であろうと差別しない主義です」

 

 さすがに姉の惨状に動揺したのか、少女B改め少女妹も隙だらけ。

 棒を振り回す猿と同じく洗練されていないお遊戯をかいくぐり、今度はマイフェイバリットの雷神落しでキッチリ地獄送りに仕留める。

 お爺様に指摘された点を修正し、駄目押しの蹴りにもしっかり気を込めたら秒殺でした。

 やはり、技は極めてこそ技。今後も精進しないと!

 

『ライザー・フェニックス様の兵士二名、戦闘不能』

 

 何やら双子が光に包まれたので復活するのかなと身構えていたら、グレイフィアさんのアナウンスと同時に姿が消える。

 予測では生命活動を停止に追い込む必要があると思っていただけに、手間が省けて大助かりです。

 さて、次は私怨を果たしましょう。

 そう思って呆然と立ち尽くす少女に聖女の微笑を投げかければ、何故か真っ青な顔で怯えられた。

 

「な、何なのよあんたはっ! 本当に人間なの!?」

「いつもニコニコ貴方の隣に這い寄る混沌、ココノホテプですよー」

「パクリな上に邪神じゃない! どっちかと言えば死神枠がふざけないで!」

「じゃあお望みどおり命を刈り取りますか。具体的には再起不能と書いてリタイアとかどうです? 貴方にはクッキーと、微粒子レベルながらイッセー君への暴行と言うお得なセット的恨みもありますし……手心を加える余地はありませんよ?」

 

 わざとコツコツと靴音を立てて這い寄―――にじり寄れば、恥も外聞もなく泣き出す始末。

 でも残念、私は昔から苛めっ子です。

 壁を背にして下がれなくなり、ガタガタ震えて許しを請う姿はご褒美なのですから。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「……許して欲しいですか?」

「は、はいっ、何でもします! 何でもしますから殺さないでっ!」

「ではチャンスを与えましょう。貴方の仲間が私の弟子と交戦中なので、もしもそちらの同僚が勝てたなら降伏を認めます」

「ま、負けちゃったら?」

「さっきの双子よりも酷い目に」

「いやぁぁぁぁっ!頑張ってシェン……ラン?」

 

 一縷の希望に望みを託した似非和服、確かミラだったかな? は首を傾げた。

 でも残念。そこには無表情なのに、何処か誇らしげな小猫ちゃんだけが立っている。

 

「惜しい、実に惜しかった。もう少し視野が広ければ、私と貴方の会話以外の音が聞こえないことに気付けたのに。実はとっくに負けてました。アナウンスも流れていたよ?」

「あひ?」

「賭けは私の勝ち。さっそく刑を執行です」

 

 かくしてスーパー爰乃タイムの始まり。

 経過は省略するけど、ちょっとした尋問の後に全身をばっきばっきにしました。

 残念なのは、穿心掌で息の根を止めようとした所で撃墜判定が入ちゃった事。

 まぁ、この微妙な物足りなさはもう一人の獲物で晴らすことにしましょう。

 

「……絶対に天地がひっくり返っても、香千屋先輩を敵にしたくありません」

「味方には優しい私に何を言いますか。それよりも、仙術のコントロールが上手く出来ていて一安心。懸念していた悪影響の方はどうです?」

「……びっくりするくらい何もありません。こんな風に悪い気を遮断できるなら、もっと早くに取り込めばよかったと後悔しています。もしも姉に会うことがあれば、教えて頂いた制御法を伝えてあげたいです」

 

 色々と試した結果、自然から気を取り込む際に清浄なものだけを受け入れることに成功した小猫ちゃん。

 さらに言えば香千屋流の呼吸法も取り入れた事で、内と外のツインドライブ的相乗効果を生み出す副次効果も得ているから恐ろしい。

 一瞬だけ悪魔に大敵な力を内包して大丈夫なのか不安になったけど、考えて見ればフグだって自分の毒では死にません。

 新しく得た力は、確実に小猫ちゃんを強くしたのだと思います。

 だけど、まだ私の方が強い。追いつかれるとすれば、それは地道に功夫を詰んだ数年先の未来ってところでしょう。

 悔しいことは唯一つ。私の十年が、彼女にとっての数年だと言うこと。

 種族間の基礎スペック差に加え、何だかんだと小猫ちゃんの才能は私よりも上。

 果たして何時まで先輩風を吹かせられるのやら。

 複雑な気分の私は先を考えることを止め、大切な今と向き合うことにする。

 

「でも、香千屋流の秘伝は教えちゃダメですよ?」

「……もちろんです」

「この辺の話は勝ってからにしますか。今は作戦を進めることだけを考えて……と、こちら爰乃。部長聞こえてます?」

 

 異空間と聞いたのに、何故か使える携帯で部長を呼び出す。

 ワンコールで出る辺り、王も暇をもてあましていたに違いない。

 

『勝ったのね』

『当然です。それよりも尋問の結果、ライザーは生徒会室に居座っている可能性が高いことが判明しました。ここは予定通り、プランAで行きましょう』

『そうね。イッセーにはこちらから指示を出すから、爰乃は戻ってきなさい』

『まだ喰い足りないのですが……』

「悪いけど、あまり爰乃ばかり目立たれても困るのよ。この意味、分かるわね?』

『……素直に下がります。でも、最後の直接対決は混ぜてくださいよ? ライザーを一発殴らないと気が済みませんからね?」

『その為にも戻れと言っているの。祐斗がそちらに合流次第、爰乃は撤退。騎士と戦車は花火が上がったら前進するように伝えて頂戴」

『現場指揮官了解であります。では、後ほど』

 

 電話を切って私は苦笑する。

 考えてみれば、今回のゲームで香千屋爰乃はイレギュラーの部外者だ。

 主役は二人の王と家臣団なのに、今のところエースが私なのはまずい。

 そんな事を考えていると、外で大きい雷が落ちたかと思えばまたも流れるアナウンス。

 まさか木場君落されたかなぁと心配したけど、今回も敵陣営への宣告で一安心。

 

『ライザー・フェニックス様の女王、戦闘不能』

 

 さすが姫島先輩。与えられた仕事を、きっちりやり遂げてくれましたか。

 私と木場君と小猫ちゃんで女王以外を受け持つ代わりに、遠距離攻撃で有名らしい敵女王をタイマンで狙い打つプラン大成功。完璧すぎて怖いくらいです。

 後はイッセー君が失敗さえしなければ、問題なく勝てるんじゃないかな。

 

「ごめん、少し遅くなったよ」

「いえいえ、幕引きにはギリギリ間に合ったみたいですよ?」

 

 いつものさわやかスマイルで、木場君が床から姿を現した直後の事だった。

 校舎の窓ガラスやら蛍光灯が割れる程の轟音と、足元を揺るがす大振動。

 さしずめ大型爆弾でも爆発した雰囲気ですが、それもあながち間違っていない。

 衝撃で吹き飛んだ外への出入り口から様子を伺うと、新校舎が跡形も無く吹き飛んで瓦礫の山となった世紀末の姿が飛び込んでくる。

 実行犯は、旧校舎の屋上で延々と力を増幅し続けたイッセー君。

 徹底的に強化した魔力攻撃の一発で、敵の陣地を根こそぎ吹っ飛ばしたのだった。

 

『ライザー・フェニックス様の兵士4名、騎士1名、僧侶1名、戦闘不能』

 

 当初は前衛として私たちについて来ることも検討したけど、最大火力で部内最強の地位に躍り出たイッセー君を奇襲要員に変更して正解でした。惜しくもライザーを取れなかったにしろ、これなら殊勲章はイッセー君の物でしょう。

 

「後は頼みました」

「……イッセー先輩には負けられません。木場先輩と星を稼いできます」

「そうだね、残りは全て僕らで倒す勢いで頑張ろう。行くよ、小猫ちゃん」

「……はい」

 

 残党狩りに転じた二人を見送った私は、踵を返して旧校舎へ急ぐ。

 ライザーが怒り狂って襲ってくるのが早いか、私が先に到着するのが早いのか。

 鳥頭は戦力を分散させていた事で全滅を逃れましたが、逆を言えば徒党を組めていない。

 残存兵力をうちのアタッカーが引き受けている間に頂上決戦を済ませたい所。

 そんな風に考えている矢先、ダッシュする私の上を一匹の鳥が通り過ぎていった。

 それは炎の翼を背に宿し、地上から見ても憤怒に身を任せた事が分かるライザー。

 集合予定の旧校舎屋上からは部長の破滅の魔力と、イッセー君の大砲が次々と放たれライザーを襲うも、火の鳥は避ける様子も見せず最短距離を飛翔する。

 頭を消し飛ばされようが、手足をもがれようが、失った部位から立ち上る炎が瞬時に再生を果たしていく様は正に不死鳥。

 想像以上の凄まじさに、さすがの私も開いた口が塞がらなかった。

 

「甘かった、と言うことですか」

 

 私たちの事前予測よりも遥かに厄介で、どうすれば倒せるのか見当もつかない。

 物理攻撃も効果は薄いだろうし、魔力に対する耐性も今の様子から相当高いと思われる。

 でも、私に出来ることは何時だって組んで掴んで投げるだけ。

 相対して、持てる全てをぶつければ功名は見えると思う。

 屋上で戦いを始めた部長たちに加勢すべく、私は走るのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。