μ'sに生涯の忠誠を誓った男子校があるようです 作:sigma
拙作ですが温かく読んでもらえると幸いです。
この世界とは、実に広く、狭い。
この日本とは、実に広く、狭い。
様々な国、様々な文化、そして様々な―――高校生。
それら全てが、それぞれの生活を、案外近いつながりで営んでいる。
それぞれの幸せを、それぞれの形で、それぞれの人間ごとに、それぞれの…高校ごとに。
そう。高校。英語に直すとHIGH-SCHOOLと呼ばれるそれは、大多数の人間が青い春を過ごす場所として世界的に有名だ。
世界とは実に種類豊富である。高校にだって、それぞれに個性を持っている。
進学校も、不良校も、私立校も、公立校も、普通の高校も、イングリッシュスクールも。
―――「精神的に」ぶっ壊れた高校も。
僕らは、このぶっ壊れた高校で、毎日を生きる。
僕の名前はユウイチ。フルネームに直すと、
今をときめく高校2年生、17歳だ。よろしく頼む。
さて、今回は、僕の通う高校、東京都某所にある、私立
だがまぁ、少しの覚悟はしておいたほうがいいだろう。それがいい。
それでは説明を始めるとしよう…まずは一言だけ言わせてもらう。
うちの学校は狂っている。
それも、明らかにおかしな方向に。
生徒数247名、教職員数44名、半蔵門線界隈にある男子校、私立安津学園。
ここは、比喩でも何でもなく、「魔境」だ。
これは実際に見てもらったほうが早いだろう。僕の所属するクラス、2年1組の惨状を。
別に僕は中二病という病気にかかっているわけではない。これはある狭い世界に存在する「事実」を伝えているだけだから。
朝。
「―――ぁあん!!?何言ってんだよテメェ…」
「―――んだと!!?分かんねぇのかよガキ…」
僕らの生活は、大抵こんな感じのケンカから始まる。金髪オールバックのどう見ても不良と、頭丸坊主のどう見ても野球部が、教室のど真ん中で睨みあっているのだ。この時点でもう邪魔でしかない。邪魔なのに無駄にオーラが怖いとか最悪だろ。たとえるなら通学路に居座るヤンキーだ。そういうのは本当に他所でやって欲しい。
時刻は朝7時50分。意外と全員朝が早い。なまじ早起き耐性があるせいで、朝っぱらからこんなケンカしている余裕が彼らにはあるのだ。アホか。血の気多すぎだ。こちとら起きてから20分も経ってないんだぞ。寝起きの頭には非常に悪い。
しかも。
「―――いいのか、そんな態度で…?こっちにゃお前らの敵はいくらでもいんだぜ…?」
『うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!』
「―――御大層なことで。だが生憎、こっちにもそんぐらいの人脈はあんだよ」
『おらぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!』
その後ろに各15人くらいの子分を引き連れているとなると、それは最早歩く公害だ。
だが、心でグチグチ言っていたとしても、声は出せないのだ。一瞬でも注意した瞬間、自分まで当事者になってしまうから。それだけは何としても避けたい。というかこいつら会話の内容頭悪すぎな。バカ丸出しのテンプレになってるぞ。最初の奴のセリフとか大草原不可避。
僕を含めた何人かの人間が心中で失笑を漏らしている。たぶんおんなじ気持ちを共有しているはずだ。僕は笑ったうちのひとりを見やる。なかなかの好青年だ。趣味も合うだろう。でも、やはり彼とは仲良くなれそうにない。「違う」、そう断言できる。
僕が友達作りを諦めていると、彼らの雰囲気が急にヴン、と重くなった。どうやら、彼らの中ではいつの間にかボルテージが上がりきっていたらしい。発情期か。
睨みあうふたり。否、ふたつの派閥。
一触即発。鎧袖一触…は少し違うか。じゃあ聖○爆裂?それも違う気がする。じゃあ脳漿○裂か。それが一番しっくり来るな。精神的なイカれ具合も含めて。
そんな脳○炸裂野球部坊主のほうが、近くの机を思いっきり蹴り飛ばして、叫ぶ!!
「っしゃあぁぁぁぁ!!!戦争じゃあぁあぁぁぁあ!!!!」
「上等だオラアァァァァァァァァァァ!!!!」
それに金髪が呼応するように大声をあげる。そして、それが戦の前の狼煙かのように、後ろの取り巻きどもも、シャウト!!
その威力たるやさながら
教室全体に、地震のような怒号が、伝播していく!!
『よっしゃあぁぁぁぁぁぁ!!!!!
『来いやあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!ことり派のクソ
………うん、75秒ほど待ってくれ。ちょっと僕は、この状況をどうやって説明しようか悩んでくる。
――――――。
…よし。
―――お分かりいただけただろうか。
これが、ウチの学校が本質的に「狂ってる」と断言できる理由だ。
「キチガイども」。検索ワードで真っ先に出てくるのはどう考えてもこれだ。
端的に言えば、末期。もっと言えば、サイコパス戦国乱世。
「お前ら気持ち悪いんだよ!!女神は真姫ちゃんひとりで十分だ!!!」
「それこそおかしいわ!!女神はことり様ただ一人じゃボケ!!!」
「んだと!?てめぇ、我らが女神を侮辱すんのもいい加減にしろやコラァ!!!」
「そりゃこっちのセリフだよカス!!帰ってママのミルクでも飲んでろや!!!」
「はいはいそーやって子供みたいな文句使ってくる奴に限ってバカなんですー」
「おいおいクソガキがなんかビービー喚いてるぜ。早いとこ黙らせとかないとな」
「この学校の治安を乱してんのは圧倒的にテメェらことり派だ!!それなら真姫ちゃんも粛清に文句はねぇだろうさ!!」
『真姫ちゃんかわいいかきくけこぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!』
「あ!?治安を乱す!!?…聞こえねぇな!!ブーメランでもぶん投げたんじゃねぇのか!?お前ら行くぞ!!天使ことり様も見守ってるぜ!!」
『ちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅん』
「っしゃ行くぜお前らぁ!!」
「ついて来いよお前らぁ!!」
『うぉらぁぁぁぁぁ!!我らが女神の笑顔のためにぃぃぃぃぃ!!!』
ぁああもううるっさいな!?今日は本当に発情期なのか!?いつもの2割増しで声がでかいぞ!?ご近所に迷惑かけんなよ!?
んで相変わらずすごい掛け声だな!!ライブとかなら別にいいんだろうけど毎日これを聞かされるとそりゃ鬱にもなる!ことり派閥の連中とか掛け声静かすぎて逆にシュールだし!!
…あー、ちなみに。金髪のほうが真姫派閥、野球部のほうがことり派閥。あと正直くっそどうでもいいが、野球部全員ことり派閥なのは、もしかしたら男子校に癒しが(足り)ないからかもしれん、と友人が考察していたのを思い出した。前者?知らん。マゾなんじゃないのか?
やいのやいのと大乱闘しながらお互いを罵りあう
…それに、だ。
それを止める唯一の正義、先生が―――。
「こるぁ!!先生のお出ましだーーーーっ!!!のんたーーーーーーーーーんっっ!!!!」
『………………』
「大天使様はいつだって見守り下さっているっ!!てことでキミたち、ケンカは止めなさい!!(キリッ)」
『…まずはアイツから殺せ』
「あっ、ちょっ、やめっ…キミたち!!仮にも先生に対して、その扱いはどうかね!!」
『知りません。我らが女神を侮辱したあなたの罪のせいです』
「こんな時だけチームワーク抜群だなキミらは!!」
―――こんなんばっかしなんだもんなぁ!!
もうどうなってんだよ!!毎度思うけどなんだこの学校!!所属する僕が言うのもなんだが!僕は今、この学校を受験したことを凄まじく恥じている。ホント昔の僕って、何を血迷っていたんだろうな。閑話休題。
…もうこの会話まで出せば役満だろう。たぶんほとんどの人が分かったはずだ。
「Q:うちの学校が『狂っている』と言える理由を、40文字以内で簡潔に説明せよ」
この問題の答えはこう。
―――先生も含めたこの学校の人間全員が、根こそぎアイドル・μ’sに心酔しているから。
これが模範解答だ。比喩でもなんでもなく、不変の事実。
一部じゃなくて、
リア充も、オタクも、人気者も、ぼっちも、明るい奴も、根暗も、金持ちも、貧乏も。
大人も子供も含めた総勢291人が、9の女神を擁するアイドル、「μ’s」の狂信者なのだ。
まさに最悪のDQN集団。同じ目的を持つ者がこうも一か所に集まるものか。ある種の奇跡、ある種の奇異だろう。運命の神様なんて存在しなかったに違いない。
しかも尚更タチが悪いことに、生徒も先生も、それぞれがそれぞれの「推し」を持っている。やれ自分は真姫派閥だの、やれ自分はことり派閥だの。
つまりは。
今目の前で繰り広げられている大乱闘も、ただの
机が飛ぼうが、人が飛ぼうが、先生が殴られようが、校長先生が曲を歌い始めようが。
それらは全て、たった5文字―――いわく、「見解の相違」で片付けられる。
…聞いて呆れるだろう?学校ぐるみで、なんてどうかしてると思わないほうが不自然だ。これを「正常だ」なんて思う精神は僕にはない。
…そろそろ死人が出そうだなアレ。血も少し見えて来たし。仕方ない…僕がしっかり止めてきてやろう。
理由はうるさいのもあるが、あの坊主が最初に蹴り飛ばした机が僕のものだからが最大。
キッチリ落とし前はつけてもらおう。
「あっ、服部!!なぁなぁ、お前も思うだろ!?真姫ちゃんってやっぱ可愛いよな!!」
「はあ?バカ言ってんじゃねぇよ!!至高の可愛さはいつだってことり様!!」
「なにおぅ!?」
「やんのか!?」
激しく間違っているヤンキーどものケンカ&自己主張をスルーし、僕は教室の中央で胸倉を掴みあうリーダー格2人に歩み寄る。
そして微妙に怪訝そうな目で僕を見つめる2人に、僕は目一杯威嚇して、低い声で告げてやった。
「―――そろそろ茶番もやめろよテメェら。一番可愛いのはKKE、エリーチカ先輩に決まってんだろうがボケ共が」
『ぁあぁん??』
―――訂正。僕がキレてかつ楽しくなかったのは、こいつらがどちらも「間違った」主張を唱えているからだ。
至高にして極上、女神にして天使と言えば賢い可愛いエリーチカ先輩に決まってるだろう。逆に言えばほかの誰がエリーチカ先輩の可愛さを超えられる?確かにμ’sは全員超可愛いが、どうやらこいつらにもちゃんとした宇宙の真理を教えてやらねばならんようだ。
「もう一度言ったほうがいいか。一番可愛いのは点呼9番・
僕はいたって
僕はキレ気味のヤンキーどもの目を睨み返す。屈服はしない。逃げもしない。
それが絵里様への忠義だから。
今この教室は、僕VSことり派閥VS真姫派閥という構図だ。形だけ見れば僕が圧倒的に不利だろう。ひとりなのだから。僕が全員にケンカを売った。そして全員が僕を敵とみなした。僕は異物。体内に異物が入ったら、全力で免疫が排除しに来るのと同じ。
でも、
唐突に扉が開け放たれる。
『―――意思に従い、我ら参上した』
「…加勢痛み入る。合言葉は?」
『Спасибо』
「―――相分かった。この戦負けられぬ戦…勝つぞ」
『御意』
すると
だがそれは、今この場では最も些末な問題だ。
先輩も後輩も、今この場では関係ない。これは志を同じくする者どうしの聖戦。
「行くぞ…絵里派閥の力、思い知るがいい」
「上等だ…ことり派閥、舐めんじゃねぇぞ」
「おーけー…俺ら真姫派閥、全員まとめて」
『叩き潰す』
そこからはもう血みどろの争いだった。
―――そう。ここは楽園だ。
いくら騒いでも、いくら阿鼻叫喚でも、何度だって言ってやる。
ここは楽園だ。
ここは立場を気にしなくていいから。
スクールカースト?先生と生徒?女子と男子?リア充が優遇されて、ぼっち、奇特者が冷遇される社会?先生の言いなりになる生徒?…なんで、
ハッ、そんな
ここは「平等」を体現した高校だ。皆が等しく、ひとつのことに熱中できる環境。そこにしみったれた、チマチマ細かい分別はいらない。イケメンもブサイクもリア充もぼっちも年長者も男の娘も先生もオタクもパンクも先輩も後輩もクソガキもチビもヤンキーも運動音痴も爽やかも芸人もじいちゃんも、みんなみんな、仲良くなれる。
趣味を通せば、それで仲良くなれるのが、うちの高校だ。
ここを、楽園と呼ばずして何と呼ぶ。
なんせ必要な分別は2つ。
「
誰も否定しない。誰もが否定されているから。
誰も肯定しない。誰もが肯定されているから。
サァ、点呼だ。
「μ’sic、START!!!」
―――そう、ここは私立安津学園。
まがうことなき僕らの楽園。
中二臭くなったのは許してください。作者が中二病なもので。
あと途中のロシア語はたぶん「ありがとう」って意味です。
特に意味はありません。