「玉ねぎを宜しく」
「お任せあれマイロード」
静かな台所に響く、トントンとテンポ良い包丁の音。
私とレイヴェルが並んでワークトップで作っているのは、本日の晩御飯にして大抵の日本人が喜ぶ国民食のカレーです。
もっとも今日は市販のルーを用いた直球勝負。
イッセー君リクエストのスパイスから厳選する本格派と比べれば手抜ですが、これはこれで馬鹿に出来ませんよ?
特別な材料にこだわらずとも、仕込みに妥協しなければあら不思議。
出来上がるのは一口食べて “旨い” と唸る外食の味に勝るとも劣らぬ、滋味深い家庭独特の味わいですからね。
「レイヴェルも中々の包丁裁きだが、私も粉々にするなら負けないぞ」
「デュランダルを抜くのはお止めなさい。それと、とりあえずマッシュな円卓思想はNGですわ」
「そうは言うが、ヴァーリ曰く当代のアーサー王とその妹も私と同じ系譜らしい。彼らは時に茹で、時に蒸し、面倒になれば生でも構わず、全ての食材をすり潰して栄養とすることこそ正しい騎士の流儀と豪語しているそうだ」
手を休めず働き続ける私たちを尻目にふらりと現れたゼノヴィアは、冷蔵庫から取り出した麦茶をぐいっと飲み干してドヤ顔を決める。
その自信の根拠は噂に名高き騎士王の血脈という悪夢。
あのハギス、スターゲージ・パイを代表とする、俗に英国面と揶揄されるダークサイドが主食の民族に常識を求める? 正気ですか?
「つまり私のような下っ端に限らず、高名な聖剣の担い手さえ奨励する秘伝こそマッシュ。レイヴェルはバッサリ切り捨てたが、これも立派な調理法ではなかろうか」
「なれば、一つ提案があります」
「どんと来い参謀」
「結論から言うと、雑な料理がお好みなのでしょう? でしたらこちらの手間も省けますし、貧乏舌な騎士様の食事はお望み通りの特別メニューをご用意しますの」
「え」
「手始めに安価で且つ英国料理の代表格と言うことで、今日は余りを吹かしたジャガイモのみ。明日も同様のジャガイモ。明後日は口直しに適当なクズ野菜の煮込み。以降は―――」
「待って!」
「聞く耳を持ちません。早速この瞬間からルールを適用し、わたくし達が精魂込めたカレーもお預け。宜しいですわよね、マイロード?」
「カレーはイギリス伝来じゃないかあぁぁぁぁ!」
うん、チームの頭脳に相応しい的確な大岡裁き。
私が口を開く暇も与えず、一撃で急所を突く姿は面目躍如ですね。
「臣下の願いを叶えることは、王様のお仕事……もとい義務。ですが栄養面が不安ですね。そこで補助食品代わりにマーマイトの支給を命じます」
「イエス、マイロード。これで極まったエンゲル係数も幾分か下がりますの。これぞ誰も損をしない三方良し。我ながらナイス大岡裁きですわ」
「悪魔っ!」
「名門中の名門、フェニックスの娘に世迷言ですか?」
「周りに人間が少なすぎる……」
「さて、芽の生えたジャガイモでも見繕いましょう」
「せめて銀シャリ、銀シャリだけは死守!」
「おかずは要らないの?」
「裏山は野生動物の宝庫だからな。特にスズメは肥えていて骨まで旨い」
こ、これだから野性児は怖い。
予想の斜め上を突破されると、こちらも対応に困っちゃいます。
「冗談だから、即座に狩りへ向かおうとするのは止めなさい」
「ほ、本当か?」
「からかい甲斐があるのはゼノヴィアの魅力だけど、猪突猛進な戦車にも少しは腹芸を覚えてほしいと思う王様です。はい、味見名目のトッピング用ゆで卵。教室でも似たような話をしたと思うけど、爰乃政権が続くかぎり衣食住で不便はさせないからね?」
「……王様は悪徳鳥娘と違って優しいなぁ」
「三歩歩けば忘れる鳥頭に罵倒される謂れはありませんの!」
「よくわからないけど、アンはたべるの大好き! あじみときいてっ―――」
「卵愛好、我等参上」
「くっ、余計なのまで来てしまいましたわね!」
さて、騒ぎと匂いを嗅ぎつけてきた子分の為にも急ぎますか。
うわばみ達が騒ぐ前に卵を二個放り投げつつ、電子音を鳴らす炊飯器に移動。
ご飯を混ぜながら次の作業に思いを馳せるのだった。
第八十二話「歴史からの挑戦」
俺がソレを見た衝撃は、人生最大のショックであるアーシアを失った瞬間の絶望と甲乙付け難いもの。それこそ頭が真っ白になり、思考を放棄するレベルの致命傷だった。
「イ、イッセーさん。今のって……」
隣で同じものを見た少女が困惑気味の声を上げ袖を引っ張るが、俺としても信じられないというか、断固として信じたくない光景に反応を返すことが出来ない。
「爰乃さんが、あの感情を顔に出さない爰乃さんが、見たことのない無垢な乙女の顔ではにかむとか天変地異の前触れですか? あの、イッセーさん? 聞こえてます?」
目の錯覚であって欲しい。
その思いが、アーシアへの相槌を躊躇わせた。
何故ならうっかり反応を返してしまうと、これが現実であることを認めざるを得ない。
具体的には下駄箱から取り出した手紙を胸にぎゅっと抱きしめ、心底嬉しそうな表情を浮かべながら足速に立ち去っていった爰乃の姿。
これぞリアルNTR。いや、告白もしてないけどさ。
ずっと恋心を抱いている俺にとって、これ以上の悪夢があるだろうか?
「キコエテルヨ」
「もう、しっかりしてください!」
「お、おう」
「いいですか? 珍しくヴァーリさんも、ゼノヴィアさんも居合わせていない今、この事件を解決できるのは私たちだけです」
ん?
「あまり不思議な力に詳しくない私には、爰乃さんが精神操作系の攻撃を受けているのか、それとも強制力を持った神器による干渉を受けているのかは分かりません。でも、これは間違いなく敵の仕業です! きっと禍の団とか、恨みを買った悪魔貴族とかの!」
え?
「つまり弦さんを筆頭とする病的な……もとい忠誠厚い眷属の方々が気付く前に私たちで対処しないと、黒幕もろとも無慈悲なとばっちりで学校が滅びます! 滅んでしまうんです!」
「奴らの辞書の自重って単語は抹消されてるからなぁ」
「納得していただけたなら、急いで後を追いましょう!」
「あのさアーシア。そこまで焦らんでも、あれはどー見ても部長や朱乃先輩がダース単位で貰い続けているラブレター案件じゃね?」
「何を言っているのですか! 爰乃さんは ”手紙なんて出す暇があるなら、日和らず直接気持ちを伝えに来なさいヘタレ” とバッサリ切り捨てるスパルタ人です。義理立てして、やんわりと断りに行く先輩方と一緒にするのは間違いだと思います」
確かにアイツの本質は男前のヒーロー気質だが、見た目に限れば金髪美少女のアーシアに負けず劣らずの容姿端麗っぷりだからな?
俺が見てきた限り、中学、高校と、告られるなんて平常運転。そして何時もの様に無関心、もしくは迷惑そうにしてくれれば俺の心は平穏だっただろう。
でも、今回は違う。
長い付き合いの中で、恋文を貰って喜ぶ姿は始めて見た。
そして、満開に咲いた桜のような笑顔も……俺は向けられたことがない。
「……色々と言いたいことはあるが、曲解すればアーシアの理屈は正しい。ぶっちゃけ俺は何事も無いと思うけど、念には念を入れて様子を窺うか」
「ですっ!」
鬼が出るか蛇が出るか、はたまた鼠一匹で済むのやら。
全て勘違いであって欲しいと祈りつつ、俺たちは探偵の真似を始めて―――あっさりターゲットを見失ったよチクショウっ!
「……私たちにストーカーの才能はないみたいです」
「いやいやいや、要らないよ!? 落胆しなくていいから!?」
「くすん」
俺達は小細工? 何それ美味しいのがモットーの脳筋グレモリー眷属です。
中でも特に不器用な俺と、ヒーラー特化型のアーシアだぜ?
おまけに相手は気配に敏感なお姫様。
あの浮かれた様子を見る限り気付かれて撒かれた訳じゃないだろうが、前提条件として奇跡の一つや二つでも起きない限りこっそり後をつけるのは無理だって。
「色恋沙汰は木場の独壇場。あいつなら居場所の検討もつくに違いない」
「ですね」
最初の一歩で躓いた俺たちは、イケメン王子に電話をかけるのだった。
そっと下駄箱に置かれていた手紙の封を解き、先ず疑ったのは己の正気でした。
ついに幻覚を……と何度も目を擦りつつ素数を数えてみる。
でも、不思議なことに物証は手の中から消えない。
いやいやいや、ドッキリですってドッキリ。のこのこ呼び出しに応じれば、誰も現れず待ちぼうけか、指をさして笑われるかの二択のはず。
だ、騙されませんからね? いや、本当の本当ですよ?
「……昨日のカレーが残っているので、晩は楽が出来ますよね」
偶然にも家路を急ぐ必要はない。
散歩代わりに少し遠回りをしても、それは時間の無駄にはならないと思う。
そんな自己欺瞞で正当性を確立した私は、下駄箱に忍ばせてあった文に導かれて歩き出す。
無駄足と自分に言い聞かせ、それでも胸の高鳴りが止まらない。
すると、さすがは悪魔の実在する世の中。
神も実在するらしく、ゴールの校舎裏には四人の男女が待っていた。
但しその装いは個性的の一言。
強いて似ているとすれば、いつぞや学園に攻めてきた禍の団の魔法使いかな?
だけど纏ったローブの縫製が全体的に安っぽい。
お手製にしてもほつれが目立つし、いまいち外見から意図が読めませんね。
「くくく、よくぞ逃げずに来たものよ」
「その覚悟だけは見事なものね!」
「けど、その強がりもここまで」
「直ぐにでもそのすまし顔を、絶望へ塗り替えてくれるわ!」
「その口ぶりから察するに、送り主は貴方達ですね」
「「「「その通り。我らこそ人類希望の星、駒王学園四天王!」」」」
止めとばかりに戦隊物を髣髴とさせるポーズを決めた彼らに対して抱いたのは ”ああ、また恒例の” という諦めの感情です。
いやその経験則で、頭がおかしい方が手強いことは知ってますよ?
でも、人生初の果たし状からこの展開はさすがに辛い。
何せ ”昭和の絶滅危惧種がこの学校に残っているなんて!” と胸をときめかせ、子供の様に喜んでいた私です。
なのに、待ち受けていたのはコスプレ集団。
表紙にタイトル、本文は場所と時間の指定だけの手紙で優良誤認を誘うとか罠過ぎませんか。
私が望む不良のボスやら、汗臭い番長へのチェンジを要求します。
「あっ、四天王って言いましたよね? つまり上位者が控えて居るのでは?」
繋いだ一縷の希望に縋る。
奴は四天王の中でも最弱。私を引きずり出すとは―――的な展開がっ!
「指摘はごもっとも。しかし、残念ながら諦めてくれ」
「う、嘘ですよね? そんな格好良いポーズとっても誤魔化されませんよ!?」
「くくっ、考えてみろ。宣言通り、俺達は駒王学園系列……具体的には初等部から高等部に在籍する人間の異能者だけで構成された団体だ」
「駒王系列は大学までありますよね?」
「厨二病は高校が限界だろ。酒が飲める年齢でコレは引くわ」
「真顔で言われても……」
「誰もが鳳凰が凶で真になる世界をお望みと?」
「失言でした。タイムマシーンとかノーサンキューです」
「納得してくれて何よりだ。そんな訳で人員は小中高に絞られた上、数少ない能力者の全員が所属してくれる訳でもない。むしろ個人主義が蔓延する昨今、四人も集まったことが奇跡とさえ思う」
リーダーらしき男は溜息をつきながら続ける。
「今でこそグダグダな四天王だが、本来は人と化け物の共学が始まった学園黎明期に生まれたガチの制度なんだぜ?」
「と、言いますと」
「ほら、人外って基本的に人間を玩具か何かと勘違いしてるだろ?」
「分かります。私の場合は堕天使でしたが、脈絡なく攻撃されて驚きました」
「一蹴したと聞いているが……ま、いいか。で、息を吸うように襲ってくる級友に業を煮やした当時の先輩方は一致団結。対抗措置として陰陽師やら魔法使いやらの最強クラスが集結し、やられたらやり返す自衛手段を設けた。それこそ牙なき者の牙、駒王学園四天王」
「しかし、そんな崇高な理念も」
「今や規律を重視する正義のデビル生徒会が睨みを利かせ、時代なのか通う人外も温厚で友好的な連中ばかり。特にシトリー、グレモリーの二大巨頭が在籍している昨今は、一方的な揉め事の発生件数なんてほぼゼロ。今後も平和は続くだろうし、ぶっちゃけ要らないよなぁ……」
ああ、この人は現状を把握している常識人だ。
思えば人として尊敬できる真人間に、この学園に来て初めて出会えた気が。
見た目だけで色物枠と断定した自分がとても恥ずかしい。
「一つ疑問がありあます」
「どうぞ」
「普通の人間である私が、対人外組織に狙わた理由が分かりません」
「いやほら、最近噂の学園最強人類に挑まないと四天王の名が廃る的な?」
「その発想、嫌いじゃないですね。喜んで挑戦を受けましょう」
「快諾してくれて助かる。さて、それはそれとしてグダグダな展開を一度リセットしよう。思えばまだ名乗ってもいないし、様式美を守らせてもらおうか」
「どうぞ」
「俺は四天王筆頭にして ”水霊の将星” の異名を持つ精霊使い。受験を控えているが、特に危機感を覚えず遊びに呆ける三年の水橋将人!」
「その余裕っぷり、さては大学エスカレーター組!」
「ふふふ、どうせ君も同じ穴の狢よ。というかウチの大学部ってランク高いし、無理して他所を受ける必要性を感じない」
「同感です」
「よし、皆の者も続け!」
「二番手は貰った! 高等部二年、土属性を極めし ”土竜の覇者”こと土田竜司とは俺のことよ!」
装いをバサリと脱ぎ捨て、姿を現したのは体格の良い巨躯の男子。
土、つまり固さが売りってところかな?
「三番 ”疾風の舞姫” の風祭舞が推参」
続くは大きな目とお下げが似合う中学生くらいの少女。
名乗りから察するに、この図書室が似合いそうな文系は風属性。
でもさ、本当にそのひょろひょろの体で戦えるの……?
「最後は僕! 小学校4年で野球部在籍、夢はでっかく甲子園優勝の円野球児。二つ名は ”侵略の火炎” だよお姉さん!」
ああ、ついにリトルリーグが来ちゃった。
ローブの下なんてユニフォームだし、もう何が何やら。
「「「駒王学園が誇る純人間能力者(有志)の頂点、それが我ら四天王!」」」
曹操のような風格も無く、ゼノヴィアの如き野生も感じない頂点とは。
雰囲気的に、怪物マスターなテニス部部長さんの方が強いのでは?
だ、大丈夫。まだ慌てる時間じゃない。
先輩の本質がまともな以上、全て私の油断を誘うブラフのはず。
実はあっと驚く聖剣・神器の類の所有者なのでしょう?
だから油断は禁物。うっかり足元を掬われると、お爺様に顔向け出来ません。
「私は高等部二年で、二つ名無しの香千屋爰乃。モットーは性別、種族、一切合切関係なく全力で技を尽くすこと」
脳裏に浮かぶのは敵の力を侮り、惰性で放った得意技をあしらわれた苦い思い出。
「誰から来ますか? いっそ全員同時でも構いませんよ?」
敵が頂を名乗る以上、越えるべき壁です。
意識を切り替えた私は、対魔王級を想定して気を引き締めた。