ありがとうございます!
「ひゃっ―――!!」
「ほいっと」
ヘルハウンド、と名前の通り地獄にいそうな火を吹く犬型のモンスターは炎を吐き出してきた。『
迎え撃つように腰だめから袈裟掛けに一閃。一振りで飛んで行った不可視の刃は炎を霧散させ、奥にいたヘルハウンドを斬り刻んだ。
「す、すみません。リリの為に貴重な魔剣を………」
「魔剣じゃないから安心して。僕の持ってる技術? みたいなものだから」
「え、は、はぁ? あ、なるほど、そのようなスキルがあるのですね」
「そうそう。そうなんだよ―――………はぁ」
都合よく解釈してくれるからいいものの、騙していると思うと良心が痛む。早々に打ち明けたいが、モルドから聞いた話だと自分はやはり異常だ。【ステイタス】を持っていない人間がLv.2の冒険者に勝てるわけがないと、親切な彼は涙を流しながら教えてくれた。
丁度壁から生まれて来たアルミラージ達を一閃。三匹いた彼らを残らず両断する。
すごいすごいと言って、おだててくれるリリに苦笑いしか浮かばない。その目は確かに、刀のことを獲物と見ていたのだから。こんな彼女に誰がした、と冗談めかしてこの世の無情を嘆く。
バットバットの大軍が落石と共に降り注いでくるという危険に(主にリリが)見舞われたが、斬撃を飛ばして落石ごとモンスターの大軍を切り裂いて難をしのぎ、15階層。
「せいっ!」
―――閃く銀閃が牛頭人体のモンスター、ミノタウロスの部位を切断。断末魔もあげさせることなくミノタウロスを処理する。
四肢と頭を失くした身体から血が噴き出て、血だまりをつくる。魔石を肉骨ごと切り出すと、魔石についていた血肉は消え、とんでいった頭から角をドロップして灰に変わる。
傷をつけずに魔石を回収するのも中々骨が折れる。この点だけで言えば、魔石が大した金額にならないため、気にすることがない地上のモンスターの方が楽だ。
刀に付着した血を素振りして払い落とし、鞘に仕舞う。
落ちた魔石とドロップアイテムをリリが拾う。やはりというか振るった瞬間の刀はリリには見えなかった。
「んー手ごたえがない」
「流石ですベル様。それだけ強ければ18階層より下でもどうってことないのでしょうね」
「僕って強いのかな? ………まだまだだと思うんだけど」
比較対象が少ないのと、比較する
確かに村にいた自警団の他の人達は、パンチで小山は吹き飛ばせなかったし、剣を振るうのも遅くて見ていられない、とは思ったが、それは自分のようにトレーニングをしていなかったからで仕方がないこと。
少なくとも多次元屈折現象を引き起こすような業の持ち主はいなかった。
「少なくともリリが今まで出会ってきた冒険者様たちの中ではかなりお強いですよ」
「ありがとう。………まぁ、こう易々とできるのはスキルのお蔭でもあるんだけどね」
「それでも、ベル様の実力です!」
「あはは、………うん、そうだね」
こう、慕ってくれるのは嬉しい限りだが嘘をついていることが心苦しい。スキルはおろか【ステイタス】すら持っていないのだから。
「リリ、18階層についたら話があるんだけど、いいかな?」
「? ええ、リリは構いません。ですが、ベル様? 今日は18階層まで行くとのことでしたが、17階層の【
「まあダメそうだったら逃げるから大丈夫。その時は引き返すとしよう」
「はあ、わかりました」
僕、18階層についたら自分の秘密を打ち明けるんだ、と胸の内で呟き、もう一つ決意を固める。
同情か憐憫か。一日にも満たない付き合いで踏み込むのは悪手だと思っていた。だが【ファミリア】がらみで、しかもお金に関することで困っているとなると、失礼になるかもしれないが、リリ一人にどうにかできるようには思えない。
―――英雄になりたい。ハーレムとまでは言わずとも、女の子と仲良くしたい。
そんな子ども染みていると言われるだろう理想を持って、このオラリオに来たというのに、女の子が一人困っているのを黙って見ているのか。それを見過ごせるか。仮にも英雄を目指すのだ。自分の正義を貫こうというのに―――当然、見過ごせる筈がない。
ミノタウロスを斬り刻む。牛頭人体の
「それじゃ、あと3階層。頑張って行こう!」
「はい! ベル様!」
Ξ-Ξ-Ξ-Ξ
階層が変わるごとにダンジョンの様相が一転二転して18階層の手前。17階層最後の大広間。その広いルームで階層主のゴライアスがあてもなくウロウロしているのを岩陰から覗く。見て取れるだけだが、推定100モルドはありそうだ。
「んーどうだろ。いけるかな」
「えええ―――………【
「まぁ、安心して待ってて。死ぬ気でやらなくても行けそうだから」
100モルドといえど、たかがモルドが100人束になったくらいの実力しかない。死ぬ気どころか本気も出さなくて良さそうだ。
「え、なに―――」
「じゃ、行ってくるよ」
そう言ってから岩陰から飛び出る。
ゴライアスは赤い自分の姿を補足して咆哮するが、怯むことなく足元まで移動する。
「せい!」
跳び上がり左足の関節に向けて一閃。刃に沿って飛び出した斬撃は切れ込みを半ば程までいれたが、切断はしなかった。
ダンジョンのモンスターとは言え生きている。苦悶の咆哮をあげるが、意に介する気は無い。剣を仕舞う。
「普通のパンチ」
次に大空間に鳴り響いたのは肉を叩く生々しい音。一瞬で背後に回っての膝裏への一撃。
二つに割れていた膝の皿が衝撃で吹き飛び、半ばほどで繋がっていた左足は断裂し落とされた。
バランスを崩したゴライアスは後ろ向きに倒れる。
その間に素早く移動しゴライアスの頭上へ。腕を振りかぶる。
「ちょっと強殴り」
下方向に向かっての一撃。ゴライアスは頭を消し飛ばされその巨体は床に叩きつけられた。
衝撃波が生まれてリリのいるところまで風が吹き抜ける。18階層にとどまらずダンジョンが震えた。
ちょっとやり過ぎたかもしれないと反省しつつ、魔石のある場所を割り出して、極力傷つけないようにパンチで周りの肉を抉る。そしてドロップアイテムと傷一つない魔石だけが大広間に残った。
「リリー終わったよー」
「………(ポカーン)」
一瞬の出来事だった。強い強いと思ってはいたが、こればかりは咄嗟にどう反応すればいいかわからない。
気がついたらゴライアスが死んでいた。何を言っているかわからないと思うが、自分でも何を言っているのかわからなかった。
頭がどうにかなりそうでしたよと、帰ってきたベルに笑う。
驚きを胸に秘めたまま、既にゴライアスの報酬が気になっていた。
Ξ-Ξ-Ξ-Ξ
「………やるんじゃなかった」
「………そう、ですね」
夕暮れ時。地上に上がってきて肩を落として大広間に残してきたアレらを名残惜しく思う。
幾ら巨大な魔石だ、ドロップアイテムだと言ってもそれの落とし主が問題だ。都合上、周知されるのがまずい自分にとって、ゴライアスの単独討伐を知られるのは良いとは言えない。
「じゃあリリは換金してきますね。ベル様、今日は私の力不足で最大の報酬を逃してしまい、申し訳ありませんでした………」
階層主ともなれば、魔石の大きさもミノタウロスのものよりも遥かに大きい。落したアイテムも問題で、『ゴライアスの大腿骨』丸々一本という洒落にならないサイズだった。取り回しがきかないこともあって、リリが自発的に持ち帰りが出来ないと申し出てくれたことで、怪しまれずに済んだと内心ほっとする。
「………いや、うん。僕も目立つのは避けたかったからいいよ。寧ろ持って帰ろうと言われてたら困ってた。………ま、それにそれだけでも50万くらいはしそうだしいいかな」
「………そうなんですが、やはり勿体ない事をした気がしてならなくて」
「………うん、わかる」
そろって落胆し、どんよりとした空気をまき散らしている。街行く人も気が付いて近寄らないようにするくらいだ。
リリと同じタイミングでため息を吐いた。
「凄いです、凄いです! 70万ヴァリスですよ、ベル様!」
「!? 中々の稼ぎだね」
傷の少ない魔石、道中拾ってきたドロップアイテム含めて、自分の見たてよりも多くその額なんと70万ヴァリス。努めて平静を装うが、村に居た頃の月収を遥かに上回る一度の収入に内心驚愕していた。もし全額手にすることが出来るなら、現在の所持金が一気に倍になる額だ。
「あの、ベル様。それで、報酬の方は―――」
「はい。半分」
「………ほへ?」
リリは何を言っているんだという顔をする。
契約金として2万ヴァリスもらったが、ダンジョンの稼ぎの報酬を決めていなかったリリは、他の冒険者と同じように報酬を自分にはくれないモノだと思っていた。
額にして35万ヴァリス。そんな額をくれる冒険者に今まで一度もあったことは無く、ポンと差し出された大金に狼狽える。
「ん? あぁ、そうだ。言ってなかったよね。報酬は山分け。5:5の半分ずつでこれから一週間やってくからね」
「いや、待ってください! リリはアイテムを運んでただけですよ!?」
実際、いままで真面目にサポーターをやってきて経験した事だ。冒険者は卑怯で信用ならない。だからリリは悪事に手を染めるようになった。だが、今回の仕事では本当に『拾う、運ぶ』という事しかしていない。
寧ろ守って貰いやすいよう動き、思惑通り守ってもらった節さえある。
今まで自分がしてきたことは何だったのかと唖然とする。
「だってそれがサポーターじゃない。え、違うの?」
「え、いや、でも………! 確かにそうですがっ………!」
「文句があるならあげないけど………」
「いえ、いただきます!!」
とはいえ、もらえるモノなら貰っておく。くれると言うのだから、多いと言って受け取らないなど考えられない。
初めて会ったタイプの冒険者であるベルの底が知れず、困惑する。自分から見て器のでか過ぎる彼に、今まで冒険者に抱いていた憎悪は霧散しかけていた。違うのだ。ベルが特別なのだと自分に言い聞かせ、忘れそうになっていた自分を戒める。
そう。どうせ、ベルも最後には―――
「じゃ、一緒にご飯食べに行こっか。僕の奢りで」
「あ、はい、ご一緒します」
暗い思考は何処へやら。底抜けにお人好しなベルに毒気を抜かれてしまい、奢ってくれるのならとついて行った。
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