オラリオに来て三日目の朝。
「はー疲れたー」
まだ習慣になってない、オラリオでのトレーニングも終わり、人目がないのをいいことに上着を脱いで石畳の路上に横になる。体に溜まった熱が冷やされて心地よい。流れ出た汗が、顔の横で石畳の溝に沿って小さな川を作っている。
傷ついた筋線維が修復されていき、自分がまた一つ最強の自分へと近づいたのを感じた。しかし、同時に最強の自分は遠ざかっていく。このままでは終わらない。まだゆける。自分の―――ベル・クラネルの至るべき場所は此処ではないのだから。
「よし、それじゃ―――」
「ベル様!? なんて格好してらっしゃるんですか!!」
聞き覚えのある声がしたと思うと視界が遮られる。退かそうと剥ぐと視界を遮った物の正体は毛布だった。
「ちょ、え、リリ!? なんでここに!?」
赤い顔を隠そうと手で顔を覆っているが、指の間からくりりとした目がこちらを除いている。たまらず、受け取った毛布でもう一度体を隠した。
匙を持った手をリリは机に叩きつける。
「もう! 有り得ません!! 公衆の面前で、あんな、破廉恥な!!」
何事かと、新聞を読んでいた主人がこちらを覗くがそれだけだ。
「そうはいっても、リリだけだったじゃない」
「それはそうですが!!」
「………しっかり見てたし」
「うっ………!」
「えっちだなぁ、リリー」
「ううっ………!!」
リリに否定することは出来ない。じっくりと見られたのは事実。心当たりがあるのか、リリは赤面して黙りこんでしまう。
可愛いのだが泣かして、嫌われてしまったら元も子もないのでこれ以上はやめておく。
「ごめんごめん。気を利かせて来てくれたんだよね。僕も帰ってから気が付いたけど、一々待ってもらって、迎えに行って戻ってとなると二度手間だったよ」
「い、いえ………本来はあの広場で待ち合わせるという約束でしたので。その。………見てしまってごめんなさい」
「こちらこそ、見苦しいもの見せてごめんね」
「いえ、別に………」
少し気まずい空気の中、ここの主人は帳簿をつけ始めたのか、羽ペンが文字を綴る音が響く。それがさっさと喰え、といわれているようだった。
「冷めないうちに食べよっか」
「………はい」
昨日と同じメニューだったが、相変わらず美味しかった。
そしてリリと訪れた【ゴブニュ・ファミリア】。【ヘファイストス・ファミリア】と比べると、マイナーではあるが、知る人ぞ知る、という一つ一つの品の質は負けず劣らない一品物だ。受注制ではあるが、幾つか店頭販売用も置いていた。運がいいことにその中から望みに適う鎧と戦闘槌を見つけることが出来る。
「ちょっと、ベル様! ベル様!? 何買おうとしてらっしゃるんですか!?」
「いいから、いいから。僕からのプレゼントだから気にしないで」
「いや、でも値段が! 桁が!」
コンセプトとしては厚く、重い鎧。所謂盾役が着けるような重鎧だ。第一級冒険者も御用達の店とだけあって、使う人間があまり動かないとしても、鎧の可動域は動きを邪魔しないよう作られている。
戦闘槌も重量で敵を押しつぶすもので、リリの目指すスタイルにぴったりのものだった。
これらを即金で90万ヴァリス。素寒貧になってしまったが後悔はしてない。
元々が成人男性のヒューマンを基準に作られているので、どうしても使えない部分は仕立て直してくれるらしい。
「お連れ様でよろしかったですか?」
「はい、構いません。【ステイタス】のお蔭でちゃんと装備できるので」
「わかりました。では、サイズを合わせますからお客様、どうぞこちらへ」
「ちょっと、待っ! ベル様ぁ―――!?」
手を振って、見習いと思われる
結局すぐにでも使える部分は無く、武器だけの受け取りとなった。昼頃に訪ねればできているそうなので、リリを連れてオラリオの市壁の上にあがる。朝の一件から誰かに見られないような場所となると此処だろうか。と思いついた場所だ。
荷物を隅に下ろして、リリに戦闘槌を持たせる。持ち難そうではあるが、重さ自体は感じていないようである。
「それじゃ、ちょっと素振りをしてみて」
「はい」
一番の気掛かりは遠心力や慣性にも適用されるのかという事だったが、重いと感じることがスキルの発動のトリガーのようだ。遠心力も言ってしまえば装備に掛かる過重である。そこへ装備しているか否かで効果が適用されるか否かが変わってくるのだろう。
重さを一切感じないかのようにリリは身の丈以上の重さのあるウォーハンマーを振り回している。
「どう?」
「………不思議な気分です。まるでリリの身体じゃないようです」
「そう。………それじゃ」
振り回している最中の戦闘槌を掴む。流石ともいうべき重量に速度が合わさり、中々の衝撃だったが鍛えている身としては、そう大したものではなかった。
「え?」
「実践した方が早いと思って。捕まえられたらこうなる」
「ぬ、抜けない!?」
引っぱっても押しても動かないその戦闘槌に困惑する。
「わかったかな? リリ自身の力はまだ弱いからね。これを防ぐためには捉えられないような素早い一撃。そのあとすぐに後退すればいいと思うよ」
「なるほど。理解しました」
「うんうん。それじゃ、もうちょっと訓練しよっか?」
「はい。………ですが、ベル様。どうしてリリにここまで親切にしてくれるのですか?」
勢いよく落とさないように、ウォーハンマーをおろしてリリが訊ねてくる。
「んーサポーターって、何らかの理由で冒険者が出来なかった人がなるんだよね?」
「ええ、はい。一般的にはそうですね」
「それはリリも一緒?」
「………まぁ、そうです。リリには冒険者としての才能は無かったんです」
才能の有る無しであれば、あるんじゃないかと思うが今は棚に上げておく。
「じゃ、冒険者ができるのなら冒険者をやってもいいんじゃないの? ………と、僕は思ったわけ。リリはスキルがたいして使えないと言ってたけど、僕から見て、そんなことはないよって教えたかったんだ」
「………そんなことで」
「納得できない?」
黙りこくってしまって、どうしたものかと頭を悩ます。下心があるのは間違いない。でも、助けたい。力になりたいというのは純粋な気持ちからだ。心の底からリリの事を助けたいと思ったからだ。
「どうしてなんですか」
「うん?」
もう我慢がならなかった。
「ベル様は、どうして―――どうしてそうなのですかっ!! このハンマーだって決して安くはないです!! それを何でもないかのように私に買ってしまってッ!! ええ、ええ! ベル様は確かにお金持ちでしょうから、そんなことだ出来るんでしょうね! ―――お金が必要なリリの事をあざ笑ってッ!!」
「いち、にー………3万ヴァリスと少しかな」
「何がですかッ!?」
「僕の残りの全財産」
「―――え!? あ、う………」
「あ、でもちょっと違うかな。冒険者は体も装備も資本だし。でも、本当に3万ヴァリスぐらいしか持ってないよ」
「ど、どうかしてるんじゃないですか! リリなんかの為に、全財産使うような真似してっ!!」
嘘をついている、とは思えなかった。嘘をつくことを知らないように見えたのが、自身の気のせいでなければ怪しくもベルは誠実な人だ。今までの行動がそれを示してきている。約束事にはきっちりとしている人だ。
一つ約束を守っていないと言えば、ダンジョンで18階層についたら話がある、ということぐらいだが、あれは18階層にたどり着いていないので無効だろう。
倒してから気がつくという何とも間抜けな出来事だったが、ソロで討伐したことはどうしても目立つからと、18階層へ着く前に引き返したのだった。
本当に、そのことを除けば心配になるほどの誠実で、お人好しだ。
しかしお人好しではあるが、自身と同じくお金にはがめついところがある。だからこそ、なんでそんな大きな買い物を、人の為に出来るのかが分からない。
それこそ、コソ泥のような生活をしてきた自分の為―――リリルカ・アーデの為だなんて到底信じられない。
「リリなんか、じゃない。リリの為だからしたんだ」
「―――え」
………そんなことはない、ありえないという自分の思いに反して、膝を折り、目線を合わせて―――少し照れくさそうにしながら目を逸らすことなくベルは言った。
嗚呼、もう本当にお人好し。ベルはそういう人だということをついさっき再確認していたじゃないか。
―――不意をつかれた理由はわかっている。
こんな卑しい自分の為に、何かをしてくれるだなんて、自分が思いたくなかったのだ。ベルにも何か企みがあるんじゃないかと思いたかったのだ。でも違う。本当にベルは自分のためにしてくれたのだ。無償の思いでやってくれたのだ。
「うぅぅ! ………ばかぁ! ベル様のあほ! なんで、そんなっ………!」
「あ、ははは。そう思うよねぇ………」
本当に今、後悔しかない。疑ってばかりいた自分が情けない。
………ダンジョンの報酬をちょろまかしていた過去の自分が恨めしい。
こんなにいい人からどうして、横からくすねるような真似をしたのか。半分抜き取ったうえで換金の報告をして、ベルに残った額の半分まで貰っていた。結局ベルが手にした報酬は本来の額の4分の1しかない。それでも30万を超える額を手にしていたのには驚いた。………だがそれ以上に昨日、自分が手にした額は100万を超えている。1万ヴァリス硬貨なんてダンジョンの報酬で初めて見た。
「ごめんなさいっベルさまっ!! リリは、リリは………!」
「え、うわっ! リリ!? なんで泣いてるの!?」
追及されないからと甘えてしまっては、本当に堕ちるとこまで堕ちてしまう。己の罪は告白しなければいけない。
許してくれるのだろうか。それともベルでも怒りを顕わにするのか。そんなことが怖くて怖くて仕方がない自分がいる。
でも。それでも。
「ひっぐ、べるざま。じつは―――」
罪を打ち明け。そして許され。どうしてそんなに優しいのかと文句を言って。泣いて謝って。
そして泣き止むまで慰められた。
Ξ-Ξ-Ξ-Ξ
「………ううう!」
急に泣きだして、泣き止んだと思ったらこちらをにらみつけてきたリリ。気軽に女の子にする事ではなかった、という自覚はあるが、どうすれば良かったのだと心の中で頭を抱える。
気が付いたらお昼を告げる鐘の音がオラリオの何処かから響いていたということもあり、【ゴブニュ・ファミリア】へ鎧を取りに行くこととなったのだが、先ほどからリリはこの調子である。
「ねぇ、どうしてそんなに睨んでるのかなぁ………?」
「ベルさまのすけこまし。お人好し。………女の敵!」
「ええ、………えええー」
まるでハーレムを築く英雄が女の子に言われる台詞じゃないか、とショックを受ける。確かにそれらしいやり取りではあったが、あれだけでそんな風に言われるのは良い意味でも悪い意味でもショックだった。
ハーレムとは覇道である、というのは誰の言葉だっただろうか。………嗚呼、祖父だった。
「………!(ぷいっ)」
今度は目を合わせてくれなくなってしまったと天を仰ぐ。
お祖父ちゃんヘルプミー、と祖父の旅立った空へと心の中で慟哭した。
「有難う御座いました。またのご利用お待ちしてます」
受け取った鎧と戦闘槌を、落ち着いた様子のリリのバックパックに括り付け、実戦のため北のメインストリートに出て、バベルへと足を運ぶ。戦闘槌だけでも重量はリリの20倍はある筈だが、それを軽々と持ち運べていることに末恐ろしさを感じる。やはり見立て通り【
「ちょっと復習だけど、リリの目指す戦闘スタイルは一撃入れて、捉えられないように後退、もしくは次の攻撃へ繋げること」
「………はい」
「でも、攻撃を入れ続けるのは戦闘経験の浅いリリには難しいだろうから、今日は当てたらさがる、が出来るようになろうか」
相槌を打つリリ。戦っている自分の姿でも想像しているのだろうか。神妙な顔つきで考え込んでいる。そんなリリを連れて、ジャガ丸くんとツインテールの可愛い売り子が恋しくなって初日に訪れた屋台に赴いた。
「ジャガ丸くん4つ、塩味で」
「はーい。あ、揚がるまでちょっと待っていてくれるかい? ………お、君は確か一昨日来た子だね。初めて見る顔だったから記憶に残ってたよ」
「僕も売り子さんが可愛かったので此処にきました」
「もー! 嬉しい事言ってくれるじゃないかっ! でも、神様をそんな風に口説いては駄目だぜ?」
斜め後ろで神妙な顔をしていたリリからジトっとした視線を浴びる。
「ははは、気を付けます。彼女が怒りそうですから」
「な!? 付き合ってないです!! う、ベル様が何しようとリリには関係ありません!!」
「うむうむ。仲が良くて良いね。………はい、揚がったよ。ジャガ丸くん塩味4つ。熱いから気を付けてね!」
120ヴァリスを払って紙袋を受け取る。背中にぽこすかと痛みも感じない抗議してくるが、ただ可愛らしいだけなのであの神様には仲が良いだけに見えただろう。
先の件を掘り返すわけではなかったのだが、リリの分を渡すと大人しくなったので良しとする。きっとまたお金を使わせてしまった、とか考えているだろうリリを連れて、少し遅めの昼食にジャガ丸くんを
日間一位有難う御座います!!
皆様のお蔭です! 本当にありがとう!
………怖いなー自分が驕りそうで怖いなー
日間で1万ユニークとか初めて見たもの。
いつぞやのように道を踏み外しそうで怖い。