「ベル様!」
「リリー!」
「わっ―――!」
出てきたリリを抱き上げてくるくるとその場で回る。良かった。あとはリリ次第だ。嗚呼、これでリリは救われる。例え一人でも、リリの生きたいように生きられる。自分の事のように嬉しい。
―――しかし、当の本人は困惑を浮かべたまま、喜んでいる様子は見受けられない。いや、喜ぼうとしているのを抑えている、と言った方が正しいか。
抱えていたリリを下ろす。
「ごめん。嬉しくなっちゃって。浮かない顔してるけど何かあった?」
「ベル様。リリはいつになく饒舌なソーマ様から聞いてしまいました。………ベル様の【ファミリア】の主神は誰なのですか」
Ξ-Ξ-Ξ-Ξ
これはバレてしまってると見ていいだろう。
秘密だと念を押したが、ソーマが自分の【ステイタス】について話してしまうかもしれない、とは思っていた。
だがまさかその通りになるとは思っていなかったのだ。愚痴として話さなければよかったと後悔する。ほろ酔いのようでいて、存外あのソーマも酔っていたのだろう。酒の力は怖いことを、身をもって知った。
観念して本当のことを話そう。リリに話しながら帰ろうと言って、歩き出す。リリが後をついてきているのを確認して口を開く。
「ねぇ、リリ。もし、僕に主神が居ない。―――つまり、【ステイタス】を持っていないとすると、僕は生身で17階層まで踏破して、ゴライアスまで討ち取ったってことになる。リリはそんな僕が怖くないって言える?」
「それはっ………!」
「答えなくてもいいよ。僕が質問されているんだから。………それを踏まえて、聞いてほしいんだ」
「………はい」
少し意地悪な質問をした。怖いのは当たり前だ。怖くて当然だ。本人を前にして、怖いと正直には言えない。
………今から見せるのは情けない姿だろう。英雄のようになれたかどうかは自分ではわからない。
何事も型から入った。異世界の物語に出てくる二人の剣客。その魔法の域に至ったという剣技を習得した時もそうだった。動きから真似て、自分のものにした。
だから、同じようにまずは英雄らしくあろうと思った。
だが、これから曝す姿はらしくない。………自分の知る限り情ない姿を周囲に見せる英雄は少ない。
「僕は【ファミリア】に入ってない。初めはね、入らなくてもいいやと思ったからなんだ。オラリオに来て初日にスリに遭っちゃって。で、追いかけて取っちめた相手はなんと自分はLv.2の冒険者だという。大したことは無いと思ったんだよ。それで実際に入ってみて、大したことは無かったんだ。………それで5階層まで行って、持っていた袋に魔石を一杯つめて帰った。その時、【ファミリア】に入ってないからギルドの換金所を使うのは不味いと思った。だから―――」
「リリに、頼んだのですね………」
そこからはリリも知っている事だ。
「そう。丁度リリの姿が見えたから頼んで換金してきて貰おうかなって。で、あとはリリも知ってる通り一週間の契約でリリの事を雇った。………ついでだから正直に言うと、リリを雇ったのはリリのことを可愛いなって思ったからなんだ。下心しかないでしょ? 『女の敵だー!』とか『すけこましだー!』とか言われても否定できないから、あの時は結構傷ついたよ。だって本当のことだから」
時に嘘よりも、真実のほうが人を傷つけることがある。それも身をもって知った。
「それは………でも、仕方ないんじゃないですか。ベル様も男ですから………」
「そう言ってくれるのは、なんだか複雑なんだけど。………ありがとう。リリの気持ちは嬉しいよ。だけど、本当なんだ。僕はリリが助けたいだけなんて格好つけたけど………もっともっと下心満載な気持ちで、助けようと思った。あわよくば、これから先も契約なんか抜きでリリとパーティを組めたらなって。リリと色んな所に行って、色んなものを食べて。色んな事を体験したかった。僕って結構田舎者だったから、初めて見るものばかりなんだ。村には魔石灯なんてホント無かったし。………話を戻すけど、リリのことを助けられたら、それを切っ掛けに仲良くできるかなって思ってた。勿論、リリを助けたいって心の底から思ったのには違いないよ? でも、それがリリを助けようと思った動機なんだ」
「………わかりました。凄く、よくわかりました。それで、なんでそのことがベル様が【ファミリア】に入ってない理由になるんですか」
大通りに出ると辺りはすっかり夜の帳が下りてしまっていた。道沿いの店は何処も終業準備をしているところが多い。
仄暗く、魔石灯と月明かりだけが自分とリリを照らしている。半歩の距離を保って歩いている自分たち以外にはカップルが一組だけ。仲睦まじく肩を抱き寄せあっているぐらいだ。
きっと自分には想像もつかないようなことをしようと宿に行くのだろう。まぁ、自分には関係ない事だと思って視線を外した。
「本当に、ここから情けない話になる。………本当だよ? 幻滅しない?」
「………それは聞いてからでないとわからないです」
先程から後ろを歩くリリの顔を見れない。見るのが怖いからだ。これから話すことで、彼女にどう思われるか。それが少しだけ怖い。
本当に自分勝手な理由なのだ。本当に情けなくなる。
顔が見れないので、リリの相槌は怒っているようにも聞こえてしまう。
「そうだよね。まあ、時間が無くて入れなかったというのもあるけど。………リリは【ソーマ・ファミリア】だ。僕がもし、【ファミリア】に所属していたら―――リリのことを助けられない。リリを助けるために、ちょっと荒っぽい事もするつもりだったから。もし僕が
「【ソーマ・ファミリア】は犯人の追及を出来ない………」
「そう。ソーマ様がアレでも【ファミリア】としての体裁があるからね。【ステイタス】を持っていないただのヒューマンに、団員も団長も手も足も出ないどころか、誰一人気が付かないうちに気絶させられた。………と、実際にちょっと荒っぽい事をしたんだけどね。でもそんなこと言っても誰も信じないし、誰も信じられない。その証人としてソーマ様に、僕がただのヒューマンだと愚痴をこぼしたフリをして教えたんだ」
自分なりに考えて結論を出して、行動した結果だ。初めこそ言うか、言うまいかで悩んでいたが、リリを助けるなら黙っておいたほうが都合が良い事に気が付いた。
「それじゃあ………ベル様はリリの為に?」
「その通り! ………って言えたらいいけど、突き詰めていったら僕自身のためなんだ。リリを助けたいっていうだけの都合。リリの笑顔が見たいってだけの理由。………実はソーマ様の説得が出来て、目を覚ましてくれたから【ステイタス】を持ってない事を言ってもあんまり意味なかったし。次の日にでも何処かの【ファミリア】に入れば良かったけど………。どうせならリリと一緒に同じ【ファミリア】に入りたかったから、っていうのもあるんだ。で、今日にいたるというわけ」
………怒られる覚悟はできた。立ち止まって、リリの居る方へと振り返る。
月明かりが流れる雲で陰る。
―――魔石灯の淡い光だけが、リリの被ったクリーム色のフードを照らしていた。
なんだ、それは。
「………全部、リリの為だって言うんですか」
「さっきも言ったけど僕のためなんだって。周りに迷惑かけたくないっていう僕の都合。リリの為なんかじゃない。………ああ、そっか。恩着せがましく聞こえたかもしれないから言っとくよ。―――断じてリリの所為じゃないからね」
本気も本気だ。本当にそう思っている。なんで、そうやって自分が負い目を感じないようにさせてくれるのか。
でも結局は全部。全部が自分の為だった。ああは言ったが、何もかも自分の所為だ。そう思うなというのが無理だ。
何故【ステイタス】を持っていないのに、あんな偉業が出来たのかを問いただすつもりでいた。強さの理由を知りたかった。でも、そんなことはもう
「ベル様のお蔭でっ! リリは、リリはッ―――」
ボロボロと、歯止めが利かないほどに流れ出している。悲しいんじゃない。嬉しくて、嬉しくて仕方がないのだ。自分でも、おかしいんじゃないかと思うほどの涙が滂沱と流れ出ている。いつもは自分を困らせるベルの困った顔が見たくて。でも見れないから拭う。拭って、拭って。
それでも好きだという感情と共に溢れて止まらない。
「あの、リリ? 泣かないで、ね?」
「泣くなというのが無理ですッ! ベル様が悪いんです!! ………ベル様が、リリを嬉しくさせるからっ!!」
「………リリ」
ベルに出会って本当に泣き虫になってしまった。自分はもっと我慢強かった筈なのに。
笑ってくれという。ベルの言うように笑顔を見せたい。でも、止められないのだ。ずっと一人で生きてきた自分が―――泥水を啜るように生きてきたリリルカでは無くなっていく。
「それだけのことをっ、ベル様はリリにしてくれたのですよ!? ―――ずっと、ずっと辛かったんですっ!」
………顔も思い出せない両親が自分にも居た。だが、二人は『神酒』に囚われ、ダンジョンで命を落とした。
最後は両親と同じようにダンジョンで命を落とすのかもしれない。そんな覚悟もして、サポーターになった。
そして、盗人になる。サポーターとして搾取されるのは限界が来た。でも自分の最期は、もしかすると冒険者が逃げるための囮になるのではないか。非力なサポーターとして、最期を遂げてしまうのではないかと覚悟もして生きて来た。
生きながらモンスターに食べられる自分を夢に見てしまって、飛び起きた事もある。
「誰にも相手にされなくて! 誰にも、縋ることが出来なくてッ! これから先もリリは一人で生きていくんだと思ってたのに………!!」
一人でも生きたいと。生きていたいと。切に願って退団のためのヴァリスを貯めていた。
勿論、冒険者からしか盗っていない。でも、そんなのは言い訳だ。盗まれる前に盗んだ。盗みをするために、冒険者に自分を売り込んでいった。
バレない筈だが、自分も人だ。幸いにして今までバレたことは無かったが、あのままやっていれば何時かは下手をうつことがあったかもしれない。
自分はベルに出会うまで、そうやって生きて来たのだ。
「リリは灰をっ。灰を被るように、本当の姿を隠してっ………」
嗚咽が漏れて、みっともないと自分でも思う。恥ずかしくて顔が見れない。
何が情けない、だ。ベルが情けなかったら、自分はなんになるんだ。恥の多い人生を送ってきた。情けないのは自分のほうだ。
それでも、もう―――今までのように自分まで偽って生きなくても良い。
きっと困っているだろう、ベルの顔をもっと見ようと頭を上げるとフードがずり落ちて光を浴びた。
月を覆い隠していた雲は流れて、夜空の闇に消えていた。
「もう、いいんですか………? リリはもう、真っ当に生きてもいいのですか………?」
月に照らされた顔がしっかりと見える。ベルは自分に苦笑していた。
「―――言ったじゃないか。全部終わったら、リリはどうしたいって。好きなように生きてくれればいい。僕はそれだけで満足だから………って言えたらいいんだけど。ごめん、やっぱり嘘は吐けないよ」
―――僕はもっとリリと冒険したい。
「もしも、リリがしたいことが見つかってなかったらだけど。どうかな?」
したいことはある。両手にあまるほど沢山ある。でも、それは一人では叶わない。幸せを、知ってしまったから。
「リリに沢山の初めてを教えてくれたベル様っ。もう、リリは一人では生きていけそうにありませんっ! 好きです、ベル様! リリは貴方と一緒に居たいッ」
自分は。リリルカ・アーデはこの人について行きたい。
「―――貴方の隣に居させてくださいっ! ベル様!!」
月の綺麗な夜。一人のパルゥムの少女は自由を得た。
月の狂気を取り払い、『神酒』を湛えた盃を飲み干したヒューマンの少年は少女を抱き止める。
ややあって、少しの涙を浮かべた少女は笑う。それにつられて少年も笑った。